はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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バトル回。
最後がちょっと駆け足で無理やりかなと思いつつ、楽しんでいただけたら幸いです。
また、いつも誤字報告ありがとうございます。


フフフ、息子よ。四月の特別実習だ⑥

「ほう、これが公爵家に逆らった噂の浮浪児ですか」

 

 ぐったりと仰向けに気絶している、と勘違いしている貴族からの声が聞こえる。

 服はすり切れ、殴打された顔や手足は肌を内出血で変色させ、いかにも痛めつけられたと言わんばかりに倒れるリィンに、件の貴族と思われる相手はいくつか言葉を重ねた後に満足気に牢を去った。

 実際はセレスタンのメイクによってそう見えるだけで、リィン自体はむしろただ仰向けに寝ているだけで済むという楽な仕事だった。

 もっとも、これから控えていることの反動とも言えるのだが。

 

「……………!………………い!…………な…………さい!」

 

 この牢屋は、ハイアームズ侯の屋敷の中にあるものではない。

 リィンはあの後、オーレリアに連れられてセントアークの外へ赴き人目を隠れるように建設された屋敷に案内された。

 中をマラソン出来なかったのは残念だが、この要請が終わったらその機会もあるだろう、と改めてオーレリアとの戦いに備える。

 

「起きなさいよ、あんた!」

 

 と、そこで初めてリィンは自分の胸元に黒い何かが乗っていることに気づいた。

 うっすらと目を開けると、そこには不安そうな顔でこちらを見ているセリーヌの姿があった。

 リィンは軽くセリーヌの頭を撫でながら、その体を抱えて上半身を起こした。

 

「セリーヌ。どうしてここに?」

「あんたがいつまで経っても戻らないから、様子を見に来てあげたのよ。そしたら……」

 

 セリーヌの言葉が途切れる。

 痛ましげにリィンの顔や体を見るセリーヌに、今の自分が傍目から見れば大怪我をしているように見えることに気づく。

 リィンは大丈夫、と声をかけてセリーヌを安心させるが彼女はひどく動揺している気がした。

 

「ち、治癒術……ちょっと待ってなさい、本当はその……嫌だけど……そんなこと言ってる場合じゃ――」

「いやセリーヌ、これ特殊メイクであって本当に怪我しているわけじゃないんだ」

「へ?」

「実はな――」

 

 リィンはセリーヌを撫でながら自分がここにいる理由を語る。

 特殊メイクで怪我をしているのは、件の貴族を油断させるためだと言ったところで猫パンチが頬に炸裂した。

 

「あ、あ、あ、あ、あ、あんたねえ!!」

「いやだから、最初からそう言って――」

「うるさい!」

 

 暴れるセリーヌを宥めるのに時間がかかったが、リィンはなんとか彼女を落ち着かせる。

 息を荒げるセリーヌは怒り心頭から苛立ち程度におさまったようだが、まだリィンと目を合わせてくれないので本当に心配してくれたのだと実感できる。

 

(フフフ、セリーヌ嬢。ツンデレは理解されなければ嫌な人だぞ)

「だまりなさい!」

(せりーぬヨ。りぃんガ心配ナラ心配ダッタト言エバイイダロウ)

「な、な、な」

「そうだったのか。ほらセリーヌ、今日は一緒に寝ようか」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 

 話にならない男達に落ち着いたはずのセリーヌの感情は羞恥によって壁を超え、自分を抱きしめていたリィンから抜け出し本当のひっかき傷を残して逃げ出していく。

 リィンはその姿を名残惜しく思うものの、裂かれた頬の痛みを気付けに倒れたまま瞑想をはじめる。

 明日自分が挑むのは、老師以来の格上。

 対外的に自分をなぶることを主題にするため、しばらくは素の実力で打ち合うが……灰のチカラや鬼の力の解放は温まり次第といったところか。

 オーレリアは他のことは考えず、自分にだけ集中していればいいと太鼓判を押してくれたのでそれに甘えることにする。

 

(親父、明日はどうする?)

(フフフ、息子の成長の時なのだ。親が出るのは無粋。言葉こそ贈ろうが、直接の手助けは期待するな)

(フム。おずボンハりぃんヲ手助ケ出来ル方法ガアルノカ?)

(その通りだヴァリくん。だが確かに、ヴァリくんの意識を使いこなすことも灰のチカラの上達に繋がるやもしれん。息子よ、戦術リンクを試してみてはどうだ?)

(試すって?)

(ARCUSは霊的なリンクを可能とする。ならば意識生命体と言える今のヴァリくんとリンクを繋げることも可能なはずだ)

(それは思いつかなかったな……ひょっとしたら、幽霊なんかとも意思疎通出来たりするのかな?)

(フフフ、息子よ。なかなか愉快な案であるが、その幽霊とやらのアテはあるのか?)

(エマ達なら詳しいことわかるかも。ロジーヌは教会でそういう噂話くらい持ってそうだし、案外ベリルの守護精霊ってのがその幽霊かもしれない。はは、帰るのが楽しくなってきた。ヴァリマール、明日はよろしく頼む)

(頼マレタ。共ニアノ戦士ニ打チ勝トウゾ)

 

 明日への戦いを思い、リィンはヴァリマールと色んな話をしているうちに眠りにつく。

 黄金との対決は、もうすぐだった。

 

 

 夜が明け、太陽が頂点に位置する頃にオーレリアとリィンは戦いの場に現れる。

 十全のオーレリアに対し、リィンは破れた服に特殊メイクの怪我もあいまって屍のような様相を呈している。

 そこへ壁越しに響くのは、貴族達の嘲笑。昨日の貴族の声もリィンの耳が捉えた。

 件の貴族がいる理由は簡単だ。

 彼はオーレリアとリィンの戦いを見に来たのだ。

 正確には、リィンがオーレリアになぶられるところを見に来ている。

 自分の計画を邪魔した少年の末路を想像し、下卑た笑いを堪えきれぬそれは聞いていて不快なのですぐに意識から外す。

 少なくとも証拠などが出揃うまでの間、彼を逃さぬようこの場に釘付けにするのがリィンの役目である。

 そのために昨日から怪我を演出して、貴族の足を止めたのだから。

 

(それにしても、随分と都合のいい場所があったものだな)

(フフフ、随分と使い込まれている様子もうかがえる。なかなかに濃い案件のようだな)

 

 古くはコロッセオと呼ばれる闘技場では、人の戦いを見世物にして栄えていたものがあったらしい。

 その多くは権力者を筆頭に一般の相手にまで解放され、死力を尽くして戦うさまを見届けたと聞くが、なんてことはない。人の死ぬ様を見たいという人間は思っている以上に多いというだけだ。

 特に帝国、貴族においてはそれが顕著に現れる。

 望むものの大半が手に入る彼らは新たな刺激を求め、特に人の生死に関わるそれを欲している。

 ゆえに招待客は基本的に真っ黒なので、配慮する必要など皆無だとオーレリアは言っていた。

 

(ひょっとしたら魔獣を飼育していたのも、こうやってこっそり人と戦わせるためだったのかもな……)

 

 リィンの予想は正解だった。

 主に猟兵達が軍用魔獣を手懐ける場としても利用されており、その合間に昂った気持ちを発散させるための場としても利用されている。

 人と人同士を戦わせるそれは、貴族達の裏の社交場としても使われていた。

 当然、そんなことを許すハイアームズ侯とオーレリアではない。

 何故ならこの屋敷はサザーランド州側に建てられており、いざとなれば尻尾切りおよび罪をハイアームズ侯へかぶせるための意図しか感じないからだ。

 そのためのオーレリア・ルグィンである、と言っても過言ではない。

 彼女は、ここにいる貴族ともども証拠の一切を殲滅するために送り込まれた切り札なのだから。

 だが、そんな彼女もしばらくはリィンを痛めつける名目での稽古を楽しみにしていた。

 飼育魔獣の施設を破壊した少年がまだ齢十七のトールズ士官学院の生徒だと聞いた時から、彼には興味を抱いていた。

 方向は異なるが、己の知る少女にも劣らぬ才気の片鱗。それを昨日見た時はこうして直接確かめたいと思ったものだ。

 

(しばらく俺は防御一辺倒でいいのでしょうか?)

(ああ。見世物としての役割を果たせ。枷を外すタイミングは、私の動きから察するがいい)

(わかりました。それまでは体を温めあいましょう)

 

 読心術はお手の物、貴族にバレぬよう会話をするリィンとオーレリアが互いに武器を取る。

 審判もいない闘技場で行われる稽古は、オーレリアの無造作な一閃から始まった。

 本来なら受け流すそれを、見栄え重視であえて受け大きく吹き飛ばされる。

 ありがたくも土煙を上げてくれたオーレリアのおかげで、途中で体勢を整えて受け身をとってもバレたりしない。

 研ぎ澄まされた聴覚が、観客の貴族のどよめきを捉える。

 やはりオーレリアの実力は知れ渡っているのか、開始されたショーに大きな期待を寄せているようだ。

 

(とりあえず、しばらくは――)

 

 視界が晴れるまで待機しようとしていたリィンは、剣圧によって消し飛んだ土煙の向こうからオーレリアが疾駆していることに気づいて転がるように避ける。

 大地をえぐり、地面を割るオーレリアの剣に軽い地響きが起きた。

 当然それに足を取られるリィンではないが、遠くから聞こえる貴族の慌てた声が爽快だった。

 

(つまり、そういうことですねオーレリアさん)

 

「業炎撃!」

 

 焔の太刀をあえて大ぶりで叩きつける。

 オーレリアはリィンの意図を察して、その真紅の剣で受け、地面に向けて太刀を流す。

 加えて彼女自身の剣撃が合わさり、二重の威力となって打ち込まれた衝撃は再び地を揺らす。

 

(息子よ。仮にもお前はズタボロの身で相手をしているのだ。もう少し負傷しながら戦う画を見せるがいい)

(っと、確かに)

 

 いかにもふらついた様子で受け身を取るリィンに、オーレリアは容赦なく迫った。

 

「そう焦るな。――演技などする必要はない」

 

 瞬間、腹が弾けた。

 錯覚だとわかっているものの、そのあまりの衝撃の強さに腹を基点に体がバラバラになった錯覚を覚えた。

 

「が、あ…………」

 

 オーレリアの動きには注視していた。

 こちらに迫っているのも見えた。

 だが彼女の剣は巧みに防御を突き抜け、剣の腹で思い切り叩かれたリィンは地面をごろごとと転がってえづく。

 久しぶりに口の中に感じる血の味は、オーレリアの死合(稽古)を舐めていたリィンへの戒めか。

 

「負傷した時の戦い方も学んでおいて損はないぞ、シュバルツァー」

 

 貴族に聞こえない声でオーレリアはリィンを見下ろす。

 見ていて嫌になるほどさまになるそれは、さながら戦場を俯瞰する将のごとく。

 たまらず灰のチカラか鬼の力を使おうとするリィンに、ヴァリマールの激が飛ぶ。

 

(りぃんヨ。マダ合図ハ出テイナイ。ソレマデハ己自身ノ力デアノ羅刹ニ挑ムガイイ)

 

 侮っていたわけではないが、どこか浮ついていたのかもしれないと自嘲する。

 鬼の力を制御し、八葉一刀流の中伝をいただき、トールズ士官学院でも苦戦らしい苦戦をしたことがない。

 シュミット教室でのヴァリマールとの戦闘データ収集でも、灰のチカラの制御やエマやロジーヌ、ベリルといった友人達と一緒にいる楽しさが先に来ていた。

 けれど、それらを超える苦味や辛み、不甲斐なさへの悔しさ。そういったものがオーレリアの剣を通して刺激される。

 自分を利用するのなら、それに相応しい力量を見せてみろ。

 オーレリアは、そう言っているような気がした。

 腹部から全身へ伝わる鈍痛に足を取られながら、ゆっくりと立ち上がる。

 貴族のことは、この時を以てリィンの頭から排除された。

 

「八葉一刀流・中伝。リィン・シュバルツァー……参る!」

 

 ここで初めて、リィン・シュバルツァーとオーレリア・ルグィンの稽古が始まった。

 オーレリアは口元の笑みを隠しもせず、自身へ風のような速さで駆けるリィンへ剣を横薙ぎに振るう。

 リィンは地面スレスレ、オーレリアの膝下よりも低い体勢でそれを避け顎へ向けて急襲する。

 軽く引いてリィンの斬撃を避けたオーレリアは、切り上げから瞬時に切り返して眼前に迫る刃を前に体を旋回させ、その勢いのままにリィンへ斬りかかる。

 狙いは腕と判断したリィンは咄嗟に太刀を手放して、手を引く。

 斬撃が通り過ぎた瞬時に柄を取り、その再び切り上げをすると見せかけてオーレリアが振り下ろした剣の上に乗った。

 

「疾……!」

 

 剣を足場にしようとした刹那、オーレリアが剣を大上段に掲げた。

 当然、剣に乗っていたリィンは大きく放り上げられ、空中で無防備な体勢を取ってしまう。

 眼下にはすでに剣を構えるオーレリア。

 

(螺旋は無理、ならば……!)

 

 回避は不可能と判断し、鈍く響く痛みをかき消すように咆哮を上げた。

 

「龍炎撃!」

「――――覇王斬」

 

 太刀にまとわりついた焔の龍の咬撃は、王の刃で両断される。

 それは同時に、リィンの体を深々と切り裂いた証明であった。

 

「…………あ…………」

 

 血しぶきを上げる自分の体に、影が差した。

 こふっ、と喉から血の塊が唇の端から滴り落ちる。

 半ば反射的に顔を上げると、そこにはオーレリアが剣を突き下ろす姿があった。

 

「四曜剣」

 

 着地よりも先に放たれたオーレリアの戦技は容赦なくリィンに直撃し――闘技場を十字に切り裂いた。

 

 

「ひぃぃぃぃぃぃ!」

「うわあああああ!」

 

 貴族の悲鳴が聞こえる。

 オーレリアの戦技は闘技場を乱れ斬り観客席の壁も容赦なく崩壊させた。

 自らを守るべき壁をなくした貴族は恐慌状態となり、次々に慌ててはオーレリアへの責任追及を口にする。

 中には、自らが守るラマール州の貴族も存在した。

 当然だ、元々オーレリアはその処理のためにここへ訪れたのだから。

 

「さて、皆様がた。これより語り始めまするは、本物の戦場。飛礫が舞い、破片の一つでも人の命をたやすく打ち消す凶器が並ぶ乱れ刃の戦地。オーレリア・ルグィン主催の闘技場、どうか照覧あれ」

 

 オーレリアの宣言と同時、彼女の声に答える者がいた。

 

「――来い。灰のチカラ、ロア・ヴァリマール」

 

 先程血の海に沈めたはずの少年が立ち上がる。

 リィンの周りには灰色のオーラが溢れ、大きな竜を模した姿となって彼を取り囲んでいく。

 上半身だけ現れた巨体の中央にリィンを収めるさま、さながらあの機甲兵のようだとオーレリアは思った。

 

(シュミット教室のデータによれば、ドライケルス帝が獅子戦役を制した理由の一つ、灰の騎神なる古の巨人のエネルギー体……だがあの者は未だにそれを扱い切れぬという)

 

 だからこそ自分との稽古の申し出を受け、あれを制御する術を学ぼうとしているのだ。

 先程までは自分の意図通り、あれらの力を封じてリィン自体の力で戦っていたが、その時間も終わりだ。

 すでに貴族達は逃げられない。

 結界なるもので闘技場全体を包み込み、逃げ場をなくしているからだ。

 石を割る力があれば砕ける程度なので強度は大したものではないが、武芸者でもない貴族が逃げ出すのは不可能である。 こちらの技の被害を外でなく、内に向ければいい話だ。

 予期せぬ協力者――まさか喋る猫とは思わなかったが、広いゼムリアならそんなこともあるのだろうとオーレリアは割り切っていた。

 

(ヴァンダールやトールズ士官学院の生徒達には騙したようになってしまったが、問題ないだろう。あんな隠し玉を持っているのなら、早く言えば良かったものを)

 

 喋る猫の協力者、セリーヌは自分の主がリィンの友人であると語り、主の友人のために仕方なく手を貸すと言っていたが、猫も喋れば人間のような、それも初心な小娘のような感情を持つらしい。

 あれはどう見ても、気がかりな相手を心配する少女のそれだった。

 なかなかにどうして、シュバルツァーという少年は数奇な縁に恵まれているらしい。

 

(加えて……)

 

 オーレリアが貴族の目を釘付けにするため、緋に染めたはずのリィンの傷はすでに癒えているように見えた。

 灰のチカラの加護なのか、衣服に付着した血の向こうから新たに流れる様子はない。

 あれもまた未知なるアーツだそうだが、攻撃と治癒を併せ持ったものとは希少なものだ。

 

「さて、十分に場は温まった。これより稽古を始めよう。アルゼイド流・ヴァンダール流皆伝、オーレリア・ルグィン。いざ……」

 

 刹那、リィンを覆う巨体が目の前にいた。

 だがオーレリアはすでに黄金の闘気を全身に充満させて剣を腰だめに構えており、迎撃の準備は万端である。

 まずは挨拶に力任せの勝負。

 ロア・ヴァリマールと呼ばれた灰のチカラの右腕がオーレリアに振り下ろされ――宝剣アーケディアの一撃がその巨腕ごと斬り飛ばした。

 

 

(尋常デハナイナ)

「俺もまさか一撃で腕を持ってかれるなんて思わなかった!」

 

 灰のチカラはマナで出来たエネルギー体のため、腕を斬り飛ばされようがすぐに修復する。

 だが肝心なのはオーレリアの剣を防ぐ鎧としての機能の一切が失われたことの証明であり、この戦いでロア・ヴァリマールだけで攻めることは不可能になった瞬間だった。

 

(りぃんヨ。《理》ニ通ジタ者トイウノハ、アンナニモ出鱈目ナノカ?)

「あの人だけが例外って思いたいけど、老師や光の剣匠も似たようなこと出来るんだろうなーって感じてるよ」

 

 黄金の闘気をまとったオーレリアの攻撃のギアは、先程よりも何倍も高まっている。

 稽古だからと試しにロア・ヴァリマールで攻めてみたが正直目論見が甘すぎたとリィンは反省する。

 故に、ここからは全てを駆使して挑む。

 

「神気合一……るぅぅぅぅぅぅぅおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 鬼の力により、リィンの黒髪が灰へ染まる。

 オーレリアはわずかに片目を伏せるだけでその闘気に微塵の乱れも見せない。

 むしろ隠し玉を次々と出してくるリィンに、心底楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「行くぞ、ヴァリマール!」

「応!」

『ARCUS、駆動!』

 

 リィンとロア・ヴァリマールの体が淡い光に包まれる。

 灰のチカラの制御を任せたリィンは鬼の力を全開にしてオーレリアへ殺到した。

 

「裏疾風!」

 

 オーレリアの視界からリィンが消える。

 速さという一点で羅刹を上回ったリィンの一撃はしかし、彼女の感知能力を騙しきることが出来ずに刀をガードされる。

 だがそれは予想通り。リィンは防御を崩せないことに構わず、剣の連打を浴びせた。

 防ぐということは剣を封じているということであり、そこからロア・ヴァリマールの追撃が合わせられた。

 

「ゔぇる・だ・どぅーぷ」

 

 横殴りに打ち出された灰の光線がオーレリアを飲み込む。

 リィンは裏疾風による連撃でオーレリアが剣を使うことを封じており、彼女にそれを避ける手段はない。

 そのはずだが、直撃の瞬間にオーレリアはリィンの太刀を手で一瞬だけ止めていた。

 その空隙を縫ってアーケディアを光線の盾に使い、巧みに攻撃を捌く。

 服が多少破れた程度で、オーレリアに傷らしい傷はない。

 

「ゔぁん・く・おー」

 

 元より承知だったロア・ヴァリマールが腕を掲げると、掌から発射された光がオーレリアへ発射される。

 オーレリアは剣を薙いでそれを弾くと、そこに向けてリィンの滅・緋空斬が飛来する。

 迎撃のために覇王斬を向かわせ、リィンが飛ばした斬撃はそれに喰い破られる。

 それを避けつつ、予想通り。

 狙いは――ロア・ヴァリマールによる両腕の叩きつけである。

 ただし、狙いは地面だった。

 

「おおおおおおおおお!」

 

 十アージュに迫る巨体が全力で腕を振り下ろす。

 オーレリアを狙わず、闘技場の地面に向けて叩かれたそれは地形を激しく歪ませ、巨大な穴を陥没させる威力を持って大地をえぐる。

 当然、石礫や破片がオーレリアを襲うが彼女は意に介さず本命の攻撃に備える。

 避けた飛礫は貴族達から悲鳴を上げさせたが、戦場の三人にそれを意識することはない。

 

(遠距離か、近距離か、それとももう一度あの灰のチカラか……さあ、見せてみよシュバルツァー)

 

 オーレリアは王者の如き余裕を持って挑戦者のそれを待つ。

 周囲ではロア・ヴァリマールが地面だけに飽き足らず、闘技場の壁も破壊してはオーレリアの視界を塞いでいる。

 その程度では私に傷をつけることはできんぞ、と当然のようにリィンの位置を見抜くオーレリアは彼が動いたことを察知して剣を構えた。

 突っ込んでくるのは三体の分け身。その背後に本体のリィンが備えている目くらましからの攻撃。

 悪くないが、稚拙と分け身ごとリィンを吹き飛ばそうとしたオーレリアの動きが止まる。

 

「何……!」

 

 オーレリアは珍しく、心からの動揺を一瞬だけ漏らした。

 周囲に散らばり、降り注ぐ石礫や瓦礫の破片、それら全てが瞬時にリィンの分け身へと変化したからだ。

 視界に収まるだけでも百を超えるリィン・シュバルツァーの群れに本体の位置を見逃したオーレリアは攻撃を迎撃ではなく、耐えるべく武神功を展開しようとするが、それより早くリィンの一撃がオーレリアに届いた。

 

「灰の太刀――絶葉!」

「ぐっ……」

 

 さんざん力を溜めていたのか、今までリィンから受けた攻撃の中で最も威力のある一撃にオーレリアがたまらず体を折る。

 オーレリアはそれでも膝をつかない、つかせられないことにリィンはたまらず歯を慣らした。

 

「ならもう一度だ、ヴァリマール!」

「応」

 

 ロア・ヴァリマールはエネルギー体である。

 分け身もまた闘気によるエネルギー体であり、ロア・ヴァリマールの持つピース・オブ・パワー……分身体を増やす技と合わせることでロア・ヴァリマールのエネルギー総量を使った分け身を展開することが可能になった。

 当然、まだ制御が未熟なので分け身の数を増やすだけだが、百を超える数を瞬時に展開されればどんな相手にも必ずゆらぎが発生する。

 リィンはヴァリマールとの戦術リンクによりひたすら己の闘気を高め、鬼の力と合わせた一撃をオーレリアに与えた。

 それは少なからず、格上の相手に通用したという自負が生まれる。

 故にリィンは、初見殺しの戦術を繰り返すことへの抵抗がなかった。

 だが、リィンは考えが及ばない。

 黄金の羅刹と呼ばれる麒麟児は、熟練されてない未熟な技が二度通用するほど甘くはないのだと。

 

「王技――剣乱舞踏!」

 

 瞬きする間、だった。

 オーレリアに一撃を与えたリィンが再びロア・ヴァリマールによって増えた分け身の群れの中に潜もうとした一瞬のうちに、ロア・ヴァリマールに分け身、瓦礫に飛礫といった全ての障害物が取り除かれた。

 大地より生えた剣軍の群れがそれを一掃したのだと気づいたのは、反射的に構えた太刀が折られてからだった。

 折れた刀身がくるくると回転し、荒れ果てた地面に突き刺さる。

 その現実を、リィンが認識するのに少しだけ時間が必要だった。

 

「――この身に刃を届かせたその力、誇るがいいシュバルツァー」

 

 オーレリアの嘘偽りのない称賛の声に、リィンは答えない。

 武器が折れたことで、戦意喪失してしまったのかもしれない。

 ここまでか、とオーレリアの闘気が若干萎みかけたその瞬間、リィンが断言する。

 

「ここで終わらせる気ですか、オーレリアさん。だったらこの試合は俺の勝ちですね」

 

 いっそ清々しく感じるほど傲慢な物言い。

 それを受けて、黄金は歓喜の声をあげる。

 目の前の少年はすでに勝敗を決していることを知っている。

 それでも、勝負から降りることをせず、その手で決着をつけて欲しいとその瞳が言っていた。

 

「ああ、愉しい時間であった。仕事で来たはずなのに、それを忘れてしまうほどに。起きれば全てが終わっていよう」

 

 将来、自分に届き超えうる大器を前にオーレリアは自分の声が高揚していることに気づく。

 まだ感情が制御出来ぬ未熟者だな、と思いながらオーレリアは剣を上段に掲げた。

 リィンもまた、決着をつけるためその刃を避けることなく受け入れる。

 戦いもこれで終わりを迎える――そう思われた瞬間、二人に耳に届く叫びがあった。

 

『リィン!』

「リィンさん!」

 

 思わず首を向けた先にいたのは、Ⅶ組B班の四人にクルト、サラの姿があった。

 他の皆は確か、魔獣飼育場で証拠を集めるために現場へ向かっていたはずだ。

 ここにいるということは、つまり――

 

(フフフ、息子よ。彼らがみな実習を成功させているのに、お前だけが失敗していいのか?)

 

 戦闘で初めて、オズぼんの声が聞こえてくる。

 

(実力が届かない。戦術が通用しない。なるほど、負ける理由だ。だが――諦める理由ではないぞ、リィン)

 

 名前を呼ばれることで、敗北を受け入れていたリィンの心に焔が灯る。

 

(息子の頑張る姿を、もっと私に見せてくれ)

(りぃんヨ。――マダ、手ハアル)

 

 途端、謎の衝撃がリィンを襲い彼は意識を飛ばした。

 ARCUSが光を帯びる。

 リィンとヴァリマールを繋いでいたそれが、打ち砕かれたロア・ヴァリマールの欠片を浴びたB班の生徒達とサラに降り注ぎ――彼らのARCUSもまた、淡い光を発していた。

 

「皆さん、それは……」

 

 はじめにそれに気づいたのはクルト。

 フィーの体が光っていることを指摘し、五人もまた各々に自分の体を見る。

 彼女のARCUSを通じて、リィンの心が伝わってくる。

 たった一つ、シンプルにして明快なその理由。

 

「―――――勝って、リィン!」

 

 だが羅刹は謎の現象を前にも臆さない。

 彼女の剣はすでに上段から振り下ろされ、今にもリィンにその刃を届かせようとしていた。

 

「しんぎ――せいこうけん」

 

 リィンはそれを打ち払う。

 折れた太刀から伸びる霊子の刃が、星の光を伴ってオーレリアの剣を超える。

 自分のほうが早く剣を振るったにもかかわらず、その速さはオーレリアを凌駕するスピードをもって彼女の剣を弾いた。

 

「リィン……俺達を圧倒した男が、無様な姿を見せるな!」

 

 リィンに意識はない。

 ただ、ARCUSを通じてリィンにⅦ組の皆から届く想いが彼を動かしていた。

 

「神ぎ――せいおうけん」

 

 霊子の刃は聖なる光と突きの形を以て解き放たれる。

 オーレリアは咄嗟にガードするが、その防御ごと力任せに彼女は大きく吹き飛ばされた。

 

「ああもう、どんな時でも問題しかかけない奴……! でもね、こっちはみんな頑張ったんだから、あんたもそれに応えてみなさい!」

 

 聖なる光は炎熱に包まれ、太陽の輝きとなって羅刹の上空より降り注ぐ。

 

「神技――陽こうけん」

 

 オーレリアは覇王斬で迎撃する。

 今まで食い破られていた覇王の剣が止まる。完全な相殺だった。

 

「貴族は嫌いだ――でも、今回は貴族の助けがあって事件を解決できた。まだ事件が済んでないっていうなら、僕もちゃんと手伝ってやる!」

 

 リィンが駆ける。

 オーレリアもまた疾駆する。

 先んじて放たれた四曜剣に対し、納刀された霊子の太刀は月光の煌めきを秘めていた。

 

「神技――月光けん」

 

 またも相殺。

 オーレリアは武神功による黄金の闘気を最大限に高める。

 繰り出すのは、百の分け身を一瞬で消し飛ばしたオーレリアの王技。

 

「リィン……そなたもまた、挑戦者だったのだな。ならば――後を追う者として立ち止まってくれるな! 羅刹を超えていけ、リィン!」

 

 リィンの目に光が灯る。

 大上段に掲げられた霊子の太刀が、羅刹を将とする剣軍を飲み込まんとする嵐を伴って振り下ろされた。

 

「神技――龍王剣!」

「王技――剣乱舞踏!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 果たして――そこに立つのは黄金の羅刹。

 息を荒げ、剣を支えに立つ姿は追い込まれた者のそれ。

 だが、それでも勝者は羅刹だった。

 仰向けに倒れるリィンに、Ⅶ組B班やクルトにサラの震えた声が届く。

 そのたどたどしくも、確かに見えた絆を前にオーレリアは告げた。

 

「これにてトールズ士官学院、Ⅶ組B班へ要請した依頼の達成を確認する。皆のもの、大義であった」

 

 そこに羅刹としての顔はなく、頼もしく成長する有角の若獅子達を褒め称えるトールズの先達としての姿があった。




セリーヌとかいうリィン教官が唯一明確にベッドに誘った女。
協力技の順番は、リィンへの現状の好感度順と思っていただけたら。

分校長、確か八葉一刀流を学ぼうとしてましたよね。
リィンは剣聖になって弟子が取れる。
オーレリアは有望ってレベルじゃない剣士なわけで…うーんこれはリィン教官苦労しますね。

魔獣飼育関連は書くだけ書いて結局掘り下げてられてませんが、オリジナル展開を延々とやるのもあれなのでリィンVSオーレリアのメインにだけ力を入れる感じに。
最後のB班とか唐突過ぎない、となったらすみません。
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