「深淵。お前の担当は帝国だろう? ここに居ていいのかよ」
星見の塔。
その最上階、クロスベルの結界を生み出す《鐘》が鳴り響く場所でマクバーンはヴィータとの会話をすることとなった。
特務支援課の分署ビルに居たマクバーンだったが、主達が戻らぬ間の守り手としてそこに住んでいるのだ。
そこへ訪ねてきたヴィータを見て、場所を変えようと言った先にやってきたのがこの場所であった。
「……のっぴきならない事情があってね。恥を偲んで会いに来た次第よ」
「もう結社は抜けた。そういう意味じゃ俺とお前は敵同士だぜ? それとも、俺とやり合いに来たのか?
記憶が戻る前なら歓迎したが、無意味にクロスベルを焼く趣味はねえぞ」
「まさか。貴方とやり合うなんて、リィン君じゃないんだからしないわよ」
「じゃあ何の用だ」
「……貴方の力を貸して欲しいの」
「あー?」
そこでヴィータは、現在の帝国の現状を語る。
クロウの狙撃により、本来ならばオズボーンを暗殺するはずだった弾丸はリィンが庇ったことで、代わりに彼の心臓を穿つこととなった。
さらにその弾丸は法国へ渡されたはずの塩の杭の残留物が使われており、結社の犯行と思わしき所業に彼らを頼ることが出来ないこと。
リィンはエリンへ運ばれたが、未だ目覚めることなく眠り続けているということ。
それら全てをマクバーンに語った。
激する可能性も考え、ヴィータはいつでも魔術を使う準備を行いながらマクバーンの返事を待つ。
だが、ヴィータの予想に反してはマクバーンは大人しい。
あるのは、見慣れた面倒臭いと言わんばかりの表情。
ぽかんとするヴィータに、マクバーンは言う。
「んなもん、狙撃の当日には知ってたっつーの」
「え……?」
「ハッ、血が繋がってないって聞くがやっぱり家族だな。ローゼリアも同じ用件で俺を訪ねに来たぜ」
「婆様、が?」
「絶縁の宣言叩きつけられたんだってな? ま、ご愁傷さまとしか言えんが、元を辿れば蒼の起動者の怒りを見くびってたお前の未熟だ。他人に尻拭いさせんじゃねえっての。
大方、リィンの治療と一緒に蒼の起動者の暴走を鎮めるために言いくるめようと思ったんだろう?」
「っ」
ヴィータは沈黙する。
マクバーンが言ったことは、まさにその通りだったからだ。
リィンに関してはもう諦めの境地だ。
心臓を撃ち抜かれてから、もう一週間近く経っている。
その間、魔女達は懸命にリィンを看ているだろうが、目覚めていないということは不死者として体を作り変えている最中なのだろう。
ならば、もう遅い。
ヴィータはマクバーンからあるもの……治療という意味ではこれ以上ない力があることを知っていた。
それを一度リィンに使い、効果がなければ抽出して残りをクロウに与えて暴走を鎮めようと考えていた。
「随分とみみっちいじゃねえか。……いや、それだけ追い込まれてるってことか」
反論はない。
彼女自身、自分の立場と計画がどんどん悪い方向に向かっているのを自覚している。
クロウの暴走を抑えて、無意味な虐殺を防いでいるのが精一杯だ。
「鬼の力がリィン君からクロウに移るなんて予想外だったのよ……」
「ギリアス・オズボーンの心臓でない以上、出力はリィンほどじゃないだろうに。そこまで苦労するものか?」
「……リィン君が身につけた鬼気の制御方みたいなのが伺えたわ。霊脈を通して、リィン君が使っていた効率の良い制御を学習しているみたい」
「つまり、リィンが編み出した技術をパクってるってことか。他人の力に他人の技術、落ちるところまで落ちたもんだ」
刺々しい物言いは、やはり友人を傷つけられた怒りを感じる。
それでも直接報復しないことが気になり、つい尋ねてしまった。
「貴方こそ、帝国に来ないの? 私としては、真っ先にクロウのところへ来ると思っていたのだけど」
そう言うと、マクバーンはハッと鼻で笑う。
「お前はリィン・シュバルツァーって存在を知ってるようで知らないな。それとも女だから、ってやつか?」
「何を言って……」
「お前は今まで通りしばらくは蒼の暴走を抑えてりゃあいいさ。そうすりゃ、解決策が
「……何を知ってるの?」
「何も知らねえよ。ただ、確信してるだけさ」
そう言ってマクバーンは、帝国はエリンのある方角へ目を向ける。
「あの親父大好きっ子が、当の本人を悲しませたままにするはずがないってな」
*
「子細のほうは理解した。第ニ柱は随分とハズレくじを引いたらしい」
そこは《星辰の間》と呼ばれる、異次元に作られた位相空間。
《身喰らう蛇》の使徒による会談の場と言える空間である。
そこに響くのは男の声。
第一柱と呼ばれる、結社の使徒が一人である。
「ハズレくじはこちらもだよ。まさかマクバーンとクルーガーが本格的にドロップアウトする上に、敵対行動まで取るんだもの。あーあ、もう少し真面目に話を聞いておくんだった」
「世界中へ面を晒した使徒と執行者は、貴方達が初めてでしょうしね」
第七柱、アリアンロードの言葉に歯噛みするのは二人の存在。
第三柱であるマリアベルと、使徒しか入ることを許されないはずの空間には、執行者であるはずのカンパネルラの存在もあった。
ヴィータは以前、結社の面々に対してリィン・シュバルツァーに関して議題に上げたことがある。
オズぼんという謎の人形に気をつけること、と。
盟主は何か察しているようだったが、それ以外の面々には《外の理》の産物として受け止めていた存在。
特徴としては普通の人間の目には見えない、喋る、妙な力と知識を持っているだけで緊急の案件ではないとして放置していた。
むしろ、彼らはその持ち主であるリィンに注目した。
マクバーンの事情を知るや彼の記憶を取り戻すために動き、ついには果たしてしまった。
至宝の抜け殻を使ったデウスアーツも見事なものであったが、何よりそれを達成する意志にこそ目を見張るものがある。
が、まさかその影響でマクバーンがクロスベルへ赴き、あんなことをしでかすなんて、とカンパネルラは嘆いている。
マリアベルも、やり込められたことに対しての憤りがあった。
「彼のしたことはクロスベルを助けるようなものでした。それに一体何の利があるというのでしょう……」
「彼の者は異界の王。同じ統治者として、何か思うものがあったのでしょう。貴方が迂闊にちょっかいを出した結果、お忘れとは言わせませんよ?」
「――そうだ! 私のγが……あのような姿に!」
アリアンロードが淡々と意見を語っていく傍ら、第六柱であるF・ノバルティスが怒号を上げる。
カンパネルラがクロスベルで暗躍するマクバーンに対し、挨拶に向かったのは数日前のこと。
もちろん、やり込められた仕返しに加えて親友と語っていたリィンの狙撃に関しても添えて、だ。ちなみにローゼリアからの連絡のほうが早かった。
当初、彼はその言葉による怒りの姿を以て報復と考えていたのだが、返ってきたのは予想外の言葉だった。
――俺のダチだぜ、あいつは。たかが心臓を、それも塩の杭
ああ、お前友達いないもんな。そういう風に無条件で信じられる奴ってのがいないんだった、悪い悪い。
そんな余裕と共に煽り返された。
さらに神機アイオーンγを跡形もなく溶かされるおまけ付き。
至宝のバックアップを得ているはずの神機であっても、その力を満足に使う前に灰燼と化した瞬殺だった。
リィンの死を信じていないようだが、それはそれ。
つまり、カンパネルラへの煽りだけのために破壊したとしか思えなかった。
そのため、カンパネルラの現状は針の筵のようなものだった。
余計なちょっかいを出したことで、神機を失い碧き零の計画も進んでいるように思えない。
クロスベルを包むバリアこそ健在だが、神機を失ったことで帝国と共和国以外の外部・内部戦力が目立つようになっている。
「劫炎に下手な援軍は無意味。かといって第七柱を向かわせれば戦いの余波でクロスベルが消滅し、計画は断念……手詰まりとはこのことだな」
「かといって、主導権を握ろうとも的確に邪魔が入る。記憶を取り戻したマクバーンがここまで厄介とは」
「むしろ、ここまで敵意を集めてしまった理由にこそ注目すべきでしょうね」
仮の実行役であったディーターに加え、真の計画の協力者だったイアン・グリムウッドもマクバーンの手により行方不明となっている。
ディーターが行方不明であり、マリアベルが雲隠れしている以上、現状でクロスベル国防軍を指揮する者は、国防長官を任命される予定だったアリオス・マクレインとなっていた。
だが、アリオスは将としては優秀だが、王としての視点は持ち合わせていない。
故にディーターの代行者となることも出来ず、結社に利用されたという立場のまま矛盾の身の上として指揮を継いでいる。
クロスベル側としても、結社に支配されているとわかった以上は国防軍を編成する義理などない。
元凶たるマリアベルを探して帝国と共和国へ突き出す必要がある。
だが結社に雇われた《赤い星座》やクロスベル自治州に発生した幻獣、鐘によって神機が操る魔導兵を組織だって相手するために解体は出来なかった。
本来、魔導兵はクロスベルの市民には絶対に手を出さない。
しかし何らかの
その実、ディーター……いや、イアンと結社側と言えるアリオスは、己が黒幕であることを告げる自由を奪われ、意志の込めどころを失ったやりようのない気持ちでいっぱいだった。
しかし《理》に至った剣聖としての実力は揺るぎなく、国防軍の前面に立って鼓舞する姿はクロスベルの英雄としての輝きを強めるのが皮肉としか言えない。
碧き零の計画の要である碧の大樹が現れない以上、アリオスは自らを黒幕側であると暴露したところで意味がないと理解している。
そのため、マリアベル……結社側からの動きがあるまで、アリオスは縫い付けられるように駆逐作業を行っていた。
そして特務支援課は会見当日から拘束され、ノックス拘置所へ送られた。
エリィとティオは隔離され、ランディは途中で脱走、リーダーであるロイドは現在も捕まったままだ。
本来そこを警護しているのは国防軍であるが、現在は結社所属の強化猟兵の手に落ちている。加えて人形兵器などのおまけ付きだ。
そのため特務支援課は現在ロイド奪還のため、脱走したランディと途中で合流したノエルが主となりひとまず再合流を図っていた。
クロスベル全域へ戦力を回す国防軍の手を借りられないといえ、特務支援課の再集結も時間の問題と言える。
「第ニ柱は贄となった蒼の起動者を抑えているようですが、それは放置しておいても構わないのではありませんか?
どのみち彼ら起動者は、黄昏までどうあっても生き延びるのですから」
「彼女は妙に感情的だからね。理知的で慎重だが、元は《魔女の眷属》の出身。それに
それに第三柱。他の者達に君の尻拭いをさせようとしているのなら、それはとても情けないことだ。思わず白面殿と結果的に同じ目で見てしまうよ」
第一柱の言葉にマリアベルの顔が歪む。
《零の至宝》が誕生した以上、結社の計画はすでに帝国の幻焔計画へ移っている。
しかし、マクバーンの介入によって結社は強引に表舞台に引きずり出された。
ある意味やらかした、正確にはしてやられた、なのだがそれでも彼女の担当区域がクロスベルである以上、その責任はマリアベルが取る必要がある。
《零の至宝》があるならば、碧の大樹の誕生も秒読みのはずなのだが、マクバーンの存在がそこに待ったをかけていた。
マリアベル達は知らないことだが、マクバーンは別に碧き零の計画を邪魔する気はない。
彼の目的は《零の至宝》という名の子供に
クロスベルを自滅させようとするディーターへの文句もあったが、その途中で見てしまった
塩の杭の残留物に関しても、カンパネルラがクロウへ横流ししたことが暴露され、結果としてリィンを塩の弾丸が貫くことになった。
それが原因で蒼の起動者は贄となり暴走。
それによる深遠が主導する幻焔計画の破綻。
トドメに家族からの絶縁。
彼女にとって、現状は四面楚歌以外の何者でもない。
カンパネルラからすれば、クロウは体験入門といえ執行者なのだから融通を効かせただけ、とのたまるがヴィータからすれば煽り文句である。
そしてマクバーンが結社に反旗を翻した理由は、利用されたことに尽きる。
つまるところ、全ての原因はカンパネルラにあると言えた。
現状が不利と悟ったカンパネルラは逃げるように星辰の間から去り、結局何の進展も見せない会話が終わり、全員が去っていく。
その中でただ一人、第七柱……アリアンロードだけがその場に残っていた。
「………………」
リィンが狙撃されて倒れた、ということはここへ来る前から聞き及んでいた。
状況を聞けば、狙撃された後はローゼリアに回収され、それ以降は音沙汰がないとのこと。
ならば、己のように時間が経てば復活するだろう。
同じ不死者になってしまった悲しみもあるが、それ以上に再び悲劇を繰り返してしまったことにこそアリアンロードは嘆く。
オズボーンを庇って倒れたということは、掘り起こされた彼のトラウマは如何ほどのものか。
「――帝国へ向かいたいですか、リアンヌ」
暗澹とした気持ちのまま離れようとした星辰の間に、静かな声が響く。
現れたのは《身喰らう蛇》が盟主。
水晶のように透き通る髪をなびかせながら己を見下ろす盟主に、アリアンロードは静かに顔を上げた。
「いえ、私は御子殿の頼みによって特務支援課を見極めなければなりません。
「彼らが御子にたどり着くまで猶予はあると思われますが、貴女が言うのなら無理を言うことはありませんね」
下賜の言葉を受けたアリアンロードは沈黙する。
リィンのことは当然気がかりであるが、盟主の意に反することは己の矜持が許さない。
「ですが《盟主》。このまま劫炎を放置してもよろしいのでしょうか?」
「構いません。彼は計画を根本的に邪魔するつもりはないのです」
「……脱退に関しても構わないと? 必要ならば、アングバールは回収するよう動きますが」
「同じく必要ありません。退職金代わりに頂いていくと、カンパネルラが彼からの伝言を受け取っています。
元々彼に譲ったものです、そのまま使うも返還するも彼の自由でしょう」
「では、私のほうからの接触は……」
「特に気にする必要はありません。ですから、クロスベルに関しては猶予がある、と言えましょう」
盟主の気遣いを嬉しく思いながら、それでも不義はないとして心を引き締めるアリアンロード。
「……帝国にはデュバリィが向かっています。クロスベルとの行き来もありますが、彼女ならやり遂げてくれることでしょう」
「その信に感謝を。ですが、気が向けば妖精の集う場所で湯浴みをするのも意識の切り替えに役立つかもしれません」
それは、遠回しにエリンの妖精の湯への誘いだった。
ローゼリアが回収したということは、リィンの遺体はエリンにあるということ。
盟主からの気遣いに口元を綻ばせる。
だが、それでも今の自分はやはりクロスベルから動くことはないと言い返そうとしたアリアンロードだったが――
「案外、出会いが待っているかもしれませんよ。私もそうして彼と出会いましたから」
は?
という一文字を飲み込むだけの作業が、アリアンロードの人生でも上位に当たるとてつもない難易度だった。
呼気を整え、絞り出すように言葉を作る。
「……それは、《盟主》はリィン・シュバルツァーと湯を共にしたということでしょうか」
「ええ。その際に湯浴み着を剥ぎ取られたりもしましたが、些末な出来事でしょう」
「は?」
季節が巡った後、アリアンロードは忠が折れかけた唯一の出来事と語ったと言う。
どんな意味で、と聞けない鉄機隊の気持ちを知らぬまま。
マクバーン
「お前には《英雄》としてしばらく(特務支援課合流まで)役に立ってもらうぞ」
アリオス
「」
イマーワカーレノートキー
おや、シリアスの様子が……?