一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』 作:カール・ロビンソン
指揮官室に帰ってきた晶と一〇〇式。FALはカリーナの所に今回の件の報告書用のデータの提出に行っている。この間に一〇〇式を元気付けて欲しい、と思っているのだろう。
「さて、
だが、晶は敢えて普段と変わらぬように接する。一〇〇式は晶の負担になることをとても嫌がる。下手に気を遣い過ぎると、かえって気を揉ませる事になる。それよりは、まず彼女のリアクションを待つ方がいい。
「はい…」
一〇〇式は晶の言葉に曖昧に頷いて、部屋を出ようとする。だが、扉の前でしばし立ち止まり、意を決した様子で晶の方に振り向き、頭を下げた。
「指揮官、先ほどは申し訳ありません。取り乱してしまって…」
一〇〇式は頭を下げたまま言う。先刻の過ちを悔い、不甲斐ない自分を責めるように。
「一〇〇式は頑張りますから…指揮官のお役に立てるように…足を引っ張らないように…」
「それは寂しいな、
その言葉とともに、一〇〇式は抱き締められる。晶が席を立って、近づいてきたことにも全然気がつかなかった。こんなのじゃ駄目だ、と思う一〇〇式に晶は慈愛に満ちた口調で、諭すように言う。
「
「でも、それじゃ、指揮官に御迷惑が…」
「迷惑なんかじゃねぇよ。むしろ、嬉しいぐらいだ」
晶は一〇〇式の頭を撫でながら言う。健気で実直な彼女は愛らしい存在だ。だからこそ、今のうちに彼女に伝えたいことがある。彼女が妙な方向へ進んでしまわないように。
「
「…それは心の弱さがそうさせるのだと思います」
晶の言葉に、一〇〇式はあの二人のことを、そして怒りにとらわれ必要以上の暴力を振るおうとした自分を思い出して言う。彼らは弱さ故に電子麻薬に手を出し、破滅した。自分は怒りに呑み込まれ、暴力を振るおうとした。心の強さがあれば、そんな過ちを犯さずにすむ。そう思うのだ。
「だから、一〇〇式は強くなります。もっと強くなって、過ちを犯さないように…」
「そんなことはできん」
晶はきっぱりと一〇〇式の言葉を否定する。そして、彼女を身体から放し、その肩を抱いたまま彼女の目を見て言う。
「過ちを犯さない奴なんていない。弱さのない奴なんていない。万一いたとしても、俺はそんな奴を好きにはなれないだろうよ」
晶は自らの思いを忌憚なく言う。晶の知る限り、過ちを犯さない人間など歴史上に存在していない。それがもしもいたとしたら人間じゃなくて、神様だろうと思う。そして、晶は神様なんぞ大嫌いだ。
「過ちを必要以上に気に病むことはない。ただ認めて、次の糧にすればいい。人間はそうやって生きてきたし、これからもそう生きていくだろう。それでいいんだ、と思う」
「でも…! あの人達は破滅してしまいました!」
晶の言葉に、一〇〇式は反論する。取り返しのつかない過ちだってある。それを犯してしまったら、次も何もない、と思うのだ。
「だが、
「それは…指揮官が止めてくれたから…」
「だろう? それでいいじゃないか」
一〇〇式の言葉に頷いて晶は言う。
「人が取り返しのつかない過ちを犯す時。それは大抵孤独な時なんだ。信じられる友人だとか、恋人だとか、家族だとか。そうした者の絆を見失ったとき、人は奈落の落とし穴に落ちる」
それは晶が人の歴史と己の人生を省みて思うことだった。人との絆を断たれた人間の末路は悲惨なものだ。今日破滅した彼らもまた真の縁となる絆を持っていなかったのだろう。
「
絆を結ぶ者達は自らの鏡であり、道標でもある。それは時に直接的に、時に間接的に破滅への道を行くことを止めてくれる。晶はそう信じていた。
「もちろん、俺も道を踏み外すことがあるだろう。その時は、
「指揮官………はい!」
晶の言葉に一〇〇式は力強く頷き、返事をする。その表情にもう憂いや迷いはなかった。自分には指揮官がいる。頼れる仲間達がいる。みんなで支えあって生きていけば、きっと大丈夫だ。そう思えた。
「そうね…じゃあ、とりあえず指揮官の過ちを正してあげましょうか、
次の瞬間、ドアを開けて入ってきたFALがエロ本を片手に言う。どうやらしばらく二人の様子を見ていたらしい。彼女も一〇〇式が心配だったのだ。
「こんなものを女の子に届けさせる変態指揮官は、どう矯正すればいいかしらね?」
「お前なぁ…あれは不可抗力だ…って、いい加減それ返せよ」
「駄目。没収」
「お前、それいくらしたと思ってんだ!?」
晶とFALが他愛のない言い合いを始める。不意に戻ってきた指揮官室の日常に、一〇〇式は思わず微笑む。こんな日常があることを忘れなければきっと大丈夫だ。心からそう思った。