誤字報告、いつもありがとうございます。
サラ・バレスタインは悩んでいた。
明日、彼女は己が担当するⅦ組に実技テストを実施したいのだが、リィン・シュバルツァーという他の生徒と比べて頭二つか三つは戦闘力が抜けた少年が存在しているからだ。
シュミット教室による騎神と呼ばれる騎士人形の遠隔操作、その戦闘データの一部を見せてもらったが、あれを使役出来ることもさておき、灰のチカラなる巨大な影を使った戦技も見逃せない。
入学式のさい、自分が地に伏せるイメージは間違っていなかった。
仮にお互いが本気を出し合ったとして、素の状態なら勝てるし灰色の影を出されても退ける自信はある。
だが、騎神を呼び出された瞬間にサラの敗北は決定する。
教官として歯がゆいことだが、時間稼ぎならまだしもあの騎神を生身で倒せると思うほどサラは人間を止めていなかった。
「彼にはⅦ組の重心を期待していたのだけど、これじゃ他の生徒が彼の重りにしかならないわね」
逆に放っておいたら、文字通りどこかに飛んでいきそうなリィンを縛り付ける意味で重りになってもらうのもありかもしれないが、それでは彼らの成長にならない。
リィンという目立った存在がいるが、他の八人も自分が導くべき生徒なのだ。
加えて、下手な重りをつけても彼なら他の子も一緒に運んでⅦ組が本当に変人の巣窟になってしまうかもしれない。
「かといって、今のままじゃ異質すぎる彼と他の子達の間にリンクを結べるとも思えない」
対抗意識を燃やしてお互いの成長に繋がれば万々歳だが、あまりに実力が離れすぎていると一種の諦観を覚えてしまうものだ。
仲の良いエマや求道者であるラウラは例外として、それ以外が問題だった。
他によくリィンと見かける生徒と言えば、Ⅲ組のベリルにⅤ組のロジーヌだ。
ロジーヌはともかくベリルと仲が良さそうなのはサラとしても意外だったが、注目すべきはそこではない。
Ⅶ組ではないクラスの生徒と仲が良いことが問題なのだ。
学院長がリィンを通してⅦ組に依頼した旧校舎探索。
本来ならあれをクラス全員一丸となって突破し、その絆を深めるという目論見もあった。
だがリィンが絆を深めたのはエマと他のクラスの生徒であり、初日の段階で旧校舎に隠されていた騎神を発見し、その謎を解いてしまった。
今ではシュミットを呼び寄せ、彼が開く教室の問題児の筆頭として頭を悩ませている。
筆頭と考えてすぐにサラは己を恥じた。
ベリルは怪しいが、リィン以外は全員まともだ。ロジーヌはいつもリィンをフォローしている様子さえ伺える。
他の生徒がまともな分、問題は彼に濃縮されたのかもしれない。
「いや、あの子自体は真面目で良い子……だと思うのよね。巡り巡っておかしなことを起こしたり、巻き込まれるだけで」
学院長に報告したリィンの性格に嘘はない。
彼は生徒会の手伝いを真面目にこなし、街の困った人も助けたりと入学式の件がなくてもそうしただろう、と人の良さを伺えるものがある。
だが女神の導きか生来のものか、それとも何かに憑かれているのか。
評価しようとする矢先に問題を起こすリィンに、サラはその悩みを酒に浸して胃に流す。
流石に悩みが消えてくれるわけではないが、舌に広がる一瞬の味が気分を少し晴らしてくれる。
「……………………………まだ彼らが入学して一ヶ月も経ってないし、絡まざるを得ない状況なら彼らの関係は良くも悪くも変化があるかしら」
手元に広げるのは、来週に実施を予定しているⅦ組だけのカリキュラム、特別実習。
A・B班に分けた編成はすでに決めていたが、サラは一種の賭けをしようと決める。
すなわち、毒食わば皿まで。
*
本日はサラが以前から予告していた実技テストの日だった。
グラウンドにやってきたⅦ組を前に、サラは今回のテストの詳細を語る。
単純な力押しではダメ、と特にリィンに念を押しているところに彼女の気苦労が伺えた。
「それじゃあリィン、エマ。前に出なさい」
「え?」
リィンは思わず声が出た。
戦術リンクが大事、連携をすぐに行えるといった前提があったので他の人と組むと思っていたからだ。
エマも同じ気持ちだったようでメガネの奥の瞳を丸くしていた。
「不思議そうね? ちゃんと理由があるわ。あんた達、特にリィンの実力はⅦ組の中でも飛び抜けてるから、一種のお手本になって欲しいのよ。戦術リンクには、ここまで到れる可能性がある、ってね」
「なるほど、そういうことなら」
得心がいったリィンだが、そこに刺さる強烈な視線を感じる。
ラウラだ。
かのアルゼイド流を学んだ剣士。
武芸者として、自分よりも強いと言われたことが気になるのだろう。
常々暇があればリィンとの立ち会いを望んでいるだけに、興味津々といった具合だった。
「そなたの実力を直接測れぬのは残念だが、見極めさせてもらおうか」
「八葉一刀流の名を背負ってる以上、みっともない姿は見せないさ」
「それは楽しみだ」
(フフフ、剣士同士の火花を散らす展開。王道だな息子よ)
(猛リヲ感ジル……規模ノ差ハアレド、戦場ニ高揚スルノハ騎神ノ性カ)
オズぼんとヴァリマールに見守られる中、リィンは静かに闘気を練り上げていく。
体から溢れる気を鞘の中に封鎖。
一歩足を踏み出し抜刀と同時に解放した。
「…………………むむ」
「へぇ」
「な、なんだろう……春の日差しで温かい空気のはずなのに」
「寒気がしてくるわ……」
ラウラは渋面を作り、フィーが興味深そうにリィンの背中を見据える。
本格的な武芸の心得のないエリオットやアリサも、空気の変化を感じ取ったのか腕をさすり寒気を紛らわせていた。
「まるで台風の中心に居るようだ……周りが荒れているとわかるはずなのに、その中心は穏やかな、いや凪のようなものを感じる」
リィンが持つ観の眼に近い洞察力を持つガイウスがそう表現する。
ノルドという雄大な大地と風に包まれた故郷で育つ彼の目に映るリィンの姿は、雄々しき巨人の石像を思い起こさせる。
「まさかこれほどとは……」
「くっ、あんな奴が………」
風評被害は気にしなかったが、何かと人騒がせな人物としてのリィンを見ていたユーシスが判断を改める。
マキアスは敵視する貴族が自分よりも遥かに強そうに見えることに憤っていた。
まだ戦っていない、案外弱いかもしれない、なんてことも言えぬほどの圧倒的な威圧感というものを覚えているのだ。
(フフフ、息子よ。わかっているな?)
(ああ。エマとの連携を見せる戦いにすればいいんだろう? 八葉一刀流とは関係ないけど、魅せる稽古っていうのもはじめてじゃない)
鬼の力を制御するさい、リィンはオズぼんのアドバイスに従ってユミルの子供達に剣舞を披露したことがある。
髪や目の色が変化することを手品として受け取ってくれた子供達はなんでも喜んでくれたが、大人はそうはいかない。
少し驚く住人のために、人目を惹く動作というものを研究していたのだ。
「エマ、よろしく」
「はい、こちらこそ」
戦術リンクが起動する。
リィンの動きのサポートは騎神との戦闘で慣れている。
相手は騎神に比べれば人形のようなものだが、相手の性能を引き出した上で勝つ。
少なくとも騎神の攻撃に比べればお遊びのようなものだ。
なら、せいぜい観客に楽しんでもらうとしよう。
(フフフ、息子よ。ここはアピールポイント、略してAPが入るぞ)
「準備はいいわね。それじゃあ――開始!」
サラの言下、エマの魔導杖から繰り出されたアーツが実技テストの開幕を告げた。
――実技テストの結果は戦闘というより芝居を見せられている感覚だった、とクラスメイトは後に語る。
基本的に相手――傀儡人形の戦闘は鉄のボディから繰り出される体当たりだ。
ただ、その不規則な動きや姿を消して間合いをずらされたりして戦いにくい……というのは従来の課題であり、戦術リンクを使った連携での突破口だった。
だがリィンは傀儡の動きを完全に見切っており、攻撃を受けるたびに余裕を持って弾き返した。
姿を消してもエマのアーツが土埃を巻き上げ、砂が不自然に動く箇所を狙い撃ちにして姿をあぶり出した。
散々翻弄された傀儡はリィンの緋空斬で体勢を崩し、そこへ放たれたエマのアーツが直撃して一時的に動きを止めてテストは終了となる。
「エマ、怪我はないか?」
「ふふ、大丈夫です」
納刀するリィンは残心をしながらも一息をつく。
疲れはないが、クラスメイトが感心するようなものになっただろうか、と周囲を見回す。
するとぽかんとしたクラスメイトの姿が目に入り、ラウラはうずうずと体を震わせフィーは冷静にリィンとエマの戦力を計っていた。
なんと声をかけたものかと悩んでいると、サラが手を叩いて自分に注目を集める。
「はい、お疲れ様。無駄のない戦闘だったわね。連携より地力の差が目立つ感じだったけど、悪くない出来よ。思いの外まともだし十分合格点ね」
その評価はどこかほっとしているようにも見える。
思いの外まとも、というセリフにサラの心配が込められている。
リィンは首を傾げていたが、エマはお察ししますと沈痛な表情を作っていた。
二人の実力の高さに驚くクラスメイトを一喝し、サラは残りの生徒の編成を告げて実技テストを続けていく。
一通りのテストを終えた後、いよいよとサラは覚悟を決めた表情でⅦ組にある資料を渡した。
「これは……?」
「Ⅶ組ならではの特別カリキュラム、特別実習に関するプリントよ」
サラはこのカリキュラムが、帝国のある地域へ赴いて課題を行う実習だと説明する。
そしてその赴任するメンツはこう記されていた。
A班:エマ、アリサ、エリオット、ガイウス。実習地は交易地ケルディック。
B班:リィン、マキアス、ユーシス、ラウラ、フィー。実習地は紡績町パルム。
「なっ……………」
「…………………」
「これは…………」
リィン、マキアス、ユーシスの三人が一同に顔を合わせ、リィンを除く二人が悪態をつきながら目を逸らす。
その背に突き刺さるラウラの目と、どこか眠たげながら警戒……なのか興味なのか、よくわからない瞳で観察してくるフィー。
(エマとは一緒じゃないのか。残念だ)
(フフフ、息子よ。私がいるではないか)
(我モイルゾ)
(…………セリーヌ連れて来れないかな?)
そんな目で見られているとは知らず、彼はただ友人と一緒に実習が出来ないことを残念がるのだった。
オズぼん
「なに息子よ? クラスメイトが地雷を抱えている? 逆に考えるのだ、踏んじゃっていいんだと。問題(HP)が多いならSクラ(地雷)をチェインさせて一気に減らして行くのだ」
これまでの作品の流れとして、リィンに理由付けて(オズぼんやシュミット)特別実習を休ませようとしたのですが、無理して今後のストーリー展開を破たんさせるのもアレなので、いよいよ絡んでいきます。