はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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フフフ、息子よ。踊れ狂ってしまえ

 慣れ親しんだ学院の鐘の音が鳴る。

 学院祭の終了と同時に告げられた、ガレリア要塞の消滅。

 マクバーンの謀略により《身喰らう蛇》へ全ての原因を押し付けたクロスベルの事件の全容は導力ネットで公開され、士官学院でもクロスベルの状況において緊急会議の日々が続いている。

 そのため朝のHRも遅延が発生し、サラが来るまで待つしかないⅦ組だったが、その中でリィンとミリアムの席が空席となっていた。

 ただ、ミリアムはこの場にいないだけで学院自体に来ていることは知っていた。そのため、学院にもいないリィンに眉をひそめた。

 

「エマ、リィンが居ないようだが何をしでかしたのだ?」

「いえ、私も聞いていません」

「朝食の席にもいなかったな。てっきり早めの用事があると思っていたが」

「リィンは朝早く出かけたってシャロンから聞いたわ」

「もしかして、またクロスベルへ行ったのかな」

 

 フィーの言葉に、一同がなくはない、と沈黙する。

 誰一人として何かしでかした、という意見に疑問はない。

 導力ネットで公開された状況から、結社が行使した《零の至宝》のことも当然オリヴァルトの耳にも入っているはずだ。

 皇族の覚えめでたく騎神という巨イナル力を持つリィンなら、何らかの仕事に駆り出されていても不思議ではない。

 

 事実、彼は八月の通商会議でも護衛として参加し、見事にその信頼に答えた成果を叩き出している。

 だが今のリィンはマクバーンとの戦いでヴァリマールを失っており、列車砲を防いだ灰の騎神には頼れない。

 ガンドルフの話では、早くとも来月まではヴァリマールの修復も間に合わないそうだ。

 そのことは皇族も承知のはずだが、オズぼんを知るエマとしては彼なら何かしらの提案をしてくれそうだ、と渋面を作る。

 

「ガレリア要塞の写真は見たけど、すごかったよね。まるでアイスをスプーンでくり抜いたみたいに……」

「あれが《至宝》と言うのであれば、結社が追い求めるのも不思議ではない、が……それが帝国に向けられるというのは恐ろしいものだ」

「騎神があれば対抗出来そうって考えるのはおかしくないけど、今のヴァリマールは修復中みたいだし、どうなるんだろう」

「リィンなら騎神がなくても理由があれば突っ込んで行きそうだが……それ以前に学生は学生らしく、大人しくここに居ればいいものを」

 

 生真面目なマキアスはリィンの登校日数を問題視しているのか、別の意味で心配していた。

 入学式から始め、リィンは一ヶ月に何度も不登校を繰り返していた。

 エマとセリーヌの転移の巻き込まれ事故やオーレリアを始めとする数々の強者との戦いで負った怪我の治療、クロスベルへの護衛要請など、累積すれば一ヶ月以上は学院を休んでいる。

 

「そうだ、確かリィンは朝にセドリック殿下と連絡をしていたぞ」

 

 ふと、思い出したようにラウラが言う。

 走り込みなどの朝稽古から寮に戻るさい、すれ違ったリィンがARCUSを片手に外へ出ていったのだ。

 その時の会話から、セドリックの名が出ていた。

 つまり、リィンはセドリックの呼び出しを受けたということだろう。

 

「何を当然のように皇族の方と連絡先を交換出来ているんだ、あの男は」

「なんかすっかり友人というか、頼れる年上みたいな感じに思われてない?」

「殿下の友人であるクルトとの縁も深いからな、その繋がりから色々とあったのだろう」

「……男爵家という身分から考えれば皇族との繋がりなど垂涎の状況なのだろうが、あいつは自分を売り込む気なぞ微塵もないだろうから、きっとセドリック殿下がリィンを頼っている気がするな」

「皇族を批判する気はないが、殿下もリィンを頼りすぎじゃないか?」

 

 一度口にした不満を抑えられなかったのか、マキアスは不敬と思いながらもそう思うのを止められなかった。

 このままではリィンは留年の危機もある。

 ある程度は補習で補えるといえ、休む理由の大半は学院のカリキュラムたる特別実習によるものだ。

 それに参加していなければ、リィンが怪我を負って学院を休む頻度はそう多くはない。

 最も、突っ込まなくてもいい案件に突っ込んだ結果傷を負った事実もあるので一概に学院が悪いとは言えないのだが。

 

「セドリック殿下はリィンさんに友人との確執を解決してもらって、オリヴァルト殿下はリィンさんを現場に向かわせれば、隠れた問題を暴けると思っていますからね……」

 

 エマのつぶやき、そして事実である。

 五月の機甲兵の暴露で注目し、六月の塩の杭の残留物発見が決め手となった。

 ただ、いくら効果があるといえオリヴァルトは基本的に善良な人間だ。

 学生であるリィンに無理な要請は控えるつもりだった。

 だが当の本人が、学院を休むことに何の躊躇もない。

 塩の杭の残留物の件でも、ロジーヌの身柄が抑えられていたら法国に乗り込んで強奪するくらいは考える男だ。

 それにオズぼんとヴァリマール、なんだかんだ巻き込まれそうな魔女組(自分達)が加われば、きっとそれは成されてしまう。

 

 彼にとって学院生活とは友に比べれば失っても問題ない、と思っている証左である。

 学生でなくとも会おうと思えば会えるし、自由行動日に遊ぶことだって出来る。

 四月に比べればⅦ組や学院生との友好を深めているといえ、彼にとっては学院生活よりも彼らの無事を重視してしまう。

 これはオズぼんという存在によって植え付けられた悪癖と言えた。

 リィンには他人の外見や背景よりも、オズぼんが見えるか見えないかのほうが重要だったのだから。

 何より当時はマクバーンとの決戦に備えて鍛錬に精を出していた時期であり、要請や特別実習を体の良い修行と思っていたフシもある。

 

「皇族を友人と思っているかまではわからないけど、何か問題が起きれば首を突っ込みたがるのは事実だものね。まあ、そのおかげで助かってる部分もあるんだけど」

 

 アリサが疲れたようにため息をつく。

 問題を起こすのと同じくらい、リィンは数々の問題を解決している。

 行方不明だった父親を発見してくれたフィーをはじめ、アリサも家族問題に首を突っ込まれて母と姉のように思っている使用人との確執を解消してくれた。

 他に貴族嫌いだったマキアスと和解するきっかけを作り、特別実習を機に退学を考えていたエリオットを引き止め、エマがヴィータと再会することになったのもリィンが関わっている。

 

「……今思うと、四月の頃のリィンは俺達と距離を取っていたな」

「ああ。話しかければ答えるが、積極的に関わる気もなかったと思う。理由は、リィンの傍にいる精霊が見えるエマにしか興味を抱いていなかった、とのことだが」

「その精霊にトラウマから救われたと聞けば、それが見える人物を優先するのはわからなくもない」

「あ、あはは…………」

 

 オズぼんが見えているエマには、あの人形が精霊とは思いたくないのだが、否定することも出来ないので乾いた笑いしか出ない。

 セリーヌが居れば共感しただろうが、生憎と特別な日でもない限りⅦ組に訪れることはない。

 

「初期はマキアスも自分のこと棚においてリィンのこと不良とか言ってたしね」

「うぐっ」

「フィー、そうマキアスをからかってやるな」

「でも、ユーシスやラウラも四月は結構距離あったよね。ユーシスがリィンに嫉妬してた、っていうのは意外だったけど」

「…………口にするな」

 

 エリオットがからかうように言うと、ユーシスは静かに顔をそむける。

 その姿に苦笑する一同。

 笑いが収まる頃に、ガイウスの言葉が響く。

 

「思えば、俺達はリィンの影響を強く受けている。あいつも俺達から何か受け取っているものがあるのだろうか」

「ガイウス?」

「友と言うのは、対等な関係だ。一方的に施しを受けるそれは、そうとは呼べまい。仮にリィンがそう思ってくれていても、俺はあいつを助けられているのだろうか、と思ってな」

「…………まだ鬼の力抜きでも追いついた気がしないもんね」

 

 フィーが悔しそうに唸り、ラウラも顔に悔しさを滲ませながら同意する。

 強さという意味で、リィンはⅦ組どころか学院を超えて帝国でも上位に入る腕を持っている。

 素の実力であってもサラやナイトハルトと渡り合い、鬼の力が込みならば《理》に至った剣士を除けば帝国十指に入っていてもおかしくはない。

 もちろん実際に戦えば他の帝国の強者が勝つ可能性もあるが、それらを含めてもリィンが強者であることに違いはない。

 

「私もお母様やシャロンのことも、クロスベルでの件である程度借りは返せたかもしれないけど、私自身何かお返しは出来てないのよね」

「私も……団長に会わせてもらったお返しが出来てるとは思えない」

「学院祭のステージの成功も、恩返しには含まれないしね……」

「兄上に騎神が譲渡された時も、リィンへの感謝を口にしていた。弟として、それは喜ぶべきなのかもしれんが……」

 

 ユーシスの言葉には力がない。

 ルーファスの知らない面を見てしまい、レグラムでもリィンとマキアスの意見を聞きながらルーファス・アルバレアを知ろうと画策してきた。

 その中で最も興味を持った騎神を手にした今のルーファスは、弟の目から見てもとても『楽しそう』に見える。

 ルーファスからも、ユーシスがリィンと縁を紡いでくれたからこそ自分が選ばれたのだと弟に感謝した。

 

 そういう意味ではユーシスはリィンに借りがあると言える。

 貴族の義務といえ、恩に報いることが出来ない以上のは悔しい。

 けれど、己の人生に多大な影響を与えた兄が自分より他人を見ているのは、嫉妬心が生まれてしまうのは年頃の少年としては仕方ないことだった。

 

「この中で明確にリィンを助けている、って意味ではエマしかいないわよね」

「助けている、というより後始末を押し付けられていると言ったほうがいい気もするが」

「それでも魔女の力っていうのは唯一無二だよね」

「皆さんはリィンさんを支えたいと思ってるのでしょうか?」

「というより、一方的に助けられているのが嫌、かな」

「うん。父上が認める剣士というのは理解しているが、負けたくないという気持ちが強い」

 

 エマの疑問にフィーとラウラが代表して答える。

 言葉の違いはあれど、想いは同じだった。

 ようは助けられっぱなし、負けっぱなしは後味が悪いというやつである。

 なのに、件の本人が彼らの気持ちをお構いなし。

 ある意味で意中の相手に気に留められないというのは、どんな感情から生まれるものであっても思春期の少年少女には到底耐えられるものではない。

 だからこそ、こうして多々席を開けるリィンへの悶々とした気持ちが溢れているのあった。

 

 ただ、そのエマとしても最近はローゼリアのほうがリィンを助けている気がした。

 魔女としての実力を思えばそれは仕方ないことだが、灰の起動者を導く魔女は自分なのだからリィンはローゼリアよりも自分に頼るべきではないか、という気持ちを浮かばせたことは少なくない。

 

(でも、あれだけやって嫌われてないというのもすごいですね。リィンさんの所業って、シャロンさんのように耐えきれない人も居るでしょうに)

 

 そんなⅦ組の気持ちを受け止めながら、エマは心の中で思う。

 自分もセリーヌを通じて魔女という秘密がバレてしまい、焦っていたといえまさか転移事故を起こしてしまうなんて思っていなかった。

 正直に言えばエマはリィンが何食わぬ顔で戻るまでかなり焦燥していた。

 いくら秘密がバレたといえ、もしかして死んでしまったのではないか、なんて気持ちもあった。

 今考えれば転移程度で何を馬鹿なことをと思えるが、リィンを知らない当時の自分はそうだった。

 生きていたことに安堵しつつ、罪悪感からなし崩しに関わっていたが、まさか自分が学院にやってきた理由である灰の起動者にまでなるなんて思いも寄らなかった。

 

 責任感の強いエマだからこそ、リィンの自由さと理不尽ぶりにも付いていったが……仮に自分が魔女でなく、ただのクラスメイトとしてⅦ組に在籍していたら、どんな関係だったのだろうかと思案する。

 オズぼんが見えない以上、距離を置かれることは確定だろう。

 ロジーヌのように、見えなくても信じるということは出来なかったに違いない。

 だとすれば、一番近いのはエリオットだろうか。

 同じくマクバーンの強大な力を直視して、尻込みしてしまう魔女でない自分。

 それをリィンに慰められる姿は、IFでしかないのにはっきりと想像出来てしまう。

 人付き合いを選り好みする癖に、他者を助けることへの躊躇のなさ。

 一種の矛盾だが、オズぼんという存在と彼がしたことを思えば答えはすぐに浮かぶ。

 彼を認めてもらいたい。

 その想いが最上位にあるだけで、リィン自身は基本的にいい人なのである。

 

(でもリィンさん。認めてもらいたいって気持ちを持ってるのは貴方だけじゃないですよ?)

 

 エマはⅦ組の面々がリィンに対しての気持ちを吐露する流れを見て思う。

 言葉の違いはあれど、結局彼らはリィンに認めてもらいたい、真の意味で対等になりたいと考えているように思える。

 一方的に助けられるのでなく、助けたいと願う気持ちはリィンがオズぼんを認めてもらうために行った行動と差異はない。

 その究極とも言えるブリオニア島の決戦を思えば、確かにエマ以外のⅦ組は呼ばれることはなく、ロジーヌやベリルといった入学時期からリィンと仲の良かった面々……オズぼんを知っているメンバーがリィンに声をかけられた。

 けれど、オズぼんのことを知らないミュゼもその類まれな能力でリィンの支援のために呼ばれている。

 そのきっかけは、リィンを助けたいと直接彼に訴えたことにある。

 

「……きっと、皆さんが直接リィンさんに言えば、彼も無下にすることはないと思いますよ?」

 

 故に導き手(エマ)は思う。

 理不尽さに誤魔化され気味だが彼の本質は紛れもない善性であり、真摯な気持ちをぶつければそれに答えてくれる人物なのだと。

 ……普段が普段なので言いづらい気持ちは大いにわかるのだが。

 

「リィンさんに劣るから、助けられないから、で足を止めていたらあの人はすぐどこかへ行ってしまうので、まず学院に引き止めることから始めても良いと思います」

 

 今日のように、何の相談もなくセドリックに呼ばれて付いていったことに関して怒ってないと言えば嘘になる。

 せめて自分にくらい連絡を入れてもいいのでは、と導き手として思う。

 俺の善き魔女、とか言っておいて放置するのはよくないとエマは考える。

 そんな悶々とした気持ちを抱えていると、マキアスが代表して言葉にした。

 

「そう、だな。ひとまず留年しないよう、今後の特別実習でも目を光らせるのはひとまずの目的、とするか」

「確かに、このままリィンが留年の危機を迎えてしまえばますますストッパーがいなくなってしまうからな」

「特別実習が仮に行われたとして、リィン一人だけ参加とかになったら……考えたくないわね」

「灰のチカラとヴァリマールがない今なら、僕達でも助けられるだろうし……うん、クロスベルの状況を考えると楽観視出来ないけど、なんだかやる気が出てきた気がするよ」

「――ったく、クロスベルがあんな状況だってのに呑気なものね、アンタ達」

 

 笑みを浮かべるⅦ組をたしなめるように。扉からサラが入室する。

 席につく一同を眺めながら、サラはまず不在のリィンに関して告げた。

 

「あの子はセドリック殿下の要請で帝都に向かったわ。どうもクロスベルの状況は、リィンの知り合い――あの劫炎ってのが関わってるみたいでね。

 帝国からクロスベルへ行われる侵攻に関して、殿下を通じてオズボーン宰相に訴えかけるそうよ」

「……!」

「本日の正午に宰相の演説が行われるみたいでね。リィンは宰相と話し合いを設ける機会を得て快諾、朝早くからいないのはそういう理由」

「セドリック殿下が……」

「ガレリア要塞や機甲師団が撃退されたといえ、クロスベル侵攻を止めることで無駄な犠牲をなくすお考えのようね。

 又聞きだけど、クロスベルへ潜入してもらえないかって打診されてるそうよ」

「外からが無理なら中から、ということか」

「演説はクロスベル侵攻を正当なものとする、と民を説得するのだろう。今のクロスベルは結社に巣食われ、奪われた属州国。

 宗主国としてなんとしても奪還、なんてお題目を掲げるのが予想出来る」

 

 事情に敏いユーシスの言葉に頷くⅦ組。

 そんなオズボーンに対しセドリックは、クロスベル侵攻――つまり戦争を回避するために独自に動いており、そのための一手がリィンへの要請なのだろう。

 マキアスは先程皇族がリィンに頼りすぎている、と言った手前黙っていたが、セドリックが頼れる戦力はリィンしかいない、というのが現状だった。

 クルト・ヴァンダールは将来の明るい剣士であるが、現状ではまだヴァンダール流の初伝に過ぎない未熟な剣士。

 

 無論、年齢を思えば才能豊かな若者であることに異論はないのだが、あくまでそれは将来の話。

 クロスベルへ秘密裏に潜入して事態を解決出来るか、と言われれば否としか言えない。

 だが、それでもリィン・シュバルツァーならば。

 そんな夢見がちな理想論を尽く叶えてきた少年を特別視するのは無理らしからぬことだった。

 特にエマはあのマクバーンと友になった、という事実がその幻想を現実に置き換えられるさまをありありと幻視出来た。

 

「潜入調査なら出来る。私も帝都に行く」

「待ちなさいっての。殿下だってすぐにリィンをクロスベルへ送るわけじゃないでしょう。今回はあくまで宰相との話し合いのため。

 実行する前に、一度戻ってくることに違いないわ。打診するなら、その時にしなさい」

「止めないんですか?」

「本人が覚悟決めてるもの。……それにクロスベル侵攻を止めるって意味では、なくはない選択肢だもの。もちろん、あっちから攻めてくるってこともあるかもしれないけど、現状は防衛に専念してるみたいだからね。チャンスはまだあるはずだわ」

 

 頷くフィー。

 それを聞いてしまえば、Ⅶ組の面々は自分達にも何か手伝えることはないかと意見を交わしていく。

 そしてエマは、静かにARCUSを取り出す。

 とりあえず、一言文句を送るのが善き魔女の役目だと思いながらエマは息を吸い込み、ARCUSに向かって言葉として吐き出していった。

 そんな余裕(・・)があるほどに、エマもまた無意識に弛緩していた。

 リィンが居るならば、問題はあっても大丈夫だと。

 五月の特別実習の後、マクバーンに敗北したことでリィンは特別でないことを思い知っていたはずなのに、彼の行動の結果を間近で見ていたせいで誤魔化されていた。

 蒼の深淵が歌う《幻想の唄(ファンタスマゴリア)》が響くまで、そう信じて疑うことはなかった。

 

 

(フフフ、息子よ。エマ嬢の説教は終わったか?)

「まだ頭に言葉が残ってる」

 

 10月30日、正午。

 オズボーンの演説を控えたドライケルス広場前にリィンは潜んでいた。

 というのも、セドリックからの要請を受けて帝都へ向かったのはいいが、オズボーンとの面会がいくら待っても叶わなかったのだ。

 セドリック自身も、オズボーンは帝都から離れていて正午に到着するとして面会が叶っていない。

 政治においても百戦錬磨なオズボーンは、セドリックが面会を求める理由も察しており、下手に皇族を関わらせてはならないとして干渉自体出来ないように仕向けているのだ。

 落ち込むセドリックをクルトが慰める傍ら、なら直接演説中に乱入するしかないとリィンは提案。

 クルトは反対したが、セドリックは最終的にそれを了承。

 不退転の決意を胸に変装してリィンの隣に並んでいた。

 

「すみません、リィンさん。呼びつけておいて、こんな……」

「いえ、気になさらないでください。宰相との面会が難しいのは理解していますからね。それよりクルト、殿下が乱入したらきっと護衛が宰相から引き剥がさんと向かってくるだろうから、会話する時間を身を張ってでも守るんだぞ」

「同じ帝国の守り手から守る、というのは些か苦しいですし、彼らは精鋭中の精鋭なのですが……そうも言ってられませんね」

 

 クルトもまた、セドリックの護衛の中でも最大の任務になると覚悟していた。

 何せこの場にいるセドリックの協力者は少ない。

 周囲はTMPなどの《革新派》で固められており、オリヴァルト皇子もオズボーンの要請により遠く離れた場所にいる。

 オリヴァルトが向かわなければ解決出来ない問題をあえて作り、向かわせているのだ。

 これによりカレイジャスといった支援もなく、帝国という大国を支える宰相にたった四人(・・)で立ち向かわなければならないのだ。

 

「妾はいざという時にお主らを逃がすことしかせぬぞ?」

 

 四人目、それはリィンが事前に共に協力を要請したローゼリアである。

 彼女の存在こそクロスベルへの潜入を約束するものであり、ローゼリアがリィンの傍に居ると聞いたエマの説教を長引かせた理由にもなった。

 

「しかし、よく来れましたね。確かクロスベルには今、結界のようなものが張られていると聞きましたが」

「妾にとっては造作もないことよ」

 

 頼もしい言葉である。

 リィンがローゼリアを頼った理由は、単純にエマまで学院を休ませるわけにはいかない、実際にクロスベルへ行く時には声をかけるつもりだったと彼女を気遣ったものなのだが、エマからすれば自分より頼れるローゼリアを選んだのだと思って拗ねるのも仕方ないことだった。

 

(フフフ、思春期とはかくも難しいものよ)

(あのエマがそんなワガママを言うことを思うと、もっとからかってやりたくなるがの)

 

 孫娘の微妙な気持ちを見抜き、ニヤリと牙を見せる意地悪な祖母の姿がそこにあった。

 

「ですが、いつ乱入するんですか? 最初から止めるという手もありますが」

「そこは俺が指示するよ」

 

 正確にはオズぼんが、である。

 同一人物なのだから、やられて嫌な空気というのも理解しているというのがオズぼんの言だった。

 

「…………時間です」

 

 クルトの言葉に応えるように、ドライケルス広場にオズボーンが現れる。

 やがて予想通りクロスベル侵攻へ向けての演説が始まった。

 演説を止めようとしてこの場にいるセドリックでさえ従ってしまいそうな、力溢れる言葉の数々は、皇族をもしのぐカリスマを実感出来るものだった。

 リィンも思わず聞き入ってしまいそうな演説を理性で我慢していたが、ふとローゼリアが首を傾げてオズボーンを見ている。

 

「ローゼリアさん、どうかされました?」

「……昔、こんな空気を感じ取ったことがあった気がする」

(フフフ、息子よ。気になるかもしれぬが、そろそろだ)

 

 わかった、と気合を入れて全身に力を入れ直すリィン。

 だから、なのか。

 唯一、彼だけがそれに気づいた。

 

(……………ん?)

 

 一瞬、空気が揺らいだ気がした。

 同時に、直感としか思えない勘が最大限に警報を鳴らす。

 なんだ? と周囲に首を巡らせる。

 何もない、はずだ。

 けれど、嫌な予感がどんどん高まっていくのが止まらない。

 

(親父、ヴァリマール、ローゼリアさん。何か……違和感、ないですか?)

(ほう?)

(違和感……)

 

 リィンの言葉に従い、静かに魔術による探知を広げるローゼリア。

 真っ先に気づいたのは、ヴァリマールだった。

 

(コレハ……かめれおんおーぶヲ使ッタ時ノ感覚……?)

 

 え、とリィンがその言葉の意味を考え――瞬間、彼はオズボーンに向かって走り出していた。

 

「リィンさん!?」

 

 セドリックの声は届かない。

 瞬時にオズぼんの力で隠していたゼムリアストーンの太刀を手に抜刀。

 ともすれば、オズボーンへ斬りかかる襲撃者にしか見えない構図に気づいた護衛達が導力銃を構えるが、リィンはそこで反転(・・)

 まるでオズボーンを何かから守るように太刀を構えた、その瞬間だった。

 

「………………リ、ィン」

 

 小さく、本当に小さな言葉がオズボーンの口から漏れた。

 しかし、リィンの耳にそれが届くことはない。

 手にしていたゼムリアストーンの太刀は音もなく塩と化し(・・・・)心臓を穿たれた(・・・・・・・)リィンの胸元からは血の華が咲き誇り、ドライケルス広場を赤く染めていく。

 どさり、とリィンの体が音を立てて倒れる。

 その姿を見下ろしたオズボーンの瞳と、瞳孔が開いて光を失ったリィンの双眸が重なる。

 

「――――――――――」

 

 オズボーンの言葉が、周囲の悲鳴によってかき消される。 

 倒れたリィンに縋るようにセドリックが近づき、クルトは信じがたい目で倒れたリィンを見下ろしている。

 そしてローゼリアは、爛々と輝く怒りの焔を宿した目を下手人へ向けていた。

 

「ヴィータ……それがお主の導いた者なのか!」

 

 何もない中空から、蒼穹の天を示すような蒼色に包まれた騎士人形が姿を現す。

 帝国の伝承に謳われる巨いなる騎士が一色。

 蒼の騎神、オルディーネ。

 その手の上に立つ黒い仮面の男――クロウ・アームブラストは、携えた狙撃用のライフルを投げ捨て騎神へ搭乗する。

 その仮面の中に隠れた面には、怒りしか浮かんでいなかった。

 

「あの野郎……ここまで、ここまで来て邪魔しやがるのか……リィン・シュバルツアアアアァァァァァァァァー!」

 

 ――アア……ココチヨイ怒リ……

 ナレバ《贄》ニ相応シイ――……

 

 果たして、その《声》がクロウに届いていたかはわからない。

 わかっているのは、()からの圧力によって壊れた仮面の中から現れたクロウの瞳が鬼眼(・・)に染まり、騎神のフィードバックを受けたオルディーネが、まるで《鬼》を思わせる変貌を遂げたことだった。

 

 それは、一発の銃声と共に終わりを告げる。

 大切だった何もかもを飲み込み、全てを灰と化してしまうかのように。

 その一発の銃声は、世界の運命を変えていく――




これにて閃の軌跡Ⅰ編、終了となります。
鬼の力は描写したように、リィンからクロウへ移りました。
このためのリィンとクロウの絆の不足、このための無意識におけるヘイト稼ぎでした。

一発ネタから始まったこの作品も百話を超え百万字を超え、ようやくⅠの終わりとなりました。
オズボーン生存、鬼の力を持つクロウなど、原作から色々変化していく閃の軌跡Ⅱ編も、引き続きご覧になっていただけたら幸いです。

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