「リィン君、改めてクロスベルではありがとう」
学院祭の出し物に悩む中、そのアイデア探しに奔走するリィンはトワから礼を受けていた。
彼女は通商会議が行われていたフロアとは別の所に居たため、列車砲が直撃していれば助からないと理解していた。
テロリストがオルキスタワーを襲撃してきた、と判断出来たのは最初にVIP達が居る部屋へ撃ち込まれた飛行艇からの銃撃音であり、そこからは不安と緊張でどうにかなりそうだったと告白される。
「でも、外にヴァリマールが見えて……ああ、リィン君だって思ったらホッとして……その気持ち通り、無事あの襲撃は回避された。
ヴァリマールのことは遠目からと、報告でしか見たことがなかったけど……あの時の姿は、すごくカッコ良かったよ」
(だってさ、ヴァリマール)
(照レルナ)
ぺこりと頭を下げるトワ。
リィンは自分だけの力でなく、ガレリア要塞においてⅦ組の面々や教官達、そして正規軍が活躍してくれたおかげでもある、と言う。
それでもやはり、トワにとっては直接命を救ってくれたのはリィンであるとして、律儀に礼を言ったのだ。
「アンゼリカ先輩やジョルジュ先輩達の時にも言われましたが、過剰な礼はどう判断していいか困りますよ」
「あはは、ごめんね。しつこく言うのも申し訳ないから、この辺にしておくね」
「そうしていただけると。そう言えば先輩はどうしてここに?」
現在地は士官学院の正門。
普段ならばこの時間も生徒会の仕事をしているトワが、夕方に外へ出ているのは珍しい気がした。
すると彼女は早上がりをしたので、これから商店街へ色々買い出しに行くとのこと。
リィンは生徒会の雑務を最近引き受けられないこともあり、荷物持ちを申し出た。
「ええ!? でもリィン君、これから帰るところでしょう? 悪いよ……」
「俺にとって荷物の大小はそこまでのことじゃありませんからね。それに、最近はちょっと出かけることややることが多くて、手伝いが出来てませんし」
「本来はする必要がないことなんだから、気にすることないのに」
「その台詞、会長にそっくりそのままお返ししますよ。役員の人達から、会長は放っておくと仕事を引き受けすぎるって」
「あうう」
恐縮そうに縮こまるトワ。
ただでさえ小柄な彼女が背を丸めると、いっそう小さく見えてしまう。
それでいてアンゼリカが居れば暴走しそうな愛らしさに溢れているのだから、刺さる人には本当に危ない光景だと思った。
「それに、純粋な好意ってわけじゃないんですよ。少し学院祭の出し物に困っているので、報酬にアドバイスをもらえたらな、と」
「そうなんだ……うん、そういうことなら、お願いしちゃうね」
「了解です、会長」
そこからリィンはトワの荷物持ちとして彼女の買い物に従い、商店街へと向かう。
オズぼん経由によるアイテム保管を適度に使いながら、持ちきれない荷物だけを収納していく。
実は初見だったトワが目を丸くしていたが、リィンならこのくらいするか、と妙な面持ちで納得してくれた。
休憩も兼ねてトリスタ公園のベンチに腰をおろしたリィンは、そこでトワからのアドバイスを受けて演奏会の出し物を提案する。
七月の特別実習でトワの実家へ宿泊した際、彼女の自室に飾っていた写真のことだろう、とすぐに思いついた。
ノーザンブリアの特別実習で出会ったヴァレリーからロックというジャンルを聞き、エリオットに教えられたことや、トワの露出強な印象もありすぐに浮かぶ。
それを指摘すると、夜を照らす街灯に負けないほどに顔を赤く染めるトワ。
アンゼリカがトワをからかう気持ちに理解を示しながらも、感情が落ち着いたトワはアドバイザーとしてクロウの名を出し――ポツリと漏らすようにつぶやいた。
「……最近のクロウ君、なんだか様子がおかしいんだよね」
「おかしい?」
「うん……なんて言えばいいかな、リィン君には分かりづらいと思うけど、一年前の雰囲気に戻って来ているっていうか……」
「それって、アンゼリカ先輩とクロウ先輩が衝突してたって言う?」
頷くトワ。
表面上いつも通りであるし、サボりは咎めるべきだがそれもまたクロウ・アームブラストという生徒の一面。
それでも彼女は、最近顔を合わせることも少なくなり、クロウへの妙な不安じみたことを感じると言う。
「よく技術棟に集まって、みんなでバイク弄りをして、リィン君にも付き合ってもらったりしてたのに、それもご無沙汰。それに最近、変な人と会ってるようだし……」
「変な人?」
「うん、青い髪で……その、どこかおどけてるというか、調子が軽いっていうか……とにかく、その人がクロウ君に会いに来たところを見ちゃったんだけど、物凄く……怖かったんだ」
「怖かった?」
「抜き身の刃って言えばいいのかな。それこそ一年前よりもずっと……ぞっとした。その青い髪の人も、顔を見るなり追い払ってたみたいだし。
最近またサボりがちなのも、あの変な人と絡んでるせいなのかな」
その言葉にリィンは何か言おうとするも、口ごもってしまう。
士官学院、同時にシュミット教室に所属する先輩であるが、リィンにとってはそれだけだ。
時折要請を引き受けたり、縁が結んで七月の特別実習を共に行動したりと、それなりに縁があるほうだが、彼への印象はどこか冷たい相手ということがしっくり来るからだ。
帝都の特別実習でも、トワ達と絡んでいる時の笑顔とは別にどこか突き放すようにリィンと接したりと、嫌われる覚えがないのに嫌われているような気がする。
知らぬ間に恨みを買っている可能性もなくはないのだが、四月からの行動を振り返っても特にクロウへ何かした覚えはない。
「クロウ君は模範的な生徒ってあんまり言えないけど、もちろん良いところだってたくさんあるのは知ってる。
危ない橋だって何度も一緒に渡ってるし、厄介なことに巻き込まれてるとしても、
でも、困ってるなら私達にも手伝えないかってクロウ君に聞いてみても、必要はないって教えてくれないし……」
「それじゃあ、今から会長を送るついでにクロウ先輩の部屋を尋ねませんか? こういうのは、強引に聞いたほうが早いですし」
トワと共に悩むリィンだが、考えていても仕方ないということで今から会いに行こうと提案する。
トワは驚きに目を丸くしていたが、早く行きましょうと彼女の分の手荷物も持って歩くリィンに強引に足を動かしてしまう。
「ま、待って、待ってリィン君!」
「大丈夫です、俺は傍にいるだけで邪魔はしませんから」
「そういうことじゃなくってぇ!」
執拗に止めるトワ。
歩幅の違いもあり距離を取られてしまうものの、全身でぶつかるようにリィンの背中を引き止める姿に、流石に足を止めた。
「直接顔を合わせるのが辛いなら、ARCUSで連絡しますけど」
「もう、リィン君ってばちゃんと話を聞きなさい!」
「はい」
頬を膨らませて怒るトワの姿に、大人しく従うリィン。
理由はわからないが怒らせてしまっているようだ。
「でも、わからないことは素直に聞くのが一番ですよ?」
「そうだけど! そうなんだけど! もうちょっとこう、距離感をね? 考えて欲しいかなって私は思ったりしてね!」
「それで会長の不安が晴れるならそうしますけど、違いますよね?」
「うう……助けて……アンちゃん……ジョルジュ君……」
トワがこれだけ不安に思っているのだから、友人としてクロウはそれを晴らすべきであると考えるリィンは止まらない。
だが、それでも頑なにトワは譲らない。
どうして、と聞けば彼女は静かに言った。
「私は、信じたいんだ。友達として、クロウ君が話してくれるのを」
「でも、怖い顔をして不安になるほどなんですよね? その気持ちはどうするんですか」
「確かにクロウ君が何をしてるかはわからないけど、それでも私達との友情は嘘じゃない。本当に困ったら頼ってくれるって、アンちゃんにジョルジュ君だってそう思ってるから聞かないんだと思う」
育んだ絆に偽りはない。だから信じられる、とトワは言う。
友情を例えに出されてはリィンとしては引かざるを得ない。
自分とクロウは先輩後輩の関係だが、トワとクロウは親友なのだから、自分よりもクロウのことを理解しているはずだ。
リィンが足を止めたことで安堵するトワは、強引に彼から手荷物を奪う。
元々彼女の荷物、リィンにだけ持たせるのは彼女の矜持が許さない。
早足からゆっくりとした歩行に戻ると、安心からかトワはふとつぶやいた。
「でも、やってることが私達より大事なものだったりしたら……寂しいよね」
その言葉にトワの横顔を見るが、彼女は憂いの表情を見せるだけで自身が口にしたことに気づいていないようだった。
リィンはやっぱりクロウへ直接訪ねようとする気持ちが湧いてくるが、それはトワ達の友情を崩す行為となってしまう。
それは、したくなかった。
だから、リィンはトワの自室まで荷物を送り届けることに徹した。
何より――
(親父は大事だけど、エマ達はそれも理解してくれてる……けど、会長は? 先輩のしたいことをそもそも知らないのに信じられるってのは、すごいな)
ここでリィンが強引に行かなかったのは、ロジーヌの影響もあった。
彼女はオズぼんが見えないにも拘らず信じてくれた。
そんな形の友情もあると教えてくれた。
だから、これ以上は問題に介入しなかった。それだけの話だ。
*
九月の特別実習開始の早朝、リィン達は第三学生寮のロビーで雑談を交わしていた。
内容は学院祭における出し物、演奏会についてである。
「まさか、僕がヴァリマールに乗る日が来るなんてね……けど、なんだかただの通信機扱いにしちゃって悪い気がするよ」
「気ニスルナ。必要ナコトデアレバ、見タ目ナド差異デシカナイ」
「通信機と騎神を一緒にするって時点でおかしいって思って欲しいなあ」
「でも、これで音楽のクオリティが上がるぞ?」
「なら仕方ないか」
仕方なくない、という声がどこかから聞こえてきた気がしたが、二人は気づかなかった。
(ティオも言ってたけど、そんなに気になるか?)
(フフフ、息子よ。お前とヴァリ君の距離感が近い故の認識だ。客観的に見れば、ヴァリ君は伝説の騎神という存在、畏怖を感じるということであろう)
(ヴァリマールも言ってたけど、必要なことだからしてるだけだと思うんだけどな)
そしてエリオットをヴァリマールに乗せた理由は、ノーザンブリアで縁を結んだヴァレリーに相談するためだ。
ヴァリマールを通じてどんな場所にも通信が届く《響きの貝殻》の力により、連絡先さえ知っていれば遠く離れたノーザンブリアの地にも問題なく連絡が可能である。
不毛の地であるノーザンブリアだが、その中でも彼女は裕福層に位置している故の通信だった。
よってリィンはヴァリマールにエリオットを乗せて、驚く彼女の声を聞きながらも相談を受けてもらった。
北方系ロックというジャンルは彼女から知り得たものであるため、ためになるアドバイスが聞けたとエリオットも笑顔を浮かべていた。
本来は先にトワからのアドバイスでクロウに相談しようと思ったのだが、残念ながら出かけているとのことで相談は出来なかった。
そのためのヴァレリーだったのだが、結果的に良い方向へ転がっているようでリィンとしても安心である。
ただ、リィンとしては一つ不満もあった。
「エリオットだけじゃなくて、ガイウスにラウラ、アリサと楽器を持つ面々にもヴァリマールに乗ってもらおうと思ったんだけど……」
「それはヴァリマールのインパクトでみんなの存在が消されちゃうからダメ」
そう、実はこの男、ヴァリマールに楽器を持たせて演奏させようとしていた。
ヴァリマールが持つ武器はシュミットと魔女達の合作により、魔導杖のようにその姿を多岐に変える。
当然
「盛り上がる以前に、呆然とする可能性も高いしね。言っちゃあれだけど、その場合は演奏者が誰であっても同じになっちゃう……
みんなそれぞれ努力して演奏会をしようって言うのに、それは反則だよ」
「確かにそう言われるとみんなをないがしろにするな。うーん、でも残念」
学院祭にマクバーンを呼ぶことを脳内で決定しているリィンは、インパクト重視のアイデアを出したが、却下された。
ただ、アリアンロードでなくデュバリィに協力を要請した理由に似た反論は至極納得の行くものだった。
「あはは……でも、演出に使うくらいなら良いんじゃないですか? ヴァリマールは姿を隠すことが出来ますから、メインボーカルのユーシスさんとマキアスさんを手のひらに乗せて歌うとか、それくらいならいいのでは?」
「さすがエマ、ナイスアイデア。エリオット、どうだ?」
「実際に見てみないとなんとも言えないけど、演出としてならいいかなあ」
そんな三人の会話を、ユーシスとマキアスが沈痛の表情で見る。
「……おい、俺とおまえは空に浮かんで歌うことになるそうだ」
「……否定するのが遅かったな。エリオットが興味を示してしまい、普段は止める側のエマ君が提案してしまった以上はもう無理だぞ」
「えー、二人共なんでそんな表情なの? 面白そうじゃん!」
「ミリアムはアガートラムで飛び慣れているからな。きっと当事者にしかわからない葛藤があるのだろう」
ミリアムは騎神が楽器を持つという光景に目を輝かせるが、ガイウスの言う通り当事者はたまったものではない。
ガイウスも伝説の騎神に乗るという行為が戦場どころか学院祭のステージということに思うところがないわけでもないが、それもまたリィンだからこそなのだろう、とノルドの心で納得を示した。
そしてエマは、ただ否定するのでなく代案を用意することでリィンを納得させる。
本音を言えば問答無用で大却下だったが、ある程度リィンの要望を叶えておけば彼は素直に納得してくれる。それを知るが故の提案だった。
女性陣も顔を揃えて、自身に迫る未来を語る。
「エリオットに感謝すべきか、残念と思うべきか……」
「えええええ!? ラウラ、どう考えてもエリオットに感謝じゃないの?」
「いや、実際に騎神に乗ることを考えると少しもったいないことをしたな、と」
「フツーに頼めばリィンなら乗せてくれると思うよ?」
「それはわかっているのだが、どうにも理由がないと素直に尋ねられなくてな……」
「ラウラの羞恥心ってちょっとズレてる」
雑談もひとしきり終えると、次は特別実習前に士官学院に集合する理由について変わる。
前日の夜にサラから通達されたものの、トリスタ駅でないことを疑問に思う生徒達。
何より、実技テスト後も班分けはともかく実習地が未だに伝えられていないということである。
「シャロン、貴女何か聞いてないの?」
「ええ、私は特に何も伺っておりませんわ。こちらにいるのも、皆様の見送りに参った次第ですから。
それともお嬢様、私と離れ離れになるのが寂しいのですか? お気持ちは非常にありがいたいですが、自立を遮るのは……ああですが、お嬢様の愛が向けられるというのであれば、メイドとして甘やかな誘惑のお言葉……」
「違うわよ!」
シャロンは微笑を浮かべながら、
それは、最近陰りがあったものと違い文字通り普段通りだ。
一体何があったのか。
最近は記憶結晶との睨めっこが続いていたアリサにとって、気づけば元に戻っていたシャロンには違和感を覚えるものの、元に戻ったのならと気持ちを切り替える。
そろそろ良い時間、ということでリィン達は士官学院へ向けて出発することにした。
「じゃあシャロンさん、行ってきますね」
「はい、行ってらっしゃいまし」
優雅に一礼して第三学生寮からⅦ組を見送るシャロン。
だが、当然というかわかっていたことというか、グラウンドに到着したリィン達の前にはサラと先回りしていたシャロンの姿があった。
相変わらずのメイドの姿に、本当に元に戻ったのだと安堵する一同をよそに、サラが全員に告げる。
「全員揃ったわね。今回の特別実習はちょっと異例のことなんだけど――」
サラの言葉を遮るように、風切り音が耳に届く。
飛行艇の音だね、とつぶやくフィーに驚く一同は揃って上空を見上げ――言葉を失った。
トールズ士官学院の上空に、巨大な紅い飛行船がその姿を見せている。
そのシルエットに、リィンは覚えがあった。
「リベールの白き翼、アルセイユ号……?」
クロスベルで歓待を受けたさい、乗り込んだ飛行船と似た形をしている。
その言葉にサラは口元をほころばせ、天を浮かぶ紅い翼はゆっくりとその羽根を下ろす。
羽ばたきの風を受けながら、サラは改めて今月の特別実習の実習地を告げた。
「今回は全員参加、目的地は――黒銀の鋼都ルーレよ」
夢でも見たくない光景
意志を持つロボット達による新境地のバンドユニット、《
ファーストシングル「ララライライザー」、好評発売中!
オズボーン
「……………悪夢か」
アリアンロード
「アルグレオン、最近何か変なハッキングなど受けたりしませんでしたか?」
ルトガー
(見世物としてなら面白いって言ったらいけない空気かこれ?)