はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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前話の最後、灰VS蒼の後に少し加筆しております。
そこまでしか見ていない、という方は改めて追記部分をご覧になっていただけたらと思います。


フフフ、息子よ。私はちゃんと無事だぞ

「いっつぇ……」

 

 寝汗に包まれた服の重さと不快感で目を覚ます。

 けれどその感情も一瞬だけのこと、目の前に涙を滲ませる義妹の姿が映りリィンは寝ぼけ眼を無理やりに開いた。

 

「ああっ……!」

「んあ……?」

 

 そうして、エリゼがリィンの手を軽く取って顔を俯かせる。

 一体何事かと、寝起きで頭が働かないリィンにテオの声が届いた。

 

「リィン、起きたか。どこか体が痛むところはないか?」

「痛いっていうより、気持ち悪いかな……」

「無理をしないで、まだ寝ていなさい。でも寝汗がひどいから、着替えの服を用意しないとね」

 

 そう言ってパタパタと足音を鳴らして出ていくルシア。

 家族が勢揃いしている上に十年以上も付き合いのある自室であることに気づいたリィンは、ぼんやりとこれまでの経緯を意識し――慌てて体を起こした。

 

「クロウ先輩は!?」

「大丈夫ですよ、リィンさん。蒼の騎神はルトガーさんが追い払ってくれました」

 

 上半身を起こしたリィンに答えたのはアルフィン。

 彼女が無事でいることに安堵しつつ、リィンは件のルトガーを探そうと目を巡らせる。

 しかし彼の姿はなく、代わりに見慣れない少女の姿を捉えた。

 

「……どちら様でしょうか?」

「アルティナ・オライオンと申します。ルーファス・アルバレア卿の依頼により、黒の工房からリィン・シュバルツァーに貸与され、派遣された身です。以後お見知りおきを」

 

 そう言って頭を下げたのは、尖った耳がポイントの黒いフードを羽織った黒い薄手のスーツを身にまとうアルティナと名乗る少女。

 太ももやお腹など、妙に露出の多い衣装だ。

 寒くないのか、と思いつつリィンはアルティナと目を合わせながら問う。

 

「ルーファスさん……貸与? どういうことだ?」

「言葉通りです。派遣された理由に関しては、リィン・シュバルツァーからの質問は極力答えるよう申請されておりますので、受理し、返答します」

「あーすまない、ちょっと寝起きだから情報整理した後でいいかな……」

 

 寝起きの頭では上手く情報がまとまらず、一度言葉を切ってもらう。

 アルティナは特に不満もなく了解しました、と言って距離を取った。

 

「えっと、確認したいんだけど……俺はオルディーネにやられて起きた、ってことでいいのかな?」

「ああ。その現場からの脱出に協力してくれたのがそのアルティナという子でもある。礼を言っておきなさい」

「そうなのか。ありがとう、アルティナ。助かった」

「いえ、私は貸与される身ですので礼は不要です」

 

 なんとも無機質というか感情が希薄な子供だった。

 言葉自体ははっきりしているのだが、まるで導力端末に入力されたプログラムに対して返答(アプリ)が機能しているような感覚だ。

 彼女に対しても聞きたいことは山程あるが、まずは宣言通り情報の整理が先である。

 

「俺が倒れてから時間はどれだけ経った?」

「時間自体は一時間程度です。ですが兄様、腕のほうは大丈夫なのでしょうか? ルトガーさんの話では、あの騎神に乗った状態では、その時に受けたダメージがトレースされるとのことですが……」

「ん……大丈夫だ。ちゃんと十八年俺と一緒に居てくれた左腕がある」

「一途なのですね」

 

 リィンの軽口に軽くきょとんとした後に、含み笑いをするアルフィン。

 事態が深刻にならないよう冗談で場を和ませてくれた、と思ってくれたようだ。

 無論左腕には喋らないオズぼん人形もはぐはぐしており、リィンはそこでようやく安堵の息をつく。

 だが、そこにあの時引き千切られた痛みが脳裏に蘇り、咄嗟にエリゼが取っていた手を左腕に持っていってしまう。

 当然、左腕は無事なのだから痛みなどない。

 はずなのだが……幻のようにあの感覚がリィンの左腕に再現された気がした。

 

幻肢痛(げんしつう)、ってやつだな。こればかりはお前のメンタルがものを言うが、目覚めたばかりじゃ無理もねえな」

 

 そこへリィンの着替えを持ってきたルシアと共にルトガーが現れる。

 あの蒼を相手に生身で立ち回っていたというのに、特に傷を負っている様子はない。

 鬼の力が健在であっても、まだ彼には遠いとリィンは幻の痛みを堪えながらぼんやりと思う。

 

「ルトガーさん、無事のようで何よりです」

「あれくらいはなんでもないさ。着替えたらリビングに来な、そこで現状を説明する」

「わかりました」

「兄様、着替えはお一人で大丈夫ですか?」

「流石に手伝ってもらうほど重傷じゃないって」

 

 幻肢痛を無視しようと気持ちを張ってエリゼに笑みを向ける。

 彼女は不安そうな表情だったが、やがてアルフィンに手を引かれて出ていった。

 やがてアルティナやルトガーもその後を追い、自室にはリィンだけが残される。

 

「……親父、大丈夫かな」

(フフフ、心配は無用だ息子よ。私とお前が()()()()()()()()、心は常に共にある。よって痛みなど感じる必要はないぞ)

 

 つぶやきに応えるように、頭の中に念話が響く。

 物理的に離れる――リィンにとって左腕がなくなることへの焦燥は、己のこと以上にオズぼんと離れることをイメージしてしまった不安からだった。

 それが幻肢痛として再現されているのだ、と指摘してくれるオズぼん。

 彼の声が聞こえたことで、リィンを蝕んでいた幻肢痛は嘘のように消えていった。

 

「はは……流石だな」

(すでに鬼の力はなく、ヴァリ君も未だ目覚めない。今までのようにはいかぬが、それでも我々の関係は変わらんよ。私のことは気にするな……お前は今の状態で、オルディーネ(鬼の力)を超えると決めたのだろう?)

 

 内に潜む鬼を超える、という老師の言葉に対してリィンはそう決めた。

 

(ならば、いつも通り進むだけだ。マッ君と同じようにな)

「軽く言うなあ」

(お前が軽く言ったからな)

 

 たった少しの会話だが、リィンの心は平静さを取り戻す。

 最初の一歩で躓いたことを、自分でも予想以上に気にしていたようだ。

 

「っし」

 

 軽く両手で頬を叩いて気合を入れ直し、リィンはひとまず不快感から脱出すべくルシアが用意してくれた着替えに手を取る。

 汗も拭き終えて着替えを終えてリビングに戻れば、家族にアルフィン、ルトガー……そしてアルティナが集合していた。

 

「ごめん、心配かけた」

「全くだ。後でユミルのみんなにも声をかけておくといい」

「わかったわかった。それで、これからのことを話す前に、だ」

 

 リィンがアルティナに目を向けると、その場に居る全員の視線が彼女に集中する。

 だが注目を浴びた彼女はと言うと、特にそれに対する感情は見せず淡々と言葉を発する。

 

「では、改めて質問に答えます。私が貸与された理由に関してですが、ユミル……正確にはリィン・シュバルツァーの身内を守るよう命令を受けたからです」

「私達を、守る?」

「はい。ルーファス卿曰く、リィン・シュバルツァーにとってのアキレス腱は身内に他ならず、この内戦において辺境の地といえユミルに戦乱の手が伸びる可能性がある。故に秘密裏に貴方達を守るよう、契約を交わしました」

「なんでルーファスさんがそんなことを?」

「彼はその理由を、礼と詫びだと言っておりました」

「表向きには皇族からの贈り物でしたが、本来はリィンさんの仲介で進められたこと、でしたものね」

「つまり、金の騎神を紹介してくれたお礼と、騙して騎神を掠め取った詫びってことだな」

 

 エル=プラドーは《帝国解放戦線》の壊滅およびスカーレットの捕縛に対する報酬だった。

 実際は《帝国解放戦線》のリーダーであるクロウが生きていることで、約束を考えればその報酬が与えられることはない。

 だがここで重要なのは《帝国解放戦線》の壊滅である。

 《帝国解放戦線》自体は確かになくなったが、リーダーであるクロウは蒼の騎神を乗り回し、ギデオンを除いた幹部達は行方不明。

 クロウがテロ活動を止めて《貴族連合》に協力しているという点を考えれば、実質何一つ解決していないという事態である。

 それでは契約を違えることとなる。

 かといって金の騎神を返却など今更出来るはずもなく、代案としてアルティナという少女にユミルを守るよう命令し、派遣されたというのが真実のようだ。

 

「確かに父さん達やユミルに危害が加わらないなら安心出来るけど……」

「失礼を承知なのですが、アルティナちゃんがそこまで強そうには……」

「その疑問は最もです。実際、私の体格は十二歳相当なので、軍人と殴り合って勝つのは難しいでしょう」

 

 シュバルツァー兄妹の言葉に胸を当てながら応えるアルティナ。

 十二歳なのかと驚く周囲をよそに、他も同意する中ルトガーだけが違っていた。

 

「その秘密があの戦術殻ってことだろう?」

「はい、その通りです。クラウ=ソラス」

 

 呼びかけに応じて、黒い傀儡が前触れもなく現れる。

 リィンは痛みで気絶する寸前に見た黒いものの正体がそれであると直感で思った。

 

「それで俺を助けてくれたのか……戦術殻は士官学院でも見たことがあ……んん? よく見るとそれガーちゃんの色違いだし、オライオンっていうと、ミリアムの妹さんか?」

「ミリアム……ミリアム・オライオンのことですね。製造番号を考えれば確かに彼女が先に生まれましたが、スペックとしてはこちらのほうがより最新鋭と自負しております。しかし、ガーちゃんとは……?」

「アガートラムのことだよ。ミリアムからはそう呼んでくれって言われてるからな」

「理解不能です」

「そっちがクラウ=ソラスって言うならクーちゃん?」

「拒否します」

 

 そっけなく断られるリィン。

 リィンがアガートラムのことをガーちゃんと呼ぶのはミリアムが望んでいるからであり、彼女がクラウ=ソラスをそう呼ばれたくないのであれば無理に呼ぶことはない。

 

「だがユミルを守るとは言っても、今まで私達は君を見たことがないのだが……」

「ガーちゃんと同じってことは、多分光学迷彩の機能も備えてるんだと思う。だから人目につく場所を離れて隠れていたんじゃないかな?」

「肯定します。到着時期としては、アルフィン皇女殿下達が来訪されるより前でしたが、猟兵王を引き連れているのは予想外でした」

「で、こっちから接触してたってわけだ」

「まさかこちらのステルス状態を見破られるとは思いませんでした。データを上方に修正です」

 

 ルトガーの言葉に、アルティナはどこか不満そうだ。

 彼女からすれば、秘密裏にユミルを守るという任務のために派遣されたのに、あっさりと見破られたことがおかんむりのようだ。

 どこか子供らしい不満にくすりと笑うリィン。

 幸いアルティナは気づかなったが、もしバレていたら冷ややかな目がリィンを襲ったことだろう。

 

「こっちとしても、ユミルに危害を与えないってアピールはしたかったからな。それで本来ならその子を最後の後詰めとして用意していたんだが……」

「後詰め?」

「ヴィータ・クロチルダの捕獲に関してのことです。猟兵王の読みでは、灰の起動者に対しても何らかの対策を施しているだろうから、リィン・シュバルツァーから逃れた一瞬の隙をつく予定でした」

「でも、そこに蒼がやってきた、と」

 

 後のことは語るまでもない。

 リィンはクロウに敗北し、割って入ったルトガーによって蒼は退散され一時的にユミルに平和が戻ったということだ。

 もう一刻の猶予もないとして、リィンは改めてアルフィンを見る。

 

「姫様。慌ただしいようですが、すぐにでも避難を考えていただきたいのですが」

「リィンさん……」

「俺は貴女の信頼を裏切りました。ならば、この汚名は結果でのみそそぐとします」

 

 アルフィンはリィンならば守ってくれると信頼してくれたからこそ、自らを囮としてしてくれた。

 だが北の猟兵は退けられたが、ヴィータが本格的にアルフィンを狙っていたらきっとその行動を防ぐことは出来なかった。

 蒼が乱入した時点でご破産だったのは間違いないが、それでもクロウに敗れた時点でいつか必ず同じことが繰り返されるとリィンは判断していた。

 

「ちなみにルトガーさん、これからどうするんですか? 今はアテがないっていうなら、このまま協力してもらいたいんですが」

「へえ?」

 

 その提案に、ルトガーが目を細める。

 リィンはルトガーに反発していたが、彼がいなければ灰は蒼に壊され、ユミルにもあの暴威が向けられたかもしれない。

 それを救ってくれたのは、紛れもなくルトガーのおかげだ。

 故に、ルトガーに今後も手伝ってもらえたらこの上ない助けになる。

 そんなリィンの胸中を知ってか知らずか、ルトガーは応える。

 

「あいにくだが、俺が受けたのはユミルまでの護衛だ。これから先は別の仕事がある」

「そう、ですか。なら、避難を急ぐべきだな」

 

 その返答はリィンにとっても残念なことだが、すでに別の仕事を請け負っている以上猟兵を二重契約させることは出来ない。

 無念だが、こればかりはめぐり合わせというものだ。

 そんなリィンの表情から察したのか、テオが言葉を引き継ぐ。

 

「ユミルに姫殿下が居ることがバレた以上、ここに立て籠もって居ても数で攻められたらどうしようもない。リィン、あてはあるのか?」

「ああ、セドリック殿下もそこで保護されてる。再会って意味でも早く会わせたいところだけど」

「……時にアルティナ君といったか。君はルーファス卿から依頼を受けて派遣されたと言う。それに間違いはないかね?」

「いいえ、正しいです」

「ならば、この場での雇用主は誰になる? 私か? それともリィンか?」

「仮にユミルの誰かの指示を受けるのであれば、リィン・シュバルツァーがそれに該当します。私がユミルを守っていたのは、あくまでリィン・シュバルツァーが身内を傷つけられることを嫌うから、ということなので」

「ふむ……ならばリィン。彼女を連れて行ってはどうだ?」

 

 テオの言葉にリィンが眉をひそめる。

 ルーファスの話が本当ならば、アルティナはユミルを守る盾だ。

 それを外すということは、ユミルを手薄にすることと同意になる。

 ミリアムとアガートラムの力を知っているリィンは、彼女の能力も同時に知り得ている。

 特にステルスからの奇襲や斥候は、近づく敵に対しての大きな戦力になるはずだ。

 

「だが、それはお前にも言えることだ。リィン。アルフィン皇女殿下をエリンなる場所に届けた後はどうするつもりだ?」

「へ? それは……セドリック殿下次第だろうけど、その意見を聞いてから動こうかと」

「ならば、殿下はおそらく内戦を止めるために動くはず。その際、彼女が傍に居ればお前の大きな助けになるはずだ。

 仮に姫殿下に危機が訪れても、秘密裏に逃がすことも出来るだろう」

「メリットしかねえな。しいて言えば、そいつが了承するかってことだが」

「……そちらを受けるということは、オーダーを変更する必要があります。どうされますか?」

 

 アルティナの無機質な瞳がリィンを射抜く。

 彼女を連れて行けば確かに大きな助けになるかもしれないが……

 

「父さん達も一緒に来るってことか?」

「いいや、残念だが私達はユミルを守る義務がある。避難と簡単に言うが、故郷をそうあっさりと離れるのは難しいものだ」

「シュバルツァー卿……」

「お気になさらず、姫様。領邦軍なり正規軍なり、どちらが来たとしても貴女がおられないのであれば重要視されることはそうありません」

「そう簡単に行くかな? 匿った罪、なんてでっち上げは貴族の得意分野だ」

 

 士官学院で、特別実習で貴族を見てきたリィンの言葉は重い。

 一部の貴族は貴族や皇族以外を人間と見なしていない。

 ユーシスやラウラという善良な貴族もいるが、大部分は違う。

 それこそ、今回の件もアルバレア公爵が勝手に《北の猟兵》を派遣してのことだ。

 リィン達が止めなければ、ユミルが戦火に包まれたのは疑いようもない。

 

「なればこそ、です。帝国においての貴き血のお方……彼女を守ることが出来ればそれに優ることはありません」

「ですが、領民の皆さんを巻き込むわけには……」

「当然、我々もそうならないよう力を尽くします。ですが現実として、このユミルに居たままでは貴女様を満足にお守りすることが出来ないのです」

 

 それが、全てだった。

 リィンがクロウに敗北し、ルトガーが離れる以上このままアルフィンを匿うことは不可能なのである。

 それを理解したアルフィンは、重々しく、小さく頷いた。

 ごめんなさい、という謝罪の言葉を残して。

 

「エリゼ。お前は姫様の傍に居なさい」

「ええ。側仕えは戦巧みな者だけでは回りません。貴女も友として、その心をお守りなさい」

「父様……母様……」

 

 そうして、アルフィンはエリンに身を寄せることとなる。

 避難は翌日とすることでリィンは最後にユミルを周り、しばらく離れる旨や危機があればすぐに駆けつけることを告げていく。

 レグラムで出会ったアナベルにも話を通したが、エリンに連れていくわけにもいかないので無事を女神に祈っておくに留める。

 それでもルトガーとの訓練の合間に、時折共に釣りを堪能した仲なので、彼女もまたリィンの無事を女神に祈ってくれた。

 シュバルツァー家に戻ったリィンは、ふと元々エリゼ達を護衛していたはずの少女のことを思い出す。

 

「そう言えばフィーからの連絡はないのか?」

「はい……もう最後の連絡から一週間も経ちますが、流石に連絡を入れたほうがいいでしょうか」

「最後はなんて?」

「わかりません。ルーレに居たのが最後だったようですが……」

「アルティナ、フィーの姿は見てないんだよな?」

「はい。私がここに滞在した間、フィー・クラウゼルは一度も戻っておりません」

 

 このままフィーに連絡をするかも悩んだが、あちらから連絡を入れると言われている以上はそう従ったほうがいいだろうと判断する。

 

 そして夜になると、シュバルツァー家の夕飯は豪華なものだった。

 別れの前の晩餐、といったところか。

 すでにルトガーも酒が入り、テオと仲良く同席している。

 アルフィンもルシアやエリゼと仲良く会話に華を咲かせている。

 ただ、その中にアルティナの姿が見当たらないことにリィンは眉をひそめる。

 彼女を探すと言って席を抜けたリィンは、彼女の気配を探って外に出る。

 すると、冬の綺麗な月を白い息を吐きながら見上げるアルティナを見つけることが出来た。

 

「アルティナ、ここに居たのか。どうして家に居ないんだ?」

「私の任務はユミルを守ることです。少なくとも今日までは」

「……今は俺が雇用主だったな? なら命令は解除、体を暖かくしなさい」

 

 暦はすでに11月を半分超えている。

 特にユミルは積雪地帯ということもあり、気候は他よりも低い。

 リィンは巻いていたマフラーをアルティナの首に回すが、その時に少しだけ触れた彼女の肌が冷たいことに気づいた。

 

「って、話し合いの後からずっと外だったのか」

「はい、ですが体調に問題ありません」

「俺の気分が問題です。……追加命令、今から温泉に入ってもらう」

「はあ……それは、貴方と一緒に」

「一緒に。でないと入らないだろ?」

「…………不埒なことをするつもりですか? 思えば、あの灰から転位した時も、私に抱きついてきましたが」

「はいはい偶然偶然。ませてるようだけど、そんな気持ちを沸かせたいなら、もう少し大人になってから言ってくれ。

 アルティナが恥ずかしいっていうなら、俺は目隠ししながら入るからさ。とにかく体を温めて、風邪引かないようにしないと」

 

 そう言ってリィンはアルティナの手を取って鳳翼舘へ向かう。

 彼女の冷えた体を温めるためだ。

 アルティナは命令と言われたことで拒否することは出来ず、ただ体を温めさせられるために温泉へ行くというリィンに手を引かれて、付いていくしか出来なかった。

 

 

「やあ、戻ったようだね」

「なんとかね……状況はどうなってるのかしら」

「蒼が突然消えた混乱こそあったが、今は落ち着いているよ。さて、何があったか教えてもらえるのかな?」

 

 《貴族連合》の総旗艦であるパンタグリュエルの一室。

 そこに帰還したヴィータは、ルーファスにユミルでの出来事を語っていた。

 何より一大事として明かしたのはリィンの復活である。

 

「フフ……そうか、こちらの予想を大幅に上回る速さだったな。やはり彼を予測するのは難しい」

「と言っても、肝心のヴァリマールは性能を落としている上に、オルディーネに完封されていたけどね。あの損傷だと、半月は元の性能を取り戻せないはずよ」

「つまり、実際はその半分ほどといったところかな?」

 

 ルーファスの言葉にしかめっ面を作るヴィータ。

 リィンが不死者として蘇るのは内戦が終わってから――その予想を遥かに上回る速度で目覚めた彼には、色々思うところは当然あった。

 

「灰は多分機甲兵数体があれば抑えられる程度よ。でも、その代わり紫がようやく顔を見せたわ」

「ふむ。噂の猟兵王か」

「起動者が起動者なだけに、クロウでも倒すのは手間がかかりそうね」

「つまり、我々が動かせる遊撃手が抑えられたというわけか」

「どうするつもり?」

「予想はしていたさ。――というわけで、貴方の出番のようですよ?」

 

 ルーファスは、目線を部屋にあるソファーへ向ける。

 そこに座っている老人――G・シュミットはいつも通り眉間にシワを寄せ、腕を組みながら目の前に置かれた導力端末へ目を向けている。

 

「依頼された巨人機(ゴライアス)調()()は済んでいる。だが、完全な性能を発揮させるにはまだデータが足りん」

「戦局はこちらが不利。データは取り放題ですよ、博士」

「ならば、さっさと戦場に出してデータを収集するがいい。話はそれだけか? ただの報告だけで私を呼び出すとは、無駄な時間に他ならない」

「一応、リィン君の復活はお耳に入れておこうと思った次第でして。かのヴァリマールは、貴方も携わったものでしょう?」

「あれらのデータはもう十分取り終えた。私が関与するものはもうない」

 

 そう言って導力端末を抱えて立ち上がるシュミット。

 無言で部屋を去る背中は、もう話す必要はないと語っていた。

 その後ろ姿に肩をすくめるルーファスに、ヴィータは不安そうな声を上げる。

 

「彼、大丈夫なの? 元はリィン君の……」

「博士は仕事に情は持ち込まないさ。興味のある依頼なら動いてくれることは、他ならぬリィン君達(シュミット教室)のおかげで知っているからね。

 だが、それでも戦局を考えれば、まだ手が欲しいところだ」

 

 ルーファスは机の手元にある装置のスイッチを押し、一言告げる。

 しばらくしてやってきたのは、ルーファスの弟ユーシス・アルバレアであった。

 

「兄上、お呼びになられましたか?」

「近い内に、お前にも戦場での指揮を取ってもらうことになる」

 

 その言葉に、ユーシスは目を見開く。

 今までルーファスが指揮する戦場に逐一連れ出され、現場でその様子を学んでいたユーシスが動くということは、つまり――

 

「私が出る。フフ、そう心配するな。最初は簡単なところから始めよう。弟の初陣を最初から敗北させるほど鬼ではないよ」

 

 ルーファスは笑みを浮かべてユーシスに告げる。

 それは弟への兄からの家族愛……第三者から見ればそう思えたかもしれない。

 だが、ユーシスは気づき始めていた。

 ルーファスの笑みは己の初陣を勝利に導く未来を想像しているのでなく、戦場に君臨するエル=プラドーの姿を思い描いているのだということを。

 そして何より。

 《貴族連合》としてこの内戦に参戦する事実に、ユーシスは言葉にならぬ感情を心に抱き、必死でそれを押し殺していた。




次回、混浴という名の個別回。
思春期実装されてるここのリィン君ですが、流石に子供相手だと照れとは全然感じません。
でも周囲から見れば誘ってるようにしか見えないので、不埒と思われるかもしれません。
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