通商会議にて提唱された、ディーター・クロイスによるクロスベル独立宣言から数日。
未だに混乱が収まらないクロスベルをよそに、リィンはオリヴァルト達と共に帝国へ帰還していた。
オズボーンとは結局話せなかったことがつくづく残念である。
特務支援課は忙しくて来れなかったが、クロスベル駅では見送りに来てくれたユウナから感謝と再会を約束して別れた。どうやらヴァリマールに乗っていたのがリィンであると教えてもらったそうだ。
オリヴァルト達とはヘイムダルで別れた後は、聖アストライア女学院へ向かった。
エリゼに面会して無事を知らせたものの、心配させないでと説教され、ミュゼからも遠回りに目立ちすぎではと警告され、アルフィンだけはお疲れ様でしたと言ってくれたのが記憶に新しい。
シュバルツァー家には手紙を送っているが、エリゼのことを考えると返信がちょっと怖いリィンだった。
通商会議で活躍した灰色の騎士人形、ヴァリマールとその乗り手はクロスベルでの発表と違い、士官学院へ戻ったリィンへの質問が待ち受ける……はずだった。
そこはオリヴァルトでなく、なんとセドリックが手を回してくれたようで、ヴァンダイクを通じて必要以上の追求を避けるよう通達があったらしい。
パトリックからそれらを教えられ セドリックの成長を感じるリィン。
とはいえ、流石にガレリア要塞での出来事と合わせてⅦ組やロジーヌ、ベリルには全てを打ち明けた。
クロスベル滞在記に真っ先に叫んだエマをよそに、思い出話を語っていくリィン。ちなみにセリーヌからは無言の猫パンチを受けた。痛くなかったので彼女は優しい。
ロジーヌはやはりワジに関して反応し、ベリルは第八制御端末で遭遇した偽のアリオスを主とする特異点に興味を持っていた。
ロジーヌからは、
「教会のことを語るとリィンさんは必ず怒っていましたが、その憂いが晴れて嬉しいです」
と、穏やかな笑みと共に告げられて気恥ずかしくなったのはリィンだけの秘密である。
トマスからはワジ君のことを黙っていてすみません~とあまり悪く思ってなさそうに謝られたが、前の自分を思うと怒るべきか礼を言うべきか悩んだものだ。
それらを語り終えれば、次に待っていたのはアンゼリカやジョルジュからの感謝だった。
オルキスタワーで列車砲を防いだことは、行政スタッフの一員として随行していたトワを守ることと同一であり、泣きながら感謝をされた。
トワからもお礼を言われて、クロスベル以外にも守れたものがあるとリィンは唇を緩める。
クロウは久々のサボりとのことでいなかったが、絶対に感謝していると上級生達は言うので、ありがたくジョルジュ越しに気持ちを受け取っておいた。
そうしてクロスベルからトールズへ戻って来たことを実感するリィンは、学院の授業を終えた後にエリンの里に訪れていた。
クロスベル一日目に壊してしまった、赤い星座の猟兵であるシャーリィの武器、テスタ=ロッサの修復のためである。
当然、シュミットは武器の修復には興味がなかったのだが、テスタ=ロッサに使われる技術に着目し請け負ってくれた。
「あやつって案外ちょろいのでは?」
「基本的に好奇心旺盛ですし、目新しいものばかりお願いしているからですよ」
現在はガンドルフの工房を借りて調査をしているため、解析待ちの間にリィンはローゼリアから魔女の紅茶をご馳走になっていた。
見返りは嗜好品……それもスナック系のお菓子である。
ローゼリアはハマった。大ハマリだった。
「お~でりしゃす」
時間的にもちょうどおやつタイム。
パリッと音を鳴らしてポテチを貪るローゼリアは、外見と相まって本当に子供にしか見えない。
「ローゼリアさん、エマに見られたらまた何か言われますよ?」
「構わん構わん。あやつは学院じゃろ? 目は届かんよ」
本人もその視線は気にしなくなったようで、ポテチを口に咥えながらニョホホと嗜好品を堪能していた。
「それよりも、クロスベルでは大活躍だったそうじゃの。相変わらずのようで何より何より」
シュミットの調査を待つ間、リィンはローゼリアへクロスベルでの出来事を語っていた。
あくまでリィン視点なので彼の主観が強いのは仕方ないが、それでもローゼリアは時に相槌や笑い、呆れを挟みながら聞いていた。
「じゃが、クロスベルの国家独立……確か、導力ねっとわあくとやらにレイラインが重なっていたと聞くが」
「はい。そこに混じって結社のアストラルコードとかいうものも混入していました。ですが、いわゆるウイルスみたいなものでレイラインとは関係なさそうですが……」
「あやつによると、現状のねっとわあく技術よりも何世代も上……念話ともまた違う、交信手段の一種とまでは解析したらしい。
ただ汎用性が異様なほど高く、はっきんぐ以外にも色々使えそうだと言っておったな」
「相変わらずですね……」
あの場にいたティオは当然、エプスタイン財団にも調査を依頼していたはずだが、クロスベルから帝国へ戻る時にも進展らしい進展はなかったはずだ。
同日でそれを解析し、テスタ=ロッサを解析する余裕を生んでいる彼はやはり末恐ろしい技術者であった。
「でも、ディーター市長があんなことを考えていたなんて……」
「皇子からも話を聞いているが、明らかにクロスベルへの利があった議論を捨てた宣言だったそうじゃの」
「はい。殿下が今回のテロの責任を帝国が負う、という宣言にも等しいことを口にしました。当然、ロックスミス大総統などはそこに追求してきましたが……」
そこに来て、ディーターの独立宣伝。
この話題には帝国への追求も一端取り置きとなり、独立への意見が数多く飛び交った。
リベールやレミフェリアなどは前向きに受け入れているが、それでも性急過ぎるという意見が先に出る。
当然、帝国と共和国のニ大国の反発は大きい。
元より二つの国は、ゼムリア最大の金融都市たるクロスベルが生み出す利益の十%を宗主国の権利として取り立てているのだ。
加えて法律もロクに整備されておらず、ほぼ自由に動ける緩衝地域へ伸ばす手を緩めるなど考えられない。
「国家運営にはそう詳しくないが、あまり褒められる手段ではないの。そもそも、帝国と共和国の動きをまるで意に介しておらん」
「そこはロイドさん……特務支援課の皆さんも仰ってました。ただ、クロスベルの感情としては喜びのほうが大きく、市民は諸手を上げる人が多いみたいですね。
成立すれば、それこそ今まで両国に対して見過ごすことが出来なかったことを取り締まることも加えて、独自の武力を持つことだって出来ますし」
「となれば、何らかの切り札があるんじゃろ。それこそ、今回お主らがテロリストの動きを予測し、対策を練ったようなものが」
「あれと国を比べるのは些か無理がありません?」
「そうでもなかろうよ」
ニヤリと笑うローゼリア。
表情だけ見れば魔女の長としての威容を兼ね備えているように見えるが、ほっぺについたポテチの食べカスが台無しにしていた。
リィンは軽く自分の頬を指し、ローゼリアに食べカスが付いていることを指摘すると、ローゼリアはそれを指の腹ですくってぺろりと舐める。
行儀が悪い、とエマが居れば怒号が飛ぶ光景であった。
「何か心当たりが?」
「そも、皇子に無茶振りして帝国の自爆へ誘導するよう言いつけたのは妾じゃからな」
その発言にリィンは目を見開く。
確かに、あのオリヴァルトの言葉は綺麗なものだが、国家の未来を背負うあの場所で口にするにはデメリットが大きすぎる。
仮に各国への賠償金などを求められたら、ただでさえ税収問題で《貴族派》と揉め事を抱える帝国としては内戦待ったなしの状況だ。
確かにオズボーンの予想外の手ではあるが、オリヴァルトの気性を考えれば絶対に打てない手だ。
それがまさか、目の前の少女の助言であったとは思わなかった。
「よく殿下が了承しましたね……」
「ま、あやつも自国民への感情を抑えることが出来たのであれば政への成長というものじゃろ」
「でも、一体どうしてそんな真似を?」
「会議の前日に皇子と通信する機会があっての。その時にギデオンからのアドバイスを披露したまでのこと」
「ギデオンが?」
今は黒の史書を探して旅をしている彼だが、定期的にエリンへ戻って来ているらしい。
その上でたまたまオリヴァルトとの通信を行っている時に戻ってきたようで、彼にアドバイスを与えたそうだ。
今は再び史書探しに向かっているため顔を出していないが、彼なりに思うところがあるようだ。
黙っていたオズぼんが、何か察したように笑う。
「フフフ、息子よ。ギデオンの提案はある意味で相打ち狙いだ。政治の傑物でもある彼
「ようはお主がよくしてることじゃよ、シュバルツァー」
「俺がよくすること?」
「大怪我を負う代わりに、確実に相応のメリットをもたらす性質じゃ」
それが、あの場で何のメリットをもたらすのだろう?
リィンは考えてみるが、そう簡単には浮かばない。
その様子を楽しそうに見るローゼリアが、答えを教えてくれる。
「責任を負うとは言うが、あのまま共和国を巻き込む狙いもあった」
「巻き込む?」
「うむ。《帝国解放戦線》以外にも《反移民政策主義》じゃったか? 元よりやつらは今回の襲撃を共同で行っておった。
ギデオンは元《帝国解放戦線》の幹部。当然、《反移民政策主義》についての情報も持っておった。
皇子は帝国側への責任の後に、そのことを告げて共和国側からもなんとか譲歩を引き出そうとしていたわけじゃな。
鉄血宰相と同様に、大総統とやらも相応に後ろ暗い部分が多いらしい」
「はぁー……」
リィンの脳裏には、セドリックやヴァンダール兄弟と共に駆け巡ったクロスベル二日目のことを思い出す。
色々とあったが、それでもオリヴァルトの素の性格をよく知ることが出来たと思う。
故に陽気なイメージの強い皇子であるが、政治の場でそんな戦いを仕掛けようとしていたとは、思わなかった。
まったくもって頼もしい皇子である。
「じゃが、そこにまさかのクロスベル側からの提唱。これにはさしもの皇子も予想外、というのが事の顛末であろう。
テロリストの拿捕で協力関係を結んでいる上に、庇い立てへの裏切りにも見えるが……見方を変えれば、注目を集めることで話題を反らした、という意味では助けになったやもしれんな」
「殿下が共和国からも譲歩を引き出そうとしていたと知らなかったからこその、すれ違いと」
「政なぞ腹の探り合いじゃが、協力者同士でも腹を割って話せないとは悲しいものよ。
ま、それもまた政なんじゃろうが」
妾には向かんわー、と改めてポテチを食すローゼリア。
エマ曰く秘密主義なローゼリアが『本気』で政治に関心を持てばその限りでもないと思うが、言わぬが花であろう。
後手に回ってパニックになる光景が、あっさりと浮かんでしまうからだ。
「じゃが、クロスベル……ディーターとやらが切り札とするものには興味がある」
「マクダエル議長も知らなかったそうなので、完全に独断なんでしょうね」
「ただの夢想家か、それとも本当に何かあるのか。どちらにしろ、帝国の皇子達と違い、身内を信頼しておらん様子じゃからろくなことにはならんじゃろ。
あるとすれば……」
ふと、ローゼリアがぽつりと漏らす。
リィンは何かわかったのかと聞こうとするが、舘にやってきたアルビレオにより中断される。
どうもシュミットが呼んでいるようで、使い走りに使われたようだ。
おつかれ、と言いながらオズぼん経由でポテチを取り出し、アルビレオに渡すリィン。
ふてくされから一転、満面の笑みを浮かべるアルビレオをよそに、リィンの背中に恨みがましい視線が刺さった。
「これシュバルツァー。ポテチはあれが最後ではなかったのか?」
「元々ニーナ達へのお土産に渡そうとしてましたからね。一人一袋で良いでしょう?」
「エマみたいなことを言うでない! ほれ、よこさぬか!」
「すみませんが、これから博士のところに行くので失礼します。じゃあなアルビレオ」
「妾も行くぞ!」
結局ポテチ目当てに付いてきたローゼリアを引き連れたリィンは、ガンドルフの工房へやってくる。
真っ二つに折れたテスタ=ロッサを見るシュミットの背中が見えたので声をかけようとするが、それより早く彼は言った。
「シュバルツァー、あの武器を作った製作者はわかるか?」
「すみません、赤い星座が専用におろしてもらってる工房、としか……」
「何ぞ気になることでもあったのか?」
リィンににじり寄っていたローゼリアだったが、シュミットが思いの外真剣な表情だっため、一度ポテチのことを頭の片隅にして話に割って入る。
「あれに使われている技術に、な。……あやつは死んだはずだが……」
「誰かの遺作だったりしたんですか?」
「師より先に死んだ馬鹿弟子のことだ」
その発言で、リィンはそれがシュミットの一番弟子にしてアリサの父親である、フランツ・ラインフォルトであると察する。
「確か、機甲兵を考案した……」
「そうだ。そしてあやつの技術の癖らしきものがあの武器に使われている。……弟子がいるとは聞かんし、娘や他の誰かに技術を受け継がせた様子もない。
そもそもあやつの技術を真似るなど、私か本人以外には出来ん」
「なら、生きてるってことでは? ルトガーさんって例があるんですし」
何気ないリィンの一言。
だが、シュミットはそれを聞いて押し黙ってしまう。
中々貴重な光景であるが、リィンとしては気軽に言ったのでそこまで重く受け止められるとは思わず焦ってしまった。
「は、博士?」
「生きている……か……」
(フフフ、息子よ。観の目が絶好調だな)
(親父、心当たりがあるのか?)
(テスタ=ロッサを改めて見てみるといい。猟兵王の武器にどことなく似ていると思わんか?)
オズぼんの言葉に従い、リィンは改めてじっくりテスタ=ロッサを見ながらルトガーのことを思い返す
出会いはあの夜と特異点だけだが、あの銃槍とチェーンソーはどことなく似ている……?
「シュバルツァー、何か心当たりがあるのか?」
「いえ、さっき言った蘇った猟兵王が持ってた武器に似てるんじゃないか、って」
リィンとしてはいまいち確信が持てないが、オズぼんは類似を指摘している。
なら、未熟な自分ではまだ見分けがつかないが共通の何かがあるのだろう。
「この武器には、どうやら戦闘データを蓄積する
「データを集めるって博士みたいですね」
「当然だ、あやつは私が……」
「博士?」
途中まで何か言いかけたシュミットが、常よりもさらに深く眉間のシワを寄せる。
無意識に口にしたそれが、答えであるとわかっているのに認めがたい、と言いたげに。
「……一度、これをラインフォルトへ持っていきますか? 技術は継承していなくても、何か残っているかもしれませんよ?」
「………………フン、たとえそうだとしても、卒業作品というには明らかに機甲兵のほうが優れている。
ガンドルフ、後は適当にやっておけ」
「おい爺さん……って、行っちまった」
一人納得するように頷くシュミットだったが、やがて機嫌が悪そうに出ていってしまった。
その背中に、シュミットには珍しく感情が乗っているような気がした。
「ガンドルフさん、適当にって……」
「あー、データはまとめてあるから修復だけなら俺にも出来る。けど、本当に直すだけだからな。
導力技術ってのは資料をまとめておくには頼もしいもんだ」
シュミット教室・エリン支部によって導力技術の知識を得たガンドルフが嬉しそうに笑う。
元々魔導工房であったため、書物はあるが基本的に自分の頭に残る知識が多かったガンドルフ。
だが、人間の頭以上にデータという形で知識を残しておける導力端末は結構気に入っているようだ。
シュミットに隠れているが、元々騎神のメンテナンスなど、古の技術を受け継いでいるガンドルフ。
彼もまた、一つの道においての達人と言えた。
「っと、ほら、よっとな。坊主、これがテスタ=ロッサのデータだ」
導力端末から記憶結晶を取り出したガンドルフが、リィンにそれを差し出す。
目を丸くするリィンに、ガンドルフはシュミットが出ていった扉へ首を向けた。
「ああ言いながらも、几帳面にデータを残したのはあの爺さんだからな。死んだ一番弟子の技術……に似た何か、ってのはやっぱり気になるんだろう」
「博士……」
追いかけることは簡単だ。
けれど、少なくとも今はそれを話してくれるとは思えなかった。
テスタ=ロッサの件……正確にはフランツ・ラインフォルトに関しての進展があるまでは、きっとシュミットは何か話すことはないだろう。
「テスタ=ロッサは数日のうちに直しておく。何か用事があるなら、そっちを片付けてからでいいんじゃないか?」
「わかりました。アリサに連絡して、本格的に考えてみるか」
アリサとて、死んだはずの父親が生きているかもしれないということなら全面的に協力してくれることだろう。
問題は、ルトガーのようにちゃんと見たわけではなく、確信が持てないということだが、そこはシュミットがまとめたデータを信じるしかない。
「シュバルツァー、話が終わったのならほれ、ポテチポテチ」
そう言ってリィンの手を取って揺らしてくるローゼリア。
その姿は完全に幼女にしか見えず、リィンは苦笑しながらもまとめて渡すべくニーナ達のところへ向かっていった。
なお、その後リィンがポテチを大きくするというニーナの魔法実験に付き合った結果、お土産のポテチが消失しローゼリアは人目もはばからず涙を流したという。
ローゼリアの出番が妙に多い気がしますが、書いてて楽しいキャラなので仕様です。
シュミえもんの出番=彼女の出番みたいなところもありますからね…