はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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フフフ、息子よ。Ⅶ組と再会しよう⑤

 リィンがルーグマンを導力バイクで跳ね飛ばすより少し前の時間。

 アリサ達と別れた二人はジョルジュの伝言通りルーレ大聖堂へ向かっていた。

 アリサも世話になったらしいホムズ大司教とはロジーヌも知り合いのようで、件のシスターがいなくても、おそらく事情を知っているのではないかとのことだ。

 

 ルーレ大聖堂へ入ったリィン達が礼拝堂へ向かうと、伝言通り跪いて礼拝を捧げるシスターが伺える。

 話しかけようとする前に、ロジーヌが率先して彼女の隣に並んで祈りを捧げ始めたため、リィンもそれに合わせて膝を折って目を閉じながら腕を組んだ。

 

女神(エイドス)……結社さんが何か言ってたけど、親父と関係あるのかな)

 

 ふと、かつて出会った人の形をした何かにしか思えない女性との出会いが脳裏によぎる。

 

(親父にあの後話してみたけど、流されたからな。別の結末が見えるということは、かつて喪失した存在とされる幻の御子なのかもしれんな、とか冗談言ってたけど。しかし女神、か)

 

 オズぼんと出会うまで、リィンも普通にゼムリア人として女神への礼拝を行っていた。

 しかし鬼の力の覚醒によるオズぼんの出会いは、リィンの中では見えない女神よりも見える親父を信頼していった。

 無論、リーヴスの教会でロジーヌの手伝いをする時や、ガイウスとのやり取りで風と女神の加護を、という掛け合いをすることもあるのでおろそかにしているつもりはない。

 

 それでも人というのは身近なものにこそ重きを置くものだ。

 リィンにとっての女神ならぬ男神はオズぼんなのかもしれない。

 そんな彼やヴァリマールと離れた現状、不安がないわけではない。

 それでも友人達が助けてくれる。

 アルティナという導くべき幼子がいる。

 ならば、カッコ悪いところは見せられない。

 

「……純粋ではない念が混じっておりますね」

 

 ふと、横に並んでいた見知らぬシスターがリィンに声をかける。

 フードを深く被っているので顔は見えないが、その誘うような声やシスターを名乗るには男を惑わすものが多い恵体がリィンの視界に飛び込む。

 側にいるロジーヌの手前、リィンは態度をおくびにも出さずにいると、ふと彼女の気配に見覚えがあった。

 

「これは……」

「いけませんね、礼拝の途中に声をかけるなど。ホムズ大司教、彼に少し礼節を説こうと思いますので、お部屋をお貸しいただけますか?」

「ええ、構いませんよ。この内戦で雑念を増やすなというのも酷ですからね。しっかり迷いを晴らして来てください」

「そういうことですので、こちらにきてくださいね」

 

 腕を取られ、強引に懺悔室へ向かわされるリィン。

 目を見開くリィンだったが、それは展開でなく自分がこうもあっさりと腕を取られたことに驚いたのだ。

 ロジーヌも隣の騒動に気づき、祈りの手を崩さぬもののリィンと大司教を見比べる。

 あたふたと動けないロジーヌに対し、ホムズは無言の微笑みを彼女に向ける。

 その意図を察したロジーヌが最後に一度祈りを捧げ、慌ててリィンの後を追った。

 

 懺悔室にロジーヌが入ると、リィンの腕を取ったままのシスターが鍵を締めるよう言付ける。

 心優しい少女は指示に従いながら、友に対する弁護とシスターへの軽薄な異性との接触に対して意見しようとするが、それより早くリィンが口を開いた。

 

「何してるんですか、サラ教官」

「えっ?」

「なーんだ。ロジーヌにはバレてなかったからもうちょっとからかおうと思ってたのに」

 

 べ、と舌を出しながらシスターが深く被っていたフードを少し上げる。

 トールズ士官学院の教員であり、リィン達Ⅶ組の担当教官であるサラ・バレスタインはフードを掻きむしるように脱ぐと、普段はまとめている深紅の髪がばさりと舞い広がった。

 珍しい姿に思わず目を奪われるリィンをよそに、ロジーヌが口を開く。

 

「サラ教官……!? どうしてここに」

「ちょっと理由(ワケ)あって行動を制限されててね。だからシスターに変装して潜入しつつ、少しルーレで情報を探っていたのよ。手助けしてくれた大司教には感謝ね」

「情報? クレアさんやミリアムのことですか? それとも、西風の……」

「ふーん……? 少し、情報交換しましょうか、と言いたいところだけど」

 

 言いながら、サラはリィンの腕から離れる――ではなく、抱きすくめるように両腕を背中に回した。

 

「うえっ!?」

「!?」

「……うん、ちゃんと心臓も動いてるわね。全く、どうしてアレで無事なんだか……相変わらずおかしいヤツだけど、無事で何よりだわ。あら、心臓めちゃくちゃバクバクしてるじゃない。年相応らしい面、あったのね」

 

 くすくすと笑いながら、サラの抱擁に動悸を乱すリィン。

 普段まるで女を感じさせないというのに、髪を下ろした姿や七耀教会の法衣というリンクアタックにリィンは首を左右に揺らすばかり。

 ロジーヌもサラに同調するようにくすりと笑う。彼女の目から見れば、普段のギャップは、サラだけでなくリィンにも適応されるからだ。

 

 そしてサラからすれば、セドリックの要請で帝都に向かったリィンが狙撃されるさまをヴィータの魔術によって目撃したのだ。

 リィンならあるいは、と思っていても先日ARCUSから発する謎の《ワンパン(ぐー)》欲が生まれるまでは暗澹とした気持ちが晴れることはなかった。

 そんな心臓を狙撃されて血溜まりに沈んだ教え子の無事を堪能したサラは、やや惜しげを残しながらリィンから離れる。

 

「そういうのはマキアスとか、他のみんなにもしてあげてくださいよ……今ここに居るⅦ組はアリサだけですけど」

「アリサが来てるの? とりあえずリィン、あんた達の話を聞かせて」

 

 わかりました、と息を整えながらリィンはドライケルス広場から倒れた後にエリンへ運ばれ、各地を巡ってノルドでⅦ組の仲間と合流した後につい先程ルーレへ訪れたことを明かす。

 ベリルからフィーが黒竜関に捕まっていることを知ったこと。

 途中クレアと出会い、ミリアムの無事を確認し、ラインフォルトへ向かおうとする途中にミントを介してジョルジュからトワとアンゼリカを助けて欲しいと伝言を受けたこと。

 それらを語り終えると、サラは頭の中で情報を整理し、自分がここに居る理由も明かした。

 

「私がここに居るのは、トワとアンゼリカの件よ。あの二人は今、()()()に追われているの」

「へ?」

「正規軍、ですか」

「どうして……アンゼリカ先輩ならともかく、会長がお尋ね者になるなんて絶対ありえない」

「同意するけど、もう一人のことも心配してあげなさいな。まあいいわ、理由は簡単よ。二人を()()()()()()()にするため」

 

 正確にはジョルジュもだけど、とサラは言う。

 突然の情報に言葉を失うリィンとロジーヌ。

 サラは黙って続けた。

 

「最近、正規軍の動きに変化があってね。大局的には押してるんだけど、どこに現れるかわからない蒼のせいであと一歩が押し込めない状況に業を煮やしたのか、ある作戦が発令されたの。

 すなわち、ガレリア要塞における蒼の騎神討伐作戦。それには蒼の起動者をおびき寄せる人物が必要不可欠。そこに三人の名前が上がっていた」

 

 それがトワにアンゼリカ、ジョルジュのことだと無言で告げるサラ。

 リィンはクロウが蒼の起動者であることを知っていたのかと聞くと、オズボーンから正規軍へもたらされた情報だと明かす。

 

「どうもミリアムの調査で判明したみたいでね。それとは別の()()()()からの情報なんだけど、今のクロウは暴走していてもある条件下では一定の行動パターンがあるそうなの。

 それは、親しい相手の危機に対する防衛反応。つまり、クロウと親しい者が危機に陥ればそこに蒼は現れるってことよ」

 

 それはリィンも知っている。

 他ならぬ自分が直接この目で見た。

 ならば、とある筋というのはルトガーのことだろうか。

 だとしても、それがどうしてサラに流れているのだろう?

 

「クロウはジュライ出身だから、現帝国領であるそこにも調査の手は入って()()()()()みたいだけど蒼は来なかった。

 ならトールズ士官学院の縁から、ってことでトワ達が狙われてるそうよ」

「………………」

「帝都が貴族連合に制圧されてるのは不幸中の幸いだったわ。でなきゃ、トワの縁者であるハーシェル家が狙われる可能性あったもの」

 

 七月の特別実習で世話になった、トワの叔父夫婦が経営する雑貨店で過ごした記憶がリィンの脳内に浮かぶ。

 守るべき日常とも言える彼らの姿が内戦の業火にさらされる危機を、リィンは汗を滲ませながら実感する。

 

「トヴァルには遊撃士として、民間人の保護として動けないか頼んでみてるけど、オズボーン宰相の手は長くて早い。きっとあの手この手でトワ達を利用するつもりよ。

 現に今、リィンからミリアムと氷の乙女様がここに居るって聞いたことだものね」

「え……あっ」

 

 サラの言葉で、リィンも遅ればせながら理解する。

 クレアがここに居た理由はノルドでの一件ではなく、トワとアンゼリカ捕縛のために動いていたということを。

 

「ミリアムとクレアさん、が……」

「……さすがは氷の乙女、ということでしょうか。そんな態度、伺うことは出来ませんでした」

 

 ロジーヌの言葉に、リィンははっとしてARCUSを取り出す。

 連絡先は当然、ミリアムとクレア。

 だがその反応は芳しくない。

 このルーレという都市において導力通信の不調はありえない。

 決して届いていないはずがないのに出ないということは、薄々二人も自分達がここに居る理由を察知されたと考えているのかもしれない。

 

(本当に? 二人は会長やアンゼリカ先輩を捕まえるためにここに?)

 

 Ⅶ組で共に過ごしたミリアムと、先程本当にリィンとの再会を喜んでいてくれていたクレアの顔が浮かぶ。

 どちらも、トワ達へ危害を加えるような人物ではないとリィンは知っている。

 けれど同時に、あの二人は《鉄血の子供達(アイアンブリード)》の一人であることも知っている。

 オズボーンが健在であり、その命令系統に何ら齟齬がないとなれば二人に指示を出したのは父であることに違いない。

 

「リィンさん。逆に考えましょう、お二人がここに居るということは、会長達もこの近辺に居る、ということでは?」

「あ……」

「冷静ねロジーヌ。クレアがルーレ郊外を見張っていたということは高確率のタレコミはあっても特定出来てない状況かしら。

 リィン、アンタはこのままフィーを助けに行きなさい。下手にこっちに関わると、そこを突かれることになる」

「突かれる?」

「アンタの性格と行動はミリアムとクレアも承知しているはず。なら、トワ達を助けようとするために動くのを予測して、今もミリアムが隠れて監視してるかもしれない」

「っ」

 

 リィンの周囲にそれらしい気配はない。

 けれど気配察知も万能ではないし、双眼鏡などの遠距離から監視出来る道具を持っていればその範囲外から行動を監視することは出来るだろう。

 何よりミリアムには学院で過ごす中、自分の力を隠すことなく明かしているのだから。

 

「サラ教官は遠距離から光学迷彩、見破れます?」

「条件が合えば、かしら。というか普通に見破るって無理よ」

「光学迷彩してたのに、ゼクス将軍にノルドで撃ち落とされたので」

「将軍ほどの達人ならやりそうよね、うん」

 

 こいつは話にオチを付けないといけない生態なのかしら、とため息をつくサラ。

 

「でも、ミリアム達が居るならトワ達も場所を移したほうが良さそうね」

「会長達が居る場所、ご存知なので?」

「当然でしょ、ジョルジュから連絡を受けたの私なんだから」

「……サラ教官みたいに変装して動けば」

「ダメよ。気持ちはわかるけど、あの子達のことはこっちに任せなさい。それよりアンタは、()()()()()連携してフィーを助けること。いいわね?」

「え?」

 

 言いながら、差し出されるサラのARCUS。

 促されて耳に当てれば、つい数時間前に共闘した仲間の声が聞こえてきた。

 

「……リィンか」

「ユーシス? なんで……」

「俺は今、フィーを助けるために黒竜関へ向かっているところだ」

「そうなのか! てっきりクロイツェン州かルーファスさんの居る西部に戻ったかと」

「最初は兄上の所に戻る予定だったが、ミリアムからフィーを助けるよう頼まれてな」

 

 その言葉に、ミリアムへの疑念が晴れていくようにリィンは感じる。

 《鉄血の子供達》と言えど、ミリアムはⅦ組の仲間なのだと笑うリィン。

 しかし、そこに冷や水を浴びせるようにユーシスは言う。

 

「だが、今のミリアムは危うい。お前の仇を取ろうとしているようにも見えた。それを成すためなら何もかもをする覚悟が伺えた」

「仇? でも俺はこうして」

「クロウがリィンを殺したことに代わりはない、そうだ」

 

 通話越しの台詞はロジーヌとサラにも聞こえていたのか、沈痛な表情を浮かべる二人。

 リィン自身、マクバーンから与えられた神なる(カグツチ)がなければ確実に死んでいたと思う。

 でも、自分はこうして生きている。ならば、それをちゃんとミリアムに教えてやらなければならない。

 

「ユーシス、フィーのこと頼めるか?」

「無論だ」

 

 リィンの言葉に、ユーシスはその裏に隠れた意図を感じ取る。

 故にこう返した。

 

「だからお前はミリアムのところへ行ってやれ」

「ユーシス! アンタさっき連絡した時と言ってることが」

「……申し訳ないとは思っている。だが、俺には……俺達はこうしたほうがいい、と思った。幸いにもフィーは急いで助けなければならないほど、切羽詰まった事態にはいないようだからな。

 リィン。フィーのことは俺が必ず助ける。そしてお前達と合流する。故に、お前は思うまま動いてくれ。きっと、それが一番いい」

「任せておけ。ああそうだ、それならアルティナと……先行して黒竜関へ向かってる俺の仲間と合流してくれ。こっちからも連絡しておくから。あとメアリー教官も――」

 

 まるで決定事項のように――事実、リィンとユーシスの中ではそう決めたのだろう。

 サラは頭痛をこらえるように頭を抑えながらも、生徒達の意見を汲んだ上での妥協案を告げた。

 

「……ミリアムを止めるっていうことに私も文句はないわ。生徒同士で争うこともないでしょう。でも、まずやるべきことをやりなさい。リィン、アンタはルーレに何しに来たの?」

「フィ、フィーを助けに来ました」

「ならまずそれを成し遂げる! それでユーシスとも合流して、全員でミリアムを迎えに行けばいいわ。今のアンタは、やるべきことに対して迷走してるのよ。

 アリサ達と分かれて行動してるのが良い証拠。だから、そういう時は一つ一つ、やると決めたことから片付けなさい」

 

 いいわね、とサラはリィンとユーシスへ有無を言わせぬ迫力で言う。

 リィンもユーシスも、互いに良い感じに決めた後だったので少しバツが悪そうだが、サラの意見を優先することに決める。

 

「じゃあ、サラ教官はどうするんですか?」

「アンタ達がミリアムを担当するなら、私は氷の乙女様を抑えるわ。こっちは任せておきなさい、遊撃士ってのは人探しが得意なんだから」

「元、ですよね」

 

 揚げ足取らないっ、と軽い説教を受けながらも各自行動を開始する。

 リィン達はアリサ達と合流し、すぐに黒竜関へ向かうこととなる。

 ラインフォルトに関しては無駄足になってしまったが、貴族連合側であり、同じ四大名門のユーシスが協力してくれるならそちらのほうがより確実だろう。

 

 ユーシスとのやり取りを終えると、サラが付いてきなさい、と言ってルーレ大聖堂の裏口へ案内される。

 その先にあったのは、アンゼリカを筆頭にかつてリィンも協力して作られた導力バイクが鎮座していた。

 

「これって……」

「アンからせめてもの足に、って貸してくれてね。士官学院から乗り回してたけど、アンタが使いなさい」

「いいんですか?」

「黒竜関へ向かうなら、足だって必要でしょう? 他の足は馬なりラインフォルトから借りちゃえばいいし」

 

 こっちには別の足があるから、とサラはロジーヌへ向き直る。

 

「ロジーヌ。トマス教官……ううん。ライサンダー卿としての伝言。貴方が思うままに、だそうよ」

「…………はい」

 

 一体何のことか、サラとロジーヌが共有する言葉に首を傾げるリィン。

 それではまた会いましょう、と声を作りフードを被り直してシスターの変装を戻したサラはリィン達と別れる。

 その後ろ姿を見送りながら、リィンはまずアルティナに連絡を入れてユーシスと合流するよう告げ、アリサへ掛け直したのだが……

 

「……出ない」

「本当ですか?」

「ああ。何かあったのか……とりあえずアッシュに掛け直すよ」

「念の為、私のほうからもアリサさんに連絡してみます」

 

 頼むよ、と言って二人同時にARCUSの通信を試みる。

 しかし、返ってくるのは通信を待機する無機質な連続音のみ。

 通信自体繋がらないのならともかく、音を届けている以上は故障ではないと思うのだが……

 

(親父。アリサ達に連絡が繋がらないんだ。親父のほうからアリサ達に回してもらえないか?)

 

 やむなく、リィンはオズぼんへ念話を送る。

 遠く離れたエリンの地で待機しているといえ、声だけの転移と言える念話に距離は関係ない。

 魔術的でなくとも、オリヴァルト協力の元に作られた《響きの貝殻》を利用したアプリはあらゆる場所への通信を可能とする。

 ややあって、オズぼんからの返信が届く。

 

「フフフ、息子よ。こちらからも試してみたが何かに妨害されているようだ」

「妨害?」

「うむ。機能低下状態ということもあるが、何かしらの妨害がアリサ嬢達の周りにあるようだ。二人への通信自体は送られているということはつまり、ARCUSでなく彼ら自身に何らかの認識阻害がかけられていると見るべきだ」

「認識阻害……」

「これはお前達にも適応される。つまり、今のままではアリサ嬢達を追いかけようとしても、場所を知ることすらかなわない」

 

 ミリアムやクレア達のことか、と思うのも一瞬、すぐに切り替える。

 彼女達の目的がトワ達であるならば、アリサ達に構う理由がない。

 とすれば、別の第三者……西風だろうか?

 思案するリィンの横で、ロジーヌがリィンへ唇を寄せる。

 

「オズぼんさん。それは、普段貴方が見える方と見えない方がいるようなもの、と思えばよろしいでしょうか?」

「フフフ、そうさな。厳密に言えば異なると言う他ないが、()()()()()()()()()()()()に間違いはない」

「それなら、憂いはありません」

「ロジーヌ?」

「フフフ、息子よ。必要になればまた私を呼ぶがいい」

 

 そう言ってオズぼんからの通信が切れる。

 サラといいオズぼんといい、一体何のことなのか尋ねようとするリィンより早くロジーヌは言葉の先を行く。

 

「アリサさん達との合流を急ぎましょう。詳しくは移動中に」

「あ、ああ。せっかくだから導力バイクを使わせてもらおう」

 

 アンゼリカからサラへ、そしてリィンへと貸し出された導力バイクに乗り込み、ロジーヌがその後ろへ乗る。

 しかしここにリィンの誤算があった。

 先程サラに抱きつかれて動揺していたせいなのか、背中に感じるロジーヌの巨イナルモノに意識を奪われてしまったのだ。

 

(心頭滅却……我が太刀は無。無だぞ、無)

「リィンさん、先程のことなのですが……」

「応!」

「え?」

 

 七耀教会の聖句のように八葉の文句を頭の中に詰め込むが、背中から感じるロジーヌの肉体と言葉に添削という名の消失がなされていく。

 それでもロジーヌの声音が真面目ということもあり、意識しているのはリィンだけ。

 故に必死になってリィンはロジーヌの言葉だけに耳を傾けた。

 

「なんでもない。続けて」

「は、はい……では改めて。今から法術を使って、アリサさん達への認識を阻害する何かを調べてします。そのさい、私の感覚をリィンさんと共有しますので驚くかもしれませんが、慣れていただけると」

 

 機械による決められた結果を引き出すアーツと違い、法術は多岐に渡る応用が効く。

 元々導力魔法とは法術を元にした技術であり、法国とエプスタイン財団の密接な関係が伺える。

 

「天に(いま)す我らが主よ。我が友を遮る闇を払い、その道筋を御身の光で導かんことを……」

 

 七耀教会の聖句と共に紡がれる法術。

 リィンの腰に回されたロジーヌの手に、刻印のような何かが浮かんでいる。

 思わず振り返ってみれば、きつく目を閉じたロジーヌの顔……肌が見える部分には、手と同じような紋様が浮かんでいた。

 全身に走っているであろうそれは、リィンから不埒の意識を消し飛ばす衝撃となって広がっていく。

 

「どこかで見たことが……まさか、聖痕(スティグマ)!?」

 

 リィンが思い浮かべたのは、バルクホルンにワジ、そしてトマスが使用していた聖痕を使う時に顕現していた紋章だ。

 一つの絵画のように形が整っているものと違い、紋様をバラけて肉体に刻んだような歪さがロジーヌから感じられる。

 一体何が起きているのか、と思った瞬間リィンの目が鬼の力に似た巨大な霊力を認めた。

 

「これは……」

「一部の感覚を、共有させています。私が感じ取ったそれを、リィンさんの、視界に……」

「ロジーヌ?」

 

 何かを堪えるようなロジーヌの声。

 リィンの呼びかけはしかし、ロジーヌの強い声に遮られた。

 

「お気に、なさらず。不慣れなだけで、体に支障はありません。さあ、おそらくあの力が発生している場所にアリサさん達が居るはずです。急ぎましょう」

「……ああ。任せとけ。全速力で向かう!」

 

 言いたいことはあったが、ロジーヌの献身に文句を飲み込んでリィンは導力バイクを発進させる。

 そのことを感じ取り、ロジーヌもまた法術をさらに展開し、リィンの腰に強く抱きついた。

 

 ロジーヌが使っているのはシュミットがエリンに居るさいに編み出した擬似聖痕である。

 聖痕は本来、法国に所属する守護騎士(ドミニオン)と呼ばれる十二人の選ばれし存在だけに発現するものだ。

 しかし、かつて法国を抜け出し結社に身を置いた使徒の一人がそれを再現したように、聖痕が刻まれずともその力に近づける技術は存在した。

 ロジーヌは、禁忌とも言えるその領域へ自ら近づいたのだ。

 

 戦う力が欲しくないわけではなかったが、それ以上にシンプルな話。

 幼少の頃から自制心の強いロジーヌにとっての、初めてのわがまま。

 オズぼんを直接見て、リィンと本当の意味での友になるという願い。

 

 もちろん、リィンは見えなくてもオズぼんのことを認めてくれたロジーヌだからこそ信頼し、重きを置くという面はある。

 だからこそ、見えないⅦ組の仲間達といった多くの人々と絆を紡いでいった。

 それでもロジーヌにとって、エマやベリルといった見える少女達への羨望がないわけではないのだ。

 

 ある突然変異の技術者と、その好奇心を満足させるデータにより疑似再現された力は《匣》の如き異空間の検出。

 生み出すことは出来ないが、ロジーヌはその空間を認識することでオズぼんを見ようとした。

 シュミット教室のメンバーであるロジーヌは彼の力を借りて、リィンに近づこうとした成果が別の形となって現れたのだ。

 そんなロジーヌの法術のおかげで、リィン達は現地へと疾走する。

 だが近づくに連れて、ロジーヌの声に震えが混じっているのをリィンは見逃さない。

 

「ロジーヌ、どうした?」

「悪意、が……途方もない悪意のようなものを感じます」

「俺が使ってた鬼気とは違うのか?」

「材料は同じでも出力が違うような……リィンさんが使っているものと似通ってはいますが、まるで違います」

 

 それを証明するように、リィンの目にもそれが飛び込んでくる。

 赤と黒が混じりこんだ、己が使っていた鬼気解放の鬼眼とは異なる悪鬼眼とも言うべき瞳が蠢いているように見える。

 その中心部に、見知らぬ男が立っている。

 遠くからでも身をすくませるような圧迫感に、リィンの心の中から遠慮の二文字が消える。

 側にはアリサとアッシュがおり、その手を彼らに伸ばしていた。

 それを認めた瞬間、リィンは吠える。

 

「しっかり掴まってろ!」

「っ、はい!」

 

 滝汗を浮かべるロジーヌは、瞳を閉じたままリィンと離れぬようしがみつく。

 ある意味、ロジーヌは幸運だった。

 回されたハンドルを最大限に切ったリィンが、ロジーヌのサポートの元に感知した悪意の塊へ向けて飛び込み――

 

「八葉二輪……螺旋撃!」

 

 壱の型、螺旋と勝手に命名した機械の回転を男に叩きつける瞬間を見ることはなかったのだから。




困った時のシュミえもん再び。
思ったより長くなり、リィン視点だけで終わってしまった…
次回ようやくア……ルーグマンとの対面です。
まだフィーとも出会えない、サブタイトルのⅦ組との再会が遠い遠い。

軌跡の聖痕の色って現在、蒼と蒼金、金色の三種類でしたよね。トマスは金というか白や銀にも見えなくもないですが、どこかで明言されてましたっけね…

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