はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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いつも誤字報告ありがとうございます。

また、前話と前々話の修正も終わりましたので、未読の方がいましたら合わせてどうぞ。


フフフ、息子よ。追いかけっこ(チェイスバトル)を楽しむがいい

「どうも《(イン)》さん、お久しぶりです」

「………………」

 

 クロスベル市東通り、チェイスバトルのスタートラインとなる東クロスベル街道にてリィンはツァオが呼んだ《銀》に挨拶を交わしていた。

 全身をすっぽりと覆う黒装束に顔を隠す仮面の姿は、クロスベル滞在二日目、黒月と共に行動していた時以来である。

 

「あの、リィンさんなんか普通に伝説の凶手に話しかけてるんですけど」

「リィンなら誰に話しかけても不思議じゃないからおかしくないよ」

「いやおかしいですって」

「慣れだよ、慣れ。ユウナもいずれこうなる」

「嫌だなあ……」

 

 用意された導力車の様子をチェックしながら、ユウナはリィンが《銀》と会話する姿を冷や汗を垂らしながら眺めている。

 フィーはガレスから渡された導力車のスペックのデータに目を通しながらも、今更驚くに値しないという慣れを見せていた。

 それが良いことなのか悪いことなのかわからないが、少なくともリィンへの耐性は高いと言える。トールズ士官学院のⅦ組全員、特にエマに言えることでもあるが。

 

 そんなリィンの距離感に反して《銀》は無言を貫いている。

 少なくとも全身でこの場にいる不満を発していた。

 ツァオへ目を向ければ、お相手よろしくお願いします、と表情で語っている。

 リィンは自分が《銀》の相手をすると思っていたが、周囲は《銀》がリィンの相手をすることだと認識していた。

 

 けれど先程から《銀》は黙ったままで、一向に会話をしてくれる様子はない。

 少なくとも感じる気配は本人なので、噂に聞く符術による空蝉や分け身ではなく普通に無視をしているのだ。

 

 だがリィン・シュバルツァーはその程度では動じない。

 

 かつて、家族はおろか誰にも認識されることがなかったオズぼんを認めてもらおうと必死になっていた過去がある。

 見えないものを信じさせる困難さは、その身で証明している。

 故に、この場にちゃんと存在しているという事実がある限り、リィンにとって無視されることに苛立ちを覚えることはない。

 

 とはいえ、会話の糸口を見つけるのは中々に困難。

 突破法はあるが、この場で口にするのは難しい。

 ならばどうするか、と思案するリィンにヴァリマールが言う。

 

(りぃんヨ。気ニナルコトガアルナラバ、《響キノ貝殻》経由デ念話ヲ使ッテミテハドウダ?)

(出来るのか?)

(何事モマズ試シテミテカラダ。ソレニ、くろすべるハ導力ねっとわーくニれいらいんが混ザッテイル。他ノ場所ヨリ楽ダ)

 

 そう提案するヴァリマールにシュミットの薫陶を感じつつ、リィンはエリンで佇むヴァリマールに思念波を送る。

 遠く離れた地でも、起動者であるリィンの呼びかけに答えたヴァリマールは、己に搭載された《響きの貝殻》のアプリを起動、それを《リアクターオーブ》による念話へと変換した。

 これにより、リィンの言葉をヴァリマールが受け取り、それを銀へ送るという中継を介しての念話が可能となるはずだ。

 試しにリィンは《銀》へ言葉を送ってみる。

 

(劇団アルカンシェルの新人女優、リーシャ・マオさんですよね? なんで伝説の凶手が副業なんてしてるんです?)

「!?」

 

 咄嗟に反応するも、盛大に驚いて周囲からの視線を集めないのは流石の凶手か。

 それでも覆面に覆われていない口は動揺を隠しきれず、震え気味な声をリィンに発した。

 

「貴様……」

(あ、今なら頭の中に会話を浮かべるだけでいいですよ。ヴァリマールが拾って、波長合わせた《銀》さんの声で再現してくれますから)

 

 ようは導力通信の応用である。

 ARCUSやエニグマなどを介した通信の声は、本人の声でなく限りなくそれに近づけた音声を届けているだけだ。

 これと同じで、《銀》の思念波をキャッチしたヴァリマールが中継して、リィンにその声を送っている。

 

(……何のつもりだ)

(うん、大丈夫です。ばっちり聞こえます。そして何のつもりだ、って言われても単に疑問に思ったから聞いただけですよ。

 そういう意味では先日のアルカンシェルではご迷惑をおかけしました)

 

 ぺこりと頭を下げるリィン。

 周囲は何事かと視線を向けるが、二人の間に会話がないことからフィーやリィンを知り始めた面々は奇行と判断、他は無視されてつい謝ったのか、と誤解した。

 ちなみに先日のアルカンシェルでも同じ問いをして、イリアを巻き込んだ騒動となり危うくクロスベル警察のお世話になるところであった。

 

 そんな《銀》――リーシャ・マオからリィンにだけ向けられる殺気が伸びる。

 確かに驚異的なものだが、数々の強敵との戦いを経験したリィンはこの程度(・・・・)で動揺を生むことはない。

 とはいえ、デュバリィからの純粋な殺意を向けられていなければ、驚いたかもしれないが。

 

(……他者を暴くという行為が不快に思われないとでも思ったのか?)

(ちょっと過去に秘密を晒すことへ夢中になってた時期があったので)

 

 今もそうですよね、とエマの幻聴が聞こえた気がしたが流すリィン。

 

(理由を上げろと言うなら、クロスベルで親しくなった子――あちらで導力車のチェックしてる女の子がアルカンシェルの大ファンでして。そこに伝説の凶手と呼ばれる人物が紛れ混んでいたら、不安にもなるでしょう?

 黒月の依頼で潜入調査でもしてるんですか? いくらイリア・プラティエさんがクロスベルの外でも有名といえ、女優の情報を盗んだり、盗撮した写真を依頼主へ送るとかストーカー以外の何者でもないんですが)

(不埒な想像で我を汚すな)

 

 さらに殺気が強まるが、それでも自分を暴く理由を知ったことで大人しくなるリーシャ。

 本来ならば闇に潜むはずの凶手が新進気鋭の女優として表舞台に立つなど、かつての己を考えれば同じ疑問を抱いただろうと思うからだ。

 だが暗殺でなく盗撮といった下衆な疑惑を向けられるのは我慢ならない、と感情は語っている。

 

(特務支援課の皆さんは知ってるんですか? 以前、依頼を要請したと伺いましたが)

(貴様のようなイレギュラーを除けば、我の秘密は誰にも知られていない。故に今回の依頼は好機と思ったが……この銀がこんな遊びをすることになろうとは)

(なんて言われて来たんです?)

(守秘義務だ)

(フフフ、息子よ。大方あのツァオ・リーからお前の抹殺依頼を要請された、と誤解を招く言い回しで招待したのだろう)

 

 暗殺者への依頼など、殺し以外は早々ないだろうから納得である。

 ここでリィンはふと、オズぼんの声がヴァリマールを介してリーシャに届くのでは? と期待の目を向けた。

 だが、リーシャはリィンの期待を秘めた瞳に困惑が浮かぶだけで、オズぼんの声が聞こえている様子はない。残念。

 

(言っておきますが、今回はユウナが居るので即死トラップなしですからね? 俺を狙うなら問題ありませんが)

(ターゲットから狙って来い、などと言われたのは始めてだな)

(ちょっと色々強くなるために模索してる最中なので、強敵が襲ってくるなら問題ないです。というわけで、どうです? 今なら無料で受付中ですよ)

(……クロスベルを救った英雄ともなれば、対価は相応に上がる。何より、帝国の皇族兄弟が背後に居る。そう考えると迂闊なことは出来ん。

 故に、今回の依頼は不満ではあるが、ある意味では請け負って正解と言える。貴様に攻撃を仕掛けても周囲の文句がないのだからな)

 

 今回のチェイスバトルは運転席以外に天井や窓のない、トラックタイプの導力車を使用する。

 ユウナがそれを運転し、荷台にリィンとフィーが配置。

 そこへガレスが運転する導力車に乗ったシャーリィが攻撃を仕掛けて二人を振り落とせば彼女の勝利、古戦場まで到着すればリィン達の勝利というものだ。

 

 荷台の上、という限られたフィールドのため回避を主な防御手段とするフィーには厳しい戦いが強いられるが、不利な戦いも良い経験として頷いている。

 リーシャ……《銀》に与えられた任務は、そのサポートである。

 またの名を、トラップ担当とも言う。

 

(俺とフィーは構いませんが、ユウナへの攻撃は禁止ですよ?)

(弁えている。ただの一般人を無為に襲うほど《銀》の名は安くない)

 

 ただ、ユウナが居ることを考えて運転手への攻撃は厳禁。怪我を負った時点で負わせた側の失格とのことだが、リィンは元々ユウナを傷つけさせる気は毛頭なかった。

 フィーにもそのことを伝えているので、アタッカーはフィーが担当し、リィンはディフェンス担当と言える。

 いざとなれば騎神を呼んで中に避難させるから、と言えばマジ勘弁してくださいとユウナに言われてしまったが。

 

 今回のルールにぬるいなあ、とシャーリィは言っていたものの、逆に言えばリィンとフィーには攻撃出来るなら、と納得してくれた。

 とはいえ、シグムントから相手を傷つけず精神的な威圧を与える訓練と思えばいい、という言葉のおかげかもしれないが。

 逆に言えば、ユウナはある意味で一番苦労するハメになるとも言う。

 

(それで、アルカンシェルに居る理由は教えてくれるんです?)

(……依頼とは無関係だ。それ以上は教えてやらん)

(へー。イリアさんと仲良いみたいですし、スカウトされた後に友達になったんですか?)

(………………)

 

 その問いにリーシャは答えない。

 ただ、アルカンシェルに居る理由がイリア・プラティエにあるというのはなんとなく伺えた。

 事実、リーシャがアルカンシェルに居るのはイリアにスカウトされてのことだ。

 通商会議一日目の夜、アルカンシェルへの観劇で直接会った印象は炎の舞姫の異名に相応しいものだった。

 彼女のアクティブさは好ましいと思うし、仮に《銀》相手にも役者にならないかと誘い文句を言いそうな性格だと思う。

 

(実際、彼女の演技への姿勢はお前の印象と大差ないだろう。相手が誰であっても、それこそ相応しいと思えばシグムント・オルランドすら誘うのではないか?)

(なるほど、親父もそう思ったんだな。それなら暗殺者くらい平気で誘うか)

(何を頷いている)

(いいえ、なんでも)

 

 ふと、リィンはあの時のことを聞いてみようと尋ねた。

 

(ところでクルト……セドリック殿下の護衛役の男の子と話してた女の子いましたよね? 確かショートカットで男とも見られそうな女の子)

(シュリ・アトレイドのことか)

(その子です。最初、皇族の護衛に因縁付けられているのか、と思ってリーシャさんがかばうように立ってましたよね?

 結局、シュリって子がクルトにぶつかって荷物を落としてしまったのを、拾っていただけってことでしたが)

(それに何の関係がある)

(すぐわかることを、遠目で見て心配して駆け寄ってしまうほど、アルカンシェルに入れ込んでるんだなって)

(………………何がどうあって、そんな印象になる)

(俺が勝手に思ってるだけです)

 

 言い切るリィンを、リーシャがじっと見据えた。

 当日にクルトからその様子を聞いた印象もある。

 それでも、リーシャからクルトへの悪意を感じることはなく、シュリという少女は純粋に彼女を慕っていると思った。

 リーシャは彼に何か言うわけでもなく、踵を返してリィンに背を向ける。

 

(そろそろ私は罠を仕掛けに行く)

(わかりました。くれぐれもユウナには)

(二度は言わん)

 

 そう言ってリーシャ――《銀》は一瞬で姿を消す。

 リィンは現在鬼の力により力の流れを普段以上に感じているため、転移にも見える彼女の隠蔽が光学迷彩のような見事な幻属性の流れを感じた。

 風景に溶け込むそれは、リィンと《銀》を見ていたユウナ達に大きな驚きを与えている。

 

 そして《銀》からの連絡を受けたツァオが準備の完了を告げる。

 それは、チェイスバトルの始まりを意味していた。

 リィン達は導力車の荷台に乗り込むものの、運転席のユウナは浮かない顔だ。

 どうかしたのかと聞けば、ため息混じりのセリフが返ってくる。

 

「あの、ところで私って警察学校の生徒なんですよ」

「知ってるけど?」

「これ、アクセル踏み切るとスピード違反ですよね? 取り締まる側が違反とか洒落にならないんですけど」

「ええ、存じていますよ。ですがその法律にはこうもあります。――ただし、魔獣からの逃走など、一定の状況においてはその限りではない、と」

 

 ユウナに疑問にツァオが答えると、シグムントが笑みを浮かべながら首をある方角へ向ける。

 すると、そこには赤い獣型の魔獣が涎を垂らしてリィン達を見つめており……

 

「ま、まさか……」

うっかり(・・・・)手綱が取れてしまったようだな」

「ユウナ、アクセル全開!」

 

 魔獣――赤い星座が調教するブレードクーガーが動くと同時にユウナは導力車を発進させる。

 フィーが双銃剣から弾丸を撃ってブレードクーガーを牽制することで足を止めたが、魔獣を追い抜いてもう一台の導力車――シャーリィが乗るメインの追跡者が動いた。

 

「あああああああ教官ごめんなさああああい!」

「大丈夫、許す!」

「リィンさんは教官じゃないでしょう!?」

「ん……リィン、前から来るよ」

「了解。ユウナ、前の魔獣は俺がなんとかするからそのまま突っ込め!」

「むちゃくちゃ言うなあ!」

 

 クロスベル街道を走る導力車の進路を阻害しそうな魔獣は、リィンが緋空斬で一刀の下に切り伏せる。

 シャーリィのテスタ=ロッサからの銃撃はフィーが撃ち合うことで掃射を減らしているが、それでも導力車に銃弾が当たり甲高い音を立てて弾かれる。

 

 避けづらそうなフィーを援護するべく、可能な範囲で緋空斬による牽制をシャーリィにも向けていく。

 そのフォローもあり、二人はなんとか最初の銃撃を無事にやり過ごした。

 今回のルールで威力を調整されたライフルに不満顔のシャーリィだが、代わりに弱体化を受けないチェーンソーを起動させる。

 

「ガレス!」

 

 シャーリィの声に、赤い星座側の運転手であるガレスが導力車を加速させる。

 同じスペックであるものの、まだユウナのほうに躊躇があるのか二つの導力車はすぐに距離を縮めていった。

 

「この!」

「甘いよ!」

 

 フィーの双銃が撃ち込まれるが、シャーリィはそれを回避。

 すでに手を伸ばせば届く距離まで接敵したシャーリィは、こちらに飛び移りながらテスタ=ロッサの回転刃を叩きつけてくる。

 フィーは咄嗟に双銃剣を交差させるが、ただでさえ重い一撃に加えて回転が加わることで武器を弾かれないようにするのが精一杯。

 踏ん張りはすぐに限界を超え、フィーは直撃こそ避けたが減衰されたテスタ=ロッサの一撃が荷台へ叩きつけられ、導力車がシャーリィの一撃によって傾いた。

 

「わああああああ!?」

 

 すでにユウナは涙目だ。

 そこへシャーリィは追撃を仕掛けようとするが――瞬間、獣のような俊敏な動きで跳躍し赤い星座の導力車の荷台へ戻っていった。

 フィーは痺れの残る腕を堪えながら背後へ目を向けると、納刀したリィンがこちらに目を向けているのが見えた。

 

「ほんと獣じみてるな……」

 

 どうやら抜刀術でフィーを援護しようとしていたらしい。

 それに気づいたシャーリィが咄嗟に離れた。先程の攻防はそれだけのこと。

 だが、フィーは迎撃を行うことが出来ずに不満が顔に出る。

 

「ガレス、もっかい!」

 

 言葉通りガレスが導力車を寄らせる。

 そこへリィンは荷台に手をかけ、飛び降りるように体を横に倒して空に身を投げた。

 

「そう簡単には、行かないっての!」

 

 繰り出されるのは、鬼気を込めた蹴りの一撃。

 銃弾を弾く赤い星座の導力車の装甲に打ち込まれたそれは、車体を大きく揺らし転倒させる勢いで衝撃を与えた。

 ガレスが咄嗟の運転でリカバリーをすることで立て直すが、彼に出来たのはそこまでだ。

 フィーは戦術リンクによってリィンの行動を理解していたため、寄らせないとばかりに双銃による乱射を行う。

 腕の痺れもあり、命中はなかったが一定の距離を稼ぐことに成功する。

 

「え、何? 何があったんですか!?」

「リィンが導力車を蹴って下がらせただけ」

「だけって範疇の規模じゃないでしょ!?」

 

 ユウナの悲鳴はさておき、フィーは腕の痺れが取れてきたのを見計らい息を整える。

 現在は東クロスベル街道の最初の通り道と、カーブが過ぎ去ったところだ。

 リィンが先に見える釣り場を残念そうな顔で見送った先、次は問題のS字カーブ。

 仕掛けてくるならここだろう。

 

「今度も直に仕掛けてくるかな?」

「ううん。きっとトラップの類。リィン、地面の変化ってわかりそう?」

「今なら余裕」

「ん。ならユウナへの指示をお願い」

「任せとけ」

 

 そう言ってリィンはユウナに寄り、灼眼によって鍛えられた視力で道に仕掛けられた罠を看破し、ユウナにそれを踏まないよう指示していく。

 

「そんな細かいこと出来ませんって!」

「大丈夫、ユウナはやれば出来る子だ」

「何を理由にそう言い切るんですか!」

「俺の知ってるユウナなら問題ないよ」

「まだ出会って十日もないです私達!」

 

 コントじみたやり取りを行いながらも、踏みそうになればリィンが強引に導力車へ破甲拳を打って強引にずらす。

 そのたびにユウナの悲鳴が聞こえてくるが、フィーは心の中で黙祷を捧げながら次の手を考えていく。

 

(事前に調べたテスタ=ロッサのデータとの照らし合わせは完了。あとは……)

 

 ユウナの運転する導力車はS字カーブを曲がり、アルモリカ古道へ進んでいく。

 フィーはリィンの援護と合わせて、シャーリィの銃撃を避けながら撃ち返す。

 シャーリィが苛立ち混じりにタイヤを狙おうとすれば、リィンが即座にその狙いを見抜いて緋空連斬を飛ばして阻害する。

 厄介だねえ、と嬉しそうに笑うシャーリィ。リィンはシャーリィを獣じみた察知能力と評したが、フィーからすればどっちもどっちだった。

 

 再び赤い星座の導力車が加速。

 それは、シャーリィが乗り込んでくる合図だ。

 フィーは今度は上手くやる、と構えリィンもすぐにフォローを行うべく視線をシャーリィへ向けた。

 

「――外したな?」

 

 そこに届く静かな、それでいて確かな存在感をもたらす《銀》の声。

 リィンは咄嗟に《銀》を探そうとするが、その瞬間にガレスが導力車のスピードを下げた。

 それを疑問に思うより早く、衝撃は下からやってきた。

 

「えっ」

 

 呆然とするユウナの声。

 彼女の視界は今、空が目の前に見えていた。

 それが意味することは、下からの衝撃によって突き上げられた車体が宙を舞っているということだった。

 

 《銀》が仕掛けた符術による地雷。

 導力すら見抜くリィンの灼眼に気づいた様子はないが、その豊富な経験から生半可な罠では見抜かれると実感した《銀》は遠隔操作式の爆雷符をリィンの目線が切れた瞬間に起動したのだ。

 

 そして狙い通り、彼らは宙を舞う。

 これにて決着と誰もが思ったが、彼は諦めなかった。

 

「フィー!」

 

 リィンはその瞬間、鬼気を全開にして太刀へ込める。

 フィーはリィンの言葉を即座に理解し、鍛えられた感覚を総動員して荷台から運転席へ乗り込み、ユウナを支えながらアクセルを踏む。

 宙を飛びながら無意味にタイヤを回す導力車に、シャーリィは《銀》の一人勝ちかあとぼやいた次の瞬間、壮絶な力を感じて鳥肌が立った。

 

「劫ぉぉぉぉぉぉ……炎撃!」

 

 反転した車体が地面に叩きつけられる寸前、リィンは力に身を任せた斬撃を放つ。

 導力車より早く地面に叩きつけられた太刀は、爆発を起こしたかのような衝撃を生んだ。

 結果、導力車は再び反転し――傍から見れば一回転して綺麗な着地を決めていた。

 

 唖然とする一同。

 そしてユウナへの怪我を防ぐために、彼女を引き抜かんと運転席へ放り投げられていた《銀》のワイヤーは、リィンに切られ回収されてしまう。

 そしてフィーがアクセルを踏んでいたということは、減速した赤い星座の導力車との距離を伸ばすことを意味していた。

 

「よし!」

「……………よし! じゃないですよ!?」

 

 復帰したユウナが絶叫する。

 導力車が一回転して元に戻ったという事実を、ユウナはようやく理解したのだ。

 

「大丈夫、怪我もしてない」

「そういう問題ですか!?」

「ユウナ、それより運転お願い。まだあっちは諦めてないから」

 

 フィーはユウナを離して再び荷台へ移る。

 すると、風のアーツを使って強引に加速させながらこちらへ迫るシャーリィが見える。

 その表情は獰猛な笑みを浮かべており、リィンの劫炎撃の威力に血が騒いでいるようだった。

 

「最後の特攻、かな?」

「だろうな。こっちのことは気にするな」

「ん、お願い」

 

 言うが早いか、フィーはその場で飛び上がる。

 彼女は両足を閉じるように狭め、足裏をリィンに向けていた。

 そこにリィンは納刀した鞘をぴたりと接着させるように置き――

 

「せいやぁ!」

 

 振り抜いた。

 八葉の剣技によって加速されたフィーは、再び宙に身を踊らせる。

 強引な加速による歪な発射だが、妖精(シルフィード)の名に恥じない軽やかな身のこなしによって、フィーは鮮やかに赤い星座の導力車の荷台――敵地へと降り立った。

 シャーリィは一瞬呆気に取られたが、すぐにテスタ=ロッサを振りかぶる。

 

「今度は、届かせてもらうよ」

「やってみなよ、妖精!」

 

 荷台の上という不安定な戦場。

 それでもフィーの舞うような動きは分け身を生み出してシャーリィを翻弄し、テスタ=ロッサの一撃を次々に避けて反撃していく。

 だがフィーの双銃剣も、シャーリィの獣じみた反射神経により中々当たることはない。

 その間、リィンは同じく荷台に音もなく飛び移ってきた《銀》と対峙していた。

 古戦場まであと少し。

 決着の時は近いと二人は同時に思った。

 

 リィンは納刀したまま、腰だめに構える。

 鬼気を見せつけるように鬼眼を解放すれば、《銀》は迂闊に攻撃を仕掛けられないでいた。

 踏み込めば、斬られる。

 伝説の凶手をしてそう感じる技が、そこにあった。

 互いに沈黙する間、フィーとシャーリィの戦いは激化する。

 

 テスタ=ロッサの大振りの斬撃をバックステップで避けたフィーへ、シャーリィはライフルによる掃射を放つ。

 フィーは身を屈め、狭い荷台の上にも拘らず滑るようにシャーリィへ疾走。だがシャーリィもまた、フィーへ向けて突進していた。

 

「スカッド……ウイング!」

「ブラッドストームゥ!」

 

 地を這うような振り上げ、大地を砕くような振り下ろし。

 互いに直線距離からの交差。

 互いの刃が激突する寸前、フィーはテスタ=ロッサの機関部分を狙い一発の銃弾を撃ち込んだ。

 瞬間、テスタ=ロッサの動作が止まった。

 

「あれぇっ?」

「生憎だけど」

 

 シュミットが解析したテスタ=ロッサの性能をリィンが持ち帰ったことで、フィーはテスタ=ロッサの詳細なデータを知り得ていた。

 アリサに頼み同席して睨めっこしたデータの分析によって、何をどうすれば何が働かなくなるなど、その動作の流れを頭に叩き込んでいた。

 

「それは知ってる」

 

 そのための一発。

 銃弾により、一瞬だけ稼働を止めたテスタ=ロッサはフィーの斬撃を防ぐことは叶わない――そう判断したシャーリィはテスタ=ロッサを投げ捨て、己の拳で双銃剣を迎撃した。

 シャーリィの強引な切り返しに、彼女の拳から鮮血が滴るもフィーの武器が弾かれる。

 リィンの鬼気に刺激され、今のシャーリィの闘志は溢れんばかりに沸き立っており、その気迫はシャーリィの身体能力をさらに上げていった。

 

「知られても、どうにかするのが猟兵ってね!」

「――――言ったよね」

 

 だが、得物を失ったフィーに動揺はない。

 

「それは、知ってるって」

「何の余裕――!?」

 

 シャーリィがそのフィーへ向けて振り抜いた拳はしかし、顔を通り抜けていく。

 

「感触がない……これって――!?」

「シャドウ――ブリゲイド!」

 

 そこへ、フィーの分け身(・・・)達がシャーリィへ殺到する。

 リィンの実体を持つ分け身を参考に、彼女のそれもまた進化していた。

 リィンほど反則ではないが、高まった精度の分け身は闘気の代わりに冷静さが欠けたシャーリィを騙すには十分だった。

 武器を失ったといえ、加速の乗ったフィーの拳を受け、荷台の外へ吹き飛ばされるシャーリィ。

 すぐに受け身を取り起き上がろうとするが、そこに飛来したものがシャーリィの動きを止めた。

 

「それは、《銀》の――」

 

 そう、リィンが回収した《銀》のワイヤーだった。

 つまり、とシャーリィがユウナが運転する導力車へ目を向ければ、そこに《銀》はおらず、リィンがワイヤーを投げている光景が見える。

 目を向けた一瞬の間にリィンはワイヤーを使ってフィーを回収し、荷台へ戻す。

 同時に古戦場へと駆け込む導力車。

 それは、このチェイスバトルがリィン達の完全勝利を意味していた。

 

 

「ふう、疲れたなあ」

 

 クロスベル駅から発車した大陸横断鉄道で帝国へ戻る路線を進みながら、リィンはぐっと伸びをする。

 チェイスバトルに勝利して、気持ち良く寝れそうだ、と言ってあくびを噛み殺す。

 

 あの後、古戦場からは互いの導力車で戻る予定だったが、気持ちが切れたユウナが動かなくなってしまったので赤い星座の導力車の荷台に乗せてもらって帰還した。

 復活後も無言でポカポカとリィンの背中を叩き続けるユウナの姿はシュールな光景だったが、彼が痛みを感じていない様子を見るに怒ってますアピールのようだった。可愛らしいものである。

 

 ルールありの勝負といえ、シャーリィ相手に勝ったのはフィーにとっても自信が付く経験となった。

 あれが実戦なら勝負は続き、今度は不意打ちも通じることはないだろうが、勝負は勝負。

 以前の雪辱を果たしたことで、フィーにとっても今日の出来事はたしかなまんぞくである。

 シャーリィはと言えば、シグムントにまだ甘いとこぼされて不満げだったが、以前は自分がその立場だったのでこれでおあいこだ、とフィーはその光景を思い返す。

 

「そう言えば、《銀》はどうやって荷台から落としたの? 私が見た時にはもういなかったけど」

「お互いに千日手になってな。それなら二人の戦い次第、ってことになって見守ってたんだけど、フィーが分け身でシャーリィを騙した時に決着が付いたって判断して消えたんだよ。

 そこからは知っての通り、俺がワイヤー投げてフィーを回収して大勝利ってわけだ」

「あのワイヤーは?」

「切断されたものをわざわざ押し付けるなって怒られたから、俺が持ってるよ」

「《銀》の使う道具なんだし、上等そうな気はするけどね」

 

 ただ、ゼムリアストーン製の太刀に加えて鬼の力を使ったリィンの斬撃だ。

 それを阻めるワイヤーは早々ないだろうけど、と思うフィーだった。

 当の《銀》は、消える前にリィンと少し話していたようだったが、なんでもないことだと言って詳しくは教えてくれなかった。

 基本的に隠すという行為をしないリィンがそう言うのだから、本当にただの挨拶か何かだったのだろう。

 

「シャーリィに武器も返したし、しばらくクロスベルへ来ることはなさそうだ」

「そうなの? 今日みたいに自由行動日に簡単に行けそうだけど」

「他にすることがあるからな」

「……アリサのお父さんのこと?」

「それもある。まーそっちに関しては俺が出来ることは少ないから、ラインフォルトへ行ってからが勝負かもしれないな」

 

 相変わらず目の前の少年は、他人の家族問題に首を突っ込む気満々らしい。

 とはいえ、フィー自身それのおかげでルトガーとの再会を果たせた手前何も言うことはない。

 むしろ、アリサも同じように死んだはずの父親との再会が果たせるといいな、と友人を想う。

 

 ちなみに勝者の権利として、テスタ=ロッサを作った工房の名も聞き出している。

 リィンはその事をすでにアリサに連絡済みなので、今頃がむしゃらに調べているのだろう。

 その場ではわからなかったが、ラインフォルトのツテで辿って欲しいものだ。

 

「……リィンはさ、どうしてそこまで世話を焼くの?」

「ただ、家族が離れ離れになってるのが嫌なだけだよ」

「自分のことでもないのに?」

「こればっかりは、感傷に近いかもしれないな。ただ、究極的に言えば俺が嫌だからそうしてるだけだよ」

「……リィンらしいね」

「俺らしいって?」

「割と困ったわがままちゃん」

「男子だからわがままくんで」

「否定はしないんだ」

「わがままくんだぞ」

 

 そんな風に、他愛のない雑談を繰り返していく。

 本当に今日は良い一日だったな、と思いながらフィーは笑みを浮かべる。

 家族を失い、離れ離れになった自分がこんな日だまりのような暖かさを感じることを、フィーは嬉しく思う。

 その心には、涼やかな西風が吹いた気がした。




その後のユウナちゃん
エリィ
「お疲れ様、ユウナちゃ……し、死んでる!?(目が)」
ランディ
「無茶しやがって……」
キーア
「今日はユウナの大好きなお料理、いーっぱい作ってあげるからね……」
ロイド
(なんでだろう、無性にキーアを叱らないといけない気持ちになるのは)
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