機甲兵と魔煌兵。
共に巨大な人型の人形兵器として生まれながら、技術の違いによって分かたれた兄弟機とも言える二対のぶつかり合いは、機甲兵が優勢に進めていた。
なぜなら、ガレリア要塞には霊脈があまり通っていない。
魔煌兵の本来の強みである再生力……霊力さえあれば傷ついた体を修復し、戦闘の継続を維持出来るということが魔煌兵の本領である。
その点、機甲兵は最新の科学力が詰め込まれた技術の結晶。
攻撃力こそ《アハツェン》に劣るが、その機動力や汎用性に関しては兵器の中でも随一といえる。
鈍重な魔煌兵の速度では動きを捉えることが出来ず、押されるのは必至。
だが、それは魔煌兵を操る魔女によって覆される。
「オル=ガディア!」
エマの命令に従い、肉厚の大剣を振るうオル=ガディア。
だが鈍重な攻撃は俊敏に動く機甲兵に中々当たることはない。
最初に発掘された頃よりは性能が向上しているといえ、リソースがエマの霊力のみという現状が彼女に積極性を欠かせていた。
「ダイアウルフ!」
加えて、エマには元々機甲兵を倒そうとは思っていなかった。
元よりこの場にいる理由は時間稼ぎ。
オーラフがこの場に来るまで粘ることができれば、それでエマの勝ちである。
機甲兵の操縦者は、戦ううちに攻撃の緩い相手を前に意図を見抜く。
「こいつは囮だ! こちらで引きつけるから、お前は別の場所へ!」
「了解!」
通信によって作戦の変更が行われ、ドラッケンの一体が別の戦場へ向かおうとする。
だが、それをみすみす許すエマではなかった。
「クレセントシェル……
アーツと魔術の壁が展開され、ドラッケンの正面に現れる。
突然の障壁にドラッケンが足を止め、その隙を狙いダイアウルフの突進が仕掛けられる。
鋼と鋼がぶつかり合い、たたらを踏むドラッケン。
「ロードフレア!」
追撃に放たれたアーツの炎がドラッケンを包み込む。
熱された装甲が赤熱し、もろくなった部分へ向けてダイアウルフの拳が迫る。
「ぐぅぅ!」
だがそこにもう一つのドラッケンが迫り、ダイアウルフを突き飛ばす。
すぐさま機甲兵ブレードが振るわれるが、エマが生み出した魔術の壁によって威力を阻害され、ダイアウルフは余裕を持って回避した。
「なんだ、この兵器は!?」
「あの少女が操っていると思われる、狙いはあちらだ!」
何度も邪魔をされれば当然、魔煌兵がエマの指揮によって動いていることを見抜かれる。
すぐにドラッケン達がエマへ向けて突っ込んでくるが、彼女は涼やかに呪文を紡ぐ。
「ヴァリマールに比べれば、遅すぎます」
足元に生まれた転移陣により、その場から消えるエマ。
要塞の一角に立ち、戦場を俯瞰出来る位置へ移動してドラッケンの視界から逃れた。
「き、消えた!?」
「転移は結社とやらの技術ではなかったの――ぐあっ!」
動揺するドラッケンへ、オル=ガディアの大剣が叩きつけられる。
左手が小破され、大きな音を立てて抱えていた盾が転がっていく。
「ダイアウルフ!」
エマはダイアウルフに命令し、転がった盾を回収させてその両手に抱えさせる。
元より無手であったダイアウルフに大盾が加わったことで、その守備力を増大。
彼をタンクとした戦術が組めるようになった。
「ちぃぃ!」
ドラッケン二体の機甲兵ブレードがダイアウルフを狙うが、エマの魔術によって強化された盾は破れない。
むしろ、攻撃の隙を狙ってオル=ガディアが逆襲を仕掛ける。
当たることはないが、彼らもまた守備を固めた二体の魔煌兵を倒しきれない。
「散開だ、一度この場を離れる!」
「了か――何ぃ!?」
バラバラに離れようとしても、エマは転移によってオル=ガディアとダイアウルフをそれぞれのドラッケン達の前に移動させ、強引に押し戻す。
転移に加え、他の魔術の連続使用にエマの息が乱れそうになるが、平静を装うために表面上に態度は出さない。
ドラッケンの操縦者からも視認出来る距離に維持し、そこにいることでエマをなんとかしない限りこの場を離れられない、と思わせるためだ。
(まだ、甘い。このくらいで息切れしていては、姉さんに追いつけない!)
リィンがマクバーンを目指すように、エマもまたヴィータを今度こそ実力で止めるために日々修行を積んでいた。
こうして実戦を経た経験は、また一つエマの強さを底上げする。
魔女の粘りによって、一進一退の攻防に時間だけが過ぎていく。
だからこそ、その展開は必然と言えた。
「くそっ、いい加減――ぐおおおおっ!」
「なにぃ!」
ドラッケンの一体が炎上する。
エマや魔煌兵の攻撃ではない第三者。
なればそれは、《帝国解放戦線》に敵対する存在――第四機甲師団の《アハツェン》による支援砲撃であった。
「クレイグ中将!」
「ぬっ、そなたはエリオットのクラスメイトの……」
「エマ・ミルスティンです! 私が機甲兵を抑えますので、トドメをお願いします!」
エマは音声魔術によって声を拡大させれば、それを聞き届けたオーラフはすぐさま《アハツェン》の砲火を機甲兵へと集中させた。
いかに最新技術の結晶たる機甲兵と言えど、攻撃力は《アハツェン》に劣る。
さらに帝国軍最強といえる第四機甲師団の連携により、ドラッケン二体は鉄の棺桶となるのは時間の問題だった。
その様子を見届けたエマは、ナイトハルトやサラ、そしてⅦ組のメンバーが列車砲を止めるべく要塞の中に侵入したと報告する。
オーラフはすぐさま列車砲の奪還を指示しようとした瞬間、エマのARCUSが突然通信を告げた。
「エマ、列車砲の弾着予測地点を教えてくれ! 俺達が斬る!」
それは、安心と不安を同時に感じさせる友人の声。
そして、いつも通りに無茶を道理で押し通す要請。
つまり、エマにとって聞き慣れた魔女への信頼だ。
「――なんとなく、そんな予感はしてました! 少しお待ちください!」
リィンが何か無茶をすることなど、今のエマにとっては慣れてしまった展開だ。
故に動揺は少なく、鍛えられてしまった魔女の手配は、すぐさま解決の因果を辿っていく。
「クレイグ中将!」
「むおっ!?」
エマは転移すると同時に、オーラフが乗る《アハツェン》の上に乗り込んでいた。
遠くにいた少女が一瞬でこの場に現れ、戦車の上に乗るという行為にオーラフは長い軍人生活の中でもはじめての衝撃に戸惑いを覚えた。
「今、クロスベルに列車砲が向けられています!
ですがそのために、列車砲の情報を求めています。可能な限りアレのスペックを教えてください」
「お主は一体……」
「早く!」
エマの瞳が黄金に輝く。
魔眼封じの眼鏡をしてもなお染まる金色は、感情のあらぶりを示していた。
「う、うむ――」
押され気味のオーラフは、催眠魔術の影響か純粋な気迫のせいか、すぐに列車砲のデータを教えてくれる。
オーラフは部下であるナイトハルトからリィンのことを聞いていた。
最初は信じがたい戦績だったものの、ナイトハルトの実直さを知るオーラフは、リィン達の特別実習の内容と合わせてそれを信じた。
目の前の少年少女達は、《貴族派》が隠していた機甲兵の存在を暴き、《帝国解放戦線》を退ける頼もしき存在である、と。
同時に騎神に関しても、そのスペックが《アハツェン》を超えると報告を受けている。
そして列車砲を防ぐ、具体的な手段を聞けば一度絶句したあと、おかしさのあまりに笑ってしまうほどだった。
「ハッハッハ、流石あやつの息子というだけあってなんとも……」
「中将?」
「いや、なんでもない。ならば、こちらは撃たせる数を減らすとしよう。ミルスティン君、一瞬で移動したあれはまだ使えるか?」
「――はい、問題ありません」
並列思考で弾道予測を行いながらも、エマの返事に淀みはない。
この追い詰められた現状の中で、エマは己が殻を一つ破りそうな手応えを感じていた。
「ならば、我らも突入するとしよう。まず片方をなんとかする。軍人としては口惜しいが、もう片方の砲撃は彼に防いでもらう。装填する合間、全軍でもうひとつを制圧する」
「いえ、転移よりもっと手早く行きましょう。《アハツェン》を最速で片方の列車砲に向けて動かしてください!」
そう叫び、これからすることをオーラフに伝える。
その内容にオーラフは目を見開き、一度口に手を当てるが、すぐに目の前の少女が持つ技術を信用することにする。
何故ならば、ドラッケンを打倒したのは彼女の働きが大きい。
どのみちエマがいなくても《アハツェン》を動かすことに変わりはない。
軍人がいち士官候補生の少女の提案を聞くことに苦心があるのなら、単独で機甲兵二体相手に時間稼ぎしてから言ってみろと応える覚悟だった。
「征くぞおおおおおおおおおおお!!!」
疑問もあるだろうが、そこは第四機甲師団。
中将の命令に従い、指示を遂行するために行動する。
エマは自分を信じてくれたオーラフに応えるべく、その魔術を使用した。
「
魔術の発動と同時に、地面を走る《アハツェン》は突如浮遊感に包み込まれる。
その理由は――戦車が、空を飛ぶという事実だった。
「飛んだあああああああああああ!!」
「なんとおおおおおおおおおおお!?」
「大丈夫です、制御はしてますから落ちることはありません! それより砲撃に集中お願いします!」
崖から落ちることなくそのまま空を走るかのような、摩訶不思議な光景に動揺を隠せない中でも、そこは正規軍の精鋭か。
オーラフ共々、砲手は空を飛ぶ不思議な戦車と化した《アハツェン》の砲塔が要塞を飛び越えた先にある列車砲の手前へ向けられる。
「皆さん、こっちは任せてあちらの援護を! 確実な制圧をお願いします!」
「エマ!?」
並行して発動される転移術。
列車砲の手前では人形兵器の群れと、それを指揮する赤いプロテクターをまとった集団がいた。
それらと戦っていたサラとA班のメンバーが、驚愕の目でこちらを見上げるのも一瞬、一方的ながら要請し、起動した転移術によりナイトハルト達の下へ飛ばされる。
これで人数の上では九人。
達人クラスが二人、それに迫るミリアムにラウラやフィーがいる以上問題はないはず。
眼下では、赤いプロテクターの男達がこちらを見上げていた。
「た、隊長! 戦車が空を飛んでます!」
「バカ言うな、戦車が飛ぶか!」
「ですがあれを?」
「なんだよもう!?……ってなんじゃそりゃああああああ!!」
「ってええええええええ!」
そこへ容赦なくオーラフの号令が下され、《アハツェン》から射出された砲弾が赤い襲撃者達を襲う。
帝国軍主力戦車の火力は伊達ではなく、人形兵器の群れを粉砕し、赤いプロテクターの男達もまとめて吹き飛ばしていく。
「あ~れ~!」
「君、一度下ろしてくれ! ここからは直接制圧する!」
「はい、後はお願いします!」
「任せよ!」
エマは魔術によって重力制御された《アハツェン》を振動を与えずに降下する。
その合間、エマは戦況を確認する。
オーラフ達はすでに《アハツェン》によって戦意喪失した相手を蹂躙しており、列車砲の制圧は時間の問題。
サラ達のほうを見てみれば、数に押され気味だったB班にA班が加わることで戦況を五分に戻しているようだ。
ただ、相手にいる隻眼の女と巨漢の男はどちらも手強いようで、サラとナイトハルトがそれぞれ対応している。
二人の実力ならば勝つことに疑いはないが、決着には時間がかかりそうだった。
A班、B班は《帝国解放戦線》のテロリストや人形兵器の群れを相手にしており、ラウラやフィーなどは一際大きい人形兵器と単独での相対を強いられている。
見れば、確実に連携を崩すことを狙いとした戦術がうかがえる。
何度も戦ったせいなのか、《帝国解放戦線》はまず戦術リンクの恩恵を崩すことに専念しているようだ。
だが、そこは
仮に一人での戦いを強いられようとも、戦術リンクの恩恵がなくとも立ち回るだけの地力を身につけていた。
耐えることさえできれば、Ⅶ組の強者達がその膠着に穴を開ける。
ミリアムのアガートラムが人形兵器を粉砕し、直後にユーシスとの戦術リンクを展開。
二人はラウラが対応していた人形兵器を討ち取ることで、彼女を自由に動けるようにする。
一度崩した穴を埋め直すことは出来ず、戦術リンクが復活したA班・B班は徐々に戦況を押し戻していた。
だが、やはり《アハツェン》のような一瞬で戦況を立て直すものがない限り、時間はかかってしまう。
加えて、飛行艇からの援護射撃により戦況は再び《帝国解放戦線》へ流れていく。
つまり、発射されるとすればサラ達の列車砲。
そこに設置された列車砲を見やり、計算を途中まで終えたエマはリィンに叫ぶ。
「リィンさん、そちらの周辺データをください!」
「ヴァリマール!」
「ウム、計算ヲ開始……完了」
「わかりました、まず――」
そこからエマは逐一ヴァリマールへデータを求めて内容を修正していく。
一秒すら惜しい時間の中、それでもエマの頭脳は演算を導き、やがて答えへたどり着く。
「――――です。片方の列車砲は制圧可能かと思いますが、ひょっとしたら連続で発射される可能性もあるかもしれません」
「なら、誘導頼む。
「…………………はぁー」
エマは深く深くため息をつく。
何のために自分が必死で頑張っているのか、本当にわかっているのだろうか。
きっとわかっているのだろう。
その上で、彼は言うのだ。
「大丈夫だ、俺達を信じろ」
「ある意味で信じてますよ」
「もっとアゲて言ってくれ」
「あの劫炎なら、列車砲くらい笑いながら溶かすと思います」
「よしっ、負けてられないな! 頼むぞエマ!」
本当に、笑ってしまうくらいにブレない起動者にエマは笑う。
ガレリア要塞の戦況は刻一刻と変化し、クロスベルも業火に包まれるか否かの瀬戸際だと言うのに、先程まで荒れていた心の波は実に穏やかなものだ。
リィン・シュバルツァーならやる、と自分の中で完結しているのだろう。
彼は多くの格上相手に黒星を重ねている。
五月の特別実習では、友になりたいと言い放った劫炎に大怪我を負わされている。
決して最強でも無敵でもないというのに、エマは彼の宣言を疑うことはなかった。
(これが信頼――いえ、感化というものなんでしょうか)
明確にこの気持ちの名を付けることは出来ない。
けれど、魔術の連発によって疲労困憊の体の割に穏やかな表情と心は、焦りなくエマの唇を震わせた。
「――ええ、お任せください。私は、貴方を導く善き魔女なんですから」
*
「ヴァリマール、自律操作頼む。エマが指定したポイントに動いてくれ」
「ウム」
リィンはヴァリマールに弾着予想地点へ動いてもらう。
ゆっくりと瞳を閉じながら、ゼムリアストーンの太刀が腰に添えられる。
構えるのは伍の型。
迫りくる列車砲を迎え討つのならば、この型が最適だからだ。
その間、己は精神を深く深く、鬼の力の深奥へ向けて潜っていく。
鬼気解放のさらに向こう側。
発動のトリガーを己でなく他者に委ねる、埋没が行き着く先の信頼。
「りぃん、到着シタゾ……りぃん?」
「………………」
(フフフ、ヴァリ君よ。すでに息子の意識はただ一つのことに没頭させている。いくら話しかけても無駄だ)
リィンの意識はクロスベルに網を張る導力ネットワークの内側、レイラインに干渉していた。
霊脈を通して見る千里眼のようなもので、周囲の情報を微細に感じとっていく。
その上で、列車砲が飛んでくる場所へ精度を絞っていく。
その没頭は、垂れたよだれを拭うことすらせず、完全に抜刀だけに意識を割くほどだった。
「今です!」
そこに向けられるエマの叫び。
ガレリア要塞では絶望の序曲として奏でられた破滅の楽譜。
だが、リィンにとっては協奏曲の第一楽章に過ぎなかった。
レイラインが鉄の業火の飛来を感知する。
だがリィンにとって信じるのは、レイラインでなくエマの言葉だった。
彼女の叫びからほどなくして――教えられた計算通りにゼムリアストーンの太刀が抜刀される。
己の意識を一つのことに集中し、他の全てを他者に委ねることで生まれる絆の一刀。
赤ん坊のように周囲を信頼することでしか成し遂げられない、リィンが築き上げた縁が成せる技。
それは、ヴァリマールを見ていた《風の剣聖》アリオスすらも驚愕する速度と技量を以て放たれた。
(名を掲げるならば伍の型の発展、
振り抜いた太刀の先で、切り裂かれた列車砲の砲弾がオルキスタワーに直撃することなく、空中で爆発する。
振動こそあれど、粉微塵になった残骸が降り注ぐだけで被害らしい被害は何一つ生まれなかった。
遅れて、その行為を認識した誰かが自分達が無事であることを叫び、歓声が湧き上がる。
その歓声を受けるリィンはしかし、一切応えることはない。
特務支援課やオリヴァルトからの通信も届くが、それすらもリィンに反応をもたらさない。
彼を動かすのは、ただ一声。
「リィンさん、こちらはもう大丈夫です。――本当に、お疲れ様でした」
リィンの瞳がゆっくりと開かれる。
友のねぎらいに、ようやくリィンは周囲が騒がしいことに気づいた。
太刀を納刀し、それを掲げることでオルキスタワー屋上にいるクロスベル警察や、窓から見えるオリヴァルト達に無事を教える。
彼らが向ける安堵の表情に、リィンもどんなもんだと言わんばかりに笑い返すのだった。
最後がなんだかあっさり気味になってしまった気が。
次回は列車砲を防がれた後のガレリア要塞側の反応とかもちょっと入れたり(地の文になりそうですが)通商会議の行方を含めたリザルト回になると思います。