はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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閃の軌跡Ⅱ編、開始です。
いつも誤字報告ありがとうございます。


閃の軌跡Ⅱ編
十月戦役の始まり


 七曜歴1204年11月。

 先月末に起きたギリアス・オズボーン宰相暗殺未遂事件は、それを発端とした《革新派》と《貴族派》の争い――内戦へと発展していた。

 演説中に響く一発の凶弾。

 狙われたオズボーン宰相は、士官候補生であるトールズ士官学院の生徒が盾となることで危機を脱した。

 

 かに思われたが、ドライケルス広場に乱入した人型の騎士人形、機甲兵による襲撃が連鎖するように流れ込んだ。

 加えてその中には、クロスベルを占領しているはずの《身喰らう蛇》の人形兵器も多数あった。

 特別実習がもたらした情報により、戦力の弱体化があった《貴族派》であったが、結社の援護を加算することで戦力を補充、それらの軍勢を前にドライケルス広場の惨劇が予感された。

 しかし、そこへ宰相を救援し怨敵を駆逐すべく駆けつけた第一機甲師団の戦車によりその数を減らしていく。

 

 だが、それらを駆逐する蒼い騎士人形、蒼の騎神オルディーネがその動きを止める。

 騎神は先日のガレリア要塞を強襲した謎の新兵器のように人智を超えた力を発揮し、応戦していた第一機甲師団を蹂躙した。

 オズボーン宰相は無事にその場を離れたようだが、《貴族派》……いや、《貴族連合》による保護と称した帝都の武力制圧により皇族が幽閉されてしまう。

 

 《貴族連合》は《身喰らう蛇》の人形兵器に対し皇族と帝都を守っている、という弁舌を振るいヘイムダルへの領邦軍常駐を正当化。

 これに対し《革新派》は反論、しかしオズボーンとレーグニッツ知事の不在により、言論における決着はおろか逆に難癖による逮捕によって身動きを封じられ、ついに戦端は開かれてしまった。

 これが内戦に至る経緯である。

 

 開戦から一週間。

 オズボーンは己の配下とも呼べる鉄道憲兵隊と合流し、第四機甲師団と連携してガレリア要塞近くの演習場に陣を張った。

 機甲兵の存在はトールズ士官学院Ⅶ組の特別実習によって暴かれていたが、それでも何体か鹵獲しているといえ絶対数の差は大きい。

 加えて帝都はおろか帝国各地に《蒼の騎士》が飛び回っており、テロリストそのものと言える破壊活動を行っていた。

 不幸中の幸いか、積極的に関わらなければ民間人への被害は抑えられているようだが、神出鬼没で狙いがまるで読めない上に圧倒的とも言える騎神の性能の前に正規軍はじわじわと追い詰められていた。

 

「閣下、お迎えに上がりました」

「わかった、しばし待ち給え」

 

 仮拠点の一室へオズボーンを迎えに来たクレアは、上官にして血の繋がらない父へ声をかける。

 本来ならば休む暇などないはずだが、帝都脱出から一度も休んだ様子を見せないオズボーンを心配したクレイグやクレア達によって強引な仮眠時間を与えられていたのだ。

 だが、扉の向こうから聞こえる声にクレアはオズボーンが普段と様子が異なることを見抜いていた。

 声の覇気は、他の軍人達が聞けば普段と変わりないように思えるかもしれない。

 だが、《鉄血の子供達》としての付き合いがあるクレアには、その裏に隠れた感情を見抜いてしまう。

 むしろ、クレアにもわかってしまうほどに今のオズボーンは疲弊しているように思えた。

 

「………………」

 

 しかし、彼女は言葉を出せない。

 本来ならばオズボーンをもっと休めるよう、時間を無理やりにでも作ってあげたいのは承知なのだが、それを言ってしまえば彼は己にこそその言葉を送ると理解していたからだ。

 

「オジさんもだけど、クレアももっと休めばいいのに。ボクが一緒に寝てあげようか?」

「……ミリアムちゃん」

 

 そんなクレアの背中に陽気な声がかかる。

 オズボーン狙撃の当日、ミリアムが通っていたトールズ士官学院にも《貴族連合》の手が伸びていた。

 だがヴィータの《幻想の唄(ファンタスマゴリア)》によってもたらされたオズボーン暗殺未遂、それによる……少なくとも狙撃された事実を知ることとなる。

 エマはローゼリアに念話を送り状況を把握しようとするが、伝わってくるのは見たことのない灼熱のような怒りの感情。

 エマの声はローゼリアに届かず、セリーヌ側からの交信も不通。

 連絡が取れないことでエマはすぐに帝都へ転移。

 彼女と共に行くことを願ったⅦ組と全員でヘイムダルへ赴いたものの、混乱の極地にある帝都では満足に捜索することも叶わなかった。

 

 むしろ《貴族連合》と結社の共同の手による混乱、特にオルディーネの暴走により、ドライケルス広場はおろか満足に動けない状況に陥ってしまう。

 加えてサラのARCUSへもたらされた士官学院の襲撃、エリオットが姉のフィオナ、マキアスが父であるカールへの安否への気掛かりなど彼だけを心配出来る状況ではなくなってしまう。

 

 そこで一番冷静だったサラの指示の下、Ⅶ組は分散してことにあたっていく。

 士官学院にはサラと魔煌兵を操ることが出来るエマが戻った。

 フィオナとカールの捜索にはエリオットにマキアス、ラウラやアリサとガイウスの五人が向かう。

 ユーシスはルーファスとの合流、ミリアムはクレアからの連絡を受けTMPへ、最も身軽で自由に動けるフィーは彼の身内であるエリゼの行方を探ることとなった。

 ()なら、一番の心配の種を放っておかないから、と。

 猟兵として活動し、Ⅶ組の中で最も割り切りが早いフィーだけが冷静にその後(・・・)を見据えていた。

 

 クレアからの連絡を受けたミリアムは合流後にガレリア要塞へ流れ、Ⅶ組との連絡を行いながらも《鉄血の子供達》としての任務に奔走していた。

 そんなミリアムの声に疲れた様子はない。

 その事実に、クレアは聞くまいとしていたものをつい口にしてしまった。

 

「ミリアムちゃんは……しっかり眠れているの?」

「え? そりゃ疲れたら寝るのはトーゼンだよ。でないと動けないもん。だからクレアもちゃんと休まなきゃだめだよ?」

「…………ミリアムちゃんは何も思っていないの?」

「何を?」

「―――――ン、君が……」

「……………」

 

 クレアはその名を言い切ることが出来なかった。

 彼女もまたあの演説の場におり、彼が狙撃からオズボーンを守って血溜まりに沈んだ光景を見ていた。

 無意識に拳が握られる。

 手袋を破り皮膚を貫く勢いで握られるそれは、言いようのない喪失感を覚えていた。

 情報局などの捜査により、狙撃手――Cがクロウ・アームブラストであることを突き止めたというのに、全ては遅きに失する。

 オズボーンが狙撃されなかったことは喜ぶべきことだが、それを庇った《彼》の安否が知れないことが何より不安を覚える。

 

 いや、理解しているのだ。

 心臓を撃ち抜かれた彼の安否など、考えなくてもわかる。

 それでも、あの混乱の中消えてしまった少年の死体を弔ってあげられないのはクレアの心に黒いものを残していた。

 

(……いえ、見てしまえば私はきっと……)

 

 わからないままで居て欲しい、と願うクレアに対し、ミリアムはあっけらかんと言った。

 

「人は死ぬ時は死ぬし、クレアの気持ちは関係ないんじゃない?」

「――――!?…………」

 

 今までと変わりない、いっそ残酷とさえ思える彼女の死生観から来る言葉に偽りはない。

 それがわかるクレアは、その美麗の顔を憂いに歪ませる。

 クレアの表情を見たせいか、ミリアムは気遣うように彼女へ慰めの言葉を送った。

 

「でも、リィンってはしぶといしなあ。それにいつも無茶して怪我を負うなんて、よくあることだし」

「……でも。あの子は怪我じゃなくて心臓を」

「それに、死ぬ時は死ぬなら、生きる時は生きる。……そういうことじゃないかな。それに、もし死んでたとしても、生き残ったオジさんがちゃんと仕返し(・・・)してくれるよ」

「…………ミリアム、ちゃん?」

 

 クレアは、普段と変わらない……はずの妹分をもう一度見下ろす。

 学生服から任務用に与えられたスーツへ着替えた姿は、彼女が《鉄血の子供達》となってから見慣れた少女のものだ。

 けれど仕返しという言葉に、今までにないナニカが込められているようにクレアは思った。

 今までのミリアムと違う、自分とはベクトルが異なるものの確かな『感情』の込められた想いが詰まっている気がしたのだ。

 それは、人として当然のことなのかもしれない。

 以前、九月の特別実習を終えたミリアムからオトモダチが増えた、と喜びの連絡を受けて自身も顔を綻ばせていた記憶が刺激される。

 あの時に似た、生の感情……ただ、今回はそれが喜びでなく――

 

「だから、クロウはちゃんと捕まえないとね。ああでも、みんなのところに連れて行く前に生きてるかなあ? そうでないと色々困るなあ」

 

 怒りなのだと。

 クレアはそれを指摘することが出来ず、オズボーンが扉を開けるまで後頭部に手を回して佇むミリアムを眺めることしか出来なかった。

 

 

「――以上だ。過程はお前の采配に任せよう」

 

 クレアがその部屋を尋ねる少し前。

 オズボーンはある人物へ通信を送っていた。

 

「お心のままに。ですが、蒼は放置して構わないのでしょうか? 今の蒼は普段と違い、彼の()を引き継いでいるように見えますが」

「アレはもはや『呑まれた』。ならば誘導は容易い。そもそも、お前のいない《貴族連合》でアレの手綱を握れる者はいまいさ」

「そのようですね、皆様扱いに苦労しているとお聞きしています。正気……かはわかりませんが、鎮静しては暴走の繰り返し。

 加えて騎神は空を飛び転移も行うことで、戦略に組み込めないことを憤っておられるようだ。深淵殿とその身内(・・)がいなければ、本当の意味で暴走をしていることでしょう」

 

 蒼……つまり蒼の騎神、オルディーネは力の過剰供給によって暴走している。

 命令は受け付けないが、下手に刺激しては自分達を傷つける諸刃の剣。

 ならば、暴走させる場所を選んでやればいい。

 暴れるだけ暴れさせて大人しくなるならば、その場所を正規軍へ向ければいいだけの話だ。

 言葉にすれば簡単だが、そのタイミングが掴めない上に件の魔女は起動者を大人しくさせた後はふらりと姿を消すという報告を受けている。

 彼女も彼女で、何やら色々と抱えているようだ。

 

「唯一止められそうなルグィン伯とバルディアス男爵は、リィン君とも親交がありましたからね。

 思うところはあるようですが、現状では《貴族連合》の総司令と司令として活躍に疑いはありません。

 しかし、万一に解釈の余地のある命令を送ってしまえば、こちらの意図とは別に動く可能性もあるでしょう」

「フフフ、その時は黄金と金が刃を交えるやもしれんな」

「お戯れを」

 

 通信の先でその人物――ルーファス・アルバレアが優雅な笑みを浮かべる。

 アルバレア公爵家の長男にして、貴公子と呼ばれる《貴族派》の中心人物……だった男だ。

 《貴族派》が秘密裏に支援していた《帝国解放戦線》の壊滅に手を貸し、報酬として与えられた金の騎神に関してのゴタゴタによって《貴族派》から遠ざかっていた彼にはもう一つの顔があった。

 それはレクターにクレア、そしてミリアムと同じ《鉄血の子供達》の一人というものだ。

 それも、そのことは現状ではオズボーンとルーファスのみが知る事実であり、レクターもクレアもミリアムも、ルーファスのことは《貴族派》のアルバレア公爵の長子という目でしか見ていない。

 

 これは表向き《革新派》のリーダーであるオズボーンと対立する《貴族派》でありながら、裏で《貴族派》を操り、誰にも気づかれぬよう《貴族派》の戦力をコントロールをして、弱体化させるという『宿題』をオズボーンから与えられていた。

 しかしリィンの介入により、ルーファスは金の騎神という報酬のために少し手を誤った。

 本来ならば、今も《貴族連合》の本拠地とも言えるカイエン公が乗るパンタグリュエルに居たことだろう。

 

 《父》からの宿題を思えばルーファスの手は誤りでしかないが、意外にもオズボーンはそれを咎めることはなかった。

 むしろ――

 

「今回は課題らしい課題はない。存分に手腕を発揮するがいい」

「…………はっ」

 

 ルーファスに《貴族派》に戻り、金の騎神と合わせて徹底抗戦するよう含められた。

 そのことを疑問に思うルーファスだったが、その疑問が顔が出ていたのだろう。

 オズボーンは唇の端を釣り上げながら語る。

 

「何てことはない。ただ……奴らは私自ら『間引く』。そう決めただけのこと」

「……………」

「抗戦を許す。見事、この父を超えて見せよ」

 

 通信先で、ルーファスの体がぶるりと震える。

 その感情が歓喜のものか、恐怖によるものか。

 ただ、ひどく彼の心を揺さぶるものであった。

 

「ユミルに送ったアレも、必要ならば戻すがいい」

「いえ、あれは私からリィン君個人への感謝のようなものです。彼の性格上、『家族』が戦乱に巻き込まれるのはきっと悲しむでしょうからね。そのままで構いません。

 万が一の場合にも、言付けておりますので」

「ぬかりないことだ」

 

 これからルーファスは距離を取られていたことなど関係なく再び貴族連合へ戻り、その信頼を築いていくことだろう。

 本来ならば、金の騎神を譲渡されたことで《皇族派》として動くことも可能なはずだ。

 きっかけこそリィンであるが、あれは皇族からの贈り物として扱われている。

 ならば、行方の知れないオリヴァルト達のために使い救国の英雄としての名を広めることも出来た。

 だが、ルーファス・アルバレアにとっての栄誉はそんな小さい(・・・)ものではない。

 時期尚早と思っていたが、金の騎神を得たことで彼の目的はこの内戦中に果たされるかもしれなかった。

 

「ですが、リィン君のことは構わないのでしょうか? 閣下は遺体(・・)の場所をご存知かと思われますが、回収を……」

「アレも灰の起動者となった身……時が来れば再び機会は訪れる」

「承りました。では閣下――いえ、偉大なる我が父よ。今こそ恩返しをさせていただこう」

「期待している」

 

 そう言ってオズボーンはルーファスとの通信を切る。

 ルーファスが言った遺体……リィンのことなら内戦が終わるまで問題ないとオズボーンは思っていた。

 何故ならば、彼の傍に居た魔女の存在がオズボーンに確信を与えているのだ。

 かの魔女がリィンを回収した様子をオズボーンは見届けている。

 あの情深い魔女の元ならば、あるいは……

 

「閣下、お迎えに上がりました」

 

 鉄血の娘の声に、意識を切り替える。

 今の自分は暗殺を免れた帝国の宰相。

 鉄血の名の通り、然るべき報いを与える必要がある。

 

「わかった、しばし待ち給え」

 

 本来ならば、ルーファスに抗戦を許せばその報いにかかる手間が増える。

 しかし、怒りの刃は一度振るうだけでは治まらないと、オズボーンはどこか冷静に思案する。

 ないはずの心臓が鼓動するように、胸の奥にたぎる感情は報復を訴えている。

 けれど父として息子の気持ち――父超えという願いを果たす機会を与えてやりたかったのも事実。

 ならば、その全てを汲み取って呑み干すまでのこと。

 

「――私だ。一つ依頼を請け負ってもらいたいのだが」

 

 そしてオズボーンは頭に浮かべた人物に通信を送る。

 後に十月戦役と呼ばれる内戦は、此れより開始されるのであった。




ひとまず鉄血陣営組の様子です。
断章みたいな感じで、何回か別視点が続くと思います。
ルーファスは金を得ていることで、黄昏を前にパッパに挑みます。
別に相克がなくても、機会があれば逃げずに挑むくらいはしてくれると思うので…

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