「どどどどういうことよリィン!」
モニターに映るリィンの発言に黙っていられず、勢いのままにアリサは叫んだ。
今すぐヴァリマールから降りて詰め寄りたいが、《ギアス》に念じてみても一向にアリサが転移する気配はない。
やはり主導はヴァリマールであり、あくまでアリサの意志を尊重していたからこその搭乗ということを否応なく理解する。
「落ち着きなさい、アリサ。彼の行動は今までのレポート……特にミルスティンさんのものを見れば、いかに主観に満ち溢れたものであるかなんて理解しているでしょう?」
「母様はなんでそんなに冷静なのよ!」
「簡単よ。この状況を伝えられていたもの」
「えええええぇえぇ!?」
今度はイリーナの言葉に驚くアリサ。
リィンとイリーナを交互に見ながら、一体どちらに何を聞けばいいのかわからない有様となっていた。
「あれ、もう殿下に聞いていらっしゃったんですか?」
「ええ。と言っても、彼からは『そちらにリィン君が向かうので、指示に従って欲しい』という旨を伝えられただけよ。まさか監禁なんて言葉が出るとは思わなかったけどね」
「で、殿下って……オリヴァルト殿下? どうして……」
「《帝国解放戦線》を一網打尽に加えて、RFの第一製作所が作っているであろう機甲兵の横流しの証拠を掴むためさ。ヴァリマール、資料頼む」
「ウム」
リィンの指示に従い、ヴァリマールがモニタ画面を切り替える。
そこにはアリサも知る男の顔が映し出された。
「この人、ハイデル・ログナー取締役……」
「五月に機甲兵の存在が明かされて以降、サラ教官をはじめ遊撃士の人達の手も借りて色々証拠集めをしていただろう?
トワ会長も資料作成を手伝っていたそうなんだけど、どうやらここ数年ザクセン鉄鋼山の採取量がごまかされてるそうなんだ」
ヴァリマールの画面には、生産された鋼鉄の量が採取された鉄鉱石の量に比べて若干少ない統計表が展開する。
わかりやすい資料に、思わずイリーナも感心の声を上げたほどだ。
「意外に事務が得意だったの? これもシュミット教室の教えの賜物ということかしら」
「いえ、こちらの資料はトワ会長が作ってくれました」
「なるほど、元から優秀だと思っていたけど……やっぱり欲しいわね」
「こんな時にヘッドハンティングしないでよ! それでリィン、これがなんで母様を監禁なんて言葉に繋がってるの?」
「簡単さ。これらの鉄鉱石収穫量数年分――およそ十万トリムのそれを横流ししていたのが、このハイデル・ログナーだからだ。
《貴族派》が《帝国解放戦線》を支援していた証拠自体はないけど、この横流しされた素材が生んだものが機甲兵であることに違いはないと思う」
資料の中には、クロスベルの通商会議を襲った《帝国解放戦線》から得た情報に、カイエン公爵の名が上がっていることも記されている。
当然トカゲのしっぽ切りの如くカイエン公は知らぬ存ぜぬを通したが、周囲の疑惑は確信に変わっていた。
「あの人が、どうして……今までずっと、取締役として働いてきたのよ?」
「欲しかったんだろ、ラインフォルトが。《貴族派》に脅されたとしても、相手は帝国を支える大企業。いかに帝国貴族と言っても脅したところで屈する理由はない。
ラインフォルトにそっぽを向かれたら困るのは帝国のほうだしな……
なら答えは一つ、自発的な乗っ取り。イリーナさんとは違う意味での野心家なのかもしれない。完成した機甲兵を見てこれなら、って思ったのかもしれないけど」
リィンの告げる事実に、アリサは祖父を追い落として会長の椅子に座った母親を見る。
黙って資料を眺めるイリーナに、リィンは続ける。
「こちらが掴んだ情報によれば、今後の動き次第でいつでもイリーナさんを誘拐して自分が会長の椅子に座る準備を整えてるそうです。そのため、獅子身中の虫の排除のためにイリーナさんには釣り餌になっていただきたい、と考えています。
少なくとも、離れたコントロールを元に戻すことは可能ではないか、と具申致しますが」
「具体的な手段はあるの?」
「すでに《貴族派》を通してイリーナさんを《帝国解放戦線》に攫わせる、という嘘の計画を取締役に伝える準備は整っています。
アドバイザー曰くそれに成功すれば、イリーナ会長は病気で療養中なので、代わりに自分が指揮権を取るといってゴリ押しする可能性が高いと。
正直行き当たりばったりとしか思えないんですが、ハイデル・ログナーという人はそこまで
「仮にも取締役なんだから優秀なんだけど……それでも、母様がその動きを見逃しているとは思えない。……気づいてるんじゃないの?」
「当然、気づいてるわ」
何の躊躇もなく、イリーナはアリサの言葉に答える。
悪びれた様子もない、ただの事実確認とも言えるそれにアリサは目を見開いた。
「コントロール出来なかったのは私の落ち度であるけど、彼が《帝国解放戦線》……いえ、《貴族派》と組んでいるのは独立採算制からして問題ないわ」
「母様!?」
「世の中は人間がそれぞれに己の役割を果たすべく動いているに過ぎないけど――私の椅子を狙うというなら話は別ね」
話が早い、と言ってリィンはさらなる提案を図る。
「当然、囚われのお姫様だけをさせるわけではありません。イリーナさんのことはアリサやシャロンさんから伺ってますからね……
ヴァリマールは導力端末としても活躍出来ますので、ラインフォルトのシステムにアクセスしてもらいます。
その上で、ハイデル・ログナーが証拠を生む瞬間を取り押さればよろしいかと」
そこから先のリィンは、まるで歴戦の政治家もかくやという話術を展開してイリーナを納得させていく。
アリサの知るリィンとはまるで一致しないその言動に、本人の姿をした別人ではないかと疑ってしまう。
だが、こうしてヴァリマールに乗せられた時を振り返ってみても行動そのものはⅦ組が知るリィン・シュバルツァーそのものだ。
なのに、アリサに負けない……ある意味でそれ以上にイリーナとの意志の疎通を図るリィン。
オズぼんという助言者のことを知らない以上、彼女の混乱に拍車がかかるのは当然と言えた。
そしてイリーナもまた、感情のままに動く子供、ただし行動力が図抜けているというリィンの評価に上方修正を加えていた。
(リィン君がルーレに赴くのであれば、イリーナ会長も自然と彼の事を知ることになると思われますよ……
なるほど、彼は言動や性格は度外視して、目的を達成する意志が飛び抜けている。まあ、単にワガママなだけと言ったほうがいいのかもしれないけど)
先日理事会でルーファスに言われたことを思い出すイリーナ。
娘との会合をセッティングするだけでなく、ラインフォルトの裏切り者をあぶり出し、その手伝いを率先して行う少年。
レポートから友人をとても大事にする、という印象が強かったがそれだけではない気がした。
「リィン君。貴方はどうしてここまで手伝ってくれるのかしら。貴方の役割は今回で言えば特別実習を行う生徒でしかなかった……その範疇にしては、些か逸脱してると思うのだけど」
「え? 家族が仲良くするのを手伝ってるだけですよ、俺は。でないと俺が嫌ですから」
当たり前のように首を傾げるリィン。
あまりにも澄んだその感情に、イリーナすら少し意表を突かれてしまったほどだった。
「俺の理由はそれですが、イリーナさんはこの提案どう思われますか? もし頷いてもらえるのでしたら、このままオリヴァルト皇子との通信を繋げますが」
「そうね……決着はどのくらいで着くの?」
「少なくとも、特別実習が終わる頃には」
「随分早いのね」
「お嫌いですか?」
「いいえ、私好みよ」
「なら、そのように」
監禁する、などと言われた時にはどうなることかと思ったがどうやら話がまとまったらしい。
そして半ば置いてけぼりで口を挟めなかったアリサだったが、リィンから尋ねられることで強制的に話に入ることとなる。
「あとアリサ」
「な、何?」
「シャロンさんのこと、聞かなくていいのか?」
「あ…………」
思い返すのは、最近ふさぎがちだったメイドのこと。
フランツが生きている可能性が生まれた頃から、その微笑に陰りが見えて最近復調したように見える。
だが、その理由をアリサは知らない。
だが、確実に知っている人物が眼の前に居る。
アリサは、疑念を叫ぶように言った。
「お母様……お父様の
「それは当然ね。あの人が亡くなって私も忙しくなったから、身の回りの世話が――」
「そうじゃない! お父様がいなくなった理由に、シャロンが絡んでるんじゃないかってこと!」
テスタ=ロッサのデータに夢中だったといえ、シャロンの変化を見逃すほど浅い仲ではない。
たとえシャロンがイリーナの味方であったとしても、それでも共に過ごした時間は確かな絆をアリサとシャロンの間に結んでいるのだから。
リィンの話とシャロンの変化、その内容にフランツ・ラインフォルトが関わっているのなら結びつけるのは簡単だ。
「それを知りたいのなら、貴女もリィン君のように答える必要のあるものを私に見せなさい」
「なっ…………!?」
「普通に考えれば、冗談でも私を監禁するなんて言い放った時点で彼を退学に追い込むのも容易い立場にあったわ。けれど、私が耳を傾けるに値するものを見せてその考えを撤回させた。だから彼に色々答えるのは、それらに対する見返りとも言えるわね」
「でもシャロンは!」
「それは貴女とシャロンの問題よ。私がでしゃばる理由にならない」
「~~~~~~~~~~~!」
わかり合えたと思ったのは偽りだったのか。
アリサだけが抱いた夢幻だったのか。
そんな考えは沸騰した頭と共に湧き上がり、感情のままに叫ぼうとするアリサ。
それを止めたのは、リィンだった。
「アリサ、黒の工房を調べればいずれわかることだ。結論を焦ったらダメだぞ、特にイリーナさんの前では」
「リ、リィン……」
先程の雰囲気から、自然とアリサは縋るようにリィンに目を向けるが……
「
ほら、イリーナさんの居場所を教えて欲しければフランツ・ラインフォルトとの関係を言ってとか迫ることだって出来るわけだし?」
「貴方に少しでも期待した私が馬鹿みたいじゃない!」
一瞬で元のリィンの雰囲気となってしまい、たまらず絶叫した。
だが、答えはあるという発言にアリサの調子を元に戻す。
ようは、プレゼンテーションと同じ。
彼女の口から聞くには、イリーナを満足させる言葉なり証拠を提示する必要がある。
それはなんとも難儀なことだが、様々な人の助けを経てこうして実現出来たのだ。
(だから、シャロンとだってきっと……!)
「それじゃあリィン君、案内をよろしくお願いするわ」
そう意気込むアリサに
そしてオリヴァルトへ通信を回し、彼女をヴァリマールのコクピットへ残した後に改めてラインフォルト本社に戻ったリィンとアリサ。
だが、ミリアムから深夜デートと指摘され文字通り朝帰りをしてしまったことに顔を真っ赤に染め、リィンが「
*
翌日、特別実習は急展開を迎えることになる。
要請を終えたリィン達だったが、そこに《帝国解放戦線》の襲来が告げられたのだ。
それは、セルリ――セドリックを囮とした、《帝国解放戦線》の釣り餌作戦が発端となる。
軍事工場に仕込んでおいた人形兵器の群れは、ヴァリマールが人形兵器特有の導力波の探知、匿名の通報によって中身を明かされたことで処理された。
本来ならばその騒動によって鉄道憲兵隊の目を引くはずだったが、事前に防がれることでその目論見は外れてしまう。
だが、その不足を補うかのようにセルリの誘拐……正確には、ザクセン鉄鉱山への押し込めであった。
皇族の管理下であるザクセン鉄鉱山へセドリックが来訪するのはおかしいことではない。
故にその隙を狙った襲撃と言えた。
当然クルトも傍におり、いざという時の脱出こそ可能だが、この状況こそがまさに狙い通りと言えた。
だがここで予期せぬ出来事が起こる。
それはルーレを支えるもう一つの急所――導力ジェネレーターが同じく《帝国解放戦線》によって奪われたのだ。
ザクセン鉄鉱山には《C》と《V》、導力ジェネレーターには《S》と自称《G》がそれぞれ配置されているという。
さらに、ここでハイデル・ログナーがイリーナ不在を理由にラインフォルトの指揮権を強奪。
導力ジェネレーターというルーレの心臓の支配権を握っていると思い込んでいるからこその行動であった。
鉄道憲兵隊は手勢を分けて挑まねばならず、加えて領邦軍による管轄問題による妨害もあり事態の解決は遅々として進まない。
リィンはロジーヌとの約束を守るため、《S》の捕縛のため導力ジェネレーターに向かうことを提案。
サラはA班を導力ジェネレーターに、B班はサラやアンゼリカと共にザクセン鉄鉱山へ向かうこととなり、Ⅶ組の事件の介入がここに開始されるのだった。
事務の騎神、ヴァリマール
イリーナ
「計画に頷いたといえ、何もしない時間というのも体に悪いわね……貴方、導力端末としても使えるのよね? ちょっとこの記憶結晶から資料を出して欲しいのだけど」
ヴァリマール
「ウム。……ナラバらいんふぉるとノでーたばんくニあくせすシテ、別ノ資料ヲ用意シテオク」
イリーナ
「私が操作してないのに、さらりとハッキングしたわね。導力ネットワークはまだ発展途上といえ、好き勝手にされるのも腹立たしいけど、それなら――って、もう用意したの?」
ヴァリマール
「不要ダッタカ?」
イリーナ
「いいえ、情報処理力が高いのは都合が良いわ。それなら、少したまったこの案件の――あと通信も出来るのなら――」
ヴァリマール
(監禁トハ……)
アリサさん、半年遅れのビンタです。
初期を見返すとこの作品のリィン、エマ以外のⅦ組と距離を取ろうってことで交流遮断していたんですよね。
Ⅳを経ることでやっぱⅦ組だなってなって特別実習でよりを戻しましたが。