いつも誤字報告ありがとうございます。
五月になり、怪我も癒えて学院生活に復帰したリィンの周囲は、特別実習後より変化を迎えていた。
遠巻きに見られていた相手からより畏怖の目で見られるようになったり、ひそひそ話が増えた気がするとリィンは感じている。
顕著なのが貴族生徒である。
遠巻きに見ていた彼らは逆らったらやべー奴と言わんばかりに視線で見られ、生徒会活動のさいに話しかけたら怯えられたことがあった。
パトリック・ハイアームズは話しかけてきたと思ったら何も言わずに去っていったりと、よくわからない行動を繰り返している。
(フフフ、息子よ。あれは思春期だから放っておくといい。父親が世話になったことでお礼を言いたいが、素直になれないお年頃というやつだな)
(こっちから話題を振っちゃダメなのか?)
(心の区切りは本人にしかつけられん。お前は彼の葛藤が収まるのを待つがよかろう)
当然のことながら、魔獣飼育施設の破壊、ならびに関与した貴族の処罰、オーレリア・ルグィン伯との死合という名の稽古はトールズ士官学院にも話が広がっていた。
ただし正確な話を知っているのは四大名門及び一部の伯爵家である。
ケルディックでの出来事はまだアルバレアの権力で抑えることが出来たが、パルムでの出来事はハイアームズ侯の力もあり、事実は一部の貴族達、と限定されたものの帝国内へ広まった。
情報制限が行われたのは、貴族が魔獣を飼育し、時に猟兵に流すといった醜聞は広められないのだろう。
ただし功労者であるⅦ組B班のことは評価されており、特科クラスⅦ組の意義が改めて定義出来たとサラは喜んでいた。
Ⅶ組内で言うとユーシスとマキアスの衝突が目に見えて減ったことは、A班にとって大きな衝撃であり、B班の距離が縮まったこともそれに含まれている。
特にラウラは特別実習で知り合ったクルトとは定期的な連絡を取る約束をしているようで、教室で手紙を書いていたこともあった。
そのさい、リィンからもクルトに伝言はないかと尋ねられて少し驚いたのも記憶に新しい。ラウラは随分と険が取れているようだ。
とりあえずクルトには、帝都に行った時かこちらに来たら稽古しようと武芸者としての社交辞令を送っておいた。
(ダガ、りぃんガスルコトニ変化ハナイナ)
(ああ、まだ奉仕活動の期間は残ってるし)
復活したヴァリマールにうなずきながら、リィンは生徒会活動への奉仕を終えてようやくの自由時間を迎える。
今のリィンは、黄金の羅刹と名高いオーレリア・ルグィン伯と共に貴族を拿捕し、その余波で大怪我を負って休学した――ということになっている。
オーレリアの要請ということに合わせ、ハイアームズ侯の力添えによってシュバルツァー家への流れ弾が向かうことはなかったが、それでも男爵家が身分の差を覆して貴族を捕縛したという事実は貴族課に微妙な空気の変化を与えている。
畏怖の目で見られるのは、身分関係なく危害を加えたら遠慮なく反撃される――そう思っているのだろう。
だから、なのか。
生徒会活動を通じて、平民生徒からの尊敬にも似た視線が多くなってきていた。
一部貴族生徒の横暴への対処に駆り出されることも多くなり、リィンは遠慮なくそれらを解決しているからだ。
伯爵以上の貴族にはハイアームズ侯からの通達でも届いているのか、リィンを見るなり距離を取りそれ以下には必殺の「ルグィン伯呼ぶよ?」はかなり効果覿面である。
「ハイアームズ侯はともかく、オーレリアさん伯爵なのに、随分と影響力高いんだな。いや伯爵が低いってわけじゃないだけど」
(フフフ、ラマール州の領邦軍の総司令という立場もだが、彼女自身帝国でも有数の剣士であるからな。この学院でも色々と伝説を残しているようだ)
ちなみにリィンはARCUSでオーレリアとやり取りをする上で、伯でなく名前で呼ぶことを許されていた。
今度温泉へ行こうと約束しているので、温泉好きとしては少し楽しみだった。
廊下の曲がり角を進もうとしたところで、向こうから誰かが歩いてくる気配を察知する。
少しペースを緩めて衝突しないよう気をつけるリィンだったが、覚えのある気配につい足を早めた。
「ロジーヌ」
「え?」
リィンが声を掛けると、宣言通りロジーヌが曲がり角から顔を出した。
突然リィンが現れたのもそうだが、顔を見ていないのに自分であることを当てられたロジーヌはぽかんと口を開けている。
「ああ悪い、気配がそうだったから」
「リィンさん。もう少し普通の人らしく声をかけることに慣れたほうがいいですよ」
「ロジーヌならいいかなって」
「まあ、私は気にしませんが」
ならいいだろう、と押すリィンに頬に手を当てて困ったような笑みを浮かべるロジーヌ。
「ロジーヌはどこかへ行くのか?」
「今は特には。ただ、後でトマス教官とお話をと思っていますね。そう言えば、もうお体は大丈夫なのですか?」
「休み明けにも同じことを言ってたぞ」
「怪我は何度言っても心配なものです」
そんな彼女の隣に並び、リィンはなんとなく気になることがあったので歩調を合わせて歩いていく。
ロジーヌには特に隠すことなく、リィンは特別実習の内容を打ち明けていた。
というか、ベリルが見抜いたせいでエマにも再度事情の全てを打ち明けさせられたとも言う。
エマはまた怒りがぶり返したのか頬を膨らませるし、ベリルはくすくすと笑っていた。
ロジーヌはリィンをいたわってくれたが、それ以上に何か考え込むような表情が増えた気がする。
そのことを指摘してみると、気にしないでくださいと言っていたが……
「なあロジーヌ。最近トマス教官と一緒にいるのをよく見るけど、二人は元々知り合いなのか?」
「え?」
「教官と生徒、っていうにはちょっと気心が知れた仲に見えたからな。……その、そういう関係だったら俺は付いてかないほうがいいか?」
これが他人なら言葉を飾らずに言ったが、ロジーヌ相手には慎重になるリィン。
以前、トマスといたロジーヌはボウガンを手に制服をくたびれさせている姿を見かけたことがある。
あれはまるで、戦いの後だったという印象だった。
教官が生徒をわざわざ誘って何かを手伝わせていたとしても、トマスは入学して一ヶ月の生徒にそんなお願いをする人柄とは思えない。
なら、以前からの知り合いという線が強い。
もしかしたら……と、リィンが言わんとすることを察したのか、ロジーヌは彼女にしては珍しく慌てたように両手を振った。
「いいえ、ご想像をされているような関係では。ただ…………そうですね……………リィンさん、少しお願い事をしてもいいでしょうか?」
「いいぞ、何をすればいい?」
歩調を早めたロジーヌが、リィンの前に立つ。
手弱女という印象が強いが、その瞳にはそれを覆す強い意志を感じた。
「私に、近接戦闘の手ほどきをしていただけませんか?」
*
ヴァンダイク学院長から鍵を拝借したリィン達は、旧校舎に足を運んでいた。
ヴァリマール本体が鎮座するそこは、そこそこの空間があるので遠隔操作をする時にも使われている、シュミット教室の実習地と言える。
「さて、近接戦闘の手ほどきってことだけど……」
リィンはそこでロジーヌを見やる。
緑色の制服なのは変わらないが、武器がいつものボウガンではなく、見たことのない剣が握られている。
意匠の施された剣にはいくつもの亀裂にも似た線が刻まれており、何か意味があるのだろう太刀を構える。
「とりあえず適当に合わせるから、今は攻めてきてくれ」
「わかりました」
ロジーヌが剣を構える。
リィンが先手を譲ると、ロジーヌは早速攻撃を仕掛けてくる。
特別実習のヴァンダール練武場で行ったように、リィンは防御のみでロジーヌの剣を受け続ける。
(身体能力はともかく、剣の腕自体はそう高いものじゃない。戦闘力って意味なら、ボウガンを使っていた時のほうが強い。なのに、どうして剣を使うんだ?)
武器の熟練度の違いが明確に出ているため、ロジーヌの剣技はユーシスの宮廷剣術に及ばないとリィンは判断する。
当然のようにロジーヌはリィンの防御を崩すこと叶わず、鋼の噛み合う重々しい音だけが旧校舎の中に響く。
ロジーヌが攻めてリィンが防ぎ、避け、時には力で押して距離を遠ざけるということを繰り返す。
ただでさえ慣れない近接戦闘の上に、リィンとの対峙で体力の消耗が常以上のロジーヌは早くも息が乱れてくる。
そろそろ勝負どころか、とリィンの判断を後押しするようにロジーヌが距離を取る。
息を整え、機を伺ってくるロジーヌ。
しばし、にらみ合いが続く。
ロジーヌの髪から滴る汗が地面に落ちる。
同時、ロジーヌが動いた。
リィンの予想に反して、ロジーヌはまっすぐ突っ込んでくる。
フェイクも何もない前進にやぶれかぶれかと思いつつ、下方から切り上げてくるロジーヌの剣を受ける。
そのまま彼女を突き飛ばそうと太刀を前に動かそうとして――突如背中に寒気を感じて咄嗟に横へ避けようとするが、ロジーヌは服を掴んでリィンをその場に留めようとする。
だが弱った彼女にリィンを止める力はなく、リィンは左手をロジーヌの腰に回して一緒に飛び退いた。
その影響でロジーヌの手から剣が離れると、視界の端にワイヤーのようなものが見えた。
ごろごろと二人は地面を転がり、すぐに立ち上がったリィンに対してロジーヌは立ち上がることが出来ずに倒れている。
はあはあと、整えていたはずの呼吸の乱れがやけに大きく聞こえた。
「どうする、続けられるか?」
「…………いえ、すみません」
「了解、じゃあここまでだな」
納刀し、リィンはオズぼん経由で適当なタオルを取り出してロジーヌの体にかける。
次に放り出された剣の回収をすると、剣に仕掛けが施されていることに気づいた。
剣は分割した作りになっていて、分かれた刀身の間にワイヤーを通すことで鞭のようなしなりを生み出している。
最後に背中へ感じた気配は、この分かれた剣がしなりをもって背中に迫っていたということだろう。
大した初見殺しのギミックだ。
(ふむ、この剣は…………)
(親父?)
(いや、ロジーヌ嬢から聞くといいだろう)
それだけ言ってオズぼんは黙ってしまう。
気がかりではあったが、今はロジーヌを休ませるほうが先だろう。
ギミックを元に戻すのに少し手間取ったが、その頃にはロジーヌの体力も少し戻っており、上半身を起こす程度には回復していた。
リィンが再びオズぼん経由で冷たい水入りの水筒を差し出すと、ロジーヌは美味しそうに目を細めながら喉を潤す。
「ん、ん……はあ」
「…………………」
「リィンさん?」
「いや、珍しいものを見た、って思って」
「そう、でしょうか」
そうなんです、と言いながらリィンはロジーヌが差し出してくる水筒を受け取る。
中身が半分だけ減っているのが律儀なロジーヌらしい。
リィンは一口だけ冷えた水をあおり、残りをロジーヌへ押し付ける。
彼女は何か言いたげだったが、汗をかいた量はロジーヌのほうが多いと告げれば最終的には納得して水筒を受け取ってくれた。
「ロジーヌって普段は余裕に満ちているっていうか、全部受け入れて動じない印象があったんだよ。だからそんな風に感情を出してるのがレアだ」
「私としては特に意識したつもりはないのですが……」
「なら、今知れたな。なんていうか、大人っぽい? ベリルもあんまり感情出さない奴だけど、あっちが呑み込む感じならロジーヌは包み込むって思うし」
「ふふ、ベリルさんに失礼ですよ」
「そこで笑うロジーヌも同罪だよ」
そうですね、と苦笑しながらロジーヌは残りの冷水も飲みきってしまう。
良い飲みっぷりに二本目いるか、と聞けばロジーヌは十分ですと首を振った。
リィンはなんとなしにロジーヌの隣に座り込む。
きょとんとしながらこちらを見るロジーヌに、リィンは彼女の剣を渡した。
「これ、ただの剣じゃないけどどこかの流派専門の武器なのか?」
「専門と言えば専門、ですね。あまり知られておりませんが、教会の一部の方が使っているところを拝見したことがあります」
「教会の?」
「はい。法剣と呼ばれるもので、私は教会…………その縁で使わせていただいてます」
ロジーヌが何か戸惑うように言葉を途切れさせていたが、リィンはアーティファクトのことは確かベリルが言っていたな、とそちらに夢中で気づかない。
ヴァリマールも元はそれに該当するのでは、とのことだが、結局どうなのだろうか。
「つまり、教会の手伝いでその法剣をもらったから使いこなそうってことか。でも、ロジーヌはボウガン使ってるんだし、無理に使う必要ないんじゃないか?」
「ですが、使えたほうがリィンさんのサポートの幅が広がりそうなので」
そう言ってロジーヌは何かを取り出す。
それはARCUSにも似た……というより、ARCUSそのものに見えた。
「ロジーヌ、それ」
「はい。シュミット博士が複製し、私とベリルさんといったシュミット教室の皆さんに配布してくれました。Ⅶ組の皆さんほどではないですが、簡単な戦術リンク機能も搭載しているようです。ARCUS適正がⅦ組基準に満たなかった私でも使えるのはありがたいです」
ほら、とロジーヌが言うとリィンとの間に戦術リンクが結ばれる。
驚くリィンをよそに、ロジーヌは話を続けた。
「リィンさんは〈黄金の羅刹〉と呼ばれる相手に迫る実力を持っています。そんな貴方を助けるためには、ボウガンだけでは不足と実感しました」
「ロジーヌ…………」
リィンの胸に温かいもので満ちる。
ロジーヌの実力は関係ない、その気持ちだけで嬉しいと言いたくなるのを抑えた。
エマにも言われたことだ。自分の意見でなく、彼女の気持ちを尊重しなければ。
「まだ手に馴染んではいませんが、ボウガンと合わせて戦い方の幅を広げていけると思います。少なくとも、騎神との戦闘データ収集でリィンさんとエマさんにだけ負担を強いることはなさそうです」
ベリルが操作するヴァリマールと戦闘するさい、戦術リンクを結んだリィンとエマを主攻に、ロジーヌはボウガンでのサポートを行っていた。
今回のことで戦術リンクに加え近距離・中距離に対応出来るようになれば二人の負担も減る、とロジーヌは嬉しそうに笑った。
ちなみにヴァリマールの遠隔操作は、リィンやエマ、ロジーヌも出来るがデータ収集に一番最適なのがベリル操作、リィン達が戦闘担当なのでそのパターンが一番多い。
「フム、コレハ我モ励マネバナランナ」
「ヴァリマールさん?」
「戦術りんくハ我モ結ベルヨウニナッテナ。べりるモりんくガ使エルトイウノナラ、我ノ動キモ多様性ガ生マレルダロウ」
「特別実習で、大きな経験をなされたのですね」
リィンの心臓から聞こえるヴァリマールの声に驚くこともなく、ロジーヌは感心した声で褒めてくる。
この大らかさから生まれる懐の広さには参る、とリィンは苦笑した。
話が区切られると、ロジーヌがゆっくりと立ち上がる。
その瞳に秘めた意志の強さは、言葉以上にリィンにものを言っていた。
「明日も授業あるし、適度にしてもらえる……なんて思わないでくれよ?」
「はい、望むところです。よろしくお願いします、リィンさん!」
「応!」
我ノ台詞ガ、とのたまるヴァリマールを流し、リィンはロジーヌの気力が続く限り稽古に励む。
その後、疲れ切って寝入ってしまったロジーヌを学生寮まで抱えて運んだリィンだったが、何故かトマス教官を呼ばれて何をしていたか、必要以上に詳しく問い詰められるのであった。
ロジーヌは法剣・ボウガンの二つを引っさげてゲスト参戦してくれると思ったのに…
リンクでの掛け合い聞きたかった。
彼女をメインにすると、真面目度が上がってリィン君が大人しいですね。
はっちゃけるロジーヌさんが書けないせいかもですが。彼女は保護されているっ