エリンに戻ってきたリィン達は、それぞれの疲労もあって挨拶することもなく寝室に向かっていた。
リィンに関しては戻ってきた瞬間にはすでに気絶していたため、ローゼリアがベッドに放り投げている。
しかもノルドでの戦いから即ルーレへ飛んだタフネスさに溢れるリィンが翌朝になってもベッドから起きて来ないのを考えれば、消耗の度合いがうかがい知るというものだ。
「ほむ、話はだいたい理解した。お疲れであったな、Ⅶ組の教官よ」
「……大事なところでしくじってしまった、残念な担任ですけどね」
ルーレに向かったメンバーは軒並み寝てしまったため、ローゼリアへの経過報告はサラが行っていた。
彼女はクレアの部下であるTMPによって動きを制限されており、その囲いを突破した時にはすでにトワがミリアム達によって攫われた後だった。
教え子に啖呵を切っておいて心底情けない、と項垂れてしまうのを止められなかった。
「話を聞くに、裏切りがあったのじゃろう? 戦場でそれをされては予定通りに進ませるのは難しくなるもの。大事なのはりかばりぃであろう。
あと無理に敬語を使うことはない、楽にして話すが良い。妾は寛大じゃからな」
「それはどうも。クロウもだけど、ミリアムは裏切り……なのかしら。どちらにせよ、教え子がこぞってこれじゃあ、流石に参っちゃうわ」
「リィンもかなり消耗しておったしの。まああれは、体力以上に身内からの裏切りに堪えていたのかもしれんが」
「…………」
軽く言い放つローゼリアに、サラの浮かない顔がますます下がる。
Ⅶ組は良くも悪くもリィンの影響が強い。
入学式をボイコットした札付きの不良という印象から、考えられないほど入れ込んだものだ。
「友人を大事にする性格だからこそ、だものね。……そう言えば、エマ達のほうは何か聞いてる?」
「ハイアームズの交渉は進展がないと聞く。正確には、交渉どころではなくなったというべきか」
ゲルハルトもユーシス達へ教えていたが、帝都南部のサザーランド州を領地に持つハイアームズは現在、なだれ込んだ正規軍と貴族連合の戦場に巻き込まれていた。
オズボーンが直接指揮しているのは拠点であるガレリア要塞がある東部であるが、彼の懐刀である《鉄血の子供達》とは別に派遣されたライラック・ブリゲイドと呼ばれた男が活躍していると聞く。
名も知れず、仮面を身に着けるという胡散臭さの塊の男であったが、軍属におけるオズボーンへの信頼と彼が発揮する手腕がその文句を封殺した。
部隊の詳細を知るや否や、掌握した部隊を率いてのゲリラ戦に敢行し貴族連合の大部隊を少数で制圧したという情報もあった。
率いられたメンバーの情報とその戦術を照らし合わせて見れば、サラにはその男の正体に予想がついていた。
「猟兵王は、貴族連合じゃなくて正規軍に付いてるのね」
「猟兵王と言うと、当代の紫の起動者であったか。じゃがそやつの名はルトガー・クラウゼルであろう?」
「偽名でしょう。
「花言葉を思えば、名前に思い出なんて単語をつける辺りむしろ造詣が深いと思うが」
「遠回しに私は
ともかく、ルトガーの本領は個人戦闘ではなく部隊指揮における戦術手腕である。
西風の旅団時代でも、《罠使い》のゼノや《破壊獣》レオニダスといったスペシャリスト達の特性を活かし、適切な配置による効率手腕に苦しめられた猟兵団は類を見ない。
北の猟兵時代でも直接やりあったことはないが、その戦術によって戦う前から不利を強いられたことも何度かあったサラには、サザーランド方面も厳しい状況に追い詰められているのだろうと推測する。
「……ローゼリアさん、転移で私をエマ達のところへ送っていただけないかしら?」
「仮にも子供を導く大人が、失態を取り返すために動くというのは褒められたものではないと思うが?」
うぐっ、と気持ちを見透かされたサラは言葉を詰まらせる。
リィン達はラクウェルに潜む敗残兵の集団を駆逐し、ノルドでの戦いを止め、ルーレではスカーレットやレオニダスを打倒した功績がある。
それに比べTMPの連携の前に遅れを取り、目的を果たせずじまいな現状が焦りになっていたのは否定出来ない。
しかし、ローゼリアはそんなサラの心を落ち着かせるよう言葉を紡ぐ。
「まあ落ち着くが良い。お主は蒼の起動者の親友と思わしき男子を保護したのじゃろう?」
「……ええ。ジョルジュ・ノームって言うんですけど、今はルーレの工科大学で匿ってもらってます。
シュミット博士のこともあるし、無理に押し入ることはないと思う。まあ、軟禁じみた不自由さは強いられてるようだけど」
それも仕方ないとは思う。
帝国軍情報局によってトワにアンゼリカ、ジョルジュのデータは割り出されており、一歩でも外に出ればトワと同様に鉄血の手が伸びない保証がない。
その上で秘密裏にミントへ連絡を回し、リィン達を動かしたと思えばよくやったとも言えるが……彼の目論見は、トワの誘拐によってご破産となってしまった。
元遊撃士としても、士官学院生といえ民間人であるトワを救出出来なかったのは悔恨の極みである。
「一人救えただけでも、よしとせねばなるまいよ。お主とて、故郷のように全てを救えるなんて傲慢は持っておらんじゃろ?
何より、子供達はお主を役立たずと罵るような者たちか?」
それはない、と断言出来る。
むしろTMPに襲われた心配が先に来る優しい子達だと、サラは思っている。
「ならば、みっともないと感じているのはそなただけよ。さっきも言ったが、大事なのはりかばりぃじゃよ」
「……本当に、見た目通りではないのね」
「御年九百じゃ、敬え」
そう言ってからからと笑うローゼリアに毒気を抜かれ、深く息をつくサラ。
差し出された紅茶を含めば、二十余年の経験が彼女を冷静にさせる。
「さて、とりあえず話の続きとゆこう。猟兵王……ここは偽名のライラックと呼ぶか、そやつによって拡大した戦線がサザーランドに降り掛かった時、エマ達は領民を救うためにテスタ=ロッサと魔煌兵で機甲兵や戦車を撃退した。
テスタ=ロッサのことから皇族姉弟のことが発覚し、現在のサザーランド州は激戦区にまで昇華してしまった。
ひとまず領民の死傷者がないことは確認しておるが、そこからはまだ連絡次第じゃな」
「……どうあっても戦力が足りないわね。テスタ=ロッサって騎神は、ヴァリマール以上に性能が落ちてるんでしょう?」
「うむ。ヴァンダールの末裔もよくやってはおるが、凌げるのは今日だけであろうな」
「編成もあるだろうから、数日後には正規軍も貴族連合も目的のために戦力を回してくるに違いないわね。
ハイアームズは中立と聞くけど、領民に危害が向かうとなれば……難しい判断ね」
遠回しに、保護という名目でセドリックやアルフィンを貴族連合に差し出すということだ。
少なくとも、そうすれば敵にするのは正規軍だけで済む。
二大勢力に比べて劣勢にして寡兵であるハイアームズが取れる手段はそう多くはない。
「エマがいる限り、無事は保証出来るが」
「でも、そうなるとハイアームズを見捨てることになる」
それは、あの心優しいセドリックやアルフィンには決して取ることが出来ない決断であろう。
愛国心から帝国に弓を引いたギデオンも側に付いている以上、強引にエリンへ戻すくらいはするだろうが……
「私を送ってくれないのは、どうにもならないってわかってるからなのね」
「ヴァリマールもテスタ=ロッサも本調子には程遠い。それでいて相手は最終的に騎神持ちが出張るのじゃから、どうあっても詰みであろう」
逆に言えば。
騎神さえあれば、まだ希望の芽はあるということでもある。
「……この情報をリィンが知れば」
「まー向かうであろうな、サザーランドに。義妹もいる以上、行かない理由がない」
のほほんと、ローゼリアは笑いながら紅茶をすする。
サラはなんとなく、ローゼリアに余裕があるように思えた。
孫娘と盟友の子孫さえ無事なら問題ないという、超越者ならではのものの見方なのか。
いいえ、とサラは頭の中で否定する。
ならばどうして、という疑問を言葉にする前に、ローゼリアが先に口を開く。
「ま、兎にも角にもお主も今夜は休むといい。話し合いをするなり、実際にサザーランドへ向かうなりは明日改めて決めるがよい」
パチン、とローゼリアが指を鳴らせばサラは突然の微睡みを覚える。
ちょ、待っ……という言葉を声に出すことも出来ず、サラは机の上に突っ伏した。
数秒後には、静かな寝息とローゼリアが紅茶を飲む音だけが部屋を支配する。
カチャリ、とティーカップを置いたローゼリアは、サザーランドがある方角へ目を向けた。
「さて、ドライケルスの子孫達よ。そなた達の覚悟、見事世界に示してみるがいい」
*
リィン達が寝静まる深夜。
件のサザーランド州セントアークはハイアームズ侯爵が居を構える屋敷にて、セドリック達は寝る間を惜しんで話し合いをしていた。
話題は当然、今後における彼らの行動方針である。
「私としては、殿下達にはここから逃れていただきたい」
「それは承諾しかねます。ハイアームズ侯は、仮に僕達が離れた後にサザーランド州に何の害なく平定させることが出来るとは到底思えないからです」
フェルナン・T・ハイアームズからの懇願を一蹴するのはセドリック。
気の弱い少年だった彼は、今日の襲撃に思うところがあり意固地とも思えるほどその意見に頷かない。
セントアークへ訪れたセドリック達は、フェルナンとの話し合いの前に領内を周り、内戦中にも関わらず暴動などがないことに、その統治の見事さを称賛していた。
そして善良な領民を、皇子にしてみれば国民を直に知ってしまったことでもある。
そのため、彼らの姿を思えば自分だけ逃げるという選択肢を取ることが出来ないのであろう。
それを苦々しく思うのは、側に座るギデオンである。
(
だが、あれはどう見ても尖兵。本腰に攻められてしまえば……いや、あの仮面の指揮官が本気だったなら、すでにここは制圧されていてもおかしくなかった)
仮面の指揮官、つまりライラック・ブリゲイド――ルトガーのことである。
彼は貴族連合をここへ追い込むだけで、後は手を出すことなく撤退した。
ライラックの役割は火付け役でしかなく、導火線に付いた火が爆発する結果を見届ける役目なのかもしれない。
「殿下のお気持ちは大変ありがたく思います。ですが現実的に、戦力が不足している事実はどうしようもないのです。風御前殿、貴女の予想としてはどういったものと思われますか?」
フェルナンは話の鉾を別の人物――セントアークに訪れていたオリエ・ヴァンダールへ向けた。
「仰るように、仮に殿下達がここから離れたとしてもハイアームズは選択を迫られることでしょう。
貴族連合の総司令であるオーレリア・ルグィン伯と夫であるマテウス・ヴァンダールが火花を散らす西部戦線や、ルーファス・アルバレア卿とギリアス・オズボーン宰相がしのぎを削る東部戦線への本格的な参加……
どちらにせよ、今日殿下達が見た平穏の町並みは今日を以てしばらく見ることが適わない。それを理解しているからこそ、殿下は引かれない」
「…………」
その辺りはフェルナンも理解しているのか、重々しい息をつくだけで返答をしない。
いかに政治のバランス力に優れ、今まで中立を保てていたハイアームズであっても、戦火を直接受けてしまえばそう言ってもいられない。
攻め込んできた正規軍と戦うか、貴族連合として振る舞うか。
難しい選択であることに違いはない。
フェルナンの目的は領民を守ることにある。
だが、否応なしに巻き込まれてしまった以上はもうその目的を果たすことは難しい。
ならば貴族連合と合流し、二者でなく正規軍のみに戦力を注ぐ。
後はより被害の少ない選択をするべきだと、領主としての理性は告げていた。
(でも、ルーファス卿が東部にいるのなら、西部では誰が貴族連合を掌握しているのかしら。
ルグィン伯は常に戦場に姿を見せていると聞くし、同時に指揮をこなすにしても鮮やかにすぎる気が……)
そこでオリエに、以前クルトがセドリックとの和解を果たしたさいの出来事がよぎる。
その最中、まるで点と点を結ぶように閃きが連なっていく。
彼女の脳裏には、ミント色の髪をした伯爵令嬢を偽装する少女の姿が浮かんでいた。
はっとしつつも、今は会談中。すぐにオリエはセドリック達へ向き直る。
「ですが、その上で閣下は殿下達にお逃げください、と伝えているのです。どうかその気持ちを汲んでいただくことは出来ませんか?」
「だからテスタ=ロッサだけでもここに残せ、と」
頷くオリエ。フェルナンも同意した。
クロワール・ド・カイエン公からの要請、テスタ=ロッサの確保はある意味で最優先目的へと切り替えられている。
少なくとも緋の騎神を確保し、献上するのであれば領民に貴族連合の牙が向かれることはなく、皇族姉弟もこの地にいない状況で正規軍が居座ることもない。
ようは
「オリエさんも、やはりハイアームズだけでこの状況を退けるのは難しい、と?」
「……残念ながら。ヴァンダールの精鋭は各地に散っておりますし、私が動かせる戦力など軍務でない道場生……せいぜい初伝の面子が数百と言ったところです」
「母上……」
「ヴァンダールの名に連ねる者ながら、殿下のご希望に沿うことが出来ず申し訳ありません」
「なら――」
「会談中、失礼します」
そこへ割り込んで来たのは、パトリック・T・ハイアームズだった。
彼は会議の面々を見回し、エリゼに目を向けたところで挙動不審になっていたが、咳払いをしつつ要件を告げる。
「パトリック、どうかしたかい?」
「トールズからハイアームズへ避難してきた学生達の確認が済みましたので、その書類を、と……」
見れば、パトリックは手に分厚い書類を持っていた。
これはトールズ士官学院が襲撃されたことで逃げ出した生徒達を、ハイアームズが受け入れていることにある。
本来ならば士官学院にそのまま在住すべきところを、予想以上に激化する内戦はトールズへ閉じこもる生徒達の危機感を煽った。
四大名門であるアルバレア・カイエン・ログナー・ハイアームズのうちユーシスとアンゼリカが不在な以上、生徒達の依存はハイアームズたるパトリックに向けられていた。
中には平民の生徒も混じっていたが、リィン達との交流の中で平民を見下すことがなくなったパトリックは彼らを無下にすることなく、少しずつハイアームズ領地へと送り届けていたのだ。
貴族連合から貴族生徒へ管理を任されている手前、全員を連れて来ることは難しいが何の後ろ盾もない生徒達だけでも、という善意からだった。
しかし、現状では逆に戦地へ逃れてきたという他ない。
トリスタに篭もっていたほうがまだマシという状況に、説明を受けたパトリックも渋面を作る。
「……話はまとまりましたね。ハイアームズ侯やオリエ様としては、騎神を置いていけば私達に手を出さない、と」
「少なくとも、殿下がおっしゃるその後への対応の一つ、ということになります」
アルフィンがギデオンを見るが、彼は無言で頷く。
彼にとってもそれが最もまともな意見、ということだ。
そこにパトリックが反論する。
「……父上。殿下達は己の存在を明かす危険を顧みず、我々の領民を救ってくれました。その上で騎神だけを奪う、など筋が通るとは」
「ではパトリック。君にはここから私や殿下達の意見を汲んだ上で全ての目的を果たす良案があるのかな? あればぜひ私に教えて欲しい。息子であろうと誰であろうと、それを叶えてくれるなら私は頭を下げるよ」
「っ……」
声音こそ穏やかだが、その内面に含まれた苛烈な意志にパトリックは押し黙る。
そんな夢物語のようなことを実現出来るなど、パトリックには言えなかった。
(シュバルツァー……貴様なら……いや、僕は何を考えている。やつはもう――)
脳裏に浮かぶ、血溜まりに沈む少年の姿。
リィンの詳細を知らないパトリックが想起するのは無理もないが、すでに復活した彼はユミルにラクウェルにノルドにルーレと大暴れして、現在はエリンでぐっすりしていた。知らないということは残酷である。
そんなことを知らないパトリックは、せめてエリゼへの慰めを後でしようと決意する。この男、七月に帝国解放戦線によって襲われたクリスタルガーデンにて、アルフィンと共にいたエリゼに一目惚れをしているのであった。
そして、その目論見は姉弟によって砕かれる。
『あります』
全く同時に、セドリックとアルフィンが語る。
目を丸くする一同。
隣のエリゼやギデオンも友と主へ目を向けているが、詳細を事前に知らされていたクルトやエマだけはなんとも言えない表情を刻んでいた。
「――殿下?」
「フフ、ごめんなさいね侯爵にオリエ様。私達も不安なことに違いはなかったので」
この場に似つかわしくない、悪戯をした少女のような苦笑を浮かべるアルフィン。
ですが、と彼女は言う。
「ここでそれを行ってしまえば、領民からも徴兵という名目で戦地へ送られる可能性が高いです。ならば、平穏などあってないようなもの」
「――だから、僕達も決断しました」
「セドリック殿下……アルフィン皇女。一体、何を」
一拍置かれた間の後、二人は再び声を揃えて内容を明かす。
それはその場にいた全員に驚愕の声を漏らし――その決断に、彼らは首肯するのだった。
サブタイトル別名:緋色の戦記
パトリックが連れてきた学生は、いわゆる名前のないモブ生徒達です。
さすがに帝国一の名門校の生徒数がゲーム上の数だけしかいない、なんてことはないと思うので。
原作ではハイアームズ侯は西部で色々やってたそうですが、西部へ行く前のお話ということで一つ。
ルトガーの変装はレーヴェリスペクトのノリです。
流石に正規軍が猟兵の指揮に素直に従うとも思えないので。
創でマテウスやオリエが正式参戦したので内戦にも出しました。
とはいえマテウスさんは羅刹様との師弟対決のためこの場にはいませんが…
次回も引き続きエマ達の視点へ。
多分一話で済むはず…
創の軌跡一言感想:祝・八葉一刀流の他の型名称公開!
一の型・螺旋
二の型・疾風
五の型・残月
七の型・無
と、ベリルによって明かされましたが、やっぱり基本技にそれぞれの型の名前が入ってる感じですね。
なら三の型が炎(業炎撃・龍炎撃)、四が葉(紅葉切り・アネラス版落葉)六が斬(孤影斬・緋空斬、他八葉の○○斬)、ってことでしょうかね。
その割には鳳凰烈波とか螺旋の文字入ってませんし、暁や荒神天衝等、奥義や連携技に関しては別ってことかも?
正直リィンが○葉派生作りまくってるので、七が葉でも良いんじゃってなりそうですが。