Fate/Grand Order -RE:BUILD- 作:(TWT)
ボイス付きバレンタインデーイベント……いいよね……
三行でわかる前回のあらすじ
・特異点にやって来たら万丈がいたよ!
・ベルトがないから変身できないよ!
・所長がキレたよ!
―・―
オルガマリーが思いの丈を叫び散らしてからしばらくして、目元が擦れて赤くなったオルガマリーが戦兎達を呼び集める。
「ようやく今後の方針が決定したので、それを発表します。全員、心して聞くように」
オルガマリーは一区切りをつけて、軽く息を吸う。その後、ゆっくりとはっきりした声で話し始めた。
「このファーストミッションは確かに当初の計画から完全に逸脱しました。十二分に揃えたはずの戦力も、人員も何もかも失い、状況は最悪と言っていいでしょう。しかし、我々の使命は終わってはいません。残された我々だけでもファーストミッションは遂行しなければならないのです」
それはまるで演説のようだった。巨大な組織の長らしく、これまでの狼狽えたり怒鳴ったりしていた様子からは想像もできない程に堂々とした立ち姿で喋るオルガマリー。
「所長。それについて俺から質問があります」
「桐生戦兎。あなたの発言を認めます」
オルガマリーの演説に待ったをかける様に挙手した戦兎。演説を遮るのは少し気が引けたものの、戦兎にはどうしてもはっきりさせたいことがあった。
「そもそもこのファーストミッションの目的とは何なのですか? レイシフトというものは何をするために実行されたんです?」
「……あなた、そんなことも知らずにこのプロジェクトに参加したの? 最低限の説明位はあったはずだけど?」
「あーそれは……」
『所長。戦兎は軽度の記憶喪失の疑いがあり、カルデアに来るまでの記憶が曖昧になっていると聞いています』
「そうそう! そうなんです! 慣れない霊子ダイブというやつのせいで」
「……なるほど、記憶喪失。更に私のミッション前のブリーフィングにも欠席。おまけに魔術知識もゼロ、と。なるほど、なるほどね……」
額に青筋を浮かべヒクヒクと口元を震わせるオルガマリー。よほど腹に据えかねているようだったが、それをぐっと抑え込む。
「いいでしょう。この際ですからきちんと説明し直しましょう。特に桐生戦兎、あなたはこのミッションの最重要人物なのですから、きちんと役目を理解していてもらわないと困ります」
そう言ってオルガマリーは話始めた。
そも今回のミッションの発端はカルデアスが100年後の人類の衰退を観測したことから始まった。
カルデアスとは戦兎がカルデアで見たあの巨大な地球儀のことである。あれは地球が一つの生命体であり魂を持っているという定義に基づき、地球の魂を複写したもの。早い話が地球の縮小コピーである。
またカルデアスは地球のライブラリーであると同時にシミュレータでもある。カルデアスは専用の観測機シバを用いることで過去の事象を検索したり、未来の予測結果を観測することが出来るのだ。そしてカルデアでは100年後にシバのピントを合わせる事で未来観測を行っていた。100年後に人類が存在し、文明を築いているかを観測することで人類の歴史、すなわち人理を保証する、それこそがカルデアの役割なのだ。
ところがある時、カルデアスが異常を観測した。突如として100年後の人類文明が観測できなくなったのだ。これは100年以内に人類が文明を維持できない程衰退することを意味する。
カルデアはカルデアスの過去検索機能を用いて原因を探った。その結果、それまではなかったはずの一つの事象が過去に発見されたのだ。過去の事象であるにも関わらず詳細が分からないそれは、人類史という長い年表の中に突如として現れた黒く塗りつぶされた点とも言える。人類史の崩壊という未来と同時に現れたその謎の時間帯を特異点Fと命名し、カルデアは人類史崩壊の最重要要因として調査を決定した。
調査にはかねてより実験がなされていたレイシフトが用いられることになった。レイシフトとは人間を擬似霊子化(魂のデータ化)させて異なる時間軸、異なる位相に送り込み、これを証明する空間航法であり、簡単に言えば魔術によるタイムトラベルである。レイシフトを用いれば現代の人間が既に起こった過去の事象に干渉することが可能となる。この技術を持って特異点Fにタイムトラベルを行い、過去から変化した原因を特定、排除することこそが今回のファーストミッションの概要だった。
そのための戦力として採用されたのが魔術において考えうる最高クラスの戦闘能力を持つサーヴァントというわけだ。カルデアが開発したシステムFateがあればこそ可能となった戦力である。
ただし、レイシフトは適性のある人間しか行うことが出来ず、その適正を持つ人間は稀である。さらにそこにサーヴァントと契約を結べる素質、マスター適正を併せ持つという条件が重なるため、ミッションに参加できる人間は極めて限定されてしまった。そのため、カルデアは魔術師に拘らず適正ある人間を探していた。今回のファーストミッションに挑むマスターは総勢48人。その内10余名は一般人でありながら、そのような経緯でマスターとしてカルデアに招かれたというわけだった。そして、その内の二人が戦兎と万丈なのだという。
「これがこれまでの経緯です。分ったかしら?」
「……」
オルガマリーの説明を聞いた戦兎は俯きながら何やら独りでブツブツとつぶやいている。
ようやく自分の立場の重要性が理解できたのかとオルガマリーは思ったが。
「凄いッ!」
「は?」
突然弾けるように顔を上げた戦兎。
「魔術と科学が違う技術体系だと言っても、人間の技術には違いない! 人間の力でタイムトラベルを実現するなんて!」
興奮した様子で戦兎は一気に捲し立てる。
「タイムトラベルはまだ仮説の段階で、その仮説も不完全なものばかり! 当然科学的な証明も検証もされていないまさに未知の技術! 物理学者としてこれ程心惹かれるものはない!」
「俄然興味が湧いてきた! 是非ともその技術について知りたい! 出来れば検証もしたい! 教えて下さいお願いします!」
頭の癖毛がピンと逆立ち、戦兎は目をらんらんと輝かせてオルガマリーに詰め寄る。そのまま勢いよく腰をカクンと90度曲げて頭を下げた。
そんな戦兎にあっけに取られていたオルガマリーだったが、すぐに平静を取り戻した。
「却下よ! この非常時にそんな悠長なことをしていられるはずがないでしょう」
当然と言えば当然の返答であるが、やはり残念なものは残念だった。ピンと逆立っていた戦兎の頭の癖毛は戦兎の心情を体弁するかのように力を失いヘンニョリと垂れ下がってしまう。
「大体、魔術のまの字も知らない素人が魔術の最高峰ともいえるレイシフトについて説明されても理解できるはずがないでしょう。時間の無駄よ」
きっぱりと断言するオルガマリーに戦兎はピクリと反応した。
「確かに俺は魔術のことを何も知らない。でも知らないならば学べばいい」
戦兎は挑戦的な笑みを浮かべている。
「このミッションを無事に成功させて、俺が魔術の知識を身に着けたら、レイシフトについて詳しく解説してください」
「はぁ? 何を言っているのあなた?」
「まあ、報酬替わりといったところで。どうやらこのミッションは最初に想定していたよりも難易度が段違いに跳ね上がったようですし」
「……私を脅しているの?」
オルガマリーの言葉に緊張の色が滲み出ている。
戦兎は生き残った二人のレイシフト適正者にしてマスターの一人。さらにサーヴァントとの契約に成功した唯一の人物。彼抜きではファーストミッションは継続すら不可能と言っていい。
ゆえに彼の要求をオルガマリーが断ることは出来ないと判断し、レイシフトの技術の全てを寄越せ、さもなくば協力しないと脅迫しているのではないかと疑っているのだ。
「え? 違いますけど?」
だが戦兎はあっけらかんと答えた。
「やっぱり駄目ですかね? まぁ、明らかに独占技術な上に危険な技術だから無理もないか……あ、ミッションは全力で協力するので安心してください」
あっさりと引き下がった戦兎に逆に戸惑うオルガマリー。これは譲歩か? それともこちらの出方をうかがっているのかと疑っていると。
「別に戦兎はあんたが考えてるようなことは何も考えてないぜ?」
いつの間にかやってきていた万丈がオルガマリーに向かってそう言った。
「あいつはただレイシフトってやつに興味があっただけだ。昔っから新しいものには周りが引くほど夢中になっちまうんだよな」
万丈の視線の先では戦兎はマシュの持つ大盾を興味深そうに調べていた。だが想像以上に重かったのか、マシュから盾を受け取った途端にフラフラとよろめいて、慌てたマシュに支えられていた。
「あいつは根っからのお人よしだからな。あんたが本当に困ってんなら喜んで力を貸す。だからあんたも教えられる範囲でいいからあいつにレイシフトってやつを教えてやってくれよ」
それだけ言うと万丈はその場を離れようとする。
「あなたは?」
「ん?」
「あなたも一応マスターなのでしょう? あなたはどうするの? あなたも何か望むものがあるの?」
そんなオルガマリーの言葉に対して万丈は短く答えた。
「俺は戦兎についていくだけだ」
―・―
「大分話が脱線してしまったけれど、私たちがやらなければならないことは理解できたかしら?」
オルガマリーの言葉に頷くマシュと戦兎。頷く二人を見てから頷く万丈。
「結構。では次に具体的な方針を説明します。ロマニ」
『ハイハイっと』
オルガマリーの持つ端末から地図らしき映像が映し出される。
「この特異点F、冬木は元々聖杯戦争と縁の深い土地だった。過去4回にわたって聖杯戦争が60年周期で行われていたと記録されています。最後に行われたのは西暦2004年。まさに今、我々がレイシフトしてきたこの時代です」
「聖杯戦争とは魔術世界において珍しいものではない、ということですか? 聖杯は複数あると?」
「聖杯戦争における聖杯は聖書に記載されている本物とは違います。この場合の聖杯とは“あらゆる願いを叶えられるほどの魔力をもったもの“全般を指し、そういった代物は真贋含めて数多く発見されています。この冬木の聖杯も実体は「杯」ではなく魔力を集積する超ド級魔法陣だったと記録されています」
「この特異点Fの直接的な原因は分かりませんが、この時代、この場所が特異点になったことを考えればその原因は冬木の聖杯に関わると考えるのが妥当です。よって我々の目的地は記録に残されていた冬木の聖杯が設置されていた場所、ここです」
オルガマリーが地図のある一点、街にほど近い山中の中腹辺りを指さした。
『記録によると聖杯はこの山中に設置されていたそうだ。正確な場所は記録に残っていないから直接行って確かめるしかない』
こうして目的地の定まった戦兎達は聖杯があったとされる山の洞窟を目指し、出発した。
―・―
目的の山に向かうにはこの廃墟と化した街を抜けていく必要がある。戦兎達はマシュを先頭に街の中を進んでいった。やがて日が傾き、薄暗くなった頃に一行は街中心から少し外れた通りに出た。
そこは街を横断する大きな川に臨んだ川縁で、大勢の人間が往来できるほどの広さがあった。普段ならば町に住む人間の憩いの場所として賑わっていただろうこの場所も、今は人気もなく静まり返っていた。
「もう少しで街を抜けますね、マスター」
「そうだね。ここまで何もなく来られて良かった。ところでマシュ、そのマスターって呼び方、止めない?」
「私はマスターのサーヴァントなので」
「うん。止めないってことね」
「しかしこんな惨状になっているのに街は不気味なほど静かだな……」
冬木は特に大きいわけでもないが小さい街というわけでもない。それなりの人口があったと街の規模から見て取れる。しかし、この街に来てから生きている住人を見かけていない。火災が沈下していないことからこの街が爆撃を受けてからそう時間がたっていないと推理した戦兎だったが、可燃物さえあれば火災が数日に渡って続くことは珍しいことではない。考えられるのはこの街が何らかの攻撃を受けて大分時間がたっており住民は既に非難を終えたか。もしくは、逃げる間もなく全滅したか。しかし爆撃だけで住民が一気に全滅するというのも考え辛いが……
そこまで考えたところで戦兎の思考は突然やって来た衝撃に遮られた。どうやら考え事をしながら歩いていたために何かにぶつかってしまったらしい。
ぶつかったのは何やら人の背丈ほどもある石のようだった。何でこんな所に石が立っているのだとぶつけた鼻をさすりながら石を反対側から覗き込んだ戦兎は小さく声を上げた。
「マスター!? どうしました!?」
傍にいたマシュが聞きつけ駆け付けてくる。
「目が合った……」
「はい?」
マシュは状況が飲み込めないまま戦兎が指さす石を同じように覗き込み、そして息を呑んだ。目が合ったからだ。
その石は石像だった。本物と見間違うほど精巧な石像には怯えた表情が刻まれていた。その恐怖に濡れた目と覗き込んだ時に目が合ったのだ。
「何でこんなところに石像が……」
訝しむマシュの隣で戦兎が驚愕の表情で辺りを指さす。
「見てくれマシュ」
戦兎の指し示すものに気がついたマシュもまた息を呑んだ。
石像は一体だけではなかった。暗闇に紛れて気がつかなかったが、その河川敷には大量の石像が所狭しと並んでいたのだ。しかもその全てが恐怖と苦悶の表情を浮かべていた。
「マスター……これは一体」
「下がって万丈! 触れては駄目よ!」
突如として暗闇にオルガマリーの鋭い声が響く。
時間は少し戻り戦兎が石像にぶつかった頃。
万丈は戦兎とマシュのいる道のすぐ脇にある土手の下を歩いていた。特に意味はなく、ただ土手を下って川を近くで眺めたい、程度の意味しかなかった。
「しっかし、ここまで何にも起こんなかったな。またあの骸骨共が出てくるかと思ってたんだけどよ」
ここまでの道中で戦闘行為は一切発生していない。想定していたスケルトンの襲撃もなく安全な道中に全員が安心した半面、気も少し緩んでいた。
だからだろう。万丈は二つの失敗を犯した。
一つ目はすぐ傍とはいえ、唯一の戦闘能力を持つマシュから離れて行動したこと。二つ目は目の前に現れた不可解なものに対して危機感がなかったことだった。
「何だこれ? 鎖?」
万丈の目の前には行く手を塞ぐように幾重にも網のように張り巡らされている鎖があった。屋外の、しかも土手にはあまりに不自然なそれにたいして万丈は不用意にも手を伸ばしてしまった。
「下がって万丈! 触れては駄目よ!」
オルガマリーの警告に反応してとっさに手を引っ込めた万丈。同時に鎖がまるで意志を持っているかのようにしなり、獲物を捕らえようとする蛇のように万丈を絡め捕ろうとした。
万丈はすんでのところで身を捻って鎖から逃れることに成功した。オルガマリーの警告がなければ間違いなく万丈はこの鎖に絡め捕られていただろう。
「な、なんだこりゃあ!?」
「大丈夫!?」
「あ、ああ。おかげで助かったぜ」
オルガマリーが駆け寄って万丈の無事を確認する。怪我もなく無事だったことに胸を撫で下ろしたオルガマリーは次いで目を三角に釣り上げて万丈を叱り始める。
「あなた馬鹿なの!? この鎖から感じる強力な魔力……明らかに何らかの魔術礼装でしょうが!」
「そんなこと言われても魔力なんて分からねぇよ!」
「それにしたってこんなところにある鎖が普通の鎖なわけがないでしょう! うかつすぎるわよ!」
「……悪かったよ」
ぐうの音も出ない正論に万丈も素直に自らの非を認めざるを得ない。そこへオルガマリーの叫び声を聞きつけた戦兎とマシュが駆け付ける。
「何があった!?」
「二人ともご無事ですか!?」
「万丈が罠にかかりそうになったのよ」
「罠!? おい万丈大丈夫なのか!?」
「おお。所長のおかげで何とか」
戦兎はそれを聞いて安心した様子だったが、すぐに真剣な表情に変わった。
「所長、何か危険な予感がします。早くここから離れたほうが」
「残念。新鮮な獲物を逃がしてしまいました」
戦兎達4人の誰とも違う女の声がどこからともなく聞こえてきた。警戒して辺りを見回す4人だが、声の主と思わしき人物の姿は見えない。
「見知らぬサーヴァントに見知らぬマスター……それに若い男女……ああ……なんて瑞々しい……」
再び女の声が響く。今度はもっと近くはっきりと聞こえた。
「あそこだ!」
万丈が土手の上の一点を指さす。万丈の指す場所に光が集まったかと思うと次の瞬間には黒いフードを頭から被り、足元まで届く長髪の妙齢の女性が立っていた。
人が思い描く完璧なボディスタイル。人間離れした美しい女性だが、その手にはあまりに不釣り合いな鎌のような先端をもつ槍を持っている。そして何より、その女性の纏う空気が彼女の美しさを恐ろしさへと変貌させてしまっていた。
『この魔力反応……間違いない、彼女はサーヴァントです!』
「見ればわかるわよ! それよりなんでもっと早く気がつかなかったの!」
『面目ない……直前まで魔力反応がほとんどなくて……』
「わざわざ霊体化して待ち伏せてたってこと?」
通信ウィンドウの向こうにいるロマニを叱りつけながら口にしたオルガマリーの疑問に答えたのは鎌を持った女性、サーヴァントだった。
「ええ。ここは私の狩り場……狩人が堂々と姿を晒すなどあまりに趣に欠けるでしょう?」
美しく、そしてゾッとするような冷たい声。だが、それよりも戦兎はサーヴァントの言った言葉に引っかかった。
「獲物……?」
「そう、あなたも見たのではないですか? これですよ」
そう言ってサーヴァントは近くにあった石像の一つに頬を寄せる。
「中々良い出来だと思いませんか? この恐怖の表情を引き出すために少しばかり手間をかけたかいがあったというものです」
そう言ってコツコツと石像の顔を叩くサーヴァント。その物言いは自分が石像を創ったかのような言い方だった。
「石像が……獲物?」
状況が飲み込めない戦兎の隣でオルガマリーは納得した様子だった。
「なるほど……石化の呪法ね」
「石化って……」
「神話や伝承に出てくる、その名の通り対象を石にする魔術よ。有名どころで言えばゴルゴーンとかね」
「見たものを石に変える目を持った蛇の? でもあれは神話でフィクションじゃ」
「あなた、説明を理解していなかったの? サーヴァントというのは信仰によって生まれるの。それが実在したかどうかは重要じゃない。神話でもフィクションでもその存在を信じる者がいればそれが信仰になるの」
戦兎はサーヴァントとよく似た存在を知っていた。先輩ライダーであるゴースト、彼の能力はマスターとサーヴァントのそれに近いものがあった。彼の持つ眼魂には過去の偉人の魂が宿っている。ゴーストはその魂の力を借りて戦うのだ。
眼魂とサーヴァントは共に過去の存在の力を宿すという点では共通している。しかし、眼魂が歴史上の偉人、記録などにより存在が(ほぼ)証明された人物の魂しか存在しないのに対して、サーヴァントはフィクションの存在であっても広く知られていればそれだけでいいという。
これが意味するものは、サーヴァントになる存在は人間だったとは限らないということだ。つまり、今目の前にいる美女は―
「石化の魔眼を持つゴルゴーン?」
「そうとは限らない、けどその可能性は高いわね」
戦兎は改めて目の前の美女を見た。もし予想が正しければ目の前にいるのは伝説上の魔物、戦兎の知っている物語の挿絵にあるような姿とは大分違うが、ゴルゴーンだ。
「相談事は終わりましたか? それではそろそろ狩りを始めましょうか」
余裕たっぷりにサーヴァントはそう言った。
「その前に……せっかくこんなにも生きのよい獲物が4匹も増えたことですし。景気づけに一杯頂きましょうか」
そう言ってサーヴァントは手近な石像の頭に手をかけるとそのまま腕を振り払った。石像の頭がボールのように飛んでいき、頭のもげた首からは鮮血が噴水のように噴き出す。その血の噴水を全身に浴びながらうっとりとした表情を浮かべるサーヴァント。その様子を戦兎達は言葉を失ったまま見ていることしかできなかった。
命のやり取り、戦場に慣れている戦兎と万丈をしてもこれほどまでに猟奇的な殺人を犯す存在は初めてだった。
「っ! 戦うしかありません」
4人の中で最初に動けたのはマシュだった。盾を構え、戦兎達の前に出てサーヴァントと対峙する。
「ああ……勇ましい……初々しい……」
前に出るマシュをサーヴァントは面白そうに眺めている。
「あなた、サーヴァント同士で戦うのは初めて? では先達として教えてあげましょう」
そう言ってサーヴァントは手にした槍を曲芸のように手のひらでくるくると巧みに躍らせる。
「言動には気をつけなさい。戦う、と一度でも口にしたのであれば」
手の中で踊る槍を構え直し、サーヴァントの気迫が増していく。
「もう行為は始まっているのです!」
その言葉と共にサーヴァントの姿が掻き消える。そして次の瞬間にはもうマシュの目の前で槍を振り下ろしていた。
激しい金属音と共に盾と鎌が火花を散らす。二度三度と振るわれる槍を盾で防ぐマシュ。
「必死ですね……大変よい。でも気をつけなさい?」
構えた盾に刺突を繰り出しながらサーヴァントは言う。
「私の槍は不死殺しの槍!この槍で受けた傷はいかなる手段を持ってしても癒えることはない!」
その言葉にマシュとオルガマリーがサッと顔色を変えた。
「理解しましたか!? 少しでも受け損なえば!」
サーヴァントは執拗に何度も突きを繰り出しながら言葉も叩きつけてくる。
「あなたは一生、サーヴァントとし不出来になるのです!」
敵のサーヴァントの攻撃は単調な槍による突きだけだが、それを防ぐマシュは必要以上に強張っているように戦兎は感じていた。それはきっとあのサーヴァントの言葉に原因がある。
「所長、あのサーヴァントの言ったことは本当なんですか!?」
「……分からない。ブラフかもしれない。でも、ありえない事じゃないわ」
「あの槍から受けた傷は絶対に治らないって? そんなバカな!」
「いいえ、十分にあり得るわ。なぜなら、サーヴァントの武器だからよ」
意味が分からないといった様子の戦兎にマシュから目を離さずオルガマリーが解説する。
「サーヴァントの武器はそのサーヴァントの伝承や逸話になぞらえたもの。もしあのサーヴァントにまつわる伝承に「つけた傷が決して癒えない」「不老不死のものでも殺せる」そんな槍があれば、そういった特性をあの槍は備えているのよ」
「そんな……ただ、そんな伝説があったというだけで!?」
戦兎はふざけるなと叫びたかった。オルガマリーの説明の通りだとしたらそれは空想が現実になることと同義だ。
想像はえてして現実より凄いものだ。漠然とした表現だが、想像上のものは現実的ではないものが多い。なぜなら想像には制限がないからだ。想像でなら赤ん坊だって10か国語を話せるし、光よりも早く移動できる。何だって出来る、想像であれば。
しかし現実はそうはいかない。物理法則、時間、倫理、能力、利益不利益、現実には無数の制限がある。それらの制限によってその人物の取れる選択肢は狭まっていき、最後に残ったものから選択することで人間は先に進む。
それは想像と比較すれば取るに足らないものかもしれない。想像では100出来る事も、現実では1も出来ないかもしれない。それでも諦めず、少しでも想像という理想に近づこうと努力する。僅かでも成果を積み上げ続けて科学は進歩してきたのだ。戦兎はそんな科学のあり方が好きだった。
それが何だ。サーヴァントという存在はそういう伝承があったから、などという曖昧かつ論理的ではない根拠だけでそれを現実のものにするという。科学を馬鹿にしているとしか思えない。
「桐生戦兎! 何をボーっとしているの!」
目の前の理不尽さと自分の無力さに怒る戦兎の気持ちを見透かしたかのようなオルガマリーの叱責が飛ぶ。
「いい? あなたはあなた自身がどう思おうとマシュと契約してマスターとなった瞬間から魔術師になったの! 魔術師なら目の前の現実を否定せずに受け入れなさい!」
「あなたのサーヴァントは今、あなたのために戦っているのよ!?」
指し示された先には敵サーヴァントとたった一人で戦い続けるマシュの姿がある。
自分は何をしているのだと戦兎は自らを恥じた。自らの常識が通じない敵など散々戦ってきたではないか。今更泣き言など言ってはいられない。変身できなくとも、今の自分に出来る事をしなければ。
マシュはずっと防戦一方だった。あの槍から受けた傷は決して治らないというあのサーヴァントの言葉が真実ならば、それはもしこの戦いでマシュが腕に傷を負えば、例えこの戦いに勝ったとしてももう盾を構えることは出来ないということになる。それをマシュは恐れ、体が強張り反撃に転じられないのだろう。
今のところマシュは敵サーヴァントの攻撃を全て防いで入るが、槍の攻撃をその身に受けてしまえばそこから崩れる可能性が高い。早々に反撃に転じなければいずれやられてしまうだろう。
しかし戦兎の見立てではマシュよりも敵サーヴァントの方が素早い。下手な攻撃は反撃のリスクが高い。やはり何か別の一手が必要だった。敵サーヴァントに隙を作り、マシュに繋げる一手が。
しかし、どうやって?
良いアイディアが浮かばないまま戦況が動いた。敵サーヴァントが盾ごとマシュを力で強引に押し込んだのだ。僅かにグラついたマシュを盾のない側面からの横薙ぎが襲う。辛うじて槍の刃を避けたマシュだったが、敵サーヴァントは追撃の構えを取っている。態勢を崩したマシュは避けられない。
その時、マシュの盾の陰から躍り出た影があった。
万丈だ。彼はマシュが戦い始めてからずっと機会をうかがっていたのだ。
万丈はマシュの盾を利用して敵の視線を避けて懐に飛び込むことに成功した。敵サーヴァントも完全に意表を突かれて反応が遅れた。
「オラァ!」
懐に飛び込んだ万丈は全力の拳を敵サーヴァントの脇腹へと叩き込む。腕の振り、踏み込み、インパクト、全てが完璧だった。万丈の渾身の一撃は確かに敵サーヴァントを捉えた。
万丈の行動はその場にいた全員の度肝を抜いた。突拍子がなさ過ぎて戦兎達はおろか、敵であるサーヴァントも、カルデア指令室からモニターしていたロマニらスタッフたちでさえも固まっていた。
敵サーヴァントは自身の脇腹に突き刺さった万丈の拳をじっと見つめて動かない。好機と見た万丈は続けてもう一発拳を繰り出した。またしてもクリーンヒット。万丈のストレートパンチは再び敵サーヴァントの芯を捉えた。
まだ万丈が格闘技界に身を置いていた頃、どんな大男でも試合で万丈の拳を2発以上耐えた者はいなかった。ましてや華奢な女の体だ、耐えられるはずがない―万丈はそう思っていた。
「驚きました」
万丈の二発目の拳を受けたまま、敵サーヴァントは言った。その声は平静そのもので、苦痛の色は微塵も感じられない。
「まさか本当にただ殴るだけとは」
万丈に悪寒が走る。万丈は咄嗟に腕をクロスして防御の体制をとる。直後、クロスした腕の上から凄まじい衝撃が走り、万丈は後方へと吹っ飛んでいった。激痛の中、吹き飛びながら万丈が見たのは細く優美な足を振りぬいたサーヴァントの姿だった。
「万丈!」
吹っ飛ぶ万丈を戦兎が受け止めた。そのまま二人はもつれる様に地面に転がる。
「戦兎! 万丈! 大丈夫!?」
「……腕が折れたかと思ったぜ……」
万丈はまだ痺れている腕をさすりつつ起き上がる。
「あんな細い体なのになんてパワーしてんだよ」
「万丈……この馬鹿!」
万丈の下敷きになっていた戦兎が万丈を押しのけて立ち上がる。
「サーヴァントは人間の姿をしたスマッシュのようなものだ! サーヴァントに生身で向かっていくなんて、無茶なことをするんじゃない! 人間とは比べ物にならないパワーを持っているのはマシュを見てれば分かるでしょうが!」
「マジか!? じゃあ俺の拳も効いてなかったのか……?」
「その通りです」
意外にも万丈の疑問に答えたのは敵サーヴァントだった。
「生身で殴り掛かって来たことにも驚きましたが、まさか魔術による肉体強化もなしに来るとはさすがに面喰いましたよ。あまりにも何もないので、一瞬何か他に魔術を発動したのかと警戒してしまいました」
驚き、呆れ、嘲りを足して割ったような表情で敵サーヴァントが言った。
魔術の知識があるものならそもそもサーヴァントに挑んだりしないし、仮に挑むとしても十分な策を練る。そうでなければ無駄に命を散らすことになるからだ。サーヴァントからすれば生身で何の策もなく殴り掛かって来た万丈は、本気で殺すつもりで発泡スチロールの棒を振り下ろしてきた子供にも等しい。
「しかし結局無駄だったとはいえ、人間が私に触れたこと。いえ、無知ゆえだとしても私に「敵う」と思ったその驕りは許し難い」
敵サーヴァントはそれまでの嘲笑から怒気をはらんだ顔つきに変わった。戦兎達を庇う様に前に出たマシュと再び相対する。
「出来損ないのサーヴァントに己の分も理解できない馬鹿……聖杯戦争を勝ち抜くにはあまりにお粗末な布陣でしたね。その愚かさを呪って死になさい!」
『そうかい? 馬鹿だ無謀だと言われても敵に向かっていく気概。俺は嫌いじゃないがね』
突如として場に響く新たな声。同時に敵サーヴァントが現れたのと同じ光と共に青い衣装に身を包み、手に魔法使いを連想させる長い杖を持った長身の人物が現れた。
「よう、ランサー」
「貴様……キャスター!」
キャスターと呼ばれたサーヴァントは頭を覆っていたフードを外した。フードの下からは精鍛な顔つきの男がニヒルな笑みを浮かべて現れたのだった。
ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。
今回の話で分かる人もいるかもしれませんが、第一特異点の話はFateの大晦日特番で放送されたスペシャルアニメを参考にしています。記念すべきFGOアニメ化第一弾となる作品です。
理由としては話が非常にコンパクトにまとめられていることと、オルガマリー所長が活躍するからです。
私もどこかの菌糸類様と同じで所長は好きなキャラなので、何とか出番を作りたいなーと思いこうなりました。
相も変わらず筆が遅い筆者ですが、これからもよろしくお願い致します。