はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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レオ姐も出したかったけどアッシュで限界だった五月の特別実習編、これにて終了となります。
予想以上にミュゼの出番が多くなってしまいました。
クルトくらいに抑えようと思ったのに、書き上げてみればそんなことはまるでなく。
マヤの出番が少し多いのは作者の加護です。
またしばらく日常編に戻りますので、そちらのほうお楽しみくださいませ。
いつも誤字報告ありがとうございます。


フフフ、息子よ。五月のリザルトだ

「はー、身に染みるー」

「他人事ではありません。本来ならまだ絶対安静なのですから」

 

 友人の心配をよそに、元凶である本人はイーグレット家という場所にお世話になっていた。聞けばミュゼの祖父の家らしい。

 彼女の仲介で一時的にここの使用人として雇ってもらったらしいマヤが、現在リィンの世話役として部屋に滞在していた。

 ここへ運び込まれた時にマヤも居たため、流れでリィンがトリスタへ帰るまでの面倒を見るため働いているのだ。

 マヤからすれば恩人の危機ということで給金を必要としなかったかもしれないが、そこはしっかりしているようでリィンも一安心である。

 昨日助けた母親が東方文化に精通しているようで、マヤは和服の上にメイド服を着るというあまり見ない出で立ちであった。

 老師のおかげで東方文化に精通しているリィンから見ても、なかなか貴重なものを見ている気分になる。

 そんな和風メイドから渡された薬は、飲み込めば体に染み渡るような感覚があった。

 

「治療薬っていうより漢方薬に近いのかな、これ」

「かもしれませんね。元々東方は体を内から治す内服薬の種類が多いようですし」

「マヤも風邪を引いた時はお世話になったり?」

「はい。母が用意してくれたりしましたね。リィンさんもですか?」

「俺は健康優良児だったけど、妹が風邪を引いた時は老師に頼んでそういった薬を探したもんさ」

「妹さんがいらっしゃるのですか?」

「帝都にある聖アストライア女学院に通ってる。……今回は怪我のことは伝えないでおこう」

「家族にはちゃんとありのままを話したほうがいいかと。黙って秘密にしているほうが、こじれますから。言ってくれたら代筆しますので、きちんと手紙は送ってあげたほうが良いかと。……夕飯持ってきますので、ちゃんと横になっていてくださいね」

 

 妙に実感のこもる言葉を放つマヤは、空になった湯呑をお盆に乗せて一度部屋を退室する。

 年下の少女に世話をされている現状にむず痒くなりながらも、リィンはあの時のことを振り返っていた。

 

 

 死のイメージから意識を取り戻したリィンは、自分が大の字で寝ていることに気づいた。

 すぐに立ち上がろうとするも、胸に走る痛みに呻いて膝をつく。

 目の前に気配を感じて顔を上げれば、マクバーンが楽しげにリィンを眺めている。

 

「もう覚めたのか。クク、良いじゃねえかてめえ。アツくしてくれる」

「はは……何されたのかよくわかりませんでしたけどね」

「タイマンで俺にこれを使わせたんだ、見込みがある」

「なら、友達になってもらえるんです?」

「ブレねえな。だが、足りねえよ。まだ俺を心底アツくしたわけじゃねえ」

 

 マクバーンはリィンが鬼の力を使った時のように、その姿を変貌させていた。

 緋のオーラには黒が混じり、黒焔ともいうべきそれがマクバーンの全身を覆い、側にいるだけで体を焼かれそうな熱気を放っている。

 リィンは自分と同類なのか、と思ったがすぐにオズぼんからの否定が入る。

 

「フフフ、あれはお前のものとは異なる外の理の力だ。今のお前ではどうあがいても届かぬよ」

「へえ、随分と物知りな人形だな」

「お褒めの言葉、ありがたく受け入れよう」

「ダガおずボンヨ。ソレハツマリ、今ガ絶体絶命トイウヤツデハナイノカ?」

「…………騎神、か? どうなってやがる」

「あっちでエマが操作してるのが本体で、人格は俺に宿ってるんですよ」

「つくづくよくわからねえ奴だが……まあいい。機甲兵(おもちゃ)がどれくらいのモンかを見に来たつもりが、なかなかのサプライズを堪能させてもらったからな」

 

 そう言ってマクバーンは元の姿に戻り、メガネをかけ直す。

 くるりと踵を返すその姿は、この場から立ち去ろうとする気配を感じた。

 

「ま、待ってください。俺はまだ――」

「クク、残念だがそれは無理な話だ。が、気にするな。どうせ将来また顔を合わせることになる。深淵の話によれば、年内に事を起こすようだしな」

「…………?」

「そん時に俺をもっと本気にさせてみろや。お前の話も、今回よりマシになればもっと聞いてやるよ」

「言質、取りましたよ?」

「ハッ、ならせいぜい気張ることだな――」

 

 

 そこで見逃されたことに気づき、オズぼんによりエマ達の危機を知りヴァリマールの転移で割り込んだわけだが……なかなか上手くいかないものだ。

 西風の猟兵達が去り、危険がなくなったと思ったら気が緩んで倒れてしまったのだから。

 

「結局、あの人はなんだったんだろうな」

(フフフ、わからないならヴィータ嬢に聞いてみるのがよかろう。何せ彼女は帝都に溶け込む『魔女』であるからな。自ずと知っていることも多かろう)

「あー確かに。トリスタに戻ったらアーベントタイムに送ろうか。ベリルに聞いたほうが早いかな?」

(フフフ、ひとまずヴィータ嬢をオススメしよう。ベリル嬢ならいつでも聞けるからな)

「ダガりぃん。オ主ノ目的ハサテオキ、まくばーんト次ニ戦ウ時ハドウスルツモリダ?」

「それだよな。俺の剣もヴァリマールの拳も効いた様子なかったし、何よりあの人が本気出したら武器が持たん」

「ウム。攻撃ヲ当テルダケデ、武器ガ使エナクナルノハ厳シイ」

 

 刀身が溶けた太刀の様子を思い返し、鬼の力と灰のチカラで補強した太刀がアレなら生半可な武器ではあの焔……黒焔を突破することは不可能だろう。

 

(ひとまず、ゼムリアストーン製の武器を手に入れるべきであろう。お前の分やヴァリくんの分もな)

「ヴァリマールも?」

「武装でばいすノ選択ハ重要ダ。えまガ動カス我ニ武装ガアレバ、違ウ結果トナッテイタカモシレヌ」

「殴る蹴るじゃなくて、剣を振るうが加わればエマでも追い払うことは出来たかもしれないってことか……でもゼムリアストーンなんて都合よく転がってるか?」

(フフフ、息子よ。ヴァリくんの本体はゼムリアストーン製で――)

「おずボン、ソレ以上イケナイ」

(フフフ、冗談だ。帰ったらエマ嬢達に聞いてみるといい。知らなければ、エリンへ赴けばいい話だ。騎神に詳しい彼らなら、何か良い情報があるだろう)

「よし、なら今後の自由行動日はエマにお願いしてエリンに行くか!」

(フフフ、息子よ。その前にアフターケアを忘れるな)

「アフターケア?」

(今回、ブリオニア島へ行くよう要請した相手。つまり――)

 

 そうして今後の予定を決めるリィンであったが、夕食を持って再び入室したマヤに手紙を代筆してもらうことにする。

 ちなみに夕食はマヤに食べさせてもらうか、痛みに耐えて自分で食べるか少し悩んだ結果、自律行動するロア・ヴァリマールによってリィンの口へ運ばれるのであった。

 

 

 オルディスからトリスタへ向かう列車の窓から見える景色は、もうすっかり夜の帳が降りている。

 隣に座るアリサはエマの肩を枕にぐっすり寝入っており、対面に座るガイウスやエリオットもまた船を漕いで今日の疲れを癒やしている。

 そんな中、エマは膝で休んだセリーヌの頭を撫でながらぼんやりと窓から外の景色を眺めていた。

 五月の特別実習を終えてトリスタへ向かうⅦ組A班に、リィンの姿はない。

 島でアリサの声かけによって気を取り戻したエマは、導力ボートの上で回復魔術を使いなんとかリィンを治療した。

 オズぼんかヴァリマールか、あるいはどちらもの影響か。治療を受けたリィンの回復力は目を見張るものがあり、彼は港に着くと同時に意識を取り戻した。

 声もはっきりしており、そのままエマ達と一緒にトリスタへ戻ろうとしたところを満場一致でオルディスへの強制滞在を決めた。

 不安にさせるだけさせてまるきりこちらの心配をわかっていないリィンに、エマは怒りを通り越して無になった。ぶつのは体に悪いので、魔眼を使って謝らせようかと思ったくらいだ。

 そんなエマの迫力におっかなびっくりしながらも、A班は本日の活動をサラとオーレリアに報告し、リィンを海都に残して実習を終了させていた。

 特にブリオニア島で得た西風の旅団と機甲兵については、サラが深刻な声になるほどの価値があったと思う。

 しかし、エマの胸中にあるのはそのことではなく――

 

「あいつのこと考えてるの?」

 

 ぼんやりとしているエマにセリーヌが声をかける。

 周囲に乗客はおらず、他の三人も眠っているのでセリーヌは気兼ねなく口を開いた。

 

「あの人のことは、考えるだけ無駄だわ。そういうセリーヌこそ、付いてなくて良かったの?」

「昨日あのお馬鹿が助けた子がお世話してたじゃない。あの様子だと寝るまで見張ってるだろうし、私がいなくても大丈夫でしょ」

「ふふ、大怪我したリィンさんを見た時に慌てていたのは誰だったかしら」

「し、知らないわねそんなの」

「私は心配したわ。まあ、そんなのリィンさんにとっては気に留める価値なかったようだけど」

「エマ、怒ってる?」

「怒ってます」

「そ、そう」

 

 セリーヌは触らぬ魔女に祟りなし、とこれ以上突っ込むのを止める。

 そんな使い魔をよそに、エマはリィンのことを考える。

 身勝手でわがまま。

 リィンについて考えるたびにそう評した。

 ならこちらもそう振る舞って、重しをつけてあげなければならない。

 そうしなければ彼はどこまでも自由で好き勝手にして、いずれ手の届かないところへ行ってしまいそうだから。 

 

「起動者を導く魔女として……」

「あれを導くのは、相当大変だけどね」

 

 それは言われなくてもわかっている。

 出会いから今まで、彼に驚かなかったことなどほぼないのだから。

 

「でも、それだけじゃリィンさんを引き止められない」

「事情を聞けば、あの怪我も自業自得って気がしないでもないけど……」

 

 彼が重症を負う理由となった友達作り。

 あれに関しては起動者でなくても行っていた、リィン独自の目的だ。

 オズぼんが見える相手を探し求めてトールズに来たのだから、少しでもボタンが掛け違っていたら彼はトールズに来ることすらなかっただろう。

 友達を作るために瀕死の重症を負ってなお、それを止めるつもりが一切ないのだから。

 機甲兵を溶かしたあの男の脅威を認識してなお、オズぼんが見えるという事実に重きを置いているせいだ。

 自分の体のことを下にするくらい、彼にとっての優先順位が決定的に固定されている。

 あの調子が続けば、リィンはいざという時に決定的な破綻を起こす気がする。

 ならば、自分も遥か前を走るリィンに追いついて、いざという時に殴ってでも止められるくらいに強くならなければならない。

 少なくとも、あのマクバーンの焔は自分が頑張れば封じることが出来たはずだ。

 加勢されるのでなく、加勢してあんなリィンの姿を見ることはなかったと思う。

 

「セリーヌ。今度の自由行動日、エリンに帰るわ」

「え?」

「おばあちゃんに頼んで、自分を鍛えないといけないから。ついでに、催眠魔術を習ってリィンさんの友達作りを少し自重させようかなって。遠慮はなくしたつもりだったけど、足りなかったみたいだし」

「そ、そう。あのオズぼんってのが居る以上、解いてしまうかもしれないけど」

「そこはオズぼんさんにも話を通しましょう。私も、少しワガママになるから」

 

 フフフ、とメガネを光らせる主の姿に、セリーヌはリィンへの罵倒を心の中で繰り返しながら、エマの怒りが早くおさまるのを願うのであった。

 

 

 オーレリアがジュノーでの仕事部屋へ戻ると、ソファーにはトランクを側に置いた聖アストライア女学院の制服を着た女生徒が座っていた。

 だが少女の顔は何かに没頭するように俯いており、オーレリアが入室してきたことにも気づいていないようだった。

 

「ミルディーヌ様」

「あ…………」

 

 声をかけてようやくミルディーヌ――ミュゼは顔を上げた。

 オーレリアが手元を覗き込んで見ると、そこには何枚かに分けられた手紙を握っている。

 視力が良すぎて目を悪くするメガネをかけるオーレリアからすれば、手紙の内容を流し見しただけで全文を理解するのは容易かった。

 

「シュバルツァーのことですが」

「っ」

 

 その名を呼ぶと、ミュゼが体を震わせる。

 オーレリアはかすかに息を漏らしながら、目の前の彼女が今年でようやく十四になる少女であることを改めて実感する。

 

「今はイーグレット家に身を寄せているようで」

「はい……怪我の治療はされたようですが、それでも元の傷がひどく数日は安静にするように、と。今はマヤさんやお祖父様達が面倒を見ているようですが……」

 

 ブリオニア島から帰還したⅦ組A班は、港で待っていたミュゼの案内により大火傷を負ったリィンをかついで即座にイーグレット家へと向かった。

 アイテムやアーツによる応急処置はしており、導力ボートで戻るさいにエマが用いた薬が効いているとのことでリィンは意識を取り戻していたが、絶対安静に違いはなく数日の滞在延長を強制されていた。

 新たに使用人として雇ったマヤが、恩人の危機に対して甲斐甲斐しく世話をしているようなので、あちらに任せておけば問題はないだろう。

 この件はⅦ組A班とオーレリアからサラへと伝わったが、当然監督不行き届きということで指摘を受けた。

 そのかわりA班が持ち帰った情報もあったが、サラはそれよりもリィン達の心配のほうが第一だったようだ。

 そういう意味では生徒を導く教官として優秀であるが、軍人としては……と考えたところで、元遊撃士の学院教官相手に考えることではない、と自省した。

 

「あの貴族ですが、機甲兵を失った損失に加えて現実を知ったことで傲慢さもなりを潜めることでしょう」

 

 きっかけとしては、貴族の意識改革をすることになったことから始まる。

 領邦軍の貴族出身の士官達の多くは貴族としてのプライドが高く、能力はそれなりにあれど肥大化したそのせいで猟兵に教導を受ける事実にストレスを溜めていた。

 西風の旅団――カイエン公が雇った護衛は、内密に開発された機甲兵(パンツァーゾルダ)の操作のために貴族達への指導を行っていた。

 シュミット博士がトールズ士官学院へ来る前に、ラインフォルトの技術でも量産可能なよう設計図を引いて作られた機体だ。

 戦場に革命を起こすことを期待されているそれは、ある程度の操作技術が求められる。その指導役護衛を兼ねていた西風の旅団を雇ったのだが……当然貴族が猟兵の指示など素直に聞くことはなく、その伸びが少ないことを危惧していた。

 そのため、まずは鼻っ柱を折るという意味で猟兵に話を通し、中でも特に貴族意識の高い兵士が操作する機甲兵を生身で倒すよう依頼した。

 ブリオニア島の一件を考えれば猟兵は無事依頼を完遂してくれたのだが、カイエン公が同盟を組んだ、猟兵とは違う勢力――身喰らう蛇なる結社と呼ばれる組織のエージェントが乱入してきたのは想定外だった。

 思えば昨日もリィンとの稽古を邪魔されたのも、オーレリアと彼らを含んだ協力者との面通しのためでもある。

 それでも生きて情報を持ち帰って来たのであればそれは勝利であろう、というオーレリアの考えはしかし、ミュゼにはあまり慰めにならなかった。

 

「貴方の一手は確実に流れを変えた。それは誇っていい結果でありましょう」

「ですが、そのせいでリィンさんが……」

 

 オーレリアが言う通り、彼らはそこで西風の旅団と機甲兵の存在を知った。

 これをトールズに持ち帰ることが出来たというのは、間違いなく彼女が指した手によるものだ。

 ただ、ミュゼが盤外の奇手として用意したリィンが、彼女も予測していなかった同じ盤外の一手により防がれた。

 この件を報告するなら、それだけのことだ。

 だが人の心はそれだけ、では決して図れるものではない。

 自分のせいで人が死ぬ。

 その重みを受け入れるには、ミュゼの器はただの女の子でしかなかった。

 

「休暇は終わりですが、一日くらいなら伸びたところで問題はありません。私のほうから女学院へ伝えておきますが?」

 

 暗にリィンへの見舞いを薦めるオーレリア。

 ミュゼは、それに頷くことが出来なかった。

 もう一、二年あれば人前でそれを隠し通す覚悟も決まるだろうが、女学院に通う少女にそれを求めるのは『まだ』酷なことである。

 けれど、ミュゼのその行動はオーレリアも予測済みだった。

 

「そうなると思って、手紙を受け取ってきましたよ」

「そうですか……あとで読みま――」

「差出人は、リィン・シュバルツァーという人物だそうです」

「え?」

「奴はもう意識を取り戻して、こうして手紙を送る程度には元気一杯でしたよ」

 

 ぽかんとするミュゼに手紙を渡す。

 オーレリアがここへ来る前にイーグレット家へ寄ってみれば、ベッドに縛り付けられながらもマヤと会話する少年の姿があった。

 瀕死の重症と聞いており、実際大怪我は癒えていないようだったがリィンの心はすでにそのことを置いて新たな目標――島で敗北した劫炎のマクバーンなる人物への関心をオーレリアに語った。

 力の差は歴然ながら、いずれ追いついてみせるので機会があれば修行を手伝ってくださいと、羅刹に向けて言ってのけたのだ。

 きっとあの少年は平然と無茶をして、怪我をして、それでも事を成し遂げるのだろう。

 傍で見ている者の心は平静とはいられないだろうが、それすらも置き去りにして一人先を歩いていきそうな雰囲気を感じた。

 故にオーレリアはこう言うのだ。

 

「あれに関しては心配するより、あえて困難を押し付けてやるくらいの気持ちでいたほうが楽かと思われますよ。なぜなら――」

 

 ――怪我のことは気にしないでください。おかげで良い出会いがあったので。むしろそんな要請をしてくれた人にお礼が言いたいくらいですよ。まあ手紙に書きましたけど。

 

 そんなことを言ってのけている。

 手紙にもきっと、ミュゼへの礼が書かれていることだろう。……と言っても代筆はマヤであるが。

 少女の人生を変えうる葛藤を、素知らぬ顔で投げ飛ばす男だ。そんな相手、心配するだけ無駄というものである。

 

「……ふふ……あはは…………そうですか、そう仰るのですか」

 

 ミュゼの声に力が戻る。

 自分の指した手を意にも介さず、それでいてこちらへの気遣いに溢れた言葉は侮られている錯覚すらあった。

 いいや、もっと安直に言えば――

 

「こんなに人の心がわからないお方は始めてです」

 

 そう語るミュゼの顔に、悲壮感は見えない。

 

「なら、奴の困り顔でも想像しながら指すとよろしいでしょう。貴女の『手』は周りを意識して重く感じるでしょうが、シュバルツァーに関しては逆に手を持ち上げて来るのですから」

「そうですね。手に取った駒が重く感じるどころか、掴んだ瞬間に浮いて空に持ち上げられそうだなんて感覚、あの方以外に感じることはないのでしょうね」

 

 そうして互いは目を合わせて笑い合う。

 強くなりたいというのなら、手伝ってやろう。

 手が重みにならないというのなら、遠慮なく頼りましょう。

 そんな二人の思惑の一致は、今後リィンへ降りかかる女難を示していた。




ある日のアーベントタイム収録前

ミスティ
「またリィン君からのハガキね……仕方ないけど見るしかないか」
はぐはぐオズぼん
「劫炎のマクバーンさんという人について教えてください」
ミスティ
( ゚д゚)……
(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚)……
(つд⊂)ゴシゴシゴシ
(;゚ Д゚)……!?

ビリッ
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