また、誤字報告ありがとうございます。
「ひゃああああああああああ!!」
夜、寝込みを襲われたローゼリアは絹を裂くような悲鳴を上げていた。
御年九百といえ体は子供、時折外見に引きずられるような精神年齢が発揮する気難しい魔女の長は深夜にベッドの上に突貫してきたリィンに恐怖を抱いた。
「ま、待たぬか! いくら妾がせくしぃじゃからって、今の姿ではちょっと違うじゃろ! お主、本気でそうなのか!?」
「おおう? っと、おやすみ中すみません。どうしても
さしものリィンも悲鳴を上げられては体が硬直してしまう。
せめて優しく揺すって起こすなりしてくれれば、生娘のような醜態を見せずに済んだのに、と寝ぼけ眼を一気に覚醒されられたローゼリアが半眼でリィンを睨む。
「ぐぬぅ、エマがぐーをぶち込みたくなる気持ちがよおわかる」
「そこは謝ります。でも、上手くいけば内戦を一気に終わらせられるかもしれないアイデアが浮かんだんです!」
「…………」
ローゼリアはじっとリィンの左腕や、周囲に念話が送られていないかチェックする。
しかしそこには何の
「あやつの入れ知恵ではないのか」
「親父がいなければ何もできないリィン・シュバルツァーはもういないんですよ」
「いや、お主はあれがおらずとも平気で妾達の予想の斜め上を行くじゃろ」
今みたいに、と愚痴るローゼリア。
達成力は低下したかもしれないが、実行力に些かの衰えもない。
むしろ友や仲間に頼ることで達成力を補う行動の数々は、多くを巻き込む分以前より性質が悪いとも感じた。
「それで、妾のすよすよタイムを邪魔する価値はあるんじゃろな?」
「煌魔城をガレリア要塞に顕現させます」
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「なんて?」
「煌魔城をガレリア要塞に顕現させます」
「聞き違いではなかったー!?」
驚きのあまりベッドの上に立ち上がり、シーツに足を引っ掛けてすっ転ぶローゼリア。
ベッドのヘッドボード部分へ頭をぶつけそうになるのを見て、リィンは即座にローゼリアの手を取って引き寄せる。
勢いに引かれて飛び込んでくるローゼリアを受け止める。
リィンは肩の上に彼女の顎を乗せながら、ローゼリアの荒げた息を整えるまで待つ。
やがて息と心臓の鼓動が落ち着いた頃合いでローゼリアがリィンから離れると、手元に魔導杖を召喚した。
そしてゆっくりと杖の先をリィンに向けるが、それだけ。
淡くぼんやりと光る杖を眺めるリィンには、何の変化も訪れなかった。
「うーむ……外部から改めて鬼の力を受けた形跡もなし……平常と言っても……」
「いえ、別に俺がおかしくなったわけではないですよ?」
「うん、お主は元々おかしいものなあ」
「俺でも傷つく時は傷つくんですけど」
「知らぬ間に勝手に治っとる癖に……」
改めてローゼリアがリィンにそれに思い至った理由を問う。
リィンは特に隠すことなく明かす。
「今、内戦は正規軍・貴族連合・皇族の三つ巴とも呼べる勢力図になっています。
でも、殿下達はおそらく一時的なもの。元々の戦力と数の違いから、時間が経てば経つほど不利になる。だから大事なのは父さんにルーファスさんの二人。
おそらくこの二人が内戦から外れれば、自然と戦争の規模は縮小するはずです。その間に殿下達に皇宮を奪還してもらい、停戦を呼びかければ指導者を失った二大勢力は自然と考えを落ち着かせるはずです。
でも、そのためには父さんとルーファスさんをなんとか隔離する必要がある」
「そこは理解出来る。問題は、なにゆえそれに煌魔城を使うのかということじゃ」
「黒の史書によれば、去年の導力停止現象から最後の『黄昏』という予言の間には三年の開きがあります。
その間に、東の碧き大樹と煌魔の城が現れることは確定。おそらく東の碧き大樹というのは、マクバーンさんがクロスベルへ行く前に言ってた碧の大樹計画ってやつですよね? それが今クロスベルで起きているのなら、後は鶏が先か、卵が先か……どっちも出るならどっちが早く現れたって誤差でしょう」
「誤差て」
辻褄は合うかもしれないが、ローゼリアは善き魔女として煌魔城の顕現を止める義務がある。
それを当然、リィンは知らないはずないのだが……
リィンはローゼリアの疑問に答えるように話を続ける。
「魔女でさえ黒の予言を覆すことはできない。だから結末を差し替えることを望んでヴィータさんも行動していた。
おそらく、ヴィータさんもこう考えているんじゃないでしょうか。どうせ現れるのであれば、先手を打ってコントロールしてしまえばいい、と」
当初もヴィータはそう考えていたことだろう。
だが皇城の地下にあるテスタ=ロッサは解放され、核となる騎神がない以上煌魔城の顕現は難しい。
そもそも今のヴィータは、蒼の暴走を抑えることに専念しているため、そんな暇もないだろうが。
「テスタ=ロッサを解放したことで、煌魔城を顕現させるという目的は達成されておるのではないか」
「殿下達が戦場に出た以上、拿捕される可能性も考えておくべきです。実際、カイエン公もそう動いているんでしょう?」
「それは、そうかもしれぬが……」
それでも煌魔城が一度顕現してしまえば、周辺への被害は出る。
黒の史書に記されたように、周辺の人々の精気を吸いやがて死に至ってしまう可能性がある。
その懸念を、リィンは一蹴する。
「ガレリア要塞は現在、父さんの拠点。会長を利用する以上、そこに貴族連合……というかクロウ先輩を呼び込むのは必須。
ならそこに集まるのは一般人でなく精強な軍人や領邦兵。短い時間なら影響はないでしょう。そもそもガレリア要塞の周辺は人がいませんし、クロスベルはあのバリアが守っている」
「リィン、お主まさか」
「喧嘩両成敗で一つ。戦力自体なくなれば、内戦を続けることも出来ません」
核にするのがオルディーネなのは変わりませんが、となんでもないように至極あっさりとリィンは告げる。
以前、黒の史書についての話し合いの中、煌魔城についても当然検討されていた。
呼び出す禁呪の存在や、なぜ魔城の所以などリィンが持つ情報量は細かなところはあれど魔女達と差異はない。
そして元はテスタ=ロッサを元にした――つまり、暗黒竜の呪い、ひいては鬼の力と呼ばれる力の原点に浸されたものを核にすることで煌魔城は生まれるのだと明かされている。
「今のオルディーネは鬼の力そのもの。煌魔城の核として、これ以上のものはありません」
「妾、お主のことが怖くなってきたんじゃが」
「手段を選んでられるほど余裕ありませんからね」
「それに、オルディーネを利用というかどうやってそれを行う? 何より、いくら利があろうと妾は」
「当然、善き魔女、それも長である限り率先して禁忌を犯すマネはしないでしょう。だからヴィータさんと協力を取り付けます。現状の目的が同じなら、歩調を合わせることは可能だと思います」
リィンの言葉に絶句するローゼリア。
一瞬、頭が沸騰しそうになるがすぐに鎮火させる。
吐き出そうとした言葉を飲み込めば、その姿を見たリィンがローゼリアに言った。
「聞きましたよ、ヴィータさんに絶縁宣言したって」
「一体どこで」
「ベリルから」
「あの者もあの者でほんによくわからん……」
「どの道、ヴィータさんはすでにエリンのルールから外れた存在。なら、あの人に頼んで煌魔城を呼び出してもらえばいい。
オルディーネを核にすることも、あの人なら問題ないことでしょう」
「…………」
「絶縁したのなら、別にヴィータさんを頼っても問題ありませんよね? 関係ないんですから」
「ん、ぬ、ぐぐ。わ、妾が一体誰のために……」
口にしないが、無論リィンのためである。
リィンを害された怒りでヴィータと絶縁宣言してしまったものの、ローゼリアとてこうして元凶のわんぱくわがまま放題な面を見てしまえば嫌でも冷静になってしまう。
しかしこうして指摘されてしまえば、もやもやとした気持ちが湧き上がってくる。
それは、ヴィータとの絶縁が本気ではないことの証左。
「家族仲は良好なほうが良いですよ」
(これは、アレじゃな。ろっくおんされたってやつ)
リィン・シュバルツァーは他人の家族問題には積極的に介入する少年である。
ユーシスのように表面化していなかったならともかく、今まさに家族に問題がある、それも恩人の、という状況で動かないはずがない。
今まで動かなかったのはタイミングが悪かっただけで、その時に達成出来るのであれば平行して行おうと言うのだろう。
どうあっても避けられない問題なのだと知り、ローゼリアは重々しいため息をついた。
「と、これがヴィータさんに提案する用で、実際は別の方法を取ります」
「妾、もういっぱいいっぱいなんじゃが?」
「まあ聞いてください。まるきり考えなしってわけでもないんです」
「考えなしのほうがマシなのか、そうでないのか」
「ヴィータさんの目的は魔女の考えと一致してますし、仲直りもできて内戦の終結も目論める一発逆転劇ですよ」
「……お主の言うこと、合っておったのう、劫炎」
「え?」
「いや、なんでもない。友というのはすごいものじゃな、って思っただけよ」
「俺とローゼリアさんが友達ですか、ちょっと気恥ずかしいですね」
「妾の盟友にれべるあっぷしたいのであれば、相応の格を持つのじゃな。で、考えというのは?」
「煌魔城を呼び出す《
ローゼリアは開いた口を閉じることができなかった。
「煌魔城自体は、高位次元に封印されてるんでしたよね。かつての帝都では、それを呼び出し、上書きすることでその存在を固定させた……
《魔王の凱歌》による召喚は、テスタ=ロッサを導力端末とし、魔女によるアクセスで
「た、確かに異次元へ介入する方法は一つではないし、音楽と魔術の親和性が高いのは認める。じゃが実際そんなこと」
「今のエリンにはエリオット、そして避難しているフィオナさんがいます。楽譜作りに関しては最上のサポートですよ」
クレイグ姉弟にも無茶振りする気満々だった。
「ま、待て! リィン、お主の話を例に例えるならば、あくせす先の
「そこはエマのお母さん……イソラさんの秘術を借ります」
首を傾げるローゼリア。
なぜここでイソラの名が、とつぶやくローゼリアにリィンは言う。
「自らのアストラル体化……俺を救ってくれたあの術は、他者の内面世界へ赴くためのものでしたが……アストラル体ということは、異次元へ移動することも可能ですよね?
高位次元に住まう幻獣といった存在が、それを証明しています」
「まさか……アストラル体となり、直接煌魔城を探す気か? その身一つで!?」
「そのまさかです」
「や、やめよ! そんなもの、無事である保証などない!」
それは、海に生身で潜って深海の中に落ちる小石……いや、その粒を見つけろと言われているようなものだった。
サルベージなんて単語で収まるほど小さなものではない。
ただでさえアストラル体への変化に加え、身を守る術もなく異次元へ赴こうとするリィンは狂気以外の何者でもない。
「次元漂流者となってしまうのかもしれんぞ! そうなれば、ゼムリアはおろか……いや、そもそも――」
「なりません。ローゼリアさんもいますし、戦術リンクの光が俺を導いてくれる。ミリアムが、俺を助けてくれたように」
言いながら、リィンはARCUSを取り出す。
戦術オーブメントが灯すリンクの光が、側にあったローゼリアのARCUSへ繋がる。
光を注ぎ込まれ、受け止めるようにローゼリアのARCUSもまた光を発した。
そこからさらに外のユーシスや寝ているⅦ組の面々の側にあるARCUSにも光を伸ばそうとしたのを見て、すぐに駆動を止める。
「これがある限り、俺は必ずここに帰って来れます。むしろ、朝日が昇る前に戻って来られますよ。……ローゼリアさんの協力があれば」
「選択肢があるようで実質一択しかない問題を突きつけるのやめよ」
それは、ローゼリアの答えがリィンへの是を示していた。
ようは今から自殺するので見殺しにしたくなければ手伝えと、命を対価に脅しているのだ。
善き魔女にとってこれ以上の脅しはない。
リィンからすれば信頼の裏返しなのかもしれないが、頭とお腹が痛くなるのは気のせいではない。
もっとも、リィンならばたとえ己の協力を得られずとも、別の手段で遠回りしながら目的を達成するのだろう、と考えるローゼリアも
「忙しくなりそうじゃのう」
「えーっと、今からローゼリアさんに俺をアストラル体にしてもらってから、高位次元へ飛んで煌魔城の座標を探してタブを打ち込んで朝までにエリンに戻って、次にエリオットやフィオナさん、それに魔女の皆さんの力を借りて唄を編曲。時間がかかると思うので、その間に交渉するためにヴィータさんのところへ行ってそこから……」
「忙しくなりそうじゃのう」
魔女の長は、人生で一番長い一日になりそうじゃと、遠い目をしながら窓の外を見やる。
月は憎らしいほどに輝き、頑張れよとエールを送っているような気がして、いよいよ
なお、魔女の一番長い日が今後に更新されることを、今のローゼリアは知らない。
祝:創の軌跡無料アップデート!
全部さん加入はもちろん、追加シナリオも楽しみです。