はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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我がSSは(プロットが)無にして(物語の体裁が)螺旋――
誤字報告ありがとうございます。


フフフ、息子よ。学院デビューだ

 リィンがセリーヌを追いかけていたその頃、第215回トールズ士官学院入学式を終えた赤い制服の少年少女達は突然現れた女性に連れられ、旧校舎へ移動していた。

 

 特別オリエンテーションと称され、入学案内と共に送られた戦術オーブメント『ARCUS』の試験運転のテスト生。それが彼らⅦ組である。

 

 旧校舎へ入っていく彼らを見下ろすのは、トールズ士官学院の上級生四人。

 非公式ながらテスト候補生のテストケースを努めた彼らは、同じ道を歩む彼らを好奇心の目で見守っていた。

 

「んー、でも結局リィン・シュバルツァー君は来なかったなあ」

 

 心配そうな声を発するのは、背の低い子供のような女の子。

 未だ日曜学校に通っていそうな容姿を持ちながらも、士官学院における生徒会長を務める才女トワ・ハーシェルである。

 

「あん? 入学式当日にサボった不良がいるのか? 俺だって入学式くらいは出たぜ?」

「クロウに言われるとはよほどだね」

「不良というよりうっかりだね。正門前まで来てたのに、突然引き返しちゃったんだ。トワは忘れ物をしたんだろう、って言ってたけど」

「おいおい、仮にも名門校に入学する奴のする行動か?」

「フフ、どうやら察するにそのシュバルツァー君も彼らと同じ赤い制服の子だったのかな? だとしたら……」

 

 ショートカットで黒いツナギを着た麗人、アンゼリア・ログナーがぼやくとバンダナを巻いた銀髪の青年、クロウ・アームブラストが持ったARCUSのから通信音が響く。

 面倒くさそうにするクロウに、トワと共に正門で案内を努めていたふくよかな体格の青年ジョルジュ・ノームが早く取るよう促す。

 

「はいはい、こちら――」

「クロウ。あんたちょっと今からリィン・シュバルツァー確保してきて」

「はぁ? どういうことだよ」

 

 素っ頓狂なことを言われたクロウは通話の相手、先程赤い制服の生徒を連れて行ったはずの女性サラ・バレスタインに怪訝そうな声をあげた。

 

「街の人が連絡してくれたみたいなんだけど、そいつ入学式をサボって猫を追いかけてるみたいなのよ」

「はは、どうやら随分と愉快な新入生のようだね」

 

 通話の音を大きくしていたため、内容を知ったジョルジュがその大きな腹を抱えて笑い出す。

 トワはなんとも言えない表情であり、アンゼリカその美麗な口元を歪めた。

 

「ほう。私のトワの気遣いを無碍にするとはなかなかどうして」

「拳をしまえ拳を。連絡くれた理由はわかったけど、なんで俺なんだよ」

「不良相手なら、同じ不良をぶつけるのが筋でしょ? アンゼリカじゃ撲殺しそうだし、あんたならほどほどで収めてくれると思ってのことよ」

「別に放置しときゃいいじゃねぇか、そいつの自業自得だ。追試なりなんなりでペナルティでも与えりゃいい」

「こないだ授業サボった件、授業日数について少しフォローしてあげてもいいわよ?」

「よし、任せとけ。トワ、そいつの顔わかるか?」

 

 報酬を出され、うって変わってやる気を見せるクロウ。

 トワはそんな親友を見て、不安な気持ちに陥った。

 

「え、えっと、クロウ君? その、リィン君だって何か理由があって猫を追いかけてるかもしれないから、穏便にね?」

「流石は私のトワ。その言葉だけで私の胸を覆っていた雲が快晴になったよ」

「ちょ、アンちゃん!」

 

 辛抱できないとばかりにトワに抱きつくアンゼリカをよそに、ジョルジュがクロウにリィンの特徴を伝える。

 

「着替えてない限りは、赤い制服を着てるから目立つと思う。あと、細長い包みを持っていたね。資料によると武術を収めてるようだから、剣じゃないかな」

「それだけわかれば十分だ。んじゃ行ってきますかね」

 

 女子二人のじゃれ合いをよそに、クロウはその場を後にする。

 だが当の本人はすでに士官学院へ戻っており、彼とすれ違ってしまったことに気づいたのは正午を回ってからのこと。

 サラには一緒にサボったと思われ、授業日数のフォローも当然なく骨折り損のくたびれ儲けとなるクロウであった。

 

 

(フフフ、息子よ。今日は入学式に相応しい一日だったな)

「やめてくれ、危うく初日からクラス替えの危機だったんだぞ」

 

 リィンは割り当てられた寮の自室の机でぐったりとしていた。

 遅刻したさいに怒られるのは当然だと思っていたので説教は覚悟していたのだが、待っていたのはクラス移動の提案。

 

 納得できる理由があるわけでもなく、ただ猫を追いかけ回して入学式に遅刻したやる気のない生徒と判断されたためだ。

 当初は自分が悪いのだから受け入れようと思っていたものの、社交界に顔を出さないといえシュバルツァー家はまがりなりにも貴族のため、貴族クラスのⅠ・Ⅱ組への編入が予定されていた。

 

 ただでさえシュバルツァー家の名誉を貶めた自分なので、おそらく初日だからといってクラスに馴染めるとは思えない。

 何より、自分が入る予定だったⅦ組にはセリーヌの飼い主と思われるエマ・ミルステインが所属していた。

 

 ならばリィンがクラスを変える理由はない。

 そのため、リィンはシュバルツァーの名誉と価値を存分に知らしめる必要があったのだが……

 

(三ヶ月の雑務……という名の奉仕。初日を遅刻しただけにしてはいささか厳しい判断だな。あの女教官はかなり人使いが荒いと見た)

「猫を追いかけて遅刻した、なんて理由なんだから優しいと思うぞ親父。結局、嘘もついて彼女も巻き込んでしまった」

(あの子猫がエマ嬢のペットなことに違いはない。事実を伝え真実は言わなかっただけの話だ)

「それでも良い気分じゃないのは確かだよ」

 

 くたびれながら、リィンは今日の出来事を振り返る。

 

 ――遅刻したリィンは教頭の説明を受け、旧校舎へと足を運んでいた。

 そこではすでに特別オリエンテーションを終えたクラスメイトの姿もあり、全員がⅦ組への参加を表明した後に遅れて現れたため、空気をブレイクした針のむしろ心地で遅刻の理由を説明する。

 呆れの感情が渦巻く中、件のエマだけは食い入るようにオズぼんを凝視していた。

 

(フフフ、息子よ。少し荒業だがエマ嬢とのきっかけを作ってやろう)

(どういうことだ?)

(何、事実を言ってやればいい。嘘のない、事実をな)

 

「それでリィン・シュバルツァー君? オリエンテーション以前に学院生活へ不満があるのなら、特科クラスにいる必要はなさそうね。やる気のない生徒に予算を割く理由はないし、君は本来編入するはずだったクラスに――」

「じ、実は! そこにいるエマ・ミルステインさんのペットで、黒猫のセリーヌを探していた次第なんです!」

「はあ?」

「え!?」

 

 サラが首を向けると、エマもまた驚きに目をまたたかせていた。

 

「なんでセリーヌのことを――」

(息子よ、言葉を出させるな。疾風の如く言い切れ)

「ああ、ちゃんと知り合いの家に預けて来たから安心してくれ」

(安心したまえエマ嬢。本当にどこかへ預けたわけではなく、危害も加えたわけではない。ただ――君たちに話がある。少し口裏を合わせてくれるとありがたい。そして彼の名前はリィン・シュバルツァー。ユミルを治めるシュバルツァー家の長男だ)

 

 オズぼんがそう言うと、エマは一瞬口をつぐんだ。

 見るからに怪しい相手からの提案。

 しかも人ではない。

 純度百パーセント怪しさしかない本来一蹴されてもおかしくないそれをエマが受け入れたのは、ひとえにその怪しさのおかげだった。

 

「そ、そうでしたか、ありがとうございますリィンさん。そしてごめんなさい、まさか遅刻してしまうほど遅くなってしまうなんて」

「ああいや、夢中になってしまったことに違いはないから」

 

 大根というほどの演技ではないが、やはり動揺が言葉に出てしまうのか少しどもりかけてしまう。

 サラはじっとリィンを見据え、確認を取るようにエマへ話しかけた。

 

「エマ? 彼の言うことは本当なの?」

「は、はい。そこのリィンさんとはセリーヌを通じた顔見知りで……」

(出身はユミルだ)

「ユミルの温泉を堪能しに行った時、顔見知りになったんです。彼はそこの領主様の息子ですから、顔を合わせることもありまして」

 

 教官であるからには、リィンの出身がユミルであることは承知だろう。

 そしてユミルは温泉郷と呼ばれるほどの観光地。

 そこへ赴くことに不自然さはない。

 お互いが初顔合わせになるこの場面で、その情報を知るエマがリィンと知り合いである可能性を彼女は否定出来ない。

 無論、エマの地頭の良さがあってこそのアドリブではあった。

 

「……つまり彼もまた、貴族か」

 

 そんな怒りを宿した声もあったが、今のリィンにそれを気にする余裕はなかった。

 

「…………怪しいところはあるけど、知り合いってことは嘘じゃないようね。人が良いのは感心するけど、入学式をサボってまでというのは感心しないわね」

「は、はい。それはもう……」

「エマ? 貴女もよ。知り合いに迷惑かけないよう、ペットのしつけくらいはちゃんとなさい」

「も、申し訳ありません……」

 

 エマを巻き込んでしまったリィンはひたすた罪悪感を堪えながら頭を下げる。

 なんとも言えない空気が辺りに満ちたところで、サラはクラスメイト達に解散を告げる。

 リィンとそれに巻き込まれたエマは居残りであった。

 

「君にはARCUSの性能を――って、武器はどうしたの?」

「それなら他の教官に預けました」

「君は剣術を習っているって聞いていたけど、素手で魔獣を徘徊した場所を抜けて来たの?」

「はい。そんなに強い魔獣はいませんでしたし、無手でも戦えるよう仕込まれているので問題ありません」

 

 ほう、と感心の声を上げたのは通学路で見たポニーテールの少女。

 力強い瞳がリィンを見抜くが、サラに促されて押し黙る。

 挨拶する間もなく去っていくクラスメイトを視線で追っていると、サラは剣と導力銃を取り出しリィンに突きつけた。

 

「それじゃ、居残り授業として私と戦ってもらいましょうか。エマは狙わないから安心なさい、これはあくまでARCUSの性能を知るための模擬戦だからフォローに徹して頂戴」

「え、いきなり教官と?」

「本来なら実技テストはもう少し後だったんだけど、今の君の実力、知っておきたくてね」

(フフフ、息子よ。どうやら彼女はお前の実力が生徒らしからぬことを見抜いているようだ)

「む、息子……?」

 

 エマの呆然とした声に、リィンは口元を綻ばせた。

 セリーヌの飼い主だけあって、エマもまたオズぼんのことが見えているようだ。

 気合を入れ直すと、リィンとエマの持つ戦術オーブメントから生まれた光が繋がる。

 

「これは……」

「それがARCUSの……いえ、結果は直に感じてもらいましょうか」

「わかりました。では、行きます!」

 

 

(そして、結果としてはリンクが切れたわけだが。これが即落ちというやつだな)

「なんのことだよ……」

 

 オズぼんがバトルスコープいらずの眼力で情報を把握し、ある程度戦闘が進んだ後、リィンの予想以上の実力にサラの攻撃が激しくなった。

 エマのサポートありといえ無手のリィンでは地力の差もあり徐々に対応しきれず、一瞬だけ鬼の力を解放しようとした。

 

 途端、エマとの繋がりが途切れた。

 

 戦闘者としての勘なのか、鬼の力を使おうとした瞬間にサラは飛び退きそこで居残り授業は終了となったのだが……

 

「二人の視線、しばらく忘れられそうにないな」

(フフフ、息子よ。男として生まれた以上、女に蔑まれた視線をされたい気持ちもわからないでもないが、私としては――)

「違うから」

 

 エマは畏怖、サラは驚愕。

 それぞれの理由はあれど、ただでさえ怪しまれていたところに大きな弱点を作ってしまった。

 

(フフフ、ARCUSが心の中まで理解出来なかったことを喜ぶべきであろう)

「そこまで行ったら超技術すぎるだろ。でも、お互いの動きが把握出来るっていうのはすごいことだな」

(うむ。軍における部隊の連携を速やかで確かなものとする、という意味では士官学院でカリキュラムを組むに値する技術だ。さて、そろそろエマ嬢に説明をする時間だぞ息子よ)

「なんて言えばいいと思う?」

(セリーヌ嬢と同じことをすればいい。何。父を紹介するだけだ、気負うことはない)

「気負いしか沸きません。でもこんな時間に女子の部屋を尋ねるのは……」

(フフフ、息子よ。安心するがいい)

 

 オズぼんがそう言うと、ARCUSが勝手に起動し通話状態となる。

 しばらくして、もしもし、というエマの声がそこから聞こえてきた。

 

「こ、これは!」

(連絡先の交換はしておいた。安心して待ち合わせの時間を決めるがいい)

「いつの間に……」

(フフフ、お前の見えない位置で色々やれるのだよ。メッセージパネルの文字程度、変えることなど造作もない)

「相変わらずわけがわからないけど、犯罪行為はしてないだろうな?」

(フフフ、父を疑うか息子よ)

「ああ」

(フフフ、即答とは手厳しいな。ともかく今はエマ嬢と話をするがいい)

 

 煙に巻かれたとリィンは感じていたが、エマのことも大事なためARCUSを手に取る。

 通話の先ではとりあえず話し合いの場を設けるということになり、時間を指定して切った。

 

 そうして出向いた先で――リィンは待っていたエマとセリーヌに悲鳴を上げられ、無我夢中で放たれた転移によってトリスタから遠く離れた地へ飛ばされる。

 鉄道が通らない僻地からほうほうの体でトリスタへ戻って来る頃には、リィンはめでたく新入生のやべー奴としてまたたく間に有名になっていた。

 

 ただでさえ怪しんでいた相手が頭に角、背に翼。腰にアーマーのセットを装着した不審者ルックで現れれば誰でも混乱します、ごめんなさいと二人は謝り、その原型となった巨いなる騎士人形を見て二度驚くのは未来の話。

 オズぼんはウィットに豊んだジョークだった、今は反省していると語りリィンによって地面に沈められた。

 

 なお、間接的な原因となったエマとセリーヌは罪悪感からかリィンの風評に構わず親身に接してくれた。

 おかげで勉強の遅れを取り戻してくれたり、二人が魔女の眷属であることを知るなど急速に仲良くなれたのは嬉しい誤算だったとリィンは思う。

 ただし親父、テメーはダメだ。

 




オズぼんはアタッチアイテムを自在に操れるぞ!
喋らせなくても、メッセージパネルを使った話し方にしても良かったかなと思う今日この頃。

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