「よう、邪魔するぜ」
「貴方は……?」
マクバーンがクロスベルへたどり着き、特務支援課が所属する分署ビルへ足を運んで見れば、出迎えたのはキーアという名の少女。
そしてその背後に立つ巨狼が、マクバーンとローゼリアを威嚇するように睥睨している。
「なんじゃお主。ペットか何かとして飼われておるのか? すっかり落ちたものよのう」
「冗談が下手になったな、
巨狼――女神より遣わされた《幻の至宝》を見守る聖獣ツァイトがローゼリアへ語る。
キーアは不安そうな目をマクバーンに向けながらも、話を理解しているのかテーブルへ二人を案内した。
「噂の特務支援課や上司はいないようだが、ちょうどいい。お前らには話があったからな」
「何用だ、《外》より訪れし者よ」
「簡単なことだ。言葉を飾らずに言えば、
「しかえし……?」
キーアの疑問に、マクバーンは己がどういった存在であったかを語る。
記憶喪失という状況の中所属したといえ、記憶を取り戻す手段は常に結社にあった。
リィンが揃えた戦力は帝国最高峰と言えるものだが、結社には手段を選ばずにいればマクバーンの記憶も取り戻すことは可能だっただろう。
だが、彼らはそれをしなかった。
記憶を失っているほうが都合が良く、任務に関しても素直に協力してくれると踏んだからだ。
実際、マクバーンもリィンに出会わなければ記憶を取り戻すのはまだまだ先のことだと推測している。
どちらにせよ、良いように利用してくれた結社へのけじめを付けなければならない。
「そういう意味では、このままお前を攫うなり何なりすれば、奴らの慌てふためく様が見れそうだが……」
「っ」
「そう怯えるな。
「うん……貴方がやってきたのに、大きな道筋の変化はない。それは、貴方が本格的に介入しないことを示している」
「因果? ほむ……なるほど、そういう存在か。人の業とは時に恐ろしいまでの結果を生むのう」
「リィンって存在がそれを証明してるだろうぜ」
「貴様ら、結局我らに何を話に来たというのだ」
話題が脱線しそうになる気配を感じたツァイトが割り込む。
苦笑しながらも、マクバーンはここに来た理由を告げた。
「何、大したことはねえよ。結末は変えねえが、過程をアドリブしに来ただけだ。ただ、その流れを強引に修正されたら面倒になる……だから俺達から頼みたいことは一つ」
――邪魔すんな。
そう告げるマクバーンは声を荒げるわけでも、感情を押し殺しているでもない。
文字通り頼んでいるだけだ。
だが、キーアにはそれが何より体を震わせた。
ローゼリアの肘打ちで少女の異常に気づいたマクバーンは、脅すつもりはなかったと謝罪しながら、先程よりも穏やかな声でキーアをいたわるように言う。
「深く考えることはねえ、お前は
「…………」
マクバーンのある意味責めるような言葉に、キーアの顔が強張り、曇るように陰りが刺す。
ツァイトは唸り声を上げるが、マクバーンはそんなもの微塵も気にする様子を見せない。
仮に本格的にツァイトが牙を剥いたとしても、どうにでもなるという圧倒的な自負がそうさせている。
ツァイトも、それを理解していた。
仮にお互いが『本気』で争うことになれば、クロスベルの地を消滅させる上で自分だけが消えてしまうということを。
それでも、彼はキーアを守るためにその行動を止めない。
ローゼリアは、そんなツァイトの姿に一人うんうんと頷いていた。
「それを許すのも
故に、目論見だけ伝えておこうと思うてな」
そしてローゼリアは、ここで何をするつもりなのかを語っていく。
その上で彼女の力の範囲を調べ、辻褄を合わせていくのだ。
それらを語り終えたマクバーンは、一度分署ビルから出ようとする。
その後ろ姿へ、キーアは声をかけた。
「ねえ……どうして、貴方達はそんな回りくどいことをするの? 単に仕返しがしたいだけなら、ここで私を……」
「ハッ、簡単な理由だな。――人の意志ってやつは、時に至宝や神様すら変えちまうってのを知ったからさ。
それと、
「さて。……うむ、キャッチした。マクバーン、お主はどうする?」
「俺は特務支援課に挨拶してくるぜ。後はまた、細かいところは合わせて行こうや」
「了解じゃ。それでは、妾も友と語り会って来るとしよう」
そう言ってローゼリアは転移し、分署ビルから姿を消す。
マクバーンもまた、扉の向こうへ去っていった。
「ロイド……エリィ……ティオ……ランディ……みんな……」
キーアはそれらに何を言うでもなく、傍に佇むツァイトを抱きしめながら、愛おしい家族の名をつぶやいていた。
*
その後マクバーンはまず要請によってクロスベルを駆け巡る特務支援課と合流する。
特務支援課とマクバーンの出会いは、古戦場へ赴いた先で相手をしていた魔獣を劫炎による焔で一瞬で殲滅するというものだった。
突然の事態に驚きつつも、リィンから話を聞いていたロイド達はマクバーンのことを受け入れ、導力車に同席しながらクロスベルへ訪れた理由を教えた。
「結社の執行者?」
「湿地帯で会った彼らの仲間、ってことですか?」
「元、だがな。俺はつい先日まで記憶喪失で、それを取り戻す手がかりとして所属していただけだ。むしろ記憶がないことをいいことに散々利用されたことに対して、ケジメを付けてやらなきゃ気がすまん。
そんな現状であいつらに接触出来そうなのがここクロスベルってわけだ。そんでダチのリィンに聞けば、お前ら特務支援課を訪ねればいいって言われてな」
「……リィン君の、友人……」
エリィのつぶやきに、特務支援課の面々はなんとも言えない表情だ。
彼の行動は八月の短い時間とユウナからの報告で聞いている。
その上で先程魔獣を一瞬で駆逐したあの強さ。
彼らの中で、リィンの同類ではないかという疑問が真っ先に浮かんでいた。
「クク、何を考えてるかは理解出来るぜ。俺だってあいつとの付き合いは時間全部換算しても一週間とねえが、それでもむちゃくちゃぶりはよく知ってる」
「あ、私達のご同輩でしたか」
その言葉にティオが心なし喜んでいるように思える。
リィンのクロスベル来訪において、ユウナの次に振り回されたのはワジやティオだからだ。
守護騎士バレという質ではワジがぶっちぎりかもしれないが、突然ヴァリマールに乗せられてテロリスト達の飛空艇をハッキングさせられたり、列車砲からクロスベルを救った手柄を丸投げされた苦労を思えばティオ達も負けていない。
「それに元結社として、今クロスベルにある謎のある程度は答えが出せると思うが……どうだ? しばらく俺を雇っちゃもらえねえか」
「強さって意味では申し分ないと思うよ。正直、僕らが全員でかかっても返り討ちに会いそうだ」
ワジがまずそう言って保証する。
彼はトマスやバルクホルンからもマクバーンの素性を聞いており、必然的にその脅威をこの中で一番正確に知っていた。
それに同意するようにランディが頷く。
「それは言えるな。アンタ見てると、今すぐここから離れろって警報が全身に満ちてやがる」
「おいおい、何もしちゃいねえだろうが」
「いや……正直、あの湿地帯で出会ったアリアンロードという女性と遜色ないと思ってる」
「へえ、勘が良いな? 一応、向こうじゃ互角だったとだけ言っておくぜ」
「それはつまり、アリオスさんより強いって言うの……?」
「正直、信じがたい気持ちで一杯ですが……結社の目的を教えてもらえるのなら、私ももう少しだけ特務支援課に居ても構わないでしょうか?」
導力車の運転を行いながら、ノエルがそう提案する。
それは頼もしい、と湧き上がる特務支援課だったが、そこで否としたのはマクバーンだった。
「いや、個人的にはクロスベル警備隊で動いてくれるやつが居たほうがいい。そういう意味じゃ、そこの嬢ちゃんが戻るのはアリだと思うぜ」
「それは、一体……」
「そうだな、先にまず結社の目的を話すとしようか――」
そしてマクバーンは、結社がクロスベルで行おうとしていることを明かす。
ただし、ある一部――そこにクロイス家が関わっていることなどを除いて、である。
彼にはある目論見があった。
そのために、まだディーター・クロイス及びマリアベル・クロイスがその実結社との結びつきがあることを隠す必要があったのだ。
もしそれらを教えれば、特務支援課はすぐにでもディーターの元へ押しかけるだろう。
それでは、少し困るのだ。
ロイドはその類まれな観察力で、マクバーンが全てを語っていないことに気づきつつあったが、クロスベルへの悪意が皆無であり、こちらに協力することが嘘ではないことから一度頭の片隅に置くことにする。
守護騎士であるワジのこともあり、誰しも人に言えない事情がありながらも、共に手を取ることが出来るという前例が彼に質問を紡がせなかった。
そうしてマクバーンは特務支援課に協力することになる。
元より常識と良識を併せ持つマクバーンはロイド達と打ち解けるのも早く、セルゲイにも許可を得たことで、しばらくの間彼らと共に要請を手伝っていきながら、順調に信用を得ていった。
*
「久しいの、リアンヌ。二十年ぶりか?」
プレロマ草が咲き誇る湿地帯、そこに佇む甲冑の騎士にローゼリアは声をかけた。
本来ならばクロスベルを一望出来る市内に居たはずの騎士は、何故か一度転移してここに場所を移した。
その理由をうっすらと理解しながらも、ローゼリアはかつての友、今はアリアンロードと名乗る女性の前に現れた。
「……今はアリアンロードと名乗っております」
「知らん。妾にとってお主はリアンヌ。それ以上でもそれ以下でもない」
「貴方もそうおっしゃるのですね」
振り返る騎士、アリアンロード――いや、リアンヌが兜を外しながらローゼリアに振り向く。
プレロマ草に包まれる幻想的な風景の中、そこに佇むリアンヌは自然が生み出した一枚の絵画としての美しさを備えていた。
「して、随分と愛らしい姿となった旧友はどんな用件で来たのでしょうか?」
「単刀直入に聞こう。かつてお主を導いた魔女として、後の《相克》まで妾達に協力する気はないか?」
「随分と事情に詳しいようで」
澄んだ声に、意外そうな調子が加わる。
どれだけ事情に詳しくないと思われていたのかと、ローゼリアは少し拗ねそうになった。
「とぼけるでない。マクバーンの記憶が戻ったと同時に《幻焔計画》なども色々聞かせてもらった。お主が盟主とやらの誘いを受けた理由も察しは付いておる。なれば、そんな場所に所属せずとも妾達と轡を並べることに、何の不都合がある」
「手綱、というのは思いの外大事ですよ、ローゼリア」
「ふん、馬など乗る必要はなかったのでな。それに神速からブリオニア島の件も聞いておるのじゃろう?
我が孫娘に導かれた起動者は、見事に《外の理》を覆した。無論、その対価も相応じゃったが……」
「あの魔神を相手に本当にやり遂げたことに関しては、デュバリィと合わせて
ですが、それでも私はあの御方に忠を誓った身……いかに友といえ、これを覆すことはままなりません」
「放蕩娘といい、お主といい、盟主とやらはよほどの人物のようじゃな。ま、そこは予想済み。故に、魔女らしく対価を用意させてもらった」
「対価、ですか」
そう言って、ローゼリアは懐から
シュミットより魔女に授けられた導力技術はローゼリアも一通り学んでおり、導力端末に差し込んで使う程度のことは問題なく覚えていた。
リアンヌは古き魔女が導力技術のデバイスである記憶結晶を取り出す、という事実に目を丸くしていたが、その視線に構わずローゼリアは言う。
「ここに小僧……リィン・シュバルツァーとあのオズぼんという人形から話を聞いた《いんたびゅう》データが詰まっておる。お題は、リアンヌ・サンドロットに関して」
ぴくり、とリアンヌの体が反応する。
後はわかるじゃろう? と言わんばかりにローゼリアは告げる。
「聞いた話、レグラムではあの者達に随分と興味を示しておったそうではないか。妾も当然、当時のお主の話をしてやったぞ。いんたびゅあーが妾じゃからの。
気になる相手が自分をどう思っているか……知りたくはないか? 当然、お主を母と呼ぶ小僧の声も収録しておる」
すっ、とリアンヌが兜を被り直す。
ローゼリアはその行動を、表情――正確には視線を隠したいからだと判断した。
事実、その通りだった。
彼女は態度に出さず兜の中で《記憶結晶》に目を向けている。
ここに彼女に忠誠を誓う鉄機隊の面々が居れば、ありえない戸惑いに動揺を生んだことだろう。
だが旧友たるローゼリアには、根本は変わっておらんのうと懐かしい目で苦笑する。
しかしそれはそれとして、友として言っておかなければならないこともあった。
「のうリアンヌ。確かにお主とドライケルスは懇意な間柄じゃったし、魔王に引き裂かれることがなければ皇帝の妻として名を残したかもしれぬが……
現状、
じゃが何年も連れ添う神速を娘として見ているならともかく、一度しか会ってない小僧をそういう目で見るのは妾、人としてそれはどうかと思う」
「……私も貴方の
「ならあれか、あやつが鬼の力を持ってるから古来から伝わる鬼子母神とかそういうのを目論んでおったりするのか?
あれは子供のために人を殺す鬼の話であって、未婚のお主にそれが適応されるかと言われるとちょっと……」
「貴女も話を聞かなくなりましたね……!」
甲冑によって包まれる冷たい体に満ちる熱をローゼリアは感じる。
アリアンロードでなく、リアンヌ・サンドロットとしての顔を覗かせる旧友に満足しながらも、ローゼリアは調子を崩さない。
「まあお主が何を以てシュバルツァーを息子のように思っているかは知らんが、これが欲しいことに変わりはあるまい?」
ほれほれ、と記憶結晶をぷらぷらさせるローゼリア。
兜で隠れているが、リアンヌの目は記憶結晶が揺れるたびに動いていた。
「……繰り言は至りません。我が忠義は盟主へ向けられております」
「なら、これはいらんのじゃな?」
「それはまた話が別というものではありませんか? 彼らがかつての槍の聖女に関してどう思っているか、個人的に興味がないわけでも」
「あー手が滑ってしまったー」
棒読みしながら記憶結晶を放り投げるローゼリア。
湿地帯は冠水した土地のため水源が豊富であり、精密機械である記憶結晶がそこに落ちれば水気を含んで中身のデータが消失する可能性が非常に高い。
故に、彼女の行動は予想のど真ん中を通り抜けていった。
「…………物を粗末に扱うのは関心しませんね」
つまり、リアンヌによる記憶結晶の回収である。
元より神童と呼ばれた才女が二百年以上鍛え続けた力を無駄に使う一瞬の早業だった。
「貴女に預けておいては生みだされた道具も浮かばれません。ですからこれは私が――」
「ちなみにそれ、何のデータも入っておらんぞ? 本物はこっち」
笑いながらもう一つの記憶結晶を取り出すローゼリア。
パキ、とガントレットに握られた記憶結晶が音を立てて折れる。
元より神童と呼ばれた才女が二百年以上鍛え続けた力を以下省略。
「…………
「素直に欲しいと言えばいいものを。音声データを手に入れた気になっていたお主の姿はお笑いじゃったぞ?」
「―――――――」
後日、再調査に訪れていた遊撃士の二人が、湿地帯に広がった大きな穴を発見する。
異変に新たな情報が加わり、クロスベルの遊撃士協会はさらに増えていく謎に頭を悩ませることとなる。
なお、後に復帰したデュバリィは導力端末の前でおろおろと困惑する主の姿を見たとか見なかったとか。
キリが良いのでまた分割します。
次回でディーター失踪の理由とか色々明かせると思いますので、またの更新お待ちくださいませ。