いつも誤字報告ありがとうございます。
「リィン君、渡し忘れがあってごめんね」
トールズ士官学院の生徒会長、トワ・ハーシェルはリィンに資料を渡して頭を下げる。
入学早々のサボり、数日の欠席によってサラから与えられた生徒会活動の奉仕ではあるが、なんだかんだリィンはこの仕事が合っていると思っていた。
それというのも、オズぼんと出会って以降は既存・未知に拘らずその土地でのマラソンが日課となってしまったため、こうして各地へ走り回る仕事は都合が良いのである。
そして今回、仕事の終了を告げるべく生徒会へ訪れたのだが、そこでトワから突然頭を下げられた。
理由として、申請漏れがあったのか依頼の記入ミスがあったそうなのだ。
幸いにも急ぎの時間ではなかったようだが、連絡ミスの上に最後に回してしまった依頼者とリィンへの申し訳なさでただでさえ小さいトワがさらに縮こまっている。
リィンは気にしないでください、と言って生徒会を退室したが、ひたすら恐縮そうなトワを見ていると何もしていないのにこちらが悪い気分になってくる。
これもトワ会長の魅力なのだろう、としみじみ思いながらリィンは最後の依頼を確認する。
実際、彼女の仕事量は普通とは言えないので、これくらいのミスは周りでフォローしてやればまるで問題ないと思うのだが、責任感の塊な先輩である。
「ってこれ、ベリルじゃないか」
そこに記されていた依頼者は、リィンの友人であるベリルであった。
依頼の内容は旧校舎探索、である。
どういうことだろう、と思いながらリィンはオカルト部へ向かう。
ドアをノックすると、ベリルの返事があったのでリィンは早速入室する。
オカルト部は相変わらず変化もなく、部屋の主のベリルが鎮座し中央に水晶玉が置かれている。
ベリルはリィンを認めると、うっすらといつもの笑みを浮かべた。
「ウフフ、依頼を受けて来てくれたみたいねリィン君」
「別に依頼なんてしなくても、連絡くれたら同行するぞ?」
「そこは予約のようなものよ。最近、ロジーヌさんと剣の稽古をしているのでしょう? そちらに時間を使うかもれないしね」
「ロジーヌも教会の手伝いとかあるし、毎日ってわけじゃないんだけどな」
数日程度ではそう簡単に剣技の上達はしないが、それでもロジーヌは最初に比べれば随分と接近戦がものになってきた。
そろそろボウガンとの併用を合わせた戦いも視野に入れていいかもしれない、と仮初の師となったリィンはロジーヌとの稽古のプランを考える。
「それで、旧校舎に何をしに行くんだ? ヴァリマール本体を見に行く、ってわけでもなさそうだけど」
「ウフフ、そこは付いて来てのお楽しみ。それでは行きましょうか」
りょーかい、と立ち上がったベリルをエスコートしながら、二人は旧校舎へ向かう。
旧校舎へやってきたリィンとベリルは、昇降台を通って一層ずつ調査を行うことになった。
何故か魔獣は変わらず存在しているが、昇降台を降りない限り昇ってくることはないので変化する前に使われていた、修行場所としてもやっていけるだろう。
だがここで修行する必要のないリィンは、ベリルの調査の傍ら魔獣を狩りながら彼女の姿を見やる。
相変わらず持っているのが水晶玉くらいの散歩スタイルだ。
リィンという頼もしい護衛がいる以上、それも当然なのだが最初から彼女はこのスタイルを崩していない。
連鎖的に襲い来る魔獣達を一振りで倒した後、リィンはふとベリルに聞いてみる。
「なあベリル。もし俺があの依頼に気づかなかったら、やっぱり一人で来たのか?」
「ウフフ、貴方が来ることはわかっていたからその問いは無意味なものだけど……仮に貴方が来なくても、私は一人でここに来ていたと思う」
長い黒髪を手ぐしで撫でながら、ベリルは当然のように言い放つ。
ベリルなら確かに謎の安心感があるが、それでも一人で行かせるのは友人として不安である。
「私には守護精霊が憑いてるもの。心配いらないわ」
「ベラ・ベリフェスだったか? 水晶玉の占いも、その精霊のおかげなんだよな」
「そうよ、全てはその加護あってこそ」
女優のように両手を広げ、どこか虚空を見据えるベリル。
ただの妄想でないことは、占いの的中率の高さが示している。
「でも最近は占い辞めたんだっけ?」
「ええ。貴方のおじ様を占うのはとても大変だから」
(フフフ、息子よ。年若い少女からおじ様と呼ばれるのは心くすぐられるものがあるな)
(お黙りを)
「ウフフ、仲睦まじい様子で何よりだわ」
「やっぱ見えているんだな、親父のこと」
「さて、どうかしら。私から言えるのは心が言葉以上にものを言うもの、ってことよ」
守護精霊とやらの力もそうだが、ベリル自身観察力が高い気がする。
出会った頃は占いで見通せないと言っていたが、オズぼんのことを理解出来るということは力が高まっているのか。
(ふむ、守護精霊を私も見ることは出来んが……ヴァリくんはどうだ?)
(霊的ナナニカガべりるノ側ニイルノハ間違イナイ)
(となると、アストラル体の何かの可能性もあるな)
「アストラル体?」
思わず声に出してしまう。
ベリルはリィンの言葉を聞いて、興味深そうに寄ってくる。
腕を後ろで組み、下からリィンを覗き込んでくるベリルの顔は年相応の少女のように見えた。
「フフ、詳しく聞いても良いかしら?」
「楽しそうだな……どうなんだ、親父」
オズぼんのことを特に隠さず、リィンは言葉に出して聞いてみる。
(何、私も詳しいことは知らんよ。エマ嬢のほうが詳しいだろうな。ただ……現状でいう、ヴァリくんのような状態と言える。精神だけの存在、と言えばわかるか?)
(ウム。我モ体カラ離レタトイエ、けるんト繋ガッテイル感覚ガアル)
けるんとはヴァリマールの心臓、騎神にとっての本体と呼べるコアのことだ。
「今のヴァリマールに近い状態らしいな。精神だけが離れた存在……幽体離脱みたいなもんか。守護精霊ってのは、案外ベリルのご先祖様とか?」
「ウフフ、そこは宿題としておきましょう」
(こいつ、絶対親父の言葉わかるんじゃ……)
わからないと言いながら、きちんと理解しているような振る舞いはベリルらしいと言えばらしいのだが。
「アストラル体は魔女の術だそうだけど、ベリルはそんなに魔女って雰囲気は感じないんだよな。最初はそう思ってたけど、ベリルを知った今じゃもっと別……〈外の理〉って言うのか? ベラ・ベリフェスってのは別のルールでゼムリアを視ている気がするよ」
「あはっ」
一瞬、ベリルに空白を感じた。
本当に目の前にいるのが本人なのか、リィンは友人を把握することが出来なかった。
まるで位相がズレて、入れ替わったかのような……
「リィン君、ありがとう。とても興味深い話だったわ」
その声は、間違いなくリィンの知るベリルのもので。
前に振り向いたベリルの黒髪が、リィンを撫でる。
先に進むベリルの後ろ姿を、リィンは呆然と見ていることしか出来なかった。
*
心臓の鼓動が強く脈打っている。
ベリルに覚えた違和感を言葉にすることが出来ないまま、二人は旧校舎を進んでいく。
気の所為だろう、と言い聞かせるリィン。
疑心とも言いかねないそれを振り払うように、神気合一の境地で心を整える。
だがそれがいけなかったのか、自然と鬼の力を目に集めてベリルを見てしまう。
そんな彼女の周囲に集まる霊子の流れが普段と違う……気がする。
守護精霊がわかるほど近くにいる、ということだろうか?
凝視していると、ベリルが前を歩いたまま言葉を投げてくる。
「そう言えば、おじ様はどうやってここの灰の試しを勝手に起動させたのかしら?」
「え? あ、ああ……そこんとこどうなんだ」
(フフフ、私にだけ出来る裏技と言っておこう。他の騎神ではそう簡単には行かぬだろう。ヴァリマールであったからこそ、だ)
理解していると思うが、言葉にしていない以上リィンはオズぼんの声をベリルに伝える。
「ヴァリマールだから出来たってさ。方法はよくわからないけど」
「なるほど。……けど、そのおかげと言えばいいのか、せいと言えばいいのか。正確な試しはまだ起動していない状態のようね」
「というと?」
「条件が整えば、ここで他の騎神の試しを行えるかもしれない」
一瞬だけ、時の結界が強固になる。
結界を自力で砕いたリィンは、思わずベリルの前に回り真意を確かめる。
「他の……騎神?」
「ええ。二百五十年前の獅子戦役でも、灰とは違う騎神が確認されたそうじゃない?」
「確か、緋に紫だっけ」
教科書には載っていない、裏の事実はある程度オズぼんやエマから聞いているので、理解は出来た。
「そう。蒼に銀、金、黒以外の三機。元々偽帝オルトロスが目覚めさせた緋に、紫を擁した第六皇子ルキウス。第二皇子アルベルトと手を結んだ第五皇子グンナル。それらの三つ巴の戦いに第三皇子、ドライケルスが介入した形ね」
突然始まった歴史の勉強に首を傾げつつも、ベリルはその先を続ける。
「ドライケルスはかの槍の聖女、リアンヌ・サンドロットと出会いその活躍は加速する。各地を解放した二人は、ついには第六皇子ルキウスの心も動かした。けれど、偽帝オルトロスはその時を同じくして、どんな術かは定かではないけど、緋を〈神〉の域に昇華してしまったの」
〈
「巨大な魔城と共に降臨した魔王は紫を打ち砕き、魔城を中心に伸びた呪いは帝都やその周辺の人々の精気を奪っていった。絶体絶命のその時、ドライケルスと聖女は〈善き魔女〉と出会い、その導きに従い灰を手に入れる。そうして協力者と共に最後の戦いへ挑み――魔城は消滅し、帝都が解放された」
「あれ、そこまで聞いて――」
(いない。まるで当事者――いや、歴史を視て記述してきたかのような語り部だ)
ふと、鬼の力で灼眼に染まった瞳がベリルにブレを感じた。
直感の赴くまま、リィンはそれまでの思考全てを破棄して咄嗟にベリルの手を掴み――
「あら、どうかした?」
「……………え?」
こちらへ振り返るベリルは、常と変わらない胡乱の笑みを浮かべている。
「目を凝らすの、疲れるでしょう? 戻しておいたほうがいいと思うわ。それとも……私と手を繋いで進みたいの?」
「………………あっ、悪い!」
手を離し、鬼の力を解除する。
握った感触は柔らかい、すべすべとした肌の手触り。
女の子の手だった。
妙に意識してしまい、リィンは思わず距離を取った。
「ウフフ、そう焦ることはないわ。話題が逸れてしまってごめんなさいね? 話を戻すと、貴方――私達になるのかしら。試練を全て無視して報酬だけ手に入れたようなもの。だから試練のシステム自体は未だに残ったままなのよ。逆に考えれば、試練は残っているのだから突破すれば新たな騎神が手に入る――そう、考えられないことはなくて?」
「むちゃくちゃな発想だな……じゃあ今こうして探索してるのって」
「別に騎神が欲しいわけじゃないわ。ただ、私は確認したいだけなの」
何を、と言いたかったが、答えてくれそうになかったのでリィンはその言葉を呑み込んだ。
そうして無言になったまま、リィンとベリルは旧校舎の地下四階へたどり着く。
そこは大きな広場と、謎の紋章が刻まれた扉があった。
「――七耀歴527年、魔煌兵の原型とも言える最初の傀儡が、今は亡き北部の有力豪族に仕えた魔導師の工房で誕生する」
名を〈オル=ガディア〉とベリルは言った。
その言葉に応じるように、それは姿を現した。
――全高五アージュほどの首なしの甲冑傀儡。
肥大化した上半身と、肉厚の大剣を手にしたそれが一歩こちらへ歩み寄る。
それは大剣を振り上げ、リィン達に叩きつけてくる――よりも早く、鬼の力によって強化された八葉の剣が鞘から抜き放たれた。
「伍の型――残月」
居合の動きで抜刀された刃は大剣を受け流し、その勢いのまま甲冑傀儡を斬り裂く。
ぐらりとふらつく甲冑傀儡に、リィンは左手を掲げた。
「来い、灰のチカラ――ロア・ヴァリマール!」
「応」
「リィン君。せっかくならシュミット博士に持っていったらどう?」
「え――――――ヴァリマール、拘束!」
「応?」
すでに両腕から光線を出そうとしていたロア・ヴァリマールはその動きを止め、甲冑傀儡をその両腕で抑え込む。
リィンの一撃を受けて弱っていたそれに脱出する力はなく、あっけなく戦闘は終了を迎えた。
「ベリル……?」
リィンが振り向けば、ベリルはARCUSを操作している。
会話の相手はシュミット博士のようだ。
話を終えたベリルはARCUSを閉じて、リィンに話しかける。
「すぐ来るそうよ。それまで抑えていてもらっていいかしら? これはマナありきで動くから、今のヴァリマールが触れていれば消えることはないでしょう」
「あ、ああ。それよりベリル、こいつは……」
「魔煌兵の原型……エマさんに聞いたほうが早いと思うわ」
「そうじゃなくて、なんでベリルがそれを」
「ウフフ、これもベラ・ベリフェス様のお導き……」
それが本当か嘘なのか、観の眼で鍛えたリィンでも把握することがかなわない。
けど、一つだけわかっていることもある。
「とりあえず、依頼は終了でいいのか?」
「ええ。またいつか頼むかもしれないから、その時はよろしくね? 案外、二人での探索っていうのも面白かったから」
「…………そっか。なら今度は遠慮せずに言ってくれ」
そう言って笑みを浮かべるベリルを見たら、疑問はどうでもいいか、ということだ。
やがて訪れたシュミット主導の下、魔煌兵と呼ばれた甲冑傀儡はヴァリマール本体の横に置かれることとなる。
後日それを見たエマとセリーヌが絶叫して二人に詰問し、そそくさと逃げ出したベリルに変わって説明を強制されることを今のリィンは知らない。
エリゼの危機を予め潰しておく友人の鏡。
そもそもパトリックとの関係が違っている上に、原作と違ってリィンは自分を抑えるどころか出しすぎてるので旧校舎に向かうかも不明ではあるのですが。
とりあえずベリルの作品での立ち位置は決めましたが、話に合わせて変わりそうな予感です。
各種設定の美味しいとこ取りをしていくとも言う。