たどり着いた空間の先は夕暮れ時、逢魔が時を象徴するような黄昏に支配された禍々しい明るさに包まれた城だ。
「だが、これでも瘴気は薄まっているほうだろう。現状は核が存在しないゆえな」
「それでも、何か漂うものがあるような気がしますね」
「我々自身も漂う存在であることに違いはないが……これはおそらく、獅子戦役で命を落とした者の魂が集っているのだろう」
アルグレスの言葉に、煌魔城の出現によって帝都周辺の生命から精気が吸われたという黒の史書の記述を思い出す。
いずれ彼らも安らかに成仏させてやりたいが、中を進むリィン達の前には霊格を得た物質……共和国では付喪神とも呼ばれる道具に宿った存在が襲いかかって来た。
高位次元を漂う中で存在するだけあって、通常よりも格の高い霊子体が残っているようだ。
それでもアルグレスを宿し、焔の聖獣の加護を持つリィンには傷一つつけることなく退散していく。
純粋な格と霊子防御が、彼らの攻撃を通さない。
「でも、だからこそ俺達が扱えるようになれば頼もしい力になる」
リィンはエマやセリーヌから雑談程度に煌魔城の話を聞いたことがある。
騎神と同じく、煌魔城は出現させた人物や状況によって中身や構造が変化する、と。
ならばエリオット達の《編曲》により魔王の城でなく英雄の城――それこそ、レグラムにあるローエングリン城のように仕上げることも出来るだろう。
「騎神を核とする、か……」
ふと、リィンはヴァリマールを核にするより別の騎神を使ったほうが良いのでは、という考えが浮かぶ。
万一に備えて、自分や準起動者が使えるヴァリマールをフリーにしておいたほうが、想定外の事態にも対応出来る。
「でも、ヴァリマールが使えないとなると……他にいないよなあ」
「現状の内戦では、黒と銀を除く五色の騎神が集っている。どちらの所在も我は知らぬ、すまぬな」
「いえ、俺も似たようなもので――」
と、ここでリィンの頭のアストラル体に閃光が走った気がした。
五色の詳細が明かされ、残る騎神は黒と銀。
そのうちリィンは、銀の起動者が誰であるかをローゼリアより教えられていた。
「アリアンロードさん……あの人がリアンヌ・サンドロットっていうなら、煌魔城リベンジにもなる」
救国の聖女と呼ばれた彼女は、煌魔城においてドライケルス大帝をかばい死亡したとされている。
オズぼんが彼女がリアンヌ・サンドロットと言っている以上確定であろうが、どうして二百年以上生きていたか謎だったが……彼女が起動者であるのなら、それも納得だ。
かつて命を落とした魔王の居城を英雄の拠点へと生まれ変わらせ、今の帝国を救う――
考えれば考えるほど良いアイデアじゃなかろうか、とリィンは自画自賛する。
アルグレスは銀もその起動者も知らないため、はしゃぐ宿主を何も言わずに見つめるのみ。
「アルグレスさん、ってわけで煌魔城はタブ付けしましたし次はアリアンロードさんのところへ行きましょう」
「煌魔城を見つけたのなら、帰るべきではないか?」
「より作戦の成功率を上げるためです。だめで元々、行かなきゃ何も始まらない、ですよ」
行動力の化身……とつぶやくアルグレスをよそに、リィン達は帰りの寄り道マラソンを始めることとなる。
「ところで、そのアリアン某はどこにいるのだ?」
「あー……うん、とりあえず騎神の縁を辿っていきましょう。俺は見たことないですが、アリアンロードさんが起動者ならその繋がりを見つけられるはずです」
「ふむ、起動者の捜索か……とりあえず因果を辿ってみるとしよう」
頼もしい大地の聖獣の言葉に従い、リィン達は再び高位次元へとその身を踊らせていった。
*
舞台は変わり、クロスベル。
鐘の音の響きから幾日も過ぎたクロスベル市街では、変わらず青いモヤが立ち込め、魔導兵と呼ばれる兵器が跋扈する有り様となっていた。
本来ならば市民を襲わぬよう、彼らの感知力にジャミングをかける手はずであったが、ディーター失踪からのマリアベルの野望を全世界に放映したことでその手綱を握るものはいなくなった。
そこに暗躍するのは、クロスベルへ赴いたマクバーンであった。
ローゼリアの助力により魔導兵が市民を襲うさい、必ず誰かが駆けつけるよう因果をいじった。
その結果、特務支援課のいないクロスベルでは最も多く魔導兵を狩っているのはアリオス・マクレインという有り様だった。
故にクロスベルのため裏切り者の汚名を背負う覚悟の反面、英雄としての名声を高めに高められる結果となっている。
だが、駆けつけるのが一番多いのがアリオスなだけで、警察や警備隊の活躍も目覚ましい。
その中で、まだ警察学校の学生ながら頭角を現す活躍をしているのはユウナ・クロフォードと呼ばれる少女だった。
「教官、南口付近の魔導兵の機影は見当たりません」
「了解。クロフォード、お前はそのまま駅前の周辺確認を。周辺に危険が出ていないか、パニックで勝手に脱出を図ろうとする住民の確認だけだ。
いいな、お前はまだ学生だ。いくら成果を残しているからと言っても、無理だけはしないように」
「もちろん、承知しています」
支給されたトンファーをぐっと握り、気合を入れ直すユウナ。
事件発生の折、ユウナは近辺の住民を襲おうとしていた魔導兵に立ち向かい、住民の逃げる猶予を作るなどの貢献によって同行を認められていた。
本来ならばいかに優秀でも子供に任せる事態ではないが、今のクロスベルはとにかく人手が足りない状況だ。
そんな中、リィンの鬼化や行動を前に心が折れぬ精神力と面倒見の良さ、赤い星座とのチェイスバトルの激闘がユウナの殻を破らせていた。
(魔導兵だかなんだか知らないけど、ノイエ=ブランのあの空間の濃さに比べればなんてことないわ!)
クロスベルの裏稼業全員集合、と言わんばかりに介したあの地雷原をリィンに抱えられながら突破したユウナのメンタルは、一段飛ばしで強靭となっているのだ。
その前のめりさが評価されているのだから、人の縁とはどうなるかわからないものである。
当然魔導兵そのものを倒すことは出来なくても、自分が囮になることで警備隊や国防軍の救援を待つ間耐えきることは出来る。
直接戦う力はなくても、誰かの助けになれることをユウナは知っていた。
「……相変わらずの静けさ。クロスベルじゃないみたい」
移動するユウナがひとりごつ。
故郷たるクロスベルを愛する彼女としては、まるで同じ景色の別世界に迷い込んだ気分だった。
もちろん家や建物を勝手に出る住人がいないのは好都合であるが、それは不幸中の幸いであって不幸なことに変わりはない。
「ロイド先輩達は事態の解決を図ってるって聞くけど……どうなってるかな」
謎の結界によって市街へ閉じ込められてしまった自分達には案ずることしか出来ないが、きっとロイド達なら……と意識を切り替えるユウナ。
「駅前の人影……ナシ、出れないけど、ウルスラ間道のほうも見て――」
その矢先、ユウナの視界の先にあった青い結界の一部が揺れた。
あの、何をしても壊れることのなかった結界の一部が剥がれ落ちていく様を見やり、ユウナは呆然とその光景を眺める。
「…………っ…………え…………違……………」
同時に聞こえてくる何者かの声。
ユウナの心臓が激しく脈を打つ。
(帝国や共和国の襲撃? それとも魔導兵? あるいは……元凶?)
人気のない駅前通りの中、ユウナは足音よりも響く心臓の音に向けて静かにしてと念を押しながらゆっくりと声の主へ近づいてく。
トンファーの代わりに、メモを走らせる。
もし自分がここで倒れることになっても、メモを残しておけば自分を見つけてくれた誰かの調査の進展に役立つはず、と震える体に活を入れてミミズ文字に見えてしまうメモを書き直す。
やがて、ユウナはその場所にたどり着き――
「あれ、ユウナ? ってことはクロスベルにはたどり着いてたみたいだな。さすがです、アルグレスさん」
「………………」
「あれ、おーいユウナ? 俺だよ俺、久しぶり」
俺俺と言う不審者を前に、ユウナはメモを落としていたことにも気づかず無意識に腰から手錠を取り出す。
警察学校でも上位の成績を誇る捕縛術は、流れるようにリィンの両手に鉄の輪を嵌め込んだ。
「…………………」
「…………………」
「何するんだ?」
「こっちの台詞ぅぅぅぅぅぅ!」
すっとぼけた返事に紛れもない本人だと気づいたユウナが、当然のように絶叫を上げた。
「待って、ちょっと待って! 私に理解をさせて!」
「ユウナがいきなり俺の両手に手錠掛けたんだが?」
「私の初めての逮捕が知り合いのわいせつ罪とかいやあ! もっとこう、理想があったの! 颯爽と逃げる悪人を追い詰めた先で、とか地道な調査の先でようやく掴んだ証拠を提示しながら、とかさあ! それがなんで、どうして!?
返してよ、私の理想の初逮捕返してよおおおおおおおおおお!」
ユウナの感情がこれでもかと込められるそれは、まるで外国に支配されたクロスベルを前にして口にするような絶叫だった。
「いや、そこはアストラル体が悪いっていうか……アルグレスさん、なんで俺の姿ユウナに見えてるんです?」
「ゼムリアへ降臨するさい、あのままではあの結界に弾かれて傷を負う可能性があったのでな。防御のために星辰体の密度を高めた結果、一時的な物質接触を可能としているようだ」
「それがこんなことになるなんて……」
「私の台詞だああああああああああ!」
静けさを一気に取り戻すような絶叫をひとしきり届けた後、リィンは両腕の霊子密度を薄めて手錠を外す。
無音のまま地面に落ちた手錠が、ユウナには妙に恨めしく己を見ているように思えた。ごめんなさい、ほんとごめんなさいこんな使い方で。
「それで……そーれーでー? 犯罪者・シュバルツァーさんはどうしてこんなところにおられるのですー?」
「おいユウナ、警察官候補以前に女の子がしちゃいけない顔してるぞ」
「誰がさせてると思ってるんですか!」
「落ち着け、話をしよう。俺達には言葉という意志疎通の力を持っているんだから」
「自分からそれを捨てさせる所業をしておいてまともなこと言わないでください!」
ぜー、はー、と肩で息をするユウナ。
話にならず困ったな、と頭をかくリィンであったが、周辺が何やら騒がしくなってくる。
「ん? なんだ……魔煌兵……?」
「あ……ち、違います! 魔導兵、今クロスベルを襲っている兵器です!」
騒ぎを聞きつけたのか、魔導兵が三体ほどリィン達の前に姿を現す。
ユウナはすぐにトンファーを構えたが、リィンが何やらぼそりとつぶやくだけで三体の魔導兵は一瞬のうちに消え去った。
「え……?」
「アルグレスさんの力なら、戦闘せずに追い払うのは可能なようですね。さすが大地の聖獣」
「あの程度であれば造作もないことだ」
「………………誰!?」
今更にユウナは自分とリィン以外の第三者、アルグレスの言葉を認識する。
リアクションの玉突き事故を前に沈黙するのでなく、的確に
何の、とは触れないほうがいいだろう。
「それじゃあ改めて説明するとだな――」
リィンから説明を受けるユウナだったが、何一つとして理解出来なかった。
そもそも高位次元からしてよくわからない。
そこへ行くために幽体離脱をするという発想もわからない。
何が何をして幽体離脱したまま大地の聖獣なる幽霊っぽい存在と合体するのかわからない。
どうして生霊のまま帝国を超えてクロスベルへとやってきたのか、ユウナには何一つわからないし理解したくなかった。
「だから、俺が全裸に見えるのは仕方ないってやつなんだ。ユウナだってじっと俺を見ないようしてくれてるだろ?」
「そういうの察してるなら言わないでくださいよ恥ずかしい!」
そう、ユウナは手錠が外れた後は魔導兵の襲撃を除き両目を手で塞いでリィン自体を見ないようにしていた。
目の前に年の近い全裸の異性がいる、と考えると思春期の乙女として恥ずかしいが、不幸中の幸いにもツッコミところが多くリィンの肉体に注目するより叫ぶほうに集中出来た。
「じゃあミュゼみたいに後ろに回るから――」
「不審者度合いが増すからやめてください! っていうか他の子にもしたんですかそういうこと!」
「二度目だな」
「余罪追加あああああああああ!!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ、ようやくユウナの喉元がこれ以上の酷使を止めるべく痛みだした頃。
リィンはクロスベルへやってきた理由を明かす。
「騎神の乗り手……起動者って言うんだけど、そのうちの一人の反応を追って来てな。そしたらクロスベルへ到着したんだ。
ユウナ、この騒ぎについて詳しく教えてくれないか?」
「この展開に持っていくだけでなんでこんなに疲れなきゃ……」
ぶつぶつと恨めしそうなつぶやきを残しながらも、ユウナは現在のクロスベルの状況を語る。
その中でリィンが注目したのは、やはり鐘に関することだった。
「察するに、鐘が何らかの影響を与えているのは間違いなさそうだな。アルグレスさん、アリアンロードさんの気配はどうです?」
「ふむ……少なくとも街の中にはないな」
「となると外、か。ユウナ、鐘はここ以外にもあるのか?」
「えっと、はい。星見の塔って呼ばれてる場所なんかにも設置されてるはずです」
「どの辺だ?」
「えっと、ここからだと――」
ユウナは薄目を開いてリィンを視界に入れないようにしながら星見の塔の場所を指差す。
「アルグレスさん、どうです?」
「反応と一致する。おそらく銀の起動者はその場所……頂上にいると思われる」
「なら、向かう先はそこですね。ユウナ、悪いけど俺は今すぐ星見の塔へ行かなきゃいけないからお別れだ、大した話もせずに悪いな」
悪いと思ってるならまともな服装をして欲しい、と切に願うユウナだった。
何より今までの流れが大した話でないのなら、リィンさんにとっての大した話ってなんなの? と自問するユウナだが、その先を考えるのが怖くて思考を破棄した。
「待っててくださいよ、アリアンロードさん……!」
そう言って、リィンの姿は光を残して消えていく。
後に残るのは、ひび割れから戻った結界と人気のない周辺のみ。
ユウナに出来ることはアリアン某への同情と、
「あー……こちらクロフォード。クロスベル駅前、南口付近異常ありません」
全てを夢と思い、リィンとの遭遇を忘れることだけだった。
*
星見の塔、頂上。
キーアよりシグムントやアリオスとの戦いで傷つく前に特務支援課を撤退させて欲しい、という願いを請われて佇むアリアンロードは、己に近づく巨大な霊圧を感知した。
「……何やら新しい戦力でも連れて来たということでしょうか。ですが、この程度であれば未だ彼らには――」
「あ、アリアンさん! お久しぶりです!」
「え?」
ここで聞くはずのない声に、アリアンロードは仮面の下で絶句する。
「すみません、どうしてもお願いしたいことがあったので来ました! あの――銀の騎神を煌魔城の核にしたいので、俺と一緒に帝国へ来て力を貸してもらえませんか!?」
「…………………え?」
それは、圧倒的強者としての存在感を残すアリアンロードが、素のリアンヌ・サンドロットに戻った瞬間。
一体いつから――内戦編でユウナが出ないと錯覚していた?
まあ今話限りなわけですが。
本来なら直通で聖女様との会話にしようと思っていたのですが、せっかくクロスベルに来たということでユウナちゃん再エントリーです。
クロスベルでのリィン係だからね、仕方ないね。