物々しさとは無縁の静謐。
ひっそりと佇んでいるようで、陽炎のように虚ろう姿見でありながら圧倒的な霊圧を残す黄金の一角獣。
そこに悪意はない。
周囲に首を巡らせてみると、以前ゼムリアストーンを入手するさいに訪れた霊窟に似た雰囲気を覚える。
ならば一角獣はその番人なのだろうか、と霊圧による気付けで自我を強固にしていくリィン。
そのおかげで、今まで自分を導いてくれていたのがローゼリアであることも思い出す。
アストラル体のため武器はなく、あるのは焔の守護と絆の命綱。
争うことは出来ない、と思うリィンだったが、黄金の一角獣は驚きを顕にして話しかけてくる。
「まさか……この次元への来訪者、それもそなたのような因果の持ち主が現れるとは」
「貴方は……?」
「我が名は――」
一角獣が言葉を発したが、名前だけは理解出来ない。
まるでその単語だけ消失しているかのように、言葉が頭に届かないのだ。
「しかし、懐かしき同胞の気配だ。魔女ではなさそうだが……」
「同胞……ローゼリアさんの知り合いですか?」
「うむ。ローゼリア……焔の至宝を見守る灼獣とは同胞となる、大地の至宝を見守る任を女神より与えられていた」
「ローゼリアさんは、魔女の長では?」
「九百年ほど前、先代の長の使い魔だった存在……それがローゼリアの根幹。死亡した先代の長と融合し、記憶などの一部を引き継いだ二代目がそなたの知るローゼリアということだ。それを知らぬ身で加護を与えられているのか。つくづく妙な因果よ」
「……大地の至宝を見守る聖獣――つまり貴方は、大地の聖獣と」
みじろぐことで肯定する一角獣――大地の聖獣。
まさかここで伝説にうたわれる守護獣と出会うとは思わなかったリィンは思わず目を丸くした。
同時にローゼリアが女神の聖獣であることも驚くが、リアクションの交通渋滞のせいでいまいち実感が沸かない。
彼にとってのローゼリアは、聖獣と敬うにはいささか身近すぎた。
「でも、どうしてここに……」
「……九百年前に起きた暗黒竜の降臨。その折に呪いの大半を引き受けた我が本体は瘴気に侵され、今もなお帝都の人工特異点でその身を捧げている。
本来あったはずの聖獣としての存在の残滓――呪いにすべてを侵される前に切り離したが、器のない水はただ消え去るのみ……このように星辰体のみの儚き存在として、消失を待つ身であっただけのこと」
「つまり、今の俺みたいな存在ってことですか」
黒の史書の一節に、確かそのような記述があったことを思い出すリィン。
つまり彼はゼムリアに呪いを流出させぬよう、己の体ごと異次元へ呪いを封印した生贄であるということだ。
肉体はとうに己の干渉を無視し、まともな理性だけが幽霊のように高位次元へ隔離されすべてを見守る他ないという。
拳をぐっと握る。
湧いて来るのは純粋な怒り。
なんだそれは、と星辰のみの存在であるリィンの胸中は、その気持ちでいっぱいだった。
「気にすることはない。全ては定められたこと……それよりも、早くここを離れるがいい。ここは牢獄のようなもの。そなたがここにいれば、脱出することも――」
「いいえ、気にします」
「何?」
「俺は、高位次元を彷徨っている間に理解したことがあります。――人であれなんであれ、寂しいってのはすごくきついことだって」
ただの獣なら気にしなかった。
けれど彼は言葉を介し、感情を持ち、突然の来訪者であるリィンのことを気遣い、心配する様子すら見せた。
黒の史書という事実が書き記された証拠もある。
ならば、頑張った分だけ報われるべきという気炎がリィンの中で噴火した。
「何もせず消失を待つ身ってことなら、何をされても構わないってことですよね?」
「何を……一体何を言っている……」
「事前にローゼリアさんに
困惑する大地の聖獣に、リィンは街の人に挨拶を交わすように告げる。
「大地の聖獣さん。その身がアストラル体であるというのであれば――俺と合体してください」
「そなたは何を言っている」
さっきから何を言っている、しか発言できない大地の聖獣。
だがリィン・シュバルツァーに触れた相手ならおかしいことでもない。
それは
「アストラル体には他者の介入による干渉が可能……思考を持つ存在であるなら、俺のどこかに宿ることが可能なはずなんです。俺の因果……過去を見ることが出来たなら、承知のはずですよね?
それに、俺の親友である人も外の理からゼムリアの存在と融合を果たした例があります」
それは、未だにどうしてリィンに宿ったのかわからないオズぼんやヴァリマールが証明している。
ローゼリアすらわからない事案。同じ聖獣であっても、大地の聖獣はただ戸惑いを発するのみ。
そうでなくとも、ローゼリアの守護がアストラル体に刻まれたように……己の星辰に何かを加える余地は十二分にあるのだ、とリィンは語った。
「……その荒唐無稽ぶりが、その狂った因果の源ということか。だが小さき……
「別に構いませんよ。力が欲しいから取り込むんじゃなくて、言葉を発するから――感情を持つ一つの命だからこそ、ここで朽ち果てるなんて俺は見過ごせない」
世界のため、帝国のため己の身を犠牲にしてまで呪いの媒介となった大地の聖獣はやはり納得を示すことはない。
いかに残骸の身であるとはいえ人間という器に己を宿すなど、呪いに対する自身と重なる想いだった。
「呪い……鬼の力の操作は俺も嗜んでいます。少なくとも他の誰よりも詳しいと豪語できるくらいに」
それでも、と大地の聖獣は言う。
アストラル体だからこそ、リィンの感情と本音は確かに届いている。
だから、あと一歩。
その想いと共に、リィンはその手を大地の聖獣へ伸ばす。
「大丈夫です。俺、憑依されるのは慣れてるので。今更一人増えても二人は喜んで歓迎するしょうし、まとめて面倒見たり見てくれますよ」
躊躇する大地の聖獣を後押ししたのは、かつてなく説得力に溢れた言葉だった。
「少なくとも、ただここで朽ち果てるだけなら……俺と一緒に、貴方が護り続けた帝国の未来を見て消えていくほうがよほど建設的ですよ。九百年も耐えたなら、俺が寿命で死ぬあと百年くらい先まで頑張りましょう。ほら、ちょうど千年でキリもいい」
それに、とリィンは言う。
「肉体が別にあるなら、復活の可能性だってある。なければ作ります」
「それは、全ての呪いを打ち消すということか?」
「ええ。どのみち、父さんと一緒に過ごすためなら避けては通れない道ですからね。全部が無理でも、一部でも俺のアストラル体に定着出来れば……可能性さえ生まれれば、希望はあるはずです」
迷いのない、なさすぎる瞳が大地の聖獣を射抜く。
大地の聖獣は、その呆れ果てる行動に出せないはずのため息を錯覚した。
そちらに意識を奪われていた大地の聖獣は、気づけなかった。
頭を垂れるように沈めた一角に、リィンの手が触れたことに。
無意識のそれは同意の握手のように二人の間に交わされる。
アストラル体同士の接触により、互いの存在は溶け合い、混じり合い――リィン・シュバルツァーの因果を読み解いた大地の聖獣、アルグレスは少年の魂に刻まれることで、その失われた名を取り戻すのだった。
*
「正直に言えば、本当にできるとは思っていなかった」
「そうだったんです?」
「うむ。我が残滓を力に変え、大地の檻としてそなたに託すという考えがあったのは否定出来ない。だが、受け渡すどころか普通に我が星辰を受け入れた上で、こうして話まで可能とは。それも魂を傷つける痛みもなく、な。……そなたの魂は、人間というには大きすぎる」
そこはリィンも不思議に思った。
ローゼリアの加護を受けるさいは、煉獄の焔に炙られているような痛みであったはずなのに、アルグレスの魂は何ら問題なく、かつてのヴァリマールのようにリィンのアストラル体と融合を果たしたのだ。
「俺の心臓は父さんのものですし、二人分の魂が宿ってるってことかもしれませんね」
「……いかにそなたやその父が傑物といえ……他に何か理由があると思うが……」
場面は再び高位次元。
八葉の船に乗って次元の波を漂うリィンとアルグレスは、ローゼリアが示していた航路に戻ろうと彷徨っていた。
見渡す限り無と言える空間に漂うだけでは暇、というリィンの発言から二人は会話を繰り広げているのである。
ちなみに悪魔達は、ローゼリアの守護に加えてアルグレスまで宿った星辰の護りの前にあえなく撤退していった。
「でも、俺は以前に比べたらパワーアップどころかパワーダウンしてる状態ですよ? 塩の杭に心臓を撃たれた影響で、鬼の力を失ってしまいましたし」
「……そこで生きている時点で我の理解の埒外ということはわかった」
九百年の間外界との繋がりを絶っていたアルグレスには、数十年前に起きた塩の杭のことは知らないが、普通の人間が心臓を穿たれて生きているのはおかしい、と言える程度には人間の生態と常識を知っていた。
「いえ、いくらなんでも死なないほうがおかしいですからね? 俺が生きていられたのは、親友――マクバーンさんの助力があったからです」
「神なる
「拡張?」
「そなたは破壊と再生による相殺の結果鬼の力を失ったと考えているが、外の理というのはそう単純な破壊ではない。
神なる焔は塩の杭とやらの破壊に耐えられるだけの下地にまで星辰を広げた結果、というわけだ」
「つまり、神なる焔は俺の魂を塩の杭を受けても問題ない程度に強化した、と?」
アルグレスの言葉を翻訳するのであれば、自分を受け入れる時点でリィンの星辰に何らかの変化が起きていることは確実という。
エマの話では、塩の巨人と焔の巨人が自分の中で争っていたらしい。
つまり、奇しくも相克のような舞台がリィンの星辰の中で行われていたというわけだ。
勝者である神なる焔――肉体という下地を炎で叩き上げることで、より強靭な魂になったのではないか、というのがアルグレスの推察だった。
「なら、鬼の力が消えたのは一体……」
「古来より、塩とは邪気を払う性質を持つとされてきた。塩の杭とやらにとって、ゼムリアは不浄な土地にでも映ったのか……その辺りはわからないが、鬼の力は元々呪いの源泉。そして焔もまた、穢れを浄化する象徴の面を持つのは言うまでもない」
「つまり、浄化の焔で鬼の力が祓われたと」
「そういうことだろう」
「……今、思いついたこと言っていいですか?」
「なんだ?」
「相克ってことはつまり、塩の杭も神なる焔の性質も俺の星辰に刻まれてるわけで……それ、俺の星辰から取り出すことが可能だったりします?」
それは遠回しに、呪いを集めるアルグレスに浄化するリィンがいれば――
「…………………………」
「…………………………」
「い、いや待て。決めつけるのは早い。鬼の力が消えた理由も、我の推測でしかない」
「で、ですね。こういう時はデータ収集しないと」
その先は言わなかった。
沈黙しながらも、浮かんだ可能性に動揺する一人と一体。
シュミットの薫陶により、まず調査を始めるべきだと頭は理解していたが、ワンチャンあるのではという考えがそわそわと心を落ち着かなくさせる。
おそらくアルグレスもまた、浮かびもしなかった可能性に動揺しているのだろう。
「そ、そうだ。アルグレスさん、道はこっちで合ってるんですか?」
「あ、うむ。
「はは、煌魔城見つけてエリンに戻ったら、九百年ぶりの再会になるわけですね」
「そう簡単に行くかわからないがな――」
高位次元のナビゲートをアルグレスが引き継いだことで、リィンのアストラル体を乗せた八葉は軌道を変える。
だが、アルグレスは知らなかった。
己が宿った少年の、狂った因果律のおかしさを。
*
「……なんだこの空間。大きすぎる建物がありますけど、城っていうにはなんか違う気が……卵の殻みたいな外郭があるし」
「……………………」
「アルグレスさん?」
「幻想機動要塞、トゥアハ=デ=ダナーン」
「それが、この建物の名前です?」
「あ、ああ。千二百年前に地精の祖先が築き上げたとされる拠点だが……まさか見つかるとは」
「煌魔城ではないんですね。でも地精の祖先……もしかして黒の工房の拠点……?
それなら内戦が終わった後にアリサ達を連れて来るかもしれませんし、とりあえずタブ付けだけして、と……」
言いながら、リィンはここまでの次元マップの脳内図にこの場所をチェックする。
後でローゼリアに魔術で脳内映像を書き記す予定だったが、アルグレスが居るならばと彼にも協力を要請する。
小さな可怪しき者に押されるアルグレスは素直に頷いた。
「どちらにせよ、煌魔城ではないんですね。朝までにはエリンに戻って、エリオットに頼んだりヴィータさんと交渉しなきゃならないのに……」
「生き急いでいるな、そなたは」
「やることが多いだけです。……ん、ヴィータさんってそう言えば煌魔城呼び出そうとしたかもしれないんだよな……あの、アルグレスさん」
「何だ?」
「幻獣とかみたいに、ここからゼムリアの狙った地点に降臨って出来ますかね?」
アルグレスは、リィンが何を言っているかわからなかった。
*
日が昇って間もないジュノー海上要塞の一室。
オーレリアは早々に戦場に出撃し、ヴィータも蒼の起動者の元へ向かったその部屋には一人の少女――ミルディーヌ・ユーゼリス・ド・カイエンが数日後に訪れるであろうガレリア要塞決戦の戦術を練っていた。
彼女の瞳はかつてリィンや友人達に見せていた、感情的なものではない。
むしろその逆、それらを押し殺して最適解だけを求める効率重視の面を見せるように、全ての人間を『数』で計算するような危機感すら抱いていた。
ガレリア要塞決戦による結果次第では、境界を超えてしまうのは確実なほどに、ミュゼは自身の精神を追い詰められていた。
(……セドリック殿下にアルフィン皇女まで決起するとは。可能性はごく僅かなものでしたが、実際に起きてしまった以上は修正を加えなければいけませんね)
脳内のチェス盤に
そこに友好を結んだアルフィンへの情はなく、皇女という駒の影響力による波紋を予測する冷徹な姿を見せる。
(……助けてくれる人はいない。自分で、私が、動かなければ)
嘘で本音を覆い隠す。
本当ならば、助けを求めたい人は居た。
でも、その人はもう自分を助ける力を失ってしまった。
今も何か動いているようだが、上げた戦果――鬼の力を持ったスカーレットと西風の旅団の部隊長を倒すのが精一杯のようでは、到底ミュゼの希望に沿う力ではない。
窮地に訪れる白馬の王子はいないのだ、とミュゼは知っている。
だから、自分が鉄の騎馬を駆る猛将達を導いてこの内戦を生き抜かねばならない。
ひび割れそうな心を仮面で隠しながら、彼らの戦力をどう扱うかと思案するミュゼにかけられた声があった。
「ミュゼ?」
「……ここには誰も入らぬようオーレリア将軍から言いつけられていたはずです。部屋の前にいた警備兵をどのように誤魔化して入ったかわかりませんが――」
オーレリアでもヴィータでもない男性の声。
何か問題でもあったのかと顔を上げたミュゼの視界に飛び込んで来たのは――一糸まとわぬ身で光の紋様を隅々まで刻んだリィン・シュバルツァーであった。
その姿にミュゼは一瞬で仮面を剥がされ、乙女の悲鳴を上げた。
「き、きゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
白馬の王子は来ない。
訪れたのは、黄金の一角獣を
こんな王子様は嫌だ。
シェアハウス:シュバルツァーに新規の入居者が訪れたようです。
閃の軌跡のマップに人物も細かく配置されてるのは、リィンが気配を探れる範囲、みたいなネタがあったような気がしますが、どこまで本当なんでしょうね。
そしておまたせ、エセふわミントさんとの再会です。
本当はもっとロマンス溢れる再会プロットがあったんです。
それこそ原作でのアルフィン救出的なイベントを用意してたんです。
でも気づいたらこの展開に…どうしてこんなことになってしまったんだ…