Fate/Grand Order -RE:BUILD- 作:(TWT)
待ってくれていた人(いたら……いてくれ!)お待たせ致しました!
最初に言っておく! 今回もライダーはでーなーい!(泣
三行で分かる前回のあらすじ
・キャスターVSランサー「これが聖杯戦争だ!」
・祝「勝利の法則は決まった!」
・戦兎が所長の地雷を踏む
―・―
「……眠れない」
オルガマリーは学校の保健室に設置されたベッドの上で呟いた。
戦兎達と別れた後、オルガマリーは何気なく校内を見て回っていた。ロマニたち管制室の調査でこの学校内に危険がないことは分かっていたので、一人でも大丈夫だと思ったのだ。
「これが学校……」
学校を見回りながらオルガマリーは何ともなしに呟いた。
オルガマリーは魔術社会における最上級の名家の生まれだ。教育は全て超一流の家庭教師が担当していたため学校に通った経験はなかった。一応ロンドンにある魔術の学び舎、時計塔に籍を置いていたこともあるが、あれは学校と呼ぶにはあまりに不健全であろう。
生まれて初めて入った学校はしかし、既に廃墟も同然の荒れようだ。本来ならここには大勢の学生が詰めて教育を受けていたはず。先生、同級生、友人、それに恋人。様々な人間模様が学校という社会のミニチュアには詰まっているらしい。
らしい、というのもオルガマリーは知識として知っているだけで体験したわけではないからだ。そもそも学校に限らずともオルガマリーには友人らしい友人はいなかった。
別に話し相手がいないわけではない。しかし、他愛のない会話に花を咲かせたり、用事もないのに集まってただお茶会をする、そんな損得勘定の絡まない人間関係にある知り合いは一人もいない。そんな相手は必要ないと教えられて育ち、彼女自身もそう思っていた。
しかし、もしこんな平凡な学校に通っていたら……そんな人生を送っていたら……自分にも友人が出来たのだろうか。そしてそんな友人なら自分のSOSに気づいてくれただろうか。
そこまで考えたところでオルガマリーは頭を振った。
無意味な仮定だ。こんな下らないことを考えるなんて、どうやら自分は相当疲れているらしい。
ちらりとあたりを見回すと、保健室と書かれた札のついたドアがある。開けてみるとそこには薬品棚とベッドが並んでいた。オルガマリーはベッドに積もったほこりを払うと、その上に腰掛ける。
「少し休もう……休んで、また頑張らないと……私がやらないと……お父様の代わりにならないと……」
そう自分に言い聞かせながらベッドに横たわるオルガマリー。
しかし、眠ろうと目を瞑っても眠気は一向に襲ってこない。ここまでの道中で体力も気力もすり減らしているはずなのに
やっぱり、とオルガマリーは思った。
父親の自殺から今日までまともに眠れた覚えがない。どんなに疲れていても、どれだけ入念に睡眠をとる準備をしても決して眠れなかった。あんまりにも眠れないので軽い睡眠魔術を使わなければならない程だった。
ここ最近はカルデアでのファーストミッション、レイシフトの実行が決まり目の回る忙しさだった。激務を終えていざ眠ろうとしても不安や緊張から悪い未来ばかり想像してしまい気分が悪くなって眠れない。睡眠魔術を使って眠っても思う様に回復せず、疲れを残したまま次の日を迎える。疲れが残っているから神経質になって小言や怒声が増えてしまう、の悪循環だった。
今も目を瞑っても眠気は一向にやってこない。仕方なしに自分で睡眠魔術をかけることにした。効果時間を調整すれば短時間で目を覚ませる。いざとなればロマニらカルデア指令室からの通信もあるだろう。
魔術が発動し、オルガマリーは瞼を閉じて睡魔に身を任せる。
睡眠魔術が効いている間だけ、彼女はあらゆる重責から解放される。目が覚めるまでは何も考えずに済む。だが、今回は具合が違っていた。彼女は今、真っ暗闇の中で一人ぽつんと立っている。目が覚めたわけではない。覚めたのなら目に映るのは保健室のはずだ。
これは夢?
睡眠魔術を使って夢を見たことはこれまで一度もなかった。だが、この状況は夢以外に考えられない。
しかし、夢の中にしては不思議と意識がはっきりしている。
まさか……軽度の睡眠魔術とはいえ、レイシフト先で精神操作系の魔術を使ったから予想外の影響が?
少なくともオルガマリーは今自分が置かれている状態を考察出来るほどには頭も働いていた。夢の中でこれ程はっきりと思考が出来るものなのか?
その時、オルガマリーの耳に微かに誰かの話声が聞こえてきた。何を言っているのか分からない程に小さな囁き。それは自身を取り巻く闇の中から聞こえてくる。
オルガマリーは気味が悪くなり、辺りを忙しなく見渡した。だが、どれだけ目を凝らしてもこの世界には見通せぬ闇しかない。
囁き声は徐々に大きくなり、オルガマリーを取り囲むように周り中から聞こえてくるよう鵜になった。
『あれがアニムスフィア家の次期当主……いや、もう現当主か』
『頑張ってはいるが、やはり先代と比べると……』
『あの調子ではせっかくのカルデアもまともに運用できるかどうか……』
名も知らぬ人間たちの失望した声。
『自殺だって?』
『どうせ禁呪か何かに手を出したんだろうさ。そうでなきゃカルデアなんてものを一代で建てられるはずがない』
『ロードといったって天体科のだろう? 根源への到達を諦めて星を眺めているだけの家がロードだなんて最初からおかしかったのさ』
顔も見たことのない他人の嘲笑。
『マスター適正がない? とんだ欠陥品ではないか!』
『ここまで金と時間を費やしたカルデアが今更使い物になりませんじゃ済まんぞ!』
『娘の器量では到底まとめ切れるものじゃない』
『カルデアはもうお終いだ!』
声も聞いたことのない野次馬の罵詈雑言。
影たちは決まって最後に皆口を揃えてこう言った。
“あの父親とは似ても似つかぬ”。
オルガマリーは顔を青ざめて理解した。
これは夢だ。とびっきりの悪夢だ。自分を殺すためだけの悪夢だ。
今も昔も自分を取り巻き続け、決して逃がしてはくれない悪意が形を得て、とうとう自分を殺しにきたのだとオルガマリーは思った。
それまで辛うじて心の奥底に仕舞い込み蓋をしていた負の思念が一気に溢れ出す。心に巣くっていた不安や焦り、恐怖が周囲の闇に同化して闇はますます濃くなっていく。
幻影を振り払おうと目をぎゅっと強く瞑り、耳を塞ぐ。消えろ、消えろと一心に念じた。すると、それまでいた幻影たちがスーッと消えていった。
代わりに今度は先ほどよりも小さな幻影が大勢現れた。他に違う点は先ほどまでの幻影は一様に闇そのもののように真っ黒だったのに対し、今度の幻影たちは真っ白なことだろうか。子供ほどの背丈の幻影たち、その中から影が一つ前に出る。
『なぜ私たちは生まれたの?』
小さな女の子の影がかすれた声でそう言った。不揃いな薄紫の前髪のせいで片目の隠れた少女だった。
オルガマリーはその少女が誰だかすぐに分かった。そして、周囲の子供たちの影が何なのかも。
『なぜ私たちを作ったの?』
『なぜ』
『なぜ』
『なぜ』
『なぜ私たちは死ななければならなかったの?』
オルガマリーを取り囲んだ影たちはなぜを繰り返す。その言葉の意味をオルガマリーは理解できる、理解できてしまう。だが、返せる答えはない。返せるはずがない。
影たちがオルガマリーへ向かってにじり寄りながら、その白い手を一斉に伸ばす。それはまるで黄泉への手招きのようだった。
取り囲まれて逃げ場のないオルガマリーはその場にへたり込んでしまう。
もう嫌だ。どうしてこんな目に遭わなければならないの。私が何をしたっていうの?
助けて。
お願いだから誰か助けて―
「所長、どうしました?」
影たちとは違う、はっきりした声。
へたり込んだオルガマリーが突然足元から聞こえてきた声に恐る恐る目を開くと、足元にはいつのまにか真っ赤な兎がいた。長い耳をピコピコと揺らしながらオルガマリーを見上げている。
初めてみる兎のはずなのに、妙な既視感があった。
「所長、大丈夫ですか?」
兎の発した聞き覚えのあるその声にオルガマリーの意識は急速に現実へと引き戻された。
鉛のように思い瞼をこじ開けると、そこは見覚えのある保健室だった。
「うなされていたので思わず声をかけたんですが……大丈夫ですか?」
「あなた……桐生戦兎……」
オルガマリーが横になっていたベッドの脇に戦兎が心配そうに立っていた。
「……ここで何しているの?」
「俺は医薬品を探しに来たんです。保健室なら使えるものがあるかもと思って」
そう言って戦兎は保健室の棚を漁り始める。消毒液、絆創膏、痛み止め、包帯など使えそうなものをリュックに仕舞い込んでいく。
「所長はお休みですか? すぐに出ていくんで、ちょっと待ってて下さい」
「……いいわよ、別に。どうせ眠れないし」
オルガマリーは気怠そうに身を起こす。
「どうせってことは不眠症か何かですか? やっぱりカルデア程の組織を纏める立場になると、気苦労も多いんでしょうね」
「……そうね。どこかの誰かさんみたいに何も分かってない無知な連中の相手ばかりで胃に穴が開きそうよ」
暗に自分のことを言っているのだろう。辛辣な物言いに戦兎も思わずたじろぎながら面目ない、と頬を掻いた。
一方のオルガマリー自身も嫌味が過ぎたと思っているのかばつの悪そうな顔をしている。しかし、今更謝ることはもっとばつが悪い気がした。
いたたまれない雰囲気だ。もっともこの雰囲気はオルガマリーにとってはいつものことでもあった。棘のある物言いしか出来ない自分は誰と話してもいつもこうなってしまう。そして相手はそそくさとこの場を逃げ出し、陰険所長と陰口を叩くのだ。
どうせこいつも“それじゃあ、自分はこれで……”などと言ってこの場を離れるのだろうと、オルガマリーは思っていた。
そしてまた自分は独りになる。
「本当に申し訳ないと思っています。偶然とはいえ、魔術を知らない素人が所長が父親から引き継いだ大切な仕事に紛れ込んじゃって。戦闘員である俺に力があれば皆を安心させてあげられるのに」
科学なら自信があるんですけどね、と戦兎はすまなそうに言った。
「……あなた、何を言っているの?」
一方オルガマリーは予想外過ぎる戦兎の言葉が飲み込めなかった。
今回の件に関しては戦兎に落ち度はない。
魔術知識がないことを承知で彼を数合わせのためだけに今回のミッションへと選出したのはカルデア、ひいては所長である彼女だ。素人だからと戦兎に責められる謂れはない。むしろ責められるべきは爆破テロを防げず、戦力を失わせてしまった彼女の方だ。
だからこそ彼女はずっと怯えていた。生き残ったカルデアスタッフや戦兎達、そしてマシュからお前のせいだと責められるのではないか、無能と罵られるのではないかと。強気な態度は虚勢を張っていただけ。弱気な所を見せたらたちまち自分は責任追及の的にされる。彼女はずっとそんな世界で生きていたからよく知っている。
なのに、目の前の桐生戦兎という男は彼女を責めるどころか自身の無力さを謝っている。
なぜ? どうして自分を責めない? 何を企んでいる?
猜疑心が自己防衛のためにオルガマリーの心を頑なに、そして攻撃的にする。
「あなたは本来戦力として数えられていなかった人間。レイシフト先で味方のサーヴァントを一人でも多く召喚するために集められた、いうなればサーヴァントを釣るための餌よ」
「思いあがらないで。戦闘員としてなんて、最初から誰も期待してないわ。それとも何? 日本人特有の謙遜ってやつなのかしら?」
「それとも同情? 生憎だけど、あなたに同情されるほど私の背負っているものは安くない。魔術を知らないあなたには理解できないかもしれないけど、今回のミッションやレイシフトは魔術史に残る偉大な事業。他全てのロードやアトラス院ですら成しえない偉業なのよ? お父様、いえアニムスフィア家の威信がかかった今回のミッション……あなたなんかの理解が及ぶ話ではないの! 身の程を弁えなさい!!」
息を荒くしながらオルガマリーが跳ね除けるように言い切った。同時にオルガマリーの心の内では後悔が渦巻く。
ああ、どうしてこんなことを言ってしまうのだろう。こんな風にしか言葉が出てこないのだろう?
あんまりな言い方だった。こんなことを言われてはどれだけ穏やかな人間でも腹に据えかねるだろう。
本当は怖かっただけなのだ。目の前の男が何を言っているのか分からないから。何を考えてそんな言葉をかけるのか理解できないから。内心では私を馬鹿にしているのではないかと疑ってしまう。まるで精一杯吠えて威嚇する子犬のように臆病な自分。
もう戦兎からの協力は望めない。それどころかこの話を周囲にばらされたら唯一の戦力であるマシュも、戦兎を気に入っていたキャスターも自分を見限るかもしれない。
しかし、それだけで済むだろうか? もし戦兎達が結託して自分に反旗を翻したら? それは実行部隊を全て失うということだ。
それだけじゃない。今までうやむやに出来ていたカルデア爆破の責任も追及されるかもしれない。そうしたら誰もが自分を責め始めるだろう。
誰からも見放されて、誰からも愛されることなく、永遠に独りきりになる―
「確かに俺には所長の背負っているものが魔術においてどれだけ重要で偉大なことなのか全くわかりません」
静かな声だった。
「でも、子が親から受け継いだ仕事の大切さは俺にも分かります」
戦兎のその言葉に、オルガマリーははっとして顔を上げる。
「俺も、父さんから大切な仕事を引き継いだから」
顔を上げたオルガマリーが見たものは、あれほど酷い言いがかりをつけられたのにも関わらず、嫌な顔一つしない戦兎の笑顔だった。
―・―
俺の父さんは科学者だった。それも超優秀な天才科学者で、国の宇宙開発の責任者にもなった。凄いでしょ?
父さんは俺の憧れだった。父さんと同じ科学者になることを夢見て。科学者になる自分以外を想像できないくらい、憧れていた……
でも、ある日……俺や父さんの運命を狂わせたあの事件が起きた。
父さんが主導していた宇宙開発事業が開いたイベントで、大勢の死傷者が出た。その事件は当時の誰にも想像しえなかったもの。未然に防ぐことは不可能だった。
でも、世間は誰かのせいにせずにはいられなかった……誰もが悲しみと怒りをぶつける相手を求めていた……そしてそのやり玉に挙げられたのは、父さんだった……
事件の責任者にされ、誹謗中傷にさらされた父さんは俺と母さんの前から姿を消した。何も言わずに、ただ研究資料だけを残して……
俺は父さんの無実を証明するために科学者になった。そして残された研究資料を読み解いて知った……侵略者の存在を。
世界中でただ一人、父さんだけがその存在に気づいた。そして、知ってしまった父さんはその存在を放っておくことが出来なかった。それこそが父さんが背負ってしまった使命……孤独な闘いの始まりだった。
俺はその使命を継ぐことを決めた。そのために色々と褒められないようなこともやった。そして紆余曲折あって、俺は父さんと再会した。父さんは姿を消していた間もずっと使命を果たそうと闘っていた。
再会した俺たちは使命を果たす手前まで来たけど、使命を果たす前に父さんは命を落とした……無念だったと思う。家族から離れてまで、十年も孤独な戦いを続けてきたのに……
だから俺は改めて父さんの意思を継いで、父さんの残した使命を、最後の仕事を息子として、科学者として果たすために命を懸けて戦った。
だから、父親のやり残した仕事を果たそうとする所長の気持ちが少しは分かるつもりです。
それがどれだけ子供にとって重荷なのかも。どれだけ大切なことなのかも……
―・―
「……」
他に誰もいない静かな保健室。一つのベッドに並んで腰かけた戦兎とオルガマリーの二人。オルガマリーは戦兎の話を黙って聞いていた。
「……あなたの」
ぽつりとオルガマリーが零すように言った。
「あなたのお父様のやり残した仕事……最後はどうなったの?」
その質問に戦兎は逡巡の後、こう答えた。
「まだ途中ですかね」
それを聞いたオルガマリーは意外そうな顔をした。
「それってまだ侵略者が残っているってこと?」
「いえ、侵略者は倒しました」
オルガマリーはますます分からないといった顔をしている。侵略者の撃退こそが戦兎の父の残した仕事ではないのか。
「確かに侵略者の撃退は父さんの最後の仕事でしたが、父さんの本当にやりたい仕事は別にあったんです。なら、それを引き継ぐのが息子である俺のやるべきことかなって」
「……それは何?」
戦兎は少し気恥しそうに答えた。
「世界平和……かな?」
その答えに一瞬ポカンとした様子のオルガマリーだったが、すぐに噴き出した。
「何よ、それ。随分と壮大な夢ね」
口ではそう言うものの、その声色は決して嘲るものではなかった。それまでのオルガマリーからは想像できない程、安らいだ声だ。
戦兎の話はにわかには信じがたいものだった。おまけに肝心な部分をぼかしてばかりで要領を得ない。でも、オルガマリーは不思議とその話を信じてみたくなった。論理的な証明でも、魔術でもない。もっと“心”に訴えかける何かがそうさせた。
「まぁ。確かにちょっと突飛に聞こえるかもしれませんが、紛れもなく事実です」
戦兎もまた、朗らかに言った。
「父さんは愛と平和のために科学者になって。その信念に生きて、死にました。俺はその生き方を尊敬しています……今でも」
そう言う戦兎の瞳は力強い光を灯していた。嘘つきや口だけの人間には決して宿らない光。それが戦兎の話が真実であると何よりも裏付けていた。
「……立派なお父様だったのね」
穏やかな表情でオルガマリーが呟いた。でも、戦兎にはその表情がどこか寂し気に見えた。
「所長のお父さんは、どんな人でしたか?」
突然の戦兎の質問にオルガマリーは少し戸惑った様子だった。
「無理に聞き出したいわけじゃありません。ただ、所長の話が聞きたいんです。所長は嫌がるだろうけど、俺たちは似た者同士だと思うから」
これまでのオルガマリーだったら“一緒にするな”と激怒するような言葉。しかし、今のオルガマリーには不思議と怒りは湧いてこなかった。それどころか、その言葉にどこか気持ちが楽になった気さえした。
「……私のお父様は……凄い魔術師だったわ」
だから、普段なら絶対に突っぱねていたはずの戦兎の頼みをきいて、ぽつりぽつりとオルガマリーは語り出した。
―・―
お父様は、凄い魔術師だった……そうとしか表現できない。
アニムスフィア家は歴史のある由緒正しい魔術の家系で、時計塔では天体科を司るロードでもある。でもお父様の代になるまで他のロードほど力のある家ではなかった。
お父様が当主になられてからアニムスフィア家は急速に拡大していった。それまで消極的だった資産運用や研究施設の拡大に力を入れた。カルデアもほとんどお父様が一代で立ち上げた組織。
私が物心ついた時にはお父様は既に研究にかかりきりだった。言葉を交わすことはあってもお父様と一緒に過ごした時間はほとんどなかった。
でも、それはいいの。魔術師の家系では珍しくもない事。魔術師にとって魔術の研鑽こそ何よりも優先されるべきものだから。あなたは知らないでしょうけど、魔術師の家系は一族で一つの魔術の研鑽し積み上げ続ける。全ては根源の渦へと至るため。全ての魔術師の本懐である根源への到達……それを成す為になら、あらゆるものを投げうち、犠牲にしても許される。魔術師とはそういうもの。
お父様は本当に凄かった……アニムスフィア家の秘伝であるレイシフト……まだ理論しか組みあがっていないそれを完成させ、実用化にまで持って行った。必要とあれば折り合いが悪いとされるアトラス院とも協力関係を結んだ。
そうしてお父様はあらゆる障害を乗り越えてカルデアを創立した。凄いでしょ? これは間違いなく魔術史に残る偉業なんだから。
お父様は私の誇りだった……幼いころからお父様の背中ばかり見ていた気がする。あなたと同じね。
いつの日かお父様に並んで、お父様に認めてもらうことが私の目標だった……それを思えば大変な勉強も稽古も辛くはなかった。
でも、その目標が叶うことは永遠にない。
お父様は死んでしまったから。何の前触れもなく、唐突に。
状況から見て自殺だと判断されたけど、私にはそうは思えない。あれだけ心血を注いだカルデアがようやく運転可能になった矢先に自ら命を絶つはずがない。
お父様の死の真相を調べたかったけど、アニムスフィア家の当主とカルデアの所長を一気に引き継がなければならなくなった私にそんな余裕はなかった。
満足に執務をこなせないまま一日が終わってしまう日々。その度に周りの人間は私を見て落胆して……失望して……無能と嗤った……
独りで毎日のように泣いた。助けを求めてもそんな私を嗤うばかりで、結局誰も助けてはくれなかった……結局レフに出会うまで私に味方はいなかった。
―・―
そこまで語ったところで、オルガマリーは小さく嘆息した。
戦兎は先に見つけていたペットボトル飲料水を手渡す。オルガマリーはそれを受け取ると水を口に含んだ。
「……その、月並みな言葉ですけど……大変でしたね」
魔術師の名家がどういうものなのか戦兎には分からなかったが、いうなればオルガマリーは財閥の跡取りで、大企業の社長令嬢のようなものだろうか。親が死んで突然その仕事を受け継ぐことなった彼女の苦労は想像できない。
「……そうね。生きた心地がしなかったわ。周りは敵だらけで味方は一人もいなかった」
「親族の方は?」
戦兎のその言葉にオルガマリーはハンと鼻を鳴らす。
「魔術師は自己中心的な人間の極みよ? 本家の当主が死んだ途端に分家が反旗を翻すなんて当たり前。アニムスフィア家の分家もこれ幸いとばかりに本家の持っている利権を毟り取ろうとハイエナみたいに群がって来たわ」
親が死んで莫大な遺産を相続したら聞いたこともないような遠方の自称親戚が連絡を取って来た、みたいな話だなと戦兎は思った。どうやら魔術社会というものは物語のようなファンタジーなものではないらしい。
「私はそれでもお父様が心血を注いだカルデアだけは守ろうと必死だった。そしてレフの力を借りながら少しは執務に慣れてきた頃、カルデアの内部組織を見直している時だった……」
そこまで言ったオルガマリーはそれまで以上に顔色を悪くしている。
「私は、知ってしまったの……お父様が……お父様が……」
そこで言葉を区切り、オルガマリーは震える手でもう一口水を飲んだ。顔色は一層青白くなっている。
何度も口を開け閉めしながら話を続けようとしているが、言葉にするのも苦しいのだろう。その先がどうしても言葉にならない。
「所長……無理して話すことはありませんよ?」
「……分かってる。でも……貴方には知って欲しいの。そして、教えて欲しい……私がどうしたらいいのかを……」
そしてオルガマリーは祈るように両手を握り、眼を固く瞑ったまま言った。
「お父様は……非人道的な人体実験を繰り返し、多くの犠牲者を出した……」
口にすることも苦痛だったのだろう。オルガマリーはようやくそれだけ言葉を絞り出した。それがオルガマリーの限界だった。これ以上話すことは彼女には無理だった。
そんなオルガマリーの告白にあった人体実験という言葉。その言葉に戦兎は心臓を鷲掴みにされた気分だった。
「お父様は、正しい人だった……魔術師が倫理を語るなんてちゃんちゃらおかしいかもしれないけど……少なくとも私の記憶にあるお父様はそんなことをする人ではなかった……信じられなかった……信じたくなかった……」
「そしてカルデアをお父様から引き継ぐということは、その罪も引き継ぐということ……私にはそれが耐えられない……でも、カルデアを……お父様が残したものを守らなきゃいけない……」
「私はお父様が好きだった……好きだったから、どんなに苦しくてもお父様のカルデアを守ろうと頑張れた……でも、お父様は私の知ってるお父様じゃなかった……もう私には分からない……背負いきれない……頑張るのが辛くてしょうがないの……」
オルガマリーは俯いてそう言った。
戦兎は何と言葉をかけていいか分からなかった。彼女の語ったことは嘘ではないと戦兎も信じている。
しかし、だとしたら彼女はいきなり途方もない重責を背負うことになったのだ。そして覚悟を決める時間すら与えられず、追い打ちをかける様に今回のカルデアスの異常と特異点が発生した。背負いきれないという彼女の言葉は彼女の心があげる悲鳴そのものなのだ。
彼女のこの細い肩にどれだけの重責が圧し掛かっているのだろう。付き合いの短い戦兎から見てもオルガマリーは生真面目な性格であることが分かる。それゆえに彼女は“親のしたことだから自分は関係ない”などと考えられないのだろう。
付き合いの短い戦兎に彼女がここまで踏み込んだ話をしたのは、彼女と戦兎には他の人にはない”尊敬する父が死んだ“という共通点があり、かつ戦兎が魔術師でないからだ。
“どうしたらいいのか教えて欲しい“
彼女は戦兎に言った。自分と同じように、尊敬する父を失った人間はどうすればいいのかを知りたがっている。彼女は自分の歩むべき道を見失ってしまったのだ。
「所長は偉いですね」
オルガマリーが戦兎のその言葉の意味を飲み込むのに時間を要した。
「……あなた、私の話を聞いてた?」
「はい」
「……信じたの?」
「もちろん」
「……なんで私が偉いことになるの?」
オルガマリーは混乱のあまり呆けた様子だった。
「お父さんの犯した罪を投げ出さず、誤魔化さない。偉いと思います」
「俺なんて、自分の犯した罪を中々認められなくて……言い訳したり、逆ギレしたり、誰かのせいにしたりで。そりゃあもう酷いものでしたよ」
戦兎は恥ずかしそうに言った。だが、先ほどの戦兎の言葉に意外な単語が含まれていることにオルガマリーは気がついた。
「あなたの……罪?」
戦兎は少しばかり考え込んでいたが、やがてオルガマリーの方へ向きおって言った。
「……そうですね。所長は俺を信じて話してくれたわけだし。俺も話しましょうか」
そして戦兎は自らの罪を告白した。
侵略者と戦うために侵略者の技術を研究していたこと。
そのために数多くの人体実験を繰り返したこと。
そうして得た研究成果は人間同士の戦争に利用され、さらに多くの犠牲者を出したこと。
「その頃の俺は侵略者を倒すことが正義で、そのためなら多少の犠牲は仕方がないと本気で考えていました。正義という大義を振りかざして自分の犯した罪から目をそらしていた」
「そしていざ自分の犯した罪を目の前に突き付けられた時、それでも俺は目をそらそうとした。自分のせいじゃない。必要なことだった。騙されてた。言い訳ばかりして必死に自分を守ろうとしてた」
「でも所長は直接自分が犯したわけじゃない親の罪から逃げなかった。だから所長は偉いって言ったんです」
偉い。
戦兎の口から出た言葉は何とも幼稚なものだった。今時の子供だってもう少し洒落た言い回しを使うと思う。
オルガマリーは名家の娘だ。他者からの賛辞は耳にタコが出来るほど聞いてきた。会ったこともない人間が聞いたこともない賛辞の言葉を送ってくる。後々辞書をめくって、よくもまぁこんな言葉を知っているものだと感心することもあった。
だがそれらはただのおべっかだ。オルガマリーの機嫌を取りつつ、自分の教養をアピールする。そのための言葉だ。
戦兎の賛辞はその対極にあった。純粋にオルガマリー自身を見ての言葉にオルガマリーは微かに震えた。
「所長は何か目標とかあるんですか?」
「目標?」
「俺は仲間のお陰で自分の罪と向き合えた。向き合えたから新しい目標を手に入れられた。だから立ち直れた。再び戦うことが出来た」
道を見失った彼女に伝えるべきは同情でも無責任な励ましでもない。新たな目標、目的こそ彼女に必要なものだ。
「俺の今の目標は科学でより良い世界を創る事。それが父さんの意思を継ぐことにもなると思うから」
「所長は何がしたいんですか?」
戦兎は真直ぐオルガマリーの瞳を見ていった。
「私の……したいこと……?」
「私はこのミッションを成功させて……カルデアスの異変を解明して……」
父の残したカルデアを引き継ぐことが私の、アニムスフィア家当主としてのオルガマリーの使命。
でもそれは私がやるべきことであって、私の本当にやりたい事じゃない。
「……いいえ。私が今、本当にやりたいことは……」
いつの間にか忘れかけていたことがあった。
「私は……お父様の死の真相が知りたい」
「お父様が何を考えていたのか知りたい。何を考えてカルデアを作ったのか……デミ・サーヴァント計画なんてものを進めてまで何をしたかったのか、それが知りたい」
「私は、お父様に近づきたい。娘として尊敬する父のことが知りたい」
親子なのに、私はお父様のことをよく知らない。何を考えていたのかも、何がしたかったのかも。でもお父様が心血を注いだカルデアを引き継げば、いつか分かるかもしれない。
そのためならば。義務ではなく、心から望むもののためならば、もう少し歯を喰いしばって立ち上がれる。前に進める気がした。
「じゃあその目標のためにも、まずはこのミッションを成功させないといけませんね」
戦兎は微笑んだ。
いつも鉛を飲み込んでいるように思い自分の体が、少し軽くなったようにオルガマリーは感じた。
ここまで読んでくださった皆々様、誠にありがとうございました。
これからもゆっくりですが更新していくので宜しければ今後もよろしくお願い致します。
それから、ここだけの話、今回の話は割と難産でした。
執筆自体は自分オリジナルの設定などが盛り込めて楽しかったのですが、表現がくどくないか、重複してないか。戦兎やオルガマリーの心情は矛盾していないか。原作との矛盾はないかなど、色々と気を使わなければならず、書き直しも多かったのです。
気を付けたつもりですが、あまりにひどい矛盾や誤字脱字などがあれば是非指摘して欲しいです。
でもこの父親繋がりで戦兎とオルガマリーが絡むネタはどうしてもやりたい設定の一つだったので満足!
オルガマリー所長は不憫可愛い! 以上!!!