大人達の理事会(回)。
九月十五日、秋晴れの午後。
トールズ士官学院の本校者では、今年度初めてとなるトールズ士官学院・理事会が行われていた。
ヴァンダイク学院長を含む、士官学院の理事達……オリヴァルト皇子・イリーナ会長・ルーファス卿・レーグニッツ知事が一同に会する報告会である。
会議室の前には皇族の守護役であるミュラー・ヴァンダールやメイドのシャロン・クルーガー、公爵家執事のアルノーに知事の補佐役といった付き人達が並んでいる。
サラはかつて父を失った戦いにおいて世話になったミュラーとの世間話などを行っているが、常ならばそこにちょっかいを出してくるシャロンに何もされないことに疑問を抱いていた。
(いやまあ、答えはわかってるのよね……)
それは、先日Ⅶ組一同が揃った夕飯の際にリィンからもたらされた情報。
アリサの父、フランツ・ラインフォルトの生存の可能性だ。
あれ以降、どこかシャロンが日頃から浮かべる微笑に陰りが見えている。
マキアスなどはリィンに何をしたのか詰め寄っていたようだが、情報提供以外に彼がしたことはない。
ならば、その情報自体に憂いがあるということだ。
(ここでちょっかい出すのは簡単だけど、それってあたしにとってのパパの話題みたいなものっぽいのよねー。それも、失ったばかりの頃の)
サラはその豊富な経験から、フランツの話題をシャロンに与えることは目に見えた地雷であると判断していた。
踏んでいいのはアリサくらいで、その彼女もテスタ=ロッサのデータを調べながらフランツの作り出した作品と技術の洗い直しを行っている。
自ら踏みに行くリィンは最近忙しいので、かろうじて心の平衡を保っているといったところか。
ただ、それも今日までだ。
理事会のことはアリサも承知であり、イリーナがトールズに訪れた今、そのチャンスを逃すことなく会議を終えた頃合いを見計らって接触するだろう。
その時に、テスタ=ロッサのデータを収めた記憶結晶とそれを作り出した存在――黒の工房の名を添えて。
(ねえ少佐。皇族の護衛ともなればレディの扱いにも長けているでしょう? 遠距離恋愛してるくらいなのだから、少し会話してみてはいかがですか?)
(……下世話な話題はしないでいただきたい。それと私はあくまで護衛役、あいつのように女性を喜ばせる技術は最低限しか持ち合わせておらん)
(もったいないことで。そちらは弟さんに期待かしら)
言いながら、サラは少女と見紛う中性的な少年の姿を思い出す。
直接出会ったのは四月の頃なので、もう半年近く前の出来事になる。
だというのに、もう何年も昔のように感じてしまうのは日々の密度があまりにも濃すぎるせいか。
クルトの話題を出すと、ミュラーはなんとも言えないように表情を歪める。
(最近の弟は迷いを絶ち、セドリック殿下の護衛として経験を積み始めている……はずだったんだが、最近は特に成長を感じるようになった)
(あら。確かに年の割には腕のいい子でしたが。もう中伝に手をかけているので?)
(それはまだだが、早くても来年にはそれも現実となるだろう。最近、どうやらナイトハルトや叔父と絡んで色々やっているようでな。先日の自由行動日にシュバルツァーの誘いで――)
(あ、もうわかったのでその先は言わなくて大丈夫です)
どうやらクルトもリィンの影響を如実に受けているらしい。
それでも弟の活躍が嬉しいのか、勝手に語り出した話を聞けば、ナイトハルトから機甲兵の指南を受け、ゼクスの対機甲兵戦術の訓練に参加しているとか。
最初は断ったそうだが、覚えるなら早いうちにというゼクスの後押しもあり、三日前に始めたはずなのにすでに機甲兵を動かせるようになっているとのことだ。
意欲と才能が噛み合った、まさに成長期だからこそ為せる技であろう、とミュラーは異母兄弟の今後を思うように笑みを浮かべた。
(アリサもリィンの影響で父親のことを調べているようだし、さてさて、理事会ではどんな風に関わってるのかしらね)
確実に教え子の話題が出ていると断言しながら、サラは閉じられた扉の先をじっと見据えてた。
*
「――今年は異例ずくめでありましたが、以上を持ちまして前期報告を終わります」
ヴァンダイクがそう言って、今年の行事や運営についての報告を告げる。
それに頷いたのはオリヴァルトだ。
「入学した四月から騎神の発掘といったイレギュラーばかりだったけど……こうして聞くと、本当に何事もなかった月が何一つないね」
「四月には騎神の出現、五月に機甲兵の発覚、六月は共和国との戦争の危機に死者が甦ったという事例。
七月は帝都における《帝国解放戦線》の出没、八月はそれらと共和国の《反移民政策主義》も含めた両組織による通商会議への襲撃……今月は一体何が起きてしまうのか、不謹慎ながら期待を覚えてしまうよ」
ルーファスに同意しながら、オリヴァルトはノルドでの一件とノーザンブリアでの猟兵王の復活と合わせて塩の杭のことを隠しきっていた。
この場にいる面子でそのことを知っているのはヴァンダイクだけであり、彼も異例中の異例としか言えない塩の杭を隠すことに異議はなかった。
「そして機甲兵はラインフォルトグループが開発した兵器。これについて、少し意見を伺いたいのですが」
「限りなく黒に近い黒、我がラインフォルトは各部門が独立採算制によって成り立っている故の出来事……コントロール出来なかったのはこちらのミスでありますが、そもそもの発端は《
「私は公爵家に連なる身ではありますが、同時に帝国へ忠誠を誓う者。《帝国解放戦線》なるテロリストに
加えてラインフォルト製の飛行艇までもだ。これがどういう意味かはおわかりかと思われますが?」
「列車砲がクロスベルへ放たれたように、いつその牙が己の身に返ってくるものか。それがわからない貴女ではないはずだ。
一歩間違えれば、皇族の方々や我が盟友はおろか、このゼムリアの国賓達の命が危うかった」
「それは責任転嫁というものですわ。包丁で殺人が起きたから包丁を作った人物へ復讐をする、と言っているようなものです。
何より、話題を逸らしているようですがこの件で一番責められるべきはテロリストの襲撃を許し、あまつさえ列車砲を発射させられた軍隊ではなくて?
まあ、そちらからすれば好都合なのでしょうが」
イリーナとルーファスが視線を交わし、そこにレーグニッツ知事が割り込む。
機甲兵などラインフォルトグループが開発した作品の有用さは、被害を受ける側としてこの上なく発揮されていることはわかっている。
けれども、いかに未来においての成功のビジョンが見えているといえ、現状で不利益しかないため文句が出てしまうのは止められないといったところか。
それらの被害者とも言えるオリヴァルトはどう口を挟むか悩み、ヴァンダイクに目を向ける。
すると彼は心のままに、と言うように後押ししてくれた。
「確かに列車砲や機甲兵の脅威により、僕はおろか生徒達にまで危機が迫ったのは事実だ。けれど、だからといってここで会長を咎めたところで何か変わるわけではないさ。
何よりラインフォルトは帝国や諸外国にも根付いている。ここでの混乱は世の平穏を乱す行為に他ならない」
「ですが殿下。すでに問題が貴族と領邦軍といったものを超えたものとなっていることは、おわかりのはずです」
だがレーグニッツ知事は引かない。
機甲兵の量産は《革新派》によっての不利益、ということ以外にもこの帝国における不穏分子としての存在感を日増しに大きくしているのだ。
その不安は実現し、遂にはガレリア要塞にまで手が伸びた。
事を起こしたのは《帝国解放戦線》。
自身も襲われた経緯から、帝国への不穏分子そのものと言える組織。
不幸中の幸いとして、ルーファスが率先して彼らの拿捕に動くことで被害は減った……のも束の間、結社なる協力者によってその立場はより危ういものとなった。
結社《
かつてリベールにおいて導力停止現象といった事件に関わり、帝国軍の介入すら招いた影響力。
《反移民政策主義》にも蛇の手が伸びている。
そう考えるのは自然であり、これは帝国だけの問題を超えつつある。
だからこそ焦らず、一つ一つ問題を解決していくべき、とレーグニッツ知事は言う。
「聞けば、ガレリア要塞襲撃においてはラインフォルトが開発された《アハツェン》にCユニットなる自動操縦システムを取り付けるよう指示が届き、結果として暴走が起きた……そして今回の機甲兵に、強奪された飛行艇。
これは、ラインフォルトにも蛇の手が伸びていると間違いないでしょう。なればイリーナ会長、一度身の回りの整理を行うことをおすすめしますよ」
「身の回りの片付けと称して、見知らぬ置物が混じるのは困りますのでご遠慮させていただきますわ。
我が社はあくまで開発し、売ることを仕事としています。この辺りの対策は軍のほうでするのがよろしいでしょう。……さて、次の議題は私からですが」
追及を避けつつ、イリーナが出した議題はⅦ組の運用問題についてだった。
その言葉で、一同に緊張が走る。
四月から始まった特別実習において、彼らは成果を出し……出しすぎていると言い切って良い。
少なくともオリヴァルトはこれらがなければ、帝国の内戦問題に今ほど対策を練ることが出来なかっただろう。
「結果的にARCUSの成果が十二分に発揮され、巡り巡ってクロスベルの危機を救うことにまで至りましたが……《カリキュラム》を続けさせるべきなのでしょうか?」
「意外、ですね。貴女は結果を出していれば文句はないと思っておりましたが」
「やはり娘のアリサ君のことが気になっているのかな?」
「娘のことは意識してもらわずとも結構です」
「他国との間に緊張が走っています。現状ではテロ問題を解決し、クロスベルが落ち着いてから再開する……つまり今月は中止、という形が妥当と言えましょう」
レーグニッツ知事の言葉に納得を示す一同。
だが、そこにオリヴァルトが待ったをかける。
「若者よ、世の礎たれ――クロスベルではリィン君が。ガレリア要塞ではⅦ組がその言葉を体現するように、誰に命令されたわけでもなく、自らが考え動くことでその在り方を示した。
列車砲の発射という惨劇を防ぎ、第二射はおろか要塞の制圧すらありえた襲撃を防いだのは紛れもない彼らの功績。
生徒の身を危ぶむのは僕たちの仕事であるが、時には彼らの可能性を信じてみるのも大人とは言えないだろうか?」
「ふむ……」
Ⅶ組に所属する生徒全員に言えることだが、その中でもオリヴァルトにとってリィン・シュバルツァーとは可能性の塊だ。
オリヴァルトが魔女と友好を結び、クロスベルにおいても鉄血宰相の手をすり抜けて動けたのも彼のおかげだと思っている。
一時期は《革新派》への移動も危ぶまれたが、リィン・オズボーンという本来の名前と立場を知ることでその疑問も晴れた。
そしてオリヴァルトが言っている可能性が一人の生徒を指している、ということをルーファスはこの上なく理解していた。
だが、そこはあえて個別でなく全体を評して口を開く。
「確かに、我が弟も少しは殻を破るに至ったようだ。レーグニッツ知事のご子息のことや、級友の話題を手紙に出すなど、最初に見た時はつい驚いてしまったよ」
「愚息についても同じです。入学当初はルーファス卿を前に言うにははばかられますが、貴族への偏見が相当に根強いものだった。
ですが今、ユーシス君をはじめ貴族生徒とも友好を結び共に協力して動いている。これを可能性と言わずとしてなんと言えましょう」
「……確かに、至らぬと思っていた娘が感情でなく、確かな思考と方法を持って私に向かってくる程度に成長したことは認めております」
オリヴァルトもまた、弟のセドリックがⅦ組……リィンが関わったことで自ら政治の場に飛び込み、学ぶ姿勢を見せる成長ぶりには目頭が熱くなってしまったものだ。
親として、家族として。
互いの存在が影響を与えあい、成長する。そのきっかけが特別実習であるのなら、改めて中止にするという言葉は浮かばなかった。
「では、特別実習が継続となれば――今月はどこに赴くか、ということですな」
ヴァンダイクが締めると同時に、新たな議題を提出する。
事前の取り決めで言えば片方がルーレ、片方がセントアークへの実習が予定されていた。
だが、ここでオリヴァルトは先程の会話――機甲兵と、それを買い付ける《貴族派》問題の解決、ないし事態の変化を迎えさせる手札を切った。
「僕からの提案だが、ルーレにⅦ組全員を送る、というのはどうだろうか?」
その提案に、全員の注目がオリヴァルトへ集まる。
驚きながらも、レーグニッツ知事がその理由を尋ねる。
「通商会議でもその手腕を発揮されたとのことですが、はたまたどうしてそのお考えに?」
「個人的なツテがあってね。帝国軍情報局のように量とまではいかないが、質は保証しよう。
そこからの情報では、《帝国解放戦線》がルーレを狙うという話だ」
反応するのは、ルーレを拠点とするイリーナ、そして対《帝国解放戦線》の指揮を取るルーファスだった。
「その情報は確かなのですか?」
「言っただろう、
「ですが、それとⅦ組全員を送るというのはどう関係が? 戦力という意味ならばリィン君を送るだけで事足りると思いますが」
入学当初から生徒の中でも群を抜いていたが、灰の騎神という超兵器の起動者となった彼は戦力という点で見れば帝国の象徴として掲げてもおかしくはない。
事実、G・シュミットが関わったということ以外は未だに正式な発表がないため帝国内外問わずヴァリマールの存在とその乗り手への憶測は未だに活発だ。
人の口に戸は立てられない以上、いつかリィンが灰の起動者であることは明かされる。
それでも未だに学生である彼を矢面に立たせたくはない、と言ったのは他ならぬオリヴァルトだ。
ならば、別の狙いがあるのだろうとイリーナとレーグニッツ知事は考える。
そしてルーファスは、リィンが友人であるロジーヌを追い込んだ《帝国解放戦線》への反撃のために、己に金の騎神の試しの権利を報酬として放り投げてきた彼だからこそ、オリヴァルトの狙いを把握していた。
(リィン君の特異性は制御出来るものではない。放置すれば自然と点火し、燃え広がる……まるで爆弾のように。それも自律式だ。
それでいて敵は粉砕するのだから、使う側にとってこれほど頼れるものはあるまい。彼をルーレに放り込めば、現状で証拠を掴みきれない第一製作所の機甲兵の関与の証拠を勝手に摘み取ってくれると思っているのだろう)
丸投げと言えるが、それで結果を出す以上はそれが最適解と判断するのは当然だろう。
本来の目的である、目的を与えながら生徒達の自主的な動きに委ね、危うくなれば手を出すという意味ではこれ以上なく特別実習に則っていると言えるが。
「つまり、一網打尽を考えておられるのですね?」
「話が早い。ちょうど
オリヴァルトの話は単純明快、イリーナも頭を悩ませる第一製作所の問題解消に加えた《帝国解放戦線》の壊滅である。
とはいえ大規模に軍などを動かしてはルーレ在住の領邦軍などを刺激してしまうため、第三勢力として動くというものだろう。
「……可能性を信じるとは仰っしゃりましたが、生徒達だけで片付けるには大きすぎる問題では?」
「もちろん、全てを任せるというわけではない。いつものようにA班とB班に分け、片方ずつ要請をこなしてもらう」
「《帝国解放戦線》への対処と、ラインフォルトグループの掃除……要請の枠を些か超えている気がしないでもありませんが」
イリーナは無表情ながら、僅かに声に懸念を滲ませ、レーグニッツ知事は渋い顔だ。
彼らは士官候補生であるが、あくまで候補生。
決して軍人と同一ではないのだ。
加えて生徒にしては強いというだけで、精鋭に囲まれればそれで終わる子供でしかない。
過去の実績を考えても、やはり不安というものを消すことは出来ない。
「ならば、私も全面的な協力をお約束しましょう」
そこへルーファスが進言する。
元より《帝国解放戦線》への指揮を取っているのだから、これも延長なのだと。
「……カイエン公への顔は立てなくとも良いのですかね?」
「何をおっしゃられるやら。《帝国解放戦線》は結社《身喰らう蛇》が関与する組織……帝国臣民として、早急な対処は当然と言えましょう」
(つまり《貴族派》が関わっていた証拠を結社に押し付ける、と)
口には出さないが、ルーファス、ひいては《貴族派》への認識はこれに尽きていた。
それでも証拠がない上に、実際にルーファスが帝都で行った捕縛など行動に移していることから面と向かって言及されないでいると言えた。
実際、いつから結社に介入され、どこまでが《貴族派》なのかがわからない以上は言葉では解決出来ない問題である。
「全員で向かうかどうかはさておき、片方はルーレということに決定されましょう」
「少なくともリィン君はそちらに回して欲しいね」
「……指定するほどなのでしょうか、件の彼は」
「はは、事実彼に助けられた私が言うのもあれですが、強さと行動力を兼ね備えた若者ですよ」
「リィン君がルーレに赴くのであれば、イリーナ会長も自然と彼の事を知ることになると思われますよ」
雑談を交わしながらも、理事会は滞りなく進んでいく。
そんな大人達に注目されるリィン・シュバルツァーはと言えば――
(開催は十月二十三、二十四――つまり、それまでには絶対マクバーンさんと友達になって、学院祭に誘ってやる!)
一切ブレることなく、いつも通りにいつも通りであった。
アリサがイリーナに詰め寄るところまで書こうと思いましたが、まとめてルーレでやることにします。
もう片方の特別実習はセントアーク、と書きましたが実際に全員参加のルーレになるかは考え中です。
そして待ちに待ったマクバーンとの決戦は十月となります。
ルーレの特別実習を終えた後に、準備回からの決戦を予定してますので合わせてお待ちくださいませ。