「アリサ、フィー、それにミリアム。ちょっと話があるんだけどこの後時間作れるか? フィーとミリアムは無理にとは言わないけど、アリサは可能な限り残って欲しい」
エリンから戻って来たリィンは、第三学生寮に戻ると三人にそう提案した。
時刻はすでに夕飯時であり、今日はたまたまⅦ組全員が揃っており、部活動を終えたメンバーもシャロンが用意した夕飯に舌鼓を打っていたが、その言葉に思わず全員の視線がリィンに向く。
「私は別に構わないけど……」
「私もだいじょぶ。けど、何の用事?」
「夜のデートのお誘い? 三人一緒はちょっとゼータクだぞリィン!」
ミリアムに手を振って否定しながら、リィンは後で話すと言って夕飯を再開しようとするが、そこにエリオットが割り込む。
「リィン、なんでその三人に?」
「食事中に話すことでもないんだが……」
「全員が揃うタイミングで言ったんだ。気になってしまうのが人の性だろう」
ガイウスの言葉に頷く一同。
そんなもんか、と思いながらリィンはシュミットが暴いた秘密――テスタ=ロッサに使われている技術に、アリサの父親が関わっているのではないか、ということを話す。
その話に、アリサは艶のある人参にフォークを刺していた手が止まった。
「…………え?」
「あと、テスタ=ロッサ以外にもルトガーさんが使ってた銃槍も似たような感じでな。フィーとミリアムには、西風や赤い星座がどこから武器を調達してるか知ってたら教えて欲しいと思ったんだ」
「放課後に姿が見えないと思ったら、エリンへ行ってたんですね」
エマは千切ったパンを口に入れながらセリーヌを見やるが、彼女はふるふると首を横に振る。
どうやらリィンは、エマ達の手を借りずとも普通に転移して――おそらくローゼリア経由――実家に戻っていたらしい。
聞けばお土産を片手にローゼリアや里の子供達を懐柔していたようで、本当に卒業後に居座る未来が徐々に近づいている気がして遠い目をするエマ。
ユーシスがそれを慰める傍ら、爆弾発言を受けたアリサはようやくリィンの言葉が頭に届き、絶叫した。
「な、な、な……なんですってぇ!?」
「……団長の……」
「んー、赤い星座の武器かあ。なんだったっけなー」
「…………リィン様。それは本当なのでしょうか?」
静かに、しかし強い語尾でリィンに尋ねたのはシャロンだ。
常日頃浮かべる微笑は崩れ、あまり見たことのない真剣な表情である。
酒を片手にローストビーフをつまんでいたサラがそれを指摘しようとするが、シャロンが鋭い目を向けると冗談ではない話題なのだと察して口を閉じる。
「あくまでシュミット博士が察したんですが、さっきも言ったようにシャーリィ=オルランドが使っていた武器にフランツさんの技術の癖がある、と。
フランツさんは死亡していると聞きましたが、ルトガーさんの例があるのでひょっとしたら生きているんじゃないか、って」
「リィン様、それならあくまで彼の遺作を誰かが模倣したという可能性もあるのでは?」
「俺もそれは考えたんですけど、博士曰くフランツさんの技術を真似ることが出来るのは自分か本人だけだ、と。
アリサ、お父さんの技術を受け継いだ人とか、部門はないんだよな?」
「え……え、ええ。お父様は天才……それこそシュミット博士が手放しで褒める唯一の人とも言われていたそうだし、仮に教えを受けてもその技術を再現するのは難しいと思う」
そう言って黙る二人。
生きている、と呆然とするようなつぶやきと、顔面蒼白にも見える表情の変化にラウラがアリサの背中をさすって落ち着かせようとしている。
やはり食後にすれば良かった、と思っているとフィーが言う。
「リィン、どうして私も呼ぼうとしたの?」
「いや、単にルトガーさんの武器が同じ製作者のものなら、その工房を調べれば行方もわかるんじゃないか、ってな。
オルディスに行っても手かがりはなかったんだろう?」
「ん…………」
五月に西風の旅団の連隊長二人と遭遇したことは、当然フィーにも伝えている。
ルトガーからは卒業するまで世界を知れ、と言われたものの、近くに居るのなら会いに行きたいというのが人情。
自由行動日を使いオルディスはカイエン公爵の周囲を探ったそうだが、中々ゼノやレオと呼ばれる連隊長にはたどり着けないようだ。
ブリオニア島のこともあり、彼らも自分の動きを掴んで遭遇しないよう動き回っているとフィーは推測していた。
「基本的に武器の調達は自前だったんだよね。用意してもらうときも当然あったけど、武器の良し悪しを理解するために、目を鍛えるのも猟兵の嗜みだ、って。
だからごめん、団長がどこから武器を仕入れてるかはよくわからない」
「そっか。ミリアムはどうだ?」
「んー思い出したことは思い出したんだけど、喋っていいのかなーって」
帝国軍情報局に所属するミリアムなら、と思ったが当たりだったようだ。
ただ、リィンと違いちゃんと話せることと、話せないことが区別出来るミリアムは簡単に口を割ることはない。
腕を組んで悩むミリアムを見れば、本人としては喋っても良いと考えているようだ。
そこに、ラウラの助けによって復帰したアリサが声を震わせながらも言葉を紡ぐ。
「ミリアム。なら要請という形でもいいから教えてもらえない? 依頼料は払うから」
「お嬢様……」
「少なくとも、シュミット博士がそう判断したっていうのなら、そういうことかもしれない。そうでなくても、お父様の技術が流出してるっていうなら、娘として突き止めたいの」
「んー……一応レクターに後で連絡してみるよ。それからでいい?」
「ええ、お願い」
「じゃあアリサ、これ渡しとく。ミリアムの連絡を待つ間、調べておいたらどうだ?」
そう言って、リィンはテスタ=ロッサのデータが詰まった
元より個別にラインフォルトを訪ねようとしていたが、アリサがやる気なら彼女に渡すほうがいいだろう。
「リィン……ありがとう。シャロン、携帯用の導力端末はある?」
「あ……ご用意いたしますが、せめてお食事はしっかり取ってください。そのご様子ですと、徹夜もお覚悟しておられるのでしょう?」
「う」
その通りだったアリサは言葉に詰まる。
目の前に父の情報が詰まった記憶結晶があるのなら、サンドイッチでも用意してもらって片手間に取ればいいと考えていたがメイドは許してくれないようだ。
「性能の良いものをお探ししますので、せめてその間はエネルギーを補給してくださいませ」
「わ、わかったわよ……」
「だからって急いで食べないように。一気食いというのはお体に悪いですし、体重計とのにらみ合いが始まってしまいますわ。
お嬢様の現在の体重――」
「わかったってば! みんなの前でそんなこと言わないでよ!」
乙女の秘密をバラされそうになったアリサは、焦りながらもしっかりと噛んで夕飯を取っていく。
突然の情報に驚いていたⅦ組だったが、アリサとシャロンのいつも通りのやり取りに苦笑し、それぞれに夕飯を再開する。
「だがアリサ、すまなかった。俺が迂闊にリィンの話が気になる、なんて言ってしまったから……」
「気にしないで、ガイウス。驚いたことに違いはないけど、リィンのことだし……何より、本当にお父様の情報があるなら、むしろ感謝するくらいよ」
記憶結晶を手に取り、じっと眺めるアリサ。
死んだと思っていたフランツが実は生きているかもしれない……浮かぶ疑問は様々だが、確信ではないとのことで急いてはいけない、とアリサは自制する。
それでも心臓の鼓動がはっきりとわかるくらいに脈打ち、動揺は周囲に彼女の心境をありありと理解させる。
「何か手伝ってあげたいとは思うが、僕達に出来ることなんてあるんだろうか」
「マキアスならプロファイリングって形で何か情報を探ることが出来るんじゃないか? レグラムでも、ルーファスさんについて色々調べてくれただろう?」
「あんなの、学生の妄想レベルじゃ……」
「いや、悪くない感触だった。お前の気が済むなら、また頼んでやってもいいぞ」
「いちいち偉そうに言ってやる気を削ぐな!」
「マキアスも、ユーシスの物言いにそろそろ慣れてもいいのにね。フィーもそう……フィー?」
エリオットが苦笑しながらユーシスとマキアスのやり取りを眺める傍ら、フィーに目を向けると彼女は食事も取らずにリィンを凝視していた。
「どうかしたの?」
「ん……ふと思ったんだけど、なんでリィンが《
「あれ、言ってなかったっけ。クロスベルであの子に襲われた時に虫の居所が悪くてさ。八つ当たりで武器壊しちゃったんだよ。
それで、修復してから届けるって伝えて――」
「聞いてませんよ!?」
「落ち着けエマ、所詮はリィンの主観だったのだ。それに国際会議であれだけ暴れたのなら、この程度で騒ぐことはあるまい?」
「ラウラはラウラで泰然自若としすぎでしょ……」
サラが目を細めながら、湧いた気持ちを酒ごと飲み干す。
いつも彼女にやすらぎをくれるお酒が、なんだか苦々しく感じた。
ちなみにリィンが先日に伝えたクロスベル滞在記におけるこの内容は、年下の女の子の持ち物を壊してしまったので弁償することにした、とだけ告げていた。
わかるはずがない。
「騒動に大きいも小さいもない、と言いたいのだろうが……この場合小さいに該当する騒動がまるで小さくないと思うのだが。
フィー、そのシャーリィという猟兵は二つ名があるほどに強いのだろう?」
「ん。あんまり自分で言うのもあれだけど、当時の私じゃ届かなかった。今も実力は伸びたけど、まだ上回ってるって言い切れないと思う」
ガイウスがフィーに聞けば、彼女は当時を思い返すように眉間にシワを寄せる。
トールズ士官学院に入学当初は、腕が鈍らない程度に動こうと思っていたことなど遥か昔で、己の全力をあしらうリィンや自身と互角のラウラなど、鈍るどころか磨かれる時間のほうが多い。
それでも、若手NO1と言えるシャーリィ相手に自身がどれくらい迫ったのか気になると言えば気になる。
「ねえリィン、テスタ=ロッサは今持ってるの?」
「今はエリンの工房の人に預けてる。修理が出来たら、自由行動日にクロスベルへ行って返しに行こうと思ってるよ」
「そっか。なら、その時に着いて行っていい?」
「それは構わないけど……なんでまた」
「あいつには借りがあるしね」
そう語るフィーの目はどこか燃えているような気がした。
けだるげな雰囲気の多いフィーにしては珍しい。
「ふむ、雪辱戦ということか。かつてのフィーが届かなかった相手か……私も気になるな」
「ならその日にボク達みんなでクロスベルに行く? ちょっとした日帰り旅行!」
「うーん、クロスベルにはアルカンシェルもあるから気になると言えば気になるけど……」
「確かにイリア・プラティエに遭遇出来るかもしれない、ってことなら行く価値はあるな」
「お前達は……」
ミリアムの提案に乗り気なエリオットとマキアス。
お土産に買ったアルカンシェルのスターのブロマイドが気に入っていたようだし、考えていることが丸わかりだった。
そもそも口に出しているので、隠す気もない言動にユーシスは呆れるしかない。
「ってかリィン、あんた簡単に言ってるけどクロスベルに気軽に行けるの?
ヴァリマールで大暴れしたっていうのは、大衆には秘密でも知ってる人は知ってるんだから、制限とかかけられちゃうんじゃない?」
「どうなんだミリアム、提案したってことは行けそうなのか?」
「え? ボクはただリィンとフィーが出かけるって言ったからつい口にしただけだよ」
「つまりその場のノリか」
「でへへ」
「褒めておらん」
照れるように頭をかくミリアムをよそに、リィンはクロスベルへの移動に制限がかかるかもしれない、ということに唸る。
あの時はオリヴァルトとセドリックという心強い味方が居たので何も問題なかったが、その身分の恩恵がない、個人で赴く場合はどうなのだろう。
「仮に検問があっても、私とリィンなら侵入は問題ないと思うよ?」
「物騒な思考は控えなさい」
「チラッ」
「リィンさん、言葉にしても転移とかしませんから」
「うーんこの以心伝心」
なんだかんだと騒がしい夕飯を済ませると、アリサは自室へ向かう時間も惜しいとばかりに、早速シャロンが用意した導力端末に記憶結晶を取り付け、テスタ=ロッサのデータを閲覧する。
フィーも猟兵時代の強敵の武器が気になるのか、隣に並んで真剣な目でデータを眺めており、ラウラも珍しい武器は気になるのかアリサの後ろから導力端末を見ていた。
「シャロンさん、片付けお手伝いしますね」
「僕も手伝います」
「なら俺もするとしよう」
「じゃあ僕も」
「いえ、これは管理人の……」
「言ってはあれだが、体調が優れないのだろう? 今日くらいは先に風呂に入るなり、休んでいるがいい。体を休めるのも管理人の仕事であろう」
「……わかりました。では、今日だけはお言葉に甘えさせていただきますね」
人数が人数だけに、結構な量の食器の数々。
普段のシャロンならば完璧な仕事ぶりを発揮して何一つ問題なく片付けるものの、リィンからもたらされた情報以降、顔色が優れないことを察したⅦ組は自然と手伝っていた。
その好意を断ることが出来ず、シャロンは礼を言って食堂を出ていった。
「あ、レクター? ちょっと聞きたいことがあるんだけどさー」
「一応あたしのほうから調べてみるから、アンタは大人しくしてなさい。近日に理事会があるようだから、その打ち合わせと一緒に聞いておいてあげる」
ミリアムはレクターに赤い星座に関しての連絡、サラはクロスベルへ赴くに辺り色々と調べてくれるようだ。
その言葉に甘えて、リィンはこれからどうしようかと考えたが……やることは一つしかなかった。
「シャロンさん、少しいいですか?」
「リィン様……」
シャロンは自室でなく、一階ロビーのソファーに腰を下ろしていた。
リィンは同じソファーの端……だが横に座るのでなく、背中を向けて背もたれの上に腰掛ける。
なんとなく、顔を見られたくないのではと思ったからだ。
「何か御用でしょうか? お風呂でしたら……」
「いえ、単にシャロンさんのことが気になっただけです」
「まあ。リィン様のお気持ちは嬉しいのですが、私の愛と献身は――」
「――やっぱり、いつもと声の調子が違いますね」
「気の所為では?」
顔を見ないことで声だけに意識を傾けた結果、リィンはシャロンの声音が普段よりトーンが落ちていることを指摘する。
なんら変わりないように聞こえるが、上手く隠した声の調子をリィンは見逃さない。
武芸者としての観察力か、鬼の力の制御の賜物か。
どちらにせよ、シャロンは気の所為と言った後の反応がないことから誤魔化すことは不可能と判断し、軽く息をついた。
「あまり女性を探るというのは褒められたことではありませんよ?」
「普段は同意するところですけど、明らかに様子がおかしいとなれば気遣うくらいには心配しますよ」
「それが、放っておいて欲しいと思っていても?」
「別のことならここまでしなかったと思います。けど、俺って家族問題には結構うるさいので」
家族問題、というところでシャロンが僅かに身じろぐ。
見てはいないが、気配がそう伝えてくれた。
「だから今回のフランツさんの件はとことん関わろうと思ってます。元々俺が持ち込んだ案件ですからね。少なくとも、ラインフォルトにさっきのデータを持ち込もうとは思いました」
「門前払い、とは考えないので? リィン様は確かにアリサ様のご学友ですが、イリーナ会長はアポイントメントなしでお会いになるほど優しくありませんよ?」
「そこはほら、アリサとかシャロンさんのツテで」
「つまり、会長に会えないか訪ねに来たということでしょうか?」
「それはまた別です。さっきも言った通り、シャロンさんが気になったからですよ。もっと詳しく言うと――シャロンさん、フランツさんのこと知ってるんじゃないですか?」
「ええ。アリサお嬢様のお父上であり、イリーナ様の夫であるフランツ・ラインフォルト。
シャロンの返答に嘘をついた様子はない。
声音の抑揚などに変化もない。
否、なさすぎる。
動揺は元より、あらゆる感情がシャロンから感じることが出来なかった。
普段なら優雅な微笑みの裏にある程度彼女の感情を察することが出来るリィンにも読みきれないそれは、逆に彼女の動揺を示しているように思えた。
これは手強い、と思っていると、今度はシャロンがリィンに尋ねた。
「リィン様は、どうしてあのデータをお嬢様に?」
「どうしてって……夕飯の時にも言いましたけど、実は生きている可能性があるから――」
「あの方はとうの昔に亡くなっているのです。仮にアリサお嬢様に安易な希望を持たせて、その結果がより理不尽な結末ではない、などとどうして言い切れるのでしょう」
「それでも、父親のことなら知りたくなるのが家族ってものでしょう?」
「それを決めるのはお嬢様ですわ」
「アリサは実際に突き止めたいって言ってましたよ? とはいえ、ここで俺達が議論してても、アリサがやっぱり追及を止めるならそこで終わる話です」
でも、とリィンは続けた。
「アリサの家族問題がなくても、シュミット博士の師弟問題がありますからね。博士の教えを受けた者として、この辺は暴いていこうと思います」
「それは、シュミット博士のために?」
「はい。あの人にはお世話になっていますからね。死んだ弟子のことを、色々調べて届けるのが恩返しになるかわかりませんが……
必要なくなったその時は、調べたデータが無用になった、って無駄な苦労だったって笑いますよ」
「そうですか……」
それきり、シャロンは黙ってしまう。
今までの彼女を思えば、何か作業をするわけでもないのに接する相手を前に黙るということはそうそうない。
それだけ、今回のことが気にかけていると言えた。
「シャロンさんは――」
「リィンー! さっきのことでちょっと話があるから来てー!」
そこへミリアムが割り込んでくる。
元気な声は階下にも届き、リィンはレクターとの通信が終わったのかと腰を上げる。
「すみません、やっぱりなんでもないです。お先に失礼しますね」
「はい、私のことは構わず行ってらっしゃいまし」
結局シャロンの表情を見ることは叶わなかったが、リィンはまあいいかとミリアムの下へ駆けていく。
どのみち、リィンはシャロンを見ても何も察することは出来なかっただろう。
「…………お嬢様…………会長…………」
シャロン・クルーガーの
今月も色々イベント目白押し。
時期的に理事会や学院祭準備前にはクロスベル再び、って感じだとは思います。
9月の特別実習はルーレとオルディスでしたが、すでにブリオニア島にもオルディスにもラクウェルにも行っている以上、一体どこをもう一つの特別実習先にするか悩みどころ。
オリジナルと称して改変してきたツケがここに来て…