「ヴァリマールと《アハツェン》の模擬戦……ですか?」
「ああ。正確には対機甲兵戦術指南、といったところか」
クロスベルから帰国した翌日の士官学院で、リィンはナイトハルトからそんな要請を受けていた。
ガレリア要塞が《帝国解放戦線》に襲われた際、その場に居たにも拘らず列車砲の発射を防ぐことが出来なかったとして、第四・第五機甲師団の立場は少し微妙なものとなっている。
とはいえ軍務の編成には時間がつきもの。
その後の処分が決まるまではガレリア要塞はそのまま第五機甲師団が駐在することになっているが、第四機甲師団の立場は少し宙ぶらりんとなっている。
彼らがそこで合同訓練を受けたのはヴァンダイクを通じたオリヴァルトの計らいであり、本来ならその日に組み込まれる予定のなかった戦力だ。
結果的に防げなかったといえ、彼らが居なければガレリア要塞そのものが奪われていたことを考えると、一概に処罰を与えるということも出来ない。
そのため現在は一時的にトールズ士官学院に戻ったナイトハルトだが、それでもテロリストへの備えを忘れないためにオーラフ中将以下様々なことを行っている。
その一つが、第三機甲師団ゼクス中将が発案した、対機甲兵戦術である。
発案者であるゼクスはリィンとも親交があるクルトの叔父であり、隻眼のゼクスという異名を持つ軍人だ。
機甲兵の存在を知った頃から計画を立てていたようで、実物がない以上机上の空論だったそれが、ガレリア要塞の一件で本格的に考えられることになったそうだ。
《アハツェン》によって機甲兵を撃破したが、それは数が二体でありエマの援護もあってのこと。
複数の生産が予想される機甲兵への戦術の練度を上げるのは必須と言えた。
「そして、ガレリア要塞で撃破した機甲兵だが、シュミット教室の騎神のデータ流用もあって現在は修復が進んでいてな。
こちらでもオリヴァルト皇子経由で機甲兵のデータを入手し、私なりに研究することで操作の目処が立った。
そこで、合わせて私との戦闘テストも行ってもらいたい」
オリヴァルト経由、というのはおそらくエリンにいるシュミットのことだろう。
彼は作り終えた作品には興味を示さないので、ローゼリアかガンドルフ経由でデータを送ってもらったといったところか。
「ガレリア要塞ではミルスティンを筆頭にバレスタインとⅦ組の協力があり、クロスベルはお前や現地警察のおかげで無事であった。
それでも列車砲を撃たせてしまったのは軍人としては不覚の限り。その備えの一環として、可能な限り引き受けて欲しいのだが……」
「俺は構いませんよ。でも、せっかくなら他の人も呼んでいいでしょうか?」
「他?」
「俺以外にもⅤ組のロジーヌが搭乗することが出来ます。修練ってことなら、他にも呼べそうですが……いっそのこと、シュミット教室の全員を招集してはいかがでしょう?」
「ふむ……」
「騎神といった最新技術のデータの収集という部門では、ルーレ工科大学の生徒に負けないつもりです」
「そうだな、こちらで打診してみよう」
頷くナイトハルト。
久しぶりにシュミット教室の面々が集合出来そうで、リィンとしても在籍した手前笑みを浮かぶことを止められない。
(フフフ、息子よ。せっかくなら他に呼んでみてはどうだ?)
(他?)
(ああ、例えば――)
そう言ってオズぼんはその人物の名をあげる。
リィンとしては意外だったが、考えてみれば納得した。
ナイトハルトにその人物の参加の許可を願えば、あちらの都合が合えば問題ないと了承してくれる。
「ではシュバルツァー。今度の自由行動日、前日から予定を明けておいてくれ。最低限、お前が居ればなんとかなるのでな」
「わかりました。詳細が決まったらまた連絡お願いします」
そう言ってナイトハルトと別れると、リィンは早速ARCUSを取り出し、オズぼんが挙げた人物の家へと連絡を入れた。
「こんにちは、トールズ士官学院Ⅶ組に所属しているリィン・シュバルツァーと申します。お世話になっております。このたびの要件なのですが――」
*
九月十一日。
自由行動日の前日、士官学院の授業を終えたリィンは、シュミット教室の一年生メンバーと共に第三機甲師団が守備を固めるゼンダー門へと向かっていた。
二年生メンバーは残念ながら不参加だ。
ジョルジュはアリサから頼まれた導力バイクの件があり、クロウは予定が入っているとのことで、技術面では特に頼れるジョルジュがいないのは残念だが仕方ない。
そしてトリスタからヘイムダル、ルーレを経由した道のり、片道八時間以上の長距離移動は初体験のリィンだったが、雑談などを交えていればあっという間である。
インドア派のムンクも、暇があればネタ探しをしていたりなにかに座る時間は多いということで慣れたものだ。
逆にミントのほうがじっとしているのが苦手だったようだが、それでも一人でないということが彼女の支えとなり、時に列車内を探索しながらも久しぶりの友好を結ぶ。
(そう言えば、ベリルとミントはⅢ組、Ⅴ組はロジーヌにムンク。Ⅶ組は俺とエマ……ジョルジュ先輩は2年Ⅲ組、クロウ先輩は2年Ⅴ組。
こう考えるとシュミット教室のメンバーって、結構バランスが良かったんだな)
(1年ハトモカク、2年ハ些カ強引デハナイカ?)
どうでもいいことを考えるリィンは、ヴァリマールに突っ込まれながら一人思案する。
その対面では、ベリルがいつも通りの怪しげな笑みをリィン――でなく、その隣にいる人物へ向けていた。
「ウフフ、因果の変化は時に出会いの短縮となる……」
「え、えっと……」
「貴方と私は本来なら出会うのがもう数年先だったはずなのだけど、これも因果――リィン君の導きというやつね」
「きょ、恐縮です……」
前に座るベリルの目線の先には今回の呼び出しを請け負い、ヘイムダルで合流した少年、クルト・ヴァンダールの姿があった。
リィンはナイトハルトからの要請の後、すぐにヴァンダール家へ連絡を入れてクルトの参加をヴァンダール家へ取り次いだ。
その後、セドリックからも護衛役のスケジュールに融通を効かせてもらったものの、彼も行って見たかったということなのでお土産話を持ち帰らないとな、とクルトを激励する。
面識のないシュミット教室のメンバーとクルトの間に微妙な空気が生まれたものの、そこはリィンの仲介でそつなく紹介を終えた。
そして現在、何故かベリルがクルトに興味を覚えていたようで、その独特の雰囲気を持って彼に口ごもらせていた。
「クルト、ベリルは一見とっつきにくそうだけど、言葉を理解すれば意外と話上手でもあるんだよ。占いをやっていただけあって、言葉を汲み取るのが上手いんだ」
「占い、ですか……」
「貴方も試してみる? ベラ・ベリフェス様も構わないと仰っているわ」
そう言って水晶玉を掲げるベリル。
怪しげな光を称える水晶玉を眺めながら、クルトは静かに首を振る。
「数ヶ月前なら気になっていたかもしれませんが、今の僕はしっかり道が見えているつもりなので、ご遠慮させていただきます。ですが、ご厚意には感謝を」
「ウフフ、本当に、面白いわ」
ベリルだけが納得している言葉に困惑するが、こういうのは気にしてはダメだとアドバイスする。
生真面目なクルトはそれでも気になってしまうようなので、強引に話題を切り替えた。
「でも、急なお願いを引き受けてくれて助かったよ」
「僕としても、叔父上に久しぶりに会うのが楽しみですからね。それに……やはり、帝国が迎える変革の一端をこの目で見届けたい、というものがありました」
「変革、ですか?」
その問いを発したのは、ベリルの隣に座っていたロジーヌ。
彼女はリィン同様にヴァリマールを操作して、ドラッケンに乗ったナイトハルトや《アハツェン》との模擬戦を控えている。
そのため明日に備えて静かに瞑想をしていたはずだが、どうも中断させてしまったようだ。
「はい。個人の剣が意味を成さない……そんな時代を、予感しまして」
クルトの表情に少し陰りが生まれる。
だが、それでも彼は予感を口にした。
「クロスベルでの騒動……僕や兄上の出番がなかったことは素直に嬉しく思いますし、特務支援課やクロスベル警備隊がテロリストを制圧した時は、我が事のように思いました。
ですがその後、リィンさんが列車砲を防いだという事実を知り……あの場にいる誰もが、リィンさん以外にはそれを成すことが出来なかった。
個人の剣では、殿下はおろか他の誰も守ることが出来なかったでしょう」
「クルト、それは……」
「いえ、わかっています。列車砲という兵器と生身を比較することが間違っているのはわかっています。
ただ、その後殿下が口にした言葉が忘れられないでいるんです」
「セドリック殿下が?」
「はい。――『ヴァリマールが居れば、誰が襲って来ても問題なさそうだね』と、殿下からすれば気軽な軽口だったのかもしれません。
ですが僕には、ヴァリマールがいなければ対処出来なかったという考えが離れないんです」
それは、アルノールの守護役という任務を経験することで、新たに意識の変化を迎えたクルトならではの結論だった。
セドリックは全力でなかったといえ、ヴァリマールとテスタ=ロッサ、灰と緋の戦いを直接目にしている。
その経験が口にさせた言葉だとしても、ある意味での真実がそこにあった。
「その後、ガレリア要塞でも支配された《アハツェン》や新型兵器である機甲兵により落とされかけたとの報を聞きました。
その場にいた第四・第五機甲師団やリィンさん達が所属するⅦ組の活躍でその場はなんとかなったそうですが……
それでも、父上や兄上は言っていました。今後は、戦車でなく機甲兵が主流の時代が訪れる。騎神ほどでなくとも、機甲兵が戦場を支配し、空を駆ける未来が迫っているかもしれない、と」
「つまり、クルトはそれを知るために今回の要請を受けたってことか」
頷くクルト。
それは、サラがⅦ組をガレリア要塞へ訪問させた狙いに似ている。
帝国が抱えるチカラ、その暴力の本質や性能を直接確かめるということだ。
アルノールの守護役であるクルトにしてみれば、今回の対機甲兵戦術も含めて将来を考えれば無視できない要素であったのだろう。
「今回鹵獲した機甲兵も、今は《貴族派》が所有しているといえ、今後はそれを解析して帝国軍へ配備される可能性もあるでしょうしね」
「加えて、俺とロジーヌはあのドラッケン以外の機甲兵とも遭遇しているからな」
「はい。ドラッケンよりも俊敏な動きを可能とする機体――ケストレルと、巨人を思わせるゴライアス。あれが量産されているかは不明ですが、少なくとも《帝国解放戦線》はその二体を所有していることに違いはありません」
ロジーヌの表情も固い。
ゴライアスはともかく、ケストレルに乗っていたであろう姉のように慕っていたスカーレットなる人物のことを想起しているのだろう。
「ルーファスさんが《帝国解放戦線》を追い詰めたって言っても、結社を捕縛したわけじゃない以上、活動を止められないしな……」
「そう言えばリィンさん、今回の件にユーシスさんも誘っておりましたね。それにフィーちゃんも」
道を挟んだ隣の座席に座るエマの疑問に、リィンは答える。
「ああ。ヴァリマールを操作するっていうなら、金の体験版ってことでどうだ、ってことと、ルトガーさんのあの紫への対処として提案してみたんだけど……」
ユーシスはルーファスの手前、他の騎神へ乗ることをよしとせず、フィーはシャーリィとの対決でまだ彼女にも家族にも届かないと実感したため、サラを誘って稽古に励むそうだ。
乗るなら早いほうがいい気はするが、彼らがそういうのならと無理強いはしなかった。
ふと横を見れば、窓の外はすっかり暗くなっている。
前日にゼンダー門に到着して一泊、翌日に要請の模擬戦なので暗くなってから到着するのが自然といえ、夜の列車というのも何かと趣がある気がした。
そんな風に夜の列車の景色にテンションを挙げつつ、シュミット教室のメンバーはゼンダー門へと到着するのだった。
*
「第三機甲師団長、ゼクス・ヴァンダールだ。深夜の訪問、そして無茶な要請を引き受けてくれて感謝する」
ゼンダー門へ到着したリィン達を待っていたのは、中将自らによる歓迎だった。
今回の要請はナイトハルトを経由したといえ、元はゼクスからの依頼なので足を運ぶのはおかしくはないのだが、それでも部下でなく自らが出迎えるのは彼の人柄を示しているようだった。
「叔父上、お久しぶりです」
「うむ、久しぶりだなクルトよ。そなたが参加すると聞いて驚いたものだが……よき縁があったようだ」
「気苦労も多いですが、それと見合った……それ以上のものを感じております」
甥と叔父の会話がひとしきり済んだところで、リィンはゼクスに挨拶を交わす。
この中ではクルトとエマ以外は初対面であるため、シュミット教室の一同が揃ってリィンに倣う。
ゼクスは鷹揚にうなずきながらも、今日は遅いということで早速部屋を手配してくれる。
男子部屋では、クルトがセドリックの護衛ということでムンクが質問攻めを行った。
皇族の護衛ということなら、ネタの宝庫だと判断したようだ。
列車の中では一応自重していたそうだが、周りの目がいないので我慢が効かなくなったらしい。
今日は遅いからほどほどにな、と言ってリィンは床についた。
クルトは助けを求める目をしていたが、今後皇族の護衛として社交界などに出る時に質問攻めされた場合の勉強だと言えば納得してくれた。
正直生真面目過ぎて、将来騙されないか不安になったのはここだけの話である。
翌朝、エマはリィンが抜け出すことなく客間で寝ていたことに驚いていた。
「まあ確かに、ノルドにあるっていう巨人像とか見てみたかったけど」
「そういうところです」
「ウフフ、水晶玉越しで良ければ見せてあげるわよ」
「助かる」
「案外ベリルさんって、リィンさんに甘いですよね」
そして翌日、すでに現地入りしていたナイトハルトも含めた対機甲兵戦術の要請が始まった。
「ってぇ!」
「くっ……!」
第三機甲師団の《アハツェン》による囲い込みからの砲撃に、ヴァリマールを操作するロジーヌが苦悶の声をあげる。
直撃こそしていないが、爆風によって機体のバランスが崩れてしまい、転倒しそうになるのをどうにか防ぐので手一杯。
ロジーヌは攻撃に転じることが出来ずに、《アハツェン》部隊の攻撃前に逃げ回る他ない。
模擬戦のため導力砲弾の威力は下げられているが、直撃すれば『今』のヴァリマールでは撃墜されてしまう。
騎神としての性能を発揮すると訓練にならないとして、ヴァリマールはスペックを制限させている。
具体的に言えばドラッケンと同程度だ。
ヴァリマールとしては力を抜く感覚だそうだが、数値化されたデータが揃っているのもありドラッケンと同程度の性能へ抑えることを可能としている。
だが、逆に言えば騎神の性能に慣れたロジーヌの操縦に違和感を与えていた。
「普段の感覚で動いちゃダメだ、スペック任せじゃなくて、もっと早い段階で対応……予測も交えるのを第一にな。……厳しいようなら代わるぞ?」
「いえ、まだやれます!」
リィンは操縦席で必死にヴァリマールを操作するロジーヌに発破をかけながらも、ゼクスが仕掛ける対機甲兵戦術を体験していた。
機甲兵の強みは人と同じ動きが可能とすることだが、演習場は元々戦車が主流の時代に作られたものだ。
遮蔽物のない戦場では、その機動性を存分に活かすことは出来ない。
それでも小回りなどで有利は取れている。
事実、一対一ならばロジーヌは問題なく《アハツェン》を追い込み、一対ニでも今までの訓練の成果もあり互角に持ち込んでいた。
この調子なら三台でも出来るかな、というリィンの考えはしかし、ゼクスが指揮する部隊の連携さを前に散らされた。
(フフフ、二段、三段。それすらも捌かれた場合の後備え……砲撃と装填、機動力を知り尽くしたからこその動きだな)
(それでも機甲兵と対峙するのは初見のはずなのに、慣れたように動いてくるのはやっぱすごい)
互いが互いにフォローを行える連携は戦術リンクを想起させるものがあり、どの《アハツェン》からでも同じ動きを可能としている。
練度の高さもだが、ヴァリマールの動きを予測した射撃能力の高さにも目を見張るものがあった。
結局、三戦目でロジーヌは白旗をあげることとなり、汗だくとなって息を荒げるロジーヌにタオルとドリンクを渡して息を整えさせる。
「急いで飲むと詰まるから、ゆっくりな」
「は、はい……」
ペットボトルの中身を満たすドリンクを一気に半分飲み干し、息をついたロジーヌは顔を拭きながら首にタオルをかける。
ドリンクは魔女の里手製のものであり、疲労回復の効果が強いそうなので、少しすれば落ち着くことだろう。
息が整ったところを見計らうように、コクピットの中にミントからの通信が入った。
「ロジーヌ、おつかれー。大丈夫?」
「はい……なんとか」
「一応次もスタンバってるけど、この様子だと休憩挟んだほうがいいかな」
「俺が代わるから、ロジーヌは休ませてくれ。エマ、悪いけどロジーヌのこと頼む」
はい、という声が届くとリィンはロジーヌを外へ転移させる。
ロジーヌが地面に足をつかせると、ふらつきそうな体を備えていたエマが支えて退避させていく。
その様子を見送っていると、通信にクルトが割り込んだ。
「次はリィンさんですか?」
「ああ。普段とは違うけど、生身で戦うより楽だから打ち破るつもりで挑むよ」
(生身で戦車に挑むというのがおかしいはずなのに、リィンさんなら普通にやりそうと思ってしまうな)
とはいえ、クルトにとって見取り稽古にも等しい稽古になりそうだ、と口には出さずに待機する。
ゼムリアストーンの太刀でなく機甲兵ブレードを携えたヴァリマールの眼前に、三台の《アハツェン》が並ぶ。
ロジーヌが突破出来なかった布陣にも、リィンの顔に焦りはない。
「では、始め!」
ゼクスの号令で《アハツェン》が車輪を回す。
初撃は《アハツェン》。
だがその動きを予測していたリィンは砲が向いた瞬間に回避行動に写っており、二撃目もスピードにものを言わせて回避、三発目は盾でいなして突っ込んでいく。
迎撃戦術を取る第三機甲師団の小隊だが、彼らはここで先ほどとの違和感に気づいた。
性能こそ同じだが、搭乗者の違いから生まれる技量の差は明確な脅威となって襲いかかる。
「緋空斬!」
機甲兵から放たれた八葉の技が《アハツェン》を襲う。
近距離攻撃しかなかったロジーヌと違い、リィンは遠距離斬撃を可能とする。
だがそこは精鋭である第三機甲師団。
すぐに対応し、焔の刃を避けて再び連携を取ろうとするがそこに八葉の風が吹いた。
「弐の型、疾風!」
独特の歩法から繰り出される高速の疾走が間合いを切り裂き、崩れた包囲の穴を広げていく。
同時に接近した《アハツェン》へ繰り出された斬撃は、攻撃力が劣るといえ技量が上乗せされた一撃となって迫る。
装甲を裂くことはなかったが、激しい衝撃が《アハツェン》を襲う。
生身であっても瞬間移動に等しい八葉最速の剣を前に、《アハツェン》は車体を旋回させながら吹き飛んでいく。
その様子を見て攻撃後のヴァリマールへ砲火を選択した《アハツェン》であるが、その判断は当然だがリィンの前では悪かった。
「残月!」
砲撃は機甲兵ブレードによって受け流され、後備えの砲撃も回避。
一台目の《アハツェン》は吹き飛ばしから体勢を整えてる最中であり、装填までの僅かな隙が生まれてしまう。
本来ならば一台目の《アハツェン》が三台目の《アハツェン》の隙を補うのであるが、疾風からの復帰の遅さが勝負を決した。
「螺旋撃!」
即座に二台目へ迫ったヴァリマールの一撃が《アハツェン》を沈黙させる。
三台目の《アハツェン》が装填を終える頃には、ヴァリマールは機甲兵ブレードをハッチの上に突きつけていた。
「そこまで!」
ゼクスの指示が飛ぶことで、模擬戦が終了を迎える。
危なげなく三台の《アハツェン》相手に勝利を収めたリィンを、シュミット教室のメンバーが歓声を以て答えた。
当のリィンは、不甲斐ないと消沈するロジーヌを慰めており、まだまだ余裕があることを伺えた。
「ロジーヌ、ほら今回は法剣やボウガンを制限してるからさ。八葉一刀流はまだ機甲兵ブレードでも流用が効くけど、そっちはそうもいかないし。
実際二台までなら制圧出来ただろう? それは確かな上達の証だよ」
「はい……」
そしてクルトは、生身と遜色ない動きを披露するリィンに憧憬の目を向けていた。
性格はともかく、剣士としては格上の姿は騎神越しといえ見取り稽古に等しい。
そんな視線を受けながら、リィンはさらに模擬戦を重ねていく。
今度はドラッケンからケストレル級にスペックを上げ、高速移動を念頭に置いた模擬戦が展開される。
やはりバーニアを使用したケストレルの機動性には手を巻いたようだが、それでも回数をこなすごとに砲撃の精度が増し、囲い込みの戦術も洗練されていった。
ただ、問題が一つだけあった。
それは、対ゴライアスの模擬戦を行うことが出来ないというものだ。
「エマ、魔術で幻影を見せてゴライアスくらいに大きく見せることは可能か?」
「出来なくはありませんが、実際の能力はどうするんです? 単純なパワーならゴライアスはヴァリマールより上のようですし、装備だって足りませんよ」
「うーん、パワーだけなら鬼の力を併用すれば……」
「ナイトハルト教官との模擬戦だってあるんですよ? ただでさえもう結構体力を使ってるんですから」
それを言われるとどうしようもないため、あの巨人機への対策はゼクスに任せるしかない。
休憩後は、ナイトハルトとの機甲兵の戦闘テストが行われる。
騎神との差を知りたい、ということでヴァリマールも本来のスペックと武器に戻され、普段行うナイトハルトとの稽古を騎神と機甲兵で行う形となった。
「では教官、お相手を勤めさせていただきます」
「フフ、生意気な。むしろかかってくるがいい」
「では、遠慮なく!」
二人の対決は騎神と機甲兵の差が、普段のリィンとナイトハルトの差となって現れた。
本来の速度を取り戻したヴァリマールの動きに翻弄されるドラッケン。
加えて武器もゼムリアストーン製の太刀ということで、備え付けられた盾は軽く両断されてしまうほどだ。
とはいえ、ナイトハルトは達人に相応する武芸者だ。
例え武器と機体の差があったとしても、鍛えられた技は機甲兵ブレードをところどころ欠けさせながら騎神との剣戟を成立させていた。
《剛撃》と称されるナイトハルトであるが、力だけで到れるほど達人の名は甘くない。
相応に磨かれた技はゼムリアストーンの太刀を受け止め、時に武器が欠けることを恐れぬ攻撃――《剛撃》によってヴァリマールを弾き飛ばすほどの膂力を見せた。
だが、そんな均衡も崩れる時が訪れる。
「伍の型――残月」
《剛撃》の振り下ろしに対し、リィンは下方からの振り上げで斬撃を受けながら勢いのままに機甲兵ブレードを弾き飛ばす。
度重なる衝突に耐久性が著しく減った機甲兵ブレードに限界が迫っていたのだ。
流石のナイトハルトも、無手でヴァリマールとリィンを相手に出来るほど自惚れてはいない。
ここでゼクスの合図が入ったことで、両者の対決、機甲兵の戦闘テストの要請はここに終了を迎えるのであった。
ちなみにロジーヌはこの後に騎神と機甲兵でナイトハルトとの模擬戦を望み、粘り強い戦いを繰り広げた結果、ナイトハルトがリィンとの戦いで消耗していたこともあり引き分けに持ち込んだ。
この結果に喜び、勢い余ってロジーヌを抱き上げ、そのまま全員で胴上げしようとしたリィンが、エマの魔術で眠らされたのは完全な余談である。
*
トールズ士官学院、元シュミット教室のメンバーが帰路に着く中、ゼンダー門ではこんな会話が行われていた。
「頼み……?」
「はい、ナイトハルト少佐。貴方にお願いがあります」
蒼灰髪の少年――クルトは力強い意志を秘めた瞳でナイトハルトへ言う。
「僕に、機甲兵の操作法を教えていただけませんか?」
変革を予感するクルトが求めた選択の結末がどこに向かうのか、少年はまだ知ることはない。
早い段階で機甲兵が登場してるので、こんな要請もあるだろうな、というお話。
ついでにクルトも早い段階で機甲兵に興味を覚えたようで?
新Ⅶ組メンバーがどんどん絡んでいく中、黒兎と不良の出番が段々と遠のいていってますが、考えてはありますのでのんびりお待ちくださいませ。