これをやるために、先にⅦ組全員の個別回を書いたとも。
いつも誤字報告ありがとうございます。
守護精霊ベラ・ベリフェスの加護により水晶玉に光が灯った。
映し出される内容を、ベリルは静かに眺め続ける。
水晶玉に灯った光の中の光景に、ベリルは僅かに瞳を伏せた。
学院の教官や生徒、友人達にもおそらく察することが出来ない僅かな感情が漏れたそれは、憐憫というものが宿っていた。
「正そうとすれば、より歪みが大きくなる帝国の因果……」
つぶやかれた声に答える者はいない。
仮に誰かが側に居たとしても、その全容を理解することは出来なかっただろう。
やがて光の中に一人の人物が浮かぶ。
ベリルを友と呼ぶ奇特な少年、リィン・シュバルツァーである。
元より複雑な因果を辿っていた少年は、外来より混ざった別の因果により最早ベリルにすら完全に見通すことが叶わない存在となっていた。
彼に近づいた理由も、見通せない因果の先を理解するためであるが、寄れば寄るほど、動けば動くほどリィンとそれに付随する人形が起こす波紋が広がっていくのを感じていた。
「定められた因果の綻びが破綻すれば、その原因を排除する……」
つまるところ、リィン・シュバルツァーに危機が訪れている。
ベリルはそのことを予知していた。
ベラ・ベリフェスによれば、次の実習地で三度起こるリィンの危機。
だが四月から始まった特別カリキュラムで、リィンが危険でなかったことは一度もない。
なぜなら危険を回避しようにも、リィンは必ず自分からそれに突っ込むからだ。
ベリルが何を言ったところで、彼が素直に従うとは思えなかった。
だが、とベリルは思う。
元より自分は傍観者。
助言をすることはあっても、直接リィンを助けることは不可としていた。
シュミット教室における実験の数々も、ベリルでなければならない、といったものはない。
リィンが聞けばそれは違うと声を大にして否定するだろうが、彼女が行っていることはなんら特別なものではない。
立ち位置が違うだけで、同じⅦ組の生徒、士官学院の生徒であれば代用できる仕事しかしていない。
つまり、誰でもできることであれば、ベリルはそれを抜け道としてリィンの手助けを可能としていた。
「でも、これは……」
水晶玉に映るそれは、代用では決して覆せないものを示している。
つまり、ベリルが動かなければこの結果が変わることはない。
それほど大きく因果を変化させる出来事が、次の特別実習でリィンを待ち受けている。
より正確には、危険を乗り越えた先にある末路へ至るものとの遭遇。
「リィン・シュバルツァー…………リィン君」
己を友と語る少年の名が、意味もなく彼女の唇から紡がれた。
千年の悲願を前に、すでに八つの楔が打ち込まれている。
残る一つも年内には起こってしまうことだろう。
だが、それを阻む可能性のある存在――それが、オズぼんという因果を超えたものを連れた少年であるとベラ・ベリフェスは予知していた。
故にその乱れを修正するものが、他ならぬ彼の手によって起こされることだろう。
しかしそれを指摘するのは、明らかに傍観者の立場を超越していた。
ベリルはじっと水晶玉を見つめる。
放課後を迎えた学院に夕闇が迫り、夜の帳が下りてもなお彼女の居る部屋に誰かが入ってくることはない。
見回りの教官でさえも、オカルト研究部の扉を開けることはなかった。
そのまま、何時間が経っただろうか。
「――――プレゼントを送るなら、誰でも出来ることね」
その言葉が無意識に漏れたことを、ベリルが自分で気づくことはなかった。
*
「プレゼント、ですか?」
「そう。リィン君の誕生日はすぐらしいから」
五月某日、ベリルはⅦ組の教室を出たエマを掴まえてそう助言する。
件のリィンはいつもの奉仕作業のため、すでに要請を受け取ってトリスタを走り回っている頃だろう。
HRを終えた後に走り去った彼を直接見たので間違いない。
Ⅶ組のクラスメイト達はそんなリィンの行動も見慣れたもので、
今日はシュミット教室の選択授業はなく、文芸部の活動日でもないエマはおそらく実家へ帰省する予定だったのだろう。
だが苦労をかけられているといえ、人のいい彼女は友人のために何を贈ろうかと早速考え込んだ。
ベリルはその思考に割り込むように、常よりも少し声を上げた。
「思うに、今のリィン君には物よりも強くなる手助けをしたほうがいいんじゃないかしら。ブリオニア島から帰ってから、ずっと自分を鍛えているんでしょう?」
「ええ。今後を思うとむしろリィンさんの行動は最適解かもしれない、と思うのが頭の痛いところです……」
いつもの無茶苦茶を直で見ていたからだろう、エマは当時のことを思い出して頭を抑えた。
ベリルもまた、外より訪れた焔に焼身自殺と見紛う勢いで自分から飛び込んだリィンを水晶玉の向こうで見ていたので、その気持ちはわかる。
あくまでわかるだけ、であるが。
「Ⅶ組は特別実習があって大変そうね」
「はい。六月の特別実習が一体どうなるのか、今から考えるだけで……」
「ウフフ、リィン君と一緒だろうと離れていようと、エマさんの頭痛は治まりそうにないわね」
「……どっちもあんまり変わらないと思います」
頭を抑えるエマがさらに項垂れる。
騎士と魔女という秘密を抱える者同士のシンパシーというものはそこになく、かといって男女の甘酸っぱさも皆無な二人である。
もっとも、以前リィンがエマを追いかけて彼女の実家へ赴いたさいはその限りではなかったようだが。
そう指摘すると、エマは顔を赤くして誤魔化すように手を振った。
「な、なにもありませんでしたよ! はい、なんでも!」
「残念だった?」
「何がですか!」
赤面したままのエマが絶叫したことで、Ⅶ組の面々がこちらに次々と首を向けてくる。
ベリルは常に浮かべる薄ら笑いから、さらに口角を上げた。
「話を戻すけど、私には無理だけどエマさんならリィン君のプレゼントとして色々出来るのでなくて?」
「言い方がなんだかいやらしいですよ、ベリルさん!」
「ウフフ、気の所為よ」
「嘘です!」
「エ、エマ? 一体どうしたの?」
「こんにちは、アリサさん。ちょっとリィン君へのプレゼントについて話し合っていたのよ」
「リィンへのプレゼント?」
「ええ。リィン君、今度誕生日なの」
おっかなびっくり話しかけてきたアリサに返した言葉に、ざわりとするⅦ組。
ベリルは先を続けた。
「でも、最近のリィン君は強くなることに必死でしょう? だから、エマさんが持てる全てを尽くして相手をしてあげては、と提案していたのよ。今の彼には物よりも嬉しいものだと思うから」
「まだなんとなく引っかかりますが……そうなんです。ですが、私とリィンさんとでは実力の差があって満足に相手を出来ないのでは、と」
「ならば、私もそれを手伝おう」
「ラウラさん?」
左手を右肘に添え、右手を頬に当てて首を傾げるエマにラウラが割り込む。
その目は猛禽類を思わせる鋭さを持ち、口にした言葉以上の迫力を秘めていた。
「ようはリィンと稽古をする、ということだろう? 最近は手合わせがご無沙汰であったからな、改めて挑むいい機会だ」
「なら、私も参加する」
「フィーちゃん」
目をしぱしぱとさせて、半眼でエマ達を眺めていたフィーが立ち上がる。
ラウラ同様、リィンをライバル視しているフィーにとって、これ以上差をつけられるのは困る、と瞳が物語っていた。
「フ、ならば俺も手を貸そう」
「む。な、なら僕も行くぞ!」
自然と、かつてパルムでの特別実習におけるB班が編成される。
マキアスは対抗心からの勢いだったが、まさかのユーシスの参加にクラスメイトの視線が集まった。
それに対して、ユーシスはあくまで悠然と対応する。
「なんらおかしいことではない。バリアハートでもいささか面倒が起きてな。お前達がオルディスから持ち帰った情報と合わせると、俺もまた鍛える必要が出てきただけのことだ」
「そのためにリィンを利用するということか……」
「お前はどうなんだ、副委員長殿」
「いや、君の言うことに同意するのは悔しいが、バリアハートの一件で僕も自分を鍛える必要が出てきたからな。リィンという格上との稽古が出来るうえに、それが誕生日プレゼントに繋がるなら……いや、稽古がプレゼントというのは味気ないな。コーヒーの粉でも送ったほうが……」
「変なところで律儀」
「うん、だがそれでこそマキアスという感じもする」
うんうんと頷くラウラ。
フィーは早くも高揚を隠しきれず、その小さな体躯に闘気を充満させていく。
「そういうことなら、僕も……参加して、みたいかな」
「エリオット?」
まさかの発言者に、思わずガイウスがエリオットを見る。
エリオットは集中した視線に照れながら、けれどはっきりとした物言いで告げる。
「僕はフィー達みたいに、リィンをライバル視しているわけじゃないけど、この間相談に乗ってもらったり、なんだかんだ助けてもらっているからね。誕生日プレゼントを送るのはやぶさかじゃないし、それが戦闘っていうのはちょっと体がすくんじゃうけど……きっと、特別実習を続ける上で、戦いを避けるのはできないことだと思うから」
オルディスで機甲兵を直接視認し、西風の旅団というゼムリア最高峰の猟兵と遭遇戦とも言うべきそれに巻き込まれたエリオットは、一時期自身がトールズ士官学院に居ることを悩んでいた。
しかし子供達の純粋な心に触れ、吹奏楽部の仲間、短くも濃い時間を過ごしたⅦ組の皆との縁がエリオットをトールズに留めた。
父、クレイグからも遠回しに薦められた転校や姉フィオナからの心配の文にも答えたエリオットは、むしろリィンという格上の相手との命の心配をしない稽古は絶好の場と言えた。
「エリオットがそう言うんじゃ、逃げるわけにもいかないわね。私も、リィンのおかげで母様と話し合う決意や父様の一面を詳しく知ることが出来たもの。恩返し、って意味でも参加するわ」
アリサもまた、リィンには恩があった。
機甲兵がラインフォルトが産んだ兵器なのでは、と悩む自分の相談に乗ってくれて、シュミットを紹介してくれた。
おかげで父親についての詳しい話を聞けたり、気難しい相手と思っていたシュミットが弟子想いの性格だと知ることも出来た。
きっと父も、偏屈な師に困りながらも慕っていたのだろうと、その光景を鮮明に思い浮かべることが出来た。
ある意味母親のイリーナよりもわかりやすいそれに、妙な励ましを覚えたことは今も胸に感じている。
イリーナの秘書にして姉のように慕うメイドとの手紙の交換によって、すでに母親との面談の予定は済ませている。
ならば、恩返しや母と対面するための勇気を身につけるためにとアリサはリィンとの稽古に参戦を表明する。
「あとはガイウスだけど……」
「フッ、皆が参加するというのに、俺だけのけものにはしないでくれ。当然、俺も行こう」
元よりリィンとの稽古は初めてではなく、得るものが多い。
外の世界がどういった影響をノルドに及ぼすかを知るためにやってきたガイウスにしてみれば、帝国で起きつつある何かに迫るためには強さが必要不可欠と感じていた。
「だがベリル……だったか? 俺達がこうして意気込むのは良いが、リィンにそのことは伝えているのか? 全員で仕掛けて、当の本人の許可を取っていない、ということになったら本末転倒だと思うが」
「ウフフ、心配しないでガイウス君。まだ時間もあるし、その辺りはちゃんと私が整えておくから。そういうことで、みんなは当日までに諸々準備を整えておくといいでしょう」
そう言ってベリルはそそくさとⅦ組を去った。
ベリルが去った後のⅦ組では、エマからもたらされる様々なリィンの情報を開示しては驚き、その対策への検討を行っているようだった。
ベリルは知らず、唇がほころんでいたことに気づいてすぐに口元を整える。
特別なことは何一つしていない伝言。だから介入にはならない。
と、本人が思うそれは、紛れもなくリィンに影響を受けた行動なのだと指摘する者は、誰もいなかった。
*
士官学院の授業を終えたリィンは、本日は要請も何もなかったため、マラソンや釣りもそこそこに練武場に向かう。
稽古のためでもあるが、今日はそこでベリルと待ち合わせをしているのだ。
だが彼女は事前に、
――今日は千客万来だと思うから、頃合いを見計らって行くわね。
そんな謎の言葉を残していた。
(フフフ、気にするな息子よ。彼女の意図に悪いものはなく、むしろお前を想っての言葉だ。あのベリル嬢が、な)
(なんだよ、親父にはわかっているのか?)
(私にだけわかる方法で、教えられていたのでな)
(仲間外れかよ、寂しいことをしないでくれ)
(我モ寂シイ)
(ヴァリマールもか。というか、ベリルはやっぱり親父のことちゃんと見えてるのな)
(フフフ、二人共そう拗ねるな。ベリル嬢が私のことを見えているのかいないのかはともかく、悪巧みの類ではない。お前は黙ってこれからくるものをありがたく受け取ればいい)
そんなオズぼんの言葉に応じるように、今日の練武場は普段と様子が違っていた。
まず、最初に練武場へ訪れたさいにパトリック含む貴族生徒達の一団が待ち構えていた。
「ここは今、僕達が使っている。どうしても使いたい――何、それなら出て行く? 待て、せっかく来たのにここを使わないなんて、練武場の意味がないじゃないか。え、僕達が使っているから構わない? いや違う、こっちが構う……ええい面倒臭い、とにかく正々堂々と勝負だシュバルツァー!」
なぜか最後に逆ギレして襲ってきたパトリック達と、一戦交えることになった。
リィンは鬼の力や灰のチカラを使わない素の実力でも、サラやナイトハルトとある程度渡り合う、いわゆる達人クラスに片足を突っ込んだ強さを持っている。
故に帝国中から集ったエリート揃いの士官学院生といえ、生徒レベルのパトリックや貴族生徒達では歯牙にかけられることもなかった。
だが、今日のパトリックは何故か粘った。
「待て……まだ、僕は立ち上がれるぞ……勝負は、付いて……いない!」
取り巻きの生徒は倒され、一人残されたというのにパトリックの闘志は衰えることなく果敢にリィンへ挑んだ。
困惑を覚えながらも、リィンはパトリックの闘志に応え遠慮なく彼の意識を刈り取った。
刀身を返した峰打ちだが、その打撃は鍛えたパトリックの防御を難なく貫通したのだ。
だが、気絶する最後の瞬間までパトリックは諦めずにリィンに向かって来ていた。
リィンに畏怖の目を向ける貴族生徒に抱えられ、それ以上の尊敬の念を持って保健室へ向かうパトリックの背中に、その気概を見習うべきものと感じた。
(フフフ、息子よ。どうやら今日の相手はパトリック君だけではないようだぞ?)
「え?」
「どうやらやっているようだな。まさか、Ⅰ組の生徒まで居るとは思わなかったが……」
パトリックと入れ替わるように、今度はマキアスにユーシス、加えてラウラやフィーが乗り込んでくる。
それも、最初から武器を構えた臨戦体勢だ。
(フフフ、息子よ。ベリル嬢の言葉……その意味がわかったな)
(千客万来……)
(りぃん。今日ハ皆、オ主ト戦イタイノダ)
(なんでそんな……)
(フフフ、それは――)
(最近ノオ主ニ影響ヲ受ケタノダロウ。りぃんガおーれりあヤさら、ないとはるとト言ッタ相手トノ鍛錬ガ糧ニナルヨウニ、彼ラハりぃんトノ鍛錬ヲ己ノ糧トシタイノダロウ)
(なるほど……ヴァリマールも最近は人の感情を察して来たんだな)
(ふふふ、コレモおずボンヤお主ノ薫陶アッテコソ)
リィンはヴァリマールの言葉に意を得たり、と納得する。
オズぼんは何も言わなかったが、きっとヴァリマールの成長に感慨深いものがあるのだろう。
リィンは改めて武器を四人に向けた。
「さて、個人で来るのか? それとも――」
「悔しくはあるが、四人で挑ませてもらおう」
「ちょっと楽しみ」
「対策は考えて来たが……それでも難しいだろう」
「が、臆すことはない。俺達の強さ、受け取ってもらう」
故意か偶然か、パルムでの班分け編成にリィンは口元を緩める。
「リィンさん、その後はぜひお相手願います」
「連戦は辛いかもしれないし、厳しいなら言って頂戴」
「と言っても、リィンなら普通にこなしそうだけどね」
「フフ、頼もしいと言うべきか至らぬことを恥じるべきか」
さらに、続けてオルディスでのメンバーも集まってくる。
これはきっと、偶然ではなく狙っていたということだろう。
(フフフ、除け者になったのは寂しいが、実力差を思えば仕方ないと言うべきか?)
(フッ、今後ハりぃんカラ合同稽古ヲ提案スレバヨイ)
(みんなも部活動とか色々あるからこんな風に集まるのはそうそうなさそうだけど、考えてみるかな)
リィンの稽古としても、個人戦はともかくⅦ組メンバー全員との連戦であるのなら決して無駄にはならないだろう。
「負けるつもりはないからな? それでもいいならかかってこい!」
『応!』
裂帛の気合を発しながら、練武場に闘気が満ちる。
リィンとⅦ組の激突は、体力が尽きる夜遅くまで続くのだった。
*
「はあっ、はあっ、はあっ……ああ、ベリルか」
ベリルが練武場を尋ねると、リィン達が発した闘気が風のような圧を持って迎えた。
すでに決着はついており、リィンは大量の汗を垂らしているものの、息の乱れは少なく肩の揺れない姿勢を維持している。
ベリルの見た限り体力は尽きているように見えるが、精神がその限界を支えているようだった。
それは大の字に倒れたり、武器と膝を支えに蹲りながらもリィンを見上げるⅦ組のメンバーにも言えることだった。
彼らは結局全員がかりでもリィンに膝を付かせることが出来なかった、その悔しさは特にラウラやフィー、ユーシスが強く実感している。
比較的リィンとの付き合いも長いエマも息を求めて喘ぎ、両足の間にお尻を落としてぺたんと座り込んでいる。
「くっ…………」
「むぅ……ね………ん」
「まだ、まだ、か……」
声の出せる者は感情を吐き出しているが、アリサやエリオット、マキアスといった比較的に一般人寄りな面々はとにかく呼吸を整えることに必至で、言葉を出すことが出来ずにいる。
そこへ新たな闖入者が入ってくる。
「皆さん、お疲れ様でした。差し出がましいかもしれませんが、良ければこちらを……」
そう言ったのは、バスケットを持った制服姿のロジーヌだった。
その中には紙コップや容量の大きいボトル、軽食が乗せられている。
湯気を立たせる白い米に塩が振りまかれたそれは、東方から伝わり老師によってユミルに広まったおむすびという料理である。
ロジーヌは三種類のそれを用意していたようだ。
「これは……」
「以前ユミルでの料理を教えていただきましたので、再現してみました」
「嬉しいよ、助かる。それじゃ、いただきます」
塩むすびを手に取り、一口、二口と味わって噛みしめる。
たっぷり汗を掻いた体に塩分が染みているのか、美味しそうに食べる姿は屍となったⅦ組の視覚と嗅覚を刺激し、のそのそと這いつくばるようにロジーヌへ寄ってくる。
「美味い」
リィンの感想は、その一言だ。
しかし、そのしみじみとした言葉に乗った感情や、続けざまに残る二種類のおむすびにがっつく姿は物言わぬ賛辞をロジーヌに伝え、彼女に笑顔の花を咲かせていた。
ロジーヌは満足気に頷き、寄ってくるⅦ組メンバーに引くことなく差し入れを渡していく。
その姿を眺めていたベリルにリィンが近寄り、入口の扉に背を預けて座り込んだ。
自然、ベリルは立ったままリィンの横に並ぶ。
「ウフフ、楽しい時間だったようね」
「ああ。みんな、すごく強くなってた。エマ達なんか、あれから一ヶ月と経ってないのにな。エリオットなんか、魔導杖を楽器に変化させたかと思えば、それを弾いた途端に音が響く範囲にいるみんなを回復させていったんだ。広域治療をあんなにすぐ実践するなんて、すごいよ」
「それでも貴方に届かなかったようだけど?」
「そんなことないさ。戦術リンクの連携も厳しいし、瞬間だったけど、鬼の力も使ったからな。サラ教官やナイトハルト教官とはまた違う、充実した稽古だったよ」
「そう。ちゃんとプレゼントを喜んでもらえて嬉しいわ」
「……………え?」
「どうかしたの?」
「プレ、ゼント?」
「そうよ。リィン君、今日が誕生日でしょう? あえて今日の目的を告げなかったのは、サプライズの一環よ。パトリック君も含めて、ね」
食べかけのおむすびを口に含めたまま、リィンが固まる。
まるで予期せぬ出来事に遭遇したかのような表情だった。
「最近のリィン君、あの劫炎と友達になるためだ、って張り切って特訓していたから、だったらプレゼントは質の良い稽古だってエマさんに伝えたの。だから、強くなることへの手助けがプレゼントね」
ゆっくりとおむすびの△の頂点がかじられる。
もぐもぐと咀嚼し、飲み込んだリィンはぽつりとつぶやいた。
「そっか………………」
そうして体を震わせたと思えば、笑い声を上げながら俯いてしまう。
「そうなのか…………」
ひとしきり笑った後、リィンはベリルを見上げる。
「ありがとな。ベリルが企画してくれたんだろ?」
ベリルが見下ろすその笑顔は、今まで見た中で一番優しい顔だった。
何故か一瞬だけ言葉が止まり、ベリルは自然な動きで目を前に向ける。
「私は……ただ伝言をしただけよ」
「それでも、ありがとう。ベリル」
リィンもベリルに
エマやロジーヌしか映していなかった瞳に、Ⅶ組のクラスメイト達が映し出された。
リィンは、ただその光景を眺めていたかった。
「―――――そう」
ベリルも、そんなリィンの行動に口を挟むことはしない。
ロジーヌの用意したおむすびに群がるⅦ組を瞳に納め、ベリルは無言のままリィンと同じ光景をじっと見つめ続けていた。
誕生日を祝うイベントがなかったので、この作品ならではのイベントをば。
そもそも軌跡キャラで誕生日が判明していることのほうが少ないですが…
当のリィンも五月、というだけで正確な日はわかりませんし。
ベリルの占いの力は、原作より鮮明な感じにしています。
と言っても原作でも見通せないと言いながら、トゥルーエンドでその因果に至ったとか言ってるので、知ってて言わなかった可能性もありますが…
相変わらず謎なベリルですが、少しでも魅力的に映っていれば幸いです。