「――戦闘終了。もう出てきていいよ」
片付けた魔獣から出たセピスを回収しながら、フィーは武器を治める。
呼びかけに応じて、道の茂みに隠れていた少女がもう一人の少女の手を取りながら顔を出す。
「ありがとうございます、フィーさん。助かります」
「ん。気にしないで。それに戦闘のたびに言わなくてもいい」
「いいえ、助けられているのは事実ですから。私達ではフィーさんの足を引っ張るばかりで……」
自分の発言に俯くのは、アルフィン・ライゼ・アルノール。
オズボーン暗殺未遂の当日、聖アストライア女学院に伸びた《貴族連合》の手から逃げ延びたエレボニア帝国の皇女。
「皇女様には皇女様の役目がある。私より、友達からの言葉のほうがエリゼの励ましになる」
「…………はい」
ぎゅっとアルフィンは繋いだ手に力を込める。
結ばれた手の先には、彼女の傍付きにして親友である黒髪の少女が虚ろな表情のまま佇んでいる。
彼女の名はエリゼ・シュバルツァー。
狙撃されたオズボーンを庇い、死亡したとされるリィンの義妹である。
「……エリゼ、進みましょう。ユミルまでもう少し、リィンさんの無事を確認する前に貴方が危ない目にあったら、それすらもできなくなる」
「案外、リィンなら下手人への怒りで飛んで来そうな気はするけどね」
「フィーさん……その」
「下手な慰めってわけじゃないよ? 普段のリィンを教えたけど、実際はもっとアレだから。毎月何かしらの怪我を負ってるんだし、今回だってその上限を更新しただけだと思う」
元猟兵だからってわけじゃないよと付け足すフィー。
死に対しての割り切りが良いのは確かだが、それでもフィーが育った西風の旅団はメンバー同士が家族同然の付き合いだった。
だから親しい相手の死に何も思わないわけではない。
実際にフィーはルトガーが死に、猟兵団が解散した時は悲しみに暮れて流されるままにトールズ士官学院へ入ったほどだ。
けれど何の因果か父親であるルトガー・クラウゼルは蘇った。
当初は顔を合わせる予定はなかったそうだが、
フィーは死者が蘇るという前例を知っている。
ルトガーがそうであるのなら、リィンが蘇らないはずがない。
何せ、エリゼや親父といった精霊など、あれほど家族を大事にする少年が家族を泣かせたままにするはずがないと、フィーは自身の体験から確信していた。
(…………でもまあ、こればかりは実物というか、ちゃんと見ないと納得しないよね)
実感・体感というのは非常に有用だ。
おそらく風の噂程度でルトガーが復活した、などと聞けば相手にしないか機嫌次第で逆上して噂の人物をシメるくらいはやってのけた。
つまり、いくら言われても自分の中にある疑念が晴れないのだ。
エリゼもきっとその状態なのだろうとあたりを付ける。
無茶を繰り返すことは承知だとしても、その理解はまだ常識的だ。
フィーとてマクバーンというリィンの親友を紹介された時、事前に聞いていた機甲兵を溶かした男という前情報を持っていたにも拘わらず、実物はそれ以上だと判断出来た。
だからエリゼにも実物――リィンの無事な姿を見せつけなければ気持ちが晴れることはない。
なら、自分がすべきことは二人をユミルに送り届けた後にリィンを探し、無事にエリゼを兄に合わせることが最優先である。
かつて、彼が自分にそうしてくれたように今度はフィーがそうする番だった。
その後も順調に進み、ユミルまでニ十セルジュを切った。
少し足を休めるため、途中の村で休息を取る。
事前にフィーだけが単独で潜入し、宿までの安全を確保。さらに三人は外套を被って顔を隠した旅人としての来訪なので危険はない。
上手くいけばこれが最後の休憩となり、一気にユミルまで突っ切りたいとフィーは思っていた。
「それじゃあ少し買い出しに出てくる。あまり外に出ないようにね」
「はい、わかりました」
そう言って宿の一室から出ていったフィーを見送ったアルフィンをよそに、ベッドに腰掛けるエリゼは今も意識を心の曇天の中に潜らせていた。
(兄様…………ミルディーヌ)
フィーは誤解しているが、エリゼが顔を曇らせているのはリィンのことだけではない。
聖アストライア女学院から脱出し、フィーが見つけてくれる前に聞いた話にも原因があった。
それはフィーに連れ出される人数が
本来ならアルフィンとエリゼの他にもう一人、彼女の後輩であるミルディーヌことミュゼも一緒に脱出する予定だった。
けれど、それは他ならぬ本人によってそれは叶わなくなってしまう。
最近のエリゼは、兄との関係が怪しい後輩との仲を前より縮めていた。
やはり自分の知らない兄の事情を聞きたいということもある。
自分との約束はやはり果たされず、無茶を繰り返す兄に怒りたかった。
しかし、学院祭での彼の機嫌の良さとミュゼから時折察することが出来た不安が取り除かれていることは、親友としてはやはり嬉しくもあったのだ。
だが、その親友は二人の友を脱出させた後に一人去っていった。
オズボーンを狙撃から庇って倒れた兄のことを知るや「…………嘘つき」とだけ言い残して。
エリゼにはミュゼのように隔絶した頭脳があるわけではない。
だが、あの時の言葉に反してミュゼが何かしらの決意を抱いていたように思える。
今でも強引に連れ出すなり、付いていくなりして彼女の傍にいなければならない気がした。
エリゼもリィンのことで余裕がなく、決断出来る時間も残されていなかった。
そして、気づけばユミルまでもう少しというところまで、という距離にたどり着いている。
何度か、フィーやアルフィンにもミュゼのことを相談しようとは思った。
でもどうして言えようか。
帝都から脱出するためにフィーはその身を惜しまず戦い、アルフィンも両親が囚われ、兄弟が行方不明という現状が辛くないはずがない。
なのに自分のことを案じて、優しい言葉をかけてくれる。
それが嬉しく、辛く、エリゼから相談の言葉を奪っていく。
(でも、それもここで終わり。決断するべきよ、エリゼ・シュバルツァー。こんな姿見られたら、兄様に笑われてしまうわ)
優しさの矛盾に苛まれるエリゼだったが、ユミルに近いという言葉に勇気をもらい、意を決して顔を上げる。
この辺りはかつて兄に連れられて来たことがある。
八葉一刀流を学んだ頃……つまり鬼の力に目覚めたことをきっかけに、ものすごく腕白になった兄が駆る馬の後ろに乗せられてよく遠出したため、この周辺の道もよく覚えていた。
その思い出がエリゼを後押し、決断させていた。
「エリゼ……?」
驚いたように呆けたアルフィンが目を丸くしている。
ずっと俯いていたエリゼが、うってかわって凛々しさを取り戻したように見えるのだ。
そのギャップは困惑を生むのは当然と言える。
彼女に甘えさせてもらった時間は終わりだ、とエリゼはまずアルフィンに今後のことを相談しようと口を開こうとする。
それを止めたのは、扉をノックする音だった。
「!?」
「…………どちら様でしょうか?」
細剣の柄に手を添えながら尋ねるエリゼだったが、扉の奥から聞こえてきた声はフィーのものだった。
安堵の息を漏らして扉を開けると、ここまで自分達を護衛してくれた頼もしい少女の顔が現れる。
だが買い出しに出かけて十分と経っていない。
戻るのが早すぎるのでは、という疑問が顔に出ていたのか、フィーはその内容に答えた。
「――領邦軍がこの村に居た。私も買い物を中断して戻ってきたのは、それが理由。服が違うからわかりにくかったけど、明らかに雰囲気が異なるのが混ざってた。
正直、意外。ここに部隊を派遣した手腕もだけど、こんな風に村人の中に紛れる手段取れる人材もちゃんと居たんだ」
特別実習で見てきた領邦軍はプライドの高い者が多く、大半は平民だから、学生だからと侮った目を持っていた。
もちろんオーレリアやルーファスなどの傑物が居るのは知っているが、こうして柔軟な作戦が取れるほどの人材もしっかり揃っていることに軽い驚きがあった。
領邦軍の服装のまま、威圧的にこの村を封鎖することだって出来たはず。むしろ、そうするのが領邦軍と思っていた。
さらにフィーは村人からの話を聞いて、領邦軍がここへやってきた理由がエリゼにあることを言う。
ユミル出身であるエリゼがアルフィンの傍付きであることは、ある程度知られている。
聖アストライア女学院から脱出した皇女の逃亡先の候補の一つとしてユミル周辺に網を張り、アルフィンないしエリゼがかかるのを待っているそうだ。
抜け目がない。
指揮官ががらりと変わった印象を受ける。
《貴族連合》の総参謀としてルーファスが加入したことを、この時点では知らないフィーは、蜘蛛の巣に紛れ込んでしまったような不快感を覚えていた。
そうなると、ユミルにも監視の目が入っている可能性が高い。
籠城もおすすめできない。
村というのは基本的に余所者が目立つ。
フィーが買い出しに出たとしても、店から物資を盗まず正式なミラの取引を行う以上どうしても記録が残ってしまう。
領邦軍がそれに目をつければ、宿を突き止めるのは時間の問題と言えた。
「……とりあえず私が脱出路の確保を――」
フィーの言葉が止まる。
双銃剣を抜き放ったフィーが二人の言葉を止める。
研ぎ澄まされた感覚が、敵の襲来を予感させていた。
「……まずい、かも」
「まずい?」
「この宿、囲まれてる」
個人の質で言えばフィーよりも劣るが、数の暴力という言葉があるように人数の差は馬鹿に出来ない。
何よりこちらはエリゼにアルフィンという護衛対象が居る。
迫る人数は四人ほどの小隊。
だが鍛えられた聴覚は、そのうち一人がどこかへ連絡を繋いでいる声を捉える。
時間はない。
フィーは即座に決断した。
「降りる。私の後に続いて」
「へっ」
言いながらフィーは窓を放ち、そこから飛び出すように宙へ身を投げる。
その下に待機していた連絡役の兵士を不意打ちで昏倒させ、戸惑う兵士達をシャドウブリゲイドで一層する。
「姫様、失礼します」
「エ、エリゼ……きゃっ!」
エリゼはアルフィンを抱えながら、フィーと同じように飛び降りる。
人間一人を抱えて華麗に着地を決めるエリゼ。
ユミルの険しい自然を遊び場にしていたリィンに付き合っていたエリゼもまた、山育ちとしての健脚を備えているのだ。
さすがリィンの妹、称賛するフィーにエリゼは言った。
「あちらに私の知り合いが居ます。ひょっとしたら、馬を貸してくれるかもしれません」
「了解、生身で走るよりはずっといい」
エリゼの案内でその家に入ると、知り合いである店主がエリゼの顔を見て驚きながらも出迎えてくれる。
何事かと語る店主に、エリゼは何も言わずに馬を一頭貸して欲しいと願った。
フィーは強引過ぎない、と思ったが店主は快く了承。
後日改めて返してくれと伝えた。
「ありがとうございます、店主さん」
「いいってことよ。リィンには世話になったしな。エリゼちゃんなら、ここいらをうろつく領邦軍よりよほど信頼出来る。
あいつらがエリゼちゃんを探してたけど、差し出すような真似をするやつはこの村にはいないさ」
「二人を知ってるの?」
「おう。昔で兄妹でよく遊びに来ていたんだけど、その時に色々な」
詳しい話を聞きたくなるが、そんな時間はない。
とにかくシュバルツァー兄妹が紡いだ縁に感謝だけしておくフィーだった。
「だが知っての通り馬は一つしかねえぞ?」
「フィーさん、馬は?」
「無理。エリゼが乗って皇女を後ろに乗せて。私は自分で追いつく」
「で、出来るんですか?」
「鍛えてるから大丈夫」
これがリィンならマラソンランナーだからな、と無駄に説得力のある言葉を言い放つことだろう。
それにフィーは元より自分が乗る気はない。
ここである程度時間稼ぎしなくてはならないのだから。
(ユミルにまで行けば、仮に領邦軍が迫ってても男爵が何か対策してくれる。それで時間を稼いで、エマと連絡を繋ぐことが出来ればこっちの勝利)
かつてユミルへの小旅行をしたさい、フィー達はテオ・シュバルツァーとその妻ルシア、そしてユミルの住人の人となりを知った。
あの人達ならばむざむざエリゼとアルフィンを差し出す真似はしない。
暴力に訴えられた時は、自分が全身全霊を以て敵の数を減らすまでとフィーは決意する。
やがて馬の準備が整い、エリゼとアルフィンが乗馬する。
「私が領邦軍を引きつける。タイミングを見計らってユミルまで突っ切って。私は後で合流する」
「そんな!? フィーさんもご一緒に……」
アルフィンが当然の心配をするが、フィーは譲らない。
その気配を察したエリゼは、アルフィンを抑えながらフィーに感謝を告げる。
「……ご武運を」
「エリゼ!? フィーさん……!」
「今度ユミルの良い昼寝スポット紹介して。それが報酬で」
「……はい!」
エリゼが頷いたのを見やり、フィーは音もなくその建物から出て分け身を展開。
実体を持つほどに高度に昇華したわけではないが、二つの分け身と自分が外套を羽織ってしまえば背格好的には三人が並ぶ形となる。
遠目で見れば、少しは囮となれるはずだ。
そうして、フィーは領邦軍からアルフィン達を引き離すべく颯爽と走り出していった。
その姿を、フィーでさえ気づけなかった何者かの視線に見られながら――
*
エリン。
《
リィン・シュバルツァー。
灰の起動者にして、何百年もの間その存在を秘匿していたエリンに、皇族や導力技術などの《外》を呼び込んだ少年の体が、ここに保管されているのだ。
クロウの塩の杭を使った狙撃からオズボーンを守って倒れたリィンは、ローゼリアによってその体をエリンに運ばれていた。
二人の客人と、共に。
「………………」
「殿下。食事のお時間です……」
「…………空腹になったら食べる。そこに置いておいてくれ」
ローゼリアのアトリエの一室。
そこに
ここ数日で何度も行われたやり取り。
クルトは諦観のため息をつきながらも、机の上に食事を乗せたトレーを置いて退室した。
「殿下の様子はいかがですか?」
「悪い意味で変わりありません」
クルトに声をかけたのはロジーヌだった。
士官学院が急襲されたあの日、トールズ士官学院の生徒、特に平民生徒は散り散りになって逃げることとなった。
一部の貴族生徒はそのまま学院に残ったものの、そうでない生徒はどんな目に合わされるかわからなかったためだ。
そしてロジーヌはベリルと共に脱出し、気づけばこのエリンへ足を踏み入れていた。
今までエリンにはエマの転位で連れて行ってもらったが、今回は正式な手順……サザーラント州はイストミア大森林からの転位石でたどり着いた。
リィンが狙撃されたと知って、共にローゼリアが居たならば必ずここへ連れて来ると判断したからだ。
その予感は正しかったが、当のリィンは目覚めることなく
「殿下はリィンさんがああなった理由が自分にある、と責めている……僕も、考えが足りなかった。守護役を担うのであれば、あらゆる状況を想定するべきだった」
「あの狙撃は誰にも予想が付かなかったはず。それは、一種の傲慢とさえ言えますよクルトさん。もちろん、警戒に越したことはありませんが……仮に事前に知り得ていたとしても、リィンさんを止めるのは不可能だったと思います」
「…………そう、ですね」
ロジーヌとの会話により、少しだけクルトの緊張が緩和される。
オズボーンがリィンの実の父親であるとクルトが知ったのは、このエリンに来てからだ。
彼がオズボーンを庇った理由がわからなかったところを、セドリックがぽつぽつと語ってくれたのだ。
だからこそ、彼は後悔に苛まれる。
リィンがこのエリンで明かしたくれた事情を知っていたのに、都合が良いように彼に要請した結果がこれなのだと突きつけられているのだから。
「……エマさんやベリルさんは?」
「ベリルさんはわかりませんが、エマさんならいつものところです」
エマはエリンに戻ってきてリィンの事情を知るや、彼女の母親が残したとされる魔導書を漁っていた。
イストミア異聞。
その存在はロジーヌもトマスから聞き及んでいる。
かつて第五位の守護騎士が影の国で見つけたと聞いて悔しがっていた。
禁書に指定された秘術書。
トマスが聞けば喜んで食いつきそうな案件だが、今のエマにそれを提案したら攻撃されそうな雰囲気がある。
何やらそこに記された秘術に、今のリィンを復活させる手段があると信じて疑っていないようだった。
「話は聞きました。ローゼリアさんからも、可能性があると聞き及んでいます。ですが、本当に可能なのでしょうか?」
「私にはわかりません。ですが、エマさんの努力を止めるわけにもいきません。……むしろ、羨ましいくらい」
「え?」
「いいえ、なんでも」
後半の言葉が聞き取れなかったクルトは台詞に着目したが、ロジーヌの珍しい否定の言葉に声を詰まらせる。
話題を変えるように、クルトは慌てて言葉を作る。
「リィンさんは……その、生きているけど死んでいる、という状況と伺いました」
「はい。心臓を撃ち抜かれたのは事実。さらに塩の杭の残留物が使われることで全身の塩化を免れない状態でした。
でも、以前マクバーンさんにいただいたある力が働いて、生と死を繰り返すような状態になっているようです」
神なる
マクバーンとの決戦の後、傷ついた戦士達を癒やした彼の力の名称。
ロジーヌもプロミネンス・ロアの炎を騎神越しに浴びて全身を焼かれながら後遺症なく復帰出来たのはこの力のおかげだ。
マクバーンはこれを使い、ジリオンハザードの火球に包まれて瀕死の重症だったデュバリィすらも蘇らせている。
ただ、リィンはそれを与えられながらも使うことはなかった。
彼が倒れたのはデウスアーツの使用による極度の霊力の枯渇。
それらは自然回復することで問題なくまかなえたため、その力は使われることなくリィンの中に眠っていた。
そして今回の狙撃によってその力を発現させることとなった。
ローゼリアも遺体と思っていたリィンのことを調べて初めて知ったほどだ。
だが、それでも塩の弾丸が消えたわけではない。
むしろ今もリィンの体を蝕もうと、その力を解き放つ機会を伺っていると聞いた。
それを神なる焔が留めているのが、今のリィンの体の中に起きている現状だ。
その調和のバランスが見事なまでの天秤として釣り合っており、ロジーヌは治療のための法術すら使ってやることが出来ないことが悔しかった。
しかし、エマが調べている内容次第ではそのバランスを生に傾けることが出来る、とローゼリアは言っていた。
先程クルトに漏らしてしまったのは、直接リィンを助けることが出来る可能性を持ったエマが羨ましい、という本音だった。
「《外の理》同士相性が良かったことによる、一種の奇跡……そう言う他ありません。最初は騎神の起動者に宿命付けられた不死者の呪い、と思いましたが、そういう意味ではリィンさんに宿命なんて言葉は通じないと思います」
「はは、確かにあの人ならそんなの蹴飛ばしてそうですからね」
ロジーヌの冗談に、クルトも釣られて笑う。
幻焔計画、それに連なる騎神にまつわる不死者の話はエリンにいる間クルトも聞いていた。
騎神に憧れるセドリックが緋に乗ることを選ばなくて良かったと、本気で安堵したほどだ。
「やはり、もう少しセドリックと話してきます。リィンさんはきっと無事だと、だから備えるべきは
「ええ……それぞれ、自分に出来ることを、ですね」
「はい」
そう言ってクルトにロジーヌが頷こうとすると、そこへ音もなく静かな気配が生まれた。
二人が驚いてそこへ目を向けると、そこには黒衣に身を包んだベリルが佇んでいた。
「ベリルさん、どうかされましたか?」
「ウフフ、朗報をお伝えしようと思ってね。エマさんが例の術の解読に成功したそうよ」
その言葉に、二人は目を見開いて驚き――同時にロジーヌはリィンの元へ駆け出し、クルトはセドリックを連れ出すべく彼の部屋へ走っていった。
*
ローゼリアのアトリエの一室で、エマによる今回の魔術の概要が説明された。
エマがしようとしているのは、自分の
霊的な外科手術と母イソラは評していたが、もし鬼の力が暴走することがあればエマはこれを使ってそれを引き剥がそうとしたかもしれない。
今回リィンの意識に潜る理由は、彼の体の中で拮抗している塩の杭と神なる焔のバランスを神なる焔側に傾けること。
そうすれば塩の杭の力は弱まり、神なる焔による治療が全身に行き渡りリィンが意識を取り戻す可能性が高いと踏んでのことだ。
「……それなら、ライサンダー卿とバルクホルン卿を待つべきかと進言します。守護騎士の方々が持つ聖痕の力は、魂に深く絡みつくもの……必ずエマさんのお母様の魔術の助けになると思います」
その説明を受けたロジーヌが、教会の極秘事項に該当するであろう聖痕の情報を語る。
この程度であれば問題ないと判断してのことだが、上からの指示には素直に従うはずのロジーヌが独自に判断を下した辺り彼女の感情が伺えた。
「ですが、今から二人を探している間にリィンさんの体が変調したら――」
「ウフフ、もう二人には連絡を送っているわ。三十分もしないうちに来るはずよ」
「さ、さすがベリルさん……」
(こやつ一体何者なんじゃ?)
(考えるだけ無駄よ、無駄)
魔女の長とその眷属と思えない思考放棄ぶりを披露するローゼリアとセリーヌ。
ベリル相手の場合は無理らしからぬことであった。
「……リィンさんは本当に助かるんでしょうか?」
そこに疑問を投げるのは、クルトに連れ出されたセドリックだった。
彼の後悔は強く、部屋から出ることすら億劫であったが……リィンが復活する可能性があると聞かされればその態度を取る理由はなかった。
「わかりません。ですが、このまま座して待つ、なんてことはしたくない……それに、仮にリィンさんが無理でも、ヴァリマールやオズぼんさんの意識に触れることが出来るかもしれません。
あの二人が揃えば、リィンさんのほうから寄ってくるかもしれませんよ」
「ヴァリマールはともかく、オズぼんさんというのは……」
「リィンさんの親父さんです」
セドリックとクルトは当然のように混乱するが、それ以上説明しようがない。
自分達も彼の正体はわからないのだから。
そんなオズぼんはと言えば、不気味なことにリィン同様に沈黙していた。
眠るリィンの左腕には未だにオズぼんの人形がくっついているが、話しかけても喋ることはない、本当にただの人形になってしまったかのようだ。
ただ、ロジーヌやセドリック、クルトには見えないようなので、そこに在ることに違いはない。
心臓に宿っていたヴァリマールの意識がないことと同じで、塩の杭による影響と魔女達は捉えた。
「――ならば、トマスとバルクホルンが来訪次第儀式を始めるとしよう。小僧の体は」
「あの、僕に運ばせてもらえないでしょうか? 何も出来ないなら、せめてそれくらいは」
「…………クルト。僕も手伝うよ」
ローゼリアは無言で頷き、二人の少年は未だに起きる気配もなく、息もしていないリィンの体を運んでくる。
本当は死んでいないのでは、思うような穏やかな寝顔だ。
いや、死んでもいないし生きてもいない、という状態なのはわかっている。
それをなんとかするために、彼の親友達が動いているのだ。
やがてベリルの連絡を受けたトマスとバルクホルンも合流する。
各々の情報交換は後回し、二人はリィンを救うべく聖痕の力を発動させた。
「ベリルさん」
「わかったわ」
ベリルとロジーヌも、何の意味がないとわかっていても眠るリィンの右手と左手をそれぞれ握る。
ただ、気持ちだけを込めるために。
(リィンさん……今、行きます。絶対に文句とぐーをやってやりますから!)
そしてローゼリアとセリーヌのサポートを受けたエマが母の魔術を起動させる。
必ず連れ戻し、一発ぶつという決意を込めたエマの精神体は、リィンの魂へ沈んでいった。
フィーのヒロイン力が高い気がする今日この頃。
軌跡キャラの中でも数少ない誕生日(8月31日生まれ。あるいはルトガーに拾われた日かもですが)がはっきりしてるキャラですが、そう言えばフィーの誕生日回書かなかったですね…
クロスベル編真っ最中だったので自然と流していた上に、再訪時にもすっかり忘れてました。
――というわけで、116話(お酒は二十歳になってから回)に少し追記しておきました。
クロスベル到着直前のシーン辺りです。
そしてようやくリィンの情報解禁。
色々予想されてたかもですが、神なる焔のおかげで現状維持な感じです。全部さんマジ神。
最初はⅦ組全員エリンに集合させようとも思いましたが、ここは初心に帰って初期メンバー。
久々に、書いたらプロット崩壊してノリで進めるという懐かしい手段が帰ってきました…