ローゼリアの助力によって帝国西部へ転位したリィン達は、一路オルディスを目指して進んでいた。
損傷したヴァリマールでも転位は問題なかったのだが、ガンドルフによる修理を優先するべく力を温存してもらったのだ。
ただ、オルディーネとの戦いから昨日の今日なので、本当に応急修理しか出来ていない。
仮にこの地でヴァリマールを呼んだとしても、隻腕で戦うしかない状態だ。
「これが、転位ですか……エリンはサザーランド州に位置しているはずですが、ここは紛れもなくラマール州。一瞬でこの距離を飛ぶとは、凄まじいものですね」
驚きの声を上げるのは、今回のミュゼ探索に付いてきたクルト。
そしてリィンのサポートとして同行を求めたアルティナが、同行者であるクルトについての疑問を口にする。
「クルト・ヴァンダール。異母兄にミュラー・ヴァンダールを持つ《雷神》マテウス・ヴァンダールの息子……貴方のデータも確認しています。ですが、まだ初伝の身とのこと。有事の際は戦力として数えて大丈夫なのでしょうか?」
「む……それは君にこそ言いたいぞ」
「私自身は見かけ相応ですが、この子が付いてますので」
呼びかけに応じて、アガートラムの姉妹機であるクラウ=ソラスがアルティナの傍に立つ。
その無機質な戦術殻に気圧されるクルトであるが、拳を握ってアルティナを見返す。
「確かに僕はまだヴァンダール流の初伝、リィンさんに比べても、君の戦術殻より劣るかもしれない。だが、正式な緋の起動者ではないといえ、騎神を使った戦いならテスタ=ロッサは決して足手まといにはならないはずだ」
「まるで騎神を使う確信をしているのですね。今回はいわゆる潜入調査ですよ? そんな目立つことなんて……」
「君はリィンさんを知らないからそんなことが言えるんだ」
本来、オルディスに向かうのは身軽なリィンとクラウ=ソラスによる光学迷彩が扱えるアルティナの二人だけのはずだった。
そこにクルトが加わることになり、三人での旅立ちとなったのだ。
エマやエリゼは同行したそうだったが、まだ本調子ではないエマと、エリゼに何かあれば激するリィンを一緒にするわけにもいかないという判断から却下されている。
「リィンさんのデータは閲覧しています。確かに昨日は面食らうこともありましたが」
「それはただの一面だ。僕も全てを語れるほどではないが、確実に言えることはある。……この人が出かけた先では、ほぼ必ず何か起こるんだ」
クルトがリィンの傍に居たのは数えられるほどだが、そのいずれも何かしらの事件が起きている。
四月の出会い、七月の塩の杭、八月の通商会議、九月のルーレは《帝国解放戦線》、十月の宰相暗殺未遂……そのいずれでも騒動が起こり、中心部にリィンが居た。
ならば今回も何か起こる、という確信がクルトにはあったのだ。
「ですが、貴方は皇族の護衛と伺っています。あの方々と離れて大丈夫なのですか?」
「その殿下の望みだ。セドリックも、何かしているようだしね」
オルディスへ向かう前、セドリックはアルフィンと何か話し合いをしていた。
そこにローゼリアも混ざっており、アルノールの魔力といったことを耳にしたので、魔女としての何かが二人に反応したのだろう。
ギデオンは今後の計画を練っている。
少なくとも指針とも呼べるものがなければ、話し合いすら出来ないからだ。
変更の余地は多分に残しながらも、目的のために動いていることは間違いない。
「でもクルト。ニーナが居ないのに、操作は大丈夫なのか?」
「ええ、なんとか形にはなりました。ヴァンダールの剣を振るわせられないのは無念ですが、それでも騎神の力で繰り出される一撃は十分な助けになるかと」
「そっか。なら頼りにしてるぞ」
「はい、お任せください」
自信というほど大きいものではないが、確かな手応えはクルトの返事を力強くする。
その様子をアルティナは無言のまま眺めており、それに気づいたリィンが声をかける。
「アルティナ、どうした?」
「いえ。リィンさんに文句がないのでしたら、それに従います」
「文句は、とりあえず不備があった時に言えばいいさ。じゃあ頼む」
「了解しました」
アルティナがクラウ=ソラスに命じると、リィン達の姿が徐々に風景に溶け込んでいく。
ルーレの導力ジェネレーター内部へ潜入した時にも使った隠蔽能力だ。
それを使い、通行許可証を持った住人に紛れて閉じられた門を超えてオルディスへと侵入を果たす。
(特別実習を思い出すな)
リィンはかつて、五月のオルディスの特別実習の際、いろいろな意味でここの住人に顔を売っている。
当時はオルディスマラソンに夢中で何も思わなかったが、こうして潜入を考えると顔が売れているのはあまり良いこととは言えない。
五月の特別実習では、領邦軍の兵士を尾行する時にガイウスが変装したことを思い返すリィン。
万一の時を考え、リィンはトワ印の変装技術で簡易に自分とクルトの外見を変えていた。
クルトはクロスベルへ向かった時もセドリックの護衛として公的に顔を晒している。
ならば、《革新派》ないし《貴族連合》に顔写真が流れているのは当然だろう。
アルティナには自身のジャケットを貸し与えた。
ファスナーを閉め、身長を考えれば不格好なワンピースの完成だ。
袖が足りず、ぶかぶかで布を余らせているのはご愛嬌。
むしろ、アルティナのような少女がすれば愛らしさすら浮かぶんじゃないか、と言ってみれば無言の上目遣いと曖昧な笑みで返された。
「さて、ギデオンの情報ではオルディスで見かけたとのことですが」
「ひとまず、知り合いの家に向かう。ミュゼの祖父のイーグレット伯爵邸だから、手がかりくらいはあるかもしれないからな」
「了解です」
クラウ=ソラスの迷彩機能を解き、オルディスの北通りから歩く伯爵邸へ向かう三人。
やはりオルディスはカイエン公が治める街だけあって、領邦軍兵士の数が多い。
出歩く住人の数も、以前に比べれば減っているように見えた。
(近郊にあるジュノー海上要塞は《貴族連合》の総司令部。必然的に守りも硬くなりますからね)
(内戦を即終わらせるって意味ではここを攻略するのが一番なんだろうけど……)
(無理、と断言します。ギデオンの情報では、海上要塞には十分な貯蓄を備えている上に、指揮官はあのオーレリア・ルグィンだそうです)
(ある意味ヘイムダル以上に攻略が至難だな)
ARCUSでミュゼと連絡が取れれば手っ取り早いのだが、物事はそう簡単には運ばない。
エリゼ達はフィーとの逃避行中、何度かミュゼへの連絡を試してみたのだが、一度も繋がったことはないそうだ。
リィンからもARCUSで連絡してみたが、同じこと。
ARCUSの連絡網の範囲外に居るか、番号を変えたのか。
どちらにせよ、地道に探すのが一番の近道であるに違いない。
イーグレット伯爵邸に到着するが、意外と警備は少ない。
公爵に比べれば位が下がるとえ、カイエン公の親類というのであればそれなりの警備があってもいいはずだ。
その疑問は、門番すらいない伯爵邸と中の気配の薄さが教えてくれた。
「……伯爵はここにいないみたいだ」
「え?」
「気配が一つしかいない。でも、この気配は……」
言いながら、リィンはクラウ=ソラスの光学迷彩の範囲から逃れぬようにしながら伯爵邸に入る。
すると中で、屋敷を清掃する一人の使用人の後ろ姿が見えた。
「マヤ!」
「え?」
「ちょ、リィンさん!?」
リィンはその後ろ姿――東方の着物の上にエプロンを飾った東方風メイドとなったマヤに声をかける。
クラウ=ソラスは光学迷彩によって姿が見えないといえ、自分から声をかけてはその隠蔽率も意味がない。
そんなクルトの心配をよそに、振り返ったマヤがクラウ=ソラスの能力の範囲外に出たリィンの姿を見て大きく目を見開いた。
「リィン……さん?」
「ああ。そっちも無事で良かった」
「…………っ!」
少女に歩み寄ったリィンの手を取り、顔を俯かせて体を震わせるマヤ。
「狙撃から庇った生徒が……死んだ、と……黒髪の……」
たどたどしく、単語を絞り出すようなマヤ。
上手く言葉が回らないのだろうと、リィンは彼女が落ち着くまでもう片方の手でマヤの手を覆い、軽く力を込める。
その体温に、確かにリィンが生きていることを理解したマヤは、やがて顔を振ってから上げる。
手を離した一瞬の間に手が顔に差し込まれたことには、流石のリィンも口を挟まなかった。
「やはり、女性慣れしているのでしょうか?」
「確かに女性の知り合いは多いようだが、多分アルティナが考えてるようなことはないと思うぞ。むしろそうだったらまだわかりやすくていいのにな、って」
「クルトさん?」
「なんでもない」
背後の会話をよそに、リィンはマヤが落ち着いた頃合いを見計らって話しかける。
「改めて、久しぶりだなマヤ。ミュゼを尋ねに来たんだけど、マヤの無事も確認出来て良かったよ」
「はい、リィンさんも壮健そうで何よりです。ミュゼさんのことなら、預かりものがあるのでこちらの部屋へどうぞ」
「わかった。クルト、アルティナ。この子はマヤって言って、ミュゼの友人でイーグレット伯のメイドだから安心していいぞ」
「言うのが遅いです」
「あまり情報が漏れるのは賛成ではないのですが……」
空間がブレると、そこからクルトとアルティナが顔を出す。
マヤは一瞬目を見開くが、すぐにその驚きを飲み込んだ。
元から人より冷静さを持っているということもあるが、リィンの生存より驚くことではないからだ。
案内された一室は、掃除こそ行き届いているがやはり人の気配がない。
茶請けなどを断り、リィンはこれまでの経緯として宰相への狙撃を庇って死にかけたのは事実だが、数日前に傷が癒えたので行動していると教える。
まだベッドの上に居たほうがいいのでは、と心配そうな声を上げるマヤに問題ないと伝え、早速ミュゼについて尋ねる。
「伝言ってことだけど、ミュゼはもう俺が無事ってことを知ってるのか?」
「それはわかりません。ミュゼさんから伝えられたのは、自分を訪ねて来た人にこれを渡して欲しい、ということでしたので」
渡されたのは、一枚の紙片。
記載された内容は、ある住所を示したものだった。
「これは……どこかの住所かい?」
「イーグレット伯や夫人が居ないことを考えると、避難先、ということも考えられます」
クルトとアルティナの疑問に、マヤは一つ頷いた答える。
「そちらの女の子の言う通り、イーグレット伯はミュゼさんの言葉に従って外国に避難しています。
《貴族連合》に参加していない、特に高齢の貴族の方々は同じようにしている方も多いようですね。生憎と、どこに避難したかまでは伝えられておりませんが」
「では、貴女は何故ここに?」
「使用人ということで、主がいなくとも清掃のために残ったということもありますが、一番は自分を訪ねて来る人へ先程のメモを渡すよう頼まれたからです」
改めてリィンはマヤから渡されたメモへ目を落とす。
何度見ても住所しか乗っていない。
両隣の二人も同意見であり、別段隠し文字などのないただ住所を記載しただけのメモと判断する。
「ひょっとして、そこからさらにマヤさんのような案内人が居て、最後に彼女にたどり着く仕組みでは?」
「面倒だな……」
「彼女はカイエン公の姪なのでしょう? そう簡単に会える身分ではないのですから、これくらいの回りくどさは必要経費ですよ」
「でもここからならARCUSが……」
「いえ、おそらく繋がらないと思います。私も一度連絡を入れたことがあるのですが、まるで繋がらず……」
友人であり、イーグレット伯爵邸の使用人であるマヤからの連絡が繋がらないということは、番号を変えたかARCUS自体使っていない可能性がある。
あるいは別の通信機を用意したか。
どちらにせよ、通信でミュゼに連絡を入れるのは無理のようだ。
「どちらにせよ、行ってみるしかないな。ありがとう、マヤ。俺たちはこの住所に行ってみるよ」
「いえ、私もリィンさんの無事を確認出来て良かったです」
「避難と言えば、君はイーグレット伯に付いていかなかったのかい?」
「先程言ったように、待ち人と清掃がありましたからね。ですが、仕事も果たしたのですしこれより案内させていただこうと思います」
「案内?」
「そちらの住所、引っ越す前の私の家なので」
え、と驚く三人に、どこか悪戯でも成功したようにマヤは口元に笑みを浮かべた。
*
「ひょっとして、ミュゼは俺が来ることを予想していたのか?」
「いえ、あのメモを渡す条件はアルフィン皇女ないしご友人のエリゼさん……あとはトールズ士官学院Ⅶ組の方にと言われておりました。そもそも、私もリィンさんがもう亡くなっていたと思っていましたので……」
「心配かけたな」
「全くです」
「……普通、狙撃された後の体というのは弱っているはずなのですが」
「リハビリはしたぞ?」
「それでも二日とかかってないんだ。実質目覚めて一日で普通に動いていたよ、この人は」
「人間、ですよね?」
「何に見えてるんだ」
「変な人です」
アルティナのそっけない答えに軽く吹き出すクルト。
その姿にリィンは思わず声をかける。
「クルト、笑うのは構わないけど手綱を離すなよ?」
「大丈夫ですよ」
現在、リィン達はオルディスで馬を借りてラクウェルへ向かっていた。
何の偶然か、以前の特別実習で借り受けたものに再び乗馬している。
導力車などの移動手段が発達したといえ、馬などの機動力はまだ需要が高い。
それでも軍に貸し出すことを否定し、一般客や必要とする者への足として貸し出す様子は一種のプライドのようなものを感じられた。
リィンの後ろにはアルティナ、クルトの後ろにはマヤが乗っている。
アルティナはクラウ=ソラスに乗って飛行して付いていこうとしていたが、外といってもその行動は目立つとしてリィンの後ろに乗せられていた。
少しマヤが残念そうだったのをクルトは見逃さなかったが、空気の読める少年は黙って彼女をエスコートした。
「でも、マヤが案内してくれるならメモを渡す必要なかったんじゃないか?」
「いえ、なんでも直接渡すのが一種のトリガーになる、と仰っていまして」
「トリガー?」
「なんでも――」
マヤはその台詞を言い切る前に、リィンは感じ取った気配に咄嗟に叫んだ。
「クルト、馬を止めろ!」
「っ、はい!」
意味の把握に意識を傾けたのも一瞬、クルトはすぐに指示に従う。
リィンは馬の足が止まったのを見計らい、首を巡らせて周囲を見やる。
すぐに隠れられそうな場所を見つけて、クルトを誘導しそこに馬を走らせる。
その後、どういうことかと尋ねられる前にリィンは口を開いた。
「前方右斜め、一台の導力車が見えるだろう? それをよく見てくれ」
「少し、距離が遠いのですが」
「アルティナ、ジャケットの内ポケットに小型の双眼鏡があるからそれをクルトに渡してやってくれ」
言われて、アルティナはスーツ姿を隠すために与えられたジャケットをまさぐる。
元々袖などが余っていたこともあり、少し取り出すのに苦戦していたがややあって無事に双眼鏡を取り出すことに成功する。
何故そんなものを持っているのかと言われれば、ルトガーからの薫陶だった。
それを受け取ったクルトが、リィンに言われるままに導力車を眺めた。
「……何やら遠巻きにラクウェルを見ているようですね。僕と同じように双眼鏡で都市を観察しているのが見えます」
「それがどうかしたのですか?」
「少し前に、
でも、正規軍の前にあえなく追い払われたり、時に全滅したりとあまり有名じゃない猟兵団は逆に色々失うハメになってるらしい。
そういった敗残兵が集まって出来た《貴族連合》ならぬ《野盗連合》が出来つつある、って聞いてる」
「察するに、あの導力車に乗っているのがそれ、と? よくわかりましたね」
「前に《赤い星座》と遊びで
ユウナからの抗議を背中に受け続けていたが、その時にシャーリィが話した内容をリィンは思い出していた。
普通の導力車を少し改造し、装甲を取り付けられるようになっている簡易なものだ。
ある程度観察力があれば、導力車の至るところに追加装甲を取り付けられる穴などが見受けられる。
ミラを用意出来ない猟兵の涙ぐましい努力だと可笑しそうに笑い、フィーもその時に補足してくれたりと、割と猟兵内ではポピュラーな偽装と聞く。
赤い星座……と周囲が沈黙していたが、クルトはなんとか復帰する。
「そんな彼らがラクウェルを観察している、ということは」
「強盗か窃盗か、どちらにせよロクなことじゃないだろう」
「マヤさん、それは本当なのでしょうか?」
「すみません、最近はオルディスによく出入りしていたのでこちらのことは……」
あくまでその特徴に酷似していて怪しいというだけで、何もしていない相手に突然強襲を仕掛けるほどリィンも鬼畜ではない。
まずはミュゼの捜索が先だ、と意識を切り替え、改めて馬を走らせたリィン達は、一路ラクウェルへと向かっていく。
そんな彼らを覗く、一対の視線があった。
「あいつは……あの時の」
視線の主である金茶髪の少年――アッシュ・カーバイドは、後にすっかとぼやき、
ついにイースⅨ発売しましたね!
アクションゲーなのでメインは異なるでしょうが、一体どんなシナリオなのか、怪人達の活躍のほうが気になったり。
ライザもですが、アクションやら作業ゲーでもシナリオのクオリティを求めてしまうのは書き手あるあるだと思います。
野盗連合のあれは、アッシュの功績やルトガーが興味を覚えたことの
遊撃士や正規軍に一目置かれるってことは、それなりの規模だとは思うので。
あとマヤはいつもの贔屓です。
作品とは関係ないですが、彼方のアストラ、マジで面白かったです…
アニメ化大成功ですね。
1クールで起承転結しっかり描ききるのって稀だと思うので、視聴後の爽快感がたまらないです。
ダンまちも3期発表されましたし、このすば3期の速報も待ちたいところ。