いつも誤字報告ありがとうございます。
今日も元気に生徒会活動の奉仕作業を行うリィンは、馬術部からの要請を終えてグラウンドを後にするところだった。
そこでラクロス部のほうから少女の甲高い声が聞こえて、思わず首を向けた。
そこに居たのはラクロス部に所属しているアリサと、そんな彼女に怒鳴っている女生徒の姿だった。
聞こえてしまった以上放置するわけにもいかない、とリィンは彼女達に近づく。
「あ、リィン……」
アリサはリィンに気づいてどこかほっとしたような顔になる。
反面、怒鳴っていた女生徒がリィンに気づき、びくりと体を震わせた。
「リ、リィン・シュバルツァー……」
「そうだけど……アリサ、何かあったのか?」
「え?」
「その子の怒鳴り声が聞こえて来てな。喧嘩か? だったら――」
「いえ、いえ! なんでもありません!」
どこか怯えたようにリィンを見る女生徒。
先のリンデのような様子に、先月から貴族生徒の傲慢な振る舞いに対して色々と首を突っ込んでは解決していたことを思い出した。
以來、貴族生徒からリィンを見る目が色んな意味で変わっていたが、パトリックという四大名門の一人と和解したことでそういった目も大人しくなっていたのだが……完全にはなくなってはいないようだ。
「えーっと、貴族生徒か? 別に何もしてないなら俺だって何かするわけじゃないぞ?」
「わ、わかっております……こほん、私はフェリス・フロラルドと申します。彼女が、気の抜けた行動を繰り返しているので、喝をしていたところなのです」
「こちらこそ、リィン・シュバルツァーだ。そうなのか、アリサ」
「ええ……フロラルドさんには申し訳ないことをしたわ。私からも、ごめんなさい」
「え? え、ええ……まあ、素直にそう言っていただけるのでしたら、私も口うるさく言いません。今後はお気をつけなさい」
「フロラルドさん……」
よくわからないが、一件落着したようだ。
リィンは安心してその場を離れようとするが、その背にアリサが声をかけた。
「リィン、この後、少しいい?」
「うん?」
「ちょっと、相談したいことがあるの」
「わかった。後は片付けだけか?」
「え、そうだけど……」
「じゃあ俺も手伝うよ。そのほうが早く終わる」
「リィン……ありがとう」
この後の予定らしい予定もないので、リィンはラクロス部の片付けを手伝う。
やがて部活動を終えたアリサを連れて、リィンはⅦ組の寮のフロントへ戻っていく。
「飲み物は欲しいか? コーヒー……よりアリサは紅茶派か。淹れたことないから、買ってくるか」
「ううん、そこまで気を遣わなくていいわ。ありがとう」
笑みを浮かべるアリサだが、そこに見える感情は困惑や無理をしているものだった。
特別実習を終えたA班が揃って似たような顔をしていたので、エリオット達もひょっとすると同じ悩みを抱えているのかもしれない。
A班の一人として、リィンはその理由を知りたかった。
「で、一体どうしたんだ? 随分と悩んでいるようだけど……」
「……リィンも見たわよね、あの機甲兵って兵器」
マクバーンさんに燃やされたやつか、と言おうとするより早くオズぼんがその台詞を封じた。
(フフフ、息子よ。お前が劫炎の話題を出せば必然的に友になりたいという欲を見せる必要がある。真剣に悩んでいる相手に、そういったことを言うのは悪手だ)
(俺も真剣に悩んで頑張ってるんだけど……)
(りぃん。今ハありさノ話ニ耳ヲ傾ケルベキダ)
ヴァリマールにまで言われてしまえばリィンも自重する。
「ああ、西風の旅団に抑え込まれてたけど、あれは相手が悪いだけだからな。あれがみんなに向けられていたら、大変だったかもしれない」
リィンは自分が劫炎を相手にすることに変わりはないので、そのことを除外して考える。
西風の猟兵の連隊長二人を相手にするのも厳しいが、あちらはまだ手心を加えていた。
だがあの機甲兵なる兵器に搭乗していたのは、あの傲慢な貴族兵士だった。
仮に相手をすることになれば、リィンが負った怪我以上の危険すらありえただろう。
「あれが怖かったのか? でもそのことは報告して、トールズの教官達が……」
「違うの!」
慰めようとするリィンの言葉を遮ってアリサが叫ぶ。
急な反応に驚くリィンに、アリサは自分の行動を振り返りすぐに謝罪してくる。
「ご、ごめんなさい。いきなり叫んでしまって」
「少しびっくりしただけだからいいさ。それより、何が違うんだ?」
アリサが落ち着くのを待って、ゆっくり返事を待つ。
彼女はぽつりと、漏らすようにある単語をつぶやいた。
「ラインフォルト……」
「うん?」
「あの機甲兵、ラインフォルト社製じゃないか、って思って……」
ラインフォルトと言えば、ノルディア州に本拠地を構えた帝国最大の重工業メーカーであり、ゼムリア規模で見ても最も大きな導力器メーカーのことだ。
導力製品の製造を主に行っていたり、エプスタイン財団以外で個人用オーブメントの開発を行っていることでも有名な会社だ。
何よりリィン達トールズ士官学院Ⅶ組が使う戦術オーブメント、ARCUSもラインフォルトグループの試作品である。
小型拳銃から客船まで幅広く手がけているのであれば、確かにあれだけのサイズの兵器を開発してもおかしくはない。
「でも、それを言ったら他の……」
「考えてみて。領邦軍は貴族が独自に持った兵力。いかに四大名門がコネを持っていたとしても、そうそう国外に依頼なんて出来っこない。なぜならそれを理由に帝国が他国に攻め入る理由にもなるもの。なら、帝国内の企業に限られる」
まくし立てるようなアリサの言葉は、推測というより確信に近い物言いだった。
確認するように物事を並べていくそれは、アリサの中で結論が出ていると言っていい。
「加えて、仮にワンオフ機ならそれを失ったとなればもっと騒ぎになるはず。なのに、あの人が焔で溶かした時に驚きはあっても、怒りとかそういったものが一切なかった。つまり、重要ではあるけどそこまで大事ではない……替えが効く、量産型の兵器なんじゃないか、って」
「……………」
その推理にリィンは呆然とアリサを見やる。
トールズ士官学院に入学出来るのであれば、地頭は良いはずだがそれでもこの推理力は度を超えている。
教官達をしてようやく到達可能なのでは、という結論にも思えた。
(フム、アリサ嬢は元よりこういった兵器の類に詳しいのかもしれんな)
(詳しい? どうしてアリサがそんなこと……あっ、まさか)
(フフフ、気づいたようだな息子よ。で、あればそれに従って行動するといい)
オズぼんの助言で、ある可能性について思い至ったリィンは「間違ってたらごめん」と前置きして、言い放つ。
「アリサ・R……アリサの名字は、ラインフォルトなんじゃないか?」
「!?」
「その反応、ビンゴみたいだな」
「…………ええ、隠していてごめんなさい」
「いや、アリサにも何か理由はあるんだろう。……聞いていいことか?」
「うん、ここまで来て隠すことなんてしないわ」
彼女は自分の本名がアリサ・ラインフォルトであると明かし、名字を隠していた理由が母親との諍いの末の喧嘩と語った。
思春期によくある親と子の喧嘩、というには家出をしてトールズに入学した彼女の行動力を褒めるべきだろう。
「でも、先日の特別実習が全部が終わった後に、すごく怖さがぶり返したの。自分達がやってることが授業、なんてくくりじゃすまないものに巻き込まれてるんじゃないか、って。そう考えたら、家族のことが浮かんで来たわ」
「それはいいことじゃないか。喧嘩してるって言っても、本当は家族のことが大事なんだろう?」
「それは、まあ……今はいいの。ともかく、家族のことを考えるにあたって、当然ラインフォルトのことも浮かんだわ。そしたら……ふと、閃いたの。うちの会社なら、あんなのを作っても不思議じゃない、って。そしたら、私の母様は帝国で何をしようとしているのか、って……そのことで悩んでて。フロラルドさんに怒られたのも、それが理由」
「直接、話を聞きに行くことは出来ないのか?」
「母様は基本的に帝国中を飛び回ってるし、私の話なんて聞いてくれないわ」
「だったら、お父さんとか」
「…………父様は数年前に亡くなった」
「…………ごめん」
「ううん、気にしないで。でも、父様が亡くなってから、母様は変わってしまった」
どこか遠くを見るアリサ。
憂いに満ちた瞳の中に、家族との思い出を振り返っているのだろうか。
「とりあえず、教官達に報告しよう。そのうえで何か出来ることを探せばいい。アリサのお母さんが関わっていなければそれでいいし、本当に機甲兵を作っていたらそれを止めるためにも」
「母様を、止める?」
「アリサは怖いんだろ? 親が子供の怖がることをするな、って思い切り怒鳴ったりビンタでもしてやればいいさ。他人の家庭問題に口を出すのは野暮だけど、アリサがやるなら問題ないだろ」
「母様にビンタ……ふふ、ははは」
その姿を想像したのか、アリサは思いつめた表情から一転しておかしそうに笑う。
「本当にそんなことが出来たら、色々悶々とした気持ちも晴れそうね」
「……あんまりそう思ってなさそうだな」
「母様は実益主義者だもの。子供のわがままと切り捨てられて終わるわ」
「そんな人がよく結婚出来たな」
「さっきも言ったけど、父様が亡くなる前はそこまでひどい母親じゃなかったの。家族で旅行にも行ったり、色々なことをしてくれたわ」
「だとすると、お父さんの遺言とかで頑張ってるとか? ラインフォルトを頼む、って」
「あはは、父様はいわゆる婿入りだったの。最初はシュミット博士の一番弟子ってことで優秀な技術者目当てだったようだけど、いつしか二人ともお互いを愛するようになったって聞いたわ」
「…………博士の一番弟子?」
「ええ、そうだけど……それがどうかした?」
ふと、リィンは違和感を覚える。
シュミット教室の筆頭として博士の様々なものを手伝ってきたリィンには、あの突然変異の天才が魔煌兵を独自に召喚するまでに至ったことを知っている。
そして、マカロフやジョルジュからも一番弟子の噂は聞いていた。
博士が手放しで褒める唯一の弟子である、と。
その名前は――
「アリサ、ちょっと付いて来てくれ。ひょっとしたら、その悩みがすぐ解決するかもしれない」
「ちょ、ちょっとリィン!?」
「いいから!」
そう言ってアリサを掴んで強引に連れ出した先は、シュミットが居る導力端末室。
今日はシュミット教室の授業がないため、彼は実験の結果をまとめながら端末と睨めっこしているのが常だ。
果たして、シュミットはそこにいた。
「博士」
「どうした、シュバルツァー。本日の授業はないぞ。私の作業を遮るだけの会話であろうな?」
「単刀直入に聞きます。フランツ・ラインフォルトという人の卒業作品に、『機甲兵』という作品はありませんでしたか?」
「リィン?」
リィンはマカロフやジョルジュから聞いた話を思い出していた。
シュミットは弟子として手がけた相手には、必ず卒業作品という最終試験のような課題を与えるのだと。
シュミットほどの相手が絶賛する一番弟子……それこそ帝国における鉄道網に匹敵する、革命的なものだと推測したのだ。
リィンは直接戦っていないが、魔煌兵に出来ることが機甲兵に出来るようになると考えれば話は早い。
人を模した大型機械が普及すれば、それこそ人に出来る作業の大半を代行することも可能なはずだ。
領邦軍が兵器として使おうとした機甲兵を、軍隊のように列を成して徒党を組むというのであれば、それは脅威に他ならない。
正直に言えば勘でしかない行動だった。
だが、聞くだけならタダであるし、違うのであればフランツ・ラインフォルトという人物に関して色々聞けばいい。
それが、アリサと母親の確執を紐解くきっかけになる可能性に繋がるかもしれないのだ。
「……隣に居るのはフランツの娘か」
「は、はい。フランツ・ラインフォルトの娘、アリサ・ラインフォルトと申します。えっと、始めまして」
「ふん。あやつの娘という割にはその道に進んではいないようだな」
「そ、それは……」
「博士、はぐらかさないで――」
「あやつが
「そう、でしたか……」
リィンは落胆する。
元より希望的観測だ。残念ではあるが、仕方ない。
ならば、とリィンはアリサを前に押し出す。
「え、ちょっと?」
「博士、アリサが一番弟子さんの話を聞きたいそうなので、ぜひ語ってもらえませんか?」
「なぜ私がそんなことをしなくてはならない」
「手放しで褒める弟子だったんでしょう? だったら、その偉大さを最も知りたい相手に教えなくてどうするんですか」
「フン、口の回る男だ。――まだ整理しきってないデータがある。それをまとめる間なら、話してやらんでもない」
アリサは思いがけぬ父の足跡を知る機会に、悩みを忘れてその顔を歓喜に染める。
「は、はい! その、よろしくおねがいします」
「それじゃ、あとは頑張れよアリサ」
「こ、ここまで来て放置!?」
「家族と弟子の話に、他人が出しゃばるわけにもいかないからな。今度、改めて教えてくれたらいいさ」
そう言ってリィンはアリサの背中を押してシュミット教室を去る。
閉めた扉からリィンを呼ぶ声が聞こえたが、そこは聞こえないフリをした。
「しかし、機甲兵はフランツって人か博士が関わってると思ってたんだけど……はずれたか」
(フフフ、息子よ。まだまだだな)
「うん?」
(博士は提出した作品がないと言っただけで、
「それじゃあ、すぐに戻って――」
(フフフ、浅いな息子よ。あの博士が口を誤魔化し、庇う相手だぞ? おそらくお前がそのことを指摘したとしても、知らぬ存ぜぬをされてしまえばそこで引き下がる他ない。故に証拠を突きつけない限り、彼は遺作に日の目を当てる機会を絶対に逃さないだろう)
「…………そこまでの人、ってことか」
あの博士が己の興味以外でそこまで入れ込む相手というのも気になるが、そうまでして死を惜しんだ弟子への最後の面倒を見ているとも言える。
元より自分が作ったものへの利用法に頓着しないシュミットだ。それが軍事利用されて、領邦軍と帝国正規軍ないし他国との緊張を高める結果となっても気に留めることはない。
シュミットの性格のねじれぶりとその面倒見の良さを知っているリィンには、博士はどんなことがあっても機甲兵を世に出すつもりであることに違和感はない。
リィンにはその気持ちが少しだけわかる。
大半の人に見えないオズぼんという存在を世に認めさせたい気持ちは、死んだ相手の作品を世に出すことと似ていると思ったからだ。
(そしてシュミット教室で過ごした日々から、機甲兵はすでに博士の手を離れている。すでに賽は投げられた。……少なくとも今はラインフォルトのことをサラ嬢に告げることで精一杯であろう。あとは彼女達、大人の仕事だ。学生のお前は、自分がやりたいことに目を向けるがいい。それが、結果的に全てを解決する道に至るかもしれぬからな)
「だと、いいな」
オズぼんからの説得を受けたリィンは、ARCUSでサラに連絡してラインフォルトのことを伝える。
すると、サラもその可能性に気づいていたようで今はルーレを中心に物資の流れといったものを洗っている最中のようだ。
「リィン、あの情報を持ち帰ってくれた君には感謝してるわ。だから、ここから先は大人の仕事。あんたは学院生活を私に迷惑かけない程度に謳歌しなさい」
そう言って通話を切るサラ。
どうやら、リィンが思っている以上に大人達はしっかり大人として動いているようだ。
ならば、リィンがすることは変わらない。
劫炎と友達になるために、己を高め鍛えるのみだ。
気分が晴れたリィンは、翌日にアリサから今度の自由行動日にルーレに帰ると告げられる。
直接話し合う覚悟を決めたそうだ。
「でも、忙しいんだろ? 大丈夫なのか?」
「ええ、優秀なメイドが居るからね。その子に連絡して、無理矢理時間を作ってもらうわ」
大好きな父親の話を聞いたからか、気炎が見えるほどアリサが燃えていた。
リィンはアリサに昨日のオズぼんからの推測、つまりフランツは機甲兵の構想があったのではないか、と告げれば彼女はそれにうなずいた。
どうやらリィンとの問答で、その可能性に思い至っていたらしい。
母と子がどんな会話を行うかわからないし、どう着地をするかわからない。
けど、せめてアリサが納得の行く結末でありますようにとリィンは心の中で願うのであった。
チート親父枠・技術担当にフランツさんが加わる展開もあれば面白そうですが、そうなったら軌跡シリーズが根本から覆りそうな辺り中々難しそうですね。
まあ機甲兵を構想ってことはつまり、巡り巡って騎神戦での生徒達の機体となって間接的に助けてるわけですが…