十月十日、日曜日。
ユミルへの小旅行を終えた週の自由行動日。
リィンはエマにセリーヌ、ベリルとロジーヌの三人と一匹を伴いブリオニア島へやってきていた。
対マクバーン、決戦当日である。
ユミルに赴いたクラスメイトや上級生達も興味はあったようだが、下手をすれば島が消し飛ぶかもしれないとのことで自重してもらっている。
何より、リィンからいつも通りでいるのが一番の応援、という言葉に説得されていた。
オーレリア達とは巨像の前で現地集合だ。
転移を持つエリン組はもう一足先に着いているかもしれない。
そう思うリィンは早足になりかけるが、落ち着いて砂浜に置いた荷物の中からある衣装を取り出した。
「よし、着替えてくるからちょっと待っててくれ」
「あの、リィンさん」
休憩小屋へ向かおうとするリィンへ、エマがおずおずと困惑の目を向けてくる。
何かおかしいことでもあったのか、と思っていると、ロジーヌが苦笑しながら指摘する。
「エマさんは今しがた取り出した服が気になるようです。私もちょっと気になりますが……」
「ウフフ、僅かな魔力を感じるわ。魔女のお手製といったところかしら?」
「そうなの?……ホントね。でも、感じる力は小さすぎるような……」
ベリルがそう言うと、服から漏れる力を感じ取ったセリーヌが怪訝の目を向ける。
リィンは改めてその服装の全貌を少女達に示すように生地を広げた。
「これはニーナやシギュンが縫ってくれた服でな。生地の調達にアルビレオがオーロイさんやユークレスさん相手に頑張ってくれて、最後にノアがぺしぺし叩いて生地の硬さを取ってくれた子供達の結晶だ」
リィンの手に握られているのは、黒銀のコートだった。
肩の部分に簡易のアーマーが備え付けられ、背中には十字架の刺繍が施されている。
裾は使い古されたようにあえてボロボロで、複数のベルトやところどころに巻き付いた銀のチェーンが特徴的だ。
パンツ部分も何故か一部が破れて素肌が見える仕様となっており、膝を超える大きなブーツと合わせると全身真っ黒のコスチュームと言える。
少女達の視線は険しい。
あのロジーヌでさえなんとも言えない表情で、笑顔から焦りが伝わってくるようだった。
一言で例えれば、イタイ。
「……確かにあの子達が何か絵と睨めっこしていたのを見たことあるけど……」
「ま、待ってください! 確かにリィンさんの衣装を作っているところは見たことがありますが、それはあくまで制服でしたよ!?」
エマが混乱しながらまくし立てる。
エリンに帰省した時、よく武器も服もダメにするリィンのために子供達がお手製の服を送ると言って布地と睨めっこしていた覚えがある。
だが、それは制服のスペアであり決してこんな十四歳の子供が考えたような思春期真っ盛りな服装ではなかったはずだ。
「それもちゃんとあるけど、俺としてはこっちのデザインのほうが……」
「学生服で良いじゃないですか! そもそもこれニーナちゃん達が考えたとは思えないんですけど!?」
「ウフフ、確かシギュンに練習用のデザインはないかと訪ねられてリィン君のノートを渡した覚えがあるけど……完成させていたのね」
「原因は貴女ですか!」
リィンの紹介で占いに興味を持っていたシギュンと会ったことのあるベリルが、そう言えばと思い出を語る。
エマは実家がもう戻れない場所まで来ていると恐怖を覚えてしまった。
「あの、リィンさん。いつもの制服ではダメなのですか?」
「この服装ってマクバーンさんに似てるだろ?」
ロジーヌの言葉に即答するリィン。
この男、どうやらペアルックを目論んでいるらしい。
記憶の中のマクバーンの姿を思い出そうとするエマだが、似ていると言われれば似ているかもしれないが、決してこんな黒ずくめでロックなものではなかったはずだ。
「ほら、へそ出しだぞ」
「肌着なしならそうなるでしょうねぇ! シャツとかないじゃないですか! こんなの着て決戦とか一緒に戦うこっちが恥ずかしいったらありません!」
少なくとも、《外の理》にして意志を持つ塩の杭とまで評された危険な男との戦いに着ていくには頼もしさより羞恥心のほうが遥かに上だ。
そう言ってリィンの手から強引に服を奪おうとするエマを、ロジーヌが背後から羽交い締めのように抱えて止める。
「エ、エマさん落ち着いてください。子供達が頑張って縫ってくれたものなんですよ?」
「だからってこれはないです!」
「見習いといえ、《
「マクバーンさんと友達になるための今日だぞ? 子供達のピュアピュアな気持ちが込められたもので挑みたいじゃないか」
「……………」
(エマ、その顔は処分したいけど子供達が作った事実に変わりないからどうしようって考える顔ね……)
始める前から頭痛がするエマを宥めながら、ロジーヌがリィンに声をかける。
「リィンさん、それは今度教会で行われる劇などで使いませんか? あくまでそれは練習用として作られたもの。
この戦いに赴くために作られたのは制服で、気持ちが籠もっているというのであれば、制服が一番だと思います。
件の方と出会った時はいつも制服だったのなら、それこそが戦いに赴く衣装と言えないでしょうか。リィンさんが数々の強敵と戦った時、常に身にまとっていたのは士官学院の制服なのですし」
どう聞いても小さな子供に向けるような優しい声音だった。
それに気づいているのかいないのか、リィンは記憶を思い返すように顎に手を当てて思案し……やがて、ロジーヌの言葉を受け入れて納得してくれた。
「ありがとうございます、ロジーヌさん……」
「いえいえ。エマさんのそれは、ご自分で?」
「これは他の魔女の皆様が縫ってくださいまして……」
エマの衣装はケープ付きローブだ。
薄紫と黒を基調としたものであり、色の濃い生地を引き立たせるような白いスカートが眩しい。
それでも袖にフリルが付いている辺り、エマの少女性を感じさせる可愛らしさが伺える。
「ロジーヌはシスター服で、ベリルはその格好だといっそう占い師っぽく見えるな」
「ウフフ、ありがとう」
ロジーヌのシスター服は七耀教会の修道女が着ているものと似ているが、どことなく生地に厚みがあるような気がする。
デザインは同じだが、戦闘用に仕立てられた作りらしい。
従騎士の上の正騎士になればまたデザインが違うようなので、その姿も見てみたいとリィンは思った。
ベリルの服装は、リィンが着ようとしていた黒銀のコートに似た真っ黒なドレスだった。
フリルやレース生地をあしらったデザインは彼女独特の空気を底上げするように、黄金の瞳と合わせて吸い込まれそうな雰囲気を覚える。
頭に結った蝶を模したリボンとは別に、帽子にも彩った紐は一見すれば無人島へ来訪した令嬢に見えなくもない。
(フフフ、息子よ。お前だけ制服というのも一人空気が読めていないという気がしないでもないな)
(やっぱりあの服に――)
(制服のほうが遥かにマシです!)
オズぼんが睨むエマに肩をすくめるような声を漏らし、沈黙する。
空気を変えるようにセリーヌが割り込んだ。
「ここで無駄に時間を潰す意味はないわ。さっさと巨像のところに行くわよ」
そう言ってリィンの肩に乗るセリーヌ。
いざという時はその肉球で口を塞ぐという意気込みを感じた。
「こんな時でも、本当にリィンさんはいつも通りで安心します」
「少しは緊張してくれるほうが私としてもやりがいがあるのですが」
「もういい加減そういうもの、って割り切ればいいのに、相変わらず生真面目ね」
だからこそのエマさん、と薄笑いのベリル。
その通りだなー、と他でもないリィンに頷かれてイラッとするエマだったが、ここで突っ込んでしまうと先の繰り返しであると理解していたため、先導するようにブリオニア島を進んでいく。
三人と一匹は顔を見合わせながら、その頼もしい背中に続いていった。
*
「ようやく来ましたか、シュバルツァー」
巨像の前には、腕を組んで仁王立ちするデュバリィが待ち構えていた。
羽兜に鎧と盾、腰に帯びた剣はかつてレグラムのローエングリン城で行われた決闘を思い出す。
あの時全て壊れた武具は、修復済みのようだ。
隣にはオーレリアとヴィクターが佇んでおり、直接戦う三人が早速集合している。
「すみません、待たせてしまいましたか?」
「何、待つ時間もこの娘を鍛えることに使えたからな。退屈ではなかったよ」
「鍛える……?」
「どうもその娘がアルゼイドに文句を言っていたそうだ。師と学んだ流派の侮辱を見て見ぬ振りをするわけにもいかん、という理屈で彼女が手を出したわけだ。そして決着後、自宅へ持ち帰って今に至るそうだ」
「叩けば叩くほど成長する逸材でな、最近付いた体の錆を補う良い鍛錬であった」
満足そうなオーレリアに、デュバリィはぐぬぬと歯ぎしりをしながら睨んでいる。
リィンが向ける目は、どうしてオーレリアに従っていたのかという疑問だ。
デュバリィは結社《身喰らう蛇》に所属する者。
正確にはその使徒であるアリアンロードに付き従う、鉄機隊の筆頭剣士。
ならば、素直にお持ち帰りされたとしても今までオーレリアの下に居る理由がわからなかった。
彼女の足ならば、例えオーレリアでも捕まえるのは簡単ではない。そもそも転移をすれば一発だ。
その疑問に答えるように、デュバリィは腕を組みながら鼻を鳴らす。
「マスターからの指示は、貴方への協力。裏を返せば、劫炎を倒すまで私はマスターの下に戻れないということです」
そうかな? とリィンは思ったがデュバリィの中ではそういうことらしい。
別に普通に戻っても、この日に来てくれれば問題なかったのだが、彼女の中ではそうではなかったようだ。
「ひとまず貴方との決闘で壊れた武具の調達をしようとオルディスに訪れていたのですが……そこを捕まったわけです」
「客将扱いで雇わせてもらった。事実、ウォレスもあやういほどの実力者であったのは好都合。私だけでなく、領邦軍にとっても良い練武の期間であっただろう」
つまり、オーレリアにお持ち帰りされた後は彼女の下で働かされていたようだ。
ミラの問題もあるだろうが、劫炎との戦いに備えた実力の向上に《黄金の羅刹》はお互いにとって良い鍛錬相手だったのだろう。
「オルディスから離れることはなかったようなので、リィン達のほうには届いていなかったかもしれんが、カレイジャスには《貴族派》が新たに雇った客将の報告があった。……まさか知り合いの上に噂の結社の者とは思わなかったが」
ヴィクターの言葉に、リィンはふと気になることがあったので聞いてみる。
「あの時はカレイジャスのことを知らなかったので普通に頼んだままでしたが、問題ないのでしょうか?」
「皇子は苦笑しておられたよ。ただ、リィンのわがままと知れば送り出してくれた。僕自身、リィン君には助けてもらっているばかりだから、今回は代わりに助けてやって欲しい、とね」
「殿下……」
「本人も来たがっていたが、流石に艦長不在に加えて皇子まで抜けるのは控えてもらった。何より……下手を打てばこの島が地図から消える可能性もあるのだろう?」
「はい。そうならないための手も色々打ちましたが……ロジーヌ、トマス教官は見てないのか?」
「ローゼリアさんや第八位と共に行動を取られると伺っております。時間になれば来ると思われますが――」
「もう来ているみたいよ」
「え?」
「――なんじゃ、脅かし甲斐のない」
ベリルが目を向けた先に転移陣が生まれ、そこからローゼリアが現れる。
その後にトマスとバルクホルン、そしてミュゼが続いた。
「ミュゼ! 本当に来たんだな」
「はい、お久しぶりです、リィンさん。来ちゃいました」
ある意味この場にいるのが場違いでしかない貴族の少女、ミュゼがスカートをつまみ優雅な一礼をする。
初対面の相手もいるため、自己紹介をする彼女の話を聞きながらリィンはエマを見やる。
「エマから魔術の訓練をしてた、ってのは聞いてたけど……どうなんだ?」
「思いの外上達が早かったです。……結局おばあちゃんも転移以外の魔術も教えたそうですが」
「迂闊に言葉を交わすと、どこからでも拾ってくるぞこやつ」
「帝国の貴族の未来は明るい、と言うべきなのでしょうかね」
苦笑するトマスの格好は、士官学院で見る服装とは違っていた。
いつものぐるぐるメガネは控えめなものとなっており、落下防止なのか紐に繋がれている。
コートの腰部分にはロジーヌが首から下げたペンダントと同じものが吊られており、これが星杯騎士を証明する身分を示したものなのかもしれない。
バルクホルンは以前と変わらぬ神父服だが、その佇まいから感じる気配は帝都の時には見られなかった力強さを覚えた。
おそらく、聖痕の力が譲渡による低下状態でなく、完全なものであることから感じるものだろう。
「これで、全員……いえ、シュミット博士はどうされたんでしょうか?」
「あやつなら現地には来ぬよ。こちらを観測していることに違いはない――というか、のう」
ローゼリアが目を向ける先はトマス。
彼は困ったように苦笑しながら、上を指した。
釣られるように見上げると、そこには一隻の白い船が浮かんでいる。
「あれは……」
「我々守護騎士に与えられる船……詳細は省きますが、メルカバと呼ばれる飛行船です。今回の一件は教会でも守護騎士二人が動員される事態ですからね。
博士はあの中におられるのですが、中を検分されるのが困ったところといいますか」
リィンにはその光景がありありと浮かび、同情するように苦笑する。
ARCUSで繋げるか、とローゼリアは言うが無駄な話だと切り捨てられるのがオチなので断っておく。
「あれで《匣》を強化……するんでしたっけ。確か、聖痕の力を使う兵装があるとか」
「本来は聖痕の力を砲撃に転換するものですが、こういった使い方も可能ですからね。先輩の分と合わせて、なるべく島から被害が出ないようにしますよ」
「少なくとも、帝都で最後に見せたあの黒焔は防げると思ってくれていい。……あれが最大出力であるなら不安もないが、まだ上があるそうだからな」
直接マクバーンと対峙したバルクホルンは深刻な表情だ。
リィンも受けたことがある、ジリオン・ハザードと呼ばれたマクバーンの極炎。
生身だったといえ、二人の守護騎士の聖痕を砕いた破壊力にさらなる底があるというのは、想像が出来ずに笑ってしまう。
「オーレリアさんは確か、守護騎士の第一位をご存知なんでしたっけ?」
「ああ。あの法剣の冴えは見事と評する他ない凄まじさだ。いずれ雌雄を決したいところであるが、今はそんな我らより上とされる者が先だ」
「きっと満足する相手だと思いますよ」
「期待出来そうだ」
待ちきれずに漏れる闘気を察したデュバリィがオーレリアからこっそり離れるのを見ながら、ベリルもトマスに言葉を向ける。
「素敵な船。私も乗船出来るかしら」
「甲板に乗せるだけなら構いません」
「ウフフ、なら後でお願いするわね」
「なら、足を用意しておかないとな」
ベリルの願いに答えるように、リィンは腕を掲げた。
「――来い、ヴァリマール」
「応」
呼びかけに応じて、灰の騎神が召喚される。
リィンはロジーヌに目配せをすると、彼女は頷きながらヴァリマールに走り寄る。
同時に発光するロジーヌの体。
彼女は光に包まれると同時に、ヴァリマールの胸に浮かんだ魔法陣の中へ吸い込まれていった。
彼女にはヴァリマールを通じた支援射撃を行ってもらう予定だ。
「早速、ですか」
「全員揃った挨拶でも、と行きたいところだったけどそろそろ
「それは残念ですが、従っておきましょう」
「ミルディーヌ様、それではこちらへ」
「ロジーヌさん、私のことはどうかミュゼとお呼びください。此度は、ただのミュゼとして赴いておりますので」
「……畏まりました。では、ベリルさんや他の皆さんも。――そしてリィンさん。ご武運を」
ヴァリマールを操作して、両手にベリルとミュゼ、トマスとバルクホルンを抱えて飛翔するロジーヌ。
メルカバと呼ばれる飛行船の甲板に四人を下ろしたところを確認すると、ローゼリアとエマ、セリーヌは杖と魔術を展開し、リィン達に《焔の加護》を与える。
かつて帝都の特異点で見せた守護の力であり、劫炎による呼吸器官へのダメージを防ぎ武器にも守りを与えたものだ。
魔女組は継続的に加護を与え続けて、リィン達が自然に戦えるようサポートを行うことになる。
「リィンさん……」
「心配するなよ、エマ。俺一人だけじゃない、みんな手伝ってくれるんだ。だから、そっちはそっちで任せるぞ?」
「…………はい」
エマとの問答を交わし、三人もメルカバへ転移した。
後に残ったのは、リィンにデュバリィ、オーレリアとヴィクターの四人。
「ヴィクターさんやオーレリアさんは、戦術オーブメントはARCUSにされてますか?」
「うむ。適正があると伺っていたが、渡されたものでは不具合はなかったな」
「テスト自体は去年から行われており、半年もの間シュバルツァー達がデータを収集したのです。ならば、改善されているのは当然と言えましょう」
「お二人ほどの剣士ともなれば、味方の妨害なんてミスはされないと思いますが……それはそれとして、戦術オーブメントの進化は頼もしいものですしね」
「…………このレベルの剣士達がする連携とか、相手にするほうは悪夢でしたわ」
憮然とするデュバリィ。
聞けば、戦術リンクのテストとしてヴィクターとオーレリアのコンビを相手に逃げ回る訓練を行ったそうだ。
《神速》を示すように回避に専念したデュバリィはさしもの《光の剣匠》と《黄金の羅刹》のタッグといえ、中々捕まえることに苦労したそうだ。
だが、帝国最高峰の剣士二人に追いかけられるなど、例え訓練でも生きた心地がしなかったんだろうな、と伺えた。
そんな風に苦笑するリィンの顔が引き締まる。
周囲に漂っていた会話ムードは消え去り、目を向ける先に焔が螺旋を描きながら噴出する。
「――こういう場合は、出迎えご苦労って言うべきか?」
焔の転移陣が消えると同時に、その声と威容が姿を現す。
浅黄色の髪が風になびき、赤いコートは周囲に散る赤い炎が形を取るような紅蓮の男。
右腕から渦巻く炎の熱さが、風に乗ってリィン達に届く。
ただそれだけのことで、即座にヴィクター達が臨戦態勢を取った。
「シュバルツァーが言った我らより格上なる者……疑っていたわけではないが、直接対峙すれば、確かに尋常ではない」
「オーレリア・ルグィン……《黄金の羅刹》に、《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイド……それに、まさかのやつがいるな」
「部門違いといえ、同じ組織に属する身。本来であれば相対することなどありませんが、これも決闘の対価にしてマスターの命。超えられなくなった剣帝の壁、貴方を打倒することで示して見せますわ」
「四人ですけどね」
「揚げ足を取るんじゃありません!」
デュバリィをからかいながら、リィンもまたゼムリアストーンの太刀を抜く。
呼応するように、三人も抜剣。
その姿を認めたマクバーンが、唇の端を釣り上げた。
「クク……俺とダチになりてえ、なんて最初に言われた時は頭のおかしいガキとしか思えなかったが、こうして俺を倒し切る算段を整えられると、その感想は取り下げねえとな」
「貴方のことはローゼリアさんから聞きました。記憶を失い、それを取り戻すには本気を出す必要がある、と。
可能な限り、場所も相手も揃えたつもりです。……今は、それだけのために貴方に挑ませてもらいます」
「馬鹿の一念なんとやら、ってやつかもしれねえが、ここまでお膳立てされたら応えないのは失礼だろうな」
そう言ったマクバーンの右側に空間の亀裂が生まれる。
そこから抜き放たれるのは、《外の理》と呼ばれた焦熱の剣。
「こいつの名前は魔剣アングバール……生半可な獲物じゃ、斬り合うことすら不可能だが……てめぇらはそんな心配なくて嬉しいぜ」
同時に息を詰まらせるような圧迫感が場を支配する。
リィンの鬼の力を思わせる変貌。
鬼眼を思わせる漆黒の双眸に、萌黄色だった髪は太陽の如き輝を放つ。
肌には何かの模様を思わせる刻印が浮かび、《劫炎》ではなく《火焔魔人》としての姿を最初から見せつける。
「っふぅー…………おおおおおオオオオオオオ!」
呼応するように、リィンも鬼の力を解放する。
鬼気はまだ解放しない。
ユミル帰省の折、ユンとの手合わせによって指摘された鬼の力への依存。
それらを認めたリィンは、八葉の技と頼もしい仲間との連携を重視するべく本当に頼るべき時のために温存を選択したのだ。
鬼の力を使ったことで鋭敏になった感覚は、ブリオニア島全域が《匣》に包まれたことを知覚する。
準備は全て整った。あとは、全てをぶつけるだけだった。
(フフフ、息子よ。揃えるものは揃えた。あとは、想いを通すだけだ)
(――ああ)
自然と頭を下げる前傾姿勢。
デュバリィ、オーレリア、ヴィクターは戦術リンクを結ばずとも、最初の一合はリィンに譲るつもりだったのを理解していたため、邪魔することはなかった。
その気配りに感謝しながら、リィンは太刀を握り締める。
「八葉一刀流・中伝。リィン・シュバルツァー……参る!」
「来いよ、灰の小僧。……俺の全部、引き出してみせろ!」
七曜歴1204年10月10日、10時。
五十年もの時を彷徨った男の運命を決める戦いは、ゼムリア大陸最西端でひっそりと火蓋を切られるのであった。
決戦前のやり取りが長くなってしまったので分割します。
次回は一話まるまるマクバーン戦で決着まで描写すると思いますので、のんびりお待ちください。