一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』 作:カール・ロビンソン
半壊したコンクリート製の建物、ここに追い込んだ敵が最後の敵勢力だ。瓦礫の隙間から銃口だけを出して、若干ブラウンの入った黒髪の戦術人形、M4A1が射撃を行う。敵もまたコンクリート壁の陰から射撃を加えてくる。
その隙を見逃さず、隣で伏せていたAR15が立ち上がって3点バーストの一撃を加える。弾丸は見事、敵の女性型戦術人形Jaegerの肩口を抉った。
そのAR15を狙って別のJaegerが遮蔽から飛び出し、射撃を加えようとする。だが、M4A1はそうはさせ時と、狙いをつける。
「ごめんなさい。貴方達にチャンスはないわ…」
敵の顔面目掛けてバーストファイアを叩き込む。瞬間的に吐き出された3発の弾丸は、見事の敵の頭部をとらえ、それを吹き飛ばした。
「二人とも下がって。今度は私の番よ!」
グレネードランチャーの準備を終えたM4 SOPMOD IIが部屋の中目掛けて対戦術人形用殺傷榴弾を叩き込む。榴弾は派手に爆発し、大量の破片を飛び散らせ敵の抵抗力を削いだ。
「好機到来! 突撃します!」
「いっくぞー!」
敵の抵抗が止んだのを見て、一〇〇式と金色の髪をツインテールに纏めた赤いブレザーの戦術人形、ステンMk‐Ⅱ、そしてそれぞれ5体のダミー達が瓦礫の陰から飛び出し、突撃を仕掛ける。
入口から愚直に突入し、銃を向けてくる敵に銃撃を浴びせていく。銃弾が肩を掠めるが、一〇〇式達SMG娘のボディは比較的頑丈に作られている。ちょっとやそっとのダメージでは行動不能になることはない。
10体程の敵を打ち倒した一〇〇式とステンは奥に閉じられた扉を発見する。互いに顔を見合わせ一つ頷くと、静かに足音をさせずに近づいていく。
そして、扉の両脇に背中をつけると、一〇〇式はドアに渾身の力で後ろ回し蹴りを叩き込む。部屋の中に吹っ飛ばされるドアとそれと入れ替わりに飛んでくる弾丸の雨。
「見つけた! やっちゃえ!」
ステンが懐から手榴弾を取り出し、口にピンを加えて引き抜いた後、部屋の中へ投げ込む。部屋の中でけたたましい爆音が鳴り響く。次の瞬間、一〇〇式が部屋の中に踏み込む。
そこに散発的な反撃が飛んでくる。だが、それは一〇〇式が展開した、ナノマシンによる舞い散る花びらのような薄紅色の力学障壁に阻まれて弾かれる。力学障壁も破壊されるが、それによってナノマシンが周辺に散布される。すかさず部屋の中にワンサード力学格子を形成。次の瞬間、一〇〇式は目にも止まらない速度で敵戦術人形の一体に接近する。そして、反応できていないRipper型の首を銃剣で薙ぐ。高速振動刃が発光し、女性型戦術人形の細い首を易々と切断する。その後、倒れた胴体の胸に銃弾を3発叩き込んで止めを刺した。
部屋の中の敵の注意が一〇〇式に向いたその時、ステンもまた部屋の中へとなだれ込む。そして、目の前の敵を一体撃ち倒した。戦局は決しつつある。二人は勝利を確信していた。
『M4A1。そちらの戦局はどうだ?』
外で周辺を警戒しているM4A1に晶から連絡が入る。
『はい、指揮官。もうすぐ全ての敵を制圧できます』
『そうか。FALの方も終わったらしい。悪いが向こうの回収を優先させて貰う』
『了解しました。戦闘終了後、次の連絡があるまで待機します』
『ねえねえ、指揮官! 帰ったら抱っこしてね?』
用件を伝え終わったとたんSOPMODが甘えた声で通信に割り込んでくる。
『ちょっと、SOPMOD! まだ任務中よ!』
『ええ~、いいじゃない。もう終わるんだし~』
窘めるM4にぶーたれるSOPMOD。AR小隊ではいつものことだ。晶は通信端末の向こうで苦笑する。
『M4の言う通りよ。最後まで油断してはダメよ』
『なに~、AR15。ヤキモチ?』
『な!? そんなわけないでしょう!?』
目の前にいるというのに通信モジュール上で他愛のない言い合いを繰り広げるSOPMODとAR15。困ったものだ、と軽く頭を痛めるM4A1の視界にふと、何かが映る。視界の隅で動いている巨大な物体。
改めてそれを見て、M4A1は驚愕する。彼女が見たそれは、鉄血製の大型多脚戦車、Manticoreだ。なぜ、あんなものの接近を今のままで気づかなかったのだろう。
ふと見ると、周辺を警戒させているダミーが反応していない。それどころか、そちらを視界に入れているはずのAR15さえ気づいていない。
『…? どうしたの、M4?』
様子がおかしいことに気が付いたSOPMODがM4に尋ねる。彼女もManticoreに気づいていない。
「敵襲! みんな、散開して!」
「「え?」」
M4の言葉にSOPMODとAR15の声が重なった瞬間、Manticoreの前方に取り付けられている20㎜機関砲が火を噴いた。
放たれた無数の弾丸はまだ戦闘体制に移行していないM4の胴体に命中し、彼女を吹き飛ばした。
「M4!」
SOPMODがM4に駆け寄り、彼女を抱え瓦礫の陰に飛び込む。
「敵!? …くっ、不覚!!」
ここに至ってようやくManticoreに気が付いたAR15は銃を構え、反撃を試みる。M4とSOPMODのダミーもそれに追従して銃撃を加える。だが、Manticoreは大きく飛び上がってそれをかわすと、上空から機関砲の雨を降らせた。それは反撃態勢の十分に整っていないダミー達を易々となぎ倒していく。繰り出す反撃も戦車の装甲に阻まれ、ろくなダメージを与えられていない。
「こんな…!?」
ダミーを2体喪失したAR15が後退し、壁の陰に退避する。大型多脚戦車と正面から撃ち合うのは無謀だ。だが、せめて足を止めなければ隙をつくことさえできない。
「M4! 大丈夫!?」
SOPMODはそう声をかけ、M4の身体を見て絶句する。彼女のダメージは予想よりも大きく、胸からは大量の人工血液を流している。恐らく人工肺がやられたのだろう。
「…ごめんなさい。首から下をシャットアウトしているから、当分動けそうにないわ」
か細い声でM4は言う。彼女は他の戦術人形と違い、電脳の代わりに、人間の脳を搭載している。それ故に人工血液が大量に流出すると命を失う危険がある。そこで、頭部から下の部分を閉鎖して、脳周辺の人工血液が流れ出ないようにできるのだ。だが、補助呼吸器はそう長くはもたず、このままでは脳死の危険がある状態は変わらない。
『M4、どうした!?』
『敵の奇襲を受けたわ、指揮官! M4が危ない!』
晶からの通信に、受け答えが困難なM4に代わり、AR15が答える。そして、遮蔽の陰からManticoreに反撃を加えるが、ろくにダメージを与えることはできず、M4とSOPMODのダミーは次々と狩りとられていく。
『
『!? 一〇〇式、了解!』
『ステン、了解!』
部屋の中の敵を掃討した二人は、晶からの通信に了解の意を伝え、すぐさま建物の中から飛び出し、新たな敵を見る。
「て、敵発見! 攻撃します!」
大型戦車と、大量のダミーの残骸が転がる周囲の惨状に気後れしつつも、一〇〇式は銃を構え、フルオートで弾を浴びせる。だが、装甲を持つ相手にSMG娘である一〇〇式の銃弾では歯が立たない。ステンの手榴弾なら少しぐらいはダメージを入れられるかもしれない。だが、ステンは何故かキョロキョロしているだけで、攻撃しようとしない。まるで、敵戦車が認識できていないかのようだ。
Manticoreが一〇〇式達の方を向き、砲を構える。一〇〇式はステンを壁の方へ突き飛ばし、自身も壁の陰に伏せる。
弾丸の嵐が壁を貫き、頭上を通り過ぎていく。
「うわぁ! …ありがとう
ステンが悲鳴を上げて、頭を抱えて伏せる。そして、一〇〇式に礼を言い、Manticoreの方を見る。ここに来てようやく敵戦車を認識したようだ。
一〇〇式は戦局と残存兵力を省みて思考する。対装甲用の弾丸はなく、敵に有効な射撃兵器はステンとSOPMODの対戦車榴弾ぐらいだ。だが、それとて機動性の高い多脚戦車に命中させるのは難しい。普通の戦法では勝てない。
一〇〇式は弾丸一発だけを薬室に入れ、弾倉を抜く。ダミー達にもそうさせた。
「伏せて!」
そう言って、一〇〇式とダミーは弾倉を投擲し、それを打ち抜く。火薬を満載した炸裂弾を詰めた弾倉は派手に爆発し、爆煙をまき散らす。
そして、ダミーを無造作に突撃させる。煙が晴れ、視界を取り戻したManticoreの砲がダミーを次々と撃ち倒していく。
「やあああああああ!!!」
その陰から一〇〇式が突撃し、倒れかけたダミーの肩を踏み台にして大きく跳躍する。そして、銃剣を構える。
一〇〇式とManticoreが接触する。発光する銃剣がManticoreの身体に突き刺さり、押し込まれていく。身を捩るようにして抵抗するManticore。一〇〇式は歯を食いしばって耐え、更に銃剣を押し込んでいく。その下にある制御モジュールに届くまで。
Manticoreは一〇〇式を振り落とさん、と大きく跳躍し着地する。その衝撃に耐えられず一〇〇式は地面に投げ出され、転がっていく。だが、その衝撃によって銃剣は更に深く突き刺さったようだ。制御モジュールにダメージを受けたManticoreの動きがでたらめなものになり、明後日の方向に向いて銃弾をまき散らしていく。
「
対戦車榴弾の準備ができたSOPMODが叫ぶ。一〇〇式は勢いのまま転がっていき、瓦礫の陰に伏せる。
「派手に砕け散れぇ!」
SOPMODの咆哮と共に大型の榴弾が放たれる。それはManticoreの胴体の下に吸い込まれ、次の瞬間に大爆発を起こす。衝撃で吹き飛ばされたManticoreは壁に叩きつけられて横転し、僅かに手足の先を動かすのみになった。
「M4さん!」
「M4!」
敵の沈黙を確認した一〇〇式とAR15はすぐに立ち上がり、M4のところに駆けていく。そして、その様子を見て、すぐにポケットから取り出したドレーンを自身の後頭部に接続する。
「そっか!
SOPMODが一〇〇式の身体構造を思い出して言う。彼女もまたM4と同じく、人間の脳を持っている戦術人形なのだ。故に、血管をドレーンで繋ぐことで、血液循環を補助することができるのだ。
「ごめんなさい、
「大丈夫ですから、M4さん。…首から下、切り離しますね」
謝るM4にそう言って、一〇〇式は彼女の後頭部にドレーンを繋ぐ。そして、銃剣を取り外して首の人工皮膚を切除する。すでに配線等のパージは済んでいたので、すんなりとM4は首だけの状態になった。
「よかった、M4…
そう言ってSOPMODは遠慮なく一〇〇式に抱き着いてくる。一〇〇式も微笑んでそれを受け止める。二人は普段からよくつるんでいるため、こうしたことは日常茶飯事だ。
『指揮官、状況終了しました』
『了解。
『…はい!』
指揮官の言葉に、一〇〇式は元気に返事をする。被害は大きかったが、自分はよく戦えた。指揮官の言葉でそれを実感し、とても誇らしい気持ちになった。
「それにしても、あいつ! ただじゃ済ませない! この損害100倍にして返してやる!!」
一〇〇式から身体を離したSOPMODが怒りに満ちた口調でそう言いながら、もはや僅かに動いているだけのManticoreに近づいていく。また、制御回路を引きずり出して、配線を一本一本引き抜いたり、オイルに火を放ったりするんだろうか。まあ、それぐらいしないと気が済まないのかもしれないが、変わった趣味だなぁ、と一〇〇式は思う。
『
M4A1が通信モジュールで話しかけてくる。恐らく、顔の人工筋肉を動かすのが困難で、音声で話せないのだろう。
『はい、M4さん。…みんな、あれに気づいてませんでした』
M4に一〇〇式は答える。ステンは明らかに視界にManticoreの姿が映っていたにも関わらず気づかなかった。AR15やSOPMOD、それにダミー達も攻撃を受けるまで認識していなかった。どういうことなのか、訳が分からない。
『とにかく帰って、原因を究明するしかないです』
『…そうね』
一〇〇式とM4は案の定Manticoreのオイルに火を点けようとしているSOPMODとそれを止めようとしているAR15の姿を眺めながら通信を終える。脳裏に一抹の不安を抱えながら。