アルバレア公爵家が保有する専用飛空艇の中で、ユーシスは貴族連合の総参謀として
ユーシスは何か作業しているわけではなく、ルーファスより自分の指揮を見て勉強するよう言いつけられている。
それというのも、ルーファスが金の騎神を得たことで指揮だけでなく戦場に立つことを想定しているからだ。
ルーファスは仮に自分が不在の間でも、指揮系統をユーシスに集めるよう算段を付けている。
ルーファスほどの才覚の持ち主ならば戦闘中でも指揮を発揮することも出来るが、自分が指示出来ない場合に備えてユーシスを代理に立てているのだ。
(やはり兄上は桁違いだ。俺が代理など……)
内戦が始まり、貴族連合に参加するアルバレア家とも正規軍との小競り合いは何度かあった。
だがルーファスは金の騎神を使うことなく、ただの指示だけでそれを撃退している。
時にはこちらの戦力が相手より低い場合でも、だ。
仮にユーシスが指揮をしていたとしても、そこまでの戦果を出せるとは思えない。
(しかし、何故兄上は急に《貴族派》……いや、《貴族連合》に復帰したんだ? 仮にもエル=プラドーは皇族からの贈呈品……
その皇族を監禁しているのは他ならぬ《貴族連合》だ。兄上なら、騎神を使わずとも――)
「ユーシス、考え事かな?」
「あ……い、いえ。申し訳ありません」
傍で学ぶよう言いつけられていたのに雑念を出してしまったことを咎められ、頭を下げて謝罪する。
ルーファスは首を振って気にするなと伝えながら、哨戒の指示を出した後に一度退室すると部下達に言付ける。
そうしてユーシスを連れて部屋に戻ると、困惑する弟に常と変わらない
「様々な疑問があるのだろう? 立って話しては礼に欠ける。お前も座るといい」
兄は弟の心を承知済みだったらしい。
ルーファスに倣って座ると、兄は口元を隠すように指を絡めながら目で問う。
「飲み物はいるか? 必要なら手配させるが」
「いえ、構いません。……兄上は何故《貴族派》に戻ったのですか? 貴族ならば……貴方ならば、連合に参加することは……」
「何故、と問われれば貴族を残すためだよ、ユーシス」
「残す、ため?」
「我々の相手はギリアス・オズボーン。そんな彼と対峙すれば、《貴族》という存在が滅ぶかどうかの瀬戸際……そういう戦いなのだよ、これは」
「……そう、なのですか?」
思わず、ユーシスは言ってしまう。
戦いである以上どちらも傷つくのは当然だが、滅ぶかどうかの瀬戸際と言われるほどの事態とは思っていなかったのだ。
《貴族連合》には事を起こした主導派であるカイエン公爵を筆頭としているが、家の力関係によって逆らえきれずにやむなく参加している貴族も多い。
アルゼイド子爵のように力があるわけでもなく、ハイアームズ家のように権威を持っているわけでもない。
そういった《中立派》も所属しているはずだが、正規軍はそれすらも顧みない苛烈さを持っているということとなる。
(いや、かつての《帝国解放戦線》のVは依頼で宰相を襲った際、己を残して皆殺しにされるほどの報復を受けたという。……貴族にも同じことをする、ということか?)
ルーレの特別実習班で、ザクセン鉄鉱山に赴いた別班が聞いたVの事情を共有していたユーシスは、鉄血宰相の苛烈さは国を傾けるほどなのだと身震いする。
「お前にとってのギリアス・オズボーンは帝国宰相としての姿しか知らぬだろうが、彼は宰相になる十年前までは軍属に所属していた。
平民出でありながら准将にまで上り詰め、終には宰相の地位に至り、伯爵位を皇族より与えられた傑物。
彼が興した《革新派》と我ら《貴族派》の争いは説明せずともわかると思うが……あの暗殺未遂事件によって、本格的に二つの勢力がぶつかり合うこととなった。
機先を制することが出来たといえ、彼が指揮系統を取るのであれば決して日和見の立場は許されない」
「で、ですが《皇族派》として皇族を奪還し、助力した立場であれば貴族が滅ぶことは」
「いいや、彼が見ている世界は《革新派》《貴族派》を超越したものだ。少なくとも《貴族》の価値をこの戦いで示すことが出来なければ、呑み込まれるのがオチだろう」
「……それではまるで、負けることを前提にしているような――」
「――ああ、そうだな。素直な気持ちを吐かせてもらうなら、そういった考えもある」
ルーファスらしからぬ不安の言葉に、ユーシスは言葉を失った。
常日頃ある優雅さ、余裕さと言い換えられるそれが今のルーファスから失われているように思えた。
「恐怖、している、ということでしょうか?」
「そうだね。これを恐怖と言うのなら、そう呼べるかもしれない。そればかりではないと言いたいが、その気持ちがあることも確かだ」
「俺に指揮を学ばせているのは」
「私が本気で戦いに専念しなければ、到底勝ちを拾えない相手と判断しているということだ。……だからユーシス。
突然のことで、ユーシスは目を丸くする。
ルーファスは一瞬で先程の不安を感じさせない笑みを取り戻すと、ユーシスが抱える気持ちを指摘した。
「公爵家次男としてこのまま《貴族連合》に所属するか。それとも……リィン君の敵討ちとして、あの《蒼の騎士》を打ち取るべく我々と敵対するかを、ね」
ユーシスが息を呑む。
――思い出すのは、ルーファスの傍付きとして《貴族連合》の会談の場としてパンタグリュエルへ招かれた時のことだった。
当初、カイエン公は機甲兵を暴かれる理由となったⅦ組に所属するユーシスのことを良い目では見ていなかったものの、ルーファスが金の騎神を手土産に《貴族連合》への復帰を願ったことでその興味は外れた。
そしてオズボーンを狙撃し、結果的にリィンが倒れる原因となった蒼の騎士……ヴァリマールやエル=プラドーと同じ騎神である、蒼のオルディーネの所有者を明かされることとなった。
それは、同時にカイエン公があの《帝国解放戦線》の支援を行っていたことを確定させる出来事であり、ユーシスにとっての《貴族の義務》から外れる存在に思えた。
何より、いずれ超えんとしたライバル……いや、友を撃ち殺した怒りが真っ先に燃え上がり、その感情をぶつけてやろうと思っていたはずなのに、蒼の騎士、つまりクロウ・アームブラストの現状を知ることで消し飛ばされた。
パンタグリュエルに急遽設置された、隔離かつ分離式の一室に監禁され、全てを破壊するような凶暴性を見せながら人の言葉すら失った獣に堕ちた姿。
深淵と呼ばれた魔女が編み出した魔術の鎖などによる拘束がなければ、パンタグリュエルに乗る者全てを鏖殺せんとするような鬼の気迫。
何より、彼の瞳に浮かぶ鬼眼とそのオーラはかつてリィンが宿していた鬼の力に相違なかった。
どういった理屈かは知らないが、リィンからクロウへ鬼の力が移った結果、あのような惨状になっているとルーファスは言った。
「彼の現状を仲間に教えるくらいは問題ないが、我々の作戦行動までバラされてはたまらないからね」
それは、遠回しにユーシスをスパイと疑うような言葉。
兄から向けられた目に、ユーシスは我を忘れて叫ぶ。
「違います、俺は……!」
「蒼の騎士殿がパンタグリュエルに居ることは正規軍もとっくに承知済みだ。そのくらいは別に流れたところで問題はない。
ただ、ユーシス。立ち位置は早く決めておきなさい。この戦いの動機や未来を考えるのはそれからでいい。
最後に決めるのは、いつだって己の気持ちだ。義務や義理などではない、心から湧き上がる衝動……それに従えばいい」
「あに、うえは……」
「ん?」
「兄上が、《貴族連合》に参加……いえ、畏敬を抱いているにも拘わらず、オズボーン宰相に挑むのは……その衝動、なのですか?」
己がリィンを超えたいと願っているように。
ユーシスが聞くと、ルーファスはフッと笑みを浮かべながら立ち上がる。
「それは、お前が心を決めたその時に教えるとしよう。必要になればまた呼び出す、それまでゆっくり考えなさい」
そう言って退室するルーファス。
哨戒からの報告でもあったのか、またブリッジに戻ったのだろう。
ただ、その後ろ姿からは……あの騎神を得た異空間で見たような、今まで知ることのなかったルーファスの一面の雰囲気が伺えた。
「……リィン、みんな……俺は……」
兄を助けたい気持ちはある。
貴族が存続するか滅ぶかの瀬戸際と言われれば、公爵家としてそうさせないために戦うのが一番なのだろう。
だが、その《貴族派》が友を殺し、その実行者の成れの果てを見たユーシスは一体何をすればいいのか、より深い闇の中に意識を囚われていった。
*
「何考えてるんだよ、父さん!」
帝都ヘイムダルでカール・レーグニッツとフィオナ・クレイグとの合流を果たしたマキアス達は、戦火から逃れるためにノルド高原に逃げ延びていた。
二人と合流した頃には帝都は《貴族派》の機甲兵や結社の人形兵器などに囲まれていたが、そこへ颯爽と現れたシャロンによって窮地を脱していた。
当日にローゼリアよりオズボーンの暗殺を身を呈して庇ったリィンのことを知ったシャロンが、超特急で戻ってきたのだ。
八人の大所帯となったマキアス達だったが、各々が成長していたことやシャロンの手伝いもあって帝都から脱出。
そのままラインフォルトに連絡を回して隠れるように移動しながらも、ノルドへとやってきたのだ。
事前に連絡を受けて戦地より避難していたガイウスの家族と合流し、しばらくラクリマ湖畔へ身を寄せていたのだが……
「……ノルド一帯に広がる通信阻害のせいで、帝都の状況などが掴めない。私は政治家であるが、それでも帝国を守る義務がある。何より、盟友たるオズボーン宰相が戦っているというのに、私だけこうして何もしないでいるなど」
「それは、そうかもしれないが……」
「今戻っても、ただ捕まりに行くだけですよ!」
「エリオットの言う通りです。貴方の考えには共感出来ますが、何の対策も持たないままノルドを出たとしても……」
クレイグ姉弟もカールを引き止めるが、彼の意志は固い。
政治家としての戦う力は弁舌と法による後押し。
少なくとも、交渉役……そうでなくとも、《革新派》のNo2としての地位が役に立つならば、という考えを捨てきれないのだ。
アリサはすがるようにシャロンへ目を向けるが、彼女は静かに首を横に振った。
「……騎神などと贅沢は言わん。せめて機甲兵があれば、私が操作方を学び、護衛出来るかもしれぬが……」
強くなったといえ、生身で機甲兵を退けられるほど成長したわけではない。
以前ガレリア要塞で感じたような、剣の限界を前に表情を歪ませるラウラ。
悪くなった空気を入れ替えるように、ガイウスは一度集落へ戻るよう告げる。
ほっとするマキアスの耳に、父の苦悩の声が届く。
「……すまない。わかってはいるんだ。気持ちだけで言っている、などということは。ただ、何もせずこうしていることは焦りしか出ないんだ。……政治家失格だな」
「父さん……」
「その気持ちは、私にもあります」
「姉さん?」
「エリオットと違って、私は魔導杖も振るえません。……何も、出来ないんです」
「そんなことはない。フィオナさんの奏でる音楽は、俺達ノルドの民にとっても素晴らしく感じるものだ」
ほぼ着の身着のまま脱出したため、ピアノやバイオリンなどの導力楽器を持たないフィオナだったが、ノルドの民は快く彼らの導力楽器を貸してくれた。
少し勉強しただけで、すぐに扱えるようになった彼女の才覚は目を見張るものがある。
昼夜問わず、請われればその旋律で内戦への不安や焦りから穏やかな気持ちを取り戻させるのは、プロの演奏家ならではの仕事である。
その後の話し合いで、結局ここで出来ることをするという案に落ち着いたカールとは別に、マキアス達も今後の動きについて相談していた。
「……とりあえずマキアスのお父さんと姉さんを無事に保護して、安全圏へ逃れたことでひとまずの目標は達成出来た。次は……」
「……リィンの現状、ね。シャロン、リィンが狙撃されたことに間違いはないの?」
「はい、お嬢様。私もローゼリア様からの又聞きでしたが、調べ直した際にオズボーン宰相を狙った狙撃を、トールズ士官学院の、赤い制服を着た黒髪の少年が庇ったという話は真実のようです」
「…………あの大馬鹿者め」
トールズ士官学院の赤い制服はⅦ組所属の証。
その中で黒髪の生徒と言うのは、この場にいるガイウスを除けば一人しか該当しない。
そしてシャロンもまた、Ⅶ組とは別の意味で胸中が複雑だ。
リィンを動けなくするようオーダーを下したのは、元を辿れば鉄血宰相に行き着く。
そんな彼を、他ならぬリィンが庇うなど普通は考えられない。
「……ねえ、みんなはリィンが本当に死んだと思う?」
唐突に、エリオットが口を開く。
カールが行動しようとしたということは、気持ちが落ち着いてきた証左ということであり、これまで逃走や気持ちの整理がつかなかったことで話題に出せなかったことだ。
「リィンの身は暗殺の現場となったドライケルス広場にはなかったと聞く。あの混乱だ、情報が色々錯綜するのは当然とも言えるが……」
「ローゼリアさんが連れ出した、って線もあるのよね」
「エマからの連絡はまだだ。連絡と言っても、通信出来ぬ以上一方的な受信でしかないのだが」
言いながら、ラウラはARCUSを取り出す。
シュミット教室の授業の一環で、念話によるARCUSへの通信も試していたことがある。
結果として、一言二言、単語単語の情報ならば可能ということが判明している。
ただ、ARCUSを使って直接会話したほうが早い、ヴァリマールに搭載された《響きの貝殻》があるから十分として進められなかった研究だ。
けれど、通信妨害という状況ではこの上ない連絡手段として機能していた。
「エマ君もサラ教官達と共に士官学院で《貴族連合》の機甲兵を迎え討ったと聞くが……大丈夫だろうか」
「少なくともエマには転移術がある。彼女個人の身であれば心配はいらないと思う」
「ではやはりリィンのことに戻るわけだが……」
黙り込む一同。
その内心に蠢いているのは、リィンがよく怪我をする光景を知るが故である。
気づけば何かに巻き込まれたり、むしろ率先して巻き込まれに行ったりして大怪我してはパワーアップを繰り返す生き物である。
そんなリィンの生態とも言える成長を間近で見て鬼教官からの訓練で体験してきたⅦ組としては、生きてるような気がするけど、流石に心臓はどうだろう、という微妙な結論に至っていた。
『しばらくしたら、ひょっこり姿を見せそうな気がする』
全員がARCUSを使わずに、一語一句違わず口にした。
つまり、それがⅦ組一同の結論である。
ただ、生真面目なマキアスがこう割り切れるのはやはり仲間の存在のおかげだ。
一人だけで居たならば、疑心暗鬼からこの結論に至るのには時間がかかったかもしれない。
実際そうなっていたが、ラウラがこう言ったのだ。
「疑心暗鬼? ならリィンが出てくる予兆かもしれぬ」
「鬼だけに? じゃあ夜に再会するのかな」
などと、ラウラの天然にエリオットのツッコミが合わさることで思わず笑ってしまい、気分が入れ替わったという経緯がある。
そういう意味では、それぞれ単独で別行動している四人が気がかりだった。
「……リィンのことは考えていても仕方ないわ。それなら、建設的な話をしましょう」
「建設的?」
「ふむ、つまりクロウ先輩へのリベンジというわけだな」
ラウラの言葉に、男子組がえっ、と呆ける。
「理由はともあれ、あの者は我らが友を狙撃したことに変わりない。ならば、この怒りを受け止めてもらうのは筋と言えよう」
「でも、あの先輩は……」
「――蒼の騎神、オルディーネ。リィン様のヴァリマール同様、騎神の一つを所有しております。
ただ、現状では無作為に暴れるだけしかしていないようですが……」
「……本当なら、リィン本人が果たすべきものかもしれない。でも、私は一発でもいいから直接ビンタでもしないと気がすまないわ」
もし本当にリィンが死んでいたらそんなものでは済まされないが、生きていると思っているアリサはそう表現した。ラウラも頷いている。
女性陣の頼もしさに苦笑しか出ない少年達だったが、リィンを撃たれた怒りがないことは絶対にありえない。
クロウには何らかのケジメなり落とし前を付けさせなければ気がすまない、というのはあのガイウスでさえ同意していた。
「お祖父様、導力端末貸して!」
そうと決まれば、とアリサは行動する。
シュミット教室はかつて、ヴァリマールとの戦闘を繰り返し騎神との戦いのデータを豊富に持っている。
その情報は黒の工房を調べる際に、ひょっとして役立つかもと提案したリィンからアリサへ流れていた。
その記憶結晶は内容が内容のため、アリサが常に持ち歩くほどの慎重さで保管していたが……これもリィンの導きなのかしら、とアリサは苦笑した。
「戦地から離れていると言っても、魔獣などの脅威が去ったわけではない……ノルドを捜索しながら、俺達もいずれ来たる戦いに備えるとしよう」
「うん。少なくとも動かなきゃ事態は何も進展しないしね」
「全く、父さんのこともあるというのに」
「顔が笑っているぞ、マキアス」
「だったらみんなのせいだな」
いやリィンのせいだ、などと全員で笑いながら、彼らはそれぞれ出来ることを始めていった。
兄上の本当の内心
「いえ、構いません。……兄上は何故《貴族派》に戻ったのですか? 貴族ならば……貴方ならば、連合に参加することは……」
「何故、と問われれば(父と戦うための)
いくら騎神を得ても正規軍全部と戦えるほどではないので、自分がオズボーンを狙うために必要不可欠な戦力を無駄に消耗させたくない兄上でした。
リィンを介さない友情のⅦ組、と言いつつ重心にリィンが居座ってる気がしますね。
これが原作補正…?
フィーとエマ視点はまた次回。
だんだんシリアスさんの気配が薄くなっている予感?