「――まさか、鍵がかかってるなんて」
「いえ、当然じゃないですか」
「だって子供が勝手に入るって言ってたから……」
「少し前に子供が勝手に入り込んだ影響もあって、施錠されている場所は増えたんですよ。
それでも現状ではまだ完璧ではないかもしれませんが、少なくとも私が知っている場所は全部鍵がかかってると思います」
とぼとぼと、リィンは鬱屈な気持ちを抱えたまま特務支援課のビルへ戻っていた。
最初はジオフロントの入口に意気揚々と向かったのだが、出入口の扉が施錠されていることに愕然とした。
ユウナへ目を向ければ、あまりにも自信満々なので鍵を持っているのかと思ったそうだ。
「ユウナは今何歳なんだ?」
「私ですか? 今年十五ですけど……」
「今すぐ十六になれないか? 確かクロスベルの警察官は十六歳からだろ?」
「サバ読み以前に、警察官になろうって私が書類を誤魔化すわけないじゃないですか!」
「でも、特務支援課の一人は十四歳って聞いたぞ?」
「ティオ先輩のことですね。でも、あの人は警察官というよりエプスタイン財団からの派遣という形で特務支援課に出向した形です。
私とは立場が違いますよ。というか、詳しいですね」
「エリィさんから聞いた」
「流石はエリィ先輩です」
テンションの緩急が激しいというか、特務支援課に絡めば怒っていても忘れそうなユウナである。
流石に本当に怒るべきところはそれすら無意味だろうが、そうでなければそちらに話を持っていけば話題を反らせるな、と悪いことを考えるリィン。
「じゃあドアを斬れば問題なく入れるか」
「犯罪ですよ!」
リィンの冗談にユウナが食ってかかる。流石に怒られた。
隣を並んで歩いていたはずが、慌てて背負い袋を両手で抑えたほどだ。
「冗談、冗談だから……ホントダヨ?」
「私が付いてなかったら実行しましたよね?」
「そんなことないない」
「あるある、って顔に出てますよ。そもそも、私が一緒ならちゃんと鍵を用意して入ってもらわないと」
「だからってなあ……」
リィンとしては、あまり戻る気がなかっため、進む足は重い。
「確かに身勝手に出ていった手前戻りにくいかもしれませんが、ほら、さっさと行きますよ。私も一緒に付いて行ってあげますから」
「なんか年下の子供みたいに見てないか?」
「でしたら頼れるところを見せてください」
ここに来てユウナは、リィンへの遠慮というものが消えかかっていた。
最初はお客さんを案内するつもりだったが、これまでの行動から彼に理由を与えたり引いてしまうとその隙を縫って動いてしまう。
故に一歩も引かない立場と、リィンが納得する理由を考えなければならなかった。
「しかし、また戻るなんてな。改めて聞くけど、鍵がかかってなくても、入れる場所はあるだろう?」
「探せばあるかもしれませんが、リィンさんの目的は皇族への脅威が潜んでいるかもしれない場所の捜査ですよね? 鍵があったほうが、やっぱり探索がはかどりますよ」
ぐうの音も出ない正論に押し黙るリィン。
彼としては、喧嘩別れとも言うべき空気のまま出たのでどんな顔をして戻ればいいかわからないのだ。
「それに、ワジさんと仲直りする良い機会じゃないですか」
「通商会議後にけじめつけようと思ってたんだけど」
「リィンさんは一応、皇族の護衛なんですよね? なら帝国の人達がすぐ帰る、って言ったら従うことになるんですから謝罪は早めに、です。
こういうのって一度引きずったら解くのには時間がかかるんですから」
「ぐぬぬ」
「ぐぬぬじゃありません」
弟妹のいるユウナは、すでにリィンを引っ張るように行動する。
一度鬼気解放のリィンに立ち向かったことで、距離感というものがかなり埋まっていた。
元より世話焼き気質のある彼女だが、リィンの態度によりその性格を刺激されている。
「私はたまたま居合わせた、って理由でリィンさんが教会に悪印象を持つ理由は聞きました。でも、それはワジさんがやったことじゃありません。一つの面だけ見て、全体を判断して欲しくないです」
ユウナは祈るようにお願いしてくる。
彼女としても、クロスベルにおける表裏の面を全て知っているわけではないが、それでもエリィから聞いた特務支援課発足以前の警察のイメージなどはまだ残っているのだろう。
もちろん、リィンとてかつてならともかく今はそれを理解している。
けれど、怒りの火種がどうしても刺激されてしまうのだ。
ユウナはごねるリィンの腕を掴み、強引に特務支援課のビルへ引っ張っていく。
すでにユウナやシャーリィなど、年下相手に情けない姿ばかり見せたリィンはそこまでされてようやく覚悟を決めた。
「こんにちはー」
戻ってきた特務支援課のビルへ入ると、そこには最初に訪れた時と変わらずセルゲイとワジの二人がソファーに座っていた。
ユウナの声に振り向いた二人は、リィンと合わせて交互に顔を向けている。
「まさか戻って来るとは思わなかったよ。あのまま通商会議まで顔を合わせないと思っていたのに」
開口一番にワジの皮肉が飛ぶ。
怒りも消えたことで謝罪も考えていたリィンだったが、その態度に負けじと口を開く。
「そっちこそ、特務支援課に参加してるのにここに居ていいのか? サボりか?」
「待機も立派な仕事なんだよ。誰かさんと違って自由時間ってわけじゃないんだ」
「リィンさん……」
「ワジもそこまでにしとけ、ところで……」
ユウナがリィンを、ワジを嗜めたセルゲイがリィンを見ながら口を濁す。
皇族の護衛という立場を聞いて、どう呼ぶか悩んでいるのだろう。
それを察したリィンが名前で構いません、と伝えてセルゲイも態度を改める。
「それじゃあリィンよ、一体何の用件だ?」
「はい、実は……」
「いや、その前にユウナは少し席を外してくれ」
「は、はい」
セルゲイがユウナに気を配り、一度退室してもらう。
すでに手遅れな気がしないでもないが、リィンはその気配りに感心した。
「では、改めて……」
そこで港湾区の灯台から導力ネットワークに混じって不気味な霊力を感知したと語る。
ユウナからクロスベルの地下にはジオフロントがあるということで、《帝国解放戦線》が根城にしている可能性があるとして、そこを探索するべく鍵を貸して欲しい、とも。
「鉄血宰相を狙うテロリストか……」
セルゲイはリィンの言葉に、顎に手を当てて思案する。
重要な情報を聞いたものの、確かな証拠はなくリィンの言葉だけなので計りかねているようだ。
仮に今のリィンが皇族の護衛という立場だからこそ無視されていないが、有り体に言えば成人していない少年の言葉を鵜呑みにするほど楽観的ではない。
「少なくともクロスベル政府にはそんな話は持ち込まれていなかった。いや、理由は薄々察せられるがな」
(フフフ、大国の問題のとばっちりというやつだな)
「何か起きても、開催国である手前、それを防げなかったクロスベル側の問題として受け取られてしまうってことですね」
ここにユウナが居なくて良かった、とリィンは安堵しながらも、クロスベルの政治問題を否応なしに理解する。
オズぼんのことを知らないセルゲイは、政治にも通じるのかと知らずリィンの評価を上げた。
「……そういうことだ。ただ、貴重な情報はありがたく受け取っておく。だが、導力ネットワークに混じる力、ね」
導力ネットワークについては聞いているが、そこに霊力……不可思議な力があるという噂は聞かないのだ。
「それは確かなのか?」
「はい。この目で見たので確かです。……そっちは感知出来なかったのか?」
瞳を灼眼にしながら、リィンはワジに問う。
ワジは腕を組みながらも、静かに首を振る。
「その体質のことは聞いたし、お前さんが帝国の護衛という立場も嘘ではないんだろうが……」
「あ、身分証明の証拠が必要なら……」
「いや、それはいい。ワジとは別に裏を確認済みだ」
「出来たんですか?」
「ロイド達に緊急要請として、レクター・アランドールを探してもらって話を聞いた。ワジの話もあるが、念の為ってやつだな」
「ロイド達には少し申し訳ないことをしたけどね」
(そう言えば、レグラムへ行く前にクロスベルへ行くって言ってたっけ)
トリスタ駅でミリアムと会話していた赤毛の男を思い出すリィン。
クロスベルで会おうと言っていたことから、こちらの動向をすでに掴んでいるということだろう。
逆に言えば、困った時には彼を頼ればなんとかしてくれるのかもしれない。
とはいえ、まずは自分の足で探してからだとリィンは気持ちを改める。
レクターに頼るのはどうにもならない時だ、と思いながらセルゲイへ目を向ける。
「それで、俺の身分が証明されたってことはジオフロントへの鍵を貸してもらえるのでしょうか?」
「そうさな……ワジ、悪いが付いて行ってくれ」
「……はい?」
「帝国の皇族の護衛といえ、施錠された場所を動き回られるのもアレだろう? だが、今は特務支援課のお前さんが付いていれば多少名目は立つってわけだ。
ユウナは警察学校の生徒だが、特務支援課に入っているわけでも、捜査官の資格を持ってるわけじゃないからな」
セルゲイの提案に目を細めるリィン。
案内はユウナだけで良いのに、とその態度が語っていた。
(フフフ、ようは監視というわけだな。いくら話を聞いたといえ、鬼の力を詳しく知らないのなら、でっち上げで別の目的があると考えても不思議ではない)
(嘘ついてるつもりはないんだけどな)
(だが、開口一番にワジ君に喧嘩を売ったことに変わりはあるまい?)
うぐ、と言葉を詰まらせるリィン。
それを言われてしまえば、悪いのはこちらなのだから何も言えない。
それでも最後の抵抗とばかりにリィンは退室したユウナを呼び戻し、彼女に事情を説明する。
「俺はユウナにすでに案内を頼んでいますよ。案内役は別に……」
「い、いえ! ワジさんが付いて来てくれるなら頼もしいです!」
「おい、ユウナ……」
「ワジさん、お願いしますね!」
ユウナはワジに頭を下げると、今度はリィンに向き直る。
その目はさっさと仲直りしてください、と物言わず語っていた。
口をもごもごとさせながらも、最後の抵抗も許されず項垂れるリィン。
ワジはやれやれとため息をつきながらも、セルゲイの話を了承した。
「隠れる必要がなくなった以上、仕事はちゃんとしないとね。ユウナだったかい、よろしく頼むよ。……君もね」
「ユウナ・クロフォードです! 特務支援課の方とご一緒出来て嬉しいです。ほら、リィンさんも」
「リィン・シュバルツァーだ。……よろしく」
互いに微妙な空気を発するが、ユウナが割り込むことで強引にそれを発散する。
セルゲイはこの空気に割り込んだユウナに軽く目を瞬かせながら、用意した鍵をワジでなく彼女へと渡す。
「セルゲイ課長……?」
「鍵はお前さんが持っていてくれ。こいつらの操縦、任せたぞ」
「え、ええー……?」
突如として、リィンとワジの二人を取り持つことを託されたユウナ。
そこには困惑しかなく、しかしエリィから託された道案内の要請を途中で破棄することも出来ない彼女は、流れ出る冷や汗を止めることが出来ず、観念してジオフロントの鍵を受け取るのであった。
*
駅前広場の近くにあるジオフロントに潜入した三人。
ユウナは当初、気まずい空気になるだろうと予測し努めて明るい話題を提供しようとしていたが、意外にもリィンとワジは険悪な空気を出していなかった。
リィンは明鏡止水の境地で怒りを生み出さないことに専念しており、ワジにしてみれば元々の性格もありそこまで引きずっていない、というのが現状だ。
いささか拍子抜けながら、魔獣が跋扈するジオフロント内を進んでいく。
当初はユウナもトンファー型の警棒を構えて対応しようとしていたが――気づけば、抜刀したリィンが一刀のもとに全てを終わらせていた。
遠近関係なく、一撃である。
「ヒュウ」
「す、すごい……」
「言っただろう、魔獣は全部俺が倒すって」
この辺りの魔獣はユウナでも対処出来るレベルであるが、それでもその鮮やかな手並みは先程まで子供のように駄々を捏ねていた少年と同じには思えない。
確かにシャーリィとの戦いとも呼べないあの動きから、アリオスを想起していたが、改めて見ればリィンの強さがよくわかるというものだった。
そしてワジもまた、リィンの強さの一端を知って胸中で警戒度を上げる。
「とりあえず迷ったら聞くから、それまでは付いて来るだけでいい」
「あ、あの……」
「本人が言ってるんだ。困るまで待てばいいさ」
ユウナの問いやワジに応えず、リィンは先行するように進んでいく。
その姿にため息を付いていると、ワジが話しかけてくる。
「そう言えば君はあの分署ビルじゃそんなに見ないけど、僕達……というよりロイド達のことはよく知ってるみたいだね」
「は、はい。今は休暇を利用して戻って来てますが、基本的に警察学校に通ってますので。
分署ビルに遊びに行ったのはほんの数回ほどですし、その頃はワジさんも《テスタメント》を率いてましたしね。無理もないです。
ただ、話には伺ってました。警察学校でも話題ですし、私自身が特務支援課のファンですから、色々情報は集めていたので」
「発足当時は煙たがれていたっていうのに、随分と出世したものだね」
「ワジさんにも言えることかと思いますよ。不良から……ああでも、それは偽りの身分、でしたっけ」
「ここなら構わないけど、あまり表ざたにして欲しくはないね」
「ご、ごめんなさい」
つい話題を求めて口にしてしまったが、ワジの軽い警告に押し黙る。
とはいえリィンとの関係を考えれば、ワジのその身分が理由になる。
二人の仲直りを目論むユウナからすれば、そこに触れずに解決出来るとは思えない。
そんな空気を察したのか、ワジが言う。
「そうやってぐいぐい踏み込んで来るのは、特務支援課の気質を継いでいるのかもしれないね」
「そ、そうですか? へへ、嬉しいです」
「生憎とお気に入りはロイドだから、浮気する気はないけど……彼と初対面だったにも拘らず、親しそうだったのはその性格もあるのかな」
「そんなに仲良く見えましたか?」
「少なくとも、お互いに遠慮がない関係って言えなくはないかな」
なら、そう見えるのはリィンのおかげなのだろうとユウナは思う。
年齢は三歳上だそうだがとても年上に見えず、どこか年下のやんちゃな子供っぽさが伺えるのだ。
そのせいか、どうにも放っておけない空気がある。
見ていないとフラフラと勝手に動いてしまうような……
「ってリィンさん、何してるんですか!」
「え?」
ユウナが前を向けば、リィンは道の途切れた区画へ飛び移ろうとしていた。
思わず止めるが、リィンは不思議そうに見返す。
「面倒だから飛び越えていこうかなって」
「飛べませんって!」
「人間って割とジャンプ力あるぞ?」
「私達を置いてく気ですか!? 私に案内頼みましたよね!?」
「ちょっと向こうを確かめに行くだけだから、すぐ戻るよ」
「だったら手順通り動いてください……迷子になったらどうするつもりですか」
「気配でわかるから」
なんとか飛び移ろうとするリィンを押し留めるユウナに、ワジはつぶやく。
「確かに、こういうやつなら初対面でも遠慮は消えるね」
でしょう? という言葉は飲み込み、肩を落とすことで首肯とするユウナだった。
その後も探索を続けるが少なくともここでの成果は何もなく、ひとまずこの場を後にする。
「流石にわかりやすく潜伏、なんてことはないか……」
「他にアテはあるんですか?」
「港湾区の灯台、あの下から感じたからあっちにも行ってみたいところだけど……」
「それよりも、導力ネットに混じるレイラインを調べたほうがいいんじゃないかな? 少なくとも、君の覚えた違和感はそこから来てるんだろう?」
ワジの言葉に目を丸くするリィン。
心外だな、と言わんばかりに肩をすくめるワジ。
「僕だって特務支援課なんだ。クロスベルを脅かす何かがあるのなら、そりゃあそれを阻止するために働くよ」
「…………お前の立ち位置はなんなんだ? アーティファクトじゃないのか?」
「生憎と、この場で話すことじゃないな」
言外に、ユウナが居るから話せないと語るワジ。
リィンの口が軽いだけで、ワジが星杯騎士団の守護騎士であることはみだりに話すものではないのだ。
それを察したのか恐縮するユウナ。右往左往に目を周囲に向けながら、慌てて両手を叩いた。
「そうだ、導力ネットワーク関係ならティオ先輩を訪ねるのはどうですか?」
「確かに彼女ならそっちの技術には強いだろうけど、まだ財団からの出向から戻っていないんだ。頼ることは出来ない」
「そうなんですか……」
「他に導力ネットワーク技術に詳しい人はいないのか?」
ユウナは顎に手を当てて思考すると、一人の名を告げる。
「んー……一人居ます。ヨナ、っていう子供なんですけど、かなり悪戯好きな子供らしくて、私もそこまで面識がないので素直に協力してくれるかどうか」
「どういう性格かはわからないけど、クロスベルの危機かもしれないんだ。そこは交渉次第かな。それで、その子はどこに?」
「第八制御端末ってところを根城にしている、って聞くね。課長もこのことを予感していたのか、その端末部屋に通じる鍵をちゃんと用意してくれているよ」
「ベテランの警察官ってのは本当に頼もしいな」
決まりだ、と言ってリィン達はヨナという少年のベースへと向かう。
特に問題なく第八制御端末へ繋がるジオフロントへ入り、そのままヨナの下へ向かおうとするが、そこに突然割り込んだ声があった。
「――悪いけど、
少年とも少女とも聞こえる、中性的な声音が周囲に響き渡り――ぐにゃりと歪んだ景色の中に、リィン達は飲み込まれていった。
さすがにここでのイベントに割り込んで、特務支援課とティオとの再会&活躍カットはアレなので断章ならぬ外伝(オリジナル)ルートへ。
そもそもリィン君がクロスベルに居て、ユウナやワジと絡んでる時点でオリジナルなんですが。
それにしてもよくどこかへ飛ばされるなうちのリィン君。
零碧は一つ一つのイベントが繋がって、一つ崩すとドミノ倒しのように影響を与えるのでなかなか介入の余地を作るのが難しいですね。
そこまで考えられている、とも言えますが。
シャーリィ? 武器失っただけで戦線離脱したわけじゃないから…
平成最後の投稿となりましたが、令和でもよろしくお願いします。