9/3、21:40に話の内容を少し修正しました。
寝起きにセリーヌの気付けを受けたリィンは、ふと両手に感じる肌の柔らかさに気づいた。
首を向ければ、涙を滲ませるロジーヌに目を閉じたベリルがリィンの両手を握っており、さらに周辺にはローゼリアにセドリック、クルトといったドライケルス広場で共に居た者達や、トマスにバルクホルンといった面々が並んでた。
寝起きの顔に一撃与えたセリーヌを見下ろすが、彼女はぷいっと顔をそむけて目を合わせてくれない。
安堵やら涙を流す友人達や知人が居ることで、リィンはまず挨拶をしてから状況の説明を求めた。
「おはよう、ございます。えーっと……?」
「まったく、寝起きの一言があれとはらしいというか、なんというか。まあよい。
ローゼリアからの突然の名前呼びに目を瞬かせながら、リィンは説明を受ける。
彼の記憶は狙撃からオズボーンを守るために身を盾にした瞬間、携えていた太刀が消し飛び胸に熱さと痛みを感じてそのまま倒れたところで記憶が途切れている。
その後、共にいたローゼリアがリィンとセドリック、クルトを回収して転位。
すぐにエリンに運ばれたリィンは、心臓を撃たれたため即死かと思われていた。
しかしマクバーンから受け取っていた神なる焔が心臓の破壊を修復したものの、塩の杭の力が留まりローゼリア達はその除去作業に専念していたという。
その間、帝国も大変なことになっていた。
暗殺未遂の場に《貴族連合》と名を改めた《貴族派》が結社と共にドライケルス広場を襲撃、オズボーンはからくも避難出来たが、彼らは皇族を結社から身を守るという建前で幽閉。
そのまま《革新派》との戦い……内戦という戦争が勃発してしまった。
エリンではその影響を受けないが、トールズ士官学院の学友達や、オリヴァルト達も行方不明なのだという。
「だからと言って、介入することは出来なかった。こちらはお主を死なせまいと、色々しておったからの」
「ご迷惑おかけしました」
「全くじゃ」
そして先程、エマが彼女の母親が編み出した秘術によってリィンの精神に潜り、直接塩の杭を除去することで目覚めた、というのが眠っていた間に起きていたことだ。
そのことを知るや、すぐにローゼリアやセリーヌ、そしてエマに礼を言うが彼を導く魔女は意識を失っており、起きる気配がなかった。
まさか、と不安になるリィンだったが、ローゼリアが静かに否定する。
「案ずるが良い、極度の疲労というやつじゃ。元々未完成の魔術の使用に加えて、あーくすを通じて力を集めた反動よ。しばらく休んで、しっかり栄養を取れば問題なく回復する」
「それは何よりです」
ほっと一息つくリィンに影が差す。
何事かと思って見上げれば、そこには勢いよく頭を下げたセドリックの姿があった。
「リィンさん……本当に、本当に申し訳ありません! 僕が無理に要請したから、こんなことに……!」
「気にしないでください、殿下。こちらは父を守り、自分もこうして目覚めました。何を謝ることがあるでしょう」
ごくごく自然体で紡がれるその言葉に絶句するセドリック。
己の抱えていた気持ちに対して軽すぎるリィンの言葉に、主の苦悩を見続けていたクルトが割り込んだ。
「神経図太すぎですよ、リィンさん。セドリックは本当に後悔を抱えて過ごしていたんですから」
「でもクルトだって、守護役としては対象を守れた上に自分も無事ってことなら文句なしだろ?」
「それはそうかもしれませんが……何日も目覚めなかったのは事実なのですから、それでも気持ちの配慮くらいはしてください」
「だからこうして受け取って気にしてないよ、って」
「それが軽すぎるってことです」
「でもなあ。殿下はこれからもっと大変なんだぞ?」
その言葉にセドリックはしばらく何のことか考えていたが、先程ローゼリアからの説明に含まれていた帝国の現状のことだと気づいた。
「確かに、起こってしまった戦いを止めるのが皇族たる僕の役目かもしれません。ですが……そんなビジョンが全然見えないんです。
こうして、リィンさんが倒れた罪悪感だけで、ずっと押し潰されそうだったのに」
リィンが目覚めたことは喜ばしい。
なら次に考えなければならないことは、帝国で起きた内戦について。
リィンを心配するという名目で外の情報を仕入れなかったのは、罪悪感以外にも知ることを恐れていたからかもしれない。
「……それは殿下が考えなければならないことです。俺が、というより今の俺が何か言っても、殿下にとっては罪を償うことでしかなくなってしまう」
「それ、は……」
「だから厳しいかもしれませんが、俺から言えることはありません」
叩きつけられる正論にぐうの音も出ないセドリック。
リィンの言うことは正しい。正しすぎるほどに。
きっとリィンがこうすればいい、と言えばそれがどんな内容であっても、セドリックは彼への贖罪として受け入れてしまう。
それはセドリックだけでなく、他の面々も理解していたため口を挟むことはない。
リィンが目覚めたというのに、新たな葛藤を抱えてしまったセドリックの傍に寄りながらも、クルトはそれでも主の助けになるため少しでも言葉を交わす。
「では、リィンさんはこれから何をされるのですか?」
「俺はユミルに戻る。父さんや母さん、エリゼの無事をまず確かめたいからな」
そう言って起き上がろうとするリィンだったが、体を震わせるだけで動こうとしない。
いや、動かないのでなく動けないのだ。
「これこれ、ずっと眠っていたのじゃぞ? 何日も寝ていたのなら、体が重いのは当然よ。それでもまだマシなほうでな、寝ているお主の体をロジーヌがずっとマッサージしてくれていた」
「そうなのか? 助かる、悪いなロジーヌ」
「いえ。私に出来るのはそれくらいでしたから……」
「ウフフ、逆に言えば絶対に目覚めると確信しての作業だものね。普通、心臓を撃たれた人に
「ベ、ベリルさん。貴女もリィンさんが起きることに何の疑問も持ってなかったじゃありませんか」
「だって疑ってなかったもの」
気恥ずかしそうにしながら、ベリルを巻き込むロジーヌ。
精神の助けはエマにあったが、体への手助けはこの彼女達のおかげで負担が軽くなったようだ。
その様子を見て笑うリィンに、クルトは黙ってそれを見ていた。
男女差だとか、そんなものを超越した信頼関係。
これが友人なのだと見せつけられている気がして、ならば自分はセドリックに何かしていたのかと自問してしまう。
「家族の懸念もあるかもしれぬが、数日はリハビリに専念するがいい。少なくとも、鬼の力は失われているのじゃからな」
「鬼の力……」
リィンは息を吸うように扱えるはずの鬼の力を使おうとするが、体の変化は起こらない。
目を見開くリィンに、ふてくされていたセリーヌがリィンの肩に乗りながら言う。
「アンタの鬼の力は、あのクロウって奴に奪われたのよ。移ったって言ったほうが正解かもしれないけど……」
「クロウ先輩が?」
「……《帝国解放戦線》のリーダーC。彼の正体が、クロウ先輩だったからです」
おずおずと唇を震わせるロジーヌに、リィンはクロウがオズボーンを狙った狙撃犯であり、蒼の騎神オルディーネの起動者であったことを明かされる。
そこで実際に偵察に向かったというトマスがその情報を教えてくれる。
「少し様子を見に行きましたが、あれは確実にリィン君が使っていた鬼の力でした。鬼眼を筆頭に、深奥にまで至った力の供給は、リィン君が使っていた鬼気解放と見て間違いありません。
加えてそれを騎神にフィードバックさせているから、手を付けられない暴れん坊ぶりです。最も、リィン君のように扱い方を学んでいるわけではないので、暴れるだけ暴れて大人しくなったら回収される、の繰り返しのようですが……」
まるで発現したての聖痕ですね、とぼやくトマスをバルクホルンがたしなめる。
それでもCユニットのような自動操縦でなく、正規軍の熟練の軍人達が操る《アハツェン》の機甲師団を相手に悪鬼の如き立ち回りを演じているという。
《貴族連合》も使い方を割り切って、半自動爆弾のような扱いだ。
「……そっか。鬼の力が……」
リィンは黙って俯いてしまう。
オズぼんと出会うきっかけとなった力が奪われ、当然思うところがあるのかとローゼリアは思った。
「……親父は?」
「精神世界の様子は見ていたから妾も理解しているが、アレはほんともう……のう?」
「のう、と言われましても」
「消滅しかけたヴァリマールの人格を守るため、今は騎神の思考システムとして在るそうじゃ。なんでもアリじゃな、アレ」
言われて、リィンは左腕を見て話しかけるも返事はない。
ローゼリアから彼の現状を教えてもらい、後でヴァリマールの元へ向かうといいとだけ伝える。
少し情報過多だったか、と一度本格的な休息を言いつけようとするローゼリアだったが、顔を上げたリィンが浮かべている表情は笑みだった。
「ぬう? リィン、なぜそこで笑う」
「いえ、それなら色々都合が良いので」
「都合が、良い?」
「鬼の力が奪われたっていうなら、今の俺は生身ってことですよね? なら、そのままクロウ先輩を倒すことで、老師から言われた自らの鬼を超える課題に適応されます。
ならぶっ飛ばして借りを返して、そのまま老師から奥伝を授かっちゃいますよ。
それに、以前からクロウ先輩の様子がおかしいことは会長達も心配してましたからね。それらを一切無視したあの人にガツンとかましてやれます」
ポジティブここに極まれり。
少なくともリィンは、クロウに狙撃されたという事実をまるで重要視していなかった。
クロウの行動が内戦を引き起こし、リィンをこうさせている元凶だというのに、清々しいまでに自分本位の言葉である。
「それに、クロウ先輩を止めれば《貴族連合》がその分戦力を削られる。それは各地の戦線を縮小させることに繋がりますからね」
とはいえ、内戦をおざなりにしているわけでもない。
入学当時ならいざしらず、今まで帝国の闇に触れてオズぼんの言葉を代理していたといえ、その時に与えられた情報は確かにリィンの中に残っている。
彼がアドバイスをせずとも、それを思い付けるほどにはリィンも成長していた。
「そうとなれば、早く体を治さないとな……」
起きてすぐに目的を見つけて張り切るリィンを、セドリックは黙って見据える。
己の未熟さをこれでもかと見せつけられているような気がして、彼はリィンの復活とは別の意味で溢れそうになる涙を懸命に堪えていた。
「若き皇子よ。妾が言うのもアレじゃが、コレとは比べんほうがいいぞ? 例外というやつじゃし。じゃが、それでもこの言葉を贈ろう。
――話し、取り込め。お主の考えが固まらないなら、他人の想いを取り込み、己の中に上手く適応させるのじゃ。幸い、懺悔するにはちょうど良い相手もおるしの」
ローゼリアが目を向ける先は、バルクホルンだった。
巡回神父として各地を放浪する彼は七曜教会の神父でもある。
悩める若者の相手をするなど、何度行ったか知れない。
潤んだ瞳でバルクホルンを見るセドリックに、彼は一度場所を変えましょうと提案して彼を伴って出ていく。
クルトはしばらくその様子を目で追っていたが、すぐに意識を取り戻して彼らを追っていった。
*
リィンが目覚めて二日が経過した。
翌日にはすでに体の痛みの大半が消えていたので稽古をしたかったが、ロジーヌの絶対安静の言葉に従って渋々休んだ。
代わりにエリンの住人達と会話を交わすエリンマラソンを行い、少しずつ感覚を取り戻していった。
それに二日目には稽古の許可をくれる辺り、なんだかんだで優しい友人である。
「はあっ!」
リハビリの相手に付き合ってもらっているのはクルトだった。
彼も体を動かしたいだろう、と思い誘ったのだが、想像以上に溜め込んでいるらしい。
体の動き一つ一つに迷いが伺えて、少なくともリィンが倒れる前よりも剣の鋭さが鈍っている気がした。
用意してもらった木刀と木剣が音を立てて打ち合うも、木剣は弱体化しているはずの木刀を弾くことが出来ない。
力はおろか、技術も劣っているのは承知だが、リハビリにすらなっていないのではないか、とクルトはますます剣閃を鈍らせてしまう。
「ほいっと」
故にその結果は必然であり、リィンは木刀の切っ先をクルトの喉元へ突きつけることで稽古は終了を迎えた。
息を乱しながら一礼するクルトに、リィンは剣の先達として問う。
「クルト、何を悩んでるんだ? セドリック殿下との問題はとっくに解決したんだろう?」
「あ……はい。ですが、この内戦で僕に何が出来るのか、どうやって殿下を守護ればいいか……それを考えると、まるで袋小路に迷い込んでしまったように、答えが見つからないんです」
「と、言うと?」
「リィンさんが倒れてからも、僕は落ち込む殿下の傍に居ることしか出来ませんでした。オリヴァルト皇子やアルフィン皇女を探すのは元より、皇帝陛下やプリシラ様も……僕の剣は、あまりにも小さい」
機甲兵という強大な力、戦車すら圧倒する騎神。
それらの情報を知るにつれて、護衛としての力量不足に焦りしかないのだろう。
それは彼と親しいラウラも抱える葛藤であり、ただの剣士が必ずぶつかる壁と言えた。
かつてそれに対する壁にあがくために機甲兵の操作法を学んだこともあるが、今この場にその技術を活かせる
「……そっか。っと悪い、俺はこれからロジーヌのところに戻って、ちょっとマッサージ受けなきゃいけないんだけどクルトはどうする?」
「僕は……もう少しだけ、剣を振っています」
「わかった。無理しないようにな」
「それはこちらの台詞です」
ため息をつきながら、ローゼリアのアトリエに戻っていくリィンを見送るクルト。
そのまま無言で二つの木剣を振るうが、心の迷いが晴れることはなかった。
「クルト君、ちょっといい?」
そんな彼にかけられた声があった。
クルトが振り向けば、そこに居たのはエリンの里の魔女ニーナの姿。
肩口に切りそろえられた橙色の髪を揺らし、空を思わせる青い瞳がクルトの目と合う。
同い年ということもあり、彼女は外の人間、それも皇族とその護衛役であるセドリックやクルトとはよく話をしていた。
と言ってもリィンが目覚めるまでセドリックはほとんど言葉を聞き流していたため、話をするのは専らクルトであったが。
「ニーナ、見ていたのか。不甲斐なくててすまないね」
「う、ううん! 気にしてないよ! リィンさんは色々むちゃくちゃする人みたいだし」
「はは、こっちでもそういう認識なんだな。それで、何か用か?」
「うん。先に謝っておくけど、さっきのリィンさんとの話を聞いちゃって……」
言われて、クルトは困ったように苦笑する。
自分の愚痴を他人に聞かれていたというのは正直気恥ずかしい。
だが、そんなクルトの気持ちとは裏腹にニーナは彼に近寄った。
「自分の剣が小さく感じるなら、大きくすればいいと思う」
「え?」
きょとんとするクルトに、ニーナはあるものを差し出す。
それを受け取ったクルトの手の中にあるのは、とあるマスタークォーツであった。
「これは……?」
「Mクォーツ《ギアス》。騎神に乗らなくても、騎神を操作することが出来るものだよ。エマ姉さんがトールズ士官学院のシュミット教室で勉強してた内容なんだって。リィンさんに無理言って譲ってもらったの」
その台詞にクルトの目が見開く。
ニーナは付いてきて、と案内しクルトも慌てて彼女に続く。
たどり着いた先は、未だに全快していない灰の騎神ヴァリマール。
そして、その横に並ぶ緋の騎神テスタ=ロッサ。
「ニーナ……?」
「ヴァリマールはリィンさんやエマ姉さん達が使うから無理だけど、テスタ=ロッサは乗り手がいない。乗せるわけにもいかないけど、乗らなくたってそんじょそこらの機甲兵よりは強いはずよ」
以前、ナイトハルトとの機甲兵教練においてヴァリマールは《アハツェン》相手に危なげなく勝利したことがある。
起動者であるリィンが実力者ということもあるが、騎神自体のスペックもその成果を生んだ要因だ。
リィンが歩んだ軌跡は、当然のようにエリンにも伝わっていた。
「だから、クルト君はこのテスタ=ロッサを《ギアス》で動かせるようになったらどうかな? 今は呪われてしまったけど、テスタ=ロッサはかつて暗黒竜から帝国を守った由緒正しい機体。皇族を守護する剣として、これ以上ない力だと思う」
「だ、だがテスタ=ロッサは皇族しか……」
「そのための《ギアス》だよ。これは騎神に乗らなくても騎神を動かすことが出来るMクォーツなんだから。
データは四月からトールズのシュミット教室でたくさん取ってるから豊富だし、少なくとも悩んでるよりずっと建設的だと思うよ?」
呆然としながらも、クルトは手の中に握られた《ギアス》とテスタ=ロッサを交互に見やる。
ニーナはあえて大げさに身振り手振りを使い、テスタ=ロッサへ手を伸ばした。
「もちろん、相応に訓練も必要だと思う。けど、セドリック君が答えを見つけて立ち上がった時に、クルト君が《ギアス》でテスタ=ロッサを操ることが出来れば――頼もしいと思わない?」
ニーナの言葉に、クルトの体にぞくりと震えが走る。
これは寒気でも緊張でもない――歓喜への打ち震え。
自分に出来ること、目的を見つけた少年の瞳の輝きは、先程のことなど感じさせない光に満ちていた。
「ニーナ、僕は」
「頑張って、クルト君。剛剣とか双剣とか、そんな拘りはもう乗り越えたんだよね? ならあとは守るために全てを費やすのがヴァンダールだって私は思うよ」
たとえ導力銃などを使ったとしても、対象を守り切ることが出来ればそれはヴァンダールなのだとニーナは言う。
武芸者でない彼女からすれば、拘るなら手段でなく結果なのだ。
当然、若いクルトにはそれを受け入れるにはまだまだ先のことだろうが、守護に思考を傾けるようになったのなら、それが一番だ。
「……ああ。殿下が己の足で立つ前に、これを使いこなしてみせる」
「その意気! 当然、言い出しっぺの私も手伝うよ! ほら、さっさと《ギアス》をセットして!」
「ちょ、待ってくれニーナ!」
善は急げ、と言わんばかりにクルトを急かすニーナ。
彼女は同い年の外の住人に親近感を抱いており、そんな彼らの葛藤を間近で見たことでなんとか手助けしてあげたいという気持ちを生んでいた。
それは、エマがリィンを助けるような《
善き魔女としての資質を、ニーナは開花させようとしているのだ。
慌ててARCUSに《ギアス》をセットするクルトの顔に憂いはなく、若き守護者を自覚しはじめた騎士の姿が浮かんでいた。
*
翌日。
体の調子も戻ったとして、リィンはユミルに向かうべくエリンの広場に立っていた。
真っ先にユミルに戻るのは、家族の無事を確かめるためだ。
ARCUSで連絡を入れれば早いかもしれないが、導力通信技術は帝国全域を覆うものではない。
もう数年すれば帝国はおろか外国にも通信網が発揮されるかもしれないが、今は不可能だ。
トールズにある第三学生寮はリィンの自室で、ローゼリアとの連絡を頻繁に出来たのは、彼女の霊力の影響が大きい。
魔術をARCUSに落とし込む技術を、力技で無理やり補っているのだ。
エマでさえ未だにARCUSを介した念話が一言二言、と言えば彼女の力がわかるだろうか。
連絡出来ない心配は、顔を合わせた時に存分に晴らせばいい。
転位門を通じて、ローゼリアがユミルにある精霊の道を開いて送ってくれるそうだ。
エマはまだベッドの住人であり、完全な復調には時間がかかるという。
彼女も入学して鍛えられているが、リィンとの体力の差は如何ともし難い。
ロジーヌはそんなエマの介護のためにエリンに残り、ベリルはこれを機に色々帝国を回ると言う。
その際、Ⅶ組の仲間やリィンの知り合いに出会ったら無事を伝えておくと言ってくれたので安心だ。
セドリックはバルクホルンの相談の後、よくエリンを走り回っている姿をみかける。
特に里の離れ……マクバーンが捕まえたという人物達を隔離しているそうだが、そこに足繁く通っているということは話を聞いているということだろう。
クルトはニーナの協力を経て、今も《ギアス》によるテスタ=ロッサの操作を完璧にしようと励んでいる。
流石に起動者になることは出来ないが、騎神を動かせるようになればそれだけで大きな戦力だ。それの邪魔をするわけには行かない。
トマスはトールズの教官として各地を巡り、生徒や同僚の無事を確かめるべく動くとのこと。
バルクホルンは元より巡回神父、法国としてこの窮地にどう動くか画策しながら再び帝国を回るそうだ。
ただ、連絡があれば駆けつけてくれるそうなので、困ったらまた頼らせてもらおうとリィンは思う。
「妾はここに残る。テスタ=ロッサには未だ呪いが蓄積しておるでの、あの小僧やニーナに影響が出ないか見守っておこう」
「お願いします。とはいえ、何かあれば協力を願いますが」
「お主、妾は偉いんじゃぞ? 良いように使いすぎじゃ。それに、あの人形がおるのじゃからそちらを頼れ」
「フフフ、ロゼ嬢。今の私はヴァリ君の代わりを務めなければならない。常に息子と一緒というわけにはいかないのだよ」
ローゼリアの向けた視線の先には、ガンドルフによってある程度レストアされたが本調子ではないヴァリマールの姿がある。
ただ、その声はリィンの心臓に宿るヴァリマールのものでなく、左腕にくっついた人形オズぼんのものだ。
ヴァリマールの思考を守るため、彼を保護した結果オズぼんの声が騎神から聞こえるようになったのだが……これなら皆に声が届けられると真っ先に思ったリィンだった。
「呼べば来れるか?」
「うむ、その辺りは問題なかろう。ただ、かつての戦闘力はまだ発揮できん。それこそ現状は性能の良い機甲兵、くらいのものだろう」
それは、同じ機甲兵を相手にした時に不覚を取るということだ。複数相手など以ての外だろうし、同じ騎神であるオルディーネとの戦いなど、一蹴される可能性すらある。
そういう意味では、クルトがテスタ=ロッサを操るというのは、彼が考える以上に必要な戦力であった。
「ユミルに行った後はどうする?」
「……ユミルが戦場になっているなら、エリンへ避難させたいですが……」
「全員は流石に厳しいぞ」
「でも、父さん達は自分達だけ安全圏に逃げる、なんてことはしませんからね」
「実に正しく貴族よのう。ならば、その時はユミルに迫る脅威を取り除く、ということか。あの温泉郷は僻地じゃし、戦略的に重要なものではないが……リィンが向かうからのう」
渋面を作るローゼリア。
彼がユミルへ向かう=何か起こると確信しているのだ。
考えすぎでは、と思ったが彼以外は絶対に同意する案件である。
「家族の無事が判明したらまた戻るが良い。そこから本格的にどうするのか決めねばな」
「わかりました」
「フフフ、この体で体感するのは初めてだな」
ではゆくぞ、とローゼリアが杖を振るうと、リィンとヴァリマールが光に包まれて転位する。
景色はすぐにエリンから一面白銀の雪山へと移り変わり、リィンは無事にユミルに到着したのだと安堵する。
だが、着いて早々リィンは気配を感じて腰に帯びた鞘に手を添える。
ガンドルフによって作られた太刀はゼムリアストーンのものに比べれば劣るが、騎神職人が作り出した太刀は代理としては十分な切れ味を持つ。
早速その切れ味を確かめる時か、と待ち構えるリィンだったが、ふとその気配に覚えを感じた。
一体誰のものだったか、と探りを入れるリィンに、気配の主が姿を現した。
「よう、久しぶりだなぁリィン。元気そうで何よりだぜ」
「え……」
陽気な声を上げて近づいてきた人物に、リィンは驚きのあまりに絶句した。
老人と呼ぶにはまだ若い、初老を少し超えたにも拘らず、リィンが見てきた中でも最上位に位置する鍛えられた体躯を持った黒いコートの男。
「何だよ、幽霊でも見た顔して。ま、似たようなもんだが、お前さんまで
かつてノーザンブリアで刃を交えた、ここに居るはずのない男。
猟兵王ルトガー・クラウゼルは、出会った時と同じ飄々とした笑みを浮かべながらリィンの前に現れる。
そして――
「兄様!」
「リィンさん!」
その背後から現れた黒髪の少女と金髪の少女――エリゼとアルフィンがリィンの姿を認めて叫ぶ。
走り込んできた妹の体を抱きとめながらエリゼの温もりを感じ、彼女にもまたリィンが生きている証明を与えるべく、兄妹は互いの無事を強く強く確認していた。
テスタ=ロッサ「(出落チジャナイナンテ)……何……ダト……」
トヴァル「(牽引するのが自分じゃなくて)……何……だと……」
というわけでテスタ=ロッサ君大活躍フラグ?
今では乗用車ばりに騎神を乗り回すリィン君でしたが、六月までは全然乗ることなく過ごしていた時期があったのです…
原作でもクルトはリィンの弟子ではと言わんばかりに受けた影響強いので、彼の足跡を追っていくスタイルなのかもしれません。
トヴァルさんは初動の違いでエリゼ達がフィーに連れ出されたので、未合流です。
今頃はカレイジャスに乗ってるか今も情報集めてるかもしれません。
そう言えば原作でもノルドは通信が妨害されてたからわかるのですが、他のⅦ組メンバーとARCUSで連絡をしなかったのって理由ありましたっけね…
見落としてるだけで、ARCUSの通信が届かなかったのかもですが、やはり通信で無事を知らせるより、直接顔を合わせた再会のほうがゲーム的には盛り上がるからでしょうかね。
まあ、エリオットにフィー、アリサにミリアムは通信でリィンの無事を知りましたが…
追記
クルトへの《ギアス》譲渡部分をリィンからニーナに変更。
なんでもリィンがするより、横の繋がり同士で輪が広まっていくほうが英雄伝説らしいですからね。
何よりニーナ可愛い(重要