ノルドでⅦ組メンバーとの再会を終えたリィン達は、精霊の道を使いエリンへと帰還していた。
ゼクス将軍は貴族連合軍を追い払ったといえ、共和国方面にも睨みを効かせておかなければならないためそこで別れることになった。
Ⅶ組は当然として囮を努めたマキアスの父親であるカールや、ノルドの集落に避難していたエリオットの姉であるフィオナもまた、リィンに連れられて同行している。
当然彼らは魔女の隠れ里である秘境を前に驚きを顕にする。
そのリアクションが新鮮だとローゼリアも逆に驚いていた。
「……そうよなあ。ここは一応伝説の秘境であった」
「何を言ってるんですか、前からそうでしたよね?」
「誰かのせいで隠れ里から隠れが取れつつあるのよ」
リィン来訪を皮切りに、騎神関係者にとってのただの別荘と化しつつあったエリンである。
内戦が終わったら元の秘境としての格を取り戻せるか不安な里長の憂鬱はさておき、リィンはエマ達の姿が見えないことを尋ねた。
「あやつらはまだ戻っておらん。というか、お主らは早すぎる。そもそもリィンよ、ヴァリマールがまだ大破しているというのに、なぜにお主はピンピンしておるのじゃ」
「エリオットのおかげですよ」
「ふむ?」
「え? い、いえ僕の力というよりヴァリマールのおかげかと」
「となるとやはりお主がおかしいだけか。聞けば、ノルドでも色々しでかしたそうじゃしの」
ペタペタとリィンの胸元を触りながら、傷の具合を確認するローゼリア。
異常がないことが異常、と言いたげに目を細めながらノルドでの出来事の報告を受ける。
「魔煌騎神、のう」
「あいつが言うには、魔煌兵をリソースにしてヴァリマールに組み込んだ、って話だけど」
「相克もなしに騎神の設計に関わることが出来るのは、器を作った大地の眷属だけのはず……じゃがあの人形じゃしのう。とりあえず話を聞いてくるとしよう。
客人には部屋を用意する。リィンと違って消耗しているのが見て取れる、後でライザに食事を届けさせる故、今はしばし休むがいい」
そう言ってローゼリアはオズぼんの元へ向かう。
リィンも仲間達に目を向ければ、全員疲れの濃い表情を残している。
それも当然。
ノルドでの出来事から挨拶を済ませて直帰してエリンに来たのだ。
休む暇もない強行軍は、体力と精神を大きく消耗させている。
「そもそも、何故リィンさんが一番元気なのですか?」
アルティナの言う通り、ゴライアスの一撃を受けてダメージをフィードバックしているはずのリィンが一番元気なのがおかしいのだ。
「エリオットのこともあるし、寝たら治ったぞ」
それはお前だけ、と全員の視線は物語る。
だが実際、最近のリィンは傷の治りが早い。
前々から特別実習のたびに怪我をしては魔術やアーツ、薬に頼って治して来たが自然治癒力だけで補っているのは些か気がかりだ。
「ローゼリアが調べてたから異常はないんだろうけど、気になるわね」
「そうですね。これまでのこの人の行動を見れば、異常を平常と思っている可能性が高いです」
「アンタは大丈夫なの?」
「はい。体力が多いとは言えませんが、体の調子はそう悪くありません」
セリーヌは注意しておかないと、とつぶやきアルティナも同意した。
仕事であれ私事であれ、少女達によるリィンのサポートはいつも気が抜けないのである。
魔女達が数ヶ月かかって
その驚異的な
そんなやり取りをよそに、リィンはガイウスに肩を貸してベッドに寝かせると、自身はアウラの元へ薬をもらいにマラソンする。
ライザの魔法料理と十分な睡眠があれば翌日には体力も回復しているだろうが、魔煌騎神ヴァリマールの操作を担当したガイウスにはそれとは別の治療手段を用意しておいて損はない。
そうしてアウラの元へ向かうリィンだったが、そこで見慣れぬ人影を発見した。
いや、その人物自体は知っている。
けれどこのエリンで出会うのは初めてのことだった。
「……ディーター、大統領?」
「……? 君は、リィン・シュバルツァー君だったか」
顔を合わせるたびに浮かべていた自信家の表情はなく、人生に疲れた浮浪者のような雰囲気さえ発していたが、それは紛れもなくクロスベル市長だったディーター・クロイスだった。
最低限の身だしなみこそ欠かしていないが、覇気の喪失は彼を別人のように変化させている。
「私はもう大統領などではない。ただのディーターだ。クロイスの名も、もう意味がない」
「……………えっと」
「見たところ、アウラさんに用事だろう? 私はただ処方箋をもらいに来ただけに過ぎん。君が先に用事を済ませるといいさ」
そう言って道を譲るディーター。
気にかかることしかないが、今はガイウスが優先としてリィンはアウラから薬を受け取って客間へ戻る。
疲れを見せるガイウスだが、自分で薬を飲むことは出来るようで水差しを使って与えられた薬を飲み込む。
すぐに効果が現れたのか、リィンに一言謝罪をしてから寝入ってしまった。
ガイウスが寝る部屋は大部屋状態であり、エリオットとマキアス、カールもベッドの住人として過ごしている。
おそらく隣の女部屋もアリサ達が似たように寝ていることだろう。
合流出来なかったユーシスのことはまた明日にでも話そう、と考えていると、その女部屋から肩にセリーヌを乗せたアルティナが出てくる。
休んでなくていいのか、と言えばリィンさんが休んでからでないと休まないと申告した。
「エマ達が戻るまでは自由行動ってことでいいんだぞ?」
「では、リィンさんに付いて行きます。私に与えられた要請は、貴方のサポートなので」
「観念なさい。この子のことを思うなら、アンタが折れることね」
ならエリンマラソンでもするか、とリィンは一人と一匹を連れてまず先程のアウラの家へ向かう。
ディーターのことを聞きたく思ったのだが、その途中、森林浴に適した長椅子に座るアッシュを見つける。
静かに読書を嗜んでいるようで、その姿が意外だったがそれ以上に驚いたのはアウラの娘であるノアを相手にしている様子だった。
「れす、れす」
「やめろやガキ。大人しくしてろっての」
言葉遣いこそ乱暴ではあるが、口で言うほどノアへの態度は悪くない。
じゃれ付いてくるノアへのあしらい方は、四苦八苦どころか慣れさえ感じるものがあった。
へえ、とその姿を見ているとアッシュがこちらに気づく。
「シュバルツァー、てめぇ戻ってたのか」
「ああ、転移の光は見ていなかったか?」
「さっきまで森ん中に入ってたんだよ」
「ノアを連れてか?」
「んな危ねー真似するわけねえだろうが。こいつは薬代に押し付けられただけだ」
聞けば、『目』の制御訓練の一環で魔獣を相手にしていたのだが、その時に使った魔女の秘薬がそれなりに多かったらしい。
アウラはタダで融通するつもりだったのだが、借りは作らねえとその代金分を相殺する形で依頼を受けているそうだ。
「不良は優しい、というのは創作の中だけかと思いましたが、そうでもないのですね」
「喧嘩売ってんのか?」
「あんまり本当のことを指摘するもんじゃないわよ。こういう子って正論言われると怒るんだから」
「おいシュバルツァー。そこのチビとクロネコをボコるからどけ」
「まあ落ち着けって、そう目くじらを立てるな。……そうだな、アルティナにセリーヌ。悪いけどノアの世話頼めるか?」
「アァ?」
その提案に驚くアッシュ。
見せつけるように、リィンは腰に帯びた鞘の留め金を鳴らした。
「力、見せつけてくれるんだろ? 今までエリンに居た成果、見せてもらえないか?」
「…………ハッ、それならそうと早く言えっての」
ノアをアルティナに預けるアッシュ。
アルティナは人生で初となる赤ん坊……というほど幼くはないが、小さな相手の世話という大役を前にも動じない。
「アルティナ?」
「………………」
「こいつ、固まってやがるぞ」
動じない、のでなく動かない、だった。
感情の見えない瞳でノアを見ながら固まるアルティナ。
おそらく、何をしていいかわからず困惑と動揺によってフリーズしているのだろう。
ある意味とても人間らしい行動に笑いながら、エマの使い魔として彼女と共に過ごしてきたセリーヌがフォローに回る。
その連携に頬を緩ませながら、頼んだぞとアルティナの肩を叩きリィンとアッシュはオズぼんが置かれている広場へ向かう。
そこではオズぼんがノルドでの出来事をローゼリアに語っているところだった。
「ふむぅ……よもや……」
「今は落ち着いているが、何らかのきっかけで再発する可能性もなくはない。しばらくはローゼリア嬢のほうでも注意しておくがいい」
リィン達が近づけば、二人はそれに気づいて会話を止める。
邪魔しちゃいましたか、と言えば話自体は済んでいるので構わんと手をひらひらするローゼリア。
そしてオズぼんは、アッシュに話しかける。
「さて、挨拶が遅れて申し訳ない。灰の騎神ヴァリマール……の人格が眠っているため、その代行をしているオズぼんだ」
「……………………………」
「アッシュ?」
唖然として、ヴァリマールを見上げるアッシュ。
十秒ほど沈黙した後、絞り出すようにつぶやいた。
「…………オカルト、かよ」
「親父はここにいるぞ?」
「おや……?」
「親父。血は繋がってないっていうか、見えないか?」
ほれほれ、と左腕を掲げるリィン。
アッシュからすれば、何かの宗教儀式のような不気味さを覚える行動だった。
「テメーの存在が一番オカルトに思えて来たぜ」
呻くように漏らすアッシュに、なぜかローゼリアが同意していた。
「見えないなら、見えた時が合格でいいかな?」
見えない相手は珍しくない。
リィンはさして残念に思うことなく、鞘に収められたままの太刀を抜く。
アッシュも迷いを振り切るように、長柄の斧を構えた。
「とりあえず、軽く体を動かしておくか」
リィンの提案により、アッシュの実力を図るための稽古が開始される。
舐めた発言、とはアッシュも言わなかった。
ラングドッグ峡谷における戦いで、リィンと自分の実力差を思い知っているからだ。
だがそれでも舐められたままではいられない、と今出せる全力でリィンに挑むが、鞘から太刀を抜かせられることなくアッシュの体力切れで決着となった。
「アッシュは特に武術とかしてないんだよな?」
「ゼエ……ハア……そうだよ、悪いか」
汗だくのアッシュに対し、息一つ乱さぬリィンには腹が立つが、それ以上に自分への苛立ちが強く語尾を荒げるアッシュ。
リィンは静かに首を振る。
「いや、変に型を教え込むのもアレだし、実戦形式がやっぱり一番いいかなって再確認してただけさ。天才型ってやつだな」
「……ハァ、ハァ、嫌味かよ」
少なくとも、こうも打ちのめされている相手に言う台詞ではないとアッシュは思った。
「さて、あえて鬼の力って呼ばせてもらうけど、そいつは基本的に感情に直結してる。正確には喜怒哀楽どれでもいい、ただ一線を超えるって感覚だ。ちなみに、今俺のことどう思ってる?」
「ぶっ飛ば、して……やる」
「ごもっとも。だから手っ取り早いのは、怒りの感情を煽るのが一番」
指を自分に向けるリィン。
明らかな挑発を前に、アッシュの左目が疼いた。
「怒りの燃料は種火程度のものでもいい。鬼の力は、まるで呪いのようにそれに群がって燃え広がる。アッシュ、抑えなくていい。今湧き上がってるやつ全部出して俺に向かって来い」
「―――――っ」
左目から鬼の力が溢れる。
赤黒く、禍々しいオーラがアッシュを包み込んでいく。
「
「やっろぅ…………」
ラクウェルならば日常茶飯事レベルの挑発のはずが、事前の訓練のせいかエリンの影響なのか、妙に鬼の力の抑えが効かない。
自制を振り払い、アッシュは衝動のままにリィンに襲いかかり――数秒後に地に沈んだ。
逆にあっさりすぎる結果に眉をひそめるリィン。
鬼の力を有しているのであれば、素の実力差があったとしてもこうも簡単に終わるはずがないのだ。
そこにオズぼんの声が飛ぶ。
「フフフ、息子よ。アッシュ君はおそらく自制心が強いのだろう。ラクウェルの生まれか、親の育て方か……どちらにせよ、お前ほど深く繋がっているわけではない。
理性のほうがまだ優先されるのだろう」
「うむむ……クロウ先輩や《V》のこともあったから、似たようなものかと思ってたんだけど」
「お主を基準にするのは止めておいたほうが良かろう。まあ、限界値を知る、というのは悪くない案じゃったと思うぞ。
こやつも、いざという時に自分を止めてくれる存在が居ると知れば気持ちも楽になろう」
「うっせえ……揃って……好き放題言いやがって……」
悪態を付くアッシュだが、それらの言葉を否定することはなかった。
親の育て方、ということや己よりも遥かに強い存在を知る、というのは確かにアッシュの心に刺さるものがあったのだ。
そこへ、何の前触れもなく声が割り込んだ。
「ウフフ、興味深いことをしているわね」
「ベリル!」
姿を表す前にリィンは友人の名を呼ぶ。
果たしてそれは正解であり、黒いゴシックドレスに身を包んだベリルがいつもの薄笑いをしながらリィンの横に立っていた。
「いつ戻ったんだ?」
「ついさっき。面白そうなことをしてたからつい声をかけてしまったわ」
「別に構わないさ。そうだ、よかったらベリルからも」
「ウフフ、お願いは聞いて上げてもいいけど、その前に聞いて欲しい話を仕入れて来たわ」
「聞いて欲しい話?」
ええ、とベリルは何でもなさそうに言った。
「フィーさん、黒竜関で捕まってるそうよ」
それは短すぎる休養時間の終わりを告げる、リィンの次の行動が決まった瞬間だった。
サブタイトル詐欺。
本格的な休養日や、温泉イベントはまた後日に。
まあディーターとの本格的な絡みに関しては予想より遅くなるかもですが・・・
鬼の力の制御訓練は、色々思いついてみたものの、すでに別作品で使われていたり有名所をモチーフにしたネタしか浮かばなかったのでカット。
その分、批評通り実戦形式で形になるかも?