いつも誤字報告ありがとうございます。
「ねえリィン君、ちょっちいいかな?」
その日、シュミット教室における授業を受けていた日のことだった。
新たに召喚した魔煌兵との戦闘データを取り終え、データをまとめるために導力端末室を使うリィンは隣にやってきたミントに話しかけられる。
「ミント、どうかしたか?」
「私のことじゃなくてエリオット君のことなんだけど……」
「エリオット?」
「うん。最近吹奏楽部でもなんだか考え込んだり、気の抜けた顔をすることが多くて、ミスも目立ってきてるの。エリオット君が音楽でそんなことになるのは珍しいから、特別実習? ってやつで何かあったのかなーって」
どうやらミントは、部活の仲間であるエリオットのことが心配でリィンに相談したようだ。
先日のアリサの件といい、エリオットも同じく特別実習について悩んでいたのできっとそのことが原因だろう。
「わかった、俺のほうからもエリオットに話しておく。今日は部活ないんだよな?」
「うん。活動日じゃないからエリオット君は寮に居ると思うけど……」
「なら、今日の授業が終わったら部屋を訪ねてみるよ」
「よろしくね、リィン君! 私だけじゃなくて、ブリジットちゃんや他のみんなも心配していたから…」
ミントからの後押しを受けたリィンは、シュミット教室の授業を終えると早速寮に戻りエリオットの部屋を訪ねた。
だがドアをノックしても返事がなく、鍵もかけていない有様だ。
一言謝ってから入室してみるが、エリオットの姿は見当たらない。
リィンは別室に行ってⅦ組のクラスメイトにエリオットの行方を聞きまわったが、全員見てはいないとのことだった。
(フフフ、息子よ。これはトリスタを回るしかなさそうだな)
(そうだな、マラソンがてら探してみるか。ひょっとしたら学院のほうに居るかもしれないし)
そうして走り出したリィンがエリオットを見つけたのは、まさかの教会の中だった。
エリオットは子供達と何か話しているようで、すぐに子供達を連れて別室へ向かってしまう。
リィンから見るエリオットに無理をしている様子はないが、どちらかと言えば救われている、といった感情が見えるのは気の所為だろうか。
「エリオットさん、最近は教会に来る子供達に音楽を教えていたりしたんですよ」
「ロジーヌ?」
エリオットを見るリィンに見知った声がかけられる。
振り向けば、そこに居たのは制服姿のロジーヌであった。
最近はシスター服の彼女を見る機会が多く、制服であることが珍しく思える。
しかしそれよりも気になる発言があったので、リィンはそこをつついてみる。
「エリオットがお祈り?」
「何やら悩んでおられたようで……そこでエリオットさんが吹奏楽部であることを思い出して、決まった時間帯に音楽を奏でることを教区長様が許可されたんです」
「それなら別に音楽室でも……」
「時には一人、離れて弾きたいこともあったのではないでしょうか。それでその演奏に興味を持った子供達に、簡単な授業をしておられるようです」
「そんなもんか……ロジーヌは制服姿ってことは帰りか? 何なら送るけど」
「お気遣いありがとうございます。ですが、エリオットさんを探しに来たのでしたら、どうかあちらを優先してくださって大丈夫です」
「…………俺、ロジーヌにエリオットを探しに来たって言ったっけ?」
「教会に来たのに、私を探すわけではなくエリオットさんに目を向けていましたからね。であれば、用件はエリオットさんにということでしょう?」
「別にないがしろにしてるわけじゃ……」
「ふふ、わかってます。……どうか、私達では踏み込めなかったエリオットさんの相談に乗ってあげてください」
「わかってる。悩んでる理由は察しがついてるからな」
返答を満足気に頷いたロジーヌが一礼して寮へ戻っていく。
リィンは教区長に許可をもらい、エリオットが子供達との授業を終えるまでそこで待たせてもらう。
扉越しではあるが、そこから聞こえてくる旋律に耳を傾けていると、やがて授業を終えたエリオットが子供達を連れて出てきた。
「やっ」
「リィン? どうしてここに」
「ミントから相談を受けてな。……ブリオニア島のことで悩んでるんだろう?」
「!…………うん」
特別実習のことを告げると、先程まで子供達に向けていた笑顔を曇らせるエリオット。
すると、エリオットに音楽を学んでいた子供達がリィンに叫ぶ。
「ちょっと、せんせいをいじめないで!」
「え?」
「せんせい、どこかいたいの? おくすりのむ?」
口々にエリオットを庇い、リィンを睨む子供達。
どうしたものかと悩むリィンに、エリオットは子供達を落ち着かせるような優しい声を落とす。
「大丈夫だよ、この人は学校のクラスメイトなんだ。僕のことを心配して、わざわざここに来てくれたんだよ」
「そうなのー?」
「おともだち!」
友達という言葉につい反応しそうになるリィンだったが、そこは自重した。
なんとか子供達を落ち着かせて、帰りの挨拶をすませたエリオットに、リィンはニヤニヤと口を歪めながらエリオットをからかう。
「せんせー大人気だな」
「あはは、よしてよ」
「……どうする? 今の気分に浸ってたいっていうなら、俺帰るけど」
リィンの提案に、エリオットは静かに首を振る。
「ううん、大丈夫。僕も……話したいって思ったから」
二人はそれから教区長の提案で一室を借り受けることになる。
恐縮するエリオットをよそに、リィンは礼を言って改めて悩みについて切り出した。
「それでエリオット、やっぱり特別実習の件で悩んでるのか?」
「うん、アリサやガイウスにも話したけど……リィンやエマはあまり悩んでなさそうだったね」
「俺は……悩む暇がなかったからな」
「ちょっと羨ましいよ、そんな風に思えることが」
割と切実なんだぞ、と言ってもエリオットはあまり信じてくれない。
どうもマクバーンに言った友達になってください宣言はリィンなりの場を誤魔化す冗談として受け止められているようだ。
(気にするな息子よ。いずれ劫炎を友にした時に驚かせてやればいい)
(うん、そうだな。その時は改めてエリオットにも紹介しよう)
胃痛必至な提案の矛先を向けられていると思わないエリオットは、己の不安を吐露する。
「僕は、何の役にも立たなかった」
その一言は、エリオットにとって告白することに勇気が必要なものだった。
泣きそうなくらい、実際あの日を思うと泣いてしまった事実であるからだ。
「でも、第四機甲師団のクレイグ中将に真っ先に報告が出来たのは、エリオットが家族だったからだろ? 俺だってブリオニア島では結局あの人を足止めするのが精一杯で、ぐうの音も出ないくらい負けたぞ? みんなの怪我を治して継戦させ続けたエリオットが居たからこそ、俺が乱入出来るまで粘れたじゃないか」
エリオットは勘違いしているようだが、ナイトハルトから第四機甲師団への情報が伝わったのも事実であるが、それ以前にエリオットのほうからクレイグに直接連絡が届いていたらしい。
リィンは大火傷の治療のため、現地で知り合ったマヤに介護されていたことに比べればはっきり言って影響力はエリオットのほうが大きい。
加えてエマの騎神操作、ガイウスの守護、アリサの牽制のバランスを維持出来たのは紛れもなくエリオットが居たからだ。
誰か一人欠けていたら、すぐにやられていた可能性が高く、リィンとマクバーンのほうに割り込まれたかもしれない。
そう言ってみたが、エリオットは泣きそうになる笑顔を崩さない。
「優しいね、リィンは。入学式のことで距離を取るんじゃなかった、って思うくらいに」
「気にしないでくれ。先月の俺は特別実習があるまでエマ以外のⅦ組のみんなと積極的に交流しなかったし」
エマとセリーヌをはじめ、ベリルにロジーヌといったオズぼんが見える、信じてくれる相手との出会いに舞い上がっていたリィンはクラスメイトの存在をそこまで重要視していなかった。
トールズに来た理由が果たされ、今も変わらずエンジョイしていたとも言うが。
「本当に、死んでた」
ぽつりと、静かな空間の中にエリオットの声が染み込んでいく。
「リィンの怪我は洒落じゃなくて、僕達だって一歩間違えていたらあの島が墓場になっていたかもしれない。そう考えて、怖くなって……それ以上に、何も出来なかった自分が嫌になった」
「男の子なんだな、エリオット」
「ふふ、そうだね。すごく……すごく悔しかったんだ。僕に出来ることはリィン達にだって余裕だろうし、僕だけに出来ることはないか、って考えてたらふらっとここに寄っちゃってね」
そう言ってエリオットはバイオリンケースを取り出す。
膝の上に乗せたケースを撫でながら、慈しむような優しい声音が響く。
「教区長に許可をもらって色々引いてたら、子供達が来て……ふと、何の前触れもなく思いついた曲を奏でたんだ。急なセッションだしソロだからあまり褒められたものじゃないけど、終わった後に子供達からお礼を言われたんだ。あまりに素直に、純粋なありがとう、って言葉を。そしたら……はは、悩みがすーっと消えていったんだ。強くなるとかならないとか、そんなんじゃなくて、ただ音楽に浸っていた」
「そんなに音楽と子供に救われたっていうのに、悩みは消えないのか?」
「今度は、別の悩みが出ちゃってね。……リィン、ちょっと僕の話を聞いてもらっていいかな?」
「今更だよ。どんと言え」
「ありがとう」
エリオットは自分がトールズ士官学院に来た理由を語る。
音楽の道に進むために音楽院に入学するか悩んでいた時に、軍人の息子としてトールズ士官学院への入学を言われたこと。
それを断ることが出来ず、中途半端な気持ちで入学してしまったのだとエリオットは言う。
「僕は軍人には向いてないし、入学した意味なんてなかった。って、オルディスから帰った時は、そればかり考えてた。そして教会で音楽を教えたことでその悩みが消えたことで、逆に今日までのトールズの日々はなんだったんだろう、って新しく悩みができちゃったんだ」
「素直に音楽院に編入……」
「って考えるには、あの実習は重すぎたよ。あんなの見て、僕だけⅦ組から離れるわけにはいかない。……壁を超えてもまた新しい壁が前にそびえ立って、どうすればいいんだろうね」
エリオットは諦観するように言うが、リィンはその言葉で彼が強い人間であると悟る。
逃げることなく、壁を乗り越えた者が言える言葉であるからだ。
だから、リィンは素直に自分の気持ちを言う。
「でも、その前にあった壁をエリオットは乗り越えた」
「えっ?」
「頑張って乗り越えた先に壁があるってことは、つまり今までの壁を破った証拠ってことだろう? まだ二ヶ月だけど、振り返ってみてくれ。ケルディックの実習や、オルディスのことで、正規軍に機甲兵のことを伝えられたことは、紛れもなく俺達の成果だ。一人で考えるからどんどん悪いことしか考えなくなるんだよ。それに……」
「それに?」
「僕だけ離れるわけにはいかない。もう、答えは出てるだろう? サラ教官やエリオットのお父さん達がその問題について色々探ってる。俺達は俺達なりに、特別実習を通して今、帝国が抱えてる問題に向き合えばいいさ。だから、エリオットはそっちのことは気にせず、このまま子供達に音楽を教えながら過ごせばいいんじゃないか?」
「現状維持ってこと?」
「そう、現状維持。ただし、自分を高めることを忘れない、な。俺の親父が言ってたよ。案外、それが結果的に全部解決する手段になるかもしれないってな」
「リィンのお父さんってことは、シュバルツァー男爵?」
「いや、俺の親父は他にもいてな――」
そこからリィンはエリオットにオズぼんのことを話していく。
もちろんエリオットにはリィンの左腕に抱きつくオズぼんのことに気づいていないが、それでも構わずリィンは彼の親父について楽しそうに語る。
エリオットはそんなリィンの意外な一面に驚き、やがて笑いに変わっていった。
「なんなら、音楽を奏でて回復するクラフトでも作ったらどうだ? 心と同時に体も癒やす、って感じに。音が届く範囲を治療するから、一人一人じゃなくても一気に回復出来るぞ」
「そんなこと……出来るかな?」
「クラフトの可能性は無限大さ。それこそ、そのバイオリンを魔導杖ならぬ魔導楽器にでも変えちゃって、奏でる曲の違いがアーツの違い、ってくらいに魔改造しちゃうのもありかもしれないぞ?」
「あはは、そこまでするつもりはないけど……魔導杖をバイオリンに変化させる、っていうのは面白いかもしれないね」
「エリオットならいずれグランドピアノに進化させそうだな」
「それはまた、夢があるね」
「なら、吹奏楽部へ戻ろうか。ミントやブリジットから、何かアドバイスもらえるかもしれないぞ? 今度子供達に音楽教える時に聞いてみるのもいいかもな。子供ってのは柔軟な発想の塊だから」
「……………うん」
ゆっくりと立ち上がるエリオットに合わせて、リィンは歩幅を合わせて並んでいく。
自分のペースに合わせて歩くリィンに気づき、エリオットはくすりと笑った。
「リィン」
「ん?」
「今日はありがとう。改めて、これからよろしくね」
「……ああ、よろしくな」
照れくさそうに語るそれは、リィン・シュバルツァーとエリオット・クレイグが二ヶ月遅れた入学の挨拶であった。
呪いを音楽ではねのけるとか、ガチ一般人なのに霊視が出来るようになったマキアスとか、Ⅶ組の一般組でもこの進化ぶり。
帝国人の強さもあるんでしょうが、新旧Ⅶ組はほんと色々精鋭揃いって気がしますね。