はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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フフフ、息子よ。九月の特別実習だ⑦

 視界一面が黒に覆われた部屋の中に、剣戟の音が鳴り響く。

 ゼムリアストーンの七色も、シャロンが振るう白刃すらも闇に染まる中でリィンは叫ぶ。

 

「アリサが隣にいるんですよ、何やってるんですか!」

「この部屋の一切は漏れることはありません。リィン様には不幸な事故が起きたと、お嬢様にお伝えすれば済むこと。

 ですがご安心ください、命を取るまでは致しません。ただ、ミリアム様はともかくリィン様は今後の学院生活をベッドの上で送るというだけです。

 定期的にお見舞いに参りますので、寂しくはさせませんわ」

「来月はマクバーンさんを学院祭に誘う予定なので、それはごめん、ですね!」

 

 そう言いながらも、リィンの顔に余裕はない。

 ミリアムの気配は傍にあるが、動く様子がなく棒立ちしているようだ。

 何かされたのか、と問う間もなくシャロンの攻撃が迫りくるため、リィンとしては迎撃の選択しか与えられなかった。

 

 左手は鬼気で塞ぐことで止血を施したが、特殊な毒でも塗ってあったのか感覚がない。

 鬼の力を使うリィンには毒をはじめとした様々な異常を遮断する体質であるが、ミリアムを庇った時に受けた傷は治りが遅く感覚も奪われたままだ。

 そのため右腕しか使えず、満足に太刀が振るえないリィンは力任せにシャロンを抑えることが出来ない。

 

 加えて、鬼の力による灼眼ではシャロンを捉えきれず、さらに上の鬼気解放における鬼眼を使ってもこの部屋のギミックが邪魔をしていた。

 シャロン自身も何らかの加護を受けているのか、部屋に満ちた導力と彼女の気配が同一になっているのだ。

 湖の中に混ざった色の違う水滴を判断しろ、と言われるが如く気配を捉えられない。

 

 それでもシャロンの攻撃を防げているのは、鬼の力に他ならない。

 おそらく素のリィンであったのならば、毒のこともありすでに決着が付いていたころだろう。

 

「幻葉切り!」

 

 そこでリィンは紅葉切りの発展、導力や霊力に干渉して斬撃を伝播させる技を放つ。

 だが導力の糸を辿って到達するはずの刃は徐々に勢いをなくし、シャロンへ届く前に霧散してしまった。

 

「その技は初見ではありません。事前に情報を知っていれば、対策を講じるのは簡単なことですわ。

 特に、被害者は対策を練るのに必死でしたから」

 

 幻葉切りを阻んだのは、導力の層だった。

 シャロンを見つけることが湖の中に垂れた水滴と評したように、リィンの一撃では湖を割ることは出来ない。

 つまり、浸透した霊子の刃はこの部屋の厚みを突破するには至らないのだ。

 鬼気解放の部分操作といい、未熟な面を見つけるのは向上のためを思えば嬉しいことだが、この状況では単純に喜ぶことは出来なかった。

 

 なぜデュバリィとの決闘とジオフロントの第八制御端末の出来事を知っているのかと疑問に思ったが、日頃のスーパーメイドぶりを見ているリィンはシャロンならそういうこともあると納得する。

 

「ミリアム……ガーちゃん! 聞こえてるならミリアムを守ってくれ! 悪いが余裕が――」

「ごめんリィン……ガーちゃん、動けない……! あっ、それと左手……」

 

 ようやくミリアムの声が聞こえたと思えば、彼女からの返答はまさかのものだった。

 アガートラムが動けないことに驚くリィンをよそに、ミリアムは止血されているといえ治療はされなかった左手にアーツを使う。

 戦術リンクで互いの場所を把握しているため、暗闇は味方同士の位置を阻むものにはならない。

 

 だが、場の導力が時に固定されているせいか水属性である治療アーツが普段よりも抑えられている気がした。

 それでもリィンの治療をしているという事実に、ミリアムが普段の調子を取り戻したのは不幸中の幸いだった。

 

(フフフ、息子よ。ガーちゃんの体に巻き付いているものが見えるか?)

(体……)

 

 そもそも視界が真っ暗で鬼眼すらも機能しない状況で無茶振りであるが、リィンはオズぼんの言葉からアガートラムを拘束する何かがあると判断。

 

「ガーちゃん、動くなよ!」

 

 アガートラムに当たらない、それでいて傍を通る緋空斬を放つ。

 焔の闘気をまとった斬撃は途中で何かに絡みつかれ、ズタズタに切断されてしまったが当初の目論見通りアガートラムと傍にいるミリアムの姿を一瞬だけ浮かび上がらせた。

 鬼眼で視認出来たことでリィンはそこへ殺到、ミリアムを背にするように回り込む。

 

「ミリアム、大丈夫だったか?」

「リィンこそ……」

 

 そっとミリアムがリィンの左手を取る。

 だがリィンはミリアムに触れられている感覚はなく、彼女の声が普段と違うことに注目したためそれに気づかない。

 

「それより、ガーちゃんに何か巻き付いてたな。ひとまずそれを……」

 

 アガートラムへ巻き付いていた糸のようなものを紅葉切りで取ろうとするが、その瞬間に殺気を感知、すぐさま首を下げた。

 その瞬間、鋼すら切り裂いてしまいそうな糸が首周りを包囲していたのだが、リィンは首と胴体が離れる悲劇を避ける。

 

 咄嗟にその場から離れようにも、拘束されて動けないアガートラムと背中に居るミリアムの存在がリィンをその場に固定する。

 狙いがリィンでなく主にミリアムな辺り確信犯だ。

 さらに、左手の感覚がないリィンは実質右腕だけしか使えない。

 

 それでもリィンに悲観はない。

 右腕一つで戦った猟兵王の妙技の模倣、デュバリィとの決闘による片腕での戦い。

 それらの経験が、シャロンからの見えない攻撃を防ぐ技術となって昇華していた。

 

 けれどジリ貧なことに違いはない。

 シャロンの姿を確認することが出来ず、気配の察知も上手くいかない。

 故に、リィンに躊躇はなかった。

 

「来い、灰の騎神……ヴァリマール!」

 

 今はイリーナが乗っているはずだが、緊急事態だ。

 少なくともこの部屋のギミックなどを片付けるまで、ほんの数秒缶詰状態のコクピットを体感するだけだ。

 だが、そんなリィンの呼び声は虚しく暗黒の中に吸い込まれていった。

 

「ヴァリマール……ヴァリマール!?」

(――ヌウ。本体ヘノ交信ガ途絶……コノ部屋ニ仕掛ケラレタ、何カシラガ我ノ体ヲ呼ブコトヲ防イデイルヨウダ)

(ちぃっ!)

 

 騎神が呼べない。

 そんな膠着状態を崩したのは、動けないはずのアガートラムだった。

 

「ガーちゃん! びーむ!」

 

 ミリアムの宣言が下されると、アガートラムの目が怪しく光る。

 そこから光線が放たれ、部屋の暗闇に明かりを灯す。

 同時に、部屋中に蜘蛛の巣の如く張り巡らされた糸が映し出された。

 

 おそらく、シャロンの気配が捉えづらかったのも空に足場を確保していたからだろう。

 瞬間、それらを焼き尽くさんと次々と怪光線を打ち出すアガートラムにミリアムの意図を察して、リィンは鬼気の全てを目に集めた。

 

「…………そこ!」

 

 一瞬だけ映った糸のたわみ、そこから全神経を集中させてシャロンを捉えたリィンは緋空連斬でシャロンの前と後ろを挟むように移動範囲を制限する。

 だが、緋空斬は糸に弾かれシャロンの姿は再び闇に紛れてしまう。

 リィンは自分だけでは不可能と即座に判断を下した。

 

「ガーちゃん、手だけ解くから力を貸してくれ!」

 

 動けないアガートラムの手だけ自由に出来るよう、片腕だけの紅葉切りを放つ。

 万全の状態でないといえ、ゼムリアストーンの太刀と八葉の剣技により全身に巻き付かれた糸、鋼糸の右腕部分だけ断つリィン。

 

 今度はリィンの意図を察したミリアムがアガートラムに命令し、銀の右腕を足場と推進力として空へ投擲する。

 リィンは張り巡らされた糸の合間を塗って上に降り立つ。

 同時にアガートラムは再び熱光線を発射。

 時属性に支配された場での導力干渉を受け、その攻撃は鋼糸を焼きシャロンの動きを崩すほどの威力はない。

 

 だがそれ以上に、暗闇をほんの僅かに照らす効果を期待してのものだ。

 戦術リンクによる射線予測があるため誤射の心配もなく、熱源という名の明かりの確保に勤しむミリアムの傍ら、リィンはようやくシャロンの正面に相対した。

 

「ようやくまともに顔を見れましたね」

「リィン様を過小評価しているつもりなどありませんでしたが、やはりミリアム様の存在が大きいですわね」

 

 軽く頷いて同意する。

 ミリアムがいなければ、こうもスムーズにシャロンの前に立てなかった。

 スカーレットの姿に食いつくのは予想通りだったが、動く物体に反応する猫のようにすぐさまリィンの後に続いたミリアムのファインプレーと言える。

 改めて下方から撃ち続けられる熱線による光源で、リィンは改めてシャロンの格好を指摘した。

 

「私の衣装が気になられますか? 男女共に関係ないと思っておりましたが、思いの外に異性に興味もおありのようですね」

「俺はいつものメイド服のほうが好みですよ」

「おや、ロジーヌ様のシスター服に見惚れていたお姿を拝見したことがありますが……職業服フェチというものでしょうか?」

 

 リィンは押し黙る。

 確かにロジーヌのシスター服を見つめていたことがあったが、この状況でそんなことを言われるとは思わず謎の羞恥心がリィンを包んでいた。

 

「違いますよ、あの格好こそシャロンさんだった……今、こうして刃を交えていることに違和感を覚えるくらいに」

「ええ。私もお嬢様が無事に学院を卒業するまでは、皆様のお世話をするべく第三学生寮の管理人の仕事を全うするつもりでした。

 当然、リィン様と戦うなど微塵も浮かんだことはありません」

「ならどうして! こんなことをアリサが知れば! それにイリーナさんも……」

「…………貴方は本当に、本当に人の心がわかっておられない」

 

 シャロンが消える。

 神速(デュバリィ)よりも遅いはずなのに、慣れない糸の足場と時の結界の有無、生身での三次元軌道の修練の差によってリィンは翻弄され、その腹に膝蹴りを叩き込まれる。

 

「ごっ……」

 

 ナイフと鋼糸に意識を割いていたせいか、その膝をもろに受けてしまい肺から空気が吐き出される。

 続けざまに振るわれたナイフは上半身に一筋の血の道を作ったが、皮膚を裂いただけに留める。

 

 普段であれば我慢強さを発揮するリィンの体はしかし、ぐらり、と朦朧し倒れそうになる。

 追撃に備えて必死で構えようとするが、意外にもシャロンは距離を保ったままだった。

 鋼糸の盾によって威力が減衰された熱光線をナイフで切り払いながら、シャロンはリィンが見たことのない冷たい感情を瞳に宿していた。

 

「リィン様の鬼の力、部分操作というものを学んだそうですが……逆に言えば、力を注ぎ込む場所以外は普段と変わりありません。

 こうして毒も他の方々と変わらず効果を発揮致します」

 

 かといって鬼眼から灼眼に戻せば、シャロンの姿を視認することすら難しくなる。

 真正面から戦えば、鬼の力を使ったリィンにシャロンは勝つことが出来ない。

 だがこうして策を張り巡らせ毒を使い、リィンの鬼の力(強み)を封じた十全に対策をした状態であるのなら……鬼気解放を使うリィンをこうして追い詰めることが出来ていた。

 

「野生の獣や魔獣は各地に跋扈しているといえ、ゼムリアを支配しているのは人間です。それは、人が知恵を持つ生物だから。

 どんなに魔獣達が強靭な肉体や能力を持っていたとしても、それらを暴き、対策を取ることで駆逐されてきました。

 今回もそれと同じことです。魔獣が鬼に変わっただけで、人間(わたし)の行動は変わりません」

 

 言外に、リィンを仕留めるための策を練っていたとシャロンは語る。

 

「貴方は情報を隠すということをしない。頼まれれば請け負い、鬼の力もまるで息を吸うように披露しました。さらにシュミット教室での詳細なデータ化……

 情報を集めるのに、これほど容易い方はかつておりませんでしたわ。そのうえでここまで対抗するのは、やはりリィン様だからなのかもしれませんが」

「まさか……貴方が塩の杭の残留物を盗んだ……《帝国解放戦線》の内部犯!?」

 

 シャロンがやってきたのは塩の杭の騒動の後だが、彼女の能力ならばそれも可能ではないか、と疑いが浮かぶ。

 何せ天下のラインフォルトグループ会長である、イリーナの部下なのだ。

 導力端末の扱いなど朝飯前だろうし、身を以て体験している暗殺者まがいの技術は士官学院への侵入など容易く行えるだろう。

 どちらにしろ、シュミット教室の詳細なデータを得ているという時点で情報が外部に流れていることに違いはない。

 

「まさか。あれとは別件……いえ、ですがこの行動に至る動機の一つなのかもしれませんわね」

 

 そんなリィンの疑問をシャロンは静かに否定する。

 それは一体、と聞こうとしたリィンにオズぼんの声が響いた。

 

(フフフ、息子よ。私に良い考えがある)

(言ってくれ、親――)

 

 そう心で送ろうとしたリィンの口から漏れたものは、言葉でなく血であった。

 

「…………え?」

 

 こふっ、と小さく嗚咽を漏らしたリィンは、実にあっさりと意識を失い――鋼糸の足場から落下した。

 

 

「リィン!」

 

 そして、その様子を戦術リンクで理解したミリアムが走る。

 文字通りリィンの血の雨に打たれた制服が赤く染まることなど微塵も気にせず、ひたすらに走り飛び上がった。

 体の小さなミリアムでは落下してくるリィンをきちんと受け止めることが出来ず、空中で受け止めることで勢いを殺したのだ。

 だが、それでもまともに受け身を取ることが難しく、背中を強かに打ち付けてしまったがなんとかリィンを抱え込むことが出来た。

 

「リィン、だいじょ――」

 

 そこでミリアムは気づく。

 リィンが息をしておらず、熱を持っていた体が徐々に冷たくなっていくのを。

 この状態は、わかるはずだ。

 任務で何度も見ているであろう――

 

「ミリアム・オライオン様、改めてご挨拶を。私は結社《身喰らう蛇》の執行者、No.Ⅸ《死線》のクルーガーと申します。

 ギリアス・オズボーン様より伝言です。――ここで見聞きしたことは漏らすことなく、自身は暗闇で何もわからなかったと証言すること。

 これは《鉄血の子供達》への命令だそうです」

 

 呆けるミリアムに、鋼糸の足場から降りてきたシャロンが告げる。

 見えずとも、声のした方向へゆっくりとミリアムが首を向ける。

 

「なんで?」

「それは、どういった意味のなんで、でありましょうか。私が執行者であることは……まあ成り行きというものです。宰相様からの伝言であるのなら、彼は私の上司にツテを持っているから、とお答え致します」

「なんで?」

「聞いていた話と違いますわね……」

 

 壊れた機械のように、ミリアムは同じ言葉を繰り返す。

 シャロンはミリアム・オライオンはその性格に反して非常にドライであると伺い、実際にその死生観を共同生活の中で知っていたつもりだった。

 しかし、見ることが出来ずとも失われていくリィンの体温に触れる彼女に影響を与えているのかもしれないとシャロンは判断する。

 

 ドライではなく、ただ知らなかった――かつての己のように。

 それでも、《鉄血の子供達》である以上最後には納得するだろうとシャロンはミリアムの疑問に答える。

 

「まずリィン様は死んではおりません。害した理由でしたら、上からの指示です。ただでさえクロスベルの状況に介入され、少し手間取ることになるので大人しくさせておいて欲しいというオーダーでした」

 

 少なくとも一、二ヶ月。あとの程度はシャロンの酌量に任されている。

 そしてシャロンは判断した。

 アリサが学院を卒業する二年ほどは大人しくしてもらおうと。

 

「彼の体質に……いえ、鬼の力なる霊脈に相応するような霊的な力の大小に応じて効果を発揮する、いわば霊毒とも言うべきものを使っています。

 彼の抱える力が大きければ大きいほど、除去は困難と言えるでしょう。それに、本当に殺すつもりならここで心臓にナイフを一突きすればいいだけのこと。

 話に付き合ったのは、毒が回る時間を稼ぐためです」

 

 己が所属する結社の技術力があれば、そういったものを作るのは容易い。

 何より、今回は道化師がクロスベルで手痛い目に合い、博士が己の技術(アストラルコード)を盗まれたと憤っていることもあり、かなり協力的だったのが幸いした。

 

 対策を取ったから簡単に倒せた、とは言うがシャロン・クルーガーとリィン・シュバルツァーの実力差は歴然としている。

 素の状態でも己と渡り合う強さに加えて、鬼の力を使ったリィンはそれこそ結社でも上位の戦闘力を持っている。

 加えて騎神の起動者であることを思えば、相手に出来るのは鋼か劫炎くらいのものだろう。

 

 そんな懸念事項であった騎神も、この部屋には思念波を封じる結界を施しており、仮にリィンがヴァリマールを呼んでも駆けつけることは出来ない。

 事実、効果は見事に発揮され騎神を使われることはなかった。

 だからこその、この結果とも言える。

 件の劫炎と友好を結ぶために強くなる、と聞いた時は何を馬鹿なことをと思ったものだが、着実に力を付けて迫る様子を見ていればそれが本気であることが伺える。

 

 それだけなら、珍しい子が居たものだと割り切れた。

 アリサを共同でからかう時といい、性格の相性も悪くなかったと思う。

 けれど、あれは、ダメだ。

 

「そんなにシャロンにとって都合が悪かったの?――フランツ・ラインフォルトの情報って」

 

 そう。

 フランツ・ラインフォルトの生存を匂わせる情報など、あってはならない。 

 もし彼が生きているのなら、己は――イリーナやアリサから離れなければならないのだから。

 

 

「おやミリアム様、気が付かれたのでしょうか」

「ううん、アリサが気づいて、相談を受けたことがあったからさ。もちろん、ボクだけじゃなくてⅦ組のみんなにね」

 

 言外に、己を気にかけているのはアリサだけではないと言うミリアム。

 先程の様子から一転した態度に訝しむシャロンだが、意識を切り替えたのだろうと判断する。

 

「はい。私の愛と献身を向ける先がなくなってしまうかもしれませんので」

 

 あの塩の杭の残留物すら見つけ出したリィンの因果、事実はさておき本当にフランツを蘇らせる結果すら引き寄せる気がした。

 そう思うと、シャロンの体から黒いもやのようなものが湧き上がっていたが――それは、部屋を包む暗黒に紛れて誰の目にも見えることはない。

 もしそうであるのなら、と考えたシャロンの思考は狭まり、追い詰められていたところに道化師からの今回の要請。

 彼女にとって渡りに船と言えた。

 

「どうして? 別にその人が生きてることとシャロンが二人から離れるって全然関係ないような……」

「フランツ・ラインフォルトが戻るまでの雇用。それが、私とイリーナ会長の間に交わされた契約です。

 必然、生存が確認出来るのなら私はそこでお役御免となりましょう」

「随分とそこは素直に受け入れちゃうんだね」

「契約とはそういうもの。ミリアム様もわかるのではありませんか? それに……相手はイリーナ様。もとよりシャロンという名はあの方に与えられたもの。

 ならば、その契約がなくなればシャロンという人間が消えるのは当然のことなのです。ミリアム様、私と同類(・・)の貴女ならわかると思われますが」

 

 語るべきことは終えた、とシャロンは沈黙する。

 彼女に言わなくていいことまで話したのは、境遇からの共感か。

 あとは、彼女というリィンにとっての守護対象が居たからこそ、彼への初撃(どく)を無事に当てられたことへの感謝か。

 どちらにせよ、彼女はこの場での後始末をするべくミリアム達へ足を進める。

 

「…………リィンをこうまでしてまで離れたくないって思ってるなら、言えばいいじゃん」

 

 だが、ぽつりと漏らされた言葉に足を止める。

 感情の揺らぎは伺えない。

 ただ、疑問のままに口にしたような台詞。

 

「フランツ・ラインフォルトが戻って来ても私を雇い続けてもらえますか、って。そんな簡単なことも言えないの?」

「……お友達を傷つけられて怒りましたか? ですが、その立場は仮初のもの。貴女の本来の身分は――」

「――ああ、そっか。ボクとリィンってオトモダチなんだっけ」

 

 疑問が晴れた、と言うようにミリアムの声に陽気さが戻る。

 

「なんでこんなモヤモヤしてるんだろう、って思ってたけど……それなら納得。それに、オトモダチだからこんなお願い(・・・・・・)も聞けたんだね」

「……何を――」

 

 ミリアムとリィンが居るであろう場所に、光が灯る。

 正確には、ミリアムはARCUSを取り出していた。そしてそのARCUSは起動状態にあった。

 その事実が意味することを、シャロンを身を以て味わうこととなる。

 

 カシュン、とシミュレーター室の扉が唐突に開く。

 閉じられたはずの、こちらから開けなければ開くことのない扉が解放されている。

 暗黒一面の部屋に差し込む光の中から現れたのは、アリサだった。

 その姿に愕然とすると同時に、シミュレーター室の時属性の力が霧散する。

 まるで差し込まれた光に払われるように、シャロンごと部屋を包んでいた暗黒は何もなかったかのように消えていく。

 そのことに疑問などない。

 そんな余裕はシャロン・クルーガーの頭になかった。

 ただ、アリサ・ラインフォルトが目の前に居る――それだけで、シャロンの動きは止まっていた。

 

「お、嬢、様……」

「……………」

 

 アリサは無言でシャロンとその顔を血に染めるミリアム――そして、彼女に抱えられ、口元から赤い雫を垂らすリィンを見る。

 次いでシャロンを見直す。

 彼女の手に抱えられたナイフには血が滴っていることを見れば、誰が何をしたのかなど一目瞭然だった。

 

「――――」

 

 ミリアムが改めて治癒のアーツをリィンに使う様子を見やり、アリサはシャロンへ歩み寄る。

 ひどく動揺するシャロンの姿に構わず近づいたアリサは――

 

「こんのぉ…………バカああああああああああああああ!」

 

 溢れ出る激情と共に、人生で最も全力を込めたビンタでシャロンの頬を打ち抜いた。




情報ってマジ大事、そんなVSシャロン戦。
割とシャロンさんとミリアムって類似点ある気がします。
というかゲームでもそんなに見ない絡みを考えても、そこまで違和感なく描写出来る辺り軌跡シリーズのキャラクターって良い具合に設定作られてるなって思います。

しかし描写してアレですが、今回の話を受け入れられない人多そうだなぁと不安ですね…
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