いつも誤字報告ありがとうございます。
リィン達は短い時間の中、色んな意味で海都の住人に昼の話題を提供しながら要請をこなしていき、ついにラクウェルへ赴くこととなる。
徒歩は時間がかかるのではと思っていたところ、オルディスで馬を借りることが出来た。
どうやら旗を持ったリィンに目をつけ、話題になっている自分達に馬に乗ってもらえば宣伝効果もあるのではないか、と押し売りをしてきたのだ。
断る理由もないので、リィン達はありがたく馬を三頭借り受け、一同はラクウェルを目指して馬を走らせる。
旗を持ったリィンは単独、ガイウスの後ろにエリオット、アリサの後ろにエマという編成だ。
リィンはエマを後ろに乗せたかったが、旗は宣伝のために取り外せないのでしぶしぶ孤独の乗馬を嗜むことにした。
なお、馬を借り受けるさいに、
「もうそんな有名に……」
「まあ、そうなるよね。普通」
「なかなか良い馬達だ」
と、三者三様のコメントがあったという。
エマは特に何も言わなかった。
「ラクウェルは歓楽街だったよね。制服のままだと何か言われそうだし、私服に着替えて行ったほうがいいかも」
「そうですね、オルディスで軽く服を購入して着替えていきましょう」
「ふむ……こういう帝国の服というのは何を選べば良いかわからないな」
「ならガイウスの分は見繕ってあげるわ。せっかくだし、これを機にファッションに触れてみるのもいいわよ。これもまた、外の世界の勉強ってやつね」
「じゃあ――」
「リィンさん、ちゃんと服を買って着替えましょうね?」
オズぼん経由で服を取り出そうとしたリィンを止めるエマ。
四次元倉庫のような扱いのそれに世話にならなくもないが、こういう時はいち女の子として買い物を楽しみたい気分もあるエマだった。
そうして思い思いに服を選ぶ中、リィンもせっかくならとエマに服を見繕ってもらう。
(フフフ、息子よ。まだまだ女性の扱いは精進あるのみだな)
(ソウイウおずボンハ、奥方ヲキチントえすこーとシテイタノカ?)
(ところでエマ嬢、あの服など――)
「奥さんも苦労した、ってことはよーくわかりました」
(しいて言えば、エマ嬢に似てもいたよ)
「え?」
「母さんが……?」
(髪型を整えれば、なかなかに、な)
言われて、リィンはエマをじっと見つめる。
エマはきょろきょろと周囲に首を向けて視線から逃れようとするが、あいにくとこの程度で振り切れるほどリィンは優しくなかった。
ついにリィンの視線に屈すると思われたその時、アリサがエマを呼ぶ声が聞こえてくる。
これ幸いと逃げ出したエマだったが、リィンは意外にもその後を追わなかった。
エマの顔は赤く染まり、彼女を凝視している自分を反省した――ということもあるが、少し吟味したかったのだ。
「時折エマにお母さんを感じるのは、そういうことだったのか」
(フフフ、なかなか自覚には遠そうだな。エマ嬢のあれは単にそういう気質だ)
(ウム、りぃんニハコレヲ機ニ距離ヲ詰メテモライタイモノダ)
そうして買い物を楽しみ、着替えた一行はラクウェルへと到着する。
馬を適当な場所に止めて街に入ろうとしたが、その前にアリサがリィンから旗を奪い取り、しがみつくように抱えて地面に座り込んだ。
「歓楽街なんてところでこれを持ち込むくらいなら、私ここで待ってる!」
「ア、アリサ……気持ちはわかるけど、逆に一人でいるほうが危ないよ?」
「じゃあエリオットも一緒に残って」
「うーん、確かに魅力的な案だなあ」
本当にラクウェルに入らなくなりそうと判断したエマは、リィンに悪目立ちしてしまうから、と旗の没収を行う。
リィンも猟兵がいるかもしれないと、無駄にことを構えるほど考えなしではないので素直に従った。
オズぼん経由で収納するだけなので、目を離したらまた旗を手にしてしまうのでは、という不安もあったが、そこはエマがリィンに注意することでアリサは納得した。
ちなみにアリサはこの時、エマの普段の苦労を知って彼女に好きなデザートでも奢ろうと決意したという。
そんなこんなでⅦ組A班は、ようやくラクウェルの地に足を踏み入れる。
帝国では珍しい歓楽街は夜が本番といえ、昼間でもその独特な空気でリィン達を迎えた。
「さて、問題の猟兵はカジノに出没するのだったな」
「いきなり乗り込むより、まずは情報収集だね。今なら学生じゃなくて、旅行者って雰囲気で話せそうだし」
「じゃあ、ルーレからやってきた大学生の雰囲気でいこう」
「え、どうしてルーレに……?」
「いや、単にシュミット博士が前に工科大学に所属してたから、そこから持ってきただけだぞ。アリサは気になることでもあったか?」
「い、いいえ。問題ないから、それで行きましょ」
「アリサさん……?」
ルーレという単語に妙な反応をするアリサを訝しむエマ。
アリサはなんでもないと言っているが、その反応は明らかに何かあると言っているようなものだった。
夜にでも詳しく聞いてみよう、とその場は流し昼食を兼ねてデッケンという大衆食堂へ顔を出すことにした。
だが、入った瞬間にリィンは足を止めた。
「いたっ、どうしたのリィ…………っ」
「……………リィンさん?」
リィンの背中にぶつかったエリオットが声をあげようとするが、横に回って見たリィンの顔が本当にリィン・シュバルツァーなのかと疑いたくなるほど真剣なものだったため、思わず言葉が出なくなる。
エマはそんなリィンを訝しむが、彼はすっとエリオットを支えて横に移動した。
そんなリィンの前を、二人の男が通っていく。
その男達は控えめに見ても機嫌がいい表情をしているとは言えず、ともすれば爆発寸前の導火線とも言える怒りを内包していた。
普通に考えればいざこざを起こしたくないリィンが道を譲ったと考えるべきだが、彼らが食堂から出た後にもずっとその視線を二人に固定しているのを見れば、他のメンバーもその違和感に気づく。
口を挟めぬ状況に、代表してガイウスがリィンに声をかけた。
「リィン、あの二人がどうかしたのか?」
「いや、どうも顔つきが嫌な感じだったから何かに怒っているようだったんだけど……猟兵、って言葉が聞こえた気がしたんだ」
「えっ!? 僕には聞こえなかったけど……」
「意識してなかったし、俺が咄嗟にエリオットを移動させたからな。そんな状態じゃ、小声が拾えなくたって仕方ないさ」
「だとしたら、早速当たりってことね……」
「――みんな、話が」
「リィンさんの察知能力で尾行するなら、全員で付いていっても構いませんよね?」
ある、と言いかけたリィンにエマが言葉を被せる。
リィンは機先を制されどもってしまった。
エマの言葉でリィンが単独行動をすることを察したエリオットが、咎めるように叫ぶ。
「ええ、ダメだよ! そんな一人でなんて……」
「無理をするつもりはしないさ。ただ、あいつらの宿とか、行動パターンとかは知っておきたくて」
「だからって一人は……」
「俺なら察知されてもすぐ逃げられる」
「それで自分だけが仕事して満足なのか、リィン?」
ガイウスの強く、はっきりとした物言いに思わずリィンは息を呑んだ。
「俺たちは班としてこの場にいる。確かにリィンとの実力差は明白だ。だが、だからと言って何もしない、させないのはいささか傲慢ではないか?」
「…………そうね、リィンは確かに色々出来るし、私達は足手まといだと思う。でも、今の私達は班を組んだ『仲間』なのよ? アドバイスくらいなら、出来るかもしれないわ」
アリサの言葉は、自分達を役立たずと認めた上でそれでもリィンを一人で動かせない、という意志が込められていた。
リィンは軽く感動しているが、エリオットにはガイウスはともかくアリサの裏の気持ちも把握している。
なぜなら自分も同じ気持ちだったからだ。
(リィンを一人で行動させたら、絶対にもっとおかしなことになるからね……)
彼女の真剣な言葉に嘘はない。
けれど、それと同じかそれ以上にさらなる問題を起こさせてはいけないという強い使命感にも似たものを感じ取っていた。
「ではリィンさん、構いませんね?」
「悪かった。とりあえず、俺が先行するからみんなは後から付いてきてくれ」
A班は同一ではないものの心を合わせ、男達を追いかけるべくラクウェルの街を走り抜けていく。
リィンの気配察知は百アージュ先の人物の知覚も可能とし、彼らの動向に気を配りながら進んでいく。
ある建物の前で止まり、中へ入ったことを確認したリィンは四人を呼び、その建物の近くへやってきたのだが……建物の前に立つ二人のバニーガールにA班は足を止めていた。
「ここ、カジノ?」
「みたいだな。昼間も営業中みたいだけど……」
「私達、入れるかしら?」
「入ること自体は可能だけど、学生ってバレたら別の意味でオーレリアさんに頼ることになりそうだな」
「それは少し嫌だな。……だが、カジノというのは賭け事のことでいいのか?」
「ああ、ガイウスには馴染みが――」
そこでリィンは言葉を切り、ガイウスをじっと見つめる。
自分を見つめる視線にきょとんとするガイウスを尻目に、リィンは他の三人へ意見を募った。
「ガイウスなら、普通に大人として見られるんじゃないか?」
「あ…………」
「確かにいけなくはなさそうだけど……」
「リィン、どういうことだ?」
「このカジノの中へガイウスに入ってもらって、あの男達について探ってもらう。接触自体はしなくていいから、近くに場所を取って会話とか聞いてもらいたいんだ」
「俺は構わないが、上手く行くだろうか」
「他に有用な方法がないし、時間が経ったら男達は遊び終わって帰っちゃうかもしれないからな」
「ふむ……わかった。どこまで行けるかわからないが、やってみよう」
ガイウスの決意にうなずき、リィンはエマにこっそり耳打ちする。
(エマ、魔術でガイウスと視界共通とか出来るか?)
(出来なくはありませんが……)
(よし、シュミット教室の実験作ってことでゴリ押そう。こいつに魔術をかけてもらって、ガイウスの様子を俺たちにも見れるようにする。確か、魔術をARCUSに落とし込む実験もしていたよな?)
(はい。魔煌兵の制御の一貫で……つまり、ガイウスさんの視界をARCUSに映せば良いんですね?)
(頼む)
リィンはオズぼん経由で取り出したサングラスをエマに渡すと、彼女の口から呪文が紡がれる。
マナの光がサングラスに灯り、同時にリィンがARCUSを開くと、そこにサングラス越しの視界が映し出された。
(さすが、頼りになるぅ)
(恐縮です)
恥ずかしそうにするエマに笑みを向けながら、リィンはガイウスに向き直る。
「ガイウス、こいつをかけてみてくれ」
「ああ……少し視界が暗くなるが、問題ない範囲だな」
「よし、それはシュミット博士の実験作の一つでな。これを見てくれ」
そう言って、リィンはエマの魔術によってガイウスの視界を共有したARCUSにその画像を見せる。
「これ……!」
「すごい……何の変哲もないサングラスに見えるのに、一体どんな技術が詰まってるの?」
何の変哲もないサングラスです、とエマは表情で語った。
「俺も詳しくはわからないけど、シュミット博士のやることだからな。ガイウス、ARCUSの通話モードをオンにしたまま、聞き取りやすいようにポケットに入れてくれ」
「よし……こうか」
「エリオット、ちょっとこっちに」
「え?」
リィンはエリオットを連れてその場から離れる。
ガイウスのARCUSにアリサやエマと何か会話するよう言付け、雑談をしてもらう。
リィンとエリオットは少し離れた場所かつ、人混みに移動した。
「エリオット、この状態なら相手の声を聞き取ることって出来そうか? ほら、昼といえ人で賑わうカジノだ。色々うるさそうだから、仮に接触出来ても相手の声を理解出来ないと意味ないからな」
「あ……うん、これくらいなら問題ない。さっきと違って集中出来るしね。音の聞き分けは音楽でも大事なことだし」
エリオットは頭にハテナマークを浮かべていたが、リィンの言葉に意を得たようで三人の会話を少し覚えてもらう。
三人のところに戻ったリィンはエリオットからどんな会話が行われていたかを言ってもらい、それが正解であることに感触を掴んだ。
「よし、これで準備は万端だ。アリサ、ARCUSをガイウスに渡してくれ。それで何か言葉に詰まるようだったらフォロー頼んだ」
「ガイウスが大変ね……」
言いながら、アリサはARCUSの補助道具であるイヤホンを差し、それをガイウスの片耳につける。
アリサのARCUSはガイウスの服の裏に仕込み、これで全員と会話が共有出来る。
「よし、男達の声はエリオットに拾ってもらって、ガイウスは基本的に自由に動いてくれ。ノルドからのおのぼりさん、って演出だな。あとは時折指示を送って臨機応変にガイウスに動いてもらう。……他に何か付け足すことあるか?」
「ううん、平気。むしろよくそんなにぱぱっと思いつくね」
「シュミット教室の賜物、かな」
「そんなに色々やってるのね。例の騎神と戦ったり、弄ってるイメージしかなかったけど……こんな道具が開発されるなら、少し興味出てきたかも」
アリサはガイウスにかけられたサングラスに興味津々のようだ。
エマはボロが出ないうちに慌てて話に割って入る。
「ではガイウスさん、お願いします」
「了解した。可能な限り奴らの情報を引き出して来よう」
「話しかけるのは最終手段だ。ひとまずはあいつらの会話を拾うことに専念してくれ」
「わかった。では行ってくる」
そうしてガイウスはカジノ《アリーシャ》へ出陣する。
ガイウスの人柄を知っていると、バニーガールに囲まれた彼の姿を見ていると笑いがこみ上げてくるのは何故だろう、とリィンが言ってエリオットが笑ってしまった場面もあったが、無事ガイウスは会員となってカジノへと踏み込む。
ちなみに会員費千ミラは、五人で分割して後に二百ミラずつガイウスに渡した。
*
『これは……すごいな。賭け事というものは、帝国ではここまで繁盛するものなのか』
『ノルドで育ったガイウスには理解しにくいかもしれないけど、都会なんてどこも似たようなものよ』
『都会っていうか、人が多い場所ではって感じだな。聞いた話じゃクロスベルにもあるそうだし』
『それにしても、シュミット博士の作品ほんとすごいね。ARCUSと連動してるのもそうだけど、ガイウスが見てる光景がそのままだよ』
『そ、そうですね、あはは…………』
ガイウスの視界を借り受けるような景色がARCUSに移り、実況するさまに盛り上がるアリサとエリオットをよそに、自分の魔術による恩恵だと知るエマは乾いた笑いが漏れる。
『とりあえずあの男達を探そう。ガイウス、顔は覚えてるか?』
『はっきりとした顔はわからなかったが、服で判断出来そうだ。少し待っていてくれ』
おのぼりさん全開の空気ゆえ、時にディーラーやバニーガールに話しかけられながらもアリサのフォローを得たガイウスは、持ち前の性格と合わせて嫌味なく断り、視線を巡らせて男達を探していく。
『カードゲームにスロット、バカラにルーレット……景品にフォーチュンぺっきー……ベリルへのお土産にいいかもな』
『リィンさん』
『すみません』
『ふふ、そう目くじらを立てるなエマ。余裕があれば交換していこう』
『さすがガイウス、話のわかる男だ』
『もう…………』
『まあまあ、少しはプレイしないと冷やかしって思われるかもだし』
『そうね、男達を探すのとは別にせっかく会員になったんだし、元を取り返すって意味も込めて、余裕があれば遊んでみてもいいかも』
様々なギャンブルに目移りしながらも、ガイウスはようやくお目当ての男達を発見する。
彼らはルーレットにハマっているようだ。
『見つけたぞ。さて、ここからどうやって話を引き出すかだが……』
『ガイウス、興味のあるふりをして近づいてくれ。エリオット、どうだ?』
『うん……今は負け越しているみたい。もしかしたら、ここを離れていくかも』
『こういう時はガイウスも参加して、反応を見てみましょう。ガイウスが勝って離れたらそこで止めればいいし、負けて同族意識でも芽生えれば儲けものよ』
『詳しいな、アリサ。ひょっとして』
『違うから! こういう遊びに詳しい人を知ってるだけ』
『そうなのか。俺も遊びに詳しい人物に色々教えを受けたことがある。とりあえず、俺もルーレットというものに参加してみよう』
ガイウスは男達の隣に並び、途中参加としてルーレットを行う。
『ガイウスは言葉を控えてルーレットに意識を割いてくれ。エリオットは男達の会話、拾えるか?』
『うん、任せて』
『個別を狙えるほど慣れてないし、最初は赤か黒かの二択を選べばいいわ。そもそも賭け事がメインじゃないんだし、怪我の少ない方法で行くわよ』
遊びに詳しい人物と知り合いというアリサのアドバイスの下、ガイウスは順調にコインを増やしていった。
時にガイウス自身の勘、時にアリサがメイドより見抜きやすいと言ってディーラーの意図を見抜いて勝負を降りるなど 気づけば千枚を稼ぎ、そのうち60枚……フォーチュンぺっきーの交換に必要な数を別にしたガイウスの心配りに気づいてリィンは感謝を示した。
(フフフ、息子よ。これが真の出来る男という奴だな)
(ウム。のるどノ民ハどらいけるすモ大イニ信頼シテイタ。彼ラノ頼モシサハ時代ガ変ワロウト不変ナノダナ)
(…………その頼もしさがカジノで発揮されるのも、どうかと思いますが)
そんなこんなで順調に稼ぐガイウスをよそに、男達はミラに余裕があるのか一点ばりの賭けを続行している。
宵越しの銭は持たない、というものでもなさそうだが……と、考えていると、アリサが男達の正体を予測する。
『あの人達、貴族なんじゃないかしら? ミラに頓着していなさそうな当たりそんな気がする。単にお金持ちの平民って可能性もあるかもしれないけど……』
『貴族がカジノに来るのか?』
『ええ、嗜む程度の貴族もいれば、本格的にのめり込む貴族もいるそうよ。なんだかんだ、人に明かせない社交場の一つとして使われることもあるそうだし』
『本当に詳しいね、アリサ……』
『わ、私は通ってないわよ? 入ったこともないし』
『わかっているさ。さて、貴族だというならどう切り出すべきか』
『いや、貴族相手ならむしろ横で勝ち続けていけばいいんじゃないか? 少し荒事になる可能性も高いけど』
『挑発するってこと? 確かに今のままじゃ何の進展もないけど……』
エリオットの不安を感じ取り、ガイウスはアリサの指示に反して単番を指定した。
これにはディーラーや男達も軽い驚きを見せていた。
『ガイウス!?』
ガイウスは言葉を発することが出来ないが、行動は雄弁に彼の意志を物語っていた。
『……わかった。ガイウス、勝負の時に男達の顔をよく見てくれ。本当に貴族だっていうなら、ノルドの血を引いてるガイウスに――外人のことを快く思っていない奴のほうが多い』
リィンの言葉にもガイウスは動揺を見せない。
ケルディックでの特別実習のおかげもあるかもしれないが、泰然自若とした彼の精神が成せるものである。
そうして見事に単番の賭けに勝利してみせたガイウスだったが、エリオットの声に男達に振り向いた。
するとそこには怒りを宿した男がガイウスを睨みつけていた。
『どうした、俺が何かしたか?』
『……蛮族め。ルグィン伯の隣を奪うばかりか、こうまで我らを不快にさせるか』
『ルグィン伯の、隣?』
『あのウォレスという男のことだ。貴様と同じ肌、同じ髪を持った蛮人め。ただでさえサザーランド領邦軍の司令という分不相応な位に付いておきながら……』
『おい、よせ。さっさと帰るぞ』
そうやって離れていく男達だったが、ここでエリオットが最後に重要な会話を拾っていた。
『まったく、訓練前の憂さ晴らし先でストレス増やしてどうするんだ』
『くそっ、わざわざ猟兵どもの指示を受けなければならんとは、一体いつから貴族は……どけっ!』
『きゃっ!』
やがてエリオットでも聞こえない距離――つまり、男達はカジノから去っていったようだ。
その後ろ姿を送っていたガイウスはディーラーにここまでと言って自身もカジノから出てくる。
だが、最後に男達が絡んだ女性のカジノ客に、
『どうやら俺のせいで彼らを怒らせてしまったらしい。迷惑料として受け取ってくれ』
『あ、貴方が悪いわけじゃ……』
『ここは興味で入っただけだ。無用の長物になるくらいなら、使われたほうが有意義だろう』
そう言ってフォーチュンぺっきーの交換に必要なコイン以外を全て渡して男を見せる。
カジノ客はカジノ客で、感心した目をガイウスに向けて礼を言う。
どこか意味深な目でガイウスを誘っていたようだが、あいにくとその手は通用しなかった。
「あいつら、尾行したほうがいいかな? どこかへ向かうようだが」
「いえ、深追いする必要はないと思います。それより情報の整理を優先しましょう」
「そうね、なんだか気になることも言ってたみたいだし」
「うん。……ウォレス准将のこととかね」
戻ってきたガイウスと合流しつつ、リィン達はそそくさとラクウェルを後にする。
馬でオルディスに戻ったリィン達は、拠点として与えられた部屋で話し合いを行う。
「ガイウス、お疲れ様。色々気になる情報もあったけど、これもガイウスのおかげだ」
「気にするな。アリサはカジノでのアドバイス、エリオットも大事な情報を拾ってくれたようだしな」
「リィンとエマがシュミット教室に居たおかげでもあるわね。ふふ、意外といいチームだったりするのかしら、私達」
「きっとそうですよ。……では、一つずつ気になることを洗ってみましょう」
A班は話し合いの中、出来事を大きく分けて二つとした。
一つはウォレスが本来はサザーランド領邦軍の司令であること。
もう一つは、猟兵の存在。加えて、貴族に指示が出来る立場にあるという。
「ウォレス准将がオーレリアさんの副官じゃなくて、サザーランド領邦軍の司令だった……これはきっと大事なことだと思う」
「そうね、普通に考えれば司令なんて立場の人を出向させるとしても、副官なんて位置にはつかせないと思う。領邦軍は四大名門の軍事力って意味でもあるんだし」
「そう考えると、ラマール州とサザーランド州の間を結ぶ何かがある、ということか」
「それが、猟兵? それも、貴族に指示を出せるっていう」
「いえ、それらは点でしかないと思います。線にするには、まだ情報が足りません」
「よし、ここはユーシスに連絡しよう」
そう言ってリィンはARCUSを操作し、ユーシスへ連絡する。
通話先でユーシスは自分に連絡が来たことに驚いていたようだが、リィンから経緯を聞いて納得すると同時にその理由を訝しんでいた。
『お前たちの疑念も理解出来る。そもそも貴族というのは建前を非常に重視するからな。ハイアームズ候は《貴族の義務》を体現する人だった。カイエン公はあまり反りが合わない……と言えば彼の人柄も理解出来るだろう。古き善き秩序を取り戻す、言うなれば貴族主義にしたいということだ。だが、その上でウォレス准将をオーレリア将軍に送るということは、何らかの密命が結ばれた可能性が高い』
『密命?』
『それが何なのかはわからんが、猟兵はおそらくカイエン公が雇い、指示を通しているのだろう。でなければ貴族が猟兵の言うことなど聞くはずがない。……気をつけろ。四大名門といえ、足踏みを揃えることは稀だ。それがハイアームズ候とカイエン公ということは明らかに政治の面が関わっている。下手に首を突っ込めば、火傷ではすまん』
『なんだ、心配してくれてるのか?』
『…………切るぞ』
『ははっ、悪い悪い。そっちも実習頑張れよ』
『無論だ。ではな』
ユーシスとの通話を終え、聞いた情報をA班で共有する。
エマがノートを開き、カイエン公とハイアームズ候の間に線を結び、カイエン公の下に猟兵、さらに両貴族と結ばれた領邦軍というくくりで組織図を作り上げていく。
「だいたいイメージとしてはそんな感じね」
「でも、猟兵を雇う理由はなんだろう?」
「貴族に猟兵仕込みの戦術を教える……ないし、実戦を知る相手から教導を受けていることは間違いないだろう。そして、エリオットが聞いた訓練場所を実際に見つけることが出来たら御の字だが……」
「だが、それを発見してどうするつもりだ? 仮に貴族同士に繋がりがあり、猟兵も契約の元に結ばれた相手だというなら、俺達がそこに割り込む理由が薄い」
「む」
「そう、ですね。ケルディックのようにどこかへ被害があるわけでもありませんし、軍事教練と言われてしまえば追求は出来ません」
その後あれこれと話し合ったが、結局今の自分達に出来ることはないという判断となり、とりあえず情報を頭に置いておく、ということで締める。
「さて、それじゃあ本日最後の要請と行こうか」
「領邦軍兵士との練武……うう、おなか痛くなってきた」
「オーレリアさんやウォレス准将が出てくるわけでもないだろうし、心配ないだろう。俺は旗持って応援してるから」
『それはやめて。本当に』
そうして最後の要請を終わらせるべく、一同は再びジュノー海上要塞へと馬を走らせていった。
服の購入は変装の提案した後でも良かったかも、と書いてから気づく不具合。
そして真面目な会話になると、途端に空気にならざるを得ないオズぼんとヴァリマール。
彼らも空気の壊しどころは心得ています。
五年は会ってないことをこの話に踏まえると、12歳程度のアリサにカジノのいろはを教えたことになるグエン爺さん…
そりゃイリーナ会長も引き離す(誤解