と言っても今回は街に入るまでなので、本格的な実習は次回以降になるかと。
いつも誤字報告ありがとうございます。
トリスタ駅に集まったトールズ士官学院Ⅶ組は、これからそれぞれが向かう実習地への様々な思いを語り合っていた。
そんな中、A班はB班が制服ではなく私服……それも厚着を着込んでいることに眉をひそめた。
代表してエマがリィンに疑問を投げる。
「リィンさん、その格好は?」
「今回はノーザンブリアへの実習地で、大陸北部は寒いから防寒具はそれぞれ用意しておけ、ってサラ教官がな。今回は癒やし以外にもぬくぬくの需要が高いぞ、セリーヌ」
(なんでアタシは毎回連れ出されるのよ……)
すでにフィーの腕に抱きかかえられたセリーヌは諦めの境地である。
「フィー、私にも……」
「ん、いいよ」
「あ、私も私も」
寒冷地へ行くというのにお腹を出した私服を着こなすフィーからセリーヌを渡されたラウラがその毛並みを堪能して顔を緩め、アリサもまた笑みを浮かべながらセリーヌを撫でている。
女性陣もすっかり仲良くなったものだ。
「セリーヌも今回で三回目だし、慣れたものだよね」
「それは俺達もだがな。B班……今回もリィンに付いていくようだが、あの猫が特別実習に居ることに違和感がなくなってきた」
「だが、ノーザンブリアは気候の厳しい土地と聞く。リィンの言うように、セリーヌを抱いていれば少しは寒さも凌げるだろう」
「いやいや、簡易暖房じゃないからな?……まあ、本当にそこまで厳しいのなら、猫の手も借りたいということわざもあるくらいだから、やぶさかでもないが……」
その様子を見る男子達もセリーヌの参加に否はないようだ。
リィンとエマが組んだ先月にも連れ出されたため、すでにⅦ組の間ではセリーヌも小さなクラスメイトと認識されているらしい。
「ですが、ノーザンブリアですか……」
「何かあるのか、エマ」
(……私達魔女の間では、26年前に起きたノーザンブリアの異変は塩の杭と呼ばれる外の理によって起きたものと伝えられています。今は収まっているようですが、気にならないと言えば嘘になるので)
小声でリィンに胸中を明かすエマ。
外の理と言えばマクバーンがそれに該当する存在だと、オズぼんやローゼリアが語っていた。
(親父、マクバーンさんがその塩の杭と同じってことは、ひょっとして同じことが出来るってわけか?)
(フフフ、息子よ。外の理が全て同一というわけではない。どれも強大な力を持つことに変わりはないが、塩の杭と劫炎に限ればその極地とも言えよう)
(で、答えは?)
(彼の全力を見ていない以上推測でしかないが、似たようなことは出来そうだ)
(つまり、塩の杭を調べることはマクバーンさんの攻略になる?)
(私、リィンさんのそういうところって本当にすごいと思います)
一国を壊滅させた異変と同等の戦力を持つ、と言われたにも拘らず、怯むどころかさらなるやる気を見せるリィンに、エマはそのポジティブ思考に感嘆する。
自分もそこまでの気持ちがあれば、姉をもっと早く見つけられるのかと考えるほどに。
「そうだエマ、ARCUSを貸してもらえないか?」
「え? 構いませんが……」
素直にARCUSを渡してくれるエマに笑みを浮かべたリィンは、受け取ったそれを両手でぎゅっと握りしめる。
訝しむエマは、両手から漏れる灰のチカラにぎょっとした。
「リ、リィンさん?」
「親父を通して灰のチカラを込めておいた。エマのARCUSを基点に、今までのやつとローゼリアさんからもらったオーダーがこれで使えるはずだから、何かあったら遠慮なく使ってくれ。ガイウスもオーダーに目覚めたみたいだから、詳しくは相談するといい」
(オズぼんさん!?)
(フフフ、エマ嬢。稽古によって鍛えられたのは息子だけではないということだ)
(ウム。裏ノ試シナルモノハ未ダニワカラヌガ、我ガチカラヲりぃん以外ニ留メテオケルヨウニナッタ。えまヨ、安心シテ使ウガイイ)
(心強いことは確かなんですが、なんかもうなんでもありですね……そっかあ、最後の砦だったガイウスさんも私を置いていっちゃったんだ……)
乾いた笑いのエマの目から光が次々と死んでいく。
その様子を眺めるⅦ組とセリーヌは、またリィンかと諦観してエマに同情していた。
そうこうしているうちに列車の時間となり、A班と別れたB班は遅れてやってきたサラと共にひとまずラマール州へと向かった。
列車の中、一息ついていたフィーが改めてサラに尋ねる。
「サラ、今回の実習地がノーザンブリアって大丈夫なの?」
「帝国の土地ではないけど、特別に許可をもらってこぎつけたわ」
「でも、今までと随分毛色が違うというか……」
「A班がノルドってことに合わせて、帝国の外を調べる実習と思ってちょうだい」
「ですが、仮にも僕達は学院の授業で行くというのに、制服から着替えるなど……」
「…………授業気分で行くと、あまり歓迎されないからね」
何時になく真剣なサラの表情に、B班は息を呑む。
リィンは事前にエマやオズぼんから聞いていた情報を浮かべながら、ノーザンブリアについての情報を求める。
「確か、異変の被害で非常に厳しい土地になっていると言うことですが……」
「ええ。元々大陸北部の気候の影響で寒冷地でもあるのよ。そこに異変の影響で国土も産業も全てがご破産。塩化の影響で作物も育たず、生き残った人々は貧困にあえぐ苦しい土地となった。そんなところに旅行気分でやってきたら、悪意の目は避けられないわ」
想像するだけで厳しそうだ、と唸るB班をよそに、フィーだけは頷くように目を細めた。
「私も孤児だったから、ひもじいって気持ちはわかる。あれの厄介なところって、ストレスを周りにぶつけたくなるところなんだよね。一線超えたら動けなくなるけど」
「フィー……」
しんみりとしてしまった空気を変えるように、サラはそれを打破する。
「その影響で取引をしていたジュライ市国が経済的な破綻を抱え、そこを鉄血宰相が呑み込んだことで特区になったりと、間接的といえ帝国にも影響があるわ。帝国内ってわけじゃないけど、帝国という土地を知る機会にはなるはずよ」
「今回は、今までと違う実習になりそうだな」
リィンのつぶやきに答える者はいない。
B班の四人は、思い思いにノーザンブリアという土地へ思いを馳せていた。
そんな生徒達を――特にリィンを見ながら、サラは心の中で思う。
(私はちょっと、あんたに可能性を感じているのよ、リィン。四月の魔獣飼育施設、五月の機甲兵……少しずつ、帝国の闇を暴くあんたがノーザンブリアに行けば、何かが変わるかもしれない……ただの願望)
動かなければ変わることはない。
ノーザンブリアの貧困を外貨で賄う北の猟兵達のように、動いて救われるものがあれば亡くしたものもある。
けれど、どちらも動かなければ失い続けるだけだ。
当然、帝国の外であることに加えて根本から終わっている故郷に変化を求めたところで、何が変わるわけでもない。
衣・食・住全てにおいて不足するこの土地では個人の力ではなく、国レベルの助力が必要なのだと理解もしている。
それでもなお変化を求めるというのは、単なる足掻き以外の何者でもない。
(でも、自分のエゴで生徒を傷つけたりはしない。今回は、無事みんなが何事もなくトールズに戻るようにするのが、私の仕事。……でも、基本的には大人しくしててね?)
目を離せば勝手に行動してしまいそうなリィンには気をつけよう、と思いながらサラはノーザンブリア――故郷に着くまでの間、一眠りに入った。
*
オルディスから北ラングドック峡谷道に移動したリィン達は、その足でノーザンブリア方面への移動を始めていた。
今までの特別実習では各地域の駅から近場の街までそう遠くない距離を移動していたが、ノーザンブリアまではかなりの長距離移動となる。
導力車を借りてくればよかった、というのはサラの言葉だが、仮にも軍学校なのでこれも行軍の訓練としてリィン達は徒歩での移動を強いられていた。
「はあ、はあ、はあ……」
「き、きつい……」
「マキアス、エリオット。水分補給するか?」
「も、もらう……んぐっ。サ、サラ教官は、ともかく、リ、リィンとフィーも、余裕そう、だね」
「俺はマラソンで鍛えてるからな」
「私も行軍は経験あるしね。大荷物じゃないだけ楽だよ」
「も、元といえ、猟兵というのも、大変、だったんだな」
フィーはリィンに明かした、元猟兵の肩書きと境遇をすでにⅦ組の皆に話していた。
ラウラを筆頭に一様に驚いていたようだが、今はすっかり受け入れていて何よりだ。
とリィンは思っているが、彼の破天荒ぶりを思えば元猟兵というのは驚くことはあってもそこまで気にすることではないというのがⅦ組の共通意識であり、フィーは秘密にしていたことが馬鹿らしくなってリィンの背中に頭をぐりぐりと押し付けたものである。
「せめ、て、馬、とか……」
「ん、なんだかオルディスでリィンは有名人みたいだったしね」
「馬鹿言うんじゃないの、ラクウェルとかの周辺ならともかく私達が行くのはノーザンブリアよ? そこまで借り受けられるわけないでしょ」
「別に気にしてないように思えましたが……」
「ノーザンブリアで馬の体調を崩すわけには行かないからね、時折休憩も挟んであげるから頑張りなさい」
「いざとなったら、俺がロア・ヴァリマールで運びますよ」
「い、今すぐでも……」
「倒れたら運ぶから、それまでは足を棒にするのだ。ほら、何なら引っ張ってやるから」
「こ、こら、急にペースを上げるな! 楽ではあるが足に負担がかかる!」
「エリオットも手を引こうか?」
「遠慮します……」
マキアスの手を引っ張るリィンを見たフィーがそう提案するが、引かれる側の悲鳴を聞いてエリオットは疲れを滲ませながら辞退する。
それから二時間ほど移動し、休憩所を見つけたサラはそこでエリオットとマキアスの足を休ませる。
簡易ソファーに体を投げ出す二人に、フィーが猫に餌を与えるように昼食のサンドイッチを差し出す。
二人とも文句はあったが、気力が出ずに情けなくも大人しくそれを受け入れる。
その間、リィンはオズぼん経由で用意したミルクをセリーヌに飲ませていた。
「しかし、こうなると鉄道の恩恵をしみじみと感じますね」
「ん。なんだかんだ帝国じゃ長距離移動に欠かせないよね」
「ノーザンブリアには鉄道や空港がないから、外に飛び出してからはそのインフラ整備ぶりに色々思ったものよ」
しみじみと語るサラの言葉は実感が篭っていて、聞く者を傾注させる力があった。
逆に、ノーザンブリアという土地に対する予想も。
「導力車もないわけじゃないけど、基本的にそういうのは裕福層が所有していて、大多数の人々はその恩恵に預かれない。導力灯も十分に配備されてるわけじゃないから、魔獣の被害も洒落にならないのよね。過酷な地域で生き残ってるだけあって、結構手強いのも多いし」
「じゃああっちでの要請は手配魔獣とかを……」
「ノーザンブリアの自警団とも言える北の猟兵が対処出来ない仕事をもらうことになってるわ」
「サラ、いいの?」
「故郷の危機なんだから、個人のわだかまりはお互い流せるわ。……そうでない時は、どうなるかわからないけど。それに直接顔を合わせるんじゃなくて、遊撃士の知り合いが仲介してくれるから大丈夫よ」
「……………?」
サラとフィーのやり取りに眉をひそめるリィン。
聞いてみようと思ったが、オズぼんに止められてしまう。
(フフフ、息子よ。今は流しておけ。実習中にはいずれ明かされることであろう。重要な話というのは、それなりの場と時間が欲しいものだからな)
(二人がへばってる時に言うことでもない、か)
少し気落ちした様子のサラを横目に、リィンはストローを差したドリンク入りの紙コップを、エリオット達に差し出し昼食と休憩を済ませていく。
ここから地獄の徒歩か……とサラ以上に気落ちする二人にとって救いだったのは、サラが知り合いに頼んでこっそりとこの休憩所に導力車を手配していたことだろう。
元より徒歩の移動はここまでで、残りは導力車に乗って移動するつもりだったようだ。
それを知った二人の目端に光るものがあったのは、無理もないことである。
そうして導力車に乗り込んだB班は、ノーザンブリアへとその足を踏み入れた。
「ここが、ノーザンブリア」
「寒い……」
導力車から下りて景観を眺めていたエリオットがマフラーを抱きしめ、さらに首を埋める。
暦は六月であり、夏を迎える季節であるがノーザンブリアの土地にその常識は通用しない。
トリスタから長距離の移動をしていたため、時刻はすでに夕刻を迎えており夕闇が起こす寒さだけではない。
気温もそうだが、一言で言えば空気が違う。
視界に広がる土地は閑散としたもので、生命の空気があまり感じられない。
夜は自然と人もおらず静まりかえったものだが、それでも虫の声や近くに流れる川のせせらぎも聞こえない。
枯渇している、とリィンは漠然と感じた。
寒さとそれ以外に震える体をさするB班をよそに、サラは手を叩いて生徒を激励する。
「今日はまだ過ごしやすい気候よ。冬はこの比じゃないからね」
「そんなにですか……ところで、ここからどこへ向かうんです?」
「とりあえず、私が住んでいた街へ行くわよ。そこなら顔見知りも多いし、側にいれば外国人だからって偏見の目は防がれるから」
事もなげに言うサラであるが、マキアスはその言葉に息を呑んだ。
ただ訪れるだけでそんなことが、とは思わなかった。
彼自身、4月の特別実習を通してリィンと衝突していなければ、今も貴族に対しての偏見を抱いたままだったからだと自覚している。
自分がしていた目を向けられるのか、と自然と気が引き締まった。
そんなマキアスに、フィーの小さな手が背中を叩く。
「おうっ!」
「ん、いい反応」
「な、何をするんだフィー君!」
「なんでもない。いこっか」
「なんでもあるだろう!」
再び導力車の中に入るサラの背中を追うフィーと、そんな少女を追いかけるマキアス。
リィンはエリオットと顔を合わせ、フィーの気遣いに同時に笑った。
「僕達も行こうか」
「了解。セリーヌ、抱っこしてやろうか?」
(自分で歩くわよ!)
威嚇の声を上げるセリーヌにエリオットが笑いを漏らしながら、B班はサラが運転する導力車と共にノーザンブリアの街道を進んでいく。
やがて近郊の街が見える場所までやって来たが、リィン達の目に飛び込んで来たのは予想以上の光景だった。
住宅街には人の気配があるものの、帝国のような喧騒が賑わう活力というものが遠目でも感じられない。
廃棄された土地、というほどではないが、それでも身にしみる寒さが街を包み込んでいるような空気が感じられた。
「それじゃ、ここからは徒歩で行くわよ」
「え、導力車で行くんじゃ……」
「北の猟兵の所有物と証明しないと、盗難の危険性もあるからね。もっとも、そんな元気はないだろうけど……ま、念のためね」
「北の猟兵……?」
「ええ、それは――」
「待ってくださいサラ教官」
エリオットがつぶやいた疑問に答えようとするサラをリィンが制する。
その瞳は明後日の方向に向いているが、太刀の柄に手を添えていつでも抜刀出来る姿勢を維持している。
「リィン、敵?」
「わからない。けど、こっちを視ている誰かの気配がするんだ。魔獣じゃなくて、人のな」
「そ、そうなのか?」
リィンの声に次々と警戒態勢を取るB班。
そこにサラが口を挟もうとするより早く、その人物は姿を現した。
「待った待った、別にお前さん達に敵対するものじゃないよ。いやーしかし参った参った、とんでもない察知能力だな」
そう言って降参とばかりに両手を上げて姿を見せたのは、白いコートに身を包んだ金髪の男だった。
初対面であるため、男の言葉に対しても警戒を解かないリィン達にため息をつく金髪の男。その視線は、リィン達の背後のサラに向けられていた。
「サラ、事前に説明してくれてなかったのか?」
「悪いわね、街に入ってから教えようと思ったのよ」
「サラ教官、お知り合いですか?」
「ええ。さっきも言ったでしょう? 今回の要請の仲介者――私の同僚の遊撃士よ」
遊撃士、という言葉に目を見開くB班。
だが同時に警戒心が消えたことで、金髪の男は苦笑しながら自己紹介をした。
「改めて紹介させてもらうぜ。俺の名前はトヴァル・ランドナー。今回、サラからお前さん達の実習のサポートの依頼を受けた遊撃士だ。よろしくな!」
早速登場トヴァルさん。
何気にⅡの序盤メンバーが揃っていますね。
私服もそれに準じた衣装ではありますが、Ⅲでも思いましたがフィーの衣装はほんとお腹冷やしそうでハラハラします。
本人動きやすい服を選んだつもりなんでしょうが、シャーリィといい女猟兵は軽装でなければいけない義務でもあるのか…