「どうかされましたか!?」
ミュゼの悲鳴を聞きつけ、オーレリアが配置した護衛達がなだれ込んでくる。
しかし部屋にいるのはミュゼ一人であり、周囲を見渡しても争った形跡もなく誰かが侵入した様子もない。
呆然としたミュゼが部屋のある場所に目を向けているが、やはりそこには誰もおらず、居た形跡もない。
「あ……な、なんでもありません。少し、トラウマというかその……」
「………………………‥いえ、こちらこそ配慮が足りませんでした。申し訳ありません、失礼します」
見事な一礼をして去っていく衛兵。
オーレリアが用意しただけあって、まともな思考と品性を持つ貴族出身の彼は、ここ一ヶ月の間で見せた少女の
だが、才能と精神が比例するわけではない。
才覚を振るうには優しすぎる少女には、内戦における苦悩はかつてないものがあるのだろうと男達は察した。
自分達に出来るのはせいぜい、彼女に不埒な輩を近寄らせないだけだ、と意気込みを新たに扉を閉める衛兵。
その数秒後、彼らの意気込みを粉砕する男がミュゼに再び声をかける。
「もしかして、ミュゼにしか見えないのか? うーん俺が親父になった気分だな‥‥でもミュゼは魔女じゃないし、霊視が出来れば見れるのかな?」
「…………………」
「ん、どうしたそんなじっと見て。体に何か――」
そこでリィンが自分を見返してみれば、体を隠す衣服を何一つまとっていない状態であることに気づく。
成人していない、さらに聖アストライア女学院出身の少女に見せるのは刺激が過ぎた、と反省し慌ててアルグレスに念話を送る。
(アルグレスさん、やばい! 俺また牢屋に入れられちゃうかも!)
(……我も牢獄という制度は知っているが、また……?)
(前に二回ほど)
(我、本当にこの少年を信頼していいのか……?)
どちらも一夜限りで本当に犯罪を起こしたわけではないのだが、なぜか牢に巡り合わせの多い男である。
(それより、どうなんです?)
(アストラル体は自らの星辰そのもの。意識に服をまとう、などという概念はない。それに我が見たところ局部は謎の光で見えない。大事ないのでは?)
(アルグレスさんの過ごしてた頃はともかく、今のゼムリアは服の一つもまとってないと不審者として捕まるんですよ)
せめてミュゼから見えない位置に移動しよう、と思いながら一瞬でミュゼの背後に回るリィン。
ミュゼはミュゼで、突然現れたと思えば消えたリィンが背後から己の肩に手を置いた時点で、再び上げそうになった悲鳴を押し殺すのが精一杯だった。
リィンとしては自分はここにいるというアピールのつもりだが、全裸の不審者が己の肩に手を置いているのだからさもありなん。
「悪いな、見苦しいものを見せた。これなら話せるだろ?」
「あ、あの……」
「ん?」
「なぜ、どうして、とか本当もう色々たくさん、いっぱいあるのですが……」
頭脳明晰と称された少女の語彙が幼児のようにたどたどしい。
それだけの精神的動揺があるのだろう。
それでも頑張って息を整え、おっかなびっくりと肩に乗ったリィンの手に己の手を添える。
魔術を学び、マナの力などを理解していなければ触れもしなかっただろう虚像を、己の手でしっかり掴んだ感触をミュゼは覚えた。
「本当に、生きてて良かった、です……!」
ヴィータからリィン生存の報告は聞いていた。
伝手から彼らの行動の逐一を見守っており、ユミルからルーレまでの成果は承知している。
それでもリィンのいつも通りの声や、自分ですら読めない行動の数々を直で実感してしまえば、込み上がるものを抑えきれなかった。
偽りの仮面を強引に粉砕された先には、ただの少女の姿が見える。
リィンはその涙声に、頬をかきながらも、誠実に答えた。
「ごめんな、内戦を止めるって言ったのに結局こうなっちゃって。嘘つきになっちゃった」
「ほんとう、ですよ」
私がどれだけ、という震え声にリィンは答える言葉を持っていない。
どれだけ言葉を尽くしたとしても結果として内戦は起こり、こうして彼女を泣かせることになってしまったのだから。
故にリィンがすべきことは、行動あるのみである。
「一応、俺なりのプランを考えてきたんだ。それにはミュゼの力も必要になる。だから、図々しい話なんだが、内戦を終わらせるために助けてくれないか?」
「……ぐすっ、……本当に、ひどい人……私がどれだけ……頑張ったと……」
その先の言葉はない。
しばらく沈黙が続くが、やがて泣き終えたミュゼがリィンに続きを促した。
「ヴィータさんがいないからちょうどいい、俺が考えているのは――」
ローゼリアに語った内戦を終わらせるための作戦を伝え、最後にリィンはミュゼに言った。
「で、この作戦の大トリ……というか最重要なところを担ってるのがミュゼなんだ。煌魔城の機能を掌握して、トマス教官の《匣》みたいにする。正確には、人員を自由に配置出来るようにするって感じかな?
それで、特異点内をこっちだけが自在に正規軍と貴族連合をチェスみたいに動かすことが出来れば、殿下達がバルフレイムに囚われた皇帝達を救出する時間稼ぎが出来る」
いっそお互い共倒れにしちゃってもいいかもな、と言いながらリィンは続ける。
「Ⅶ組にはマキアスっていうチェスが得意な友人もいるけど、ミュゼと比べるとどうしても、だからな。正直、ミュゼがいないと破綻するような計画なんだけど……どうだ?」
リィンはミュゼとチェスをしたことがないが、マクバーンの記憶を取り戻す過程で彼女のチェスの実力を知る機会があった。
ちなみに相手はローゼリアだったが、あまりの強さに涙目まじりになり哀れに思ったミュゼが手加減したが負けていた。
そして、その作戦を聞き届けたミュゼが思案する。
そもそも煌魔城を探すために高位次元に星辰体となって飛ぶ、の時点で自分の理解の外であるが、最終的な手綱をこちらに任せてくれるというのは非常にありがたい。
正式なチェスの駒と違い、互いの戦力差で駒を奪ったり奪えなかったりするかもしれないが、その程度の微調整やルール変更は得意分野。
むしろ、ミュゼが嬉しいのは自分に最後の一手を任せてくれるということだ。
「俺は、今まで頑張ってくれたミュゼの努力は否定したくない。約束破っちゃった俺が言うのもあれだけど、ミュゼの手で内戦を終わらせる盤を描いて欲しい」
ぶるり、と体が震えた気がした。
恐怖や動揺ではなく、高揚。
一種のカリスマとも言えるだろうか?
リィンにカリスマという言葉は一見似合わない気もするが、人を振り回しながらも引っ張っていくという点においては他の追随を許さない。と、思う。
これがただの理想論であることも承知している。
現にリィンはまだ煌魔城を見つけておらず、ヴィータとの交渉も成功していない。
加えてオズボーンにルーファスという傑物を出し抜くという、事前準備よりも難易度の高い結果が求められている。
それでも、とミュゼは感じる。
(理屈じゃ、ないんですよね……今みたいに)
確率論や因果律といったものを度外視し、自分がしたいことを貫き通す意志力。
その部分において卓越したリィンの行動力が、こうして自分との対面を果たしているのだと思うと無視することは出来ない。
無論、これに盲信するつもりもない。
この感覚を信じた結果、リィンは心臓を狙撃され内戦はミュゼが予想していたよりも凄惨なものとなって起きてしまったのだから。
(可怪しき者よ。転移で魔女の気配がこちらへ近づいてくる)
(ヴィータさんですかね?)
(名前は知らぬが、その魔力や気配はかつての魔女の長にも比肩しうる)
(ヴィータさんですね。せっかくならこのまま交渉してみましょうか? アルグレスさんがいるなら、話も回しやすいかもしれませんし)
と、そんなミュゼに見知らぬ声が伝わる。
話に聞く、高位次元で
個人的感想だが大地の聖獣がリィンに宿っているなんて聞けば、話を回すどころか停止するとミュゼは思った。
(でも、どうしていきなりここに?)
(……自賛するようであれだが、我の存在はゼムリアにおいても相応のものだ。そんな格を持つ存在が自分の陣地に現れたのであれば、魔女としては放置出来るものであるまい)
(あー、なるほど。でも、今のアルグレスさんって残滓だけで大した力は残ってないのでは?)
(我もそう思っていたが、そなたが元々持つ力に触れたことで、それを器に我の力が多少なりとも戻ったのかもしれぬ。
そなたが別の因子による影響で鬼の力を持っていたように、な)
そこで一度話を切り、アルグレスは改めて来るヴィータへの対処法を授ける。
(我としては一度距離を取り、伝言なりをして確実な再会を果たすのがいいと考える。無理やり顕現したせいか、長時間この場に存在することは予期せず星辰への負担となる)
(一理ありますね。煌魔城を見つけてないのに交渉しても突っぱねられるだけでしょうし)
(突っぱねられるとかそれ以前の問題だと思いますが……)
そこからしばらく二人は会話を続けていたが、やがてリィンがミュゼの肩から手を離す。
するとアルグレスの声も聞こえなくなり、会話と再会の終了を告げているのだとミュゼは理解した。
「ミュゼ、改めてまたここに来る。早くて今日、遅くても夜までには来るから、ヴィータさんに伝言頼む」
「……一応私にも予定があるのですが」
「内戦を終わらせるより優先することか?」
「それを言われると返す言葉もないですが、予定のキャンセルというのは規模が大きくなるに連れて混乱も大きいのだと理解してください」
表に出ていないが、ミュゼは現状オーレリアの参謀としてのポジションに付いている。
それを知る人員は少ないといえ、彼女の一手が遅れるたびに帝国西部の
互いの将の実力は五分だが、兵の質は貴族連合が劣勢。
ならば勝負を決するのは戦術であることは語るまでもない。
そんなミュゼの時間を僅かでも空けるのは、とても大変なのだということを理解して欲しいのだが、きっと理解した上で強引に作るでしょうね、今みたいにとミュゼは乾いた声を漏らす。
(可怪しき者よ、もう数秒だ)
「了解です。じゃあな、ミュゼ。……今度はちゃんと、全部本当にしてから来る」
一瞬だけ頭を撫でられる感触が残る。
それが離れた瞬間、ミュゼの前に生まれる転移陣から焦ったヴィータが姿を現した。
「――何があったの? さっきまで、とてつもない霊圧がこの辺りにあったようだけど」
「何があったと聞かれれば、そうですね……」
んー、とミュゼは両目を閉じながら人差し指を唇に当てる。
その仕草にヴィータは目を丸くする。
つい数時間前まで決壊寸前のダムのように押し留めていた感情が、素直に表に出ているからだ。
「発光する全裸の不審者に襲撃の予告を受けたってところでしょうか?」
「は?」
「現実の希望は、理想よりずっとバカバカしいものだったってことです」
当然のことながら、いかに優秀な魔女であるヴィータでもその言葉の意味をすぐに理解することは出来なかった。
だがしばらくすれば、振り回された経験からいかなる理由かリィンがここに来たのだと察する。
(貴方の言った通りね、刧炎。解決策は向こうからやってくるみたい)
それはそれとして、発光する全裸の不審者ってどういうこと? と思いながら、考えるだけ無駄でしょうねとため息をつくヴィータであった。
*
場所は代わり再び高位次元。
いい加減そろそろ煌魔城を見つけたいリィンであったが、当然のように簡単に見つかることはない。
リィンの縁、アルグレスの縁、とにかく自分達が既知である何かを手がかりに探っていく一人と一体。
ふと、リィンは視界の端にそんな既知の何かを発見した。
「ん、これは……」
「どうした、可怪しき者よ」
「何か、今の光を見たことがあるような……」
巡る星々を想起するような、移動する星光を目の端に捉えたリィンはそこに八葉の船を進めていく。
霊力でも導力でもないその力にアルグレスは困惑するが、リィンもまた何だったっけと思い出そうと頭をひねっている。
「あっ、思い出した」
「何だ?」
「確か、アストラルコード――」
そうつぶやいた瞬間、アストラル体では感じることのない心臓の鼓動が強く脈打つ。
気づけば、リィン達は何かに引っ張られるようにそこへ吸い寄せられた。
「……ここは?」
目を開ければ、リィン達を待っていたのは見たことのない光景だった。
リィン達が降りた何らかのシンボルを模した台座が他にもいくつにも存在し、周囲には似たようなモニュメントも建てられている。
奇妙なモニュメントは中継塔のような印象を覚える。
戦術オーブメントのように、本体の力を引き出す媒介とでも言えばいいだろうか?
アストラル体であるリィンに台座は不要。
そのままモニュメントを調べようと浮かび上がろうとする寸前、リィンにかけられた声があった。
「博士より突発的な星辰の乱れを観測したと報告がありましたが――カンパネルラや記憶を半分取り戻したマクバーンの案内なく、よくぞ辿り着きました。いえ、迷い込んだと言うべきでしょうか」
幾重にも重なるような、強制的に聞き耳を立ててしまう存在感を持った声だった。
リィンはこの感覚に覚えがある。
かつてユミルの温泉に入っていた折、何の前触れもなくリィンの前に現れた――
「結社、さん?」
応えるように、夜光虫のような燐光が周囲に漂い薄暗い空間を染めていく。
すると、導力エレベーターのように上から降りてくる台座の上に浮かんだ光の中から、一人の女性が姿を表す。
水晶を思わせる長い髪を揺らし、少女の声でコーティングした重音が木霊する。
「次元を漂うだけでは決してここに到達することはありません。確かな座標、あるいはより
大地の聖獣をその身に宿すことで、権能がいくつか解禁されたようですね」
相変わらずリィンにはわからない言葉を続ける女性。
だが大地の聖獣に言及していることで、リィンは彼に目の前の女性のことを聞こうとしたが、アルグレスからの返事はない。
「アルグレスさん?」
「貴方と彼の星辰は一時的に切り離されています。と言っても、元の次元に戻れば何ら問題ないことです」
「……わからないことだらけですが、せっかくなので聞きたいことが」
「煌魔城であるのなら、この位相空間を出てすぐに見つけることが出来るはずです。心配はいりませんよ。対価として、ここへの道は閉ざされることになりますが」
いたれりつくせり、とは違うが女性はリィンを害するどころか手助けをしてくれそうな雰囲気だ。
かつてオズぼんが彼女の正体は消えた幻の御子では、などと言っていたが……
「……………………」
じっとこちらを見る女性の瞳と目が合う。
何か、違う気がした。
至宝の御子というのであれば、超越者であることに違いはないだろうが……それよりももっと、別の何かではないかとリィンは直感的に思った。
瞬き。
女性がその動作をすると、リィンのアストラル体が勝手に浮かび上がる。
おそらくこの場所から追い出されるのだろう、と理解したリィンの口が勝手に叫ぶ。
「あ、あの! これだけは聞かせてください!」
「伺いましょう」
「
その言葉を最後に、リィンはその空間から消える。
その後、ノバルティスがその空間へ乱入し、再構築していたアストラルコードへの不正侵入及びその影響でクロスベルで行われていた神機関連のデータの消失に騒ぐなどの事態があったそうな。
錯乱し悲鳴を上げ、最後に項垂れるノバルティスをよそに、女性はリィンへの言葉を反芻する。
「ええ、とても気持ちよかったですよ。流石帝国一の温泉郷です」
返事が届いたかどうかは女性にはわからないが、リィンならば聞こえているだろうと思った。
何故ならば、彼は去る直前にこう言っていたからだ。
「またのご来訪お待ちしてまぁぁぁぁぁぁぁぁす!」
と。
結社のことでも、世界のことでもなんでもない、実家の温泉愛をこの場で叫べる彼だからこそ、予想もつかない可能性を見せてくれるのだろうと女性は改めて感じていた。
結社さん(仮)
「いい加減元の(裏)ルートに戻ってくださいねー」
以前の感想で推測していた方もおられましたが、結社へ漂流するリィン君でした。
ついでに周辺をウイルスみたいに回ったせいでデータがぐちゃぐちゃになり、某博士が脳破壊されることに。いずれもっとやってやりたいと思います。