はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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フフフ、息子よ。ノルドへ行くぞ③

 Ⅶ組なりの再会を果たしたリィン達は、ガイウス達ノルドの民が移したという拠点へ移動していた。

 ヴァリマールは謎の攻撃によって撃墜された影響で、せっかく付けた左腕はまた壊れてしまった。また隻腕に元通りである。

 これも因果なのかしらね、とセリーヌがボヤけば俺が何をしたんだろうなとつぶやく。セリーヌはそれには答えてくれなかった。

 

 馬で走るガイウス達を追いかけるように、リィンはアルティナに頼んでクラウ=ソラスに運んでもらっていた。

 アガートラムでも同じことをしたが、地上を飛ぶというのは何度やっても新鮮な感覚だ。

 移動のさい、クラウ=ソラスに乗せてくれと頼めばアルティナは一拍間をおいて了承してくれた。

 

 そしてその背後に、ヴァリマールが低速のホバー移動で付いてくる。

 無駄に音を殺した無駄に高性能さを発揮していた。

 そうして現在はラクリマ湖畔へ移動したガイウスの故郷にたどり着いたリィン達だったが、このまま灰の騎神を集落に寄らせれば騒動になること間違いなし、ということでひとまず待機することになった。

 

 ガイウス達が住民や今回遠征するさいに受けたクエストの報告をしている間に、破損したヴァリマールを休ませるべく集落の外れへとやってくる。

 

「親父、体調のほうは無事か?」

「うむ。アルティナ嬢が張ってくれた障壁のおかげで左腕を切り離し、身代わりにすることが出来た。そういう意味では取り付けた甲斐があったというものだ」

「でも、光学迷彩を見破られるなんてな……」

 

 シュミット教室謹製であるカメレオンオーブが起動出来ない現状、クラウ=ソラスの光学迷彩はかなりのアドバンテージを誇っていると思っていた。

 だがそれが使えないのなら、制空権はおろか迂闊にヴァリマールを使った隠密行動は出来そうにない。

 

「アルティナ。オルディーネや機甲兵といった連日の戦いで、クラウ=ソラスが性能低下している、ってことはないよな?」

「ありません。クラウ=ソラスに異常があるのなら、私に何かその影響があるはずですから」

「つまり、仮に第三者の攻撃だったとして……ノルドにいる誰かはそれを超えてくる強敵ってことか」

「おそらく、私を落としたのは第三機甲師団の《アハツェン》の砲撃だな」

 

 そこにオズぼんが割り込む。

 かつてナイトハルトを通じて模擬戦の要請を受けた名前に、リィンは目を見開いた。

 

「その心は?」

「攻撃を受けたのは、ノワールシェイドの解除から再行動したわずかな時間だ。対機甲兵戦術に、シュピーゲルやドラッケンの反応数値などを取り入れていたのだろう」

「腕だけなのに?」

「熱源探知なり気配察知なり、相手を把握する手段はいくらでもある。ましてや第三機甲師団ならば、僅かな反応すら逃さないということだ。ともすれば本人がその場に居たかもしれん」

「つまり、鹵獲品の取り扱いには注意、と。こんな形でフレンドリーファイアを受けるなんてな……

でもゼクス中将が居たなら、無事逃げられたのは御の字だな。あの時鹵獲したのはドラッケンだけだったけど、今ならシュピーゲルだって詳細に調べているだろうし」

 

 当時のヴァリマールでドラッケン級、シュピーゲル級と性能を比較して行った模擬戦でも、ほぼ初見に関わらず素早い対応をしてきた第三機甲師団だ。

 あれから二ヶ月以上経っているのであれば、さらに戦術も練度も洗練されていることだろう。

 

「落とされる前に感じた印象では、第三機甲師団が劣勢な印象を受けた。それも今回の不意打ちに関係あるのだろうな」

 

 飛行中、貴族連合の機甲兵との戦いも各地で行われていた。

 さらに《ニーズヘッグ》まで投入されているともなれば、感覚を研ぎ澄ませているのは当然だろう。

 案外、無傷で逃げられたのは、万一にも敵でない可能性をゼクスが考えていたということもある。

 その万一が適応された場合でも、光学迷彩で姿を隠して近づくのは敵と判断される可能性が高いのだが。

 

(だとしても不意打ちからの話し合いは相手への悪印象になりそうだな。それだけ余裕がないのか)

 

 ……リィンはそんなことをほざいているが、第三者から見れば普段の彼がよくしていることである。

 

「……データ修正はしました。次は、指示通りにしてちゃんと防ぎます」

 

 と、静かな声音ながらどこかアルティナの言葉に熱を感じるリィン。

 

「指示通りって、アルティナはちゃんと実行してくれただろう?」

「いえ。私は最初、リィンさんの言葉に疑問を抱き、それが僅かなラグとなって表れました。その些細な差が今回の結果に繋がったのでしたら、私は貴方のオーダーに答えられなかったということですので。……申し訳ありません」

 

 アルティナは己をリィンに貸与された戦力、と称している。

 普段の常識はずれな行動と違い、今回のケースは指示が適切だったからこその後悔。

 雇い主からの注文に答えられなかったのは、存外、感情が薄いと見えた少女の心に悔しさを宿らせた。

 

「気にするな。相手がゼクス中将なら仕方ないよ。スペックが落ちた今の《灰》にあの人の腕が加われば、俺達が不利なのは当然なんだ」

「ですが……」

 

 それでも納得しないアルティナへ、リィンは語る。

 

「ゼクス中将を相手にこうして無傷なんだ、むしろ誇れることさ。そもそも、クラウ=ソラスのノワールシェイドがあったから、こうして怪我らしい怪我もなく動けてるんだ。

 これは、俺だけでも、親父だけでも、アルティナだけでも手に入れられなかった結果だ。だから。これから()お互い助け合っていこう」

「………………………」

 

 アルティナはリィンを見るだけで、返事はしない。

 リィンとしてはアルティナだけが抱え込むのでなく、一緒に頑張っていくつもりなのだが……まだ、アルティナは自分のことで手一杯らしい。

 

「フフフ、アルティナ嬢。どうしても気になるというのであれば、次に活かせばいいだけのこと。成功を重ね続ければ、今回のことなど笑い話でしかなくなる」

「うん、そうだな。――それではアルティナ・オライオン君」

「はい」

「リィン・シュバルツァーより要請を与える。この道具の扱い方を学び、見事に釣果を獲得してみせよ」

 

 言いながら、リィンは釣り竿をアルティナに渡す。

 困惑する少女に、リィンはガイウス達が戻るまでの間だけ、と念を押して釣りを教え込むことにしたのだ。

 

「なぜ今この時に釣りを」

「いや、ここ一ヶ月以上まともに釣りをしてなくてな。こんな見事な自然の中に佇む湖のほとりを前にルアーを投げ入れないのは、ノルドへの冒涜だよ」

「多分リィンさんだけだと思います」

「いーんだよ。時間が許してフィーも居れば、マキアスと一緒に夜釣りも出来たんだろうけど、あいにくとそんなことしてる暇はないからな。フィーと合流してからエリンでするまでお預けだ」

 

 そのことを予感し、心にワクワクを灯すリィン。

 今しがたの会話から一転した話題の緩急に、アルティナは困惑するしかない。

 しかし、雇い主からの命令というのであれば彼女に否定はなかった。

 

「ふむ……さすがに釣り竿のデータは打ち込まれていないな。あれば、世界に一つだけの釣り竿として振るうことが出来たのだが」

「あ、それいいな。なんで考えつかなかったんだろ……今度エリンの人達に頼んでみよう」

「一体何と戦おうとしてるんですか?」

 

 オズぼんと雑談をしながらなんだかんだと久しぶりの釣りを楽しむリィンに、ぼーっと糸の垂れた釣り竿を眺めるアルティナ。

 会話を楽しもうとするが、まだ感情の機微が薄いアルティナは機械的な反応しか返さない。

 ならば、とリィンは会話の味付けを破棄して栄養を追求する。

 

「でも、空から見た限り第三機甲師団は結構劣勢だったな。確かに機甲兵は驚異だけど、ゼクス中将ならあそこまで追い詰められるとは思えないけど」

「機甲兵の機動力は戦車を凌駕します。それが物量と合わせれば、いかに名将でも苦戦は免れないのでは?」

「でもあの人、ヴァリマール相手に数時間で互角に近い戦術を編み出したんだぞ? 一ヶ月以上戦ってるなら、有利に進めていたっておかしくないはずだ」

「それは、通信が制限されているせいだな」

 

 そこに割り込むオズぼん。

 聞き捨てならない単語にリィンは眉をひそめた。

 

「通信制限?」

「うむ。私はオリヴァルト皇子の協力で通信に関する縛りはないが、ノルド高原全域に通信規制がかかっている。

 ARCUSの通信が制限されていたのもそのせいだろう」

 

 ふと、エマがノルドへの通信が繋がらないと言っていたことを思い出す。

 あの時は直接行くから問題ないと思っていたし、こうして再会出来たので気にしていなかったが……

 

「アルティナ。調べられるか?」

「少々お待ちを……サーチモード、起動します」

 

 釣り竿を置き、クラウ=ソラスを呼び出すアルティナ。

 するとクラウ=ソラスから何やら思念波じみた導力が発生する。

 以前、クロスベルで見たティオが《エイオンシステム》というものを使っていたが、それに類似した技術なのだろうか?

 ややあって、アルティナが詳細情報、ゲットですとつぶやいた。

 

「確かに、周囲一帯に特殊な導力波が発生していますね。通信のジャミングをする一方、ある周波数のものには効果がない高度なものです」

「つまり……?」

「味方は通信可能、敵は通信制限という区別を付けられているようです。……貴族連合には随分な技術者が協力しているようですね」

 

 どこか感心したような声を上げるアルティナ。

 だが、これでゼクスが苦戦していた理由を察する。

 通信が使えないのなら、味方との連携において導力革命以前の戦いを強いられてしまう。

 中世とまではいかないが、最新鋭の兵器群を相手にするには苦境を強いられて当然だ。

 むしろ、そんな中でも戦えているということがゼクスの手腕を物語っている。

 

「導力波は高原の北東部が強いです。あちらは確か共和国への監視塔のはずですから……」

「そこを貴族連合に奪われているってことだな」

 

 頷くアルティナ。

 味付けだけの会話に比べたら段違いの反応の良さだ。

 

「フフフ、息子よ。案ずるな。私に良い考えがある」

「マジか、流石親父だな!」

「………………」

「アルティナ、こういう時は流石ですオズぼんさん、さすオズって言うんだぞ」

「………………」

「だめ?」

「………………」

「そういう虚無の目じゃなくて、もっとキラキラした目で親父を見て欲しいな」

「そうですか」

 

 かつてなく冷えた目と声だった。

 

「こほん。それで親父、考えっていうのは?」

「フフフ、ちょうどガイウス君達が戻ってくる頃合いだ。皆がいる前で説明するとしよう」

 

 ニヤリ、と表情が変化したのであればそう歪めていたであろうドヤ顔を披露するオズぼんに親指を立てて返すリィン。

 

「アルティナ」

「はい」

「みんなが来るまでに釣れなかったから、今度はちゃんと釣りの楽しさを教えるよ」

「結構です」

 

 言いながらも、会話している間に数匹釣っていたリィンになんとも言えない感情が湧き上がるアルティナであった。

 

 

 ゼンダー門の司令室で連日戦果報告を受けるゼクスは、数時間前の行動を振り返っていた。

 妙な気配を感じ取り、何かに導かれるように砲撃を指示してみれば、着弾して落ちたのはシュピーゲルの片腕。

 

 表面上だけ見れば、貴族連合の隊長機の一体を大破したと喜んでいいかもしれない。

 だが、そもそも今回の砲撃が当たったのは空中だった。

 空を飛ぶ機甲兵は未だに確認されていない。

 以前模擬戦を行ったヴァリマールではなく、貴族連合に協力している蒼のオルディーネたる機体ではない以上、空を飛び、シュピーゲルの片腕を持っていた何かが存在していたのは確かだ。

 

 ゼクスは内心の疑問をよそに撃墜ポイントへ赴いてみれば、そこで猟兵団に遭遇した。

 どうやら他の部隊と違い、秘密裏の作戦行動中だったらしくゼクス達に見つかった途端に見事なまでの手際で去っていった。

 

 ゼンダー門からそう遠くない場所での発見はゼクスに危惧を与え、同時に片腕だけでシュピーゲル本機が見当たらないことに関連性を探っていた。

 

(もしや、何者かが猟兵団の動きを教えるためにわざと撃墜を……? いや、だとしても意図が察せぬ。

 こちらは猟兵団を捕縛したわけでもない。仮に連携を取っていたとしても、姿を消す技術を搭載した機甲兵が居るならば、片腕だけでも十分にこちらを制圧出来たはず。ならばあのシュピーゲルの腕の持ち主は、第三者ということか?)

 

 もしくは、とゼクスは別の考えを紡ぐ。

 以前、シュミット教室への要請と共に当時まで彼らが遭遇した機甲兵のデータも受け取っている。

 その資料では三次元移動を行うドラッケンも存在したと聞く。

 ならば、空を飛ぶ機甲兵……もしくは飛行ユニットを開発したという可能性もなくはない。

 

(いや、シュミット教室……確かカメレオンオーブなる光学迷彩の技術を開発していたはずだ。

 ……シュミット博士は行方不明。件のリィン・シュバルツァーはオズボーン宰相を庇い死亡。あの教室の中核を成していた少年が消えたのであり、士官学院が制圧されたのであれば――)

 

 以前、要請を受けた少年達の顔がよぎる。

 光り輝く未来が約束されていたはずの若者の未来を奪うこの戦いに改めて怒りを覚える。

 ふと、彼らのことを思い出したからだろうか。

 ゼクスは悩みの多かった甥のことも浮かんでしまう。

 セドリックと共にドライケルス広場から消えてから音沙汰がないため、心配の種は増えるばかりだ。

 貴族連合の傀儡と化した帝国時報で、セドリックを保護、などの記事がない以上は無事に逃亡していると信じたいが……

 

「し、失礼します!」

 

 思案するゼクスの元に、慌てた士官が乱入する。

 護衛として付いていた上官が部下を睨むが、ゼクスは手でそれを制して要件を尋ねる。

 士官の両手には、一台の導力通話機が握られており――ここ一月の間、鳴ることがなかったそれが音を上げたというのだ。

 そう、通信が入ったのだ。

 その事実にゼクスは隻眼を歪めながら、慎重に通話機を取る。

 果たして、通話先の相手が声を開く。

 

「―ーゼクス中将、お久しぶりです」

 

 それは、今しがた脳裏に浮かべていたシュミット教室のメンバーであり、その筆頭とも呼べる少年の声だった。

 

「リィン・シュバルツァー、か?」

 

 死んだはずでは、という声にリィンはピンピンしてますよ、と朗らかに言う。

 その声音は、司令室にも充満していた不穏の空気を打ち払うような陽気さに満ちていた。

 

「……一体、どういう……」

「すみません、自分の諸々は後ほど。今回はある提案のために連絡させていただきました」

「ある提案?」

「はい、監視塔の奪還作戦です。――貴族連合が取っている通信制限、逆手に取ってみませんか? こちらには、その手段があります」

 

 いたずら小僧のような笑みをするリィンの姿を幻視するゼクス。

 言いたいこと、聞きたいことは色々あったが――これだけは聞きたかった。

 

「通信が制限された今の状況を、覆す手があるというのか?」

「はい」

 

 簡潔に、それ以上に自信満々で断言するリィン。

 従来であれば、生存の喜びを伝え、学生である彼にはガイウス共々ノルドの民と共に避難してもらうのが最善であり、軍人としての答えだ。

 しかし、灰の騎神の起動者であり、かつて自分達第三機甲師団を手玉に取った彼の提案はあまりにも魅力的に映る。

 

 それでも、やはり己は軍人であり、相手は学生だ。

 ゼクスは己の矜持に従うため、リィンへ断りの文句を入れようとして――

 

「さっき撃墜されたような、迂闊な行動はしないので大丈夫ですよ」

「…………詳しい話を聞こう」

 

 放置するほうがより大きな不確定要素を広げ、戦況を混乱させると判断して頷く。

 ある種脅迫とも取れる交渉術に、帝国屈指の名将である隻眼のゼクスは屈するのであった。




Ⅶ組合流直後なのにアルティナとコミュっていくスタイル。
次回はちゃんとⅦ組が活躍するはず。
グエン爺ちゃんやガイウスの家族との会話は、アリサいじりだけにしかならないと思ったのでカット。
大丈夫だアリサ、次回はちゃんと活躍するから…

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