はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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フフフ、息子よ。姉弟とは良いものだな

 リィンが高位次元をマラソンしている頃、未だ日も昇らぬ深夜帯。

 エリオットはローゼリアからの情報を頼りに、降魔の笛のデータを求めてガンドルフの工房を訪ねていた。

 ぐっすり寝ているガンドルフを起こすのは申し訳なかったが、ぐずぐずしていたらリィンが戻って来てしまう。

 エリオットとしては、リィンが戻った頃には編曲済み、ないしその手がかりを得ておかなければと思っていた。

 

(どうせリィンのことだから、煌魔城って場所を探す以外のこともしてるだろうし)

 

 Ⅶ組(せいかい)である。

 ローゼリアがガンドルフに連絡を回してくれたそうで、向かった先の工房には明かりが灯っていた。

 本当に申し訳なく思うが、呪歌の編曲という大仕事のためだから仕方ないのだとエリオットは自分を納得させる。

 

「すみません、ローゼリアさんから連絡が行っていると思うのですが……」

「おう、聞いてるぜ。ったく、夜中に起こされたと思ったら……相変わらずリィンのやつとんでもねえこと考えるぜ」

「えっと、リィンをよく知ってるようで?」

「一応はこちとら灰の騎神を色々いじった職人だからな。起動者であるあいつとも自然な流れってやつだ。ま、リィンの場合俺だけじゃなくて魔女の里の連中全員といつの間にか知り合いになってたが」

「あ、はは……相変わらずというかなんというか」

「ここに来るたびにお土産持ってきたり、遊んだりするから子供達なんかは懐くのが早かったもんだ」

 

 魔女の里の住人が少ない、というのもあるが、基本的にエリンに住む人々は善良な人物達ばかりだ。シュミットを普通に受け入れた時点で、彼らの人間性がわかるというものである。

 リィンが灰の起動者ということもあるだろうが、例えそうでなかったとしても、親交を結ぶのは早かったことだろう。

 

「それで、降魔の笛のデータだったな。こいつにまとめてあるから、この導力端末と一緒にダリエさんのところへ行くといい。場所は――」

 

 そして、深夜の来訪に文句一つなく、さらに別の人物への紹介も気兼ねなく行うガンドルフを見れば、本当に善き人達なんだなあエリオットは苦笑する。

 礼をして言われた先へ向かえば、そこに待っていたのはストールをまとった老婆だった。

 

「えっと、貴女がダリエさんですか?」

「ああ、そうだよ。リィンの友達って言うだけあって、あんたも行動派なんだね」

「僕はリィンほど行動力を持ってるわけではないですけど……」

「こんな真夜中に里の中走り回ってる時点で似たようなものさ」

 

 それを言ってしまえば夜釣りの時点でも結構な行動派なのかもしれない、とエリオットは振り返る。

 あの時はリィンの見張りとして夜ふかししていただけだが、普通にそれを楽しんでいる時点で一般的には十分行動派であった。

 

「ロゼ様から話は聞いている。あんた、リィンからのお願いで呪歌を編曲しようとしてるんだって?」

「は、はい。リィン曰く、煌魔城というものを呼び出す召喚の唄を、自分達に都合の良いようにするとかなんとか」

「相変わらず無茶ばかり言う子だねえ……」

 

 返す言葉もないエリオットだった。

 中にお入り、と言われて客間へ案内されたエリオットは、適当な机の上に導力端末を置く。

 ダリエが少し借りるよ、と言って椅子に座り導力端末のキーを淀みなく叩けば、記憶結晶を差し込んだ導力端末を起動し、降魔の笛に関するデータファイルを呼び出された。

 その様子に目を丸くするエリオット。

 ダリエはそんなエリオットを見てニヤリと笑った。

 

「なんだい、こんな老婆が機械を使うのがおかしいかい?」

「あ、え。その……」

「いいさいいさ、私だって昔の自分にあんたは導力端末を普通に扱うようになる、なんて言われても無視しただろうしね」

 

 シュミットがこの魔女の里で導力技術を教授していたことは聞いていたが、ダリエのような高齢の人物まで普通に覚えられるレベルに浸透していたことに驚くエリオット。

 

「ロゼ様が率先して学んでおられたんだ。私がどうこう言うのは、恥ずかしいってものさ。時代は移ろうもの、やがて魔導書の数々なんかもこの記憶結晶一つに収められるようになるかもしれないしね」

 

 ちなみにそのローゼリアが一番導力技術の物覚えが悪かったことをここに記しておく。

 

「っと、歳を取ると目的を忘れがちでいけないね。それじゃ、まずこの降魔の笛をデータで再生してみようか」

 

 ダリエは導力端末を操作し、音楽アプリの作曲機能で作った降魔の笛のメロディを再生する。

 彼女の横に座ったエリオットには聞いたことのない音色だが、別段特筆するもののないメロディに聞こえる。

 奏者の技量が卓越しているわけでも、笛が名器というわけでもなさそうだ。

 

「……思ったほどじゃない、って顔だね?」

 

 ダリエに尋ねられ、エリオットは感じたままのことを話す。

 正直に言えば、この曲で魔獣を操ることが出来るというもの眉唾ものに思った。

 

「素直な子だ、まあ演奏の腕の有無じゃあない。アーティファクトっていうのはそういうものだしね。それじゃ、次は呪歌……と言ってもあくまでデータの指針のために収録したものだから、特に効果があるわけじゃないけど」

 

 次いで再生される曲は、美しい声音を持った歌だった。

 様々な名曲を聞いたエリオットをして美しいと表現する他ない。

 明確な歌詞があるわけではなく、声で音を表現するオーケストラやオペラの舞台を想像させた。

 声だけで楽団や人々を幻視するだけの魅力がこの歌には感じられる。

 

「すごい……」

「ちなみに歌っているのはロゼ様さ」

「えっ」

 

 思わず、声が出た。

 ダリエはどこか誇らしげな表情で、先程の降魔の笛と比較を求めてくる。

 エリオットはローゼリアの意外な一面に驚きながら感想を言う。

 

「……表現自体は比較にならないほど後者が上です」

 

 無言で頷くダリエ。

 それじゃあ最後に、と言うと彼女はゆっくりと腰を上げた。

 

「今から私が呪歌を歌うから、しっかり耳を澄ませておきなさい」

 

 頷くエリオットの耳に、老婆の喉から音が漏れる。

 その老体から紡がれる旋律に衰えはないが、歌声や表現力という点ではローゼリアのものよりも劣る。

 だが、どうも耳に残るという意味ではダリエの歌のほうが強いかもしれない、とエリオットは思った。

 単純に、耳から侵入して体に響き渡るような麻薬の如き魔性が感じられる。

 

「……どうだい?」

「あの、失礼な話かもしれませんが……ローゼリアさんが美しさで惹くのに対して、ダリエさんはその……魔性、と言えばいいんでしょうか。化け物とか怪物とかそういうわけではないんですが、なんというか……」

「いい耳をしている。ロゼ様は単純に歌っただけで、私のは魔力のこもった呪歌だからね。人間、美しさは三日で慣れるなんて話は聞くけど、恐怖や衝撃的な体験はそれ以上に刻まれるものさ。

 ま、ロゼ様は美しさと魔性を同居させているんだがね」

 

 どこかどや顔に見えるダリエにぽかんとしつつも、エリオットはその優れた感性で音楽と呪歌の差異を知った。

 つまりリィンやラウラが使う闘気による強化の、音楽版ということだろう。

 

「で、だ。エリオット。あんたは魔術を学ばぬ身で、どうやって《魔王の凱歌(ルシフェン・リート)》を編曲しようとしていたんだい?」

「……その、降魔の笛を聞いて、そのメロディから参考になれば、と」

「今の感想は?」

「……まず、魔力。霊力というか……呪歌に込める霊的な声や音がなければ話にならない、ということがわかりました」

「よろしい。他にも違いはあるが、大前提としてはそれだから正解としておくよ」

 

 だから、とダリエは何やら小瓶のようなものを取り出す。

 

「それじゃ、これをお飲み」

「えっと、これは?」

「魔の雫って言われてる秘薬でね。飲んだ者の潜在能力を上げる効果があるんだが、これはアウラが手を加えて霊感をさらに鋭敏にさせるよう特化させている」

 

 詳しく聞けば、この秘薬を飲めばエリオットでも一時的に霊力を宿すことが可能だと言う。

 

「あんたのお姉さん、フィオナには飲まずに編曲してもらおう。多分、そっちのほうがわかりやすいからね」

「わかりやすい……?」

「後で話すよ。それを飲んだら馴染むまで時間がかかるだろうから、おとなしくベッドに入ってなさい。朝には改めて作業開始出来るだろうから」

「え……でも、そんな時間」

「リィンのことなら、どの道別の予定を見つけてくるだろうさ。なら、あんたは頼まれたことだけ考えていればいい」

 

 言われてみれば、リィンは編曲以外にもヴィータとの交渉など色々予定があるとローゼリアが言っていた。

 《蒼の歌姫(ディーヴァ)》の正体がヴィータであり、エマの姉ということは驚きだが、それはそれとしてファンとして会いたいと思っているエリオットである。

 

「それと」

 

 言いながら、ダリエは透明な小箱をエリオットの前に置く。

 周りの景色の違和感を覚えてはじめて、それが透明だと気づいたほどの明度だ。

 箱の中は透明だけあって丸見えだが、何も入っていない。

 目線でこれはなんですかと訴えれば、ダリエは鷹揚に頷く。

 

「これは肉眼じゃ見えないが、霊視が使えるのなら何が入ってるか見えるはずだよ。つまり、魔の雫があんたの体に馴染めば自然と中身がわかるはずさ」

「逆に言えば、見えなければ何も始められない、と」

「そういうことさ」

 

 そう言ってダリエは席を立つ。フィオナの元へ行くのだろう。

 ならば、姉が戻ってくる前に中身を当てて見せる……! とエリオットは気合を入れ直し、目に力を込めるのであった。

 

 

 フィオナ・クレイグにとって内戦が起きた日から今までの一ヶ月は、現実味のない明晰夢を見ているような気分だった。

 突如帝都を騒がせた騒動が起きたと思えば、エリオット達が自分の元へ駆けつけ、何の説明も受けないまま連れ出された。

 さらに転移という超常現象を見せつけられて一瞬でノルドという遠い土地へ移動し、そこで何日か過ごした後は慌ただしくエリンへとやってきた。

 ノルドでもエリンでも、ピアノなどの楽器を子供達に聞かせて普段通りの日常を自ら演出することで平静を抱いていたが……限界は、自ずと近づいていた。

 

「呪歌の編曲、ですか」

「ああ。あんたの弟エリオットが今頑張ってやろうとしてる。あんたはその手伝いをして欲しいんだ」

 

 黎明の時分、居候の身の上であるフィオナは早起きして朝食の準備を整えるのがエリンでの常だった。

 だが今日に限ってはその準備はいらない、とされ理由を尋ねれば返って来たのはその返事。

 

「呪歌……というのは?」

「基本的に歌だよ。ただ、聞かせる相手が人間か()()かってだけの違い」

「精霊……?」

「そうさ。あとでエリオットにも説明するけど、フィオナには先に話しておこう」

 

 ダリエが言うには、魔女の歌というのは人間でなく精霊への語りかけとのことだ。

 彼らに頼み、助力を懇願し、結果を成す。

 精霊への言葉は人間には魔性のものとして映り、恐怖や怪しい魅力を覚えるものとして語られることが多いらしい。

 

「無論、魔ってだけあって魅入られてしまえば狂うのも容易い。エリオットは感性が優れているだけあって、従うなり堕ちるなりどちらも早いほうだろうね」

「つまり、それは……」

 

 エリオットが、危険な目に合う可能性が高いということで――

 それに思い至った瞬間、フィオナの中で溜め込んでいた感情が爆発した。

 

「――――っ!」

「フィオナ!?」

 

 フィオナはその場から去り、まっすぐダリエの住居――エリオットの下へ向かう。

 息を荒げながらたどり着いた先で、エリオットはじっと透明な小箱を見つめ続けている。

 ダリエが言うには、真夜中から続けている作業。

 時刻はもう朝日が昇る直前。

 少なくとも数時間は没頭していたのだろう。

 

「エリオット!」

 

 フィオナが叫ぶが、エリオットは反応を返さない。

 無視しているのでなく、極度の集中状態で聞こえてすらいないのだろう。

 垂れる汗が机や足元に伝っていることにすら気づかず、エリオットはただ目の前の箱を見ることに没頭している。

 

「エリオット、エリオット!」

 

 傍に駆け寄り、叫び続けるがエリオットは無言。

 それがまるで、自分から遠く離れていくような錯覚となってフィオナを襲う。

 

(なんで……どうして……みんな私を置いていくの?)

 

 同じく帝都から連れ出されたカールも、ノルドの一件以来自分に出来ることをする、として離れていった。

 自分と同じ戦う力のない者であるカールが動いているというのに、フィオナはただ弟やその友人達が戻る場所に居座っているだけだ。

 それも当然、彼女は武術を学んだわけでも、戦闘の経験があるわけでもない。

 ただ音楽の才能に秀でているだけの、純粋な一般人。

 エリオットも、そうだったはずだ。少なくとも半年前までは。

 

 音楽院への入学に悩んでいる折、父であるクレイグに軍学校への入学を進められ、気弱な面もある弟はそれに逆らえずにその中からトールズ士官学院に入学した。

 変わったのはそう、五月頃だろうか。

 危険な授業を体験したらしく、手紙や通信でも悩みを見せていた。

 けれどクラスメイトの励ましによって、もう少し頑張ってみるとフィオナに強い言葉をかけていたあの時から、エリオットは巣立つ準備をしていたのだろう。

 

 エリオットは強くなった。

 再会した時も、内戦が起きた直前に助けてくれた時も、彼はⅦ組という仲間に置いていかれることなく付いていった。

 ただし、それはフィオナから離れることも意味していた。

 

「――エリオット!」

 

 叫びに涙が交じる。

 クレイグも一向に連絡がつかず、軍人の娘ならば待つ覚悟も大事だと亡き母も言っていた記憶がある。

 当時のフィオナは幼いエリオットがいたため、彼と一緒に待つことで寂しさを紛らわせていた。

 でもそのエリオットは、自ら危険な場所へ飛び込もうとしている。

 軍人ならば、我慢した。

 でも、エリオットはまだ学生……それが、フィオナの我慢から躊躇を消していた。

 

「―――――ぅぇ?」

 

 そこで初めて、エリオットがフィオナに気づく。

 その双眸から透明の雫を落とし、自分を見つめる姉にエリオットはぼんやりと、そして現状を理解して慌てた。

 

「ね、姉さん!?」

「エリオット……!」

 

 エリオットが気づいたことで、フィオナの感情が決壊する。

 きつく、離さないように弟の体を抱きすくめる姉に、エリオットはただ困惑を返すのみ。

 嗚咽が収まるまでエリオットにはフィオナをなだめることしか出来なかった。

 しばらくして、ようやく落ち着いたフィオナがエリオットから離れる。

 エリオットが理由を尋ねれば、フィオナは子供のようにたどたどしく答えた。

 

「ねえ……エリオットも、一緒に待っていましょう? 昔みたいに、母さんがいなくなっちゃった時も寂しかったけど、ひとりじゃないから、私我慢出来たのよ?」

 

 その言葉で、エリオットはフィオナの行動を察した。

 同時に、自分がいかに一般人の姉への精神的負担を蔑ろにしていたことも。

 

「ここは安全だって言うし、お友達の実家なんでしょう? だから、内戦が終わるまで保護してもらえばいいわ。

 あの人達も構わないって言ってる。エリオットだって、戦うより音楽をしているだけのほうがいいでしょう? だから、エリオットはわざわざ内戦に関わらなくても……」

 

 魔の雫の適応を邪魔された苛立ちは一瞬、しかしすぐにエリオットはその憤怒を打ち消す。

 

「僕は友達を助けるために――」

「五月頃に言っていた、リィン君よね? 私は直接会ったのは学院祭くらいだし、今もすれ違いばかりだったけど、怪我をしてはすぐに戦いに行く子って聞いてるわ。

 エリオット、貴方は彼に騙されて――」

「違うよ、姉さん」

 

 はっきりと、その言葉の先を否定する。

 エリオットの口から告げられた強い否定に、フィオナも思わず黙り込んだ。

 

「お願いだから、友達の悪口は言わないで欲しい」

 

 エリオットが行動する理由が恩返しであること、頼られたい、力になりたいという旨をしっかりとフィオナに伝える。

 決して騙されているわけではないのだ、と。

 

「確かにリィンには振り回されてることもある。正直、何が飛び出すかわからないびっくり箱みたいなものに感じることもあるけど、リィンの行動は根っこが純粋なんだ。

 それに、僕は音楽の力を信じたい。僕が、僕たちがやろうとしていることはこの内戦を終わらせる楽曲、その音符の一つなんだよ、姉さん」

 

 フィオナの言うように、エリオットが戦わずエリンに留まりⅦ組を待つという選択肢を選んだとしても、彼らはきっとそれを咎めることはない。

 むしろ姉を守ってやれと応援すらしてくれるとはっきりとわかる。

 でも、姉を守ることに異論はないが一緒に待つということはエリオットはしたくなかった。

 

「母さんが亡くなった時も僕たちには家族が居たけど、それ以上に音楽の力があったことを、僕は覚えてる」

 

 その言葉にフィオナがはっと息を呑む。

 母のピアノの旋律が、脳内に閃く。

 記憶と共に溢れ出すメロディは、フィオナに理性を戻していた。

 

「僕は音楽が好きだよ、姉さん。色んな楽器に触れて色んな視点で見て、音楽を楽しむ。今回のことだって、その延長だよ。内戦を終わらせるっていうのも、そういう結果が音楽に付いてくるだけなんだよ」

 

 エリオットの言葉に、熱が宿る。

 

「僕は争いごとは嫌いだし、戦争なんてもっと嫌いだ。士官学院に入ったのだって、音楽の設備が充実しているから、なんて妥協だった。

 でも、後悔はしていないんだ。そんなのとっくにすませたし、Ⅶ組のみんなにも出会えた。――彼らの助けになりたいから、僕は頑張るんだ」

 

 エリオットの言葉に、フィオナはそっとまぶたを伏せる。

 ただ自分のことだけを考えていたフィオナと違い、エリオットは他人のため――それこそ、音楽を以て助けになろうとしている。

 ただ己が楽になりたいからと、エリオットを道連れにしようとしていた自分こそ本当は離れるべきなのだ、とフィオナは過去の行動を省みた。

 だから、自分がすべきことは我慢でなく――

 

「それで、エリオットは何をしようとしていたの?」

「え?」

「何か、透明の小箱をじっと見ていたじゃない」

 

 一緒に、助け合うことなのだ。

 エリオットから没頭していた理由を聞き、フィオナは音楽を奏でてみましょうと提案する。

 それも、母のピアノを、だ。

 

「一度ガス抜きしたって良いでしょう? 成果はないようだし」

「う……それを言われると」

「魔導杖が確か楽器に変化するのよね。技術もすごいところまで来たものね」

 

 くすくすと笑うフィオナに、先程までの焦燥はない。

 まだ小さくくすぶっているが、それを打ち払うための演奏なのだと自分でも彼女は理解していた。

 ややあって、エリオットが持ってきた魔導杖がグランドピアノへと変化する。

 パートを分担し、姉弟は静かに母の旋律を奏で始めた。

 

 ――その時、エリオットの傍に置かれた透明な小箱の中身が淡い燐光を発する。

 透明な小箱の中身は精霊の寄る辺――最初から精霊はそこにいたのだ。

 ただ、エリオットが気づかなかっただけで。

 そして今、エリオットはまたも精霊の存在に気づかず姉と共にピアノの演奏に没頭する。

 それが小箱の中の光をより強めていることに、彼は気づくことなくただピアノを、音楽を楽しんでいた。

 そして、その様子をフィオナを追いかけてきたダリエが認め、つぶやいた。

 

「精霊への語りかけでなく、彼らが自然と寄って来ている……魔を込めるんじゃなくて、人も精霊も浸る音……大したモンだね、この姉弟は」

 

 呪歌の編曲という重圧でなく、ただ音楽の一つとして――エリオットの覚悟を見届ける観客(精霊)は、その旋律が終わるまで静かに二人の音楽を楽しんでいた。

 数分後、精霊が集っていることに気づいたエリオットは、自身の霊視が成功したと喜びながら、姉や魔女達と共に《魔王の凱歌》の編曲作業へと再び没頭していった。




普通の人は内戦とか身の危険が迫る色んなことが起きたらストレス感じますよ、というお話。
前回との温度差がそのままリィンと関わる関わらないの差なのかもしれません。

メインキャラじゃないクレアさんってフィオナさんみたいなもの、って考えからなんだか重くなってしまった感。
ナイトハルトとの縁でなくエリオットへのブラコンぶりが強化された気がするフィオナさんですが、そつない二人なら将来的には知り合うだろうからヘーキヘーキってことで。
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