一〇〇式戦記『失楽園《Paradise Lost》 』   作:カール・ロビンソン

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2-4 電脳精査

「一〇〇式、他4名。総員帰投しました!」

 

「了解。ご苦労」

 

 指揮官室にて、一〇〇式の報告を受ける晶。その右側にはAR-15達4人が並んでいた。隊長のM4A1は帰還した後、即整備班の方に送られたため、副隊長の一〇〇式が代わって帰投の申告を行ってるのだ。

 

「御苦労様。…それにしても、随分派手にやられたものね」

 

 晶の傍らに立っていたFALが苦笑交じりに言う。本体が重傷を負ったのはM4A1一人で、他の者は軽症か無傷だ。

 だが、ダミーの大半が破壊され、一〇〇式に至っては自身の銃までボロボロである。整備班からの盛大な文句が今にも聞こえてきそうだ。

 

「まあ、みんなが生きて帰ってきたんだからいいさ」

 

 晶は4人の姿を見て笑って言う。彼女らの命があったことを考えれば、物資の消費や整備班からの抗議などは大した問題ではない。

 

「でも、一〇〇式(モモ)はちょっと反省!」

 

 ビシッと人差し指を向けて、FALは強い口調で言う。FALの予想外の反応に、一〇〇式は目を白黒させる。

 

「多脚戦車に銃剣突撃を敢行するなんて、無鉄砲の極みよ!」

 

「ご、ごめんなさい、FALさん…」

 

 FALの言葉に、一〇〇式はしょげた様子で言う。久し振りに褒めて貰えるか、と思ったのに当てが外れてしまったのだ。

 

「ちょっと! 酷いよ、FALさん!」

 

 そんなFALにSOPMODが抗議する。

 

一〇〇式(モモ)ちゃん凄く頑張ったんだよ!? それなのにそんな言い方はないよ!」

 

「…FAL、貴女の言うこともわかるけど、彼女の働きがなければ私達は全滅していた可能性があるわ」

 

 SOPMODの弁護に、AR-15も加わる。確かに一〇〇式の行動は無鉄砲だったが、あの一手が戦闘の趨勢を決したのは間違いない。虎穴に入らずば虎児を得ず、という言葉もあるように、今回の一〇〇式の行動は勝利を掴むために打つべき手であったと思うのだ。

 

「それは分かってる。でも…」

 

 FALは表情を曇らせ、少し悲しそうな口調で続ける。

 

「私達と違って、一〇〇式(モモ)に万が一のことがあったら、もう帰って来られない。…私は貴女を失いたくないのよ…」

 

 それを聞いて、SOPMODとAR‐15は口を噤む。他の戦術人形達は、電脳のバックアップを取っておけば、完全に破壊されても蘇ることができる。だが、自分達もそうだが、戦術人形の中にはそのバックアップが行えない者もいる。特に電脳ではない一〇〇式とM4A1は脳が破壊されれば、どうやっても帰って来られないのだ。

 

「FALさん…」

 

 FALの言葉を聞いて、一〇〇式は少しずつ心の中に、喜びの感情が広がっていくのを感じた。FALは自分を心配するあまり今日叱ったのだ。彼女が本当に自分を大切に思ってくれていることが、本当に嬉しいと思えた。

 

「俺は今日一〇〇式(モモ)はよく頑張ったと思う。だが、あまり無理はするなよ?」

 

「指揮官…はい!」

 

 晶の言葉に元気よく答えた一〇〇式の顔に憂いはなかった。愛しい二人が自分を想ってくれている。こんなにありがたいことはなかった。

 

「さて、一〇〇式はカリーナに報告書用のデータを提出した後、整備班で手当てを受けてくれ。他の3人はこの場に残ってくれ」

 

「うう…もしかして、お叱りですか、指揮官…?」

 

 ステンがバツが悪そうに言う。自分達3人が敵戦車に気づいていれば、こんな被害は受けずに済んだし、一〇〇式もあんな無謀なことはしなかっただろうからだ。

 

「いや、そういうわけじゃねえさ」

 

 ステンの言葉を、晶はやんわりと否定する。あの時の3人とダミー達の挙動は明らかにおかしかった。その責任は彼女らにあるわけではないだろう。敵の何らかの工作である可能性が高い。

 

「あの時に何があったか、調べないといけねぇからな。ちょっと、お前達をスキャンしときたいんだ」

 

 彼女らに起こったこととして可能性が高いのはウイルスの侵入である。過去にAR‐15がそれに引っかかったこともある。今は晶が構築したセキュリティを戦術人形全員にインストールしているのでそうそうやられはしないだろうが、新手のウイルスが相手であった場合そうもいかない可能性がある。大事に至る前にスキャンして、ウイルスを排除し、対策を施しておきたいのだ。そして、その手のことが最も得意なのは、グリフィン全体で見ても晶だろうからだ。

 

「え…………し、指揮官がす、スキャンするんですか…」

 

 ステンがそう言って絶句し、次の瞬間顔を耳の付け根まで真っ赤にする。

 

「えっ…と、せ、整備班でスキャンを受けてはいけないのですか?」

 

 AR‐15も似たような反応で、やんわりと拒否するように言う。整備班の連中では新型のウィルスの検出は難しい。以前の事件でそんなことがあっただろうに、と思う。

 

「…おいおい。真面目な仕事の時に、俺がお前たちに何かしたことがあったか?」

 

 あまりの信用のなさに、晶は少し悲しくなった。そりゃ、普段セクハラを働くことはあるが、真面目な仕事の時に妙なことをすると思っているのだろうか。

 

「そうじゃなくて、指揮官。みんな女の子なんだから…察しなさい」

 

 FALが晶にじれったそうに耳打ちする。この指揮官は本当にデリカシーがない。誰も男の人に自分の中を覗かれるのは恥ずかしいものだ。特にステンは晶に強い好意を寄せているのだから。万一、記憶なんかを覗かれてはたまったものではない。

 

「心配しなくても、システム周りのチェックをするだけだ。プライバシーに関する部分には触れない! 神に誓う!」

 

 晶はそう言って二人を説得する。この件に関してはどうしても譲れない。しかも、ウィルスが一定時間で自壊して自動削除されるようになっていれば、痕跡を見つけるのも困難になる上、対策を講じるのが無理になる。ことは一刻を争うのだ。

 

「じゃあ、まず私にしてよ、指揮官」

 

 まだ躊躇している二人を尻目に、ごく軽い口調でSOPMODが言う。

 

「え!? …貴女本当にいいの?」

 

「うん。指揮官になら、なにされたっていいし」

 

 驚いて言うFALにSOPMODはあっけらかんと言う。そして、晶の方に近づいて来て、遠慮なく抱き着いて言う。

 

「ねえねえ、指揮官。早くシテ? ねえ、早くシテよ~?」

 

「お、おう…」

 

 耳元で甘えるように言うSOPMODに晶は戸惑う。なんだか妙な雰囲気になってきた。FALの方を見ると、視線の温度が何だか下がった気がする。いや、俺のせいじゃないだろ。そうアイコンタクトして、晶はケーブルを取り出して、額の端子に繋ぐ。こうなったら、さっさと終わらせよう、と。

 

「待ってください!」

 

 そんな晶にステンが思いつめたような声で言う。

 

「覚悟を決めました! ステンMK‐Ⅱ、指揮官の検査を受けます!!」

 

 拳を握り締め、まるで清水の舞台から飛び降りる覚悟でも決めてきたかのような口調でステンは言う。いや、そんな大げさなもんじゃねえし、と晶は思うが。もう面倒なので何も言わない。

 

「じゃあ、ステンちゃんが先ね?」

 

「SOPちゃん…! うん…!」

 

 SOPMODが晶から離れ、ステンの方を見て言う。その言葉を聞いたステンは力強く頷いて、いそいそと晶の下にやってくる。

 

「うう…恥ずかしい…指揮官、優しくしてください…」

 

「…あ~、んじゃ椅子に座ってくれ」

 

 顔を真っ赤にして言うステンから僅かに目を逸らしながら、晶は戸惑った口調で言う。さっきから何なんだろう、この雰囲気は。

 見ると、FALの視線の温度が更に下がっている気がする。いや、だから俺のせいじゃないだろ? そうアイコンタクトをして、晶は立ち上がり、ステンを自身の椅子に座らせ、彼女の背後に回る。

 

「じゃあ、始めるぞ?」

 

 そう言って、晶はステンの後頭部の端子部を開き、そこにケーブルを挿した。

 

「…んっ!」

 

 ステンが悩ましい声をあげて、身を震わせる。もしかして、静電気でも発生したのだろうか?

 

「大丈夫か、ステン?」

 

「あ、はい。大丈夫ですから…続けてください」

 

 晶の言葉に、ステンはもじもじとしながら言う。本当にさっきから何なんだ、と思うが気にせずスキャンを開始する。

 

 時間にして約1分少々。かなり念入りにスキャンしたが、ウイルスやその痕跡は見つからない。セキュリティのログも確認してみたが、異常は認められない。どうもウイルスやジャックではなさそうだ。

 だが、そうなるとますます原因がわからない。晶は識別装置や神経モジュールのログを確認する。ざっと見たところ深刻なエラーが発生した形跡はない。

 とりあえず、これ以上はデータを取っておいて後で精査するしかない。晶は右手の甲からケーブルを伸ばして、机の上のIFデッキに繋ぐ。そして、データを吸い出して、デッキに移行させる。

 

「ねえねえ、ステンちゃん」

 

 そんな中、好奇心で目を輝かせたSOPMODがステンに尋ねる。

 

「指揮官が入ってるって、どんな感じ?」

 

「え、えっとね…なんだか、くすぐったいような…そんな感じ」

 

 SOPMODの質問に、ステンは恥じらうような様子で言う。んなわけないだろ、と晶は思う。神経モジュールに関わる部分に刺激を与える真似はしてないのだから。それとも、戦術人形はスキャンしていると何か感じるものなのだろうか。

 

「いいなぁ、ステンちゃん! 私も早くシテ欲しいなぁ!」

 

 SOPMODが興奮した口調で言う。いや、だから何なんだ、その妙な言い方は。

 見れば、FALの視線の温度が氷点下に達している。いや、だから俺のせいじゃないだろ、と何度も…

 

「終わったぞ」

 

 データの送信を終えて、晶がケーブルを引き抜いて言う。何だか妙に疲れた。

 

「あ、も、もう終わったんですね…」

 

 なんだか残念そうにステンが言う。そりゃウイルススキャンにそう長々時間をかける必要もないだろう、と思うのだが。

 

「じゃあ、次は私ね、指揮官!」

 

 そう言うと、SOPMODは晶の手を取って、ステンが退いた後の椅子に晶を導き、体を押して、座らせる。一体何なんだ、と思う暇もなく、SOPMODが膝の上に乗ってきた。しかも、晶の方を向いて。

 

「ねえ、指揮官~、はやくぅ、ねえ、はやくぅ~」

 

 遠慮も会釈もなく身体を押し付けてくる。得も言われぬ柔らかい彼女の身体の感触が晶にも伝わる。香水をつけているのか、結構いい匂いもするし。しかも、股間が接触してしまっている。なんというか、色々と辛い体勢だ。

 

「お、おい、AR‐15、なんとかして…」

 

 晶がAR‐15に声をかけようとしたが、彼女は俯いたまま反応しない。恐らくスリープモードに移行したのだろう。逃げたな、と思う。こんなことなら、ステンやSOPMODもスリープモードになってもらえばよかった、と後悔した。

 見れば、FALの視線はもはや絶対零度にまで冷え切っている。いや、だから俺のせいじゃないと何度も…

 

 こうなったら、さっさと終わらせよう。晶はケーブルを繋いで、スキャンを開始する。

 

「きゃん!」

 

 SOPMODが何だか嬉しそうに声を上げる。だから、静電気とかもないしなんでそんな声を出すんだ、と思う。

 

「ひひひひぃ。指揮官を感じる気がするよ~。何だか気持ちいい~」

 

「ね? でしょ?」

 

 SOPMODの言葉に、ステンが同意して言う。本当にそうなんだろうか、と晶は思う。おかしなところは触っていないのだが…

 ステンの時と同じ要領でシステムをスキャン。やはり、ウイルスの気配はないログにも大きな異常はないが、データは回収。少々仕事が雑になったが、恐らくステンと同じだろう。仕事を終えた晶は、SOPMODからケーブルを抜く。一刻も早くこの状態から抜け出さないと、理性が危うい。

 

「え~、もう終わりなの~」

 

 SOPMODが不満そうに声を上げ、膝の上で身体を上下にゆさゆさする。いや、だから人の理性にこれ以上攻撃を仕掛けないでくれ。

 

「とりあえず、膝から降りてくれ、SOPMOD」

 

「はぁい」

 

 晶の言葉に、渋々ながらもSOPMODは膝から降りる。ふう、危ないところだった。

 

 晶は席を立ち、AR‐15に近寄りながら思案する。ウイルスやジャックでなければ一体何が原因なのだろう、と。今回の事件が一貫したもので、かつ裏に黒幕がいるのなら、そいつは一筋縄でいく相手ではないだろう、と思う。まだ見ぬ得体のしれない存在に戦慄を感じながら、AR-15にケーブルを繋いで検査をする。スキャンの結果はやはり何も異常はなかった。


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