はぐはぐオズぼんとの軌跡   作:鳩と飲むコーラ

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フフフ、息子よ。放課後ティータイムだ

 

 新入生のやべー奴として名を馳せるリィンの学院生活は、その名とは裏腹に思いの外穏やかなものだった。

 Ⅶ組ではエマのフォローもあり、エリオット・クレイグにガイウス・ウォーゼル、アリサ・Rにラウラ・S・アルゼイドといった比較的中立にして善人の面々とは打ち解けている。

 

 だだ、深く踏み込むことも踏み込まれることもない探り合いの状態と言えばいいのだろうか。

 話しかければ答えるし、その逆も然り。

 けれど放課後を共に行動するほどの親密さは未だにない、学院の知り合いレベルといったところか。

 深く関わらないでおこう、という言葉が態度に現れているようだった。

 ラウラは学院外の時間で手合わせを所望しているが、サラからのペナルティである奉仕作業により生徒会活動の手伝いを行うリィンとの都合が合わない。

 

 ユーシス・アルバレアとフィー・クラウゼルは完全中立、というよりこちらに興味がないといった具合だ。

 さしあたってクラスにおける表面上の問題はと言うと、マキアス・レーグニッツが持つ貴族への偏見だろう。

 初日をサボり翌日も行方不明(彼の視点では登校拒否)となったリィンと、委員長気質でルールを遵守するマキアスとでは折り合いがなかなかつかないのである。

 

 リィンは本日の学業を終え、クラスメイト達が部活のために出ていく姿を眺めながら一人教室の机に体を倒す。

 机に顎を乗せてため息をつく姿に、オズぼんはからかうような声を送った。

 

(フフフ、息子よ。なかなか前途多難な毎日となっているな)

「元を正せば誰のせいだと……」

 

 周囲に気遣う理由もなくなり、リィンは声を返した。

 クラスメイトとの関係に加え、貴族生徒に関してもリィンを見ると関わりたくなさそうに顔を歪めて去っていくのだ。

 皮肉の一つでもあるかと覚悟していたリィンとしては逆に拍子抜けであり、遠巻きに見られる現状の窮屈さがもどかしくもある。

 

 例外はエマとセリーヌ、そして生徒会の手伝いをする上で知り合ったトワだろうか。

 噂は噂と言ってリィンを偏見の目で見ない姿(でも体を子犬のように震わせることもあった)に、オズぼんがトワ会長……癒し……尊い……とかいう文字板を掲げていることを除けば、奉仕活動はむしろ積極的にやりたいまでであった。

 

(だが、そのおかげであの二人と親密になれたではないか。魔女の眷属とは些か驚いたものだが、セリーヌ嬢が喋り空間転移を使う時点で大概なんでもありだろう)

 

 帝国の伝承にある魔女の眷属(ヘクセンブリード)の末裔が一人、それがエマの正体である。

 巨いなる力とやらを見守る一族で、エマ自身は使命を帯びて士官学院に入学したそうだ。

 オズぼんは察しているようだが、エマが言うまで黙っているがいいという言葉に従い深く尋ねてはいない。

 だが、それとは別に聞いてみたいことはあった。

 

「そういえば、どうしてエマ達にだけ親父が見えるんだ? 今のところ魔女の二人だけにしかわかってもらえてないけど」

(それは、外の理所以のものであろう)

「外の理?」

 

 そとのことわり、とリィンは声に出してみる。

 武術においても理、至境を示す言葉があるため、リィンはそれと似たようなものなのだろうかと予想する。

 オズぼんが返したものはまた違うものだった。

 

(このゼムリア大陸における女神が定めた理とは異なる、枠外の法則。それが外の理だと私は考えている。簡単に言えば、異世界のことであろう)

「い、異世界?」

 

 リィンは顔を上げる。

 突拍子もない答えだが、オズぼんが言うからにはハズレでもないのだろうと理解したからだ。

 

(そう深く考えることはない。私も完全に理解しているとは言えないのでな。今説明したことが間違っている可能性も十分にある)

「親父でもわからないのか」

(ただ、当てはめるのならばそれであろう、というだけのこと。仮にだが有翼人といったゼムリア外の存在を魔女は知っており、だからこそ私が見えたということだろうな)

「異世界には翼を持った人なんているのか?」

(フフフ、確定というわけではないがな。ただ、そういった存在が居ると思うのはロマンがあるだろう? 赤い髪をした冒険者といった風にな)

 

 どこか追撃を避けるようにおどけるオズぼん。

 その理屈であるならば、つまりオズぼんは――

 

「ウフフ、興味深い話をしているわね」

「!?」

 

 リィンは反射的に机から立ち上がり、音源へ体ごと向けた。 

 そこに佇んでいたのは、緑色の制服を着た、長いリボンをつけた黒髪の少女の姿。

 トリスタマラソンをしているリィンも見たことがない、初めて見る少女である。

 蝶を思わせるリボンの結びや半眼で目の隈が特徴的な外見のため、忘れているということもなさそうだ。

 

「君は?」

「フフフ、私はベリル。オカルト部の部長をしている平民の生徒よ。一年Ⅲ組に所属しているわ」

 

 リィンはその言葉を信用しなかった。

 放課後にⅦ組に居るのはおかしいし、反射的に凝らして見た瞳から送られる情報に、彼女が内包する霊子の多さを感じたからだ。

 エリオットのようにアーツ適性が高いといったものでもなく、感じる量自体はむしろ彼のほうが高く思える。

 が、彼女のまとう雰囲気は明らかに平民の生徒、では片付けられない。

 

(フフフ、確かに只者ではなさそうだ)

(親父もそう思うか?)

(何せ口調が被っている。私に被せてくるとは相当なツワモ)

「俺に何か用事があるのか?」

 

 オズぼんは無視して、リィンはベリルと名乗った少女に尋ねる。

 

「ウフフ、そう警戒しないでちょうだい? 私はただ、私の占いでも見えない貴方に興味があったのよ」

「俺?」

「新入生に近年で一番の問題児が入学していると知って、少し占ってみたのよ。けれどまるで見えないから、直接確かめに来たわけ。それが……フフ、予想以上のものだったわ。その輝くような焔の瞳もとても気になる」

 

 はっとして、リィンは鬼の力を抑える。

 鬼の力を一瞬でなく、持続させてしまった不注意に苛立ちを覚えながらもベリルと名乗った少女への警戒を続け――

 

(フフフ、息子よ。彼女は別に危害を加える様子はなさそうだ。ここはむしろ、お茶会にでも誘ってみてはどうだ?)

 

 オズぼんからの提案に少し脱力する。

 ベリルの視線は相変わらずリィンの目へ向けられており、オズぼんに気づいた様子はなさそうだ。

 けれど彼女のマナが只人でないことも証明している。

 こういう場合は、言われてみれば話し合いを設けるのも一つの手であった。

 

「…………ふー、わかった。ならキルシェ辺りへ行かないか? そこで話そう」

「フフフ、悪くない提案だけど、話し合いなら私の部室に来るといいわ。確実に邪魔は入らないから」

「なら軽く何か買ってくる。俺も考えをまとめる時間が欲しいからな。クッキーやケーキは嫌いか?」

「お気遣いどうも。特に嫌いなものはないし、私は紅茶でも用意させていただくわね」

「美味いものを頼むよ」

 

 そう言ってベリルは教室から出ていく。

 その後ろ姿を見送り、リィンは重い息をついた。

 

(フフフ、息をするような誘い文句。上達したな、息子よ)

「ざんざんダメ出しを受けたおかげでね」

(エリゼ嬢からの薫陶にも甲斐はあったというわけだ。さて、彼女はエマ嬢寄りかな? それとも、ゼムリアに時折現れる異質の能力者か……)

「能力者?」

(多くの情報の中から瞬時に必要なものを選択できる統合的共感覚。瞬時に状況や相手の感情を見抜く未来予知に等しい直感、という具合に普通の人間であるにも拘らず、特異なものを持った者だ)

「鬼の力もそれに該当するのか?」

 

 リィンは制服ごしに心臓に手を当てる。

 記憶こそおぼろげだが、死にかけた自分を救った実の父親の心臓がそこで鼓動している。

 

(お前のそれは異能に該当するものだ。残念ながら人の枠から逸脱したものだろう。お前がこのまま生きていけば、同類と出会うこともあるはずだ。おそらく、その時にお前はその力の果てを知る)

「力の果て?」

(武の頂に至境があるように、異能にもまたそれがある、というだけの話よ。さて、ベリル嬢を待たせるのは失礼だ、手早くキルシェへ赴こうではないか。ところで息子よ、お前は生クリームやチョコとどちらがいい? 老師に付き合っているなら抹茶系か。ああいや、キルシェはピザかコーヒーがメインだったことを考えれば、ここは思い切って手作りでもいいかもしれんな。レシピはいつも通り――)

 

 異能の果てという言葉に感じた重みはそこになく、無駄に女子力を披露するオズぼんに辟易しながら、リィンはキルシェへ向かった。

 

 

 キルシェにしっくりくるものがなく、オズぼんから教えられたレシピでスイートクッキーとベリータルトを作ったリィンは、ベリルを主とするオカルト研究会へ足を踏み入れていた。

 窓を黒いカーテンで覆った部屋の中央には、大きな水晶玉が鎮座していた。

 そこに目を奪われるリィンは、水晶玉越しに顔を覗かせるベリルを見つける。

 

「待たせたか? 少し時間を使ってしまったが」

「ウフフ、貴方がお菓子を作ることも含めて、来る時間はわかっていたから問題ないわ」

「俺のことは占えないんじゃなかったのか?」

「ウフフ、数十分の予定程度なら問題ないわ」

 

 甘味を受け取り、中身を咀嚼するベリルをよそにリィンは淹れられた紅茶を飲みながら彼女の観察を続ける。

 八葉一刀流にある、観の眼。

 あらゆる先入観を排し、あるがままを見て本質を捉える手段。

 リィンはこれを戦闘で使うのはもちろん、思考に浸るときにもよく使っている。

 鬼の力――今では神気合一と名付けたそれを会得するさいにも、溢れ出る力に対しての見極めに役立った。

 

「ウフフ、何か入っている、なんて思わないの?」

「入っていたとしても、そのくらいでやられるほどやわな鍛え方はしていないし、そうなったら自分が怪しいものですと言っているようなものだぞ」

「まあ怖い。その目も考えも、とても入学したての一年生だなんて思えないわ」

「そういう君はどうなんだ?」

「言ったでしょう? 貴方に興味があるって。私のことも気になるなら、教えてあげてもいいわ。好きな儀式、もしくは呪文とか」

(これはますます強敵だな、息子よ。呪文の詠唱は年頃の男の子なら避けて通れない――)

 

 ベリルの言葉に嘘はない。

 リィンは、以前交わしたエマとセリーヌとの会話を思い出していた。

 

 ――リィンさん。その、オズぼんさんのことですが

 ――エマ嬢、遠慮せずお義父さんと呼んでもらってもいいのだぞ?

 ――これは無視してくれ。それで、親父がどうかしたか?

 ――あの、彼は外の……あ、いえ、やっぱりなんでも――

 

 魔女でさえ迂闊に言わないようにしていたそれを、彼女は平然と口にする。

 

「外の理、だなんて占い師としては気になってしまうわ」

「なら、どうしてⅦ組にいたのか話してくれ。まずはそれからだ」

「言ったでしょう? 貴方に興味があった、と。私は占いを嗜んでいるのだけど、貴方を占おうとするとその先が見えないの。まるで、何か巨イナル何かに包まれているかのよう」

(偉大なる父の愛ということだな)

(違います)

 

 ベリルは本当に、リィンのことが気になって訪ねただけだと言う。

 観の眼はそれに異を唱えない。

 

「どうして俺なんかに?」

「どうして、とは逆に意外ね。貴方、自分が今のトールズ士官学院でどれだけ有名か知らなかった?」

 

 曰く、毎日朝昼夜問わずトリスタを走っていた。

 曰く、貴族平民教官老若男女に話しかけては繰り返していた。

 曰く、猫にも話しかけていた。

 曰く、時々分身していた。

 曰く、導力車のタイヤを切り裂いていた。

 曰く、釣り場を荒らした。

 曰く、近隣の魔獣を狩り尽くした。

 等々、噂が噂を呼び四月にして今年度関わりたくない相手ナンバーワンのやべー奴として見られているらしい。

 切実に知りたくなかったリィンだった。

 

(フフフ、大人気だな息子よ)

(こんな人気欲しくなかった)

「最近仕入れたものとして、入学式の後にわざわざ鉄道の通らない僻地へ赴いて戻ってくる間、手配魔獣や猟兵くずれを含めた色んなものを切り捨てごめんしていたそうね」

 

 トリスタマラソンを始め、事実が混ざっているのがややこしい。

 そのせいで血に飢えた狂獣の面もあり、下手に目を付けられたら相手の身分問わずバッサリと血溜まりに沈められる、なんて話もあるそうだ。

 だから貴族生徒まで遠巻きに見ているわけだ、とリィンは遠い目をした。

 

「ウフフ、それも本当みたいね。一体何がそこまで貴方を駆り立てているのやら」

「一身上の都合により答えられないな……」

「ウフフ、それは残念ね。とにかく、私が貴方を気にした理由はそんな感じよ」

「逆に、よくそんな噂が立つ相手に近付こうと思ったな。トワ会長といった例外を除けば、他の生徒と同じで遠巻きに眺めるか関わらないでいるのが普通だろう」

「普通なら、ね。けれど貴方は私の占いでも見通せない稀有の存在。噂よりもそちらのほうが私にとっては大事だわ」

「そんなものか」

「そんなものよ」

 

 くつくつと笑うベリル。

 おそらく一般的な評価で言えば不気味な笑いなのかもしれないが、リィンはそう思わなかった。

 真実、彼女はおかしそうに心の底から笑っているからだ。

 そこに嘘がない以上、リィンにはそれがおかしく見えることはない。

 もっとも、笑われる理由が自分にあるというのは大変遺憾に思う。

 

「それで、実物を見てどう思ったんだ?」

「予想以上」

「…………予想以上の、なんなんだ?」

「フフフ、これ以上を女の口から言わせる気? それに私、内向的だから……」

 

 リィンは思った。

 口調だけでなく、どこかこちらをからかう様子もオズぼんに似ている気がした、と。

 

(フフフ、息子よ。どうやら学院におけるライバルが見つかったよう)

「なら、そっちは()()()お茶会で教えてもらうことにするよ」

 

 オズぼんを流したリィンがそう告げると、不気味な雰囲気が和らいだ、どこか幼く見えるほどに軽く目を瞬かせるベリル。

 

「なんだ、これはお茶会なんじゃなかったのか?」

「いいえ、まさか次なんて言われると思わなくて」

 

 口元に手を当てるベリルは真実意外だったようで驚いている。

 リィンからすれば、この手の相手は一度の話し合いで本音を出したりはしないと実感している。

 ならば、何度か通いベリルという存在を理解するのが一番である。

 

「そんなに意外か?」

「ええ。他人が自分に興味を持ったからって、自分が他人に興味を持つ、とは思わないでしょう? 私自身、自分で自分を普通とは言えないもの」

「言われてみればそうかもしれないな」

 

 思案したリィンは、少し切り込むことにする。

 

「この雰囲気、まるで魔女のお茶会みたいじゃないか。俺は魔女って存在が嫌いじゃないから、別に気にしないよ」

 

 リィンがトールズ士官学院に来た理由は単純明快、オズぼんを見て共有する相手が欲しかったからだ。

 初日からエマとセリーヌという、オズぼんを見て感じ取れる二人に共通していることは、魔女の眷属であるということ。

 故にリィンが魔女という存在に対して否定的になることは、決してない。

 

「占いなんてまさに、だしな」

 

 リィンの言葉に、ベリルは薄く笑みを浮かべるのみ。

 

「私は占い師。ただ、それだけの存在よ」

(真実がどうであれ、立ち位置はそうである、と決めているなこれは。フフフ、息子よ、生半可なことでは彼女の本音を引き出すことは不可能だと思え)

(そこは、おいおいと、だな)

 

 可能性が見えるなら、探ってみて損はない。

 何より、風評被害の広がる自分の交友相手、それもオズぼんが見えるかもしれない相手ならリィンが動かない理由はない。

 そうしてリィンは今後も付き合っていく相手が増えたことを内心で喜びながら、お茶会を続けるのであった。

 ちなみにリィンはお茶会の間、ずっと茶々を入れてくるオズぼんに答えることはなく、

 

(紅茶だけに、な)

 

 代わりに、腕を掻くと見せかけてオズぼんの口を定期的に塞ぐのであった。




オズぼん最大のライバル(一方通行)、ウフフ系女子ベリルさん登場。
サブキャラが魅力的なのも軌跡の良いところ。
外に出た魔女の流れを組んだキャラだとは思うんですが、その辺は来週発売のⅣで明かされることに期待です。
ドロテ先輩といい、技術が上がったことにおける美女化にウッキウキですね。

おかしいな、きっかけがエマとセリーヌってだけだったのに何故か魔女ルートに入っている…

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