はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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フフフ、息子よ。Ⅶ組と再会しよう②

「あ……え……?」

 

 クレアは目の前で両手を上げる黒髪の少年、リィンの姿と声を認めながらも頭に入れることが出来なかった。

 ライフルのスコープ越しに見るリィンは、衣装こそ違えど一ヶ月前と特に変わった様子もない。

 本当に、数カ月ぶりに直接出会った、と言わんばかりの笑みをクレアに向けている。

 あの狙撃によって心臓を穿たれ、血溜まりに沈んでいた姿が幻であったかのように。

 

「…………!」

 

 一歩、リィンがこちらへ歩み寄る。

 一発目はともかく、連続で撃てば予想されるのはわかっていたことだ。

 狙撃手は撃ったらすぐに場所を移動しなければならない。

 その鉄則を忘れてしまうほどの衝撃が、クレアの心を揺さぶっていた。

 

「どうして……」

 

 生きているのですか、という言葉は声に出さなかった。

 TMPとしての訓練の賜物か、氷と揶揄される己の頭脳が無意識に働いたのか。

 彼を偽物と断定するのは容易い。

 けれど、それは思考を無視、いいや廃棄した堕落に過ぎない。

 

(なら、本物?)

 

 己の目で見やり、オズボーンもまたリィンは心臓を撃たれたと言っていた。

 己を守り殉職したであろう少年を見間違えるはずもない。

 それ以上の入れ込みも伺えたが、どちらにせよ心臓を狙撃されたのは事実。

 けれどこうして双眸越しに見える少年の笑顔はあの時と変わらなくて――それこそ、狙撃された事実さえなかったのではないかという不変ぶりだ。

 

(生きて、くれていた……)

 

 周りだけではない。

 僅かな時間を共にした間柄であったとしても、リィンの生存は素直に喜ばしいことだ。

 

「あ…………」

 

 そう認識した瞬間、クレアは視界が滲んでいることに気づいた。

 氷の乙女と呼ばれる彼女は、内戦以降常に周りに気を配りながら己を省みることなく動いていた。

 それは周りのフォローもあっただろうが、あるいは自分が一番それを知りたくなかっただけなのかもしれない。

 

 わからないまま、行方不明のままで居て欲しい。

 そうすれば、少なくとも確定はしないのだから。

 

 今回の()()とて、心は悲鳴を上げていたがそれが蒼の打倒に繋がるのならばと必死でその感情を押し殺し――それら全てを、リィンの登場で決壊したのだ。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」

「あの」

「ひゃんっ!」

 

 クレアは横からかけられた声に思わず悲鳴を上げた。

 その拍子に固定していたライフルに体をぶつけ、痛みに顔をしかめた。

 軍人としてあるまじき行為だと恥じるのも一瞬、すぐに気を取り直そうとたが、その目論見は一瞬でご破産にされた。

 ようやく、己のために泣けたクレアを待っていたのは、無慈悲なる現実。

 つまり、以前弟と間違えて抱きついてしまった時以来の衝撃。

 大人の女が年下の子供の前で泣いている姿を見られてしまう、という羞恥だった。

 

「リ、リィン、君……?」

「はい。トールズ士官学院特化クラスⅦ組所属。以前、ヘイムダルで色々手伝ってもらったり夜の公園でいきなり抱きしめられたりしたリィン・シュバルツァーです」

「そ、それは忘れていただけると……」

「いえ、泣いてる女の人とか忘れるのは難しいと言いますか」

 

 青い髪と対象的に目元と頬を朱に染めながら目をそむける。

 だが感情を落ち着かせて目を向ければ、そこに居るのは紛れもないリィンであった。

 その行為に何を勘違いしたのか、リィンはぽんと掌を合わせる。

 

「えーっと、エミルって人に変装すれば落ち着きます?」

「――落ち着きません!」

「でも抱きついてくるくらい思い入れあるみたいですし」

「謝りますから、そこつつかないでぇ!」

 

 羞恥から漏れたその叫びは、抱えていた感情全てを吹き飛ばすような力強さに溢れていた。

 

 対するリィンは、かつて帝都の特異点探索におけるクレアのメンタルの脆さが気になっていたが、こうして泣きながら笑って自分を叱るクレアを見てその不安を晴らす。

 もう、と大人というより同年代……もしくは年下にも見える女性の顔を見て笑うのは失礼と思ったが、クレアのギャップに思わず、といった具合である。

 というより、今のクレアには変に遠慮せずに以前と同じように接したほうがいいかな、とリィンは判断したのだ。

 

 それは、正解だった。

 変に畏まるリィンを目にすれば、クレアの中で別人説が湧き上がりその優れた頭脳で妙な方向へ思考を揺らしたかもしれないからだ。

 故に、かつてと変わらない接し方こそ、今のクレアに必要なものなのだ。

 

 そんなリィンの顔を見てまた羞恥が湧き上がり、再び泣き笑いの説教ループを繰り返す二人の会話はそのまま継続されることとなる。

 なお、リィンが狙撃のために隠れた位置に居るクレアの元へ向かっている間にも、ボートの上で警戒していたアリサ達はそのまま三十分近く無駄な緊張を強いられるのであった。

 

 

「――通信、繋がりません」

「なんだと?」

 

 ノルドでの戦いの後、気づけばアルバレア家が所有する小型飛行船へ戻っていたユーシスはすぐにルーファスへ連絡を取り次いだ。

 しかし通信士から返ってきたのは連絡不可という言葉。

 導力波妨害装置が停止している以上、不備はないはずだ。

 一度自分でも試してみたが、結果に代わりはない。

 距離が離れているといえ、公爵家が所有する飛行船の通信端末はそれを補う品質を持っているはずだが……

 

 現状ではルーファスに直接問うのは不可能と判断したユーシスは、ルーレ空港へ降りるなり、すぐさまシュミットの元へ足を運んだ。

 シュミットはログナー侯が所有する巨大飛行船の一室、ゴライアスのためだけに用意された整備室に居るそうだ。

 他の軍人ならば、仮にこの船の艦長であってもシュミットの邪魔など出来ないが、彼もまた貴族の一人。

 四大貴族にして最高位である公爵家のユーシスを止められるほど、彼は仕事に忠実ではなかった。

 

「話がある」

 

 たどり着いた先では、沈黙するゴライアスの側で機体と繋げた導力端末に黙々と打ち込むシュミットの姿があった。

 その姿に鼻白むが、以外にもシュミットは次の瞬間言葉を発した。

 

「帝国解放戦線の幹部《V》の体を使い、このゴライアスの中に組み込んだ依頼はルーファス・アルバレアから受けたものに相違はない」

「…………!?」

 

 聞きたいことの一端を話し始めたシュミットに驚愕するユーシス。

 一体どうして、と口を開く前にシュミットは続けた。

 

「元より再利用を検討していたようだがな。元々この男はゴライアスを操縦出来るほどの技量の持ち主だった。

 ただ死なせるだけでは惜しいと判断したのだろう。少なくとも私の前に運ばれて来た時は、脳以外死んでいるような状況だった。おそらく、そうなるよう調整したのだろう。技量だけ見れば見事なものだ」

「ま、待て! つまり、この男の現状は全て――」

「あの者がそうなるように仕向けた。だが、一体何の問題がある?」

 

 その言葉に、ユーシスの意識に空白が生まれる。

 一体、何を言われたのか理解出来なかったからだ。

 

「この男は元帝国解放戦線。つまりテロリストであり、その身柄の生死は重要視されているものではない。むしろ誅するべしとして、その行為すら称賛に当たるものだろう。

 死兵などは戦争では珍しいものでもない」

「だ、だが! 死ねばそれらは終わりのはずだ。こんな、死体を弄ぶような真似、人として許されるわけが……」

「死体が喋っているのがおかしいとでも言う気か?

 その辺りの機微は論点ではない。私は己の提唱したデータの検証が出来ればそれでいいし、あの者はその素体を提供した。我々の関係はその程度だ。

 ただ、もし弟に何か問われたのであれば隠すことなく話してやって欲しい、とは伝言を受けている」

 

 それは、ユーシスの行動をルーファスが完璧に予測していたことを告げる言葉。

 

「同時に、もしゴライアスの生体ユニットへ手をかけるようなことがあれば、そちらに任せる、ともな」

 

 シュミットが導力端末のボタンをタン、と押す。

 するとゴライアスに備え付けられた機銃がユーシスへ照準を合わせる。

 同時に、鍛えられたユーシスの勘はあれが見せ札で本命は別方向からの攻撃であることも感じ取る。

 

「それに、だ。シュバルツァーは心臓を穿たれてなお動いていた。それは、お前にとって死者を弄ぶ現象ではないのか?」

「何?」

「《V》もシュバルツァーも、見方を変えれば同じだ。一度死に瀕した者が、形を変えてまた動くようになっただけのこと。

 この状況が許せないというのであれば、お前の立場ならまずシュバルツァーを再殺すべきではないか?」

「リィンは生きていた! あんな姿になどなっていないし、殺す理由などどこにもない!」

「あれもまた、生きている。ならば死者だの尊厳だの、そういったことを問答するのは時間の無駄だ。

 貴様の問いに答えてやるなら、持ち合わせるのは一つだけ。――必要だからやった。以上だ」

 

 シュミットとの会話に進展がないことを察したユーシスは悔しそうに顔を歪める。

 己の言葉では、この帝国最高位の技術者を動かすことが出来ない。

 仮にリィンならば、シュミットにこの行為を止めることが出来ただろうか? と考え、すぐに散らす。

 考えても答えは出ない。

 少なくともルーファスに直接訪ねなければ、このもやもやが晴れることはない。

 そんなユーシスの葛藤など知らぬとばかりに、シュミットは言う。

 

「要件は済んだか? 私はゴライアスの調整があるので、さっさと出ていくがいい。私が手をかけたというのに暴走など恥でしかないからな。それとも、貴様も雑談などというくだらんものを重要視するのか?」

「……失礼する」

 

 シュミットの性格を知るユーシスは、彼が本当のことしか語っていないと察して整備室から出ていく。

 ゴライアスのパイロットを止める――再殺する、という選択はユーシスにはなかった。

 リィンのことを指摘され、頭に血が昇ったということもあるが、そもそも人を手にかける行為への覚悟が、内戦という状況を経てもまだユーシスには持ち合わせていなかった。

 

 飛行船へ戻ると、燃料補給のため一泊するという連絡があった。

 そのため、ルーレのホテル、ラグランジュへの手配を回されたが、ユーシスには答えを返す気力がなかった。

 幽鬼のようにフラフラとした足取りで進んでいたため、側付きにも心配されたが一人にさせて欲しいとゴネてユーシスはホテルへと足を運ぶ。

 

 今はただ、ベッドに横になりたい気分だった。

 ホテルの中でも最上級の一室に入った憂鬱のユーシスを出迎えたのは、気分とは反対の陽気な声音だった。

 

「あ、ユーシス。おかえりー!」

「……………んぐ!?」

 

 その声と共に、ユーシスの目の前が真っ暗になる。

 同時に柔らかな肌の感触を頭に感じ、咄嗟にユーシスはその温かみのある物体――連絡がつかなかったⅦ組のクラスメイト、ミリアム・オライオンを引き剥がした。

 いけずー、とテーブルの上に備え付けられたフルーツを食べながら、ミリアムは改めてユーシスに声をかける。

 

「遅かったねー。伝言だけしてすぐに出てく予定だったのに、待ちきれずに色々食べちゃってたよ」

「な……な……」

「なな? んー、バナナが欲しかった?」

「違う!」

 

 はっとして、ユーシスはすぐに扉を締めて鍵をかける。

 トールズ士官学院の生徒といえ、彼女は正規軍に所属する帝国軍情報局の士官。

 ログナー侯の勢力圏と言えるこのルーレで見つかってしまえば、捕まることは間違いない。

 

「何故ここにいる」

「ん、さっきも言った通り伝言しにね」

「伝言、だと?」

「そ。フィーがね、ボクのせいなんだけど黒竜関で捕まってるから、ユーシスのほうでなんとかして欲しいんだ」

 

 再びの衝撃がユーシスの脳を揺らす。

 くらり、と頭を抑えるユーシスにだいじょぶ、とミリアムが心配してくるがそうさせたのはお前だと声を荒げたくなるユーシス。

 

「用件は伝えたから、ボクはここで帰るね。ホントはユーシスを()()()に連れてくのも良いかもしれないけど、それじゃフィーが捕まったままだしね。そうすると()()()()()()がいるから。そういうわけで、あとはよろしく」

「ま、待てミリアム!」

「んー? 一応お仕事中だから、あんまり時間取れないんだけど……寂しいの? 一緒に寝て欲しかったり? もう、ユーシスったらさびしんぼ」

「たわけ……! いや、引き止めたいが、そうも出来ないだろう。色々聞きたいこともあったが、これだけは伝えて起きたかったんだ」

「ほえ?」

「リィンは、生きていた。……フッ、元々殺されて死ぬようなものでもなかったかもしれんがな」

 

 この部屋に来るまで溜まっていた鬱憤が、それを告げるだけで晴れていくような錯。

 フィーのことは気にかかるが、ミリアムとの再会も叶えたユーシスは、その程度を表には出さなかったがありていに言えば浮かれていた。

 だから、次にミリアムの語る言葉を理解出来なかった。

 

「ふぅん。ユーシスもフィーと同じこと言うんだね」

「……? ミリアム、リィンが生きていたんだぞ」

「うん、聞いた」

「……嬉しくは、ないのか?」

「それは、本当にリィン? ()()()()()()()()()()()()じゃなくて」

 

 ユーシスは言葉を呑む。

 総参謀の弟である自分でさえ、ゴライアスのパイロットがああであることを知らなかったはずなのに。

 そんなユーシスの内心を知ってか知らずか、ミリアムは続ける。

 

「騎神のために必要なパーツとして存在してるって言うなら、それって生きてるって言うのかな? まあ、だとしても直接会ったら嬉しいって感じるのかもだけど……

 でも、クロウがリィンを『殺した』事実は変わらない」

 

 ユーシスは、先程まで浮上していた気持ちを一気に突き落とされた気分に陥る。

 そう感じるほど、ミリアムの声にぞっとした。

 彼女の声の調子は変わらない。

 学院でも、日常でもとく聞く明るい声音。

 だが、今はそれが恐ろしい。

 そう、恐ろしく感じるのだ。

 

「何を、言っている。いや、何を知っている? リィンは、生きていたんじゃないのか?」

「さあ。なんとなく、リィンがヴァリマールと繋がってるってのが理解してるよ。あとはオジさんからちょっと()()聞いただけ。詳しいことはよくわからないけどね」

 

 だからボクは、わかることだけするよ。

 そう言って、ミリアムの姿が消える。

 おそらくアガートラムによる光学迷彩を使ったのだろう。

 扉は締めており、鍵を開けた様子もないのにすでにミリアムはこの部屋から……いや、ホテルから消えていた。

 帝国軍情報局の士官、という肩書に……いや、《鉄血の子供達(アイアンブリード)》に偽りなしということだろう。

 だが、そんなものはユーシスには関係ない。

 トールズ士官学院、特化クラスⅦ組に所属する仲間。

 それが、ユーシスにとってのミリアムだ。

 おそらく、他の友人達も同じ気持ちだろう。

 

「ミリアム……」

 

 兄のこと。友のこと。

 ユーシスを悩ませる要因は数多くあるが、その中でユーシスに出来ることは少ない。

 再び思考の闇に囚われそうになるユーシスだったが、ふと脳裏に浮かんだ言葉があった。

 

 ――助けてくれないか?

 

 つい数時間前に聞いた、リィンの言葉。

 素直に助力を求めるという行為は、ユーシスにとって恥ずべきものだった。

 だが、この数ヶ月でその認識は変わりつつある。

 一人ではない。

 その力は、ユーシスが思う以上のものなのだから。

 

「……まず、フィーを助けるか。ログナー侯へ渡りをつけなければ――」

 

 そうと決まれば休んでいる暇などない。

 ユーシスはホテルへ入る時と打って変わった顔を見せながら、ログナー侯爵の元へ向かうのだった。




クレアさんの精神年齢は事故の時から変わってない、って考えてるのでリィン君と接すると案外年下ムーブを交わすあざとさを身に着けてる気がします。
一方ミリアムによりリカバーされたシリアスさん、再びユーシスに襲いかかるの巻。
今度はどこまで保ってくれるのか…

そして創の軌跡デモムービー公開されましたね!
相変わらず情報の倉庫でしたが、本作品的に衝撃的なシーンがいくつかありましたね…
全部さんの右腕の件とか、一体誰の仕業なんだ…

リィン君「絶対許さねえ! 犯人は俺がぶっ飛ばしてやる!」
リィン?「俺だ」
リィン君「俺か」

なんてこともありえそうで…
加えて考えてるネタが公式でお出しされそうで、ネタ潰しがありそうで怖いですね。
そうなったらなったで仕方ないと思えますが、叶うなら公式より先に出したいところ…
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