ロジーヌと別れた後、リィンは本校舎二階に放置されていたみっしぃ人形を屋上の女の子に渡したり、娘の様子を見に来たという夫婦を案内したりと、生徒会の手伝いを行っていたら時間が午後を回っていた。
そろそろマクバーンからの連絡も来るか、と期待して色々買い物をしながら外を回っていると、風船が木に引っかかってしまって泣いている子供と母親を見つける。
それなりに高いが、リィンならば問題はない。
母親と子供に少し下がってもらうよう言付け、軽い助走で一足に飛び上がり風船を掴む。
驚いて声を上げる母親をよそに、リィンは膝をかがめながら驚きに涙を止めてしまった子供と目を合わせ、掴んだ風船を握らせた。
「ほら、もう離しちゃダメだぞ?」
「う、うん。お兄ちゃんありがとう!」
「……士官学院の学生さんってすごいのね。ああいえ、本当にありがとうございます」
「どういたしまして。引き続き学院祭をお楽しみください」
そう言って一礼すると、周囲から拍手が飛んでくる。
どうやらリィンが木にくっついた風船を取るためにジャンプした飛距離に感動やら何やらしたようで、感心と驚きを含めた相応の量が返ってくる。
逆に騒ぎになるのでお控えください、と言ってようやく落ち着いたところに、ちょうどアリサとエマが騒動を聞きつけてやってきた。
「生徒が大道芸みたいな真似をしたとか聞こえたからひょっとして、って思ったけどやっぱりリィンだったのね」
「子供が風船を手放しちゃってな。それを取っただけなのに大騒ぎだ」
「普通の学生は人間以上の高さを飛び上がったりしないもの、驚かれて当然よ。それにリィンは……生徒会のお手伝いなのね、お疲れ様」
「アリサもな。エマと一緒だったのか」
「はい。グラウンドに出ている乗馬体験など、一通り楽しんできました。時間も良いですし、そろそろお昼にでも、と思いまして」
「リィンは時間ある? 良ければ一緒に食べない?」
「ミリアムと軽く摘んだからそこまでお腹は減ってないけど、誘われたしせっかくなら――」
ここで、リィンはふと自分達……正確にはアリサに向けられる視線をキャッチする。
シャロンがブレードの休憩にでも来たのか、と気配を探ってみるが違った。
これは確か、Ⅰ組のフェリス・フロラルドのものだったと記憶している。
目を向ければ、彼女が物陰からこちらを伺うように体を隠している光景が見えた。
(フフフ、思春期は男にも女にも訪れる。面と向かって友と呼ぶことに羞恥心を覚える者も存在するというわけだな)
(そう言えばアリサと部活で揉めた後、少し雰囲気が柔らかくなったって言ってたっけ。なら……)
ここは一肌脱いでやろう、とリィンは一計を案じる。
「悪い、これからちょっと待ち合わせがあってな。一緒に食べられなくて残念だけど、二人で楽しんで来てくれ」
そう伝えると少し残念そうにする二人だったが、仕方ないとしてリィンから離れていく。
「先に予定があるなら仕方ないわね。エマ、行きましょう?」
「はい。それじゃあどこに――」
そこにエマのARCUSが音を立てる。
エマは一度アリサに断ってから距離を取ってARCUSに出ると、そこから聞こえてきたのはリィンの声だった。
何を、と声にしようとするエマだったが、リィンは人差し指を口に立てて黙るよう伝える。
一つ頷いて要件を聞く体勢となったのを見たリィンは、改めてフェリスがアリサを誘いたがっているのに、声をかけられないからなんとかして上げて欲しい、と伝えた。
リィンにとってのフェリスは、入学から少し経った後、オーレリアとの戦いが知れ渡り一部の貴族生徒に怯えられる時期の印象が強かった。
だがああしてアリサに注目している以上、ただ素直になれないだけで仲良くしたいと思っていることに違いはないのだろう。
パトリックもそうだが、貴族生徒は妙なプライドに拘ることを知っているので、リィンはそう推測する。
そして今の印象はわからないが、少なくとも異性よりも同性からのお願いのほうが請け負いやすいと判断してエマに頼んだのだ。
事情を知ったエマはARCUSを切ると、アリサに話しかける。
「ごめんなさいアリサさん、文芸部が少し繁盛してきたそうなので、少しお手伝いに行かなければならなくなりまして……」
「あらそうなの? うーん、そうなるとシャロンを誘って……」
「本当にごめんなさい。せめてシャロンさんを一緒に……ああそうだ、あの人は確かアリサさんと同じ部活の方でしたよね? せっかくなら誘ってみてはどうでしょう?」
自然な流れを演出して、エマはさも今しがたフェリスを見つけたと言わんばかりに声を上げる。
フェリスはアリサがこちらを向いたことで居場所がバレたと理解し、慌ててその場を立ち去ろうとするがエマは軽い魔術を使ってほんの少しだけフェリスの動きを止めた。
「フェリスじゃない、奇遇ね」
「ききき奇遇ですわねアリサ」
どう見ても奇遇ではないのだが、幸いアリサがそれに気づくことはなかった。
「フェリスさん、でよろしかったですよね? いきなり不躾なお願いなのですが、私はこの後部活の手伝いに向かうのでアリサさんを一人にしてしまうのです。
なので、もし手が空いていましたら一緒に巡っていただけませんか?」
「な、なぜ私が……」
「いえ、アリサさんからフェリスさんのことを伺っていましたので、貴女ならお互いに楽しんで学院祭を過ごせると思ったのですが……お時間、空いていませんでしたか? それなら無理には」
ここでエマが一度引く。
釣りにも使われるような実に見事な誘導だった。
「し、仕方ないですわね。アリサ、私も少し手が空いていたところです。エスコートすることを許しますわ」
「別にそこまで気負う必要ないでしょうに。軽く屋台のものを食べ歩きするくらいは、フロラルド家も融通が効くでしょう?」
「せ、せめてどこかに腰を下ろして食べたほうが……」
「なら、近くにベンチがある屋台があったからそこに行きましょう。確かヒューゴがクレープを売ってたもの。エマ、部活の手伝いのほうも頑張ってね」
「はい、共にお付き合い出来なくてすみません。アリサさんもフェリスさんと一緒に楽しんで来てください」
そうして、リィン脚本エマ演出による友情舞台は完成し、アリサとフェリスは共に昼食を過ごすこととなった。
満足そうに頷くリィンだが、気になることもあった。
「ありがとな、エマ。でも良かったのか? 実はフェリスが苦手だったり?」
「そんなことはありませんよ。ただ、フェリスさんを見ればアリサさんと二人のほうがより楽しめるかと思われたので」
「エマが楽しんでないと、俺がすごく申し訳ないな……それなら俺と回るか?」
「ここでリィンさんの提案を受けたら、私は口実を作って騙す悪い子じゃないですか。ドロテ部長のことも気になりますし、文芸部へ行きますよ」
「そっか、悪いな。てっきりエマもアリサと一緒かと思ったから」
「フフ、気になさらないでください。割と良いことした、って気持ちもありますから」
「じゃあせめて、だな」
言いながら、オズぼん経由でストックしておいた屋台の軽食や飲み物を渡す。
もし今日来られなかった時のためのマクバーンへの土産だったが、また改めて買い直せばいい。
その意味を知るエマが軽く苦笑しながらも、十連ステーキ串、山盛りいちごクレープ、ダークチェリーパイといった学院祭限定の品を受け取った。
「うーん、部屋の中で食べるにはニオイが……」
「ステーキ串だけここで食べればいいさ」
「歩き食いははしたない気もしますが……」
「何、普段しないこをするのも学生の醍醐味ってな」
(フフフ、エマ嬢。ヴィータ嬢なら特に気にせず買い食いなどもすると思うぞ?)
「否定出来ませんね……そうですね、もしかしたら共通の話題になるかもしれませんし、チャレンジするとします」
「その意気だ」
流石に一気にかぶりつくことはなかったが、小さな一口で味を堪能しているのはよくわかったので渡した甲斐もあるというものだ。
「それに、ブリオニア島では本当に助かった。封印術の腕も上がったんじゃないか?」
「あはは……マクバーンさんのおかげで後遺症はありませんでしたが、結構苦労したんですよ?」
「ああ、すごい頼もしさだったぞ」
「どういたしまして、です。ですがヴァリマールが大破してしまったのは手痛いですね……」
「我ハコウシテ無事ナノダガナ」
「本体です、本体。ガンドルフさんのおかげで補修の目処は立っているようですが、一ヶ月以上はかかりそうですからね。来月の特別実習までに間に合えば良いのですが」
「別に特別実習だからってヴァリマールは必要ないんじゃないか?」
「万一の備えというものは大事です。仮にガレリア要塞のように、他国に近い距離だったり騎神が必要になる場面もあるかもしれませんからね。特に最近はクロスベル方面が騒がしいですから」
「マクバーンさんが向かってるから、安心だと思うけど」
「それは否定しませんが……って話し込んでいたらダメですね。それじゃあリィンさん、また後で」
「ああ。ドロテ先輩にもよろしく」
ぺこりと頭を下げて去っていくエマを見送りながら、リィンは改めてグラウンドに目を向け――そこに、霊力の集まりを感じて灼眼を展開、即座に目の端に捉えた。
体育倉庫の裏側、今は誰もいない場所に流れる力に目を見張り、速攻で駆け出す。
連絡は来てないが、転移ということならまさか――
「む、シュバルツァーか。出迎えご苦労と言うべきかの」
「ってローゼリアさんかよ!」
リィンの灼眼に捉えたのは、透明化の魔術を使用したローゼリアの姿だった。
どこかから見られる心配があったのか、事前にその辺りの配慮を忘れなかったらしい。
ローゼリアならうっかり転移の場面を見られる可能性もあったので、案外強く誰かに言いつけられたのかもしれなかった。
「でも、なんでローゼリアさんがここに?」
「うむ、そのことじゃが劫炎より連絡じゃ。少し遅れるが、それほどはかからない。その間、麗しの魔女のエスコートを――」
「それ自演しましたね?」
「麗しいじゃろ?」
「まあ将来は美人になりそうですね」
伝言を改ざんするローゼリアに呆れながらも、今日来ることが確定したのは嬉しい報告だ。
「でもローゼリアさんがわざわざ、なんて珍しいですね」
「妾もクロスベルに赴いておってな。劫炎に呼ばれたということもあるが、懐かしい顔に
「懐かしい?」
「ま、気にするでない。以前お主からクロスベル方面のことを聞いておったが、中々に面妖な事態になっておるそうじゃからの。やれやれ、シュミットの小僧が去ったというに、まだまだエリンに静けさが戻る日は遠そうじゃのう」
子供がするには似合いすぎるため息をつく仕草。
だがクロスベルの用事が済んだのならエリンに戻ればいいはずだ。
その上でトールズ士官学院に来たということは、何か用事があるのかもしれない。
と、普通なら思うかもしれないが、リィンとローゼリアの付き合いもそれなりにある。
そのため、リィンには彼女がここに来た理由を察していた。
「息抜きに遊びに来たんですね。ポテチとは違う外界食に彩りを加えようとかそんな感じで」
「ぬぅ、なにゆえそんなピンポイントに妾の心を見抜くのか」
大当たりだったらしい。
先程までならエマに渡したステーキ串などを渡せたが、もうない。
改めて購入する必要があった。
「なら、ブリオニア島のお礼も兼ねて俺が奢りますよ」
「そうかそうか、そうかそうか! お主は年寄りの労り方を理解しておるのう!」
どう見ても子供へのご機嫌伺いだが、喜んでいるので問題ない。
「よし、ならばここで出ている食事の全メニュー制覇してくれよう!」
(フフフ、息子よ。おそらく半分も回らないうちに腹を満足させるだろうから、適当に付き合うといい)
「言ったなお主。ならばその――」
オズぼんに反論しようとしたローゼリアが途中で言葉を切る。
何かあるのか、とすでに灼眼から元の瞳に戻した目線の先には、グラウンドに作られたコース場が映っていた。
「……? 馬が気になるんですか?」
「いや、ふと懐かしさを覚えただけじゃ。ドライケルスにリアンヌ、彼らは今と違い移動には馬を使っておったからのう」
言われてみれば、エリンには馬がいないしローゼリアが外に出ても基本的に室内だったことが多い。
直接馬が外を走っているところを見るのは、彼女にとって久しぶりなのだろう。
なら、リィンが言うことは一つだ。
「では、お腹をすかせてより美味しく屋台の食べ物を回るために、少し寄っていきますか? 乗馬体験なんかもあるようですし」
「ふむ……まあ、悪くない」
消極的ながら、ローゼリアは反対しない。
リィンは頷きながらグラウンドへ移動し、馬術部で乗馬体験を案内しているポーラに声をかけた。
「ポーラ、今は大丈夫か?」
「あらリィン君、ユーシスなら来てないけど?」
「いや違う違う、この子にちょっと乗馬体験をさせてあげたくて」
「うーん……ちょっと背が頼りないかなあ?」
「ぬう、力を譲渡したことに後悔はないが、こういう時は不便なものよ……」
「大丈夫大丈夫、私も初心者だったけどちゃんと乗れるようになったから、ようは慣れだよ慣れ。でも男の子ならともかく、女の子だと……そうだリィン君、良ければこの子の後ろに乗って支えてあげてもらえない?
私がやるより、知り合いのほうが頼もしいだろうし」
「んー……ロゼちゃん、構わないか?」
「ま、よかろう。シュバルツァー、頼んだぞ」
さすがに魔術を使って浮くわけにはいかないので、リィンはローゼリアを抱えて先に馬に乗せる。
手綱をしっかり握り込むローゼリアを見やり、ポーラは渡したチケットを受け取りながらがそっとリィンに耳打ちする。
(あの子、やけに古風な喋り方だけどどこかの貴族? ユーシスや学院生とはまた違う感じだけど、なんだか敷居の高さを感じるというか)
(そんな感じ。無駄に偉ぶるかもしれないけど、嫌味はないから安心してくれ)
(全然悪意とかは感じないから、そうは思わなかったけど……まあいいや。私は他の子の指導があるから、彼女のことお願いしていい?)
(別に構わないけど、いいのか? 一応部員が目を離して)
(ある意味信用してるからね、リィン君のことは)
首を傾げるリィン。
ポーラはリィンの評判以上にユーシスから聞く彼の話を重要視していたので、多少の騒ぎが起きても悪いことにはならないと判断したのだ。
そんな風に乗馬体験を任されたリィンがローゼリアの後ろへ乗り、馬をゆっくりと歩かせる。
新鮮な視点と振動に最初は感慨深かったローゼリアだったが、同じところをぐるぐると回っている光景に少し退屈そうに目を細めた。
「シュバルツァー、あのコースは回らんのか? せっかく設置されてるなら、有効活用せんと勿体なかろう」
「あれはレース用なので、乗馬体験とは別なんですよ。参加自体は出来そうですが、ローゼリアさんを抱えたままとなると難しそうですね」
「何、心配いらん。いざとなれば説得すればいい」
「それ説得(催眠)ですよね?」
レースを担当するランベルトだけならともかく、今は他に来場客も居てラクロス部の上級生達も手伝いをしている。
ローゼリアならこの近辺全員に催眠魔術を仕掛けるなど造作もないことかもしれないが、そんなことのために魔術を使うとエマが文字通り飛んで来て説教しそうだ。
そう伝えると、さすがに息抜きに説教を受けるのは嫌なのか渋面を作るローゼリア。
とはいえただ歩いてるだけでは勿体ないのは同意、やはり馬は走らせてこそだ。
どうするか、と首を巡らせるリィンはそこである人物達を発見してそこに馬を寄せた。
「ユーシス、ミリアム。ちょうど良かった。少しいいか?」
「あ、リィン! ってその子は?」
「エマのおばあちゃん。遊びに来たみたいなんだ」
「祖……母……?」
「うむ、尊敬しても良いぞ?」
馬上で胸を張るローゼリアを、怪訝そうな目で見るユーシス。
エマが魔女であることを知っているといえ、見た目がミリアムとどっこいなローゼリアを祖母として扱うのはユーシスとしては難易度が高いようだ。
「でもミリアム、エリオットはどうしたんだ? 確か一緒に回ってたよな」
「うん、でも午後から部活の手伝いに行っちゃってさー。どうしようかって思った時に同じく一緒に回ってたガイウスと別れて手持ち無沙汰になってるユーシスを見つけたんだ」
「お腹は一杯だから、何か動こう、などと言って色々付き合わされてな……まあここに関してはまだマシなほうだ」
相変わらず面倒見の良いユーシスだった。
そんな彼に、リィンはさらなる
「ところでユーシス、馬術部としてはもっと盛り上がるなり馬に関心を向ける人が多くなるのは良いことだと思わないか?」
「貴様、何を企んでいる……!」
「いや、単に乗馬体験の応用だよ。やっぱり馬は走らせてなんぼだし、あのコースを二人一組で走らせたらどうかな、って」
「へー、面白そう!」
「うむ、中々良い提案ではないか」
「勝手なことを言うな……」
げんなりとしながらも、ユーシス自身馬を走らせることに異論はないのか少し考え込んでいる。
もう一押しか、と追撃を仕掛けようとするリィンはグラウンドに姿を見せたヴァンダイクを発見した。
「ローゼリアさん、ちょっと待っててくださいね。……すみません学院長、少しお話が……」
「おおシュバルツァー君。提案とは?」
ヴァンダイクの言葉に、リィンはユーシスにした提案を伝える。
部長のランベルトでも判断が難しそうだが、学院長が了承すれば許可が取れたも同然だからだ。
「もちろん、安全性に配慮した動きを心がけます。でも初心者からすれば、全速力と流しの速さの違いはあっても、走ってる馬に乗ることに変わりはないでしょうし」
「ふむ……」
考え込むヴァンダイク。
リィンの動きに気づいたユーシスが馬を寄らせて、その首根っこを掴もうとしたがそれより早くヴァンダイクが口を開いた。
「ランベルト君とユーシス君。二人が補助するならば、という条件で良ければ構わんじゃろ」
「ありがとうございます! じゃあ特別講習として、ランベルト先輩にも提案してきますね」
「こらリィン、待て!」
ユーシスは叫んだが、リィンは止まらない。
やがてあれよあれよと行動は決まり、最初のパフォーマンスとしてリィンがローゼリアと、ユーシスがミリアムと共に並走することとなった。
「なぜ許可が取れた……」
「なんだかんだ俺達って一緒に馬を走らせる機会が多いよな」
「無視か」
「えへへー、なんだか楽しみ!」
「うむ、やるからには負けるでないぞ?」
何故か負けん気を刺激されているローゼリアをよそに、レースが始まる。
流石に初心者二人を乗せているため全速力というわけではないが、障害物が取り除かれたコースを走るのはやはり新鮮味があるようで、ミリアムもローゼリアも楽しそうに笑っていた。
レース自体は同着、元々設定されていた目標スコアに届くことはなかったが二人が楽しそうなのが一番である。
リィンは小腹を空かせたローゼリアに屋台の食べ物を奢るべくユーシス達に別れを告げて離れていく。
なお、その後ユーシスが後ろに乗って一緒に乗馬してくれるという噂を聞きつけた女子生徒と来場客の女性が殺到することとなり、特別講習はわずか一時間ほどで廃止されたとベッキーから聞いた。
その後、無言でリィンを追いかけるユーシスの姿を見かけたとか見かけなかったなど、士官学院の噂話がまた一つ増えたことは確かなことだった。
*
屋台を回って満足したローゼリアが人気のいない場所へ案内し、転移したのを見届けると驚くことに入れ替わるように再び目の前に転移陣が開かれた。
それも、周囲に渦巻く焔からリィンは直感でマクバーンが来たのだと理解した。
「――っと、よおリィン。ちょうど良いタイミングだったな」
「マクバーンさん!」
待望の親友が訪れたことで、リィンの声が弾む。
聞けば、ローゼリアが念話で時間を調整してくれたそうだ。
だからこうもすんなり入れ替わりが出来たと教えてくれるマクバーン。
それならもう少し奢って良かったかな、と思うリィンだった。
「しっかし、随分と騒がしいもんだな」
「年に一回のお祭りですからね。まだ明日の分もありますけど、初日も初日の盛り上がりがありますよ」
「ま、それもそうか。あーだがなリィン、悪いが取れる時間はそう多くねえ、だからアトラクションとやらは一回が限度だな」
「ありゃ、それは残念ですね……」
なら、雑談は移動しながらでいいだろう。
そう判断したリィンは、早速本校舎一階はⅠ年Ⅳ組が経営する東方茶屋《雅》へ足を運ぶ。
その最中、かなり注目を浴びていることに二人は眉をひそめていた。
リィンは制服で、マクバーンも別に魔神はおろか魔人化もしていない、至って普通の格好だ。
ただ、明らかにカタギとは違う雰囲気を放つマクバーンが談笑しながら歩く光景は、四月によく浴びたやべー奴への視線を多く向けられる。
何もしていないが、マクバーンの存在感とも言うべきものが否応なしに目を集めてしまうようだった。
そんな風に歩くだけで目立つ二人は目的地に到着する。
午前中はヴィヴィが担当だったが、午後はリンデが受付になっていた。
「あ、リィンさん。約束してた人とは会え……って、その人ですか?」
「ああ、友達のマクバーンさん。来場客だけど問題ないよな?」
「え? は、はい。もちろんです」
マクバーンの姿を見るなり驚くリンデだったが、すぐに笑顔に戻って案内してくれる。
中に入ると、東方風の建物や席などが置かれ、一種の休憩室として使われているように見える。
抹茶とお茶菓子が提供されるとのことで、リィンとマクバーンも空いてる席に座ってお盆に乗せられたそれらをいただいた。
茶器もコップのように小さなものでなく、両手で抱えるようなボウルを思わせる大きさの中に抹茶が入れられている。
つまめる菓子には専用の楊枝が用意されており、かなり本格的な東方茶屋となっていた。
「へえ、帝国のいち学院だっていうのに本格的なもんだ」
「マクバーンさんも東方文化には精通してるんですか?」
「任務で共和国に行ったことがあってな。かの魔人って噂されてる《銀》と遭遇したかったが、中々上手くはいかないもんだったぜ」
「今はクロスベルに居るので、ひょっとしたらばったり会うかもですよ」
「へえ、そいつは楽しみだな」
袋に包まれた饅頭を開き、楊枝で切り分けて食べるマクバーン。
抹茶も片手でなくしっかり両手を使って飲んでおり、外見は粗暴な印象を受けるが、思いの外礼儀作法がしっかりしているのは意外だった。
「なんだよ、そんなに珍しいか?」
「いえ、結構礼儀正しく食べるんだなって」
「これくらい別になんともねえだろ。それに、これでも王様だったんでな。マナーは割と守るほうなんだ」
「王様……《外》の記憶ですか」
「ああ。お前にはまだ話しちゃなかったか? もうなくなっちまったようだが、俺は故郷では王様みたいなことをしてたんだ」
「……見てないのでわかりませんが、例え故郷がなくなってもマクバーンさんがここに居ます。だから、本当の意味で故郷ってのはなくなってないと思いますよ。
マクバーンさんが望めば、ユミルでもエリンでも、そこが故郷になるはずですから」
「ハッ、慰めのつもりか? 言ってくれるじゃねえか」
「あーいえ、別にそういう意味では……」
「構わねえさ。ま、ありがとよ。気にしてないと言えば嘘になるが、ある程度割り切りはすませた」
こう見えて老人だからな、と自嘲するマクバーン。
見た目で言えばローゼリアなど精神も童女に近いので、外見と年齢は関係ないのではと思うリィンだった。
「それより今はクロスベルだ。中々面白い状況になってるぜ?」
「そう言えば教官達の一部はえらく慌ただしかったような……」
特にベアトリクスはかなり真剣な顔だった。
内容こそ秘密にされたが、常に優雅な笑みを絶やさぬ彼女の姿が見せる真剣な表情は、それだけクロスベルでの出来事が無視できないものであるのだろう。
「会見を開いたディーター・クロイスがクロスベル自治州の独立を認めない国に対して、IBCが預かる資産を凍結することを宣言したんだよ。
当然、帝国と共和国がそんなことを許すはずがねえ。クロスベル自治州に対して、資産凍結解除が容れられない場合は軍事介入することを通牒……ってのが今日の出来事だ」
「……」
「素直な気持ちを言ってみろよ。そんなの出来るはずがない、ってな」
「それは……」
クロスベル自治州は経済という意味ではゼムリア大陸一かもしれないが、その規模は明らかに帝国と共和国といった二大国を相手にするには無謀がすぎる。
ならば、ディーターが狂っていないのであれば何らかの備えがあるのは確か。
ローゼリアが懐かしい顔にあった、と言っていたことを思い出しリィンはマクバーンに尋ねる。
「確かローゼリアさんがマクバーンさんに呼ばれてクロスベルへ行ったとか」
「ああ。本番は明日だから、また一働きしてもらうがな」
「……マクバーンさんは何を考えてるんですか?」
「何、仮にも土地を治める者だった先達として滅びに向かう愚王にご意見でも、な」
言葉の割に表情がかなり凶悪なマクバーン。
何を考えているかわからないが、クロスベルにとって良いことであることを願う。
「そうだ、俺に何か手伝えることは――」
「お前は明日の学院祭を成功させるんだな。そんで、一仕事終えた俺にその姿を見せてくれりゃあいい」
有無を言わさない言葉に、リィンは言葉に詰まる。
彼はマクバーンが望めば学院祭を放置してクロスベルに来ることを簡単に決意出来る男だと、最新の友は知っていた。
「おくつろぎ中、失礼しま~す」
そこにリンデとヴィヴィの双子の姉妹が箱のようなものを抱えてやってくる。
聞けば、東方に伝わるおみくじ……女神に願掛けして吉凶を占い東方文化だそうだ。
チケット一枚につき《開運おみくじ》や《縁結びおみくじ》が引けるそうで、リィンは残っていた最後のチケットを渡して両方引くことにした。
二人はそれぞれ二つのおみくじを引き、記された中身を確認する。
リィンのほうはこうだ。
開運:大凶。知らぬ間に招いた災厄来たる。紡いだ縁を信じるべし。
縁結び:離れるものあれば、寄る者もあり。支え支えられ、因果を超えるべし。
そしてマクバーンは、
開運:大吉。無間の闇に差し込む光あり。自由への一歩は望むがままに。
縁結び:誘惑に惑わされず、追い求めるものあれば迷わず進むべし。
「大凶……」
「俺は大吉だ。ま、気にすんなよ」
「いえ、逆に大凶って選ばれし存在って気がしません? 多分箱の中に一枚だけとか、そんな感じだよな?」
「え、えっと書いたのは私じゃなくてⅤ組のベリルさんだから……」
「え、そうなのか?」
「うん、彼女の占いって当たるって評判でしょ? だから作ってもらったの。でも大凶を引くのは、確かにリィン君持ってる気がするわ~」
「ヴィヴィ! リ、リィンさんヴィヴィがごめんなさい」
ぺこぺこ頭を下げるリンデに気にするなと伝え、二人は引いたおみくじをみくじ掛けに結びつける。
おみくじをみくじ掛けに結ぶのは成長する力、つまり何百年何千年と存在することが出来るほど生命力が豊富な木々に結ぶことで、記された願いが叶うようあやかっているそうだ。
大凶の場合は、厄祓いとして機能するのかもしれない。
こうやって吉凶に対して騒ぐことがおみくじの醍醐味なのかもしれないが、ベリルが書いたという一言だけで一気に信憑性が増した気がするリィンだった。
「さて、チケット全部使っちゃいましたけど、まだ色々出店はあるので少し回りましょうか。それとも、もう時間でしょうかね?」
「あー、そうだ……」
ふと、マクバーンが何かに気づいたようにどこかへ目を向けている。
リィンもそれに倣って見ると、視線の先に居たのは猫耳を付けた見慣れぬ褐色の少女だった。
長い黒髪をツインテールにして垂らした、猫のような女の子だ。
リィン達の視線に気づくと、体を震わせてどこかへ去ろうとする。
だが、その動きをリィンでなくマクバーンが止めた。
「…………!………!?」
「まあ、そう逃げんなよ」
首根っこを掴まれてぷらーんとリィンの前に掲げられる少女。
リィンと目線を合わせようとせず必死で顔を逸らしており、顔を見ようとしてもすぐに俯かれてしまった。
「リィン、こいつは前に魔女の里から出て最近戻ってきたみたいでな。どうやらローゼリアに吊られて一緒に来たようなんだが……良ければ案内頼めないか?」
「え、別に構いませんけど……」
「悪いな、実はこいつお前に興味津々みたいでな。俺は俺で、ちょっと別のところに顔を出してくる。だいたい三十分くらいで戻る」
それだけ言ってマクバーンは背中を向けると、手を振りながら去っていった。
別行動を残念に思いながらも、仕方ないとしてリィンはマクバーンから預けられた少女を眺める。
未だに顔を合わせようとしないが、よく見れば耳だけでなく臀部にもしっぽが揺れている。
何かのコスプレなのか、特に子供達の目が少女に向けられており、その視線にますます顔を俯かせてしまう少女。
だがマクバーンからの頼みなのだ、リィンは少女と目を合わせるように屈みながら言う。
「それじゃ、もう夕方だからそんなに時間ないけど……良かったら一緒に回るか?」
「…………!…………!」
少女は喋らない。
ただ、こくこくと頷いているのは確かなので、リィンはその少女の手を取って再び学院祭を回っていく。
やがて屋上にやってくると、そこには誰もおらず居るのはリィンと少女の二人だけだ。
「お、ちょうど良い具合に人がいないな……」
「…………」
「……屋上の景色ってのは中々良いもんだ。それとも、いつものミルクを用意したほうが良かったか、
「ん、そう……!?」
ここで褐色の少女――セリーヌがはっとして顔を上げる。
「き、気づいて……!?」
「最初はわからなかったけどな。ほら、しっぽのリボン。俺がプレゼントしたやつだろ?」
「!?」
「それに気づいてこっそり調べたら、気配がセリーヌと同じって気づいてな。……まさか人にもなれたんだなあ」
「こ、これはロゼのやつが無理やり……!」
聞けば、この学院祭は人型だからこそ楽しめる、としてセリーヌが人型を保つ魔術をかけられたらしい。
時間で元に戻るとのことで隠れていたそうだが、見つかりそうだったので出歩いて見れば注目こそされたがお祭りということで受け入れられていたそうだ。
だが元より人の姿を取るのは恥ずかしいそうで、マクバーンにバレても喋らずに居たそうだが……リィンからすれば感謝しかない迂闊を発揮してしまったようだ。
「なんで言わなかったのよ! 喋らずにいたアタシがなんだかバカみたいじゃない!」
「いや、マクバーンさんが気遣っててくれたし、そういう扱いが望みなのかと思ってたんだけど……ふと、景色を見てたらセリーヌにお礼を言わないと、って思ってな」
「お礼?」
そこで、リィンは膝をつき、セリーヌの手を取った。
突然の行動に慌てるセリーヌだったが、すぐにリィンの目が真剣なものであることに気づいて息を呑む。
「最初、真っ先に親父のことに触れてくれたのはセリーヌだ。親父が見えて、驚いてくれたことに反応してくれたセリーヌのおかげで……俺は、親父が見える人ってのに初めて会えたんだ」
忘れもしない入学式。
オズぼんを見たセリーヌが声を上げてくれたことは、彼女にとっては迂闊だったのかもしれないが……リィンにとっては福音に等しいものだった。
もしセリーヌが反応しなくても、同じⅦ組だったエマが反応したかもしれないが、ああ見えて疑り深い性格をしているので気づいても声をかけて来なかった可能性もある。
だから、リィンはセリーヌがオズぼんに対して声を出してくれたことを本当に感謝していた。
「だから、ありがとうセリーヌ。お前のおかげで、俺はこうしてここに居るんだ」
「…………そんな。別に、私は…………」
「無理に言葉を言わなくていいさ。ただ、俺はどうしようもないくらい、セリーヌに感謝してるってことだから」
「…………そ、そうなんだ」
それから、セリーヌは黙ってしまう。
彼女が何を思っているかわからないが、リィンもそれに応じて無言でセリーヌの手を握る。
その手を、セリーヌは離さない。
それが、彼女なりのリィンへの返答であったのは、紛れもないことだった。
気遣いの出来る男、マクバーン。
実際一発ネタだったといえ、セリーヌが声を上げてくれたからこそ、自分以外にオズぼんが見える存在を知ったのは紛れもない彼女のおかげなので一日目を締めてもらいました。
また少し長くなってしまったので、Ⅶ組へのマクバーン紹介は次回。
まあ長くなりそうならカットするかもしれませんが…