三話分くらいはボリュームありますので、ゆっくりお読みいただけたら幸いです。
振り下ろされた焦熱の剣に太刀を合わせ、壱の型の動きで逸らしながら螺旋撃を叩き込む。
マクバーンの身体能力から繰り出される刃はオーレリアやヴィクターと遜色ない。
それでも、その剣はただ力任せに振るうだけのもの。
彼らのような技が介入しない攻撃は、鬼の力によって身体能力の上がったリィンならカウンターを叩き込むことは可能だった。
「ハッ、温ぃぜ!」
ゼムリアストーンの太刀が差し込まれたにも拘わらず、劫炎は嗤う。
螺旋撃を受けてもマクバーンの体は吹き飛ぶことも動きが止まることもない。
不意打ちならばともかく、攻撃を繰り出した後といえど臨戦態勢の劫炎の勢いを止められないのだ。
返しの刃でアングバールを突き出すマクバーン。
刺突がリィンの胸を串刺しにするより早く、そこに割り込む存在がいた。
「どぉりゃぁ!」
神速の太刀がアングバールの側部を叩き、僅かに軌道が逸れる。
それはリィンに回避の余裕を与え、同時に割り込んだデュバリィと挟み撃ちの場を作り出した。
「合わせます!」
ARCUSと星洸陣が重なり合い、疑似戦術リンクとして機能する。
レグラムの決闘を経ることで互いの理解度が上がった二人は、より深く
裏疾風と神速ノ太刀による、視認はおろか音の察知すら許されない高速の連撃がマクバーンに迫る。
マクバーンは感覚で理解することでなく、全てを巻き込むことを選んだ。
自分を中心とした岩場に亀裂が走る。
内から漏れるのは、大地に打ち込まれた劫炎。
火山が噴火するように、亀裂から生じる焔がリィン達を襲った。
焔の加護を得たリィンとデュバリィならば耐えられるが、噴出される焔の勢いが強く強引に打ち上げられてしまう。
その隙を、マクバーンは逃さない。
「
標的はデュバリィ。
左手から生み出された黒焔の火球が投げられる。
あれを受けてはならない、と判断するも今まさに火球はマクバーンの手から離れようとしていた。
「させません!」
そこに《匣》を通して戦場へ干渉されたエマの封印術が飛ぶ。
黒焔の規模は縮小され、掌よりも小さなサイズに縮んだ火球はデュバリィの剣によって両断される。
焔の加護を受けた騎士剣は、劫炎を直接切り裂いても未だその鋼の力強さに陰りは見えなかった。
「お見事ですわね」
「俺の友達なので」
華麗に着地する二人。
スイッチするように、先陣を譲ったから後は好きにする、と言わんばかりに笑うオーレリアが劫炎へ駆ける。
「はぁ!」
羅刹の剣が走る。
達人級の剣士であっても戦慄する力と技が一体化した斬撃はしかし、アングバールによって余裕で受け止められていた。
「名高き《黄金の羅刹》……まだまだそんなもんじゃねえだろ!」
オーレリアが持つ宝剣アーケディアが力任せに弾かれ、追撃の一撃を受け流す羅刹は焦りもなくただ口元を歪める。
愛剣を持つ手に感じる軽い痺れすら心地良い。
純粋な身体能力だけで《理》に至った剣士の一撃を止めて弾く。
溢れ出す焔は、魔女の加護を受けていなければ肌を焼き空気を伝い喉から肺を壊す人災。
たとえ焔によるスリップダメージがなくとも、感じる力は己やヴィクターよりも上。
なるほど、シュバルツァーが言った通りだとオーレリアは笑う。
「はああああっ!」
羅刹の猛攻に、マクバーンも獰猛に笑いながらその全てを避け、受け、捌ききる。
一対一であっても互角に近い戦いを演じられる相手にマクバーンは喜悦に浸り、同時に背後から羅刹に負けない圧を感じた。
背中に回っていたヴィクターの急襲、そして前にはマクバーンへ突進するオーレリア。
前門に《黄金の羅刹》、後門に《光の剣匠》。
黒焔による攻撃は魔女の術によって制限されている。
そんな師弟の同時攻撃を前に、マクバーンはアングバールを手の中で反転、その剣身に黒焔をまとわせる。
「子爵!」
エマの檄が飛ぶ。
封印術により黒焔の規模は縮小するが、あくまでそれは炎だけ。
アングバール――《外の理》自身の性能までは抑えることが出来なかった。
切っ先から伸びる焔の線がヴィクターを狙う。
咄嗟に身を傾けることで焔の線はヴィクターの体に触れることはなかったが、同時攻撃を僅かに遅らせる。
その一瞬があれば、それはマクバーンにとって二対一でなく一対一が二度になるだけだ。
オーレリアを力任せに吹き飛ばし、返す刀でヴィクターへ炎刃を振るう。
それに込められた力は、初手でリィンへ向けられたものよりも数段上のもの。
武の至境に至る剣士達であっても、それをかいくぐってカウンターを叩き込むことは不可能だった。
そう、オーレリア達には。
「終ノ太刀――」
「プリズム――」
師弟への攻撃をした瞬間、マクバーンへ殺到する二つの影。
戦術リンクの恩恵による、意識の共有。
ヴィクターがマクバーンの背後へ回っていた瞬間から、リィンとデュバリィは自身の力を高めてその力の解放を待っていた。
「黒葉!」
「キャリバー!」
鬼気の刃と神速の剣は、攻撃直後のマクバーンへ吸い込まれるように叩き込まれた。
リィンとデュバリィは追撃を仕掛けず、攻撃を当てた瞬間に走り抜ける。
リィンはヴィクターの隣に、デュバリィはオーレリアの傍へ。
戦術リンクが切り替わり、リィンは鬼気を解放しヴィクターが剣を構えた。
「ヴィクターさん!」
「翔けよ、若獅子!」
アルゼイドの宝剣、ガランシャールに光が灯る。
洸気が込められることで顕現する光の翼は、マクバーンでなくリィンへと向けられる。
刀身を傾けたガランシャールを足場にしたリィンは、劫炎に劫炎をイメージした戦技をぶつけるのでなく、今回だけは別の羽ばたきを具現化させる。
「相ノ太刀――
アルゼイド流の洸気をさらなる推進力とした壱の型の奥義、鳳凰――否、洸凰の嘴がマクバーンに迫る。
すでにリィン達の連撃を受けて体勢を崩したマクバーンに、洸凰の羽ばたきを避ける暇はなかった。
しかし、相手は結社最強と呼ばれる執行者。
例え技への関心がなくとも、その戦闘勘とも言うべきセンスは顕在だった。
「シュバルツァー!」
デュバリィの声が飛ぶ。
同時に上空より迫りくる熱気。
マクバーンはリィン達の攻撃を受けた瞬間、アーツを放っていた。
天より飛来するのは、複数の魔法陣から放出された炎が束ねられた流星。
サタナエル・カノンと命名された炎だった。
「オオオオオオオ!」
リィンは構わず洸凰烈破を展開し続ける。
落下する炎星の直撃も厭わぬ特攻。
いいや、彼は信じていた。
共に戦う仲間がその凶炎を止めてくれることを。
「――では」
「その気持ちに応えます」
少女達の声が響く。
瞬間、天から落ちる炎星に光が割り込み、リィンへ向かっていた暴力をせき止める。
その正体は、巨大な『矢』であった。
「御見事です、ロジーヌさん」
「ミュゼさんのおかげです」
それは、戦場から五十アージュほど離れた上空に潜むヴァリマールから発射されたものだった。
現在の搭乗者は準起動者である従騎士見習いのロジーヌ。
その手にはシュミットと魔女達の共同開発による、変化するゼムリアストーンの武器によって切り替わったボウガンが握られている。
彼女はミュゼからの通信を受けており、彼女の指示に従い狙撃を行った。
メルカバから戦場を俯瞰するミュゼは、リィンやローゼリア、バルクホルンからマクバーンの事前情報を聞いてその類まれな頭脳でサタナエル・カノンによる巻き込みを予測していた。
それでも、指示があったといえ見事にアーツを止めたのはロジーヌの腕があってこそ。
自制が効き、辛抱強い彼女には思いの外狙撃手としての適正が高い。
そんな少女達の連携が、リィンの窮地を救ったのだ。
その信頼に応えるように、洸凰の嘴がアングバールと激突する。
「チイィ!」
マクバーンは両手でアングバールを支えて洸凰烈波を受け止める。
発生したエネルギーによって地面が陥没し、マクバーンの体が沈下する。
それでもゼムリアストーンの太刀に宿った洸凰の翼はアングバールを壊すことも弾くことも出来なかった。
(硬い……!)
壱の型、螺旋の力を組んだ鳳凰烈波に洸気が加わった
それでもアングバールはびくともしない。
マクバーンの身体能力と異能、どちらにも耐えうる《外の理》の剣は、ゼムリアストーンの武装であっても傷がつく様子がない。
さながら木の棒の摩擦で鉄を燃やそうとするかのごとく、リィンは壁の厚さを体感した。
だが仮に木刀で鉄を切り裂くのであれば、それを可能とするのが技である。
二人で足りないのならば、さらなる
「四耀剣!」
洸凰と劫炎のぶつかり合いに割り込んだ羅刹の剣がマクバーンへ疾走する。
不安定な足場に突き刺さった剣から発生する衝撃波の群れがマクバーンに突き刺さり、爆発するような力の解放は魔人を空に打ち上げる。
そこへ神速が迫る。
繰り出すは、かつて劫炎ともしのぎを削った今は亡き剣帝の一撃。
「影技・鬼炎斬!」
奇しくもリィンと同じ螺旋の動きから繰り出される戦技が、マクバーンを地面へ叩き落とす。
愛剣が確実にマクバーンを切り裂いた感触を残しながらも、デュバリィは油断なく落下地点を見据える。
地面にめり込む勢いで叩き落としたため、巻き上がった土煙の先は何も見えないが、誰一人として臨戦態勢を崩さない。
マクバーンがこれで終わるなど、到底思っていなかった。
「ククク……最高だぜ、てめぇら」
土煙が晴れる。いや、吹き飛ばされる。
立ち上がったマクバーンの全身には切り傷が刻まれている、はずだった。
しかし流れる血はなく、代わりに傷口から吹き出る炎がマクバーンの怪我を覆い隠していた。
やがて治療を終えたかのように炎が縮むが、代わりに付着していたそれらが黒く染まる。
エマの封印術によって抑え込まれているはずの黒焔は、弱まるどころかさらに激しく強く鳴動する。
「くぅ……!」
「エマ、私もサポートを!」
「いい……え……セリーヌ、は……おばあ……」
念話からエマの苦悶の声が上がる。
だがリィンが彼女にかける言葉はない。
そこに意識を裂いた瞬間、体が蒸発して消えていてもおかしくないほどの圧迫感。
マクバーンの背後に、まるで影法師のように巨大な人影が浮かび、《匣》に包まれた島が震えるように地面を揺らす。
冷や汗を流すことも許されない、魔女の長も与えた焔の加護を超えた極炎が目の前に存在していた。
「本当に、この調子なら俺自身にもわからねえ『本気』が見れるかもな……いいや、見させてくれよ」
「勿論、そのつもりですよ。俺達は決してマクバーンさんの期待を裏切りません」
「気軽に言いやがりますわね……」
「ほう、ならばそなたは負けるつもりで剣を取っていると言うのか?」
「なあっ!? そそそんなわけありませんわ、いつだって私は勝つつもりで――」
「ならば、問題あるまいな神速の。どれ、師やシュバルツァーに負けじと我らも女同士の連携を見せてみるのも一興だぞ?
あの二人は一度戦っただけで見事に即興技を作り上げた。ならば、何度も手合わせをした我らならば造作もあるまい。まさか、シュバルツァーに出来てそなたには出来ない……などと言うまいな?」
「な……ぬ……や、やああああってやりますわあああ!」
一度だけの手合わせと言うが、リィンが使う八葉一刀流はヴィクターの好敵手の一人であるユンが編み出した流派だ。
さらに《風の剣聖》アリオス・マクレインとの戦歴もあり、八葉の剣士と何度も手合わせをしたヴィクターには彼らの使う技はある意味リィンより知っている。
故に動きと力を合わせるのは簡単だった。
それに気づかないデュバリィは、オーレリアの挑発に吠える。
デュバリィを除く全員が彼女をちょろいと思った瞬間だった。
とはいえ、客将としてオルディスにデュバリィを迎えたオーレリアも、互いに動きは知っている。
星洸陣による擬似戦術リンクと合わせて、互いの呼吸を重ねるなど造作もない。
「では往くぞ!」
オーレリアは剛剣を選択し、力でマクバーンを攻める。
そこにデュバリィが撹乱、および隙が生まれたところへ速度を活かした割り込み攻撃を仕掛けていく。
崩し、当てるという基本を二人の技量で行われるそれは、仮にヴィクターレベルの剣士であっても不覚を取る連携を見せた。
しかし影法師が重なるマクバーンの戦闘力は、さらに跳ね上げる。
オーレリアの剛剣を片手に持ったアングバールで防ぎ、左手に宿る劫炎がデュバリィの足へ迸る。
デュバリィの速さは劫炎を余裕で避けるが、マクバーンは速度に優る相手に炎を当てることが苦ではない。
かつて執行者のNO.Ⅱにあった好敵手との戦いは、マクバーンに攻撃を命中させる技術を与えていた。
デュバリィへ放たれた火球は見せ札、本命は地中からの噴火。
彼女の切り返し地点を予測し、そこに念じることでデュバリィの右足へ罠を踏み抜くように誘導したのだ。
「デュバリィさん!」
その力の流れを灼眼で見抜いたリィンが、疾風の動きでデュバリィの体を抱えてその場から離れた。
その甲斐あって触れたのは一瞬。しかし劫炎は焔の加護を超え、デュバリィの騎士鎧のグリーブ部分を赤熱させた。
その熱さと痛みに苦悶の表情を作るデュバリィ。
即座に装甲を外して熱伝導による火傷を防ぐが、パージされたグリーブの一部が溶けていることに気づき焦燥する。
「《
「無茶言うでない。こちらもこちらの作業に必死なんじゃ。……とはいえ、焔の威力は流石に洒落にならぬな」
「……なら、ここは俺が。皆さん、サポートをお願いします」
デュバリィを離しながら、リィンは鬼気を解放する。
焔の加護はエリンのペンダントと共鳴し、魔女の術との高い親和性を発揮する。
つまり、デュバリィ達よりも焔の加護の効き目が高い。
先程と同じことを仕掛けられても、リィンならば鬼気を装填させてガードすることも可能と踏んだのだ。
「やむを得まいな。先程までと圧が段違いだ。攻め札も変えなければなるまい」
「では神速の。意趣返しの機会は我々が作る。その間、力を溜めて待つがいい」
戦術リンクがリィンとオーレリア、ヴィクターの間に結ばれる。
デュバリィは呼気を整え、剣と体に星洸の力を溜めていく。
「全員やる気満々ってツラだな……それでこそだぜ!」
歓喜の声と共に連続で撃ち出される劫炎。
オーレリアとヴィクターは、それぞれ愛剣を構えて迎撃する。
「覇王斬!」
「洸迅剣!」
ゼムリア最高峰の闘気の斬撃と劫炎がぶつかり合う。
危険な劫炎はオーレリア達が潰す傍ら、リィンはマクバーンに真正面から斬りかかり剣戟へ移行する。
灼眼から鬼眼へと変貌した視力はデュバリィへの不意打ちを仕掛けた罠を見切り、空気を燃やし、切り裂くアングバールの斬線に対処する。
だが、リィンに出来るのはそこまでだ。
劫炎は《理》の剣士達が防いでくれるが、リィン自身にマクバーンへダメージを与える手段は皆無だ。
(幻葉切りは……ダメだな、ルーレ全域を賄う導力層はおろか、老師にすら届かせられなかったのに、マクバーンさん相手に通せるヴィジョンが思い浮かばない……)
劫炎対策に編み出した幻葉切りだと言うのに、上手く行かないものだ。
仮に鬼気解放の全てを太刀に込めたとしても、斬撃を伝播させられるとは思えなかった。
だから、リィンがすることは他の援護を当てるための崩しを担当することだった。
そのために、リィンは集中力の全てを体への反応に使う。
構えるのはクロスベルにて列車砲の弾を切り裂いた伍の型、残月の発展形である
全神経を抜刀に専念させ、それ以外を他者に委ねることで初めて効果を発揮する現状のリィンが持ちうる最善手。
エマが助力出来ない今、思考を担当するのは『彼女』の役目だった。
(0・5秒後に右からの袈裟、一拍置いて横薙ぎ、弾いた後に回転を加えた大ぶり……)
瞬きすら惜しいほどマクバーンを観察するミュゼの一言一言が、火焔魔人の暴威からリィンを救う。
リィン達の戦いは、いかに隔絶した頭脳を持つミュゼと言えどその目に収めることは出来ない。
身体能力に関しては、あくまでまだ十代の半ばにも到達していない少女なのだ。
なのに何故的確な指示が出せるのか。
それは、ミュゼがトマスの力を借りて《匣》内における状況をデータとして脳に直接受け取っており、そこからリィンへの指示を導いているのだ。
その上で彼女は『間』を作り出していく。
一手一手積み重ねた先に見える光景、リィンもミュゼも互いにほんの僅かな狂いも許されぬ洞察と実行の連携技。
情報があるといえ、相手の行動の全てを見抜くミュゼも脅威であるが、その言葉に何の疑いも持たず信頼の全てを預けるリィンの胆力も飛び抜けていた。
戦術リンクでなく、純粋な信頼が為せる伍の型・友月の真価がここに発揮されていた。
やがてリィン達の奮戦はマクバーンにほんの僅かな空白の隙を生むことに成功する。
マクバーン自身、四人の誰がここに割り込んでくるのかと期待を抱き――
「今だ!」
応えるように、そこへ撃ち込まれるデュバリィの剣――ではなく、ヴァリマールを通したロジーヌの狙撃。
「がっ……!」
瞬間、右腕が弾け飛ぶような衝撃がマクバーンを襲い、アングバールがその手から転がり落ちる。
さしものマクバーンも、騎神が使うサイズの矢を直接体に叩き込まれては足を止めざるをえない。
法術によって強化された巨大な矢がマクバーンの体を射抜くさまを見やり、さしものロジーヌも殺してしまったのではという危惧が撃った後に生まれた。
そんなロジーヌの不安を打ち払うように、友月を解除したリィンは気軽に告げる。
「大丈夫だロジーヌ、俺も七月に機甲兵に体掴まれてバッキバキに骨とか折れたけどこうして生きてる! だからマクバーンさんなら平気だよ!」
「あ……う……」
「フォローのフリして色んな意味でロジーヌさんを追い詰めないでください!」
汗だくになりながらも、劫炎を弱めるエマが堪えきれずに突っ込む。
七月の機甲兵というのは、ロジーヌ救出の折に帝都に発生した特異点での戦いのことだ。
今は無き《帝国解放戦線》が駆る二機の機甲兵との戦いで重傷を負ったリィンの姿は、生涯ロジーヌの中で後悔として残るであろうトラウマだ。
そんなこと気にするなと思っているからこそのリィンの言葉だったが、あいにくとロジーヌはそれを素直に受け止めるには優しすぎた。
「そもそも、フォローのつもりだとしても言葉選びが悪すぎるわ。大丈夫よロジーヌさん、リィン君の天然なんていつものことでしょう? それよりもほら、デュバリィさん。チャンスよ」
ベリルがロジーヌをフォローすることで、それらを聞いていたデュバリィがリィンへの文句その他もろもろの全てを騎士剣に込める。
「女心ってものを理解しやがれですわ、シュバルツァー……!」
感情とは裏腹に、騎士剣の集う導力と闘気は凍えるように冷えていく。
盾を背中に回し、両手で握りしめた騎士剣を中心にデュバリィの周囲から冷気が広がっていく。
巨大な矢に射抜かれてその場に足止めされるマクバーンは、己を狙撃された以上にその光景に目を見開いた。
「神速、てめえそいつまで……!」
「上達は模倣からとは言いますが、いずれ超えるための餞とさせていただきます――その黒焔ごと凍てつきなさい!」
放たれるはもう一つの影技。
かつてレグラムにおけるリィンとの決闘で開眼した、剣帝のもう一つの絶技・冥皇剣の模倣。
騎士剣を突き刺した地面から生まれる氷の波濤がマクバーンの全身を包み込み、氷結させていく。
当然マクバーンは己自身を燃やすように劫炎を展開、デュバリィ渾身の一撃を即座に溶かしていく。
しかし、ロジーヌの狙撃とデュバリィの影技によって作られた『間』は、二人の武の至境に十分な溜めを与えていた。
「絶技――」
「奥義――」
黄金の闘気と洸気がオーレリアとヴィクターの体に行き渡り、マクバーンを基点にXの字に交差するように《理》の剣士が走る。
「洸凰剣!」
「
ヴィクターが放つのは、アルゼイド流の奥義たる洸凰剣。
オーレリアはそんなアルゼイドと帝国を二分する流派、ヴァンダールの奥義たる破邪顕正を繰り出す。
クルトが憧れ、望んだ剛剣術の極みとも言える一撃。
師と共に繰り出すには、己が編み出した独自の王技よりも威力の向上が図ると踏んで選択されたヴァンダール流は剛剣術の奥義。
洸翼の羽ばたきによる爆発で産声をあげた宇宙がこの場に顕現した、と言わんばかりの強大なエネルギーを叩き込まれたマクバーン。
帝国の武の極地とも言える双撃は、火焔魔人を地に沈めるという偉業を達成した。
「やったの!?」
セリーヌの声が木霊する。
影技・冥皇剣から洸凰剣、破邪顕正と連携に継ぐ連携からの奥義三連。
人間であるならば、例えヴィクターやオーレリアであっても再起不能に至ると思ってしまうほどの攻撃。
だが、相手は人間ではなく――
「ククク……いやあ参ったぜ」
大の字で寝ていたマクバーンがゆっくりと立ち上がる。
凍りついた箇所はすでに解け、体の至るところから吹き出る炎は、デュバリィ達の攻撃が無意味であることを示していた。
「その言葉、そっくりお返ししよう。我らより上とは予測していたが、もはや人の身では図ることの出来ない存在のようだ」
「その割には嬉しそうだぜ?」
「私が目的とする槍の聖女は貴様と互角と聞く。かの伝説が誇張でないことに身が震える限りだ。それでこそ、目指す甲斐がある」
アーケディアの切っ先をマクバーンに向けながらオーレリアは笑う。
ある意味リィンと同じく根幹がブレない姿は、頼もしさすら浮かぶ。
その宣言を受けるマクバーンは、応えるように笑みを返す。
「あいにくだが、互角なのは
「何?」
「感謝するぜ、灰の小僧」
突然呼ばれたことへの疑問は一瞬だけ。
湧き上がったそれは、即座に畏怖へと切り替わる。
立ち上がった劫炎の背後に控えていた影法師が、徐々に光を帯びる。
マクバーンの姿が黒焔に飲まれたと思った瞬間、彼がさらなる変化……否、人から人でない何かへ変貌を遂げたのだ。
リィンよりも倍近く伸びた姿は巨人の如き体躯であり、変色し、一部に突起物のある肌を守る鎧のような装甲をまとっている。
先程まで体を包んでいた黒焔に加え、どこか神々しさを覚えるオーラが羽衣のようにマクバーンの体を覆っていた。
一対からなる紅の角が生えた容姿は人に近いものがあるが、額にある瞳や尖った長い耳など亜種……オズぼんから聞いたことのある有翼人とは違う亜人と呼ばれる存在に似ていた。
その姿を認めた途端、身の毛がよだち肌が泡立つ。
武者震いであって欲しい体の異常はリィンだけでなく、デュバリィはおろかヴィクターにオーレリアすらも同じ状況のように思えた。
そこにオズぼんの声が静かに響く。
(神……いや、外の魔神と呼ぶべきか)
「神、ねえ。記憶が定かじゃねえが、まあそんな存在であっても驚きはねえな」
魔神からマクバーンの声が響く。
彼が変身したのだからそのことは当然なのだが、何故かリィンは面食らってしまった。
その様子がおかしかったのか、マクバーンは薄く笑う。
「イマイチ信じられないかもしれねえが、お前らがマクバーンと呼んだ本人だぜ? ただ、まあ……どうやらまだ記憶は戻らねえようだな。予想はしてたからそこまで落胆はねえが」
どこかくぐもった声……いや、重なる声と呼ぶべきか?
リィンが知るマクバーンと、それ以外のマクバーンが一緒に話しているような感覚だ。
それでも、落胆はないと言いながらどこか気落ちするような表情には人間味が溢れ、目の前の彼が紛れもなくマクバーンなのだとリィンは確信する。
恐怖を押し殺すように太刀を握り込む。
どんなことになっても、リィンがやることに変わりはない。
マクバーンと戦い、その記憶を取り戻すだけだ。
「……第二ラウンド、ということですね」
「第二って言われると第三第四ラウンドまでありそうですわね……」
「元よりリィンからの依頼は、あの者と友となる手伝いをすること。そしてその条件は、あの者の記憶を取り戻すこと……フフ、流石に安請け合いが過ぎたか」
「お顔が笑っておりますよ? 穏健派だの何だの言われながら、やはり師は師であります」
武芸者として技を競う好敵手とは違う、武の至境に到達したからこその望み。
己の全力をぶつけてなお届かぬ相手が居るというのは、ヴィクターにとってもオーレリアにとっても望むべきことだった。
何故ならば、この道にまだ先があると教えてくれる。
未だ己が道半ばの求道者であると、示してくれる。
それは、剣を振るう理由に確かな漲りを与えてくれるのだから。
「灰の小僧……お前は……お前らは俺の『本気』を引きずり出した。だから頼むぜ? 俺の全力、受け止めてくれよ!」
今まで抑えていたマクバーンのプレッシャーが解放される。
ニュートラルでなく、戦闘へ意識を切り替えた魔神の眼光に、リィンは心臓を一つ叩きながら叫んだ。
「トマス教官、バルクホルンさん!」
「ここからが、『本気』ですか……!」
「総員、
鬼眼を通して《匣》の霊的強度が膨れ上がる。
メルカバに搭載された兵装により、二つの聖痕が共鳴してその霊力を《匣》へ変換していく。
聖痕二つによる同調に加え、教会が持つ兵器の支援が起こす力は今までのマクバーンであったとしてもその焔を外に出すことはなかったかもしれない。
だがリィンは直感で、どこか
「じゃあ行くぜ? 陳腐な言葉で悪いが……ここからが本当の勝負ってやつだ!」
それを証明するように、マクバーンが右手を掲げた。
今までと同じように、劫炎を飛ばしてくるのだろうと予測する。
エマの封印術のこともあり、手を振りかぶった時点で残月による対応をしようとして――
「リィン、受けるな! 避けろ!」
ヴィクターの檄が飛び、即座に従った。
見切りなど考える余裕もなく、ただ遠くへ離れる。
それが功を奏したと判断出来たのは、ブリオニア島という戦場の破壊を目にしたおかげだった。
マクバーンはただ手を振っただけ。
人型であった時と同じような、力任せの動き。が、その規模が桁違いに跳ね上がる。
大地を融解せんとするように泡立たせた灼熱は、燃える燃えない等しく無関係に消滅させる威容を秘めていた。
加えて五アージュ以上離れて回避したというのに、焔の加護を超えて肌が焼け爛れている。
一番距離の近いリィンに至っては、赤熱したゼムリアストーンの太刀を通じた熱伝導が容赦なくその手を焼いていた。
「ぐうっ……!」
「っ! 皆さん、治療を!」
そこにロジーヌの声が飛ぶ。
もはや魔女の守りが無意味になったと判断し、彼女は狙撃を諦めて戦場へ降り立つと同時に法術による治療を振りまく。
日頃の訓練に加えて、騎神によって治癒効果を増したそれは一瞬でリィン達を癒やした。
「……これくらいじゃまだまだだな。どんどん上げてくぜ?」
再びマクバーンの手が振るわれる。
飛来するのは、
洸凰烈波への意趣返しと言わんばかりに召喚されたそれが、戦場を灰へ変えるために降り立つ。
「させません!」
そこにロジーヌのボウガンが飛ぶ。
ミュゼの予測を必要とせずとも、正確に不死鳥へ殺到するゼムリアストーンの矢はしかし、その嘴に叩き折られてしまう。
目を剥くリィン。おそらくロジーヌや周囲も同じ反応だろう。
生身ならともかく、今はヴァリマールに乗った騎神の一撃なのだ。
それを無意味と言わんばかりとする光景は、ロジーヌから回避の思考を奪い――
「ロジーヌ、避けろ!」
「あ……」
リィンの絶叫にようやく動こうとするロジーヌだったが、すでに不死鳥はヴァリマールの目の前に迫っており――そこに洸翼を携えたヴィクターが割り込んだ。
「絶技・洸凰剣!」
不死鳥へ向けて洸翼が振り下ろされる。
大剣から伸びる光が不死鳥と同じ大きさにまで洸翼を広げ、その巨体を打ち落とす。
その間にヴァリマールが自力で回避に移り、不死鳥が与える死から逃れようとするが、不死鳥はその羽根を飛ばしヴァリマールの眼前に疾走した。
「イカン!」
ヴァリマールは独自に判断し、ロジーヌを咄嗟に機体から下ろそうとするが――遅かった。
「あぐっ!」
地面に着弾した鳳凰の羽根が爆散し、炎の渦を上げて周囲を包み込む。
延焼する周囲に下ろすわけにはいかず、ロジーヌとヴァリマールは浴びせられた地獄の業火の中に身をさらすこととなる。
準契約者といえ、搭乗しているロジーヌは騎神からのフィードバック……ダメージが伝わってしまうのだ。
それを知るリィンの悲痛な声が上がる。
「ロジーヌ!」
「っ……どきなさい、シュバルツァー!」
ロジーヌ達の元へ殺到しようとするリィンを押しのけ、デュバリィが影技・冥皇剣でヴァリマールを包む炎を消し飛ばす。
己の最大とも言える戦技が消火活動にしかならない歯噛みは、劫炎の相殺でひとまず納得しておく。
「りぃん。ろじーぬニ早急ナ治療ガ必要ダ」
不死鳥の焔を浴びたといえ、まだ顕在なヴァリマールの胸元が光り、ロジーヌがリィンの手の中に転移される。
少女の美しい顔は苦悶の表情が浮かび、熱病に侵されているかのように体が熱い。
ともすれば、リィンの服が着火してしまうのではと思ってしまうほどに上昇した体温は、ロジーヌの体を蝕む。
「エマァァァァァァ!」
「っ、はい!」
リィンの絶叫に一拍遅れてエマの返事が届く。
同時にロジーヌの体が光に包まれ、リィンの手から消える。
ロジーヌを最も危険な戦場から離れさせたことに安堵しつつ、リィンはマクバーンを睨みつけるように太刀を構えるが、そんなリィンの肩にオーレリアの手が置かれる。
「冷静になれ、シュバルツァー。その怒りが起こす爆発力は、後ほどまで取っておくがいい」
「オーレリア、さん……」
「かような軽さで生み出された炎が、我らがアルゼイドの奥義と互角……いや、やや不利と言ったところ。格上に気持ちを呑まれたまま挑んでもそなたの友と同じ末路を辿るだけだ」
その声と視線に、リィンはロジーヌを救ったヴィクターを見やる。
彼はガランシャールを突き立てて膝を付いており、荒々しく息を乱している。
あの《光の剣匠》がこうまで追い込まれるほどの姿に、リィンの思考が一瞬で冷やされた。
「それに、騎神という鎧がないこちらは……わかっているな?」
「……………はい」
呼吸を整え、鬼眼を灼眼に戻す。
怒りのままに暴走しそうな感情が、オーレリアの言葉で落ち着きを取り戻す。
「さて、魔女の加護とやらはもはや無効化されていると思ったほうがいい。加えて直接触れても近づいても無駄。かといって飛ばす斬撃
「顔、笑ってますよ」
「ああ、すまぬ許せ。やはり世界は広い」
ともすれば諦めにも見える笑い。
だがリィンにはオーレリアの胸中――歓喜に満たされた心がよくわかった。
落ち着いたところで、リィンは意見する。
「……エマ。焔の加護を一人に集中させれば、少なくとも近づくことは可能か?」
「え……わ、わかりません。おばあちゃんまで手を貸してくれた今でさえ破られているのに、一人に絞ったからと言って――」
「無理かどうかはやってからわかることだ。……だがシュバルツァー、例えたれ流しの炎を防いだとしても、攻撃が通るかわからんぞ?」
「勝利条件は倒すことじゃありません。マクバーンさんの記憶が戻れば勝ちですからね……それまで、存分に情報を引き出します。ミュゼ、聞こえてるな? 俺がマクバーンさんの手を引き出すから、その情報を――」
「…………無理、です」
「え?」
弱々しく震えた声音がリィンの耳に届く。
戦場にいないというのに、ミュゼはまるで瀕死の重傷を負うかのようにか細い声を紡ぐ。
「見え、ないんです……まるで。今、あの一撃とアーツと思わしき不死鳥の攻撃を見ても……私が相手の思考を見抜けるのは、人だから……あんなの、無理、です……」
折れていた。
ミュゼの目には、マクバーンが手を振るうだけで大地を沸騰させ騎神の一撃を無効化する魔神の姿に、余力を残した佇まいに底しれぬ実力を感じてしまった。
武芸者というわけではないにしろ、彼女はその頭脳によって《理》に近づく者。
道程が違えどその領域に手を伸ばす者だからこそ、マクバーンの力を感じ取ってしまったのだ。
「…………そうか。ここまでありがとう、ミュゼ。後は任せておけ。ベリル、悪いけどミュゼのことよろしく頼んだ」
「ええ、任せておいて」
リィンは責めることなどしない。
彼女のほうから関わってきたといえ、元々この戦いはリィンのわがままで始まったものだ。
むしろ魔神形態を引き出してくれた手助けをしてくれたのならば、十分と言えた。
「エマ、効果の実証は俺がする。オーレリアさんや他の皆さんも、一度下がって――」
「いいや、加護を一人に集中するのは賛成だが、それ以外は頷けんな」
「八方塞がりだからと言って諦めるのは、マスターに顔向け出来ませんわ」
「その、通りだな」
リィン達の近くに戻るデュバリィと、呼吸を整えたヴィクターが合流する。
マクバーンはリィン達の会話に割り込むことはなく、むしろどう自分に挑んで来るのか楽しそうに待機している。
リィンが言うように、この戦いは互いを倒すための戦いではない。
故にマクバーンに焦りはなく、ただ膨れ上がった期待が失望に変わらないことを願うだけだった。
「ローゼリアさんは
だからエマ。俺を導く善き魔女、頼んだぞ」
それは、エマにとっての殺し文句。
仕方ない、という気持ちを奮い立たせいつも通りにリィンのフォローに奔走するエマを取り戻す魔法の言葉。
「ああもう! これが終わったらぐーですから、ぐー!」
「避けるけどな」
「当たるまでぐーです! それに、一人なんてケチなことは言いませんよ!」
そしてエマは、自身が持てる最大の霊力を込めて焔の加護を強化する。
身の丈に合わない霊力の行使に体が悲鳴を上げ、口から目、鼻など液体を通す器官を通して血が流れていく。
ミュゼがその様子を見て声を上げそうになるが、ベリルが静かにその口を塞ぐ。
エマの無茶をリィン達は知らない。仮に知ってしまえば、止められてしまうという確信があるからだ。
無茶振りをするリィンにも、命を捨ててまで助けて欲しいとは思っていないが――エマは、命を賭けて助けてあげたいと思っていた。
「パレス・オブ・エレギオン!」
呼びかけに応じ、魔女の決死の想いがリィン達を守る鎧となって包み込む。
光に包まれる体から、魔神の劫炎によって感じていた熱さの一切が廃止されることに、リィンはさすがエマと歓喜の声を上げる。
当のエマは極度の疲労により意識を失っていたが、ベリルは必ずその言葉を届けると決めた。
同時に四人の間に繋がれる戦術リンク。
「王技・剣乱舞踏!」
先手はオーレリア。
覇王斬への斬撃の重ね当てを廃止した剣軍の群れが、羅刹の指揮によってマクバーンへその刃を突き立てんと迫る。
「来な、アングバール!」
マクバーンが右手を掲げると、人型の時に弾いたはずのアングバールがその手に戻る。
魔神と化したマクバーンのサイズに合わせてアングバールもその剣身を巨大化させており、それに応じて感じる力も肥大化していた。
だがマクバーンは今までと変わらず、力任せな斬撃を放つ。
剣乱舞踏に向かって振り下ろされた一刀に、相殺されるかと距離を詰めていたはずのリィン達だったが、誰に言われるでもなく四人同時にその場を離れた。
それが功を奏したと理解したのは、アングバールによる斬撃が剣軍の群れにぶつかってからだった。
アングバールの軌跡はその一振りで剣軍を壊滅させ、リィン達四人を巻き込むようにいくつもの斬閃が重なり複数の連撃となって振り下ろされる。
事前に回避行動に移っていたため被害はなかったが、アングバールが振り下ろされた地面は両断され、崖を切り取り地形を強制的に変化させていた。
「一度に複数の攻撃……ニ、ニ、一、一だな」
「わかりました、ヴィクターさん」
「ぬぐっ……事実とはいえ、私とシュバルツァーを即座に一とするなんて」
「ですが、二度目は斬撃の数が増えるやもしれません。余裕を持って対処すると致しましょう」
今の攻撃でアングバールの攻撃回数を見抜くヴィクターと、それを補足するオーレリア。
魔神を前に小揺るぎもしないその精神力に感嘆の念を覚えながら、リィンは鬼気を解放し、それが合図となって四人の剣士はマクバーンへ疾駆する。
その四人の姿を見て震えるミュゼの小さな肩へ、ベリルの両手がそっと置かれた。
「ミュゼさん、貴女はあの魔神が怖いと思っているようだけど……それでもお願いがあるの。例の転移、準備だけはしていて頂戴」
「え……?」
「リィン君みたいに、下がっていていい、って言われると思ってた? 普通ならそうしたかもしれないけど、今の因果が続くと彼らは
「それは、どういう……い、いえ。ベリルさんなら、転移も出来るのでは……?」
「そうすると
ミュゼにはベリルの言っている意味がわからなかった。
さしもの彼女も、未知の情報を初見で判断出来るというわけではない。
知り得た知識を組み合わせ、積み上げることで彼女は未来予知にも等しい《指し手》としての能力が発揮出来るのだから。
「でも、大丈夫。こう見えても私は占い師でね。私の示した言葉を疑わず、聞いて欲しいの。貴女に求めるのは、タイミングを合わせて欲しいだけ。
……内戦を止める力が失われるのは嫌でしょう? 私も、
ベリルらしくもない……と言えるほど付き合いがあるわけではないが、それでもミュゼには彼女が焦りに近い感情を持っていることに気づいた。
そして、自身に何らかの制限がかかっていることも。
代わりとして自分に協力を願い出ているということを、ミュゼは見抜いていたが……言葉は、出なかった。
しばらくじっとミュゼを見ていたベリルだったが、やがてごめんなさいねと一言告げてミュゼの肩から手を離す。
「トマス教官、お忙しいところ恐縮なのだけど、《匣》の形だけど……壺の形に変えることは出来る?」
「……壺、ですか?」
「もう
「ですが、それは……」
「成層圏を超えた先での影響を危惧しているの? あの焔はそういうものではないと思うから、安心だと思うけど……少なくとも横に漏らしてブリオニア島を超えて、オルディスを破壊させるよりよほどマシだと思うわ」
トマスは口を引き結ぶ。
聞きたいことが今の一瞬でいくつも浮かんだが、トールズ士官学院の教師として彼女に接して来た中で、一番わかりやすく気持ちをぶつけられたことで、それがより一層彼女の焦りであることを覚えて言葉を飲み込む。
「まさに壺中の天、というやつですね」
「ウフフ、良い表現ね。今、この中で起きていることはゼムリア大陸とは別世界での出来事とも言えるもの」
「……《匣》は壊れるかもしれませんが、いざという時はメルカバに避難させます。リィン君との約束は果たせそうにありませんし、彼という災厄を放置することになってしまいますが……希望が消えるより、マシというものでしょう」
薄く笑うベリル。
その様子に、ミュゼは何か言おうとしても、上手く口が回らない。
自分の武器といえる頭脳と言葉が発揮出来ない己はただの小娘でしかなく、その事実にますます心に黒い影が差し込んだ気がした。
「――おおおおおおおおっ!」
その影が、強制的に散らされる叫び声。
四人の剣士達による縦横無尽の剣舞を、マクバーンはアングバールや劫炎を駆使して防いでいく。
パレス・オブ・エレギオンによる加護は一合武器を打ち合うたび、攻撃を回避するたびに削られて余力は尽きる寸前。
それでも逃げずに立ち向かってくる強者達に尊敬の念を覚えるマクバーンが、敬意と利益を求めてさらなる力を解放していく。
「お前らだけじゃなくて、魔女ってのも思ったよりやるもんだな。俺の力をここまで防げるなら……これにも付いて来いよ!」
アングバールの連撃。
全員が示し合わせた数に対処する中、今回はさらなる追撃があった、
プロミネンス・ロアが再び舞い降りる。
斬撃と劫炎の同時攻撃。
それに対し、リィンとオーレリアは斬撃を。デュバリィとヴィクターはプロミネンス・ロアに向けて迎撃に向かう。
「シュバルツァー!」
オーレリアの叫びに、歯を食いしばりながら伍の型・友月を構える。
複数の斬撃に対し、オーレリアは四刃を捌き残り二つはアングバールの攻撃を絶妙に反らすことで友月の範囲内へ誘導する。
戦術リンクによってオーレリアの考えを受け取った友月による抜刀でしのいでいく。
プロミネンス・ロアはヴィクターの洸凰剣を皮切りに突進を止めたところを、デュバリィの影技・冥皇剣を直接不死鳥の背中に刺すことでその威力を殺していった。
だが、同時攻撃をしのいだ代償にオーレリアは左腕に深い火傷と切り傷を負い、デュバリィもまた自慢の足を奪われる。
過ぎた負担は、パレス・オブ・エレギオンの加護が消えたことを証明していた。
「ジリオン……ハザード」
追撃は止まらない。
満身創痍の四人に向けて、マクバーンが特大の火球を投げつける。
リィンはオーレリアを、ヴィクターがデュバリィを抱えてその場から逃れようとするが、遅い。
ジリオン・ハザードは今まさに四人を飲み込まんと眼前を圧迫し――その間に立つように、ヴァリマールが空より舞い降りた。
「サセヌ!」
手を交差させ、ジリオン・ハザードに対する壁となるヴァリマール。
身代わりになったことで直撃を避けることが出来たリィン達だったが、劫炎と騎神のぶつかり合いが生んだ余波により吹き飛ばされてしまう。
熱した鉄板の上を転がるような熱さを背中に感じて即座に立ち上がったリィンが見た光景は、伝説の騎神たるヴァリマールが四肢の大半を融解し、地に沈んでいる場面だった。
「ヴァリ……」
「我自身ハ問題ナイ、ガ……本体ハ、戦闘不能ダ」
心臓からの声に安堵するも、左腕と両足を溶かされ横たわる騎神の姿はリィン達の絶望を煽るに十分だった。
「ご……劫炎! まだ記憶が戻らないん、です、の!?」
立つこともままならないデュバリィが、上半身だけ起こして叫ぶ。
悲痛とも思える願いにしかし、マクバーンは静かに目を閉じて首を振った。
「……前の俺が使ったとっておきなら、って思ったがダメだな。まだ、戻らねえ。
それ以上は言わせない、とばかりにリィンは残った鬼気を解放する。
部分操作でなく、全身に鬼気を満たした完全なる鬼の状態。
これが最後の鬼の力だと、リィンは判断したのだ。
マクバーンはその意図を見抜いて左手で顔を覆う。
いっそ滑稽とさえ思える健気さに憐憫を覚えてしまったのだ。
騎神すらまともに防ぐことが叶わなかった戦技でも、マクバーンの記憶は戻らない。
ならば、記憶を取り戻す手段は一つ。
威力を抑えたものでなく、この魔神としての姿で放つジリオン・ハザードを放つこと。
だがそれは、瓦解寸前の《匣》を壊しブリオニア島を突き抜けオルディスを消滅させる一手なのだとマクバーンもわかっていた。
《匣使い》や《吼天獅子》の涙ぐましい努力によって支えられたこの空間も、それを放てば終わる。
(……やっぱり幻焔計画ってのを待つしかねえか。チッ、ここまで来てやり直しなんて面倒くせえが……計画の時期には、こいつらは前よりも強くなっているはず。ただ待つよりかは十分だな)
ならば、ここは引くべきだろう。
どこまでやれば記憶が戻るか、それが確信出来ただけでも有意義な戦いだったと言える。
ここから人型に戻るのはまた面倒なことになるが、結社に戻れば盟主がなんとかするだろう、と思いこんで。
そう判断したマクバーンの笑みは、いっそ優しく見えて――気づけば、リィンの腹部にマクバーンの拳が突き刺さっていた。
「お……ご……」
あまりにもあっけなく、リィンは気絶する。
灰髪も黒髪に戻り、鬼眼も閉じられた。
最後の力を振り絞ろうとした少年を前に、無情なまでの現実が突き刺さっていた。
「ま、ここまでやってくれたのは感謝するぜ。よくやってくれたよ、お前らは。ここまで来て中断ってのも後味が悪いだろうし、決着だけはきっちり付けてやる」
「シュバルツァー、起きなさい! 何一番最初に脱落してるんですの!」
「そう言うなよ神速。すぐにお前も――」
「ぬぅん!」
悠然とデュバリィに歩み寄ろうとするマクバーンに、ヴィクターの剣が迫る。
それをアングバールで受け止めるマクバーンには、《光の剣匠》に紛れて《黄金の羅刹》が死角から己を狙っていることに気づく。
(諦めの悪さも才能、ってか。灰の小僧に誘われるだけはあるが……)
それでこそ、という称賛を心に浮かべながらマクバーンは彼らが力尽きるまで相手になることを決める。
ヴィクターとオーレリアが死力を尽くしていると言うのに、足が動かない自身の不甲斐なさに歯を食いしばりながら、デュバリィは己に出来ることを決断する。
「イーグレット! シュバルツァーの回収は出来ますか!?」
「えっ……」
「彼は気絶して身動きが取れません。シュバルツァーだけでも、メルカバに回収なさい!」
「で、ですが貴女は……」
「あいにくと、手加減された決着に満足出来るほど女が出来ていませんの。……せめてあと一発くらい、カマしてあげますわ」
「……………」
「早くなさい! 余波でシュバルツァーが死にますわよ!」
「っ!」
震える体を叱咤し、ミュゼは覚えたての魔術である転移を発動させる。
万が一に備えていた、ミュゼが覚えた転移魔術。
霊力に満ち溢れた《匣》の中という限定条件であるものの、その魔術はリィン達を助ける大きな援護になるはずだった。
(あの時、ベリルさんの指示に従っていれば……)
後悔だけがミュゼの心に落ちていく。
少なくとも、焔の加護が途切れた彼らの回避を担当することが出来たはずだった。
ミュゼが心を保ったままならば、怪我を負わせることも騎神を失わせることもなかった。
けれど、いかに優れた力を持つ者であってもミュゼはただの少女でしかない。
武芸者でもなく、戦いに赴く覚悟と言えばリィンを死なせまいとする気持ちしかなかった。
そんな生半可な気持ちだったから、魔神を見て絶望してしまった。
だから、転移され己の傍に横たわるリィンの口に耳を寄せ、まだ呼吸があることに安堵を覚えてしまう。
少なくとも、リィンの命はここにある。
ならもう逃げても構わない、という甘い誘惑がミュゼを支配し、抗うことこそ無意味とするようにミュゼはその甘言に――
「――――」
何か、声が聞こえた気がした。
リィンのものでない、もっと大人の男性の声。
聞き覚えがあるような気がしたが、思い出せない。
「――――」
喋っている言葉がわからない。
書物に囲まれているのに、書かれている文字がわからないような奇妙な感覚。
こんな時だと言うのに、もっとよく耳を済ませようとして――ふと、リィンの傍に誰かが居ることに気づいた。
「ベリル、さん……?」
「ウフフ、そうよ、ミュゼさん。随分熱心だったようだけど、声は聞こえたかしら?」
ベリルは気絶したリィンを膝枕しながら、水のアーツであるティアラルを使い治療していた。
すぐに治療すら思い浮かばなかった自分を恥じながら、ミュゼも協力する。
「声って、ベリルさんの……? すみません、なんと仰っていたのでしょうか」
「いいえ、聞こえなかったのなら構わないわ。それより……あれは《外の理》からの来訪者、異界の魔神。あの塩の杭と同じようなもの、というのは聞いているでしょう?」
「は、はい……」
「なら、貴女にとってそれは『未知』ではないわ。だか――」
ベリルの言葉が止まる。
膝枕をしていたリィンが伸ばした手を、彼女の頭に置いたからだ。
「リィン君、起きたのね?」
「――ベリル、ありがとう。でも、無理をしなくていい。問題に対して有用な力を持ってるからって、絶対しなきゃいけない理由はないんだ」
息を呑むベリルの頭を帽子越しに撫でながら、目覚めたリィンの目がミュゼを捉える。
その台詞はベリルだけでなく、ミュゼにも言われているようだった。
「で、ですがあんなに事前準備をしていたのに……」
「違うよ、ミュゼ。君が
「…………!?」
「だったら、ここで引くことに些かの問題もない。
軽口に紛れる揺るぎない意志がミュゼに叩きつけられる。
話した覚えのない、ミュゼが幼少の頃より危惧していたそれを指摘してなお、彼は少女の力に頼ることはなかった。
絶句するミュゼからベリルに目線を戻したリィンは、彼女の頭を撫で続けながら言う。
「だからベリルも、そんな
――俺は勝つよ。勝って、マクバーンさんと友達になる。それを改めて、ベリル達にも紹介させてくれ」
「リィン君……」
ベリルの顔がうつむき、長い黒髪がカーテンのようにリィンとそれ以外を仕切る壁となる。
ミュゼは、その光景に胸がざわめくのを止められなかった。
やがて二人の介護により傷を癒やしたリィンがゆっくりと立ち上がる。
そこに待望の声が届いた。
「シュバルツァー、こちらはなんとか形が仕上がった。まったく、シュミットの阿呆め、間に合わないかと思ったぞ」
「阿呆は貴様だ魔女よ。決定的な場面で暴走や不具合が起きる可能性など、私が手をかける以上全てを潰すのが当然だ。
特に灰が壊れた時の貴様の焦りよう、通信で全域に流してやろうか?」
「そういうのやめよ!」
「ローゼリアさん、シュミット博士……!」
「……まだ生きてるみたいね。エマやロジーヌも、傷は深いけど命に別状はないわ。下の三人は……」
セリーヌが念話を飛ばす。
リィンを欠きながらも、卓越した武人である彼らは未だに膝を折ることなく戦っていた。
「セリーヌ、あの人達を避難させられるか?」
「……ごめん、ちょっと厳しい。制御に手一杯で、手を離せないわ」
「わ、私が……やります」
そこにミュゼが立候補する。
リィンをメルカバに転移したのもミュゼだ、一人から三人になるがやれないことはない。
何よりここで何もしなければ、リィンは今後ミュゼを普通の少女として扱い、一切頼ってもらえなくなる気がした。
ミュゼを関わらせず、自分達だけで事を進めてしまう。そんな危惧が彼女の中にあった。
それは良心から生まれる選択で、精神そのものが普通の少女であるミュゼにとって良い事なのかもしれないが――何もしないで誰かに任せて、自分は遠くからそれを眺めている、という事だけはしたくなかった。
その眼差しを受け取ったリィンが頷き、軽くミュゼの頭を一、ニ回撫でる。
突然の行為にミュゼが面食らうも、恥ずかしがっている暇はないと渾身の理性を発動させた。
「じゃあ頼むぞ、ミュゼ」
「は、はい!」
「デュバリィさん、オーレリアさん、ヴィクターさん。
「遅い! ですわ!」
「小言の一つでも言いたくなるな。もう私は剣を持つ右腕しか満足に動かんぞ?」
「そう若者をいじめてやるな、オーレリア」
「それは私が若くないと?」
「…………い、いや、そういうわけでは。そなたはまだ十分…………」
「ほう、では我が身を後妻にでもとお考えに?」
「ぬ? そ、それは私だけではなんとも言えぬし、ラウラとも話し合いも兼ねてだな……」
「ククク、冗談です。まだやるべきことはたくさんあるのですし、婿探しはその時までお預けですよ」
帝国に名高い《光の剣匠》も、弟子というか女性の機嫌を取り繕うのは困難らしい。
それに、リィンに負けじと満身創痍ながらその闘気に一切の陰りはない。
全くもって頼もしい協力者達だった。
(フフフ、こういったものは男子の永遠の悩みだな。さてヴァリ君、そちらはどうだ?)
(我自身ハ問題ナイ。本体ノ影響ヲ考エレバ許サレルノハ一撃ダガ……)
(元々そのつもりだし、逆に言えばそこに全てをつぎ込める)
リィンはメルカバより眼下の光景を見下ろした。
「トマス教官。メルカバを動かしてもらっていいですか? これから、ラストアタックを仕掛けます」
「わかりました。まったく、とても頼もしい生徒を持てて嬉しいですよ」
トマスは色濃い疲労と、口元から伝う赤い雫を拭いながらなんでもなさそうに笑う。
縁の下の力持ち、と言う他ないトマスの援護は戦場全域に渡りその負担は計り知れない。
本人は大先輩の援護があるからマシ、と言うが決着は早いほうがいいだろう、とリィンは思う。
リィンは納刀しながら、移動したメルカバより《外の理》に挑む剣士達を見やる。
情けなくも気絶してしまったリィンには些か眩しい光景だ。
――己のワガママにここまで付き合ってもらった以上、成果を出さねば失礼に当たる。
そう思いながら、リィンはローゼリア達に合図を送る。
準備完了の旨を聞き届けたリィンは、メルカバから飛び降りてその身を宙に踊らせていった。
地上のブリオニア島は、もはや周囲の岩場に無事な場所はなく、トマスの《匣》を足場にすることで地に足を付けられる状態だった。
マクバーンが一度攻撃するたびに、余波が地面を伝って崖崩れを起こす。
周囲の環境に大幅な影響を与えそうなそれも、ベリルの提案によって壺の形に変えた《匣》の壁が上空へ衝撃を逃してなんとか抑えている状態だ。
だが、戦場を支えるトマスも火中に身を投じるデュバリィ達の限界も近い。
魔神化した最初から、今は諦観の姿勢を見せるマクバーンだからこそ、リィンを欠いた三人でも持ちこたえることが出来ていた。
そんな手心などとうの昔に見抜いていた三人には、なんとしても人の可能性というものを見せつけてやりたい一心で耐えている。
「リィンからの要請を考えれば、仕事は十分に果たした、と言えるが……」
「ただで引くわけにはいきませんわ。確かに隔絶した実力差ではありますが、後をシュバルツァーに任せて見守るくらいなら、私達の剣に驚いてもらいませんと」
「驚くとは可愛らしい表現よな。が、我々の状態を思えば絶好調とはほど遠いことも事実」
「……私に考えが――」
剣士達が意地を通さんと、リィン同様に最後の攻撃を仕掛けようとしていた。
だが、デュバリィの言葉は最後まで紡がれない。
上空に待機していたはずのメルカバが動き、リィンがそこから身を投げたからだ。
「っ! ああもう、こちらの意を汲んで最後の意地くらい通させないおバカ!」
デュバリィの絶叫と、上を向く三人にマクバーンも吊られて上空を見上げる。
するとどうだ、メルカバから見える小さな粒――リィン・シュバルツァーがこちらに飛び降りて来ているではないか。
加えて、メルカバの支援でもあるのか周囲に途方もない霊力が集まっている。
このままではただの自殺願望者、ならば何らかの攻撃の意図があると判断するのは当然であり、最後の最後まで折れない少年にマクバーンは右手に劫炎を収束させた。
「悪かったな、灰の小僧……気絶なんて生半可な真似で諦めるほどお利口さんじゃなかったのは知っていたはずなのにな」
何を狙っているかわからないが、生身で魔神となったマクバーンを倒す手段など存在しない。
頼みの綱である騎神は全壊し、ゼムリアストーンの武装すら通さないのだ。
(可能性があるとすれば魔女の術とメルカバの兵装だが、ちまちま考えるよりあいつの心意気に応えて、しっかり
骨折というのは、綺麗に折られると前より頑丈になると聞く。
今回の攻撃で仕留めて、いずれ来る幻焔計画で自分の願いを叶えればいい。
仮にリィンがダメでも、あの計画ならいくらでも機会はあるだろうと判断して。
そして、マクバーンの意識が完全にデュバリィ達から離れたことで、三人は不意打ちの機会を得るが、無防備な魔神に特攻を仕掛けることはない。
「神速の。そちらの提案を呑もう。もはや思案する暇すら惜しい」
「直接打倒出来ぬのは無念としか言えんが……我らの翼、そなたに預けよう」
「託されましたわ……」
言いながらデュバリィが剣を納めた時、すでにマクバーンは行動に移っていた。
「ジリオン……ハザードォォォォォォ!」
それは灰の騎神を溶かした一撃。
魔神にしてみれば加減を効かせたものだが、生身のリィンにしてみれば死を免れない暴力であることに疑いはない。
それを騎神でなく人間に向けること自体、ある意味でマクバーンからリィンへの物騒すぎる信頼があると言えた。
上空へ向かう魔神の火球は一直線にリィンへ向かい――その劫炎に割り込むような強大な光が同じ地上から生誕した。
「なにぃ?」
マクバーンが咄嗟に目を向けると、そこにはデュバリィが盾を構えて跳躍しており、その背に向けてオーレリアとヴィクターが剣の腹を向けて振りかぶっていた。
「絶技――」
「洸凰剣!」
それは、アルゼイド流の奥義である洸凰剣の同時斬り。
アーケディアとガランシャールから伸びる洸翼が重ね合わさることで、空を駆ける洸凰の翼を得たデュバリィが地上から天へ落ちる彗星のように射出された。
向かう先は、マクバーンが放ったジリオンハザード。
そこでマクバーンは、三人の狙いを察した。
「まさか……!」
「シュバルツァーの前座というのは不満ですが……侮られることは、もっと気に食いません!」
洸翼を得たデュバリィの体を星洸陣の輝きが包み込む。
彼女が傍流と評したアルゼイドの後押しを受け、敬愛する鋼のアリアンロードから授けられた源流と称して憚らない星の輝きを再現する。
「星技――グランドクロス!」
十字の洸翼を背にデュバリィは飛ぶ。
彼女がやることは実に単純明快、剣と評するには不釣り合いな盾による打撃。
だがデュバリィの持つ武装の中で、ゼムリアストーン製のものはこの盾であった。
剣でなく盾を用意したのは、彼女の中でアリアンロードの守護者である意識と同時に、未だ己の剣がそれに相応しくないと思ったのか。
どちらにせよ、帝国の武の頂点に立つ剣士達が託した翼と主より賜った星が合わさった洸気の塊は、二百年以上の時を超えて合わさった
ゼムリアストーンの盾が一瞬で融解しそうになる熱量の中、デュバリィは無心で盾を押し込み――ついにはその火球を逸らすことに成功させた。
同時にミュゼの転移術が起動する。
精魂尽き果て、膝をつくヴィクターとオーレリア。そして意識を失い全身に大火傷を負いながらも、かすかに息を残すデュバリィを回収する。
マクバーンは彼女らが見せた光景に、驚愕以上の喜びを覚えていた。
そしてそれら全てを見届けたリィンは、この場に集う全ての協力者達への感謝を込めながら告げた。
「来い、灰の騎神――ヴァリマール!」
「応!」
呼びかけに応じ、リィンの愛機たるヴァリマールがリィンの背後に現れる。
左腕と両足を失い、右腕や胴体に頭部も劫炎によって溶かされた騎神は無惨としか思えないありさまだ。
この最終局面と言える場面で役立たずの騎神を呼ぶことに、マクバーンは失望を隠せなかった。
「最後の最後が壊れた騎神頼みってことか? その程度がお前の底かよ、灰の小僧!」
デュバリィ達が見せた偉業の後ということもあり、期待が大きかったマクバーンの怒りは大きい。
マクバーンは両手に劫炎を収束させる。
片手から生みだされたジリオンハザードを、二つ掛け合わせた単純明快な暴力の極地。
失望から反転された怒りは、リィンの生死を意識の枠外に置き全力全開の本気をマクバーンに使わせた。
「ジリオンハザード……
かくて塩の杭と同存在の災厄が放たれる。
メルカバで観測していた面々、特にバルクホルンがかつての光景を思い出し来る絶望に顔を悲観に染めた。
怒りの感情を吐き出した反動か、マクバーンは一瞬で我を取り戻す。
同時に頭の奥底に眠っていた記憶が刺激される。
脳裏に稲光が閃いた瞬間、それはマクバーンの耳に届いた。
「――来い!」
壊れたヴァリマールの背後に影が浮かぶ。
失われた記憶の曇天に差し込む
「
影に光が灯る。
自らに死を与える劫炎に染められるように、着火された真紅が影に色を塗っていく。
虚空のキャンパスに記された紅は影を確かな存在として描き、やがて焔は世界に降り立った。
「
降臨するは百アージュを超えるブリオニア島の巨像、その写し身。
かつて焔の至宝が
灰を駆る少年とその縁により、焔は千年の時を経て再びゼムリアに再誕した。
巨神の中心に魔法陣が展開し、ヴァリマールが光に包まれる。
あたかも起動者を騎神に乗せるように、巨神は騎神を機体の中に吸い寄せる。
開封された紅い聖櫃に、灰の欠片が納められていった。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
魂から絞るような絶叫がリィンの喉から漏れる。
ヴァリマールに残されたものは、その右腕だけ。
けれど、それで十分。
引き絞るように下げられた右腕を、迫りくるジリオンハザードXに向けて振り下ろす。
「破甲拳!」
アークルージュの拳が災害たるそれと拮抗し、一瞬の間もなく《匣》が消滅する。
ついにその災害がゼムリア大陸へ向けられようとしたその瞬間、破甲拳はジリオンハザードXを砕き本体であるマクバーンにその巨腕を叩きつける。
ジリオンハザードXが粉砕された瞬間、マクバーンの脳裏によぎる死の予感。
考えなどなく、心から湧き出る衝動と共にそれを選択し――その瞬間、アークルージュの拳は魔神が展開した謎の結界ごとマクバーンを打ち抜く。
確かな手応えと共に力が抜ける。
もう、小指一つ動かす力がリィンには残っていなかった。
アークルージュがヴァリマールを下ろし、灰の騎神もまたリィンを転移させる。
二度目の意識の消失がリィンに訪れる寸前、彼は倒れる自分を抱きとめた誰かの声を聞いた。
「認めるぜ、俺の
その声が誰のものであるか、リィンには言われなくてもわかった。
ただただ待ち望んだ言葉に安らぎを覚えながら、リィンの意識は心地良い微睡みに身を委ねていった。
リィン
「勝った、閃の軌跡完!」
マクバーン
「いや、終わらねえぞ?」