はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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フフフ、息子よ。老師との手合わせをしよう

 ローゼリアとのあれこれを終えたリィンが鳳翼舘へ向かおうとすると、シュバルツァー男爵家からラウラが出てくるところだった。

 聞けば、足湯の後にユンが男爵家に居ることを知ってすぐに向かったそうだ。

 ラウラに手合わせのことを話してから、どこか落ち着きのない様子だった理由に納得するリィン。

 リィンとてヴィクター相手に興味津々だったため、彼女の気持ちは同じ剣士として非常によくわかった。

 少し緊張気味だったラウラも、鍛錬の仕方や剣士の心構えなど、浮かんだ疑問をそのままユンにぶつけたそうだ。

 おそらく数多くの剣士から尋ねられたのだろう、ユンの答えに淀みはなくラウラの質問に答えてくれたらしい。

 

 一度そこでラウラと別れて実家で夕飯を楽しんだリィンは、改めて鳳翼舘へ向かう。

 夕飯を終えたⅦ組と上級生達は揃ってロビーにおり、頬を紅潮させて湯気を放っていることから全員で温泉に入ってきたようだ。

 浴衣という湯上がりの服装も新鮮のようで、トワなどは旅館の従業員に色々と話を聞いている。

 アンゼリカはそんなトワの背後に立って、湯上がりとは違う意味でも顔を赤らめていた。

 

「リィン君。温泉とっても気持ちよかったよ。さすがは温泉郷ってだけあるね」

「ご満足いただけたなら何よりですよ。クロウ先輩も疲れは取れましたか?」

「あー? まあここの温泉に入ってる間は、色々忘れた気分になった」

 

 湯上がりのフルーツドリンクに手を付けながら、クロウはそっぽを向きながら言う。

 隣ですでに三本ほど瓶を空にしているジョルジュが、照れ隠しなのだと教えてくれた。

 ちなみにジョルジュは夕飯も絶賛してくれたので、狩りで材料を調達したテオにも良い報告が出来ると、リィンは息子として嬉しくなる。

 頷くリィンにエリオットが話しかけてくる。

 

「リィン、ラウラから聞いたけど……明日は剣の師匠と手合わせするんだって?」

「もう聞いてたのか」

「あはは、明日は何があっても、少なくともリィンと私の邪魔をするなって気迫だったからね」

「そこは剣士の性ってやつで納得して欲しい」

「しかし言い方が誤解しか生まれなかったぞあれは。君といいラウラ君といい、ノーザンブリアで出会った女騎士といい、剣術を学んだ者というのはみんな天然の気があるのか?」

 

 お黙りやがれですわ! という幻聴が聞こえてくるようなマキアスの発言。

 フェンシング部に所属するパトリックやアランのことを考えればその限りではないはずだが、周囲にそういった認識を固めてくる相手しかいないので否定し辛い。

 

「ユーシスも割と天然じゃない?」

「誰が天然だ、誰が」

 

 椅子に座りながらミリアムの意見をやんわり否定するユーシス。

 彼も温泉で流れていった疲れを再発させる気はないのか、いつもよりその声は優しい気がした。

 

「ふー、気持ちよかったぁ……」

 

 そこにアリサとフィーが濡れた髪をタオルで拭きながら歩いてくる。

 紅潮した頬やどこか潤んだ瞳が男子の目を集めてやまない。

 

「あ、リィン。エマの妹さん(・・・)に会ったけど、貴方が呼んだんだって? いつでもどこでも貴方ってば他人の家族のところに顔を突っ込んでるのね」

 

 そんなアリサ達がリィンを目に入れると、いきなりとんでもないことを言われる。

 エマに妹なんていたか? と思案するリィンだったが、その疑問はフィーの言葉で晴れる。

 

「母親は違うってところにちょっと共感。エマも話があるそうだから、今は突入しに行かないでね? 流石にミリアムより小さそうな子は……」

「俺をなんだと思ってるんだ」

 

 ミリアムより年下なエマの身内、と聞いてリィンはローゼリアと判断する。

 用事を済ませた後はエリンに転移したと思ったら、温泉を堪能しに行っていたらしい。

 そこでエマと遭遇し、彼女のお説教が飛んでいると言ったところか。

 のぼせるほどに長くなれば、パープルかメイプルに様子を見てもらおうと考えるリィンに、一人湯上がり以上に酒で顔を赤くしたサラが割り込んでくる。

 

「リィン、ラウラからアンタが剣仙と手合わせするって聞いたけど……本気?」

「本気も本気、大マジです。可能なら、奥義伝承の試しも受けたいところでしたが」

「慰安旅行だってのに、よくやるわねぇ。……でも、今することなの?」

「老師は会おうと思っても会える人ではありませんからね。今、このユミルへ帰ってきた時期に会えたってことに因果を感じたんです。――来週、俺は生死をかけた戦いに赴きますので」

「はあ?」

 

 話題はリィンの手合わせ――マクバーンとの戦いへ準備としての師弟対決に、全員の視線がこちらに集まってくる。

 

「前々から言ってた、友達になりたい人……ってやつ?」

「ええ。色々準備は進めてきましたが、このタイミングで老師に会えたということは、そういうことなんだろうと思ってます」

「いち担任として、生徒がそんな戦いに行くって言われて止めないと思うの?」

「申し訳ありませんが、止めるというなら教官を倒してでも向かわせていただきます」

 

 リィンの瞳に灼眼が灯る。

 鬼の力による灰髪の変化にはなっていないが、本気の態度に自然と鬼の力が呼応したのだ。

 下手をすれば騎神と戦うハメになる、とサラは直感しリィンの言葉に実感を覚えた。

 リィンは顔をしかめるサラに、おどけるように笑みを落とす。

 

「大丈夫です、俺は死ぬつもりはありません。ちゃんと生きて戻って、あの人を学院祭に呼ばなければ勝利とは言えませんからね」

「あの人というのは、五月の特別実習でリィンに大火傷を負わせた相手だろう? 前々から思っていたのだがなぜそこまでこだわる?

 殺されかけた相手の強さに惚れ込んだ、とは俺にはとても思えない」

 

 ガイウスが代表して全員の疑問を発する。

 マクバーンの強さは機甲兵を直接溶かしたところを見た彼にもよくわかる。

 アリサとエリオット、そして機甲兵の強さを知る者ほどそれを一蹴したマクバーンという男の強さを伺えた。

 その上で、なぜそんな男と友になりたいのか、と。

 いくら考えてもわからない、オズぼんのことが見えない彼らにはわかるはずのない疑問があった。

 

(フフフ、息子よ。ここは素直に教えてやるべきだろう)

 

 言われて、リィンは恥ずかしい話だけどと前置きしてマクバーンと友になりたい理由――鬼の力に目覚めた過去を語る。

 かつてエリゼを守るためといえ、十歳にも満たない子供が魔獣を一方的に殺し人外の力を発揮する体に怯えた。

 そんな時、オズぼん――親父に出会ったことで救われたのだと。

 

「マクバーンさんは、親父が見える相手だから友達になりたいんだ」

「……根本的な疑問がある。その親父というのは、人じゃないの?」

 

 リィンの親父について、エマ以外のⅦ組で最も知っているフィーが声を上げる。

 彼女とは互いの父親の自慢話をしたりと、Ⅶ組の中でも共感を持つ相手だったためフィーもそのことはよく聞いている。

 ただ、それでもフィーはこうしてリィンから聞くまで親父のことを人だと思っていた。

 けれど、リィンの口ぶりではまるでそう思えない。

 それを肯定するように、リィンは言う。

 

「姿って意味では人かもしれないけど、純粋な人間じゃないことは確かだな。どちらかと言うと人形みたいな感じなんだ。今も俺の左腕にくっついてる」

 

 そう言って左腕を掲げてみせるが、全員目を丸くするか訝しむか、首を傾げるばかり。

 見えて聞こえるエマ達がこの場にいないため、彼らの疑問は加速するだけだ。

 そこでリィンはオズぼん経由のアイテムの取り出しをしてみせた。

 ツッコムことを諦めていたそれに関しても、親父のおかげで出来ることだと語る。

 

「た、確かに今まで何をどうすればこんなことが出来るのかと常々思っていたし、結局はリィンだからと割り切っていたが……」

「…………まさか、貴様の言う親父とは精霊なのか?」

「え?」

 

 ユーシスが口にした言葉に、リィンは素の声が漏れた。

 その声が聞こえなかったのか、ユーシスは一度口にした意見に説得力を与えるように言葉を紡ぐ。

 

「帝国には精霊信仰が残っている地域がある。ユミルも、そういったものがあっても不思議ではない」

「確かに、ベリルもよく自分の占いは守護精霊であるベラ・ベリフェスのおかげだとよく口にしていた……精霊の力がどういうものかわからないが、我々には理解出来ない超常のものである、ということなら納得もいく」

 

 加えて、意外とベリルと仲の良いラウラがユーシスを補足する。

 一同が納得してしまいそうになる状況にリィンは口をはさもうとするが、それより早くクロウが割り込んだ。

 

「精霊を親父って言ってるが、どんな姿してるんだ?」

「え? えーっと、一言で例えるなら宰相のギリアス・オズボーンがはぐはぐって感じでデフォルメ化された人形です」

 

 その言葉にクロウの時間が止まった。

 時間が止まったのはクロウだけでなく、全員が言葉の意味を理解出来ない、したくないと言わんばかりに呼吸すら止めていた。

 さしものリィンも異様な空気に何も言えずにいると、最初に復活したのはガイウスだった。

 

「リィンが鬼の力と呼ぶものも、精霊の加護ということなのか」

「そうだね……リィンがやたらエマと親しげだったのは、目に見える力以上になにか感じてくれたのかも。エマって霊感強いし」

「ベリルは言わずもがなだし、ロジーヌも信仰深いシスター見習いだし、そういったものを見る力が優れているかもしれないな」

「いや、みんな?」

「リィン君が分身したり、その分身したリィン君が実体を持つっていうのも精霊の力のおかげなんだね……」

 

 全員が全員、オズぼんの姿に言及するのを避けていた。

 

(ど、どういうことだ?)

(フフフ、かつての人間が見えないもの、透明なものを神と崇めたように、精霊には一種の神秘性が求められるということだろう。私の姿を精霊と結びつけるのを、頑なに拒否したとも言える)

(イワバ、女神ノ姿ガおずボンダッタヨウナモノダカラナ)

 

 ヴァリマールの意見は絶対違うと否定するが、オズぼん――彼らの脳裏ではデフォルメされたオズボーンが精霊のスタンダードだと思ってしまえば後戻りが出来ないと本能が訴えたのかもしれなかった。

 エマが居れば曖昧な表情で沈黙しつつ、Ⅶ組の意見に乗っかりリィンに詰め寄られたことだろう。

 

「でも、その異能が精霊の力……親父って呼ぶほど精霊と距離が近しい、っていうのもリィンらしいって言えばリィンらしく思うよ」

「入学から今まで、彼の人脈を作る能力は凄まじいものがあると思っていたが、スタートからして精霊と親交を結んでいるというのなら人と仲良くなるなんて朝飯前なんだろう」

「ノルドのように、自然に加えて霊的ななにかと共に心を育んで来たのなら、リィンの性格も納得が行くというものだ」

「それで、精霊の力を感じ取れたそのマクバーンって人とも友達になりたいってわけね」

 

 と、そんな風に皆が一様に納得を示していた。

 精霊を感じ取る人と特別親しくなりたい、と間違われていることに目を細めながら結局は全員の誤解は解けることはなく、経緯を聞いたエマだけは何も聞かなかったことにして再度温泉へ入ってのぼせていた。

 とはいえ、一同はリィンの過去を知り――一部を除いてトールズの絆は、また一つ強くなったことに違いはなかった。

 

 

 ユミルには練武場というものはない。

 自然の渓谷や時にアイゼンガルド連邦へ山ごもりと称して出向いた先での稽古が、リィンにとって八葉一刀流の学び舎だった。

 今回もそれに類じて、リィンとユンはアイゼンガルド連邦の一角で対峙している。

 ユミルの住人も、リィンとユンの手合わせに興味があったようだが、周囲への影響を考えると郷の中で行うわけにはいかない。

 そのため、Ⅶ組と上級生、サラやセリーヌにエリゼという大所帯が今回の立ち会いの見物人だった。

 

 シャロンとの戦いで情報の大事さを知ったリィンであるが、士官学院の面々相手に隠すことはないとして老師の許可を取っている。

 反省していない、というより全員への信頼と言えた。

 ちなみにテオとルシアは鳳翼舘の面々と協力し、ユミルの住人一同を巻き込んでリィン達が戻ってきた時に宴を催すため準備を行っている。

 

 リィンは岩場の上という不安定な足場を確かめていると、ユンが太刀を掲げながら言う。

 

「リィン。鬼の力でもなんでも出し惜しみせずかかってくるがいい」

「老師、それは……」

「師を気遣うなど、儂から一本取ってからにするがいい。お主との手合わせは半年ぶりだが、その間に得たものをこの目に見せてみよ」

 

 静かに抜き放った太刀を構えるユン。

 腰だめに刀を下げて佇むその姿は、リィンの構えと瓜二つだ。

 師匠なのだから当然と言えるが、老師はあえてリィン独特の間までも模倣しているように見えた。

 

「……では老師。俺がトールズで得た全てをお見せします」

 

 リィンはちらりとエマを見る。

 彼女はきょとんとしたが、隣にいるエリゼとエマを交互に見比べることでその意図を察した。

 静かに、周囲に気づかれないように魔術を展開。霊視でなければ気づけない魔術の結界を構築した。

 その効果は精神の鎮静。

 すなわち――

 

「おおおおおおお…………シャアアアアアァァァッァア!」

 

 鬼気解放による鬼眼がリィンの瞳に宿る。

 物理的な衝撃さえ生み出すと錯覚する威圧感が見学者を襲う。

 Ⅶ組の面々も見慣れているとは言い難いが、初見であるエリゼなどは鬼の力を超える変貌に恐怖で喉が震えそうになる。

 だが、エリゼが思う以上に怖さはなかった。

 それはエマが構築した魔術の効果もあったが、エリゼにとってあの力は、兄が誰かのために使う力だと知っているからだ。

 

「八葉一刀流中伝。リィン・シュバルツァー」

「八葉一刀流開祖。ユン・カーファイ」

 

 互いに名を明かし、リィンの足に鬼気が練り込まれていく。

 ユンは千里眼にも等しいその知覚能力により、龍脈――東方では霊脈をそう呼ぶ――から直接引き出しているような力の奔流を感じていた。

 

「参る」

 

 来る、と思った瞬間、すでにリィンの太刀はユンの懐へ侵入していた。

 瞬きすら許さない高速の斬撃。

 デュバリィや偽物といえ《風の剣聖》との戦いを経験したリィンの()の型は、奥伝に迫る成長を見せていた。

 

 だが、相手はその弐の型を生み出した八葉の原点にして頂点。

 神速の太刀に差し込まれたユンの太刀がリィンの斬撃を絡みとる。

 (いち)の型、螺旋。

 全ての武術の基本にして応用のそれを、八葉一刀流の中に組み込んだ型。

 それは受け手においても健在であり、リィンの剣はユンの螺旋に巻き込まれその威力を完全に殺されてしまう。

 

 観戦者、特に武芸に秀でたラウラの目でさえもリィンが消えたと思ったらユンと位置を入れ替わっていた、としか認識出来ない速度。

 まだ手合わせの初手だというのに、剣術を学んでいないエリオット達でさえも謎の高揚感に体が震えていた。

 

 リィンは初手が不発だと悟った瞬間、すぐさま同じ螺旋で対応せんと劫凰烈波の構えを取る。

 だが、ユンは弐の型を使っていないにも拘わらずリィンの周囲に分け身を作り出す。

 ゆったりと、まるで散歩するように歩いている様子でありながら、何人ものユンがリィンに近寄ってくる。

 その音はあまりにも静かだった。

 シャロンとの戦いを経験して、闇の中での攻撃にさえ対処したリィンでさえ、ユンが岩場を歩いていると思えないほどに何の気配もない。

 

 まるで幽霊が闊歩しているかのように実体のないそれに対し、リィンは攻撃を壱から()の型へ切り替える。

 

「幻葉切り!」

 

 導力や闘気を媒介として力を伝える伝播浸透の攻撃。

 ルーレでは導力の層といった厚みを突破出来ない弱点こそ生まれたが、逆を言えば厚みのないものであるのなら何の遮断もなく効果を発揮する。

 

 ユンのあの無音の分け身の秘密は、共和国で学んだ氣という特殊な闘気の操作術の応用だ。

 八葉一刀流は元々東方剣術の集大成。

 あらゆる技術の良いとこどりとも言えるそれは、かつて《銀》も似たような気配の遮断を行っていたが、ユンのそれも源流は同じなのだろう。

 だが、過程はどうあれそれは闘気を使った分け身と言える。

 実体を持つ分け身と違い、中身を限りなく薄く空虚にしたものであってもそこに闘気が使われているのであれば、幻葉切りは防げない。

 

 そう考えていたリィンの思惑は、一体目の分け身に斬撃が伝播した瞬間に崩された。

 幻葉切りの刃がユンを切り裂いたと思った瞬間、分け身のユンが無手(・・)で幻葉切りを無効化したのだ。

 

「あれは、泰斗流の……!?」

 

 アンゼリカが声を荒げる。

 泰斗流は共和国の武術だ。剣術と銘打っているといえ、東方武術の集大成であるとも考えればその流れを汲んでいてもおかしくはない。

 

「螺旋が全ての武術の基礎であるということは、力の通し方も決して一つの流派が独自に持っているものではない。そういう意味では、独自で、それも剣術でたどり着いたことは素直に褒めるべきところじゃな」

 

 つまるところ、ユンはリィンの幻葉切りを幻葉切りで相殺したのだ。

 だがしかし、実体ならともかく分け身が使った戦技で相殺されるなど予想外だ。

 それでもリィンは動揺を一瞬で鎮め、分け身ごとユンを吹き飛ばすべく太刀に鬼気を収束させながら跳躍。

 螺旋の動きを描いて太刀から噴出する黒焔、劫炎をまとった太刀の切っ先が劫凰の嘴となって空から飛びかかる。

 ユンはそれに対し納刀、伍の型残月を以て迎撃体勢を備える。

 

(技で来る……なら、力で押し通す!)

 

 劫炎撃以上の力技である劫凰烈波(ごうおうれっぱ)でユンの防御を打ち崩そうとするリィン。

 いかに優れた剣士といえ、老齢による筋力の衰えは人間である以上避けられないものだ。

 ならば、技術戦でなく力で挑むほうがまだ勝率はある。

 そう思っての選択だったが、ここでリィンは違和感に気づく。

 先程まで展開していたユンの分け身が全ていなくなっていることに。

 

(一体どこに――!?)

 

 その問いは、四方より襲いかかる緋空斬による包囲網が答えた。

 ユンは分け身から戦技を使えることは今しがた見た通り。

 ならば分け身達が(ろく)の型である緋空斬を使うなど当然のことであった。

 それは、リィンも承知していた。

 それごと薙ぎ払うための劫凰烈波なのだから。

 

 しかし、無音であり気配すら察知出来ないそれらは、意識の外からの攻撃が適していた。

 故に、鳥の翼を撃ち抜く狩人の弾丸の如く、ユンの緋空斬は劫凰の羽根――リィンの螺旋の動きを緩めていた。

 散らされた螺旋に本来の威力など期待するべくもなく、リィンの不完全な劫凰烈波はユンの残月によって撃墜される。

 

 斬り落とされたリィンが岩場を転がる。

 彼の鬼の力を知っているからこそ、観戦者達の心にはリィン以上の驚きに包まれていた。

 いかに師であると言っても、同じ技を使うからと言っても、こうまで鮮やかにリィンを完封するさまを見せつけられるとは思っていなかったのだ。

 

「鬼の力、そしてさらなる深奥。見事なものじゃ。……しかし、リィンよ。それがトールズで得た全てであるのなら、奥義伝承など口にすることを恥と知れ」

 

 すぐさま立ち上がるも、リィンの心には波紋が広がっている。

 トールズに入学して得た全てはまだ出し切っていない。

 だが、それでも入学前には手にすることのなかった力はユンに汗一つかかせることなく対処されてしまった。

 

「…………これが全てというならば、リィンよ。マクバーンなる者との戦いはやめよ。これでは自殺するようなもの。みすみす弟子を死なせに行くほど、儂は悪い師ではないのでな」

「それは、出来ません」

「ほう? あんな攻撃しか(・・)出せない実力で、よく言えたものじゃ」

 

 老師の言葉に、リィンは黙る選択肢しか与えられなかった。

 鬼気解放が、まるで通用しない。

 ユンの強さは知っていた。

 鬼の力も通用しない格上が世の中に居ることも学んだ。

 それでも――こうまで何も通用しないなんて思わなかった。

 奥義伝承は、驕りでしかなかったのか。

 そんな不安すら浮かんでしまうほどに、リィンは追い詰められていた。

 

「この立ち会いで何一つ成すことなく終えるというのであれば、そこまでの話……それでも求めるものに手を伸ばしたいというのであれば、その剣と心を示してみせよ」

 

 抜刀されるユンの太刀。

 それが己に迫っているにも拘わらず、リィンはどこか他人事のように感じながら、その刃の軌跡をぼんやりと見つめていた――

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